ただ、己の為に   作:天澄

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#10.I'm sorry, please help me.

 困った。

 

 珍しい、実に珍しいことに、今、自分は困っていた。

 だいたい悩みなどノリと勢いで解決してきた自分だが、今回ばかりは真面目に困っていた。

 

「あー……ソール?」

 

「………………」

 

 やはり、完全に無視される。

 朝食の置かれたテーブルを挟んで対面しているのだから、距離的に聞こえない、ということもありえない。間違いなく、意図的に無視されている。

 

 先日のヴィジランテ襲来から、ソールはずっとこの調子である。

 

 原因は……既に分かっていた。

 ソールは生きることに執着していないだけで、それ以外の感性は普通なのだ。そんな彼女が、ふざけながら惨い方法で人を殺す人物を見たら……それは当然、避けるだろう。ましてや、それまで普通だと思っていた相手ならなおのこと。

 

 あるいは、どう接したらいいのかがわからないのかもしれない。普段の自分と、ヴィジランテを殺した自分、どちらが喚導想也という人間の本質なのか。また街の人々は。そんな疑念に囚われているのかもしれなかった。

 

 ただどちらにしても、それは彼女から言葉にしてくれなければわからないことだった。

 多分、こちらから理由を話したって、彼女は言い訳としか受け取らないだろう。必要なのは、互いに本音でぶつかること。

 まぁそれが、難しいのだが。

 

 ごちそうさま、とだけ呟いてソールは自室へと引っ込んでしまう。

 まだこの家から出ていかないだけ、脈はあるのだと思いたいところだった。宛がないだけで、仕方なしにこの家に住んでいる、という可能性もあるのだが。

 

 ただ、少なくとも、まだこの家にいるうちはチャンスはあるということだ。だからそれをどうやってものにするか、なのだが……。

 

「それが難しいんだよなァ……」

 

 背もたれに体重をかけたことで、ギシリと音が鳴る。会話の存在しない静かなこの家には、やけにその音が響いて聞こえた。

 

 どうやら、自分は寂しいらしい、と自覚する。思えばソールがこの家に来てから、毎日一緒に鍛錬をしているのもあって、ずっと一緒だったのだ。それが無くなれば寂しいのは必然だろう。

 

 ああ、いや……違うな、と呟く。多分、そんな理屈とかではないのだ。ただただ単純に、()()()()()()()()()()()()、のだろう。

 

 この街で家族とか、そういう深い関係を作ると後が面倒なんだけどな、と思いながらもそれがまんざらでもない自分がいる。

 絆される、とはこういうことを言うのか、と思いながら朝食のパンを一口、食べる。

 

「……美味しくない、なァ」

 

 一人で食べる飯がこうまで美味しくないとは、こうなるまで気付かなかった。

 

 これはちょっと、重症かもしれない。早めに解決しなければ、とは思うものの、具体的な解決案が思いつかない。

 必要なのは、互いに本音でぶつかれる状況。ただ、今日に至るまでソールの本音を引きずり出せたことなど、一度もない。そんな自分が、どうやってソールと本音でぶつかれる状況を作るかなんて、分かるわけがなかった。

 

 残念なことに、義姉との思い出にも、そういった類のものはない。

 手詰まりに近いなぁ、ともそもそと食べ続けていた朝食を完食する。ソールよりも量が多く、考え事をしていたために、大分時間をかけてしまった、と反省しながら自分の食器を流しへと持っていく。

 

 流しには既に、ソールが使っていた食器が水に漬けてあり、ここら辺は律義だよな、と呆れつつ、洗い物を始める。

 その間も無論、ソールのことを考えるが……ヴィジランテ襲来から既に数日。ずっと考えた上で結論が出ていないのだから、考え続けてもやはり、結論は出ない。

 

 と、なればいい加減、新しい視線がいるよなぁ、と洗い終えた食器を拭きながら、今日の予定を組み立てた。

 

 

 

 

「それで、僕たちを集めたと?」

 

「おう、俺だけじゃどう足掻いても解決できそうにないからな。頼ることにした」

 

 同日、午後。自分の家のリビングに置かれたソファには、二人の客人の姿があった。

 雷生さんと、ディティー。どちらもこの街では比較的常識的な視点を持ち、真面目な相談であれば、真面目に答えてくれる貴重な人間だった。いや、本当に貴重なのだ。この街の人間は大体ノリでしか返してこないのだから。

 

 まぁかく言う自分も、ノリで返す側の人間なのだが。

 

「ちょっと情けないセリフだねぇ」

 

「だが一人で抱え込むよりは余程いいだろう。それに僕の場合は、彼女のことを想也くんに押し付けた責任もあるからね」

 

「別に、納得済みで引き受けたからそこら辺は気にしなくてもいいんだぜ?」

 

「ふむ、では今回の面倒を見なくてもいいか。帰らせてもらおう」

 

「待って。やっぱり気にして。思いっきり責任感じてくれ」

 

 流れるように立ち上がった雷生さんの服を掴んで、必死で引き留める。真面目な話、完全に手詰まりな為、相談役がいなくなるのは余りにも辛かった。

 

「冗談だ、ちゃんと話を聞くさ」

 

「冗談とは思えない力だったんだが……」

 

 服を掴んだ引き留めた感じ、結構力が必要だったので、わりと本気で帰ろうと自分は感じていたのだが。それに雷生さんはやらなくていいことは、基本的にやらないタイプなので、放置していたら本当に帰っていた、と自分は思っていた。

 

「……で、だ」

 

 その自分の言葉に、この場にいる全員が首を傾げる。そんな様子を一人ずつ確認していく。

 雷生さん、ディティー、黒い靄を纏う男、そして人の手を顔に付けた男。

 

「うん、何でテメェらがいんの?」

 

「あ、我々のことはお気になさらず」

 

「この酒アルコール弱いな……。もっと度数高いのないわけ?」

 

「おう、気にしないわけないだろうが。人の家で何くつろいでんの?」

 

 雷生さんとディティーが座る、来客用のソファとは別。普段自分やソールが食事などに使う、木製の椅子に座って、黒霧と死柄木弔はくつろいでいた。

 死柄木の手元には、勝手にうちから探し出したらしい酒がいくつか。黒霧の手元には、同じく勝手に探し出したらしいティーカップ。匂いから察するに中身は紅茶だろうか。

 どこからどう見ても、リラックスタイムだった。

 

「ちょっと、ソーヤ。あの二人誰よ?」

 

「俺が前に交渉して、爆破してやった連中」

 

「ああ、あの複数個性持ちの化物を送り込んできた連中か」

 

 その言葉に、そう言えばディティーからすれば、仇とも言える連中なのか、と思わずディティーに視線を向ける。

 それに気づいたディティーは、こちらへと苦笑を返してくる。

 

「別に、復讐に走ったりしないわよ」

 

「……いいのか?」

 

「そりゃ憎いし、腹も立ってるわ。でもそれだけよ。面倒なことになるのは、分かってるもの」

 

 基本的に、この街ではかたき討ちはご法度だ。復讐で動けば、要らぬ恨みを買って、この街自体が危なくなる可能性がある。だから復讐したいなら、この街と縁を切るのが条件だった。

 そして、感情はともかくとして、ディティーはこの街を捨ててまで復讐することに、それほどの価値はないと判断したようだった。

 別に自分としては、復讐することを見逃してもよかったのだが、彼女がそれでいいというのだから、いいのだろう。

 

「……ああ、脳無がその女の家族でも殺したのか」

 

「まぁ弟みたいな子を、ね」

 

「ふーん……まぁこっちとしても、脳無が負けるのは予想外だったよ」

 

 確かにあの化物、ヤク中がいなければ勝てなかったという、とんでもない化物だったからなぁ、と死柄木の言葉に納得する。というか、今にして思えばあの脳無とやらも理不尽だが、それを殴り飛ばしたヤク中も相当理不尽なのではないだろうか。

 そんなことを思いながら、台所の棚にしまってあった度数高めのウイスキーを死柄木の前に置く。ついでに、合わせてグラスも。

 

「氷は冷凍庫から適当に取ってくれ」

 

「……良いのですか?我々は一応、敵対しているわけですが」

 

 失礼なことに、礼も言わずウイスキーを飲み始めた死柄木の代わりに、そう言葉を発したのは黒霧だった。

 まぁ彼の言う通り、普通ならこっちが爆破して、その仕返しに化物を送り込んだ関係なら、敵対していることになるのだろう、とは思う。

 

 ただこの街は生憎ながら、普通ではなかった。

 

「基本的にこの街は中立だからね。仕事現場で敵対していようとも、その仕事が終わってしまえば関係はリセットなのさ」

 

「つーわけで、別にこっちには敵対の意思はねーんだわ。そっちが仕掛けてこない限り、まァ客人としては扱ってやるよ」

 

 雷生さんの言葉に続いて、そう答えつつ、死柄木にだけ何か用意するのも不公平なので、黒霧の方には紅茶に合うように、クッキーをいくつか渡しておく。

 

「……これは、どうも」

 

「んじゃ、代わりに折角だから相談に乗ってくれ」

 

「面倒」

 

「あ、オメーはいいや。ろくな答え返ってこないだろうし」

 

 端的に返してきた死柄木は相談相手から除外しつつ、比較的まともそうな黒霧の方には、相談を聞いてくれるように頼んでみる。

 意外とクッキーが気に入ったのか、サクサクと齧る黒霧が、頷きを返したのを確認し、改めて状況を説明する。雷生さんとディティーはともかく、黒霧への説明だ。

 

「放っておけばいい」

 

「だからオメーには聞いてねェ」

 

 一通り説明を聞いた死柄木の言葉をバッサリ切り捨てつつ、で、何かない、と他三人へと問いかける。その言葉に、三人ともが考え込む仕草をする。

 

「それこそ、ディティーなんかは、ナルリとこういうことなかったのか?」

 

「あの子はどちらかと言えば感情が表に出やすい子だったから……ソールちゃんとあなたみたいな状態になったことはないわね」

 

「マジかァ……」

 

 経験、という点で一番頼りになりそうなディティーから、そんな言葉を聞いてしまって、思わず落胆する。前例があれば、参考にしやすかったのだが。

 

「正直、僕は待つしかないと思うよ?彼女が抱えきれなくなるまで、ね」

 

「あー、何時になるんかね、それ……」

 

「まぁ気長に、としか言えないね」

 

 確かに、雷生さんの提案は手ではあるのだ。ただどれだけかかるか分からない、それまでソールがこの街に残っているか分からない、と不確定要素が多過ぎるのが問題だった。あまり、好ましいとは思えない手段であり、最終手段にしておきたい選択肢だった。

 

 あと自分が、それまでの気まずさとか、寂しさに耐えられそうにない。

 

「と、いうかですね」

 

 と、そこでティーカップをテーブルに置いた黒霧が口を開く。

 彼は期待値の低い死柄木を除けば、この中で唯一、この街の人間ではないという、自分たちとは違った視点を持つ人間である。だから何か、画期的なアイデアでもあるのか、と期待が込められた、自分のものを含めた三つの視線が黒霧へと向かう。

 それに少し、黒霧は驚きながらも、はっきりと言葉を発する。

 

「そもそも、親のいないスラム街の住人に、ろくな過去のないヴィランという段階で、人選ミスでは?」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「今更だろ、それ」

 

 死柄木以外、返す言葉もなかった。

 

 だがしかし、待って欲しい。自分はこの街の住人なのだ。まともな生い立ちの人間に、伝手などあるわけがないのだ。相談できる相手は、必然的に裏家業の人間だけになってしまう。

 そしてそれは、雷生さんやディティーにも当て嵌まることだった。

 

 と、そんなことを思わず、黒霧へと語る。何というか、自分の落ち度を指摘されて、ついつい焦ったのだ。

 だから、それを聞いた黒霧にしかし、とあっさりと反論を許してしまった。

 

「このスラム街には、大人になってから居場所を失ってしまった人も来ていたはずです。そういった方に相談すればよかったのでは」

 

「ごめんなさい……考えなしでごめんなさい」

 

 気づけば条件反射で謝っていた。あまりの正論に、謝るしか選択肢がなかった。

 そんなこちらを見て、大爆笑している死柄木には腹が立つが、落ち度はこちらにあるので文句は言えない。

 

 確かに、黒霧の言う通り、相談相手には他にも選択肢があったはずなのだ。ただ自分がそれに気づかなかっただけで。どうやら、予想以上にソールに無視されるのが堪えているらしい。

 

 ちょっと、冷静にならなきゃ、とは思うも、そう簡単になれたらミスはしていない。これ、誰か自分の代わりに、冷静に考える担当がいるなぁ、なんて思っていると、突然、ウイスキーを飲んでいた死柄木が口を開く。

 

「つーかさ、もっと簡単な方法があるだろ」

 

「ァん?なんだよ、それ」

 

 反射的に死柄木にそう返す。死柄木、それも酔っぱらった状態の答えになど、あまり期待はしていなかったが、アイデアがあるというならば聞いておいて損はないだろう。

 そんな判断を下し、アルコールが回っているのか、頬に赤みがさしている死柄木の言葉を聞く。

 

「もっと追い込めばいいんだよ」

 

「はァ?」

 

 何言ってんだ、と言いかけ、しかし、そこでふと気づく。

 自分が求めているのは、ソールと本音でぶつかれる状況だ。では何故それができないか。それはソールが文句や疑念といった本音を吐き出さず、抱え込んでいるからだ。

 じゃあそんな彼女を、今より更に追い込めば?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――そう、そうなったらもはや、爆発させるしかない。

 

「ああ、うん、アリだな、それ」

 

「……そうだね、悪くない案だろう」

 

「え、何、どういうこと?」

 

 どうやらディティーだけは、死柄木の言葉の意図を拾いきれていないようだが、まぁ彼女については後で説明すればいいだろう。

 どちらかと言えば今問題なのは、意外とまともなアイデアを出した死柄木に対する礼だが……意外と酒好きのようだし、酒でいいか、と判断する。一応酒は貴重品なので、財布に痛いのだが、まぁ別に、働けばいいのだ。

 

「つーわけで、礼にウイスキーもう一本やるよ」

 

「キープで」

 

「うち別にバーじゃねェからな?ていうかそれ、こっちの方だと見たことないぞ」

 

 日本特有じゃね、というと、黒霧の方がそうなんですか、と意外そうに反応する。死柄木はろくな反応も示さず、グラスを傾けていた。

 こいつ、と若干イラッとしつつも、まぁあくまでお礼なので、ちゃんとキープしておくことにする。折角なので日本式に、ボトルの方に死柄木、と分かるようにしておく。

 

 何時か、こんな生活とおさらばできたらだが。バーを経営するのもいいかもしれない、なんて考えながら、今後の方針が決まったことに、思わず笑みを浮かべるのだった。

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