今度はお父さん視点です。
よろしくお願いします
『じゃあ、父さん、今日はここに見本を置いておくから、この通りに資料の袋詰めをしておいてもらえる?道場行く前に私が回収して、運営会社に持って行くから。16:30くらいまでにお願いね? 朝ごはん、昨日の残りとサラダがあるから食べれそうならフライパンであっためて食べて。行ってきまーす!』
バタンッ
女子中生の弾ける腕力に木造住宅の節々が悲鳴をあげる。
(ああ、結局今日も透に「いってらっしゃい」を言えなかった。)
ため息を吐いて、再び自分の中に棲む鬱屈に頭を埋める。充分に、充分すぎるほどに私はよく分かっている。私がおかしな状態になってしまっていることも、それが原因で夏子の形見である我が娘に小さい頃からたくさん苦労をかけさせてしまったことも。
夏子が死んで以来何かが欠けてしまった私の体はよく「言うことを聞かない」いや、むしろ「ひどく暴力的」な状態になってしまう。その間意識はないけれど、怯えた色を瞳の奥にチラつかせる透を見れば、あの陶器の惨状の原因が私であることなど明白だ。かつては収入の安定しない夏子を支えていたはずの私は、正十字病院を解雇されて以来、まったくもって頼り甲斐のない父になってしまったように思う。
一度、「ひどく暴力的」な時に透を怪我させてしまったこともある。あれは何年前だったか。透がまだ身の丈に合わぬ大きなランドセルを背負っていたような気がする。
あの時は偶然相馬寺の実吉君が救ってくれたが、あのまま行けば親子共々道端で息絶えていただろう。
相馬寺では不思議と調子が良く、心理療法的な意味も込めて学生時代に嗜んだ陶芸をしていたところで、うまい具合に買い手がついて、しばらくは「父親らしい」父親でいられたような気がする。だが、いつまでも居候というわけにもいかず独立した途端再びこの悪夢だ。
もっと悪いことに寺の道場に出入りしている透と会うと、悪夢は引いてくれるものの、津波のようにさらに強く、再び私の意識を押しやってしまうようになった。
皮肉なことに、透がいなければ私はある程度悪夢に対抗できる。私がさっさとあの、痛々しいほどさっぱりと独立してしまった子の手を離してやれば良いのだ。
だが、どうしてかあの子の手を離せない。
意地汚くあの子の稼いだお金で食べて行く生活を続けようとしている自分に、
夏子の形見にいつまでも縋り付く自分に、
愛娘の前で「父親」でいてやれない自分に
気づけばあの子を「便利」に使っている自分に、
どうしようもなく絶望して、あの子の夏子に似た強い輝く目を見ることができないし、ハキハキとした声をしっかり聞いてやることもできなくなってしまった。
しばらく自分の中で、自分に対する絶望と鬱屈に浸る。あまりにもそれらは近くに長くありすぎて、気づけばそれらが私にとっては安堵のうちに得られる微睡のようなものになっていた。
ふと、透が言っていたことを思い出す。
封入作業の日雇いバイト、だったか。
ダンボールを手繰り寄せて、見本通りに冊子をビニールに入れて行く。
あの子は気がきくから、医者、陶芸家と我ながら読めない職に手をつけてきたこの父が、今どう言った職を欲しているのかをよく理解してくれている。
人に接さず、頭を使わず、連続的な正確性を求められるような仕事。
つまりは、悪夢が介入できないようなフロー状態(瞑想のような状態)でできる単純作業が、今の私にとっては最も安全かつ生産的職なのだ。
こんなものでは生活費が全く補えないことなど重々承知だ。それでも、あの子が少しでも楽になれるように、正気な間だけでもあの子の負担を減らせるように、磨り減った「父としての私」が動かねばと懸命に叫んでいるのだから、どうにか「私」を保つためにも私は必死で日雇い作業をこなさなければならない。
透、私と夏子の宝物。
どうかこの、養育も庇護も与えてやれなかったうえ、謝罪もできない父親を許してほしい。
「残り僅かな」父を許してほしい。
そしてどうか、私が消えたその日には
どうかためらわずに追い縋ろうとする私の手を打ち払ってほしい。
それはきっともう、「私」の手ではなく、私の内に巣食う絶望の手だろうから。
自分で書いてて苦しくなっちゃったので字数少なめ...ごめんなさい。
透ちゃんとお父さんの過去については今後もっと詳しく触れて行きたいと思います。
あと、第1話で「南十字教会」と書いたのですが、「南十字男子修道院」なんですかね?不安になってきた.....((((;゚Д゚)))))))もし修正必要でしたらコメントお願いします。
最後になりますがここまで読んでいただき、誠にありがとうございます!
駄文ですが、楽しんでいただければ幸いです!
とりあえず更新頑張ります.....