ただ一人、君の為なら。   作:ぶんぶく茶の間

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 お待たせしました第六話! 今回はオリ要素多めです!
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第六話 それぞれの休暇

 数日後。本日は休校日ということで、フィーベル家に住まう若者たちはそれぞれの時間帯に起床し、それぞれが別々に朝を過ごす。

 その中で最も早く起床したのは、いわずもがなアステル=ガラード。

 黒いタンクトップ姿で下はジーンズといったラフな格好でベッドから起き上がり、彼を中心として眠る前に読み込んでいた本が散乱している。

 眠気が彼を襲う中、負けじとシスティの言いつけを守り整理整頓を行う為本を重ね、棚へと戻してゆく。

 そこでようやく脳も起きてきたのか大きな欠伸を噛みしめ、彼は勉強机の椅子に掛けられたシャツを羽織り、ぼろぼろになっている白い絹で出来た手袋を片手に自室を出た。

 向かう先は一階の洗面所であり、彼は目を擦りながら階段を降りてゆくと、廊下で何やら金色の何かが動いた気がした。

 

「……?」

 

 手すりから身体を乗り出して下を見ると、彼は、

 

「うぇッ……シャル!?」

 

 思わずその正体に驚き声を上げてしまう。

 なんとそこにあった―――というより居たのはシャーリィ=メドラウト。彼女は絨毯の敷かれた上で横になり眠っているようだ。

 慌ててアステルはシャルの元まで階段を駆け下りて近づくと、ぐうぐうと小さないびきをかいており、ひとまず体調が不良でないことに安心した彼は彼女を優しく揺する。

 

「シャル、シャル。こんなところで寝ていたら風邪引いちゃうよ」

 

 誰かに起こされればすぐに目を覚ますアステルとは違い、彼女は眠りの質が深いのかこの程度ではなかなか起きない。基本自分が起きようと思うまでとことん眠ってしまう人物なのだ。

 アステルは何をしても起きない彼女に溜息を吐きながら肩を下げると、彼女の脇に首を入れて担ぎ上げる。

 

「………んん~っ……」

 

 シャルがどこか嫌がるように艶めかしい声を上げ、アステルは顔を赤くしながら「お願いだからそんな声出さないでよびっくりした……」と呟きつつ、リビングまで彼女を運んで行く。

 なんとかソファまで連れてゆき、彼女を横にさせたところでクッションを彼女の頭の下へ、毛布を上へ掛けてやる。

 アステルはその時には完全に眠気など吹っ飛んでしまっており、洗面などを済ませタオルを手に玄関へ歩いてゆき、壁に立てかけてある巨盾を手に外へと出た。

 深々とした空気の中、アステルは大きく深呼吸しながら伸びをして小鳥のさえずりを聞く。

 さくさくと芝生を踏みしめながら裏手の庭へ回り、自分の畑に立てた柵へとシャツと盾を置いて準備運動を念入りに開始。

 

「……っふう―――っ……」

 

 軽く汗が出たところで準備運動をやめ、腕の筋を伸ばしながらその盾の元まで歩いてゆく。

 見るからにボロボロな巨盾――タワーシールドであり、これはとある伝手で手に入れた騎士団の払下げの品だ。

 幾多にも連なる剣劇を耐えきったそれは最早新品に切り替えた方がよいという声もあったが、彼には思い入れの深い品であったために未だ鍛錬に於いては手放さずにいる。

 アステルは取っ手を握りしめてそれを軽々と持ち上げると、一つ深呼吸してから勢いよく横に薙いで地面へ盾の下部を押し当て、踏み出した右足から宙へと舞い数々の蹴り技を行う。

 盾の上でバランスを取りながら回転蹴りなどを見せる彼の姿は異様であり、前後の装甲の厚さの違いから均衡が取り難い盾でもこんな芸当をしてのける彼のバランス力は大したものだと言えるだろう。

 彼の足が地面へと接着すると同時に盾の上部を握りしめ上段から振り下ろし、取っ手側へと一瞬で回り込んだ彼はそれを握りしめて更に一歩前へ踏み出す。所謂《チャージ》といわれる近接格闘技術だ。

 勢いを切らさないまま盾を軸にアステルがその場で再び回転し、うねる様に腰から盾を持ち上げて振り払う《バッシュ》、こういった動きを一連として繰り返し行うアステルだが、相棒が不在の鍛錬に少しばかり味気無さを感じていた。

 それも仕方ないと考え、ひたすらに同じ動作を繰り返してゆき、息が上がったところで呼吸を整えるため、腰のポケットに入れていた手袋をはめると、彼はおもむろに手袋を嵌めた右手を持ち上げる。

 

「――《綴る》。《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

 そして指先を動かし始め、黒魔【ショック・ボルト】のルーン語を中空へ描くように書き上げると同時、白銀の軌跡が舞い、彼の指先から激しい電撃が放たれた。

 以前彼も口々に言っていたが、彼は魔術が使えない。――通常の状態では。

 だからこそ、彼は魔術を学ぶ前に自分自身と向き合った。魔術を解き明かすいち研究者として。魔術学院に通ういち学生として。魔術の詠唱と法陣は構築出来たとしても発動直前で破砕してしまう自分自身の体質を改善させるために何もしなかったわけではなかった。

 彼が身に着ける手袋はただの手袋ではない。内側の繊維に彼が独自で開発した《銀線繊維(シルバーナーヴ)》と呼ばれる、魔力を通しやすい金属である銀を魔晶石と錬金術によって混合させ、魔力にのせた魔法術式を伝達するよう加工した。

 それを繊維状にまで細め、手袋へと通常の絹と組み込んだのである。

 この手袋のおかげでようやく彼は魔術を扱うことが出来るのだが、今彼が行ったように言葉での詠唱、そして手袋を嵌めた右手によるルーン語の書き込み、この連動起動によってようやく魔術が扱えるのだ。

 つまり、普通の魔術師の二倍以上の工程を経て初めて彼は魔術を扱うことができる。

 しかし魔術を発動する際、素手の左手で手袋や法陣周囲に近づけば簡単に破壊されてしまう。そのため左腕があさっての方向へ行かせない為の鎖、巨盾だった。

 もちろんそれを鎖としてではなく、確実に戦闘で役立てる為のものとして日々鍛錬に励んでいる彼は……彼らは、一つの想いがある。

 

「よう。やってんな」

「おはようシャル。ダメだよ、あんなところで寝てちゃあ」

「悪い悪い」

 

 アステルに声をかけたのは、軽くストレッチをしながら片手にはロングソードと呼ばれる鋳型製法の鋼鉄の剣を鞘に納め手にしたシャルが居た。

 彼の小言を平然と受け流したシャルはとんとん、と鞘で自分の肩を叩いたあと、それを引き抜くと、刃の潰された鍛錬用のそれが覗く。

 シャルの行動にアステルは軽く目を伏せながら、いつもの朝の鍛錬へと戻ったことに嬉しさを感じつつ盾を構える。

 

「んじゃまあ、やるか! まずは打ち込み百回5セットだ! 覚悟しやがれ!」

「寝起きで動けるかい?」

「舐めてっと痛い目見るぜ? 打ち身じゃあ済まねえ体にしてやんよ!」

「ははっ……――よしっ、来いッ!!」

 

 二人は軽く笑い合った後、アステルは息を吸い込みながら盾を構え、シャルは地を這う蛇の様に蛇行しながらフェイントを掛け、彼へと斬りかかるのだった。

 

 

       ◇

 

 

「もー、二人ともお休みの日だからってはしゃぎすぎだよ? オーバーワークは身体に響くんだからね? 特にシャルちゃん! 女の子なんだからもっと身体を大事にすること! わかった!?」

「ゴメンナサイ……」

「へーへー。――ってイッデェエエエッ!? だから処置した後ぽんぽん叩くのはやめろ! やめてください!!」

 

 ものの見事に痣や打ち身だらけになった二人は、起床していたセラにリビングで手当てされており、アステルは頭にたん瘤を作り額には痣ができて氷を包んだタオルを巻き、打ち身だらけとなった身体中には彼が採りためていた薬草が当てられ包帯に巻かれている。

 一方シャルと言えば脚を挫いてしまい、腫れがひどかった為に彼女から手厚い処置が施され、仕舞いには軽く叩かれてしまい思わず悲鳴をあげた。

 処置を終えたセラは手を桶に入れた水で洗い、清潔なタオルで拭いたあと、「さてと」と呟き椅子に掛けていたエプロンを身に着けキッチンへ立つ。

 そして女神の様な笑みを浮かべながら振り返ると、

 

「お腹すいたでしょう? 二人とも何か食べたいものない?」

「アンタが神か」

「うう……どうしよう、セラさんの後ろから光が差してるように見える……」

 

 二人はぐでっとテーブルに突っ伏しながら思い思いに食べたいものを口にするが、最終的にアステルが譲りシャルの食べたいものを優先してもらった。

 セラはアステルの言葉に「大げさだなぁ」と微笑みながら調理を開始。そんな彼女の後ろ姿を見て、二人は思わず顔を向き合わせる。

 

「(なぁ……セラの奴いつもより……)」

「(シャルも気付いた? いつもより綺麗というか……)」

「(バーカ、オシャレって言うんだぜ、ああいうの)」

「(……まさかシャルの口から御洒落なんて言葉が聞けるなんて)」

「――ンだとテメェ!? っ()ぇぇ~~っ!!」

「ど、どうしたのっ?」

 

 唐突なアステルの言葉に怒りのあまり勢いよく立ち上がったシャルは自分が足を挫いたことなど忘れ、思わず体重をかけてしまい激痛が走った足を抑える様に蹲った。

 セラは慌てて振り返り、アステルは平然を装い顔を横に振り、シャルは苦笑を浮かべて再び椅子に腰かける。

 そしてシャルがセラへと尋ねた。

 

「今日どっか出掛けんのかよ? そんなカッコして」

「え? えー……あー……う、うん。まあね。どう? 似合う?」

 

 セラは言葉を迷わせながら自分の身なりを見せようとくるりと回転した。

 私服を上手く組み合わせたのだろう。清楚な印象を受け、尚且つ派手でもなく落ち着いた服装。アステルは「よく似合ってます」と口に出し、シャルは「まっ、いいんじゃねーの?」と含み笑いを浮かべている。

 そして二人へ礼を言いつつご機嫌になり鼻歌を歌いながら調理へ戻るセラを、二人は暖かい目で眺めながら思うのだ。

 

((ああ、先生(グレン)ってこういう服が好みなんだ))

 

 と。

 セラが誰とは言わなかった辺り、恐らく自分たちには言い難い相手なのだろうと察していた二人はその相手が誰なのかはすぐに判ってしまう。恐らくシスティは巻けてもルミアにはお見通しだろう。

 

(でも、よかった。グレン先生も普通にセラさんお誘いできたんだ)

 

 アステルはふふっと笑いながら頬杖をつき、先日の昼休みにグレンから持ち掛けられた相談内容を思い出す。

 

『なぁアステル。学生のお前に聞くのもなんだけどよ。この辺で女子受けのいい穴場とかってあるか?』

『え? どうしたんですいきなり?』

『いいから教えてくれって。お前モテモテじゃねーか、さっきの授業でまーた白髪呼ばわりしたら教科書ぶん投げられたし』

『それは自業自得だと思いますけど……。あと僕、全然モテませんよ? たまにクッキー配ったりとかするだけなので、たぶん友達感覚……で……』

『おいっ、言いながら悲しそうな顔するなよ! ってか泣くなよ!? お前顔はいいし性格もいいじゃねーかっ!? それにあの白猫飼いならしてるんだ、絶対裏じゃ騒がれてるって!』

『すみません……ありがとうございます』

『お、おう……。んで、心当たりとかねーかな? 俺も隅々までこの街んこと知ってるワケじゃねーしよ、頼むッ! この通りだ――!』

 

 それから幾つかクラスメイトや他クラスの女子から聞いた噂などをグレンへと伝えたが、まさか今日とは。結構積極的なんだなぁとアステルは思っていると。

 

「なーに緩んだ顔してんだよ。頭ん中お花畑か?」

「違うよ。シャルは今日予定ある?」

「ん? 昼寝っつー重要な予定がある」

「そっかー」

「それにお前、デートに誘うならもっと適任がいるだろ。お嬢とか姫さんとか」

 

 シャルの言葉が放たれた直後、ガチャンッ!! と激しい音がキッチンから聞こえ、二人は見てみれば耳を真っ赤にしたセラがお玉をシンクに落としていた。

 

「……セラさん?」

「おいおいどうしたんだよ。まさかその年になってデートなんて単語に過剰反応するほど乙女かぁ?」

 

 お淑やかという言葉の対局に居るであろうシャルのゲラゲラという笑いにセラはついに両肩を震わせて振り返った。

 その顔はすでに真っ赤になっており、握りしめたお玉はひん曲がり、膨らんだ頬は今にも爆発しそうなほどで、アステルはその顔を見て苦笑いを浮かべる。

 

「セ、セラさん落ち着いて……。その、楽しい一日になるといいですね」

「後からそっと追いかけっから、気にせずよろしくやれよ~」

「ア、アステル君はともかくシャルちゃんは……つっ、ついてくるつもりなの!?」

「面白そう」

「……もうっ! いじわるな二人には朝ごはん作ってあげません!!」

「なんでさぁぁ――っ!?」

 

 その後本当にセラは二人分の朝食を平らげてぷんすこ怒りながら出掛けて行く。アステルは彼女を見送ったあと一つため息を吐いて、セラが置いて行ったエプロンを手に取った。

 シャルもセラを追おうとはせず、頬杖を突きながらぼーっと簡単な朝食を作り始めたアステルを眺める。

 

「……お前、ホントエプロン似合うようになったよなあ」

「そう? 男が調理場に立つのはやっぱりおかしいかな」

「おかしかねーだろ。立派だと思うぜ? 研究の手伝いやりながら自分の発明して、んでもって成績も優秀、交友関係も広い。んでもって家事まで出来る。完璧じゃねーか」

「珍しい。シャルが僕を褒めてくれるなんて」

「たまーにだから意味があんの、こういうのは」

 

 わかってねぇなぁ、とシャルの嘆息する声を背を受けつつ、アステルは手元を見たまま苦笑を浮かべ、彼女に聞こえないくらいの声量で「素直じゃないなぁ」と呟いた。

 シャルにとってアステルとは親友であり家族であり、そして好敵手でもある。

 剣を扱う彼女としては、盾だけを使う彼は盾で、自分は矛。

 二人でようやく一人前と彼女の知り合いから笑われてはいるが、それでも技量はお互いに帝国武官にも匹敵しうる。

 要は対極的な性格にある二人だが、お互いの足りない分を幼い頃から補い合ってきた相棒なのである。

 だからこそ、小さい頃はよく褒め、褒められを繰り返していた二人にとって現在は、褒め合うことなどあまりない。互いを理解し合っているからこその信頼とも言えるだろう。

 ……いや、アステルはよく気付く性格であるからか褒めているのだが、昔は素直だったのに今ではつっけんどんな態度をとられてしまう事に彼女も年頃の女の子なのだと自覚させられる。

 シャルの本心としては嬉しいのだが、システィやルミア、それにセラの手前素直な態度を取ってしまえば水面下のキャットファイトが激化しかねないので、なんとかリアクションを抑えているため、俗にいうツン属性が働いてしまうのだ。

 せめて二人きりの時くらいはこうした甘えも許されるだろうと思っての言葉だという事を、アステルはまだ知らない。

 会話が止み、アステルとしては心地よい、シャルとしては気が気ではない空気の中、それは唐突に起こった。

 

「あっ」

「どうした!? 指でも切ったか!?」

 

 アステルの呟きにシャルは勢いよくその場を立ち上がり痛む足を持ち上げ片足ケンケンしながら彼へ駆け寄ると、手元にあったのは包丁ではなく野菜炒めが盛りつけられた皿だった。

 

「……味付け忘れちゃった」

「ンなモン食えるかバカヤロー! ほぼ味が油じゃねぇか!」

「あはは、ごめんごめん。上から塩胡椒でも掛けようよ」

 

 顔を傾けながら申し訳なさげに笑うアステルに、シャルは思わず肩へパンチを食らわせると文句を言った彼女に彼は朗らかに笑ってみせる。

 

「ったく……心配させんなダホ」

「ごめんよシャル。でもこれは結構自信作」

「味ねーのに?」

「うん」

 

 唇を尖らせながら拗ね始めるシャルの脇にアステルは空いた手を回し、彼女が彼の肩に腕を掛けて若干の体重をかけたところでゆっくりと歩きテーブルへと座らせた。

 キッチンへ戻り、ゴリゴリと胡椒をすり潰したアステルは、小鉢の上で塩と混ぜ合わせた後、フォークとセラが置いて行ったパンを食卓へ出してシャルの皿から優先的に調味料を振ってゆく。

 どれどれ、とシャルがその野菜炒めを口にしたあと、フォークを咥えたままもぐもぐと頬を動かし……ゆっくりと嚥下する。

 

「お前、何入れた? 豆?」

「正解。よくわかったね? 結構細かく刻んだのに」

「いやなんつーか……普通の野菜炒めの触感にない奴があったからな……」

「嫌だった? やっぱり豆っぽさ出ちゃうか……」

「嫌いじゃねー。味も悪くねーし」

 

 そういって頬杖をつきながら食事を進めていくシャルを、アステルは優しい眼差しで見守るのだった。

 

 

       ◇

 

 

「……よし。準備完了」

 

 それからおよそ一時間ほどが経った頃。アステルは自室にて私服の白いシャツに濃紺のベスト、黒いジーンズに白と黒のラインが入ったスニーカーといった動き易いシンプルな格好に着替え、癖っ気の前頭部の髪をいじりながら姿見で身だしなみをチェックしていた。

 腰にはいつものポーチが回されているが、少し緩められたベルトによってそれが傾き、ラフさが伺える。

 アステルが自室を出ると、丁度自室の前を通りかかっていたルミアと出くわした。

 

「アステル、おはよう」

「おはようルミア。準備できた?」

「うん、バッチリ」

 

 カーキ色のパーカーベストに濃紺のノースリーブシャツ、薄水色のパンツにスニーカーといったアウトドア向けのファッションを着こなしていたルミアは、今日はどうしてか若葉色のリボンの色も小紫色に変わっており、いつもとは異なる白い肌を見せた彼女の服装にアステルは少しドキッとした。

 

「似合ってる。ルミアもその色好きなんだ?」

「ふふっ、びっくりした? シャルが選んでくれたの」

「ああー……納得」

 

 ルミアの微笑にアステルは苦笑で応えて玄関まで行くと、そこにはテーブルに突っ伏すシスティの姿があった。

 

「システィ? こんなところで寝たら風邪引いちゃうよ?」

「………」

「……システィ?」

 

 ルミアの呼びかけにも応じないシスティに、何かが変だと思いつつアステルが彼女へ歩み寄る。

 すると意識を失っていたのかハッとしてシスティが顔を上げると、不意に飛来した彼女の後頭部がアステルの前歯にクリーンヒット。思わず二人はその場で蹲り声にならない悲鳴を上げ悶絶した。

 

「「~~~~っ!!!」」

「あるある……」

 

 どこか思い出したようにルミアも口元に手を当てて苦々しい表情で笑みを浮かべると、痛みが落ち着いてきた二人は互いに「大丈夫?」と尋ね合う。

 

「どうしたのさシスティ? こんなところで寝ちゃうなんて珍しい」

「わ、私もうかつだったわ……。二人とももう朝食終わったのね……」

「? うん、僕はシャルと一緒に」

「そ、そっか……そうよね、私達より早起きだもの……ないわよね……うう……」

(作ってもらう気だったんだ……)

 

 脂汗を額に浮かべるルミアは困ったようにアステルを見つめると、その視線に気づいた彼も同じく困ったように眉を寄せて軽く肩を竦めたあと、彼女の頷きに応じてポーチを席に置いてエプロンを肩に掛け始める。

 

「良かったねシスティ。優しいアステルはシスティの為にご飯を作ってくれるみたいだよ?」

「……ほ、ほんと……?」

「流石にお腹を空かせた女の子を無視はできないよ」

 

 ふふっと天使の様な微笑みを浮かべたルミアはシスティの前に座り、アステルは振り向きながら涙目で彼を見つめるシスティに頷き返した。

 

「あぁ~……なんだかもう、二人が尊すぎて私も鼻血出そう………。私、二人の妹にならなってもいい……」

 

 そう言って再びテーブルへ突っ伏したシスティに、『わかる~』と空席となっているセラの席からそんな声が聞こえた気がしたのは、アステルだけではないはずだ。

 

 

       ◇

 

 

 フェジテから出て半刻ほど歩いた森の中に、アステル達はいた。

 風によって葉が擦れ合う音、木々に留まった鳥達の鳴き声が心地よく耳に残り、ルミアは自然に囲まれた中で伸びをしながら深呼吸する。

 

「少し休憩する?」

「ううん。あともうちょっとだもの、頑張る。早くアレックス達にも会いたいし」

「はは、二人が聞いたらきっと喜ぶよ」

 

 さくさくと、この森に住まう動物たちが作り上げた道を歩いてゆく二人。数分してようやく目的地が見えてきた。

 瑞々しく生い茂った葉。太い幹。大樹といってもおかしくはないその根元には、一軒の家がある。

 その大樹の周りにはいくつもの小屋があり、そこはもう、村と表現してもよいだろう。

 積み重ねられ、編み上げられた蔓の縄によってまとめられた丸太に腰かけ、別途にもう一本の太い縄を結っている狸がおもむろに顔を上げ二人の姿を見つけると、立ち上がりそれを投げ出しながら駆け寄った。

 

「あっ! 二人ともいらっしゃい!」

「ジャン!」

「嘘っ……ジャンなの!? 前に来た時はこんなに小さかったのに……!」

「ルミアはひさしぶり~!」

 

 焦げ茶色とベージュといった毛並みの狸、ジャンは二人を迎え入れ、ルミアは小さき頃の彼を手で表現してジャンはその手を取って小躍りする。

 アステルはその光景を見守りながら、ジャンの声によってわらわらと森から顔を出して来た仲間達に迎え入れられた。

 狸のジャン、弟のケンにポン、狼のジーク、鳥の兄妹、ゼオとシーダ。女鹿のファラ、狐のミュゼに蛇のスネーク。

 すぐさま賑やかになり、それに気づくのも時間の問題だったろう。大樹の家から一頭の熊が現れる。

 その姿にアステルとルミアは目を見開き、仲間達と共に熊へと駆け寄った。

 

「「アレックス!」」

「よく来たな。ルミア、アステル」

 

 その熊、アレックスの胸元へ飛び込んだ二人は彼から優しく温かい抱擁を受ける。

 胸元に白い三日月の様な模様が描かれた茶色い毛並みの熊は、低く落ち着いた声音で二人の名前を呼び、彼らの背中を撫でた。

 

『あなたー? 二人がいらっしゃったの?』

「……メアリー!?」

 

 ルミアは目を見開いて、彼が出てきた家から姿を現したもう一頭の熊に驚く。

 彼女の名前はメアリー。アレックスの嫁であり、本来は学院の敷地内にある北の森で過ごしていた熊の一族の姫だった。

 アレックスは遠く離れた森を取り仕切る一族から勘当され、傷だらけの状態でアステルと出会ったことがきっかけで流れ着いたこの辺りに住み着き、生き長らえた。

 そしてつがいを探すため、アステルの協力のもと北の森に熊が出るという情報を聞きつけ、共にその場へ赴き、数々の修羅場を潜り抜ける中でメアリーと恋に落ち、嫁にもらうことができたのである。

 結果としてフェジテ近郊の森はこのアレックスが取り仕切り、全ての生き物が平等で同じく敬い合うという環を作り出した英雄となった。

 ここに居る動物達が全て流れ者であり、それでいてアステル達を最も誉れ高い人々として敬い、家族として迎え入れている。

 アステルとしては人々の知恵を彼らに教え、生活していく術を伝えることで、彼らは殆ど人の様な安定した生活が出来ていた。

 学院へ通い出した影響でしばらくルミアはこの場へ来ることが出来なかったが、こうしてアレックスがメアリーと共に住まえるようになって一年。知らないのも無理はなかった。

 

「フフ、驚いたようだな」

「そ、それはもう……。まさかメアリーとここで会えるだなんて」

「それは私もよルミア。……久しぶりね。一年半ぶりかしら?」

「うん……。元気そうで本当に良かった……」

 

 ルミアはメアリーと抱擁を交わす。男二人は顔を見合わせふうっと安堵の息を漏らすと頷き合った。

 

「二人とも、これから釣りにいくのだろう? 道具は小屋の中だ、持って行くといい」

「はは、ありがとうアレックス。っと、小屋と言えば燻製の方はどう?」

「順調だな。最近は魚を燻している。炉のおかげで火事になる心配もないだろう」

「それはよかった」

 

 二人は笑い合い、目の前のルミア達が抱擁を解いてゆく。

 

「アステル。昼食はここで取っていくのだろう?」

「うん。そのつもりだよ」

「そうか。ならば私も、せめて森のものを仕留めて、もてなさなければな」

「ははっ、きっとルミアも喜ぶよ」

「さあ入って。すぐにお茶の用意をしますから。リビングでくつろいでいてくださいな」

「うんっ」

「はーい」

 

 ルミアは嬉々として家へ入ってゆき、アステルはそんな彼女の後ろ姿を眺めながら、アレックス達と共に入って行くのだった。




 森メンバーが全員登場しましたね……いやぁ我ながらネーミングなさすぎです(笑)
 釣り描写なども書きたかったのですが、そこは今後のネタバレになりかねないので割愛させていただきました。
 服装についてはロクアカの世界観とちょっとズレちゃうかなあと心配しています……大丈夫かな?
 次回からはようやく原作第一巻のクライマックスへ入ります、拙い文ではありますが、どうかよろしくお願いします!
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