―――死柄木から、予想外にいい提案を受けた翌日。
その日から早速、ソールを精神的に追い詰める作業が始まった。
とりあえずは、ひたすらにこちらの仕事につき合わせることにした。
ソールの方が嫌がろうと知ったことではない、と容赦なく自分の仕事時の様子を見せつけ続けた。無論、その内容はほぼほぼ殺しだ。
それと並行して、今までの日常を続けつつ、ソールを街中へと連れ出すようにもした。
とりあえず、ソールの方に疲弊が見られてきた。このまま行けば何時か、感情が爆発するだろう。
またそれとは別に、ソールの訓練に座学を追加した。今までは、その強力過ぎる個性を扱いきるための訓練だったが、そろそろ制御に関しては安心できるレベルになっている。そろそろ、どういう風に扱うのかを定める時期に入ってきていた。
一先ずは、
ついにソールが鍛錬をボイコットするようになった。追い詰められている証拠だろう。
まぁ慈悲はないので、担いで部屋から連れ出すのだが。
一度家の外に逃げ出したこともあったが、残念ながら街の連中はこちらの味方なので、あっという間に確保された。
あとちょいちょい死柄木がうちに遊びに来るようになった。曰く、息抜きには丁度いい場所、らしい。いや、まぁ構いはしないのだが。
予想外のことが起きた。
死柄木が家に来ている時に、街のバカ共が来襲。死柄木に無駄に絡み、それに死柄木がキレて戦闘へと発展した。
そしてその余りの煩さに、ソールまでキレて、大乱闘へ発展。そのままソールの一時的なガス抜きが行われてしまった。
また追い込まなければならない。
流石にいい加減、こちらが意図して追い込んでいることに、ソールが気づき始めた。あまり考える時間を与えると、ソールが目的を察してしまうかもしれない。
なので、仕事の量を増やし、その後には街のバカ共の下に放り出すことで考える暇を与えないことにした。正直、仕事の時間以外バカ共に絡まれるとか、自分ですら遠慮したい内容だった。
ちなみに最近、ソールをいじめるのが楽しくなってきて、主旨がズレていることに少し焦った。
ソールがやつれてきた。
流石に、追い込み過ぎたらしい。感情を抱え切れなくさせることで、暴発させようとしていたのに、その暴発させるエネルギーすらも奪ってしまったらしい。
どうやら風邪もひいてしまったようだし、少し休ませてならねばならない。
風邪の看病など、何年ぶりだろうか。義姉が一度だけ、体調を崩して以来だ。家族が苦しそうにしているのは、こんなに辛いものだったか……。
よく分からないが、風邪が治ってから、ソールの様子がおかしい。今まで通り、無視されるのには変わりがない。ただ、どうにもこちらを見定める、というか、疑念の込められた視線を向けられることが増えたように思う。
そろそろ、いい頃だろう。タイミングがいいことに、また大規模な仕事がある。そこでの様子と、その後の打ち上げでの様子のギャップで、ソールの感情が爆発することを祈ろう。
ソールを小脇に抱えて、夕暮の街を歩く。打ち上げに参加する、という話をしたら案の定部屋に籠ったので、容赦なくこうして連れ出していた。
道中、ソールとの間に会話はない。ソールの方は、何かを言おうとし、そして口を閉じるを繰り返している。
その姿に、ちゃんと今日でケリがつきそうだ、と安心する。
決してこちらから声をかける気は、なかった。
情けないことに、自分はこういった時、どうやって本音で向き合えばいいかが、分からない。誰かと喧嘩する余裕もなく、家族も昔に失った。まともじゃない、こんな街で育ってしまった弊害だった。
全部解決したら、こんな手段しか選べなかったことを、ソールに謝らなきゃいけないな、と内心で思いつつ、打ち上げ会場へと辿り着く。
見た目は、コンクリート製の、武骨な建物。ここがまだスラム街になる前は、公民館として使われていたらしい建物だ。だから元々、それなりの広さの部屋がいくつかあり、そこから更に改装を重ねることで、広々とした一部屋を持つ、打ち上げ会場と化していた。
この街では、ちょいちょいこうした打ち上げが開催されることもあって、こういう建物がいくつもある。この街らしい、遊び心のある建物の一つだった。
「おィーっす。……って、もう始めてるのかよ」
「おう、来たかソーヤ!」
「いやぁ、目の前に酒があったら、飲むしかないよな?」
「俺たちに『待て』はできなかった……」
「俺たちは犬以下だった……?」
明らかに頭の悪い会話を繰り広げたバカたちが、そのまま爆笑し始める。どうやら既に、大分出来上がっているらしい。
今からこのテンションに追い付くのは面倒だな、と思い辺りを見回せば、雷生さんが誰かと飲んでいるのを見つける。
アルコールが回っても、ある程度冷静なのが雷生さんだ。だからまだ素面の自分は、思わず雷生さんへと歩み寄り……雷生さんと共に居た人間たちに、思わず呆れてしまった。
「ああ、想也くんも来たか」
「お邪魔していますよ」
「ビールは好きじゃない。もっといい酒はないのか?」
「オメーら……」
ここ数週間で、大分この街に馴染んだ死柄木と黒霧が、そこにはいた。特に黒霧の方は雷生さんと気が合うらしく、こうして二人で喋っているのはよく見かける光景だ。また、それと同様に死柄木が酒を飲んでいる姿も。
というか死柄木、顔に掌装備なせいで、顔だちから年齢が判断できないが、ちゃんと酒を飲める年齢なのだろうか。と、今更ながらに疑問に思い、しかしそもそもヴィランなのだから気にする必要もなかったか、とすぐに頭を振る。
「つーか、黒霧が飲んでるの珍しいな」
「まぁ普段は移動を担当していますからね。私の個性だと、酔いでコントロールを失敗した際が大変ですから」
「ただ今日は僕の家に泊まる予定だから。だからこうして、気兼ねなく飲み交わせるというものさ」
「あ、喚導さん、死柄木の方は任せましたよ」
「聞いてないんだけど」
「と、言いつつも想也くんは泊めさせてあげるから優しいよね」
雷生さんからの言葉に、事実であったために思わず黙り込む。
死柄木とは、仲がいいかと言えば微妙だが、それでもこの数週間でそれなりに関わったため、見捨てるというのは流石に、気分が悪い。
死柄木、我儘だから面倒なんだよなぁ、と思いつつも、結局泊まるのを許可する辺り、甘い人間なのだろう。
とは言っても、それもこれもソールの問題が解決できたらなのだが。解決できなかった場合、我が家の空気が死ぬので、人様を泊めている余裕はない。
「っと、忘れてた」
今の今まで、抱えたままだったソールを放り投げる。投げられたソールは、恨みがましい視線を向けてくることもなく、相変わらず何か言いたげな目を向けてくる。
そしてしばし、悩んだかと思えば、ふと、笑い合っているバカ共を見る。そしてそれを見たソールは、ついに言葉を漏らした。
「なんで……」
「おん?」
「なんで、笑えるの?人を……殺したんでしょ?どうして、笑っていられるの?」
やっとか、と思わず溜息を吐く。やっとその言葉を引き出すことができた。
だからまずは、何かを答える前に、ソールの方から全てを吐き出してもらうことにする。
「なんで遊びながら、人を殺せるの?皆、優しくて、面白くて、なのに人を笑いながら殺せて……よく、分からなくなっちゃった。人を殺すのが楽しいの?」
「楽しいわけないだろうが」
呆れと共に、言葉を吐き出す。本気でそう思われているのなら、ちょっと心外だ。
いや、まぁ、精神的に追い込まれてるからそういう風に思ってしまっているだけだとは、わかっているのだが。
「だったら、何で笑ってるの?」
まぁ確かに、普通に考えたら、そんな状況で笑えるのはサイコパスしかありえないよな、とは分かる。自分だって、ソールの立場ならそれを疑った。
それに実際、誰かを殺す時にバカをやったりする理由は、他者には理解しがたいもので、ある種のサイコパス染みているのかもしれない。ただそれでもそれは、自分たちには必要な措置だったのだ。
そしてそれは、この街で生きていく以上、ソールにも必要なことである。だから、自分はその理由を語らなければならない。
「俺たちが笑うのは、自分の心を守るためだよ」
「守るため……?」
ああ、と頷いて返す。
そして視線を、バカどもと笑っている一人へと向ける。そいつは、何か特別なところがあるわけじゃない。この街では普通の、バカのうちの一人だ。
「あいつはな、確かヴィランの被害かなんかで会社が潰れて、再就職にも失敗してここに来るしかなかったやつだ」
「………………」
「たった、それだけ。それだけの理由でこの街に来てしまった、普通のやつだよ」
そう、本当に何でもない、普通の人間だった。会社が潰れなければ、普通に結婚して、普通に子供に恵まれて……きっと、そんな人生もありえたはずの、人間だった。
「そんな人間が、突然こんな場所にきて、人を殺さなきゃ生きていけないようになって、平気だと思うか?」
その問いに、ソールが首を横に振って答える。
そう、平気なわけがない。今まで普通に生きてきた人間が、他人の命を奪って心が耐えられるわけがない。だから―――誤魔化すのだ。
「ふざけて、バカやって、笑って……そうやって、目を逸らし続けて、心を守る。そうでもしないと、お前やあいつみたいに表から来たやつは耐えられない」
自分みたいな、幼い頃からこの街で育った人間は、最初からまともな倫理観を持ってないから、そんなにダメージはない。それでも、同じ種族を殺す段階で、種族としての本能的にいくらか辛いものもあるのだが。
だけど、表からこっちまで落ちてきた人間は、人を殺し続けてればいつか、心が壊れてしまうだろう。そうならないために、無理にでも自分たちは笑うようにしていた。
「とはいえ、殺してるのも事実だからな。目を逸らし続けるのは、あまりにも酷い話だ。だから殺した連中を弔う場所もあったりするんだぜ?」
それは所詮、自己満足でしかないのかもしれない。それでも、弔った、という事実は殺した側の心を軽くするためにも、必要な処置だった。
殺された方からすればふざけるな、という話なのかもしれないが、殺した相手の為、というよりは自分たちの為にやっている。ヴィジランテの遺骨も、そこに今は眠っている。
「……そっ、か」
「他にも、普段からバカやるのは、この街に来たばっかのやつの辛さを和らげてやる目的もあったりする」
この街に来ることになった段階で、大抵の人間は嫌なことがあったからだ。その辛さを誤魔化すためにも、自分たちは日頃から笑って、そしてそれに他人を巻き込んでいた。
実際、ソールだって来た当初に比べて、気づけばいい反応を返すようになっていた。それは、間違いなくこの街のバカ共に感化されたからだろう。
本人もそんな覚えがあるのか、こちらの言葉に一つ、頷いてくれる。
「結局さ、自分たちが生きていくための、自分本位なものでしかないのかもしれない。だけどさ、酷い目にあって、こんな場所に追いやられて、それで辛いまま死ぬなんて癪だろ?だったら笑って、ふざんけんなってこんな目に合わせた神様に中指突き立ててやる方が有意義だろ」
「……なにそれ」
そう言いつつも、ソールは笑みを浮かべる。その表情に、久々に見たな、と思わず嬉しくなる。
ただ、そこで笑ってるだけではいけない。自分たちが笑う理由は語った。きっと、ソールも少なくとも理解はしただろう。
だから聞かなければならない。
「今のを聞いた上で、決めろ。この街で、お前は生きていくのか」
「………………」
返事は、すぐには返ってこなかった。
無理もない、どれだけ理由があったって、やっていることは正しくはないのだから。悩んで当然で、すぐに受け入れてはいけないものなのだ。
たっぷりと、ソールは数分も黙り込んでいた。けれどそこまでかかって、それでもソールは結論を出したのか、視線はこちらに向けず、騒ぐバカ共を見ながら口を開く。
「……私、ある研究所出身なの。そこでは交配によって、強力な個性を生み出す実験が行われてた」
脈絡もなく語り始められたそれは、ソールの身の上話だった。
いつかは聞かなければならないとは思っていたが、何故それを今語るのか。その意図は自分には分からなかったが、きっと大事なことなのだろうと耳を傾ける。
「それでも、私の個性の元になったお父さんとお母さんは、優しかったし、酷い研究所の人間から、守ってくれてた。それに研究所の人だって、全員が悪い人間じゃなくて、外に連れてってくれる人だっていた。だからそんなに、嫌だとは思ってなかったの」
「……そっか」
「……でも、私を攫いに来た連中に、皆殺されちゃった。優しかった研究所の人も、お父さんも、お母さんも」
そして、自分たちが組織を襲撃した件に繋がるのか。そう理解して、彼女が生きる気力を失った理由も、なんとなく察する。
「私の世界を構成していた全部が失われて、どうでもよくなっちゃったんだ」
だから、頑張ってまで生きる気がなかったの、と締めくくる。
それに自分は、なるほど、としか返せない。自分に彼女の苦しみが理解できるわけじゃなかったし、この街ではさして珍しい話でもない。
同情すらできない自分に、彼女に対してかける言葉などなかった。
だから代わりに、自分は一つ問いかける。
「今でも、生きていたいとは、思わないか?」
「……どうだろ」
こちらの問いかけに、ソールは少し考え込む。その視線は相変わらず、バカ共に向けられている。
酒が入っているせいで、明らかにヤバい方向へエンジンがかかり始めているのが遠目でも分かるが、それでもソールは今までの呆れた目ではなく、どこか眩しいものを見る目をしているように思う。
「まだあんまり、頑張ってまで生きたいとは思わない、かな」
「………………」
「それに、この街の皆の生き方も、理解はできても納得はできない」
「……そっか」
やっぱり、表の世界で生きてた人間には、受け入れがたいものなのだろう。
まぁソールの生い立ちは、表の世界とは言い切れないところがあるが。
少し、それを寂しく思っていると、でも、と意外なことにソールの言葉が続けられる。
「ちょっと、羨ましいとも思う。そうやって、皆で、生きていこうっていう姿は……街全体が家族みたいで」
家族みたい、そう言われ、確かに、と納得する。
この街は誰もが何らかの形で、辛い目にあい、だからこそある程度互いを理解できている。そして誰かが困っていれば、放っておくこともできない。
その形を言葉にするなら……家族、というのはあながち外れでもないのかもしれない。
「私にとっての世界は、ほとんどはお父さんとお母さんの家族で構成されてたから……家族みたいなのはやっぱり羨ましく思える」
「バカばっかで、そんなにいいもんじゃないけどな」
「それも近しいからこそ、遠慮しなくていいって考えたらいいものじゃない?」
そういうもんか、と言えばそういうもの、と返ってくる。ソールがそう言うのなら、そうなのだろう。
―――だから、失った家族を求める彼女には、こう声をかけるべきなのだろう。
「そんじゃま、お前も家族の、この街の一員になれよ」
「……私、まだ誰かを殺す時に笑うのは、納得できてないんだけど」
「別に、納得できなくてもいいだろ。自分なりに折り合い付けるか、最悪、戦い以外で街に貢献すればいい」
正直、折角の強力な戦力なので惜しいどころの話ではないのだが。それでも、彼女の意思が最優先だ。
「……皆みたいに、頑張って生きようとはしないけど、いいの?」
「いいだろ、別に。何時かは生きたくなるかもしれないし」
「……でも……」
「あァもう、面倒だな!」
はっきりとしないソールに、いい加減痺れを切らし、思わず頭を掻き毟る。
そしてもうこの際、はっきり言うしかないのだろう、と腹を括る。正直、言うのはクッソ恥ずかしいのだが、埒が明かないのだから仕方ない。
いいか、と前置きして、無理矢理こちらを向かせて、視線を合わせた上で告げる。
「正直!もうお前がいないと寂しいんだよ!俺にとっちゃもう家族みたいなもんだから、つべこべ言わずこのままこの街で生きろ!!」
―――そうして、この日、本当の意味でソールがこの街の住民となったのだった。