ただ一人、君の為なら。   作:ぶんぶく茶の間

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 お待たせしました最新話!

 第一巻(章)クライマックスですよォォォオッ!!
 もうね、走り出した指が止まりませんでした。かなりテンションに任せて書いてしまったので、かなり読みにくいとは思いますが、

???「考えるな、感じるんだ」

 という偉人の名言に則ってお読みいただければ幸いです!
 それでは本編どぞっ!


第八話 約束の為に

――学院の正門前へ降り立ったアステルとクロノス、そしてセリカは、一瞬で状況を把握しながらも驚愕の声を上げた。

 

「なんだこれは……!?」

「……どうやら結界が破壊されているようです。今ならこの学院に誰でも入れますね……」

 

 不用心です、とクロノスは淡々と告げると、三人の目の前に居た金獅子は腕を組みながら仁王立ちしている。

 

「来られたか」

「マルノクス……。君がやったの?」

「うむ。主は中で戦闘中の模様。急がれよ、ここの守衛は我に任せるがいい」

「分かった――」

「アステル。これを持って行け」

「これは……僕の盾!?」

「気を付けろ。敵は相当な手練れと見える」

 

 その金獅子――マルノクスはそう言い、アステルに愛用の盾を手渡し彼らを学院内へ急がせる。アステルは馴染みの相手に後ろ髪を引かれたが、半身で振り返ったマルノクスと視線が交錯し頷き合う。

 よほど緊急だということを、嫌でもアステルは理解させられた。

 学院校舎へ入り込み、セリカは周囲を警戒しながら、クロノスは精霊特有の霊気を感知して索敵しつつ、今後の方針が決められる。

 

「まずはグレン達との合流が優先だな。相手も一人ではないはずだ。精霊、妙な気配を感じたらすぐに教えてくれ」

「わかりました。では事後報告になりますが、校舎西館にある魔術実験室にて遠隔連続召喚が施行されています。徐々に廊下にも気配が広がっているあたり、かなりの手練れかと」

「だとすればグレン達はそこか。よし、行くぞ」

「了解、先行します!」

 

 アステルは盾の柄を握り直し、彼女達と共に階段を駆け上がろうと踏み出す。

 しかし、階段の踊り場から――骸骨の兵士がぬうっと顔を出した。

 

「え!? ボーン・ゴーレム……!?」

「……なるほど? そう簡単に合流はさせてもらえないか」

「対象を敵性と判断。分析を開始します――」

 

 虚を突かれたアステルへと降りかかったのは、ボーン・ゴーレムの手に持つ鋭い刃だった。

 階段という足場の悪い中でありながら、アステルはそれを真っ向から受け止め、クロノスが懐から小さな水晶玉を取り出して解析、詠唱を終えたセリカがその陰から現れ黒魔【ブレイズ・バースト】によって焼き払う。

 しかし、その衝撃を受けても尚立ち上がるボーン・ゴーレムにアステルは息をのんだ。

 

「……どうやら竜の牙製のもののようです。膂力、運動能力、頑強さ、三属耐性を持っています」

「チッ……厄介だな」

 

 解析を完了させたクロノスからの報告を受け、セリカは歯噛みするように舌をうつ。

 

「なら――!」

 

 剣戟を受けながら、アステルは攻めに出る。

 階段を一段登ることで踏み込み、腰から上体へ力伝させるよう溜めを作って《バッシュ》を振り放つ。

 通常の盾であれば小さな面積で相手に衝突するため威力はそこそこなものだが、彼の持つ巨盾に於いてその理論は通じない。

 あまりにも巨大な面積から放たれる質量を伴った衝撃。彼が盾を振り切る頃には目の前のボーン・ゴーレムはバラバラとなり、壁に激しく衝突したことで微塵も残さない。

 

「……頭の切れる生徒だと思ったんだが。ただの脳筋だったか」

「その言い方は酷くないですか」

 

 ふぅ、とため息交じりに天井を仰ぎ見たセリカへとクロノスがけしかけ、盾を持ち直したアステルは半身で振り返りつつ苦笑を浮かべた。

 

「行きましょう。これほど頑丈となるとグレン先生達も危ない」

「そうだな。急ぐとしよう」

 

 幾度となく現れるボーン・ゴーレムを、今度はセリカが【ブレイズ・バースト】、【アイス・ブリザード】を併用することで耐性を弱体化させ、アステルがそれを叩いてゆく。

 そして今、上階への最後の階段を登り切ろうとしたところで不意にクロノスが叫んだ。

 

「――黒魔の発生を感知! 大型呪文ですっ!」

「止まれ、ガラード!」

「え――うわぁあッ!?」

 

 セリカの腕が伸び、アステルの首根っこを掴んで引き戻された。

 次瞬、目の前に巨大な光の衝撃破が過ぎり、彼の揺れた前髪の毛先が塵と化す。

 

「あの馬鹿、ここで使ったか……」

「黒魔改、【イクスティンクション・レイ】……。敵性遠隔連続召喚の反応ロスト。――なるほど、貴女の入れ知恵ですか」

「否定はしない。が、今ここでそれを使ったという事はよほど困った状況だったと見える」

 

 先を急ぐぞ、とセリカは言い放つと、二人よりも先に廊下へ躍り出たセリカは、廊下の行き止まりで倒れ伏したグレンへと駆け寄る。

 が、そこに居た人物の姿に流石の彼女であっても走り出した足を止めざるを得ない。

 

「セラ……!? 生きていたのか………!?」

「セリカ、さん……?」

「ったく、おせーぞ……馬鹿……」

「――先生!?」

 

 完全にマナ欠乏症となっていた恩師を見て、アステルは慌てて駆け寄る。その声に覇気はなく、へへ、と小さく笑った彼がとても痛ましい。

 

「処置を開始します」

「うん、お願い」

 

 時辰儀から降り立ったクロノスは早急にグレンの許へ寄り、彼の手を握りしめる。

 すると淡い蒼の燐光が漂い、みるみるうちにグレンの体色が元通りになっていった。

 

「……そうか、時の………お前だったのか」

 

 セラと熱い抱擁を交わしていたセリカは、クロノスを見て何かを思い出したように呟く。

 しかしクロノスは淡々と「その話については、また、いずれ」と言ってグレンから手を放し立ち上がる。

 そして傍で周囲を警戒していたシャルは、右肩に剣を担ぎながらアステルの肩へ腕を回す。

 

「聞きてぇことは山ほどあるが。まだやる事があるだろ?」

「そうだね……」

 

 アステルは目の前で、きゅっとシャルから受け取ったケープの端を掴んで胸元を隠すシスティを見つめたあと、彼女へ歩み寄り一つ頭を撫でた。

 

「……頑張ったね」

「っ……!」

 

 息を飲む声が聞こえた。アステルは彼女を抱き締める様に背中へ腕を回し、システィはただその厚意を受け取り彼の胸元で静かに嗚咽を漏らす。

 

「……来て……くれたのね……っ」

「当たり前だよ。友達なんだから」

 

 その言葉にシスティは一瞬嗚咽を止めるが、それでも自らの想いが決壊したダムのように溢れ出してしまい、今度は盛大に泣きじゃくる。

 彼女の小さな背中をぽんぽんと叩いて宥めるアステルだが、その目は――憤怒に満ち溢れていた。

 

「(おーおー……良い顔してんじゃん)」

 

 シャルはこれ以上ないほどにニヤニヤとした笑みを後ろで浮かべているものの、次はセラ達へと視線を向ける。

 

「これほどまでに近い場所に居たというのに気付いてやれないなんてな……。母親ながら、情けない」

「そんなっ! セリカさんのせいじゃありませんよ……!」

「いいや。お前を見つけてやれなかった。それだけで私にも責任があるというものだ。……この件が終わったら、ゆっくり語らうとしよう。家族(・・)で、な」

「っ……! ………はい」

 

 セリカがセラを抱擁し、互いが肩に顎を乗せて語り合う姿につい目頭が熱くなったのか、グレンはそっぽを向いて鼻を擦る。

 

(こっちはこっちでお熱かよ……)

 

 はーぁ、居場所がねえ。と呟いたシャルは――不意に現れた新しい気配を感知し、飛来した剣を己の剣で弾き落とす。

 その鋼と鋼が激しくぶつかり合った音によって、周囲は一瞬で臨戦態勢へと切り替わった。

 

「――ったく、折角他人(ヒト)様が感傷に浸ってるっつーのに。……ちったあ空気くらい読みやがれ」

 

 シャルが剣の切っ先をダークコートの男――レイクへと向ける。背後ではセラがハルバードを構え、両隣にはグレンとセリカが腕を前に控えている。

 そしてアステルはシスティを護る様に巨盾を構え、システィは彼の後ろでケープの端を片手に持ちながらも腕を前へ掲げていた。

 

「【イクスティンクション・レイ】まで使えるとはな。それでいてまだマナが残っているか。少々見くびっていたようだ。それに――」

「あー、浮いてる剣っつーだけで嫌な予感がするわ……」

「グレン=レーダス。全調査では第三階梯にしか過ぎない三流魔術師と聞いていたが……。まさか貴様らに二人もやられるとは思わなかった。誤算だな」

「あいにくと、ウチにはめっぽう腕の立つ優秀な生徒達がいるんでね」

「ハッ」

 

 ニヒルに笑ったグレンの言葉に、シャルは不気味な笑みを浮かべながらも鼻で笑う。

 正面に立つレイクは五本のうち二本を術者の自由意思で自在に動かし、手練れの剣士の技が記録され自動で敵を仕留める三本の剣で成り立っていることを、自身の直感と、先ほどの一合で悟っていた。

 彼女もただの一介の剣士ではない。その天才的な直感や戦闘経験から、相手の癖などを読み取ることが出来る。

 

「他人の剣術に何か言いてぇわけじゃないんだけどな……。テメェのその剣、気に入らねぇ」

「なに……?」

 

 シャルは剣を構える。次瞬、その剣から迸った赤雷は見る者全てを畏怖させた。

 

「振るうのはあくまで“己”の魂と意志だ。最後には、それが全てを決する――!!」

「……小娘風情が。いいだろう、まずは貴様から血祭りにあげてやる――!」

 

 足元から赤雷を生じさせ、彼女は剣を腰に溜めて駆け出した。

 正面、左右、上下から飛来する剣。しかしそれらは彼女をとらえることが出来ない。――いや、むしろ。

 

「オラァ! 折角遊んでやってんだ! 一太刀くらい入れてみやがれ!! でねぇと叩き割っちまうぞ!!」

 

 人である彼女が、剣たちを翻弄している。

 雷さながらの速度で周囲を駆け回る少女の姿は目視できず、見ている者からしてみれば人間業ではないと一目で分かる。

 彼らが認識できるのは、鋼が打ち鳴らす剣劇の音だけであり、響き渡った音はまるで反響しているかの様にけたたましい。

 その中でアステルは目を閉じ、くすっと笑っていた。

 

「……アステル?」

「ううん……。やっぱり、僕の相棒は凄いんだってつくづく思うよ」

 

 恐らく、彼女はその剣技の持ち主であった虚像を相手にしている。打ち合わせること数十合。未だに決着は着いていないのか。はたまたその相手は倒しても死にきらない猛者なのか。

 すでにレイクの操作していた剣の二本は叩き斬られており、無残にも【イクスティンクション・レイ】による破壊の傷跡が刻まれた廊下に転がっていた。

 

「……そうね」

 

 システィは彼と同じように目を伏せて笑い、瞳を開いた彼の右手には、驚愕のあまり茫然としているセリカとグレン。戦闘狂をこじらせた彼女の事をよく知るセラは苦笑を浮かべながら見守っている。

 そして、僅か三分でこの勝負は決された。

 

「――獲ったァッ!!」

 

 パキィンッ!! という激しい破砕音がする。シャルは雄たけびを上げ、ようやく彼らの前へ姿を現すと、数秒遅れて見事な太刀筋で切り裂かれた剣が廊下へと落下した。

 

「ふぃーっ……。なかなか手応えあったわ。生きてたら手合わせくらいしてみたかったぜ」

「な、な……な……っ」

 

 あまりの衝撃に言葉も出なくなったレイク。その口元を震わせ、シャルは剣を肩に掛けながら彼へと歩み寄りメンチを切った。

 

「もう弾切れか? あるならとっとと出せよ。なぁ?」

 

 その戦闘を嬉々として受け入れる獰猛な瞳に吸い込まれそうになったレイクだったが、キッと目を鋭くさせると同時、廊下の天井に潜ませていた剣でシャルの背を襲わせる。

 

「――シャルッ!?」

 

 システィがその剣を見つけ叫ぶ。しかし。

 彼女は身体を右に傾け、左手で地を着き膝を折り、右手に持った剣を振り上げてその剣を両断すると同時、レイクの首を刎ね上げた。

 

「本当に、もうなかったみてーだな」

 

 血の付着した剣を振り払う事で飛沫が舞い、彼女は綺麗になった剣を再び肩に掛けて踵を返すと、遅れてレイクの首元から血が吹き出す。

 

「さぁて、次に行くとしようや」

 

 完全に戦闘モードへ入ったシャルを見たアステルは、真剣な面持ちで頷くのだった。

 

 

       ◇

 

 

 ――レイクを打倒したアステル達は、今後の方針を疾く決め合い、生徒達の保護をグレン、セラ、システィの三名が受け持ち、ルミア救出をアステル、クロノス、セリカ、シャルの四名に分担した。

 そしてクロノスが転送塔に魔術の気配を感知したことで、それぞれが行動を開始。

 しかし、転送塔前には数多のゴーレムが立ちはだかっており、四人は結託して――いや。

 

「ハッハァ! いいぞぉ三人とも! よーっし私も調子に乗って【イクスティンクション・レイ】だァ―――ッ!!」

 

 もう全部コイツ(セリカ)だけでいいんじゃないだろうか。そんな気が三人の中で渦巻き、黒魔改【イクスティンクション・レイ】をぶっぱしたセリカによって、辺りのゴーレムが一層されるのを見届けた。

 恐らく今まであまり出番がなかったことへの鬱憤が溜まりに溜まっていたのだろう。三発目を見たところから三人は考えるのを辞めている。

 完全に辺り一体が文字通り塵芥となったところで、セリカの腕周りが若干変色し、彼女は気分爽快といった表情で倒れた。

 

「阿呆……阿呆がいます……」

「あ、アルフォネア教授にもいろいろ考えがあったんだよ。僕達を温存させるためにやってくれたんだ」

「プラス思考パネェ……」

 

 ジト目でセリカを睨み付けるクロノス。なんとか彼女をフォローしようと脂汗を額ににじませながら言葉を紡ぐアステルに、シャルは彼の肩を叩いてそう締めくくる。

 

「かといって、このままおぶさって屋上まで登るのもなァ……」

 

 シャルは目の前の白亜の塔を見上げ、しばし逡巡すると。

 

「……行けよ、アステル。お前が姫さんを救ってこい」

「え。でも……」

「防衛ならお前、攻撃ならオレ。そういう役割だったよな」

「そうだよ。だったらシャルの方が――」

「――思考じゃねぇんだよ。姫さんが今、誰を待ってるのか。テメェが一番判ってんだろ」

 

 肩を押され、シャルは自分の剣を地面に突き刺す。

 その姿は、まるでこの白亜の塔を守護する騎士の様であり、彼女の後ろ姿をアステルは数秒見つめる。

 

「……何かあったら、その時は」

「任せときな。相棒の片棒くらい持ってやるさ」

「武運を」

「おう。お前もな」

 

 背中越しに語れる言葉。今度こそ、アステルは背中を押されクロノスと共に転送塔へと侵入した。

 そして、学院内の防御システムであるゴーレム達が倒されたことにより、遠方からさらなる援軍がやってくる。

 シャルは半身でアステルが白亜の塔へと入ったことを確認すると、足場から赤雷を発生させた。

 

「今度こそ全力だ。テメェら本気で掛かってきやがれ――!!」

 

 迸る赤き雷の魔力は凄まじく、その赤雷は剣にまで伝播し、やがて巨大な剣となって襲い掛かったゴーレム達に振り下ろされた。

 

 

       ◇

 

 

 アステルとクロノスは屋上の大広間――転送法陣のある部屋まで辿り着くと、そこには前任であった恩師、ヒューイの姿があった。

 そして近くには囚われのルミアの姿があり、二人の足元に敷設されていたものが白魔儀の【サクリファイス】であることを知る。

 

「なぜヒューイ先生が……!? あなたは立派な先生だったはず! こんな事をするような人じゃないのに……ッ!!」

「すみません、アステル君。残念ながら僕は元々、こういう人間だったのです」

 

 申し訳なさそうに目を伏せて、ヒューイが言う。

 

「王族、もしくは政府要人の身内。もし、そのような方がこの学院に入学された時、その人物を自爆テロで殺害するために、十年以上も前からこの学院に関係者として在籍させられていた人間爆弾。それが僕なのです」

「そんな……! 将来的に入学するかもわからないことにために、そんなに前から備えていたんですか!?」

「ええ、そうです」

「っ……!!」

 

 アステルの中に、彼との記憶が鮮明に蘇る。

 今は直属の上司であるハーレイ=アストレイへ助手として接点を繋ぎとめてくれたのも彼だ。魔術を扱えない自分を励まし、自らの未来の選択肢の一つを与えてくれたのも彼だ。

 恩ばかりが蓄積されて、到底返せないものだと。けれどいつかきっと、彼へ正しい形で返せると思っていたのに。

 思わず涙が浮かぶ。それでも彼は、ヒューイという自分の中の存在を信じたうえで、今起こっている現状を把握した。

 

「……ルミアさんがいなければ、僕は今でもこの学院でのんびりと講師を続けていられたのですが。……そう考えると、君とシスティーナさんの未来がとても楽しみでたまらなかった」

「――!!」

(この人は、僕とルミアの関係を知らない……?)

 

 繋がりの強さをここで表すのも酷な話だが、アステルとルミアの間には切っても切れない繋がりが存在する。

 それは、元第二王女であるルミアの護衛。幼いながらに課せられた自分への、絶対的な約束。

 ルミアが居なければ、自分はどうしていたのだろう。

 苦労してでも、いつかこの、アルザーノ帝国魔術学院へ入学し、システィーナ=フィーベルという女性に惹かれ、理想を築き、共に未来を歩んでいたのかもしれない。

 しかし、今この現実には、ルミア=ティンジェルという自分にとって大切な親友が居る。

 それをなかったことになど、彼には到底できなかった。

 

「しかし残念ながら、組織はルミアさんに目を付けてしまいました。……アステル君。僕はここで君に、最後の試練を課しましょう」

「……試練、ですか?」

「彼女が囚われている転送法陣を解呪すれば、僕の自爆方陣は作動しません。つまり、これは制限時間内にルミアさんの転送法陣を解呪できるか否かです。……魔術を扱えなかった君は、その手袋によって扱えるようになった。授業を真面目に受け、疑問に思ったらなんでも僕へ相談してくれた。実験も失敗しながらも、真っ直ぐ前を見つめて歩み続けてきた。たとえ実技で皆さんに評価されなくとも、君の頑張りはこの僕が、君の周りがよく知っています。ですから、見せてください。君の――君が皆さんの希望たる由縁を」

「――……やっぱり、先生は先生ですね」

「……そうですか?」

「例え人殺しの密命を受けていたとしても、僕らに……こんな僕に真っ直ぐ向き合ってくれて、道を示してくれました。こうして身体を張ってでも、最後に僕を試そうとしてくれている……。なら、僕ができる事はたった一つです」

「逃げることもできるのですよ……?」

「しません。研究者の端くれとして、貴方の生徒だった者として、目の前の問題から目を背けるわけには、絶対にできない――!!」

 

 クロノス!! アステルは盾をその場に置いてルミアの元まで掛け、契約した自分の精霊の名前を呼んだ。

 

「――正念場です。気張ってください、マスター!」

「もちろん!!」

 

 彼女が二人を繋ぎとめる白魔儀の発動を停止させる。そして、アステルはおもむろにその手袋を外した。

 

「そんな、手袋を――!?」

「アステル……?!」

 

 ヒューイとルミアが驚きに声を上げる中、アステルは法陣から浮き出ている結界に右の拳を叩きつける。

 次瞬、その最外角である第一層の結界がまるでガラス窓が叩き割られたかのように砕け散った。

 

「なんですって……結界が!?」

「割れ、た……?」

「っぐ……!」

 

 原理不明の事象にそれぞれが混乱する中、アステルはただ一人、拳から噴き出た血と、分解することで無意識に発動しているであろうマナの消費によって起こるマナ欠乏症の前症状。その両方の痛みに耐える。

 よろめいた彼を見たルミアは、眉根を寄せ悲鳴にも似た声を上げた。

 

「一体何をしたの、アステル……!?」

「……っ、僕が魔術を使えないのは、発動直前でそれを『分解』してしまうからなんだ。多分、これは……」

魔術特性(パーソナリティー)……ですか……」

 

 ヒューイが静かに、しかし悔し気に語る。

 

「ああ……なんて――なんて皮肉な事か……っ! アステル君、きみは自らの在り方を………?」

 

 ――そう。彼が体質だと思っていた謎の魔術破砕現象は、己が『魂の在り方』であった。

 《銀線繊維》で作り上げた手袋や、彼の発明は、皮肉にも自分の在り方を覆す存在なのである。

 しかし、彼は「でも、」と続ける。痛みに耐える苦々しい笑みを浮かべながら。

 

右手(これ)のおかげで、君が救える」

「アステル……っ!」

「アステル君っ……!?」

 

 再び彼は右手で第二層を粉砕する。今度は指だけでなく掌、甲の皮膚が裂け、血が噴き出した。

 間髪入れずに第三層。その腕にヒビが入ったように腕の筋繊維がブチブチと音を立てて切れてゆき、彼はたまらず喘ぎながら喀血した。

 

「っぐぅぅううう………っ!!」

「アステルもうやめてっ! お願いだから……! このままじゃあなたが……ッ!!」

 

 ルミアは結界を一心不乱に殴り砕き続けるアステルの顔を見た。ひどいマナ欠乏症だ。全く血色と体温を感じさせない身体は、もはや命に関わる領域だった。

 

「どうして? どうしてそこまでしてくれるの……? 自分の命を賭けてまで……!?」

「そうさルミア。いつだって命がけだよ。だって、僕は――」

 

 ――君のヒーローになりたいのだから。

 

 ひたりと、骨が表皮からむき出しになり、肉が裂けた皮膚の間からせり出てくるぐずぐずの右拳が、第四層の結界に触れられる。

 同様の破砕音。衝撃。アステルは抵抗することなく大量の血を吐き出しながら吹き飛び、ごろごろと床を転がった。

 

「アステル―――っ!!」

「アステル君ッ!!」

「マスター……!」

 

 ルミアが悲痛の悲鳴を上げる。

 最早彼には立ち上がる力さえ。もう一度、その右手を振るう力さえ残っていない。

 地面に横たわった身体は暫く動かず、試練を課したヒューイでさえも彼の名前を呼んでしまった。

 ――しかし。彼にはまだ、気力があった。

 

『……ッ………!!』

 

 左腕を軸に上体を持ち上げ、開いた空間に膝を入れ……ゆっくりと。殊更にゆっくりと………再び立ち上がった。

 その姿にルミアは口元を覆い涙を流す。ヒューイも思わず息を呑み、クロノスは――

 

「……やっぱり、性ですか」

 

 目を伏せ、小さく笑みを浮かべた。

 なぜなら、笑っているからだ。他でもない、自分の主であり、心の底から信頼している彼が。

 白髪の三つ編みは解け、腰から下の髪は血の色に染まり、前髪も同様に、しかし地面を擦れたからか毛先が黒くなっている。

 見るからに満身創痍。しかし、その目に灯る強い意志の輝きだけは失われていなかった。

 アステルは一歩一歩、ルミアの元まで歩いてゆく。

 ゆっくりでいい。少しずつでも構わない。

 

「(彼女の、許まで――!!)」

 

 こうして、最後の一歩を踏み出そうとした時。

 彼の中で、不意に何かがぷつんと切れた感覚があった。

 

「――ゴフッ……ッ?」

「え――」

 

 次の瞬間、アステルは一際盛大に吐血し、その場に崩れ落ちる。ルミアは言葉を失った。

 言葉が出ない。身体も動かず、指も動かず。抜けていく力。しかし、右手に作られた拳は固く握りしめられたまま、アステルは急速に落ちてゆく意識、判断能力の中で――視線を上にあげる。

 

「―――……」

 

 そこに映るのは、助けたいと、救いたいと、いつまでも守り抜きたいと思う少女の泣き顔だった。

 唇も動かず、肺から出るのは大量の血とわずかな酸素のみ。ルミアも最早、アステルが何を言いたいのかさえ分からないでいる。

 しかし、それでも。

 

「……聞かせて……アステル……。貴方が、何を言いたいのか……貴方が思っている事も、全部……教えて欲しい……よ……っ」

 

 ルミア=ティンジェル――否、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノのアステル=ガラードに対する信頼と想いだけは、今も尚変わらずにいた。

 故に。

 故に。

 故に、

 

 アステル=ガラードは動いた。

 

 自分の細い身体を、自らの顎で引くように手繰り寄せ、頭を振りながら右手を遠心力によって前へ付き出す。

 僅か数センチ。その距離が、今の彼にとっては絶望的な距離であり、果てしなく遠く感じる。

 その時だった。

 

「……届いた」

 

 結界の中から延ばされたルミアの手が、ぎりぎりにアステルの頬に触れていた。

 

「貴方が諦めなかったから……届いた……」

「………るみ、ア……?」

「アステル……お願い、受け取って――」

 

 その瞬間だった。

 突如としてルミアの身体が眩く発光し、彼女に触れられた場所が熱くなる――

 

「――コフッ――ッ!?」

 

 溢れる光、巻き起こる風が揺らす黄金色の髪、周囲に踊る光の粒子。

 微笑みながらこちらを真っ直ぐ見つめてくるルミアの姿は、まるで女神のようで――

 どくん、と。アステルの体に莫大な魔力があふれてくる。

 その身体を支配していたすべての苦痛が嘘の様に消え失せ、知覚が鋭敏になる。全身に経験のしたことのない熱が漲り、まるで灼熱の炎に包まれているかの様。

 

「これ、は……?」

 

 心身ともに回復している。とうに糸の切れたはずの身体が動く。彼女がなんらかの魔術を行使した気配はない。そも、ルミアは魔術を封印されているはず。

 ならば、この奇跡の現象に至る節はただ一つ。

 異能。彼女が虐げられ、追われる理由となった根源。

 使う事も恐れていたその力を、彼女は今、行使した。

 

「……わがまま言ってごめん、アステル。……だから、もう一つ……もう一つだけ、お願いしてもいい?」

「……なんだい?」

「私を……助けてくれる?」

「―――……」

 

 ふっとアステルは顔を伏せて笑った。

 彼が再び立ち上がる。傷の癒えた右手に力が滾る。

 その表情は――笑っていた。

 いつだって絶望的な状況下に於いても、彼から笑顔が消え失せたことはない。

 喜怒哀楽、渋い顔をすることはあっても、それでも、彼の心の底には笑顔がある。

 なぜなら。

 瞳の奥に、何があっても決して揺らぐことのない、『彼女を護る』という強く輝かしい意志があるのだから。

 アステルは拳を握りしめる。

 

「ああ――もちろん……!!」

 

 腰元まで腕を引き絞り………

 

「――いつだって僕は、必ず君の許に帰ってくる――!!」

 

 渾身の一撃を放った。

 

「―――おおおおお―――――――ッ!!!」

 

 最後の結界を破砕し、爆風が舞う。手が傷つき、抵抗のせいか腕の筋までもが千切れてゆく。

 しかし彼は、今度はそれでも止まらなかった。

 振り下ろされた拳は、そのまま彼女の足元に敷設された転送法陣までも叩き割り、その威力が凄まじく床に小さなクレーターを作り上げる。

 ――………そして、静寂。

 光も、風も、すべてが嘘の様に霧散してゆく。

 同時に、転送法陣は完全に消え失せていた。

 

「アステル……」

「はぁッ、はぁッ……はぁッ……ッ! ……っく、そして………絶対に、君を守り抜いてみせる……っ!」

 

 全てが終わった後の静寂の中、ただアステルの炎の様な息遣いと、過去の約束の言葉が木霊している。

 

「……僕の、負けですか」

 

 試練を乗り越え、自分達の目的を崩されたヒューイは小さく息を吐いた。

 それは嘆息なのか、安堵なのかは判らない。しかし、この場にいるアステルとルミアの二人は、後者だと信じている。

 クロノスも懐から出していた水晶をしまい込み、彼らの元まで歩み寄った。

 

「不思議ですね。計画は頓挫したというのに……どこか嬉しく、そしてほっとしている自分がいる」

「ヒューイ先生……」

「……いえ。何もかも全て、自分がしでかしてしまったことではありますが……。何よりも生徒達が無事でよかった。心の底から、そう思います」

 

 二人の目尻には涙が溜まっており、ヒューイは彼らへ歩み寄ると、優しく抱擁した。

 

「これで、最後です。――合格おめでとう、アステル君。そしてルミアさん、怖い思いをさせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」

「せん、せぇ……ッ!」

「そんな……先生……」

 

 アステルは脱力し、全力で号泣した。

 恩師との別れと、今後辿る彼の行く末を想像して。

 ヒューイはただ、泣きじゃくるアステルの背中を優しく撫で続け、一つの考えに至る。

 

(僕は一体、何をしていたのでしょうか……。組織の言いなりとなって死ぬよりも、僕の大切な生徒達を護るために、組織に逆らって死ぬべきだった……。考えることを捨ててしまったと思っていた僕が、ここまで思い至れるようになったのは、講師である僕自身、彼らから学んだことが、あまりにも多かったからなのですね……)

 

 ――償おう。彼らの今後の活躍を、勇姿を、たとえ獄中や墓の中からであっても見守り続けよう。と。

 

 

       ◇

 

 

「あなたの夢は無意味なんかじゃないよ」

 

 夜。とある屋敷の一室で、少女は右腕に包帯が巻かれたままベッドで眠る少年の横で何かを呟いていた。

 

「確かに……昔のあなたが恋焦がれる様に思い描いていた夢の形とは違ったものかもしれない。でもね、あなたの夢は確かに、たくさんの人を救ったんだよ?」

 

 見知らぬ緋色の紋様を頬に刻み込んだ少年の頬を、優しく撫でる。

 

「だって私は……八年前、あなたに救われたあの時から……あなたの事をお慕い申し上げていました。………――――……ありがとう」

 

 そして、本人の意識もないうちに、少女はお互いの酸素をほんの少しだけ…………共有した。




~あとがきのコーナー~

アステル:ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。筆者に代わりまして、ご挨拶させていただきます!

シャル:いや~一巻ようやく終わったな? 今回は暴れたしよかったわ~

アステル:シャル、ちょっと妄想癖ありそうだけど大丈夫? 虚像切ってるんでしょ?

シャル:触れるな。難病なんだよ

アステル:……え。何か病気でも――

システィ:(中二病)

アステル:あぁ~重病だ

シャル:よぉしテメェ表出やがれ!?

システィ:ところで、ルミアさっきから静かだけれどどうしたのよ? 何かあった?

ルミア:えっ? う、ううん何でもないよっ?

シャル:そらお前……ラストの絶対姫さんだルルォッ―――

ルミア@顔真っ赤:シャル、ちょっと向こうでお話しよっかー?

システィ:一瞬で連れていかれたわね……大丈夫かしら

アステル(※経験有):そだねー……

システィ:さてさて、今回は紹介行くのかしら。前回は某サッカーアニメの概要しかなかったから、何気に初めてよねっ

アステル:うん……それなんだけどね? 僕もその、よくわかっていないというか

システィ:はぁ? え、じゃああのシャルの超絶技巧について何の説明もなしなの!?

アステル:……ゴメンナサイ

システィ:……まぁ、仕方ないわよね。私も目で追えなかったし、何が起こってるのかもさっぱりだったんだから

アステル:というわけで、今回はシスティに次回予告をお願いしようと思いまして

システィ:む。……いいわよ、やってあげるわ!

システィ:アステル達の奮闘により、魔術学院は平穏を取り戻した。しかし、彼には問題があった

クロノス:………講演会(ぼそっ)

システィ:そう講演会である。見事にすっぽかしてしまった彼は急ぎシャルの眷族であるシムルグを繰り帝都へ急ぐ。果たして間に合うのか。彼の運命やいかに!?

アステル:そういえば転送法陣壊しちゃったもんね……。ハーレイ先生のお手伝いもしないと……。ってそう考えたらフェジテで泊まらない方がよかったんじゃ

ルミア@アステルの腕へ抱き着く:いいのっ! アステルは帰ってこないとだめなのっ!!

アステル:……ルミア、顔赤くない? どうしたの……?

シャル:すまん。逃げるためにウイスキー飲ませた

アステル:シャァアアアアアアルゥゥウウウウウ!!



セリカ:未成年の飲酒はダメ、ゼッタイ! お姉さんとの約束だぞ?

グレン:お前お姉さんって言える歳じゃ――

セリカ:《我は神を斬獲せし者・我は原子の祖と終を知る者――

グレン:だからいっつもあとがきでイクスティンクション・レイすんのやめてェェェエエ―――!!


アステル:次回もよろしくお願いします!
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