守銭奴がいく!   作:トルソー

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今度は主人公、透視点になります。
不定期更新で申し訳ありません....

お楽しみいただければ幸いです!


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ジリリリリッジリリリリッ

と道場お下がりのオンボロネジ巻き目覚まし時計が鳴り、外では鳥が朝の挨拶を交わしている。

 

あー、だるい。切実に。

こんなにだるいこと、今まであったっけ...?

だるさの理由は明確だ。一足先に正十字学園に入学が決まったのは良かったが、さすがお嬢様お坊ちゃま学校。制服一式で20万もするという。大急ぎで学園事務局に電話してジャージじゃダメかと聞いて見たが、返答は無情にも否。結果涙を呑んで昨日支払いを済ませてきたのである。

 

いくら学業特待があるとは言え、制服代は自分で捻出する必要があったので、今後のためにもと出来うる限りバイトをしてきたわけだが...。一年分の生活費といっていい額が、欲しくもないものに飛んでいったのだ。衝撃のあまり昨日は帰宅して、父さんへの挨拶もそこそこにふて寝してしまった。だるいのも当然である。

 

こういう気分の時は、無慈悲にも騒音で叩き起こしてきた時計を手刀とかでぶっ壊したくなるんだけど、まあこれがなくなったら困るので耐える。お金もないしね。

 

ただ今午前5時。

いつも通り、早朝の街を走って行って相馬寺道場に顔を出す。

 

朝、私は洗顔の代わりに相馬寺で滝行をする。可能な限りは。

これは小学校に入ったばかりでどんどん体調を崩しておかしくなる父さんとともに無慈悲な大家に追い出され、餓死寸前だったところを相馬寺門徒の実吉さん(今や検校である)に拾ってもらって以来、続けている習慣だ。

 

バイトを始めて、毎日来れるわけでは無くなってしまったけど、水道代節約のためにもなるべく毎日利用したいところである。

 

前にそんなことを実吉さんにこぼしたら、うちは風呂屋じゃないと怒られた。失敬だな、早朝の素振りと道場の掃除もしてるのに。

 

ところで、相馬寺の滝はめちゃくちゃ気持ちい。夏でも13度くらいの伏流水が岩の隙間から噴き出していて、落差20mくらいはある相馬寺の持ち山にある滝で、名を渦滝という。

滝壺にちょうどいい平石があって、江戸時代以前から門徒が修行に利用したとかしないとか。とりあえず知る人ぞ知る絶好の修行スポットなのである。

 

ジャージ姿で走って行って(もちろん道場にはまだ誰もいなかった)、寝ぼけ眼のまま白装束に着替え滝壺まで行く。

岩角にでっかいカエルがいた。ウシガエルくらいのサイズだけど、色はシュレーゲルアオガエルっぽい。ヘンなカエルもいたもんだ。もしかしたらモリアオガエルかも....?

 

よく見るとまるでこの地で最初に修行したという芳念上人のような達観した目で鳴嚢を膨らませていたので、とりあえず手を合わせて礼をしておいた。

 

滝壺まで足を濡らして歩いていく。

容赦ない水温が目を覚ましてくれ、柔らかく細かい泥の水底が足の裏に気持ちいい。ただしこの渦滝は滝の真下に入るまでは肌を刺すような冷たさを感じ、名前通り渦を巻いて迫る滝の迫力に体がガクガク震える。

 

滝に礼をして、慣れ親しんだ、けれど見えない滝裏の岩に背中を預けるように思い切って滝の真下に入る。

 

間をおかずにずぶ濡れになり、全身が冷水に包まれるが、圧倒的な水圧による刺激にためか、身体中が不思議とぽかぽかと暖かい。

 

滝の水圧に慣れたら平石の上に座禅を組む。

背筋は伸ばさず、こうべを垂れて呼吸する。目を閉じて耳を澄ませる。途切れることのない、そして二度と同じものはない水音は本当に気持ちがいい。

 

小さい頃は、他の門徒を真似て姿勢良く滝を受けようとしたけれど、どうにも水圧で首が痛かった。何かうまい滝の受け方があるのかと実吉さんに聞いたところ爆笑され、

 

”座禅とは、心を統一した状態に達するために行うものだから、そのようなことを考えるのは愚かなことで、自分が無になりやすい体勢が正しいのだ“という旨のことを背中をバシバシ叩かれながら言われた。だいたい、他の門徒よりチビお前が、より強い位置エネルギーで叩きつけられる滝に耐えられるはずもないと。

 

分かってるんなら最初に言ってくれればいいのに、と恨み言を言いたくなったのはしょうがなかったと思う。あと、水で冷えた体を叩かれるのはすごく痛かった。

 

いい具合に頭がスッキリしてきたところで、滝行から上がり、水気を払った後そのまま道場前で素振りをする。

素振りをするのは重めの篠竹刀というやつで、筋力トレーニングも兼ねて成人男性用の120cmくらいのものを使っている。

おかげで上腕二頭筋や三角筋は女子とは言えない迫力になってしまった。今使っているものは中学入学祝いに投げ渡されたもので、素振りにしか使わないから消耗もなく、柄革がよく手に馴染んでいるお気に入りだ。

 

居合道で型の正道を学びつつ、防具をつけた竹刀での打ち込み稽古で身体増強に毎日励むこと九年。

 

どうして今は亡き師・石洲爺が、当時ただの門徒であった実吉さんが道場に連れ込んだだけの、比喩ではなく餓鬼のような子に、剣道を仕込もうと思ったかは永遠の謎だ。それでも心身の鍛錬という意味ではそうしてもらってよかったと思う。

 

6歳にして、労働(といっても道場の掃除や洗濯程度だったが)の対価に飯がもらえるということを教えてもらい、なおかつむさ苦しい門徒達とともに竹刀を振るってきたおかげで、違法就労する豪胆さや多少の困難は些事と流せる寛容さは持てるようになった。今は同い年の子を、同じく違法就労の道に誘いつつある。

 

個人的には感謝してもしきれないが、こんな現状を知れば、大往生した石洲爺があの世で烈火の如く怒るかもしれない。まあ、今度お財布に余裕ができたら墓前に豆大福をお供えするので見逃してほしい。

 

全く精神統一しないまま素振りを続けていたけれど、先に装束が乾ききってしまった。軽く汗をぬぐって道場を掃除した後、朝の修練にやってきた門徒に軽く挨拶して、入れ違いに再びジャージに着替えて家まで走る。

 

つい先ほどまで忘れていたが、今日は燐の面接の日なのだ。確か料亭といっていたか。違法就労のセンパイとして、一応面接の手ほどきをして送り出してやりたい。

 

まだ寝ていた父さんを最近ようやっと睡眠不足から解放されたのに...という罪悪感を抑えて叩き起こし、教会へ送る。ここ数ヶ月のサイクルのおかげで、父さんはずいぶん回復した。それこそお寺に住んでいた頃のように、朗らかな笑顔を浮かべることさえあった。その点は、神父に感謝の言葉しかない。

 

....それにしても、今日はなんだかだるいと思ってたが、疲れてるのか?それとも憑かれてるのか??

今日は異様に小さい虫...神父に教えてもらったけどなんて言ったか忘れた虫がたくさん飛んでいる。妙にだるいのと関係があるんだろうか。てっきり一気にお金を使ってしまった喪失感だと思っていたが。

 

静謐な聖の空気を持つ(らしい)相馬寺はほとんどいなかったけど、神の家で、本来同じくらいの聖の空気を持つはずの教会がこんなに虫まみれなのは少々ヘンだ。今日は父さん預けないほうがいいかな...とも思ったけど、そういうわけにも行かない。

 

でも結界か何かが張ってあるらしくて、門をくぐれば虫一匹入ってはこなかった。ちゃんと結界は仕事してるらしい。

 

『おはようございまーす、今日も父さんよろしくお願いしまーす。』

 

まあ、何もないことを祈るしかないか。

 

 




一応今話より原作突入になります。
ただ、原作を全巻揃えてはいるものの今手元になく...具体的な日付が設定できないという痛恨のミス....申し訳ないです。

滝行と制服購入の悔しさは実体験に基づいております。
滝行はマジであったかいです。マジで。(ただし、生命の危険もあるので推奨はいたしません。試される際は自己責任でお願いします。)
制服は高校入学の際に一式12万円を母親が勝手に私の全額貯金していたお年玉口座から引いていた...という今でも鮮明な事件からです(ToT)
母曰く、兄の時は学ランのボタンとか校章しか買わなかったから兄妹均等にとのことでしたが.....そりゃないぜママン
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