アウェイクさんとの話し合いの後。その日はもう深夜であったこともあって、お開きとなった。
どこに人の目があるか分からない、ということで比較的覗き見てる敵を見つけやすい夜にこちらを招く必要があっただけで、用事自体は夜に済ませなければいけないわけではなかった。そのため、試験とやらは翌日、ということらしい。
当初の予定では自分とソールは経費でそれなりのホテルに泊まる予定だったのだが、そういう理由もあって、結局アウェイクさんの別荘に宿泊している。
それこそ最初は折角他人の金でいいホテルに泊まれるのに、なんて思っていたのだが。
「―――ヤバい、俺もうアウェイクさん家の子になる……!!」
「あー……自分で自分が堕落していくのが分かる……」
別荘、といっても大企業を牛耳る、お金持ち様の持つ物件だ。広々とした部屋に、この世のものとは思えないほどふかふかのベッドが二つ。テーブルにソファ、それからテレビと自宅にも存在する物だが、サイズも質も段違い。止めにメイドさんのお世話付き、ときたものだ。
メイドが運んできてくれた朝食も、あのスラム街ではまず食べれない、しっかりとバランスの取れた、寝起きの胃にも優しいながらも、しっかりと腹に溜まるラインナップだ。あまりに至れり尽くせり過ぎた。
「スラム街帰りたくねェ……」
「ソーヤだけで帰ってよ。私の年齢なら養子いけると思うし」
「それはズルい」
二十超えた男の自分に対し、ソールは十六歳の女の子だ。それも金髪赤目、顔だちも人形と見紛うほどに整っている。出会った当初は簡単に折れそうな細かった体も、日々の食事とトレーニングで、健康的な肉付けになっている。間違いなく、美少女と言える逸材だろう。
養子に迎えるには、十分な理由があった。というか、アウェイクさんが若かったら妾ルートとかもあっただろう。
―――これ、意外と自分、とんでもない子と同棲してない……?
今更ながらな事実に、若干驚きながらも、まぁ今更恋愛対象として見れるものでもない、と結論付ける。少なくとも自分にとってはソールは、既に家族という括りに入ってしまっているため、そういう対象には見えなかった。
「……うむ、どう考えても手のかかる妹、だな」
「急に何?妹萌えにでも目覚めた?」
「少なくともあれだけ手間をかけさせられた妹には萌えないかなァ」
「……あれは……うん、掘り返さないで……」
「……せやな」
あの一件に関しては、互いに恥ずかしい部分もあったため、タブーとなっているところがあった。
特に、自分から触れといてあれだが、それなりにこっ恥ずかしいことも言っているため、この話題で受けるダメージはソールよりも大きかった。
そんな風に、どこか気恥ずかしい朝を過ごしていると、アウェイクさんのメイドの方から声がかけられる。曰く、試験を行うのでついてきて欲しいとのこと。
自分もソールも、スラム街での生活で生活習慣として、朝はそれなりに早い時間に起きるのが染みついている。それはいつもよりいい環境であるこの場でも発揮されており、起きて布団から出るのこそ時間がかかったが、目が覚めた時間自体はかなり早かった。
それに、今日は試験が行われる、というのも分かっていたため、既にある程度の準備は整えてある。
故に、少しだけ案内のメイドには待ってもらい、残っていた準備を済ませて部屋を出る。
出てきたこちらを確認したメイドは、表情を変えることなく、事務的に案内を開始する。創作なんかでは結構、メイドはキャラが濃かったりするが、普通に考えたら主人やその客人にはこんなもんだよな、と納得する。
まぁ個人的にはもう少し、愛想が良くてもいい気がするが。まぁそこら辺は、主人の趣味が関わってくるのかもしれないし、そもそも使用人なんて縁遠くて、ろくに知らない自分が語るものでもない。
そんなどうでもいいことを考えながら、メイドについて歩いていると、昨日も通った隠し扉を抜けて、再び地下へと降りる。
しかし続いて連れていかれた部屋は昨日とは違う部屋で、六畳ほどの広さの、椅子などが幾つか置かれている部屋だった。
「二人とも、おはよう」
「あ、おはようございまァす」
「おはようございます、アウェイクさん」
部屋に先に来ていたらしいアウェイクさんと簡単に挨拶を交わしていると、メイドが失礼します、と退出していく。
それを見送ったアウェイクさんが、さて、と改めて口を開く。
「これから君たちの実力を測らせてもらう。こちらから依頼しておいて試すことを、許して欲しい」
「まァ事情を鑑みれば仕方ないっすよ」
「そう言ってもらえるとありがたい」
頭を下げて感謝と謝罪を示すアウェイクさんに、こちらとしてはとっとと話を進めたいこともあって、それで、と話の続きを切り出す。
「結局試験って何すればいいんですかね」
昨日の段階では、試験をやる、としか伝えられていなかったのだ。そのため特に対策も用意できていない。
スラム街の癖で、何事も対策を用意してから臨む質であるために、事前情報がないというのは些か怖い、というか気持ち悪かった。
「ああ、それはだな、私が雇っている護衛二人と戦ってもらう」
アウェイクさんの解答に、なるほど、と内心で呟く。
相手は能力不明で、こちらと同数。数の利が取れない、となると開幕不意打ちで一撃、が理想形だな、と計画を立てていく。
「……ちなみに、生死は?」
「問わん。相手側も承諾している」
心配事の一つがこれで減る、と安堵の溜息を吐く。殺してはならない、となると生かしたまま無力化するという、難易度が高いことが要求されてしまう。それをしなくていい、というのはありがたい話だった。
代わりに、別の心配事も出てくるのだが……それに関しては、そこまで問題じゃないだろう、と判断している。
その心配事であるソールに視線を向ければ、渋い顔ながらも頷きが返ってくる。
―――例のソールとの問題について解決してから、ソールは仕事において、何人かの人間の命を奪っている。
ソール自身は、スラム街のスタンスのようにふざけながら殺すことをよしとしなかった。それでも、スラム街で生きていく以上、誰かの命を奪うことは必要だと割り切り、何度か人を殺したのだ。
無論、最初のうちは仕事の途中で吐いたりしてしまうこともあった。だが悲しいことに、人間とは慣れる生き物だ。スラム街の連中が精神のケアをしていることもあって、ソールは多少顔色が悪くなれど、既に人を殺せるようになってしまっていた。
「他に確認したいことがなければ、そこの扉の先にある、普段は護衛たちの鍛錬に使っているアリーナに行って欲しい。既にそこに相手は待っている」
見ればアウェイクさんが示す先には、確かに扉が一つある。その先が鍛錬に利用するアリーナとするならば、本来この部屋は利用者の簡易的な休憩所なのだろうと判断する。
とりあえずは確認したいことはないので、アウェイクさんに別れを告げ、自分の状態を確認する。
実力の確認のための試験、とは聞いていたので服装は既に、いつもの仕事着。軽く剣を出し入れし、個性の調子もチェックすれば、絶好調とまではいかなくとも、悪くはない。
隣では同じようにソールが個性を軽く発動して、調子を確かめたあと、こちらを見て頷いてくる。
それを確認したら、指定された扉を開けて、その先の廊下を歩く。
部屋とアリーナはさほど離れていないのか、一分もかからずに、視界に映る風景が変わる。
そこは、地下にあるとは思えないほどの広さを誇る場所だった。
直径にして百メートルほどの広さで、床は学校のグラウンドのような地面になっている。天井には多数の照明が存在しており、充分過ぎるほどの明るさが確保されていた。
そして自分たちが出てきた場所とは反対側。そこには、屈強な男が二人、佇んでいる。その立ち姿から、なるほど、確かに護衛というだけあって、それなりに鍛えられているのが理解できる。
だが、それなりでしかない。スラム街の連中に比べたら、大したことはないだろう。
やれるな、と判断し、ソールに視線を向ければ、大丈夫、と端的に言葉が返ってくる。
そんなこちらの姿を視認した相手が、腰を落として構えをとる。片方は無手、もう片方は戦斧を両手に一振りずつ握っている。
そしてその視線は真っ直ぐこちらに向けられていた。
その姿に、これは勝ったな、と判断を下し、瞬間的に加速しながら前へと出る。
地を蹴るようにして、一歩で数メートルの距離を駆ける。
身体的なスペックとしては、自分では増強系の個性を持つ人間には遠く及ばない。しかしただ間合いを詰めるだけであれば、しっかりと人体の駆動の仕方を理解し、正しく動かす技術さえあればこうして自分のスペックでも簡単にできる。
故に、相手が高速で接近するこちらに驚いているうちに、その距離を一気に詰め―――
自分の肉体が光炎の壁に触れ、けれど燃えることなくそれを突破する。
当然だ、ソールはあくまでこちらの味方。その彼女がこちらの進路上に発動した個性が、こちらを傷つけるわけがない。
では何を目的に、ソールは個性を発動したのか。
それは、光炎の壁を越えた先に見えた景色が答えだった。
「―――ぬおぉぉぉぉ!?」
「め、目がァ!?」
そう、それはいつぞやのヴィジランテにも使った戦略。
ソールが張った光炎の壁は、燃やすことに主軸を置いたものではなく、『人間の目は太陽を直視するのには耐えられない』という特性を強くした、光に比重を置いた光炎で構成されている。
そのためこちらを警戒して、接近するこちらを見据えていた相手はもろに太陽の光を目視してしまっていた。
もちろん、自分はソールがそうすると理解していたため、対策としてそれに耐えるための専用ゴーグルを、光炎の壁が展開される直前に召喚している。
ソールにこの個性の使い方を提案したのも自分だし、連携の一つとして幾度となく練習したものの一つであるために、そこら辺の抜かりはなかった。
結果として、相手は突然の光に驚きと、眼球へのダメージで大きな隙を晒している。そうなればもはや、自分には命を奪うのは容易いことだった。
「刀剣召喚〝
右手に召喚したジャマダハルを握り、一突き。相手の片割れの心臓を突き刺し、その命を奪う。
そしてそれを引き抜く間も惜しいので、代わりにジャマダハルを返還。同時、持ち替えるようにして、左手にジャマダハルを再召喚し、もう一人の心臓へと突き刺す。
「……これで、お終いっと」
言葉と共に、左手のジャマダハルを返還する。
そうして、瞬く間に相手二人とも絶命させ、戦いを終えた。
今回は敵と戦力が同数、ということもあって、遊びを入れる余裕がなかった。その為、いつもより精神にかかる負荷が大きい。だから深呼吸をして、少しだけ自らを落ち着かせてから、ソールの方へ振り返る。
自分に遊びがなかった、ということはソールの方にもかかる負荷が大きくなる、ということだ。遊びながら人の命が奪われていく光景に対して、何を思うかはともかくとして、仲間が気楽そうにしているというのはそれだけで精神の負荷を和らげてくれる。
それがなかった今回は、その代わりのケアが必要だということ。だから顔を青くしているソールを抱きしめて、優しく背を擦る。後からケアをする、というのなら、こうして人肌の温もりを感じさせてやるのがいい、というのは過去、義姉にやってもらった経験からきていた。
しばし、そうしていると落ち着いたのか、ソールが大丈夫という意味で、こちらのことを軽く掌で叩いてくる。
なのでソールの背に回した手を離せば、ソールが深く息を吐いたあと、こちらへと顔を向けてくる。その顔は既に、いつも通りの血色に戻っており、特に心配はいらないように見える。
とはいえ、あくまで見えるだけなので、この後しばらくは気にかけないといけないな、なんて思っていると……突然、アリーナにザザ、というノイズ音が響く。
『―――さて、落ち着いたかね?』
「ええ、すみませんね」
スピーカーから響いてきたアウェイクさんの声に、言葉を返す。
アウェイクさん自身の姿はアリーナのどこにも見えないので、監視カメラか何かでこちらのことを見ているのだろう。
そんなことを思いながら、集音性的に、ちゃんとこちらの声がアウェイクさんまで届いたかな、と心配していると、杞憂だったようですぐにアウェイクさんの方からも言葉が返ってくる。
『それはなにより。それで、今回の試験についてだが……』
「何か、問題でもありましたか?」
『……少し、仕事が早過ぎて実力がいまいち見切れなかったが……まぁ、許容範囲だ。合格だよ』
確かに、実力を見極めるという観点だと、速攻は失敗だったか、と今更ながらに反省する。とはいえ、反撃の可能性を考慮すると、間違った判断だったというわけでもない。反省して今後に活かせばいいだろう。
『それでは、合格ということで今度は君たちの人間性を見るために、この屋敷で数日生活してもらうぞ』
「りょーかいです」
「わかりました」
そういえばそんな話になっていたな、と返事をしつつ内心で呟く。まぁ数日とはいえ、あの金持ちの素晴らしい生活を味わえるならありがたい。
斯くして試験に合格した自分たちの、お屋敷生活が始まるのだった。