今度は藤本神父視点になります。
相変わらずの駄文ですが、楽しんでいただければ幸いです....
高堂透との契約が始まって1ヶ月。
いよいよ本腰を入れて就活しなければならない燐に、せめてもの刺激になればと思ってこんな交換条件を出して見たが、結果は完全に期待以上、いやむしろ最高と言って良い状態だった。
『おはようございまーす、今日もよろしくお願いします。』
前回の憑依事件で衰弱したオヤジさんを伴って、早朝の教会の静寂を打ち破るように元気な声が入ってくる。
「おう、おはよう。おーい!燐!!透ちゃん来たぞ〜!」
未だ降りてくる気配のない燐に呼びかければ、ドッタンバッタンと足音が聞こえて来た。今日も寝坊したな、アイツ。
透は今日の業務内容は仕込みだけだから焦らなくていいと取りなすが、いくら休日とはいえあんまりにも格好がつかない。
ようやく燐が出てきて、それじゃあ父をよろしくお願いしますと俺に言い、オヤジさんの手を握って行ってきますと声をかけてからいそいそと去っていく。燐は働きに行くというのにどこかウキウキして出て行った。
そんな娘の頼もしすぎて痛々しいような背中を、何を思っているのかひどく眩しそうに見つめ、ふぅとため息をついたあと、件の男は深々と俺に頭を下げた。
「今日もよろしくお願いします。」
透は元気で頑張り屋な、けれど“普通”の子。
悪魔が見えるというのは常軌を逸していることなのだろうが、祓魔師側から見れば悪魔のいい餌であるという点においては一般人と大差ない。
オヤジさんとの“カウンセリング”で見えてきたのは、透という少女の人柄だった。
聞けば、どうやら15年前青い夜に祓魔師だったらしい奥さんを亡くして以来、オヤジさんは憑依されやすい体質になったらしい。透が6歳の頃には奥さんの面影を見せ始めた透に知らず知らずストレスを貯め、憑依体質が悪化。仕事が成り立たなくなり、一時はホームレス生活までしていたらしい。
仕事していた頃は、正十字学園病院に勤めていたんだとか。オヤジさんは祓魔師じゃあないらしいが、ある程度話は聞いていたという。
流石にここでも青い夜の被害者に出会うとは思わなかったんで、少し動揺した。透が魔障を負ったのも、隣で寝ていた奥さんの炎に巻かれた結果だという。
こないだ透に魔障の話を聞いたときは15年前だが火傷した記憶は無いってんで無関係だと思っていたんだが。医師としてのオヤジさんの適切な判断で、(なんでも一般的に言われている流水による冷却ではなく、ぬるま湯による応急処置をしたんだとか。)火傷の痕が残らなかったらしい。
というか、青の夜の被害者家族を解雇してやるなよ。
曲がりなりにも正十字騎士団と密接な結びつきを持つ正十字学園病院に少々呆れる。まあ、あの頃大変だったのは何処も同じだろうが...。
話を戻して、ホームレスになってしばらく彷徨った後、とうとう親子共々行き倒れという段になって、相馬寺という今でも透が懇意にしている禅寺に拾われたとか。
その後オヤジさんは陶芸家として奇跡的に身を立て体質も不思議と落ち着いたために(多分聖域の気で悪魔が入り込みにくくなったんだろう。)禅寺から独立したらしいのだが、数年たって再び憑依体質がひどくなっちまって、小学校高学年になっていた透はなまじ頑張り屋で頭が回る分、「周囲に家の異変を悟らせまい」と尽力してしまい、今に至る、ということらしい。
つまりアイツは小・中学生にしてバイトや道場での手伝いでなんとか稼ぎ、学校に“まっとうに”通いながら約5年もの間生活していた、いや、できてしまっていたというべきか。
絶妙なバランスを保ち続けるのはひどく神経をすり減らす作業であろうに、それをまだまだ不安定で未熟な10代前半の少女がやってのけていたという事実にただ驚く。
しかも不幸なことにオヤジさんの最近の体質悪化の最大原因は、娘のその血のにじむような努力だったわけだ。
オヤジさんは正気の時に話してみれば理路整然として爽やかな語り口の男であったが、その分だけ”今”の自分の不甲斐なさへの怒りや娘への罪悪感がいかほどのものかが透けて見えた。
つまりは、娘の努力によって加速する自分への負の感情が澱となって長年心の底に堆積して、それが良い悪魔の餌になり、憑依体質が悪化したのだというわけだ。
しかし不運なのはそれだけでなく、透が時折禅寺道場から持ち込む鮮烈な“聖”の気配によって憑依されている間のまどろみが打ち破られることがままあったらしいことも分かった。
もちろん、祓う側からすれば長期にわたって継続した憑依より、一時的な憑依の方が断然祓いやすい。“根”や“印”をほとんど残さず祓魔できるからだ。
しかし、憑依される側(慢性的に)になってみるとどうだろう。自分がしでかした罪を全て“理性”で受け止めなければならない。
いっそ、深くくらい心理の奥底に眠ってしまえた方が何倍いいか。
今回もまた耐えきれなくなって嗚咽を漏らしながら、オヤジさんは必死に言葉を紡ぐ。
心では、「私」は娘を愛しているはずなのに、ふと気づくと勉強している間に机に伏して眠ってしまった娘の首に手をあてがっていると。
どんどんひどくなる娘の隈に、なんとかしてやりたいと思うものの、「俺」がそもそもなんなのか分からなくなってきてしまうのだと。
なんとか生活を成り立たせて父親を「まとも」に戻そうとする娘と
娘を思いながら、自分への負の感情でどんどん「まとも」から外れていく父親。
見事なまでにずれてしまった親子の思いやりの歯車が、親子をこんなところまで連れてきてしまったというわけだ。
どちらが悪いというわけでもない。
それが故に、
どこまでも悲しい親子だ。
人のふり見て我がふり直せとはいうが、俺だって気づかぬうちに“最善”と信じた選択で燐と雪男を苦しめているかもしれない。
結果が出なければ分からんものだ。だが、未だサタンの血の兆候が見られない雪男に比べ、燐は幼い頃からあんまりにも“生きづらそう”だった。
まあどんなに俺が心を配ったところで、燐自身にとって、どちらの生が良かったかなんぞ、燐が死ぬその瞬間にでもならないと分からないんだろうが。
結局のところ、時折戻ってくる“正気”のオヤジさんに希望を託して粉骨砕身してきた透のあり方と、俺はちっとも変わらない。
いや、むしろ透は幾度となく訪れる危機に、幸運もあったとはいえ驚くほどの確率で”最適解“を出してきたと言える。だからこそこの悲運な親子は、まだ両者が健在なんだ。そういう意味じゃ、聖騎士なんて称号で呼ばれてる俺より万倍優れている。そう思えば、大人ってやつの薄っぺらさを痛感させられてしまう。
俺が思考の海に溺れている間に、思いを吐き出すだけ吐き出して、泣いて、少しスッキリした顔をしたオヤジさんはロザリオを握りしめて俯いたままうつらうつらとし始めた。
「まだ体力も戻ってらっしゃらないでしょう。悪魔の憑依を防ぐには、健全な精神と肉体を維持することが第一です。軽く休んで行ってください。」
静かに教会の一角にある客人用の部屋に連れていく。ここんところ毎日のように来るオヤジさんのために、ベッド周りはきちんと掃除されていた。
オヤジさんがロザリオを握りしめたまま安らかな寝息を立て始めたところで、静かに教会のステンドグラスを見やる。
ただでさえ頑張ってきた透に、俺は燐の救済まで望もうとしている。どちらも同じ15歳になるかならないかというところの子供なのにだ。雪男も同じようなものだが、双子の兄弟で互いの負債を負い合うのはまだ仕方ないと言える。未来に、燐が頑張って雪男の分も負債を負えばトントンだ。
だが、透は赤の他人。それも今まで首の皮一枚を自力で繋いできた少女に、俺はさらなる重みを課そうとしている。
「大概俺も悪魔じみてるな。アイツのこと言えねェか。」
ステンドグラスの中央から自分を見下ろすイエスに向かって苦い笑みを浮かべる。
だが、この所業が悪魔の如きそれであるとしても、我が息子達とあまねく者たちの未来を思えばやらないわけにはいかなかった。
燐はその血故か幼い頃から身体能力が異様に高く、「まとも」に馴染むことができなかった。本人もそれを感じて、どこか斜に構えているところもある。だが、燐はその存在が悪魔に近い分、”自分が人間であること“の意識や自負がなければ、いざサタンがその気になればいとも簡単に虚無界へと連れ去られてしまう存在だ。
だからこそ、オヤジさんの異常を前にしても屈さずに日常に繋ぎ続けた透は燐にとっての物質界での楔とするのにもってこいなものに思えた。
雪男を楔にすることもできるだろうが、アイツもまた虚無界に近づけば覚醒し、そのまま連れ去られる可能性がある。なまじ燐より達観して感情を押し殺すのが上手い分、「引きずられる」性質は燐より上なくらいだ。
何も知らない透をいきなりこちらの事情に引っ張り込むことは流石にできない上、こちらももう少し、透が楔にたる人物かどうか検分する必要があった。
それで提案したのが件の交換条件だったわけだが......幸か不幸か、透は想像以上だった。
まず燐だ。
最初は雪男のクラスメイトの女子と一緒にバイトという謎な状況に戸惑っていたものの、バイト先で料理の腕前を褒められたりうまい具合に立ち回ることを覚えたおかげで、前よりずっと丸くなった。
相変わらずアタマはあまり良くないが、バイトで疲れて帰ってきてすぐ寝るため、不良たちと喧嘩をしたりということはなくなった。
最初は初対面ということもあり、どうせお前も俺を怖がるんだろ、とかなんとか言っていた燐(因みにその一言が癇に障ったらしい透によって、木刀でのされていた。)だったが、バイトリーダーとして見事に立ち回っている透に感銘を受けたらしく、最近はひどく楽しそうにバイトに出かけている。(あと、バイト先で出た余りの食材を燐が持って帰るようになったので、俺たちメシも多少豪華になった。)
つまるところ透は燐の、
透に、燐が怖くないか遠回しに聞いてみたこともあったが、返答は
『いや、手先が器用なだけのゴリラでしょアレは。素直なんでバイトリーダーとしては扱いやすいですが。まあ、私が鍛えたんです。アイツはもう大抵の飲食店で立派にやっていけますよ。』
というなんとも心強いものだった。
(出来心で燐に透のこと好きになっちゃったりしねぇの?と聞いてみたら、師匠はそんなんじゃねー!と怒られた。いつの間に師弟関係を結んだんだよ...)
そして意外だったのが雪男の変化だ。
燐に比べて色々溜め込むタイプなんで、こっちはこっちで難しい息子だったんだが、学校では好成績を修めながら仕事という過酷な二足の草鞋を履くもの同士で意気投合したらしい。前々から、特待生枠狙いが一緒ということで唯一雪男が言及したクラスメイトだったんで気になってるんだろうと思っていたんだがそういう甘酸っぱい感情とは毛色の違う、あー、なんだったっけ、「共闘する戦士のようなもの」らしい。
この間なんか、互いに頭痛薬と胃薬を融通し合っていたしな.....。
中学生にして社畜の雰囲気を醸し始めている雪男にとって、同士ができたというのは気兼ねなく愚痴が言える・同情ではなく共感してもらえるということだ。これも年上の俺たちからすればどう頑張っても与えようのないものだった。しかも透は恐らく無意識にだが、うまい具合に雪男のストレスを緩和してくれている。それが証拠に雪男の眉間のシワは受験と祓魔師の仕事という二重苦に遭う前レベルにまで治りつつあるし、精神の安定が重要な祓魔案件は以前よりスムーズに捌けるようになっている。
透はいたって普通の女子中学生だ。
ただ無意識のうちに「生きようとする力」とか、「まともであろうとする力」に溢れていて、少しだけ社会経験が豊富で、ほかの同級生たちに比べて少しだけ、”異常“や”内傷/外傷“に対して寛容なだけの。それ以外はごくごく普通の中学生。
その、透の「普通さ」と「普通でない寛容さ」息子たちにとっては最高の薬になってしまったというわけだ。
.....せめて一時的にでも、息子たちの刺激になればと思って「ごく普通、でも強い」透に合わせてみたが、こんな結果になるなんてな。これじゃあますます、頼りたくなっちまう。
俺を見下ろすイエスが、本当は分かっていたんだろうと侮蔑の眼差しを浮かべる。
ロバの足を引きずる悪魔が、端の方でニタリと笑う。
“フジモト、あなたがしたこの『実験』は、私が物質界を玩具箱に見立ててチェスを楽しんでいるのとおんなじことですよ。”
そんな風に、ヤツに言われているような気もした。
今までの補完のような形で、藤本さんにざっと振り返っていただきました。
説明的になってしまって申し訳ない....。
青エク、情報量が多いんじゃ.....。
透さんは藤本のいうとおり普通に少女です。普通じゃねえよと思われるかもですが、フィジカルやIQ的な部分は全部凡骨です。
特異な点は多分簡潔にいうと生きることへの嗅覚がとっても優れていること。その結果として豊富な社会経験()と寛容さを獲得したというわけです.......やっとバイタリティの鬼っぽくなってきた........?