「喚導、つまみ」
「お前、もうちょっと遠慮ってもんをだな……」
「ヴィラン相手にそんなことを言われましても……」
「ヴィランは免罪符じゃないからな?」
そう言いつつも、ちゃんとつまみを用意してしまうから、死柄木が調子に乗るんだろうが。
それを分かっていても、なんやかんやで死柄木との関係はこの街のバカどもとは違うノリの人間であることもあって、中々気に入っていた。だからついつい、甘やかしているところはある。
「この枝豆でいい?」
「お、さんきゅソール」
それにこうして、ソールと仲直りの切っ掛けもくれたわけだし。いや、曰く、何にも考えてない思いつきだったそうだが。それでも、助かったのは事実だった。
酒には金がかかるが、それも黒霧の方からちゃんと、全額とは言わずとも支払われている。家が賑やかになるのなら、まぁ悪い話でもないのだ。
そんなことを考えながら、ソールが用意した枝豆を死柄木の前に置く。
礼も言わず食べ始める死柄木は相変わらずで、その姿にはもはや、呆れるしかない。
「ていうか、お前ら、なんか目的があるんじゃなかったのか?ここに入り浸ってていいのかよ」
「二人とも、毎週来てるけど……」
「別に、いいんだよ。今は準備期間だから」
「一応、やることはやってから来ていますので、ご心配なさらず」
そんな風に、適当な世間話を交わす。死柄木はあまり、言葉を発しないが、代わりに黒霧は丁寧に返してくれるため、存外話は膨らむ。
そうやって、二人がいる時は他愛もない話をし、それ以外はソールと共に仕事か鍛錬を行うのが、最近の日常だった。
―――しばらく、中身のない会話を続ける。生産性がないながらも、落ち着いていて息抜きとしては上等な時間を過ごしていると、突然家にノックの音が響く。
基本的にこの家に来る人間は、無断で家に上がる人間がほとんどだ。それこそ、ここにいる死柄木と黒霧なんかがいい例で、この二人は黒霧の個性を用いて、この家に気づいたらワープで入っているのだ。当初は来る度に驚いていたそれも、今では慣れて気にもしなくなってしまった。
そんな人間が多いため、わざわざノックする人間は少ない。真面目な人間ほど、バカが集まりやすいこの家を避けるし。
そのため、こうしてノックが響く、ということは仕事などの、真面目な何かがあった時が多かった。
「死柄木ー、もしかしたらこの後出かけるかもー」
「勝手にしろよ。こっちも勝手にくつろいでるから」
「俺の家なんだけどなァ……」
まぁほぼほぼ、あの二人はこの家の住人なので気にしてはいないが。
一応死柄木たちへと一言言ってから、玄関へと向かう。この街ではいつ、どんなバカなことを仕掛けられるか分からないところがあるため、念のためドアの覗き窓で外の人物を確認すれば、そこにいるのはガンギマリ爺からの伝達担当の人間だ。
彼がいるならば、これは確実に仕事の話だな、と判断し、ドアを開ける。
どうも、と告げられた簡素な挨拶に、自分も簡単に返し、それで要件は、と問いかける。彼は、この街では珍しく、遊びがない人間であるため、こちらもそれに合わせて手早く話を進める方が有意義だった。
「喚導さん、あなた指名でのお仕事が来ました」
「ここ、か」
「……うん、地図見る限りそうっぽいね」
今、ソールを連れて、今回の仕事先へと辿り着いていた。
時刻は既に深夜、相手の指定の時間、というのもあったが、街からそれなりに離れた場所であったために、単純に移動に時間がかかったのが原因だった。
今日はこれ、ホテルに泊まらなきゃいけないなぁ、と思いながら目の前の建物を見る。
それなりに広い土地に建てられたそれは、所謂別荘、というやつに見える。白をベースにされたその建物は、時間の関係もあって光源が少なく、形状ははっきりとはしない。しかし庭にはプールがあり、観葉植物も多く、ガレージらしきものもある。
単純に、金がかかっていそうなことは、スラム街出身の自分でも分かる建物だった。
実際、相手は表において成功を収めている大きな企業だ。この建物も、今回のような裏の連中と接触するための建物のうちの一件なのだろう。
羨ましいよなぁ、とは思うも、まぁ縁のない話だ、とは思う。いくら黒霧から支払いがある、とは言っても住民が四人になったことで出費が増えたわけだし。
「それで、結局仕事内容はなんなの?」
「それが情報が貰えてねェんだよなァ……」
一応、ガンギマリ爺の方には詳細がいっているらしいのだが、何やらちょっとでも情報が洩れるとそれだけでヤバい一件らしく、直接会うまで情報が貰えないことになっている。
本来ならソールもやめて欲しかったそうだが、戦力的に使えることが伝えられて許可が下りたらしかった。
「貰えた最低限の情報によると、護衛の仕事になるらしい」
「護衛……ってことは、しばらく街を離れる感じ?」
「そこまでは、何とも。護衛対象がうちの街に来る可能性もあるし」
うちの街は、防衛力で言えばかなり高いのだ。単純に、戦闘を想定した人間しか住んでいないので、敵が襲撃してきても誰もが対応できるからだ。
流石に、オールマイトとかとやり合える化け物クラスが来たりすればその限りではないのだが。
そんな話をソールに聞かせながら、指定の時間も近いので、チャイムを事前に知らされていたリズムで鳴らす。そして繋がったインターホンで合言葉を伝え、そしてようやく中へと通される。
話し合いの場に辿り着くまでも、何人もの戦闘員が案内も兼ねてこちらについて歩いていた。これ、思っていた以上に厄介な案件では……?
なんて今更ながらに面倒になっていると、突然、案内担当の人間が何もない廊下で立ち止まる。そして突然、何もない壁を叩いたかと思うと、その壁が突然動き、地下への階段が現れた。
実にロマン溢れる仕組みだった。かかる費用と実用性が釣り合っているかは知らないが。
そこから更に歩き続け、何か所もの分かれ道を越えながら十数分は経った頃。ようやく、目的地らしき部屋へと通される。
その部屋は、テーブルと、椅子、光源と最低限のものしかない殺風景な部屋であり、明らかに今回のような場合しか利用しない場所であることが分かる。
そしてその部屋には、既に椅子に座っている一人の男がいた。
身体は細身で、武芸を嗜んでいる体格ではない。髪も年からか、白髪混じり始めていて、見た目だけならただのおっさんにしか見えない。
しかし―――その身に纏う雰囲気だけは、只者ではなかった。
見た目だけでは大したことはないのに、それでも相対しているだけで気圧される凄みがある。大企業の社長は違うな、と事前に見せてもらった依頼主との写真と比べながら思わず内心で呟く。
その男性はこちらが部屋に入ってきたのを確認すると、柔和な笑みを浮かべ、けれどその身に纏う覇気は揺らがせることなく、一礼と共に口を開く。
「ようこそ、ご足労頂きありがとうございました。私が依頼主のアルベルト・アウェイクです」
「ああ、これはご丁寧に、どうも。喚導想也です。それでこっちが」
「ソール・喚導です」
アウェイクさんと挨拶を交わし、対面するように椅子へと座る。
それを確認したアウェイクさんは、では、と護衛たちに退出するように指示してから、改めて言葉を発する。
「あまり、時間をかけたくないのでね。大したもてなしもできないことを許して欲しい」
「まぁ気にしなくていいですよ。もうここに来るまでにかなり厄介な一件なことは理解してますし」
そう言ってくれるとありがたい、とアウェイクさんは心底困ったように溜息を吐く。それでも揺らがない彼の覇気は凄いように思うが……逆に言えば、それだけの覇気を保ち続けなければならない一件、ということだ。本当に面倒なことになったものだ。
「それで、どこまで話を聞いている?」
「護衛の仕事、だとは」
「そうか……それなら、どこから説明したものか」
しばし、アウェイクさんが考え込む。しかしその時間すらアウェイクさんは惜しいのか、すぐに話す内容を決めたのか、一度はズラした視線を再び、こちらへと向けてくる。
「君たちは、
「ええ、ある程度は理解しています」
そう言って、しっかりと座学で学んでいるかの確認も兼ねて、ソールに到達者について説明するよう、視線で指示する。そしてそれを受けたソールが、口を開く。
「自らの個性について、性質をその根底まで理解し、使いこなすことでその個性の性能の限界点まで扱える領域に到達した者……故に、
「そうだな。では……
「本来、その個性で発揮できる性能の限界点すら超えて、ありえないほどのスペックを発揮できるようになった人間のこと……ですよね」
「そしてそれは今、世界でも数人しか確認できず、そこまで至る条件が全く分かっていないものですね」
「ああ、そこまで理解しているなら話が早い」
同じ理由を以って答えたソールの言葉に、自分が補足を加えたところ、アウェイクさんにとって十分な答えを言うことができたらしい。満足そうに頷いたアウェイクさんが話を先に進めようとする。
一応、到達者や超越者には、もう少し面倒な話があるのだが、その部分は今回の一件にはさして重要でないようだった。
しかし、到達者と超越者の話が出るとは、まさか今回の護衛ではそんな連中が襲ってくる可能性があるのだろうか。
そんな心配が顔に出ていたのか、アウェイクさんがこちらの疑問を察したようで、安心してほしい、と言葉を発する。
「別に、ゼロとは言えないが、そんなレベルの敵が襲ってくるわけではない」
「では何故そんな話を?」
「―――もし、超越者へと簡単になれる手段があったとしたら?」
その言葉に、今回の護衛の意味を悟った。
超越者は、本当に次元が違う強さになるとされている。そんなものになる手法が、可能性でも発見されたとしたら、欲しがる人間は多いどころの騒ぎではないだろう。また、手に入れるにあたって強引な手段に出る人間も。
「きっと、君が察した通りだろう。今回の依頼は、その方法の鍵となる人物の護衛だ」
「……情報が、漏れた可能性がある、ということですか?」
護衛が必要、ということはすなわち、襲撃される可能性があるということだ。わざわざ外部であるこちらのことを頼ってまで、ということはよっぽどの襲撃が予想されるから、だと思ったのだが。
「いいや、そういうわけではない。ただ実験に協力してもらいたくてね」
「実験、ですか」
「ああ、超越者に本当に至れるのか、のね」
曰く、方法こそ見つかったが、未だ実際に超越者となった者はいないらしい。それなら条件を変えてみよう、ということで外部の人間、信頼できる相手―――ガンギマリ爺の紹介する人材に試してもらおう、ということらしかった。
「超越者になれる、というならこっちとしても願ったり叶ったりですが……実際のところ、どんな手法なんですか」
その問いかけに、アウェイクさんが渋面を作る。どうやら、それなりに厄介な内容らしい。
あるいはその手法こそ、ここまで厄介なことになった要因なのかもしれない―――そして、そんな予想はどうやら当たっているようだった。
「個性、だよ」
「……なんですって?」
「
らしい、と曖昧なのはそれによって実際に超越者となった人物がいないかららしかった。
しかし、個性によって超越者になれる、ということであれば、厄介な一件というのも納得がいく話だった。
何か科学的手法だと言うならば、必要な機材なりなんなりを最悪破壊すれば、悪人に奪われずに済む。しかしそれが人となれば、殺して問題解決というわけにはいかないだろうし、洗脳の個性があればそれだけで悪用される可能性は大きくなる。
そりゃ、危険だわ、と納得すると同時、いくら信頼できる人間を介してと言えど、余所者を実験に利用しようとするとは、とも思う。それだけ実験に行き詰っていたのだろうか。もしそうなら、確かに超越者を得られる利点を考えると、分からない話でもなかった。
「私の娘がね、その個性を持っているんだ」
「それは……何ともまァ……」
衝撃の事実に、返す言葉に困っていると、それを無視してアウェイクさんが無論、と言葉を放つ。
「いくらあの人の紹介と言えど、君たちをいきなり信頼するわけにはいかない」
「まァ当然ですね」
「だからまずは、うちの護衛と戦ってもらい、実力を示してもらう。そしてそこでうちの護衛に勝ったら、しばらくうちで生活してもらい、その人柄を見極めたあと、初めて護衛を任せようと思う」
「状況を見れば……必要な処置、か」
依頼しといて、それだけ試されるというのは些か癪ではあったが、状況的には仕方がないとも思う。
こちらとしても、超越者には興味もあるので、我慢する価値はあるだろう。そう判断して、アウェイクさんへと了承の意を返す。
そんなわけで、自分とソールは試験を受けることが決定した。