ただ一人、君の為なら。   作:ぶんぶく茶の間

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 本日より題名を変更させていただきました。混乱させてしまって申し訳ありません……。

※今回は前話よりも短いうえ、システィのターンです。ご注意を(最近システィばっか書いてるとか言わない)


第三話 乗り越えるべき『壁』

 お互いマトモではない精神状態に陥ったグレンとアステルは、先に行ってしまったシスティ達の後を追うべく立ち上がった。

 

「大丈夫ですか、グレンさん」

「おう。お前は……?」

「アステル=ガラードです。よろしくお願いします」

「……そうかい。俺はグレン=レーダス。よろしくな」

 

 不運に満ち溢れた出会いだったが、男達は身の回りの絶望(シセン)を無視して固い握手を交わす。そうでもしなければ彼らの精神が持たない。

 アステルはそうだ、と呟いて、先ほど急いでいたであろう彼の事を心配した。

 

「そういえば、レーダスさん何か急いでいたのでは? それでぶつかりそうになったんでしょう?」

「あ……あぁああああッ!? やっべぇ完全に遅刻だ! ありがとよアステル! 俺は行くぜ!!」

「お、お気を付けて……」

 

 アステルは出会った時と同様、猛然とした勢いで走り去っていったグレンを見送り、自分も急がなければと学院へと走り出す。

 

「さて、今日も一日頑張りますか」

 

 やがて走ってゆく彼の前に、敷地を鉄柵で囲まれた魔術学院校舎の壮麗な威容がいつものように現れるのだった。

 

 

 登校して早々に朝のホームルームでは、一から七まである魔術師の位階、その最高位である第七階梯に至った、大陸屈指の魔術師であるセリカ=アルフォネア教授が直々にこのクラスへ赴き、ヒューイ先生の代わりに非常勤講師がやってくるという公式的な発言を残してホームルームが終わり、アステルはそのセリカ=アルフォネア教授から呼び出され(ハーレイ先生絡みかな?)と予想しながら彼女と共に教室の外へと出る。

 その煌びやかな金髪を翻し、日が差した廊下で金燐が舞うような錯覚を受けたアステルは思わず息を飲んでしまうほどだった。

 しかし、彼女はどうしてか小難しそうな表情をして、その紅色の瞳は憂鬱げに細められ彼から視線を逸らしている。一体どうしたのだろう?

 

「アルフォネア教授。一体どうされたのです? 私の様なしがない生徒を直々にお呼びになるなんて」

「謙遜はいい。ガラード、単刀直入に言わせてもらう」

 

 黒いドレスに同色のアームガードを付けた彼女の手が、アステルの両肩を掴んで離さない。

 いきなりの出来事に流石のアステルでも挙動不審になってしまい、思わず顔が赤らんだ。

 

「君のクラスの担当講師を、なんとしてでも教室まで送り届けて欲しいのだ。頼めないか?」

「………はぇ?」

「無論どれだけ傷だらけに、それこそゴミの様になってでもいい。できれば生かしておいて欲しいがやむを得ない場合は骸でも構わん。どうだ? やってくれるか?」

 

 唐突かつ奇妙なアルフォネア教授からの依頼に、アステルの思考は一瞬フリーズしかけたがすぐに持ち直す。

 彼女の目は真剣だ。自分に生殺与奪を濃密に予感させる言葉だったが、それでもきっと意味があるのだろう。アステルはそう無理やり飲み下して頷いた。

 

「わ、分かりました。それで、その方は今どちらに?」

「引き受けてくれるか! いやぁ~よかったよかった。私の場合ヤツを炭にしかねないからな、温厚な君へ頼むに限る」

 

 突如としてパッと華の様な笑顔を浮かべるアルフォネア教授――セリカはうんうんと満足気にうなずいたあと、アステルの両肩を叩いて激励する。

 

「すぐに案内する。着いてきてくれ。ちなみに次の講義については公欠扱いにするから、単位については気にするな」

「は、はい……」

 

 ついてこい、と言われアステルはセリカの後を追うように、絨毯が敷かれた広い学院の廊下を歩きだす。

 ……到着したのは、なんと学院長室だった。

 一般の生徒では立ち入りが難しい場所であるため、アステルは否が応でも緊張してしまう。

 セリカはそんな場所でも物怖じすることなく、ノックもなしに「入るぞ」とだけ言って入室。アステルはその同道とした行為に冷や汗が背中をだらだらと伝い、額には脂汗が滲み出る。

 

「どうした? 気にせず入れ」

 

 ニコッと美女の微笑みに当てられ、アステルは苦笑を浮かべつつ頬を朱に染めて入室。

 見たこともない空間だった。

 煌びやかな絵画や古めかしい本棚、磨き抜かれた飾り鎧、ソファーにシェードランプなどといった品の良い調度品の数々が立ち並び、奥に貼られたガラスにはレースカーテンが掛けられ、その前に学院長であるリックが腰かけている。

 そんな空間の、本棚に寄りかかりながら腕を組んでいた黒髪の青年は、アステルの姿を見た途端目を丸くした。

 

「おっ……?」

「あ、貴方は」

「む。なんだ知り合いか?」

 

 お互いに視線が合い軽く会釈を交わすと、セリカは驚いたように目の前の男性――グレン=レーダスに尋ねる。

「あぁ。色々とワケありでな」と苦笑交じりに笑ったグレンはアステルの元まで歩み寄り、ぽんぽんと彼の頭を撫でると、セリカは眉根を寄せ目を細めながらグレンを睨み付ける。

 

「……まぁいい。ガラード。彼が今日から君のクラスに赴任する講師、グレン=レーダスだ。まぁ、なかなか優秀な奴だよ」

「よろしくお願いします、グレン先生」

「……おう。よろしくな」

 

 アステルは健気にも微笑みながらグレンへと挨拶するが、彼は襟足に手を当ててそっぽを向いてしまうなどぶっきらぼうな態度を取った。

 

「それじゃあ、早速クラスへご案内しますね」

「ああ」

「しっかりやれよ?」

「わーってるよ」

 

 セリカから一言言われたグレンは面倒くさそうに気だるげな声を上げ、アステルと共に学院長室から出てゆく。

 ドアを閉め切り、緊張が解けたアステルは胸にたまった息を深々と吐き出し安堵する。

 そんな彼の様子を見ていたグレンは両腕を頭の後ろで組みながら「なあ」と尋ねた。

 

「はい? どうかされましたか?」

「お前、セラの知り合いなんだろ? あいつ今どうしてんだ?」

「セラさん、ですか? 今はフィーベル家でメイドさんをしていますよ? 僕も今、そこに下宿中で……」

 

 片頬を掻きながら笑うアステルに、グレンは「ほーん……」と、興味なさげに相槌を打つと、静かな廊下を歩きだす。

 無言になってしまうのも居心地が悪いだろうとアステルはグレンを慮り、彼に質問をぽつぽつと上げてゆく。

 

「セラさんとはどういったご関係なんです?」

「……まぁ、昔の友人っつーか。そんなもんだよ」

「グレン先生お若いですけど、何歳なんでしょう? 18くらいですか?」

「歳は19だ」

「以前はどこで何を?」

「……セリカの奴の脛を齧ってました。とか言ったら信じるか?」

「へ――」

 

 シニカルに笑ったグレンにアステルは言葉を詰まらせてしまう。――なんというか、その言葉の裏にどこか“触れて欲しくない”と彼に訴えているような気がして。

 アステルはつい、自分の興味本位で彼のプライベートかつデリケートな事情にまで踏み込んでしまった事を悟り、申し訳ない気分になって謝罪した。

 

「……すみません。色々と踏み込んだことを」

「………。……いいよ、気にすんな。――んじゃあ、今度は俺からだ」

 

 少し間を開けて息を吐いたグレンは、畳みかける様にアステルへ向き直った。

 思わずアステルも立ち止まり、彼の黒い瞳を覗き込んでしまう。

 その死んだような瞳は、どこまでも濁っていて――吸い込まれそうだった。

 

「――お前、どこでセラと会った?」

「……え……」

 

 肩を押され壁に磔にされた後、逃げ場を無くすようにグレンは片腕を彼の顔横へと勢いよく叩きつけた。

 

「知らないとは言わせねぇぞ? セラと会ったのはいつ、どこで、あいつがどんな姿だったのか。俺が聞きてえのはそれだけだ」

「………」

「だんまりかよ。吐かねーといつまでもこのままだぞ? といっても、吐かせる手段はいくらでもあるんだけどな」

 

 グレンは空いている手で握り拳を作ると、『吐かなければ殴る』と脅しをかける。

 アステルは脳裏で(どうしてこんなことに……)と考えたが、それもそのはず。

 セラ=シルヴァースは特務分室の中ではすでに故人という扱いになっているらしい(・・・)。戸籍というものがないこの世界では墓を建てることで人の死は簡単に作れてしまうのだ。

 そしてそれを何故、アステルは知っているのか。

 一年と少し前、アステルは瀕死の女性を奇跡的に救ったことがある。

 森の仲間達やシャルの眷族の力を借り、なんとか息を吹き返したその女性を屋敷へと連れ帰り、それから昼夜問わず、休憩すら取らず彼女を介抱した。

 結果的に魔術が二度と使えない身体になってしまったものの、現在はそこのメイドとして働いている。

 ……アステルは脳裏に浮かんだ彼女の凄惨な姿を思い出し、思わず目を伏せて苦し気に眉根を寄せ、唇を痛いほど噛みしめ、苦々しい表情を浮かべた。

 彼女(・・)の知り合いである彼に、『自分が助けた』などと恩着せがましく言えるわけがない。ましてや、自分一人で彼女の命を繋ぐことなどできなかった。誰もが手を貸し協力してくれたからこその奇跡なのだから。

 だから、正直に話そう。彼がそう決めた時だった。

 不意にグレンの手が壁から離れ、少し離れる。

 

「………まぁ、結果的にアイツ(セラ)は生きてる。それもきっと、お前のおか――」

「――違います、先生」

「……なに?」

 

 お前のおかげ。そう言いかけたグレンを止めたのもまた、アステルだった。

 彼は目を開き、強い意志の籠った瞳で彼の死んだ魚の様な目を見つめる。

 

「セラさんを救ったのは僕だけの力じゃありません。そこに仲間が居てくれて、例え酷い傷を負っていてもあきらめずに治癒してくれた人がいます。応急処置を終えたセラさんを安静な場所に運んでくれた子もいます。彼女の介抱を昼夜構わず手伝ってくれた人がいます。お礼を言うのなら、どうか皆に言ってあげてください。けれどまず、グレン先生はセラさんに言わなければならないことがあるのでは?」

「お前………」

「彼女はフィーベル家に居ます。もうフィーベル家の人間です。その縁は簡単に切れるものではありません。ですからグレン先生、今日の授業が終わったらどうか、セラさんに会ってあげてください。――これは僕のエゴです。先生の意思関係なく言っているのは分かっています。でも……そんな哀しそうな目をしながら、彼女の話を尋ねてくる貴方を、僕は放っておくことができません」

「………」

「会いたいのなら、会ってください。会わずに終わってしまうなんて悲しすぎます。すぐ近くにいるのに、手の届く場所にいるのに、どうして向き合おうとしないんですか………」

「……アステル」

「………はい」

 

 グレンはアステルに腕を伸ばす。殴られる。そう思ったアステルはきゅっと目を閉じ歯を食いしばり衝撃に備えた。

 だが、やってきたのは軽く頭を撫でられるという、予想外の行為だった。

 

「へ……?」

「………ありがとよ。ちっとはやる気出てきたわ」

 

 踵を返したグレンは肩を回しながらそう言い、「ほら、さっさと案内しな」と言って歩き出す。

 アステルはその後ろ姿にどうしてか目尻に涙が浮かんだが、今はセリカから頼まれた依頼が優先だと判断し彼の元まで駆け寄るのだった。

 

 

       ◇

 

 

 ………そして、時は経ち。

 やってきたのは学院校舎の中庭。

 例によって、システィとグレンの決闘の立会人として、アステルは二人の間に立っていた。

 結局、グレンは一度もセラに会いに来なかった。

 むしろ授業の質は悪化し、日に日にシスティが憤慨する姿を見てセラの元気も無くなっており、学院と屋敷双方共に冷ややかで居心地の悪い雰囲気がアステル達の周りに漂っている。

 そんな重苦しい空気のなか、一人平常運転であるグレンは余裕の表情で指を鳴らしつつシスティを横目で睨み見ていた。

 

「さて、いつでもいいぜ?」

 

 対するシスティはグレンの一挙手一投足に集中しながら油断なく身構えている。その額を脂汗が伝い落ちる。

 いくら黒魔【ショック・ボルト】が殺傷能力を一切持たない護身用の術だったとしても、詰まるところ魔術詠唱の速度がものを言わせる。浅い経験を積み重ね続けているシスティと、大人のグレンとでは雲泥の差であろう。

 続けてグレンが「かかってこないのか?」など表情を崩さぬままシスティを煽ってゆく。システィは目を細めながらくっと喉を鳴らした。

 そしてついに、システィはグレンを指差し呪文を唱えた。

 

「《雷精の紫電よ》――ッ!」

 

 刹那、システィの指先から放たれた輝く力線が真っ直ぐグレンへと飛んで行き――

 ………グレンが得意げな顔でそれを受けた。

 

「ぎゃあああああ――っ!?」

 

 バチンッと電気が弾ける音がした後、直後にグレンは身体を痙攣させ、あっさりと倒れ伏した。

 

「「………あ、あれ……?」」

 

 指先を構えたまま硬直していたシスティ、そして固唾を呑んで二人の勝敗の行方を見守っていたアステルは二人して小首を傾げる。

 ともあれ。

 この結果を見るに、彼らを取り囲んでいた殆どの生徒がシスティの勝利という結果にざわめいていた。

 

「わ、私……なんかルール間違えた?」

 

 助けを求める様にシスティはアステル、そしてギャラリーの中に居たルミアとシャルを見回し、アステルは「ううん……?」と顔を横に振りながらそれを否定する。

 そして「卑怯だ」「これは三本勝負」「五本勝負」とグレンによるグレンの為の特別ルールによって、彼が一節詠唱が出来ないことが生徒たちに露見。彼の評価は地に落ちた。

 結局、彼が逃げる様に決闘前の条件をすっぽかして引き分けという形を取り付け退散してしまったことで、システィの勝利に終わったわけだが………。

 

「心底、見損なったわ」

 

 システィはまるで親の敵の様に、逃げてゆくグレンが走り去った方を睨みながらうめくのだった。

 

 

       ◇

 

 

 システィがグレンを実質下した決闘から数日。またも教室に剣呑な雰囲気が生まれ、ルミアとシャルに挟まれる形で自習を行っていたアステルはピタッと羽ペンを止めた。

 グレンとシスティのやり取りから放たれた言葉によって顔を上げ、彼らの会話を見つめる。

 ――何が偉大でどこが崇高なんだ?

 魔術の価値観の相違による二人の口論。アステルとしても彼が魔術をどう思っているのか気になったところではあったが、目の前のシスティが言葉に詰まる姿に思わず立ち上がりかけた。

 すると彼の隣の席に座っていたシャルが彼の腕を掴んで引き留め、顔を横に振る。

 

「(シャル……?)」

「(黙って見てろ。こればっかりは二人の持論の押し付け合いだ。あたしらじゃあどうしようもない)」

「(でも……)」

 

 後ろ引かれるようにアステルはシスティがグレンの正論によって打ちのめされている姿に心が痛む。

 だが、そこから更に左へ顔を向ければルミアも席を立たず胸元に手を当てて彼らを見つめていた。

 そして行き着いた会話の終着点。

『魔術は人殺しの為に役に立つ』。それを聞いたアステルはビクッと肩を震わせ、グレンの細められた暗い瞳、歪められた口から紡がれた言葉に、思わず俯かせてしまう。

 それでもシスティは自分の信じた魔術を、アステルが目指した理想を外道に貶められるのは我慢ならず、「ふざけないで!」と激情を露わにした。

 しかしその抵抗も空しく、あっさりとグレンに論破されてしまった。

 俯いたシスティとアステル、その二人を見たシャルは自分の眉を寄せ、ふつふつと胸の底から沸き上がる怒りをなんとか鎮めにかかる。

 ルミアはただ、哀しい表情を浮かべながらそのやりとりを見守るだけ。

 ついにシスティがグレンの頬を掌で叩く。グレンは非難めいた目でシスティを見るが、途端に言葉を失う。

 

「違う……もの……魔術は……そんなんじゃ……ない……もの……」

 

 システィの目元に涙が浮かび、泣いていた。

 グレンはその時、彼の中にいる白髪の女性と彼女を一瞬だが確かに重ねてしまい、続いて飛び出した彼女の「大嫌い」という言葉に苦虫を噛み潰したようなひどい顔になる。

 システィが袖で涙を拭いながら荒々しく教室を出て行く。

 残されたのは圧倒的な気まずさと沈黙。しかしその中でようやく、シャルがアステルの腕の拘束を解いた。彼は疾く立ち上がり、俯いたままシャルへと呟いた。

 

「(………シャル、ルミアをお願い)」

「おう。しっかりな」

「――うん」

 

 やがて顔を上げた彼の目は、確かに怒りも孕んでいた。だがそれでも、あれだけ心に刺さる言葉を告げられても尚、彼の瞳の中には光があった。

 

「先生、ちょっと体調が悪いので医務室に行ってきます」

「……………」

 

 グレンは沈黙したまま動かず、アステルはそれだけを言って教室から飛び出してゆく。

 行く先はもちろん、システィの元。

 授業中でも構わず階段を駆け上がり、彼がやってきたのは東館の屋上にあるバルコニー。そこには確かに、銀色の髪をした少女は髪を風に靡かせながら、壁際に座り込み顔を腕で覆っていた。

 

(――いた)

 

 普段の鍛錬の御蔭か、さほど息を切らしていないアステルは、彼女がまだ学院内に居てくれたことに安堵する。

 アステルはゆっくりとした歩調で彼女まで歩み寄り、その隣に座り込んだ。

 この際白衣に汚れが付くことや授業の単位が損なわれることなど関係なかった。それほどまでにアステル=ガラードという少年はシスティーナ=フィーベルという少女を優先した。

 もちろん彼も精神的に堪えていたが、今はまず、真正面から自分の理想と夢、そして己の在り方を崩された彼女を癒したいと思ったのだ。

 

「……ごめん、ね……。結局私、あの頃から一歩も成長できてなくて………。せっかく貴方が作ってくれた発明品も……人殺しの……」

 

 消え入りそうな、それでいて今触れてしまえば折れてしまいそうな弱々しいシスティ声音がアステルの耳に入り、アステルは彼女に伸ばしていた手を止め、自分の腰元に落ち着かせる。

 確かに、彼女の抱いている夢は偉大で、崇高で、掛け替えのない希望でもあったのだと思う。

 しかし、それと共にグレンから聞かされた人を傷つける魔術の発展に貢献してしまうことになる。彼女が直面している問題はそこではないとは思うが、魔術というものの在り方は人それぞれ。千差万別なのだ。

 使い手を間違えてしまえば人を傷つけるものになってしまう。ましてや魔術を扱えない一般人からは不気味で恐ろしい悪魔の力。実際には人を癒す魔術も存在する。一般人と魔術師の相反する点はそこだろう。

 攻性呪文による人を傷つける印象を人々に与えてしまったのも魔術。研究を行うことで人の役に立つために作り出した魔道具なども魔術。

 人という存在は悪い印象に怯えてしまい、その良い所を見ようともしない。

 それもそうだ。刃物を持った人物と対面した時、実はその刃物は傷害犯から奪い取ったものだったとしても、人々はその刃物の持ち主を犯人と決めつける。

 過程や結果すら信じず、自分の信じたものだけを信じるというずるい生き物なのだ。

 だが、それでも。

 彼は自分の夢を、自分達の目標を諦めなくなかった。

 アステルは空を見上げて言葉を放つ。

 

「……僕は辛いことがあったとき、いつも思い浮かべるのは君の笑顔だった」

「……え……?」

 

 ふとアステルの言葉で顔を上げたシスティの顔は、涙で目元を腫らしていた。彼は彼女の顔を見て苦笑を浮かべながら、未だに目元に溜った涙の粒を手を添えて拭い、言葉を紡いでゆく。

 

「研究でなかなかうまく行かないことがあった時とか、それこそハーレイ先生のお手伝いを始めた時なんて、先輩や先生から毎日きついことを言われたけれど……それでも頑張ろうって思えたのは、君が居たからなんだ。《メルガリウスの天空城(あそこ)》へ行きたいと。そして自分がその謎を解き明かすと言ったとき、僕の世界は変わったんだ。『あぁ、彼女は本気なんだ』って。だったらそのお手伝いがしたいと、心の底からそう思えた。魔術の使えない僕なんかが出来ることは、君をあそこまで連れていくことなんだって。それを言ったときの君の顔が忘れられなかった」

「アステル……」

「だから《魔導噴流推進器》が出来たとき、君が笑ってくれたのがとても嬉しかったんだ。まだまだ足りないところは多いはず。もちろん、グレン先生の言葉も間違いではないと思う。僕の発明は、いつかきっとこの空に船を浮かせる。けれどその中でもし、何かが足りずに大規模の事故が起こったとしたら。自分の手に負えない技術的な欠陥が見つかったとしたら。……そう思うと、とても恐ろしくなる」

 

 アステルは語る。もし空飛ぶ船が出来上がったとしたら、人々は一体何に使うのだろうと考えた。

 空域での物資のやり取り、貿易や観光など。良い方向にも使われていくだろう。

 しかし、それに反してやはり悪い方にも扱われてゆく。大砲の設営や魔術による防御結界の構築……。それらは必ず人を傷つけると。

 

「――それでも、僕は辞めない。僕の作ったものが人を傷つけるのなら、それをしない発明をしていく。……それがどれだけ難しいことかも分かってる。でも僕が出来るのはそれだけだから。だからシスティ、君も―ー」

「もういいわ」

 

 熱くこれからの理想を、目標を語ったアステルはシスティへ振り向くと、目の前に彼女の手が伸び、銀色の軌跡が舞う中、熱の籠った吐息と共に彼の耳元で囁かれた。

 正面で受け止めた彼女の体は軽く、それでいて確かな熱を感じる。

 そして彼の背中を優しく撫でる様に首から腕が回され、お互いに顔が見えない状態で抱き合う形になる。

 

「だめね、私……。泣き癖、ついちゃったかもしれないわ……」

「……泣きたいときは枯れるまで泣いていいんだ。それからまた、笑えるようになれるのなら」

 

 嗚咽を漏らしはじめるシスティ。アステルは彼女の背中をさすりながら、さらにもたれ掛かってきたシスティの身体を受け止める。

 その温かさに包まれる中で、アステルはひとつ、心に決めたことがあった。

 

(……グレン先生との和解、魔術の印象の改善、《魔導噴流推進器》等の安全装置(セーフティ)の考案……やる事は山積みだ。僕が出来るのはこの魔術学院の生徒として、この街の人々とより広く触れ合っていくこと……か)

「……何か、考えごと?」

 

 しゃくりあげながら尋ねてくるシスティの声。アステルは「うん」と頷き、彼女の名前を呼んだ。

 

「これから僕達は、今日みたいに色んな壁にぶつかると思う。でも、一人じゃない。みんなとなら、目の前にどんな壁が立ちはだかっても、一緒にそれを乗り越えていける気がする」

「ぁ……」

「だから、今は足掻いて――みんなで壁を乗り越えて行こう?」

「……分かったわ」

 

 システィは顔を離し、その赤らんだ表情と、腫れた目すら気にせずに――彼へ、笑いかける。

 

「ありがとうアステル。元気出た」

「これくらいどうってこと。むしろ、光栄だったというか……」

 

 アステルは気恥ずかしげに片頬を掻きながら目を逸らすと、システィは掛け声と共に再び彼へと抱き着くのだった。




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