シグナ様、お気に入り登録ありがとうございます!
ようやく一章終了ですね……エピローグはどうしようか迷いました……
今回は恐らくこのお話っぽいガバガバな終わり方にできたと思います!(失笑)
※途中でGEのハルオミさんエピが開始されます、ご注意を!(なお今後継続の模様)
それでもOK! という方は下へお進みください!
翌日の早朝。アステル
その場には、講演会に出席したアステル、その契約精霊であるクロノス、セリカ以外のセラ、グレン、システィ、シャル、そしてルミアの面々もあり、唯一負傷しているアステルの傍らには、心の底から心配するルミアが居た。
「そんじゃ、出席取りまーす」
「いやお前、急いでるんだからそんなの中でやれよ」
「講師として必要なことなんでーす。察してくださーい」
フェジテへやってきた帝国宮廷魔導士団により、昨日の事件への情報統制が被害に遭った生徒達へ行われたことで、本日は臨時休校となった。
しかし、王都へ秘密裏に召喚されたグレン達は出席扱いなのである。悲しかな学院講師。そして単位の非情さたるや、疲れ果てていたシャルはげんなりした様子で返事する。……アステルは大怪我を負いながらも嬉々として返事をしていたが。
やがて出席を取り終え、それぞれがシャルの眷族であるシムルグの足元に下げられた籠へと乗り込む。
「ね、足元気を付けて……。大丈夫?」
「あはは、そこまで心配してくれなくても平気だよルミア。でもありがとう」
「……天使」
「尊い……」
「お姉さんもう三日は――」
「それはもういいですからっ」
階段から跨いで籠へ入ったアステルは右腕が扱えず、ルミアは彼の肩と腕を掴んでよろめかぬよう支えていた。
そんな二人のやりとりを、無造作に飛び乗ったり、籠の端を蹴って乗り込んだり、跳び箱の様に手を付いてアクロバティックに乗り込んだりする面々がそれぞれの動作で乗り込む中でぼそりと呟く。
「ふふ、行きとは違って、なかなか面白いパーティーになったじゃないか」
「ア、アルフォネア教授が言うと本当にただ事じゃないっていうのが分かるわ……」
籠の内側にある席へ腰かけたセリカの正面に座ったシスティは脂汗を流し、アステルはグレンの隣へ腰かける中不安げに二人の会話を聞いていたが、不意に自分と反対側に座ったセラが手にしていた包みが目に入り、尋ねてみた。
「ところで、セラさんその包みは?」
「えっ? ああ、これのこと? アステル君が作ってくれたハルバードだよ」
「うぇッ……て、帝都に持って行って大丈夫なんですか?」
「だって、一応これもアステル君の開発品でしょう? なら実際に持って行ってもいいんじゃないかな?」
「……マジかお前、アステル。なんつー凶悪なモン造りやがる……」
「それを言うならあたしの剣もそうだぜ?」
「なにィ!? 一体お前の頭の中はどうなってやがるんだよ……!?」
グレンは顔を青ざめさせ、アステルへと耳打ちする。
「(いいかアステル。セラに長物を持たせんなマジで。あいつあれでも槍の扱いはずば抜けて巧いんだよ……俺、殺されちゃうかも)」
「(そ、そんなにですか……?)」
「(怒らせた時にああいう類の物持つと特にな。マジでなにしだすかわからん)」
「(あー……)」
それはむしろ先生が悪いのでは、とアステルはのどから出かけたが、慌てて飲み込んだ。
ちら、とセラを見れば彼女はニコニコしながら可愛らしく小首を傾げ、「?」と疑問符を頭上に浮かべている。うん、いつものほんわかお姉さんだった。
しかしいつにも増して機嫌がよさそうである。
(グレン先生も、隅に置けないなあ)
それが嬉しくて、アステルも満面の笑みで笑い出した。
「あ~グレン君っ! アステル君と何話してるの? 私も混ぜてよ~」
「帝都で安くて美味い飯屋でもねぇかなーって話を聞いてたんだっつの」
「ほほう? それは気になるな」
グレンの無理やりな話の転換にそれぞれが食いつき、やがて帝都の話になる。
いつの間にかシムルグは静かに飛び立っており、外の景色は一面青空が広がっていた。
「……へぇ。つーとシャーリィとアステルは幼馴染だったのかよ?」
「はは、まぁ僕の家が魔術師の下請けで。シャルは近所にある剣術道場に住んでいたんです。だからまあ、魔術師や騎士を目指す方も結構来てくれてて。それに付いてきたシャルとはそれからの付き合いですね」
「思えばお前、小さい頃からよく御袋さんの仕事手伝ってたもんなぁ。愛想よくて、優しくて強くてよぉ。いい両親だったよな」
「うん。僕もそう思う」
「コイツ四歳の頃から計算覚えだしてさぁ、よく会計もやってたっけ」
「あ~。たまに商品の値段間違えて怒られちゃったことあったねぇ」
「なははッ! だっせーの~っ!」
今思い返せば楽しい思い出として語れる。それを喜ばしく感じたアステルだったが、システィとルミアに挟まれながらも自分の話を聞いていたクロノスが気になる。
「クロノス、さっきから静かだけれどどうしたの?」
「いえ。なんといいますか、自分がこの場に自然と溶け込めている事に違和感があるといいますか」
「そんなもん気にすんな。あたしだってこんなデッケー鳥飼ってんだぜ? 今更驚かれやしねぇよ」
「……そういうものですか?」
「そういうもんだ。そうだろ?」
「そうねー。奇想天外な出来事にはもう慣れたわ……」
「あはは……」
昔を思い出したようでシスティは頭を抱えながらため息を吐き、ルミアは微笑む。そしてシスティはクロノスへ向き直ったあと、優しくその頭を撫でた。
「でも、こんなに可愛い精霊さんなら、私も大歓迎よ? 可愛いし」
「今可愛いと二回言いましたね……」
「だって本当のことだものっ」
「わぷっ……システィーナ……。ますたぁ……」
「ごめん、僕はそこ不可侵領域。先生お願いします」
「俺に死ねってか?!」
涙目で救援を訴えられたアステルだったが、その絶対的女子空間に割り込む勇気はなくグレンへとスルーパス。彼は大げさに拒否するもののセラによって背中を押され突っ込み、見事玉砕するのだった。
◇
……空の旅を終える頃には、すでに空にあがった陽は真上になっていた。
降り立ったのは一昨日前の夜、クロノスと出会った展望台近くにある植物公園だった。
昼間は殆ど人の出入りがなく、夕方から夜にかけての時間がピークとなっている此処ならば、シムルグも目立たずに着陸できると考えたからである。
「ここって……」
「何年かぶりだっつーのに変わらねぇな」
「はは……」
ルミアは驚いたように周囲を見回し、シャルも呆れがちに笑っていた。
そしてルミアは恐る恐る、展望台の方まで歩いてゆく。
アステルがそんな彼女の後ろ姿を見守っていると、不意にシスティが彼の制服の袖を軽く引き、「行ってきなさい」と伝えられ、頷きながらゆっくりとした歩調でシャルと共に向かう。
システィが主人であるアステルを見つめていたクロノスを捕まえ、先に公園から出ていくグレン達の後を追ってゆく。
さくさくと芝生の上を踏みしめながら、アステル達は先に展望台へたどり着き、帝都の街並みを眺めていたルミアの両隣りに立った。
「アステル……シャル………」
二人の幼馴染兼護衛役を交互に見たルミアは微笑を浮かべ、シャルは笑い飛ばし、アステルは展望台の手すりに片手を置いてただ一つの方向を見つめる。
帝都で一番背の高い建造物……以前はルミアの住まいであった城を。
「まさか、こんなに近くまで来られるだなんて思わなかった……」
「うん……」
不安と期待の入り混じったルミアの表情を横目で見つめるアステル。
今から数年前、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノという存在は歴史の表舞台から消えた。
しかし今は素性を隠し、普通の女の子、ルミア=ティンジェルとしてこの帝都に立っている。
考えてみれば複雑な感情になることは当たり前だ。しかし、帝都に召喚されたということはつまり――
「……お母さん、元気かな……」
「……大丈夫。きっと元気だよ」
彼女の母、アリシア七世とも接触する機会が少なからず存在する、ということ。
アステル自身も少々気まずい思いをしながら、何とかフォローしようと言葉を紡ぐものの、ルミアの表情は晴れずどうしたものかと視線を下に向けると。
まるで何かを探すように彷徨う彼女の手があった。
意を決して握ろうとすると――ばしぃっ!
「ひぇっ? シャ、シャル……?」
「――安心しろって姫さん。いざという時にゃあたし達が絶対にアンタを護ってやっからよ!」
酷く威力を抑制された彼女の手がルミアの背を叩き、危うく高台でつんのめりそうになったルミアの前身をアステルは慌てて抱えながら睨み付ければ、シャルは満面の笑みを浮かべている。
その表情にアステルも毒気が抜かれ、ため息交じりに笑いが漏れた。
「まったく、素直じゃないねシャルは」
「るせーっ! っていうかお前らいつまで抱き合ってんだよ! こっから放り投げんぞ!?」
「誰のせいだと思ってるのさ」
「ま、まぁまぁ……」
流石に理不尽が過ぎたシャルの物言いにアステルは額に軽く青筋を浮かべながら笑っていると、ルミアが仲裁に入り、アステルを上目遣いで見つめながら軽くウィンクしてくる。
アステルは小首を傾げながら笑みを浮かべたまま、肩を竦めた。
(――君は本当に強いな。僕一人の力じゃあ、どうしても君を支えられない……)
でも、とアステルは視線を上にすれば、ルミアの向こうに絶対的信頼を置く幼馴染兼、相棒のシャルがいる。
その視線に気付いたのだろう。シャルは少しだけ驚いたように目を見開き、次には半眼でシニカルに笑いながら口角を上げた。
(……もっと、頑張らないといけないね)
「………お互いに頑張ろう。ルミア」
「? うんっ、そうだね」
ルミアは軽く小首を傾げたあと、そう言いながら大きく頷くのだった。
◇
頑張ろうと言った矢先だというのに、アステルの心は早くも折れかけていた。
「もうっ! ダメじゃないアステル! 舞台に立つ以上ちゃんとメイクしないと!」
「いや、一応僕も学生だしあまり華美な格好は好まれな――」
「せめて顔とか髪くらい手入れしておきなさい!」
「はい……」
発表者控室。おなじ学院の生徒として、尚且つクラスメイトとしてアステルの激励にやってきたと制服姿で言えばすぐに入室の許可が下り、こうしてアステルをドレッサーの前に座らせ、化粧品を薄く塗っている。
ちなみにアステル、発表の時間ギリギリにセリカと共に現れた為に順番を二つほど繰り下げられ、舞台に立つ権利はなんとか維持されていた。
「あの、シャル達は……?」
「二人は先生達と一緒よ。歓談席で待ってるわ」
「……システィは行かなくていいの?」
「………はぁ」
彼にとってはもっともな質問は、システィの深い溜息によって取り下げられた。
そしてメイクを終えたアステルを自身の胸元へと抱き寄せる。
「……え……」
「今……あなたが
「システィ……」
アステルは顔を上げると、システィと視線が絡み合い、その近さにお互いに頬を朱に染めるものの離れることはなく。
「――行ってらっしゃい」
「……ずるいなあ。答えを知っててそういうこと言うんだもん」
「女はいつだって、何かを決断するとき、言葉にして欲しい生き物なのよ」
「はは、参ったな……そりゃっ」
「きゃっ!? ちょっ、ちょっとアステルッ!」
アステルは動く左腕でシスティを腰から抱き上げ立ち上がると、システィは慌ててアステルの頭に腕を回して支えを取る。
羽の様に――とはいかないが、それでも軽い彼女の身体は容易に持ち上がった。
「行ってくるよ。
「―――」
朗らかに笑うアステルに、目を見開くほど驚いたシスティは口元を片手で覆い涙を流す。
その時、彼自身の中でようやく、彼女の夢が自分のものでもあると真に理解した。
昨日、恩師であるヒューイと対峙した時に言われた言葉から、眠る前に『もしもの世界』を考えた。
もしもルミアがエルミアナとして居られたならば。僕の生き方はどうだったのかと。
やはり自分も父や母の後を継ぎ、魔術師の人々との下請けとして働くべく、魔術学院を目指したのではないかと。
そこでもし、父の教え子という縁でシスティーナ=フィーベルという少女と出会ったのなら……。
ストンと胸に落ちた自分の気持ちに、晴れ晴れとした気分になる。
(もう、手伝いなんかじゃない……。これは僕の理想で……きっと僕は、ひたすらに夢へ向かって走ってゆくシスティに憧れていたんだろう)
なら、今日からそれは憧れではなく……。
アステルはそう思いながら、視線の先で泣きじゃくるシスティをただ見守っていた。
「……みるな、ばか」
「ごめん。でも目が離せない」
「……もう」
ひっく、ひっくと嗚咽を漏らし途切れ途切れに訴えるシスティの顔は耳まで真っ赤になっており、アステルがそれでも見続けるため、彼女も根負けして小さく微笑んだ。
そして彼の額にそっと唇を当てると、今度はアステルが驚く番だった。
柔らかいシスティの唇が、肌が露出している部位で最も薄い額に当てられ、その温かさと柔らかさを思い知る。
一瞬で顔が真っ赤に染めあがり、呆けた顔になっていた。
「ふふっ……なんて顔してるのよ」
「い、いや……あまりに予想外なことだったから」
「言っておくけど、私は決して安くないわよ」
「……知ってるよ」
「ならよし」
アステルはシスティを床へゆっくりと下ろし、地に足のついた彼女は再びアステルへ笑いかける。
「安心して。もしあなたが遥か遠く先に行ったとしても、私がいつだって風の速さで追いかけてあげるから」
「――ありがとう」
目を伏せ、彼女の言葉を噛みしめるアステル。そして係員が講演の時間が近い事をドア越しに告げられると、システィは背もたれに掛けていた彼の白衣を袖に通した。制服のケープは昨日の事件によってボロボロとなってしまい、修復は不可能。後日取り寄せになってしまったのである。
アステルは袖を通してくれたシスティの手を握りしめ、互いに頷き合うと、控室を出る。
『あ』
「……む」
廊下へ出れば、アステルの師であるハーレイ=アストレイが丁度尋ねる処だった。
システィとハーレイの視線が合い、二人の声を聴きながらハーレイは唸る様に声を上げる。
「システィーナ=フィーベル。……そうか、お前も来ていたのか」
「ええ。彼と理想を共有する者として、応援しないわけにはいかないでしょう?」
「……なに?」
「あ、あはは……」
包帯が巻かれだらんと下げられたアステルの右腕に優しく抱き着いたシスティを睨み付けたハーレイは「どういうことだ」と鋭い視線をアステルへ送るが、当の本人は左手で後ろ頭を照れくさげに掻き笑っていた。
「ええい貴様らッ、昨晩一体何があった!? 答えろルドガー!?」
「アステルです先生……」
「動揺しすぎでしょう……。まぁ私も結構恥ずかしかったんだけれど、この顔が見れただけで得よね」
見事に錯乱したハーレイは己の髪を掻き毟り、名前を間違えられたアステルは苦笑で返す。システィはぱっと即座にアステルからはなれながら頬を朱に染めて片頬を掻いていた。
しかし、ハーレイも流石は一流の魔術師。冷静になるのも早く、気を取り直してゴホンッと咳払いをしながらアステルを見つめる。
未だに自分の手元から離したくないほど溺愛している雛鳥だ。しかしこうして送り出さなければ彼の成長に繋がらないというのも分かっている……。
だからこそハーレイは少しだけ眉根を歪め、愛弟子の姿を目に焼き付けた。
「……行ってこい、アステル=ガラード。私の弟子としてではなく、一人の魔術師として。研究者として。思う存分熱弁を振るえ」
「――はいっ!!」
「行きましょ、アステル」
「うんっ。先生、行ってきます!」
「ああ。期待しているぞ」
腕を組み、一礼しながら踵を返し舞台裏へ向かってゆく白銀の軌跡を見つめ……。
ハーレイは一人、眼鏡を取り、静かに涙した。
後に廊下で「私の弟子があんなに立派になって……ッ!! アステルぅ、アステルぅぅぅぅ~~~~っ!!」といい大人が号泣している所を発見されたのは、言うまでもない。
◇
会場がどよめいた。
目を輝かせ、興奮のあまり頬を紅潮させ熱弁を振るっていたアステルが合図すると同時に運ばれてきた《
舞台袖で彼の姿を見つめていたシスティは思わず祈る様にして胸の前で手を組んでいたことに気付く。
「――なかなか好評のようだな」
「ハーレイ先生……って、どうしたんですかその顔?」
「気にするな。クッ、眼鏡が曇っていてよく見えん……」
講演も終盤へ差し掛かったところ。ようやく師であるハーレイが現れ、システィが向き直れば目元を真っ赤に腫らし、鼻をずびずびとすすりながら懐から出したハンカチで涙で湿っている眼鏡を拭いているハーレイの姿があった。
(涙脆いのは師匠譲りなわけね……)
納得、とシスティは意外なところでこの師弟の共通点を発見して苦笑いを浮かべると、――次のアステルの行動にぎょっとする。
「なッ――ちょっとアステル何してるのよ……っ!?」
声は最小限に、かつ盛大にツッコミを入れたシスティ。
なんせ彼は負傷したはずの右腕で、背後の黒板へ物すごい勢いで、発明品の各部をイラスト付きで描いていたのだから。
そういう事をするのなら自分を呼べと言えばよかった……と後悔しながらも、右腕に手を添えて呆れた笑いを浮かべる。
(そうよね……そういうやつだったわ)
自分が好きになった人物が、己の負傷程度で研究を辞めることなど絶対にない。
人々の為にと願う気持ちが身体を追い越して、その想いを空へ飛ばしてゆく。
そんな男の子が、彼女の知っているアステル=ガラードという少年――だった。
いつしか彼の中で“人々”という枠組みの中に自分が居て、その中心にシスティーナ=フィーベルという少女が居ると……。自意識過剰かもしれないが、今では素直にそう思える。認識する。
誰にでも優しく、強く、頼り甲斐のある少年。
出来る事なら彼の“特別”を自分のものにしてしまいたいと言うのは傲慢だろうかと。ふとそんな感情が浮き出るものの、彼にはライバルが多すぎる。
(負けないわよ……負けるもんですか)
まずは正々堂々彼を振り向かせなければ。
システィは改めて自分の気持ちを再確認し、ぐっと握り拳を作りながらメラメラと今後更に激化するであろう争奪戦に闘志を燃やすのであった。
◇
時は変わり、夕暮れ時。
セリカに誘われ、魔術工房の見学からホテルへ戻ったアステルを捕まえたのは、なんとグレンだった。
同伴していたセリカとルミアからアステルを借りるという旨を伝え、夕飯も別で食べるといった一風変わった断りを告げたあと、彼らはそのまま下町にある酒場に入った。
アステルはジュースを、グレンはウォッカを飲み、出てきた料理に舌鼓を打つ。
お互い小腹を満たされるまでは今日のアステルの講演やその後の工房見学、そしてグレン達にあった出来事などを語り合うと、本題と言うようにグレンはウォッカを飲み干した。
「世の中には、本当に色んなヤツがいる……。でもな、これだけの数の人がいるのに、人間にはたった二種類しかいないんだ……」
「まぁ……そうですね?」
頬が少し赤らみ、酔い出したグレンはカウンターテーブルに身を預ける様にして右腕を置き、どこか遠い場所を眺めるような瞳で語り出す。
アステルは素面で、ジュースをちびりと飲みながら相槌を打った。
「それについて、俺の中では常にある考えが渦巻いていて……ずっと、答えを求めてる」
グレンはアステルへ向き直ると、真剣な瞳で見つめた。
「その探求に、付き合って欲しい」
「――分かりました。僕にできることでしたら」
「よし。なら話は早い。――もしお前だったら……女性のどこに魅力を感じると思う?」
「そうですね……。優しさ……でしょうか? 強さもあると思いますけど。あ、もちろん精神面で」
「ああ、そうだ……それらはすべて素晴らしい。質問を変えるぞ。世の男は、女性のどの部位に魅力を感じると思う?」
「……は? ……あの、先生? もう一度聞きますね? ――は?」
「俺は真剣なんだ、アステル。お前の意見を……お前の心の叫びを聞かせてくれ」
まさかお酒弱いわけないよね……セラさんもつぶれちゃったくらいだし……とアステルは唐突に振られた質問に色々と考えてしまう。
一方でグレンは真剣な面持ちそのものであり、彼からの回答を今か今かと待ち続けていた。
真剣なのだ。流石に自分の言葉でお茶を濁すことはできない。
アステルはふむ、と唸ったあと、下顎をちょんちょんとつつきながら答えを見出す。
「そういうお話であれば……胸、とかですか?」
「そうだな、そういうヤツは多い。俺も若いころはそうだった……」
「いや先生も十分若いと思いますけど……」
しみじみと語るグレンにアステルはついに苦笑を浮かべてしまい、残っていたサラダを口元に運んだ。
しかし、「でもな、きっと違うんだ」というグレンの言葉に彼の顔が向かう。
「違う、とは……?」
その言葉を待っていたのだろう。グレンはふうっと清々しい息を吐いた後、
「脚、だよ」
と。
ファーストコンタクトの際に失敗した、あのキメ顔でそう語った。
アステルの手が止まり、口に運ばれたサラダの咀嚼が止まる。
彼の眼は見開かれ、グレンは得意げな表情を浮かべながら、一つ一つ、己の言葉を噛みしめる様にさらに語り出す。
「最近の俺のムーブメントはな、脚……それもニーハイだ」
「……んくっ。ニーハイってなんですか……!?」
ここでアステルがまさかの食いつきを見せ、彼は嬉しかったのかうんうんと頷きながら続けた。
「本来はオーバーニーと呼ぶべきだが、帝国語におけるニーハイとは膝上までの丈のソックスの略称だ。ニーハイの要諦は、ソックスの口ゴムとボトムスの間に出来る領域。その太ももの、わずかな輝き……。例えるなら、朝、山の端から顔を出した曙光のような……。それが、今、俺の求める女性の美だ」
「なるほど……。確かに、システィ達の着ている制服よりも更に高いソックス……。ガーターもなしに、隠された肌に自然と張り付く口ゴムから覗くその光景……」
「……いいだろ?」
「――ええ。それが嫌いな人は認められないのではないでしょうか」
「フッ――決まりだ。今度服を見繕っておくから、遊びに行こうな。聖なる探索の始まりだ………!」
「はいっ! グレン先生!」
完全に話がおかしな方向へ傾きつつ、
◇
その夜。シャワーを浴びホテルの部屋で寛いでいたアステルは、傷ついた自分の腕に新しい包帯を巻いていた。
それがなかなか難しく、誰かを頼ろうにも近くの部屋に居るのは講師陣。学院で起こった事件のこともあり、一部の講演を終えた講師達は学院へ戻る事になっていた。
そのうちにハーレイも挙がったために、明日の朝にはアステルも出立する予定だ。
クロノスは追ってやってきたルミア達と同じ宿に居る為コンタクトが取れず、孤立無援の中、現にこうして一人包帯と格闘しているのである。
するとコンコン、と控え気味に部屋のドアがノックされ、アステルは椅子から立ち上がり出ると――そこには。
「……シャル?」
「よう、やってるな」
お菓子や飲み物が大量に詰め込まれた紙袋を抱えたシャルが立っていた。
ぎこちなく巻かれた包帯を見られて笑われ、アステルは困ったように苦笑を浮かべる。
「どうせ一人で寂しくやってると思ってな。邪魔するぜ~」
「あ、いやちょっとシャル……」
問答無用で部屋へ入り込んだシャルはベッドに腰かけ、まず紙袋からクッキーを取り出した。
ぱりぱりと二枚重ねで贅沢に頬張っていく彼女を見て、アステルはなんとも言えない表情を浮かべながら肩を竦ませ、対面の椅子へ腰かける。
「あの先公と何話してたんだ? 二人で夕飯どっかに行ってたんだろ?」
「うん……まぁ、色々とね」
「ほーん……」
シャルは訝し気な視線をアステルへ送るが、それでも口を割らない彼にため息を吐きながら質問を取りやめる。
スッと出された菓子の袋をアステルは受け取りつつ、一枚食べてみると、ほどよい甘さに頬を緩めた。
彼の綻んだ表情を見てニヤニヤするシャル。アステルは小首を傾げながらもう一枚食べると、彼女は立ち上がって彼の傍に寄り、包帯を巻き始めた。
「……なぁ」
「ん?」
「あたしらってさ、アイツの隣に居ていいのかな」
「アイツって……ルミアのこと?」
しゅるしゅると包帯の巻かれる衣擦れの音が聞こえる中、静かに呟かれたシャルの言葉にアステルは訪ね返すと、巻かれてゆく包帯の一点を見つめながら彼女は頷いた。
「そりゃもちろん、ルミアと一緒に居たくないわけじゃねえんだ。けどさ、もっと……適任が居るんじゃねえかって思ってさ」
「……ははっ」
「なっ――笑う事ねーだろ?」
「いや、シャルも気弱になることもあるんだなあって」
「あんだと!? 締め付けんぞテメェ!!」
「いだだっ!?」
彼女から吐露された真剣な悩みをアステルは茶化すと、顔を真っ赤にして彼の腕の包帯を締め上げた。
しかしそれもすぐに開放され、包帯の端をピンで留めた後、シャルは拗ねたような顔をしながらアステルの背から寄りかかり、頭に顎を置いた。
「あたしだって……弱る時ぐらいあるんだぜ?」
「知ってるよ」
「だったらフォローくらいしろよ。相棒だろ?」
「うん、でもシャルは勘違いしてると思うから」
「はぁ?」
「ルミアは幼馴染とか、昔から付き合いがあるから接しやすいってことだけで、僕らを傍に置いてないってこと」
「そりゃ……」
「確かに、僕らは弱い。単純な腕っぷしじゃあまだ大人には勝てないと思う。でもさ、それは“今”だけで、まだまだ先があるってことだよね」
「……おう」
「きっと将来、ルミアは険しい荊の道を通っていくと思う。なら、僕らはそれまでに彼女を荊から守れるくらいに成長すればいい。今はグレン先生やアルフォネア教授、それにセラさんだっている。皆帝国の最前線で戦い続けてきた人たちだ。僕らは今、そんな恵まれた環境に居るんだ。ただただ教えられるだけじゃなく、自分なりの考えを以て教えを乞う。自分の意見さえ持っていればそれは正しいのか、間違っているのかを教えてくれるし、それが正面から言われて納得できたのなら、きっと糧になると思う……だからさ」
だからさ、とアステルは後ろから延ばされたシャルの手を左手で握りしめる。
手に出来た豆が幾度となく破れ、硬くなった表皮。しかしそれでも女の子らしい柔らかさを持った手が、彼の手を握り返した。
「変な意地を張らずに、必要な時は誰かに助けを求めていいんだ。いつかきっと、一人でなんとかしなきゃいけない時はきっとくる。でもそれは今じゃない……。その時までに、たくさんの人から助けてもらったり、助けたり。その繰り返しが、繋がりが。君を強くしてくれるはず。僕はそう信じてる」
「お前……。……結構キザだったんだな」
「あのねぇ」
唸る様にアステルは異議を唱えるものの、シャルは笑い飛ばしてそれを軽快にかわしてゆく。
「っしゃあ! 今日は飲むぞー!」
「お、おー……?」
ジュースの入った瓶を取り出したシャルは、室内にあるグラスを手に取り、ジュースを氷属性の魔術で軽く冷やすと、二人はそれを飲み交わす。
アステルは(たまにはこういうのもいいな)と、先ほど見せたシャルの憂いを帯びた顔を思い出しながら、そんな事を思うのだった。
~あとがきのコーナー~
セリカ:ここまで読んでくれてありがとな。ようやく一巻終わったか……
グレン:珍しく出番がないとか言わないんだな?
セリカ:今回は序盤で出たから満足した
グレン:そっかー
クロノス:(ちょろい……)
グレン:そういやなんだかこのメンツだけってのも珍しいよな? なんか意図でもあんのか?
セリカ:片や美人、片や合法ロリだからな。セラが黙っとらんぞ
クロノス:両手に華、というやつですね。くっつきますか?
セリカ:奇遇だな精霊。私もそう思っていたところだ――いざっ
グレン:やめて! 火に油を注ぐのはやめて!
セリカ:それより、なんだ中盤のあれは? まさかいたいけな女学生相手にそんなことをするんじゃないだろうな?
グレン:HAHAHAまっさかぁ! 俺の人脈を駆使してモデルを探すのさ!
セリカ:……お前友達とかいたっけ?
グレン:やめてよね、せっかく人がやる気になってるのに水を差すの
クロノス:マスターの今後が不安になるような案件だけはやめてくださいね
グレン:フッ、安心しろクロノス。すでに同志Aはこの俺と想いを共有している!
クロノス:どうやら遅かったようですね……巻き戻してしまいましょうか
セリカ:おータイムリープか~? よいぞよいぞ~
グレン:年も気にしねぇBBAだからそういう事言えるんだよなぁ
セリカ:《ふざけんな・この・馬鹿野郎》――ッ!!
グレン:ぴぎゃああああ―――――ッ!!?
クロノス:次回もお楽しみに、です