ただ、己の為に   作:天澄

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#14.Encounter with her.

「ダメだってソール……」

 

「いいじゃない、諦めて溺れよう……?」

 

 まるで何かを悟ったかのような表情のソール。彼女からの悪魔の囁きに、自身の心が揺らぐのを自覚する。

 だがしかし───駄目だ。その選択は決して許されない。それはスラム街で暮らす皆への裏切りだ。自分には選べない選択肢だ。

 だって、それは余りにも。

 

「―――でも情けなさ過ぎるだろ、依頼先の環境が良過ぎたんで帰れませんとかさァ!!」

 

「だって、スラム街と比べるともう……」

 

 分かる。それは自分も痛いほど分かることではある。自分たちがここ数日生活させてもらっている部屋だけでも、全ての点において、自宅の上位互換と言えてしまう状態なのだ。

 家具も食事も、全てが純粋に金と手間がかかっているもので、余りにも居心地がいい。特に自分は、高級な酒が飲めるのがポイント高かった。

 聞けば、護衛として働いている人はこれよりは劣るが、それなりにいい寮に住まわせてもらっているというではないか。その上で、給料の払いもよく、護衛内のリーダークラスになれば、部屋もグレードアップするという。実に、いい職場だ。

 

 ただ、待遇が良かったので、元の仕事を途中で投げ出して転職しました、とか外聞が悪すぎやしないだろうか。

 

 正直、スラム街の連中への裏切り云々などどうでもよかった。単純に、情けなさ過ぎるという点でその選択肢を取りたくなかった。

 

「―――ッ!?いや、待てよ!?」

 

 そこで突然、閃きが生まれる。

 現状としては、自分もソールも、このままここで暮らしたい。ただそれは、仕事を途中で投げ出すようで、自分は嫌だ。となれば、折衷案を取るしかない。

 そう、つまり。

 

「この仕事を完遂した上で、報酬を貰って、それからここの護衛として就職すればいいのでは……?」

 

「ソーヤ、あなた天才……?」

 

 アウェイクさんも、強力な護衛が二人手に入り、ついでに超越者(オーヴァード)に至るための情報を持つ人間を手元で管理できる。誰も文句はない、完璧な作戦だった。

 

「あんなおっさんのところ行くなら、俺たちのところ来いよ」

 

「ばっか、お前。お前らのところどう考えても環境劣悪だろ」

 

 ベッドの上で我が物顔で横になっている死柄木へ、否定の言葉を飛ばす。優雅に紅茶を飲む黒霧も、こちらの言葉に同意するように頷いていた。

 

「……いや、テメーらあまりにも馴染んでるから忘れてたけど、あんまここに来るなって」

 

 余りのくつろぎっぷりに、すっかり忘れていたがこいつら、本来は招かれざる客、というやつなのだ。

 黒霧のワープと、手下の個性で監視をやり過ごしているらしいが、バレたら洒落にならないので控えて欲しい。何より、理由がこちらだけがいい生活しているのはズルい、とかふざけんなという話である。

 

「ああもう、今日はこの後アウェイクさんのところ行くんだから帰った帰った!」

 

「そういうことならここで勝手にくつろいでるわ。黒霧、コーラとポテチ。うすしおで」

 

「はいはい、どうぞ」

 

「しかも結局食ってるの市販品じゃねェかよォ!!」

 

「ソーヤ、言うだけ無駄だよ……」

 

 思わずツッコミを入れるが、それすらも気にすることなく悠々自適に過ごす死柄木にもはや、呆れの念しか抱かない。いや、むしろその自由さに若干、尊敬すらしてしまうレベルだ。

 優しく肩を叩いてくれるソールだけが、唯一の癒しだった。

 

 どれだけ言っても、直す気がない死柄木はもう仕方ないので、この部屋に放置してアウェイクさんの下に向かうことにする。

 

 ここ数日の生活で、この建物の構造は全て把握している。だから案内なしでも迷うこともなく、目的地である、アウェイクさんが過ごす書斎へと到着するので、ドアを三度、ノックする。

 

「……ふむ、誰かね?」

 

「想也とソールっす。ちょっとお話が」

 

「ああ、君たちか。丁度呼ぼうと思っていたところだ。入ってくれ」

 

 アウェイクさんのその言葉に、うっす、と端的に返し、重厚感のあるドアを開け、中へと踏み入れる。

 書斎は、今日までに数度だけだが入っている。それでもなお、圧倒されるほどの蔵書がここには存在しており、読み切るのにどれだけの時間がかかるのだろうと思う。壁が全て本棚だといううのに、それでも本宅の方にはまだまだ本がある、というのだから凄まじい。

 

 実は本好きであるために、ここへ来るとそわそわし出すソールに苦笑しながら、デスクに座るアウェイクさんに視線を向ける。

 今まで来た数度の時は、大抵書類仕事なりなんなりをしていたのだが、今回は珍しく何もしていないようで、しっかりとアウェイクさんから視線が返される。

 

「それで、用があったみたいですけど、自分とどっちの要件を先に済ませた方がいいですかね?」

 

「それなら問題はないよ。おそらく、君たちはそろそろ仕事を進めたい、という話をしに来たのだろう?安心したまえ、私もその件について話があったのだ」

 

 アウェイクさんとは、今日までにそれなりに話す機会があった。だからこちらの口調から多少遠慮が消えたし、アウェイクさんの方も、こちらの考えることをある程度察せるようになっていた。

 流石に、この仕事終わったら雇ってくれなんて言いに来たとは気づいていないようだったが。というか気づかれたらむしろ怖い。

 

「ここ数日で、君たちの人間性を見せてもらったが……概ね問題はないだろう」

 

「概ね?俺たちの?人間性が?」

 

「問題がない……?私たちのどこを見てそう言えるの……?」

 

「いや、うん、まぁそうやってすぐふざけるところとか、日々の自堕落な生活は、うん、あれだけども」

 

 そうやってボカシて伝えてくるあたり、アウェイクさんの人の良さが滲み出ていた。これがスラム街の連中なら、即座に煽りに入っていただろう。

 そう考えるとやはり、ここは理想的な職場なのでは、なんて思いつつ、とはいえ、と続けるアウェイクさんの言葉に耳を傾ける。

 

「そういう点を含め、今回の一件を君たちに依頼していい、と私は判断した。無論、数日程度で見極められるわけもないのだが……それでも、私は君たちが気に入った。信じてみたいと思ったのでね」

 

「いやァ、それほどでもありますけど」

 

「褒めても何も出ませんよ。ああ、でもそれなら報酬弾んで欲しいです」

 

「そうやってすぐ調子に乗らなければ完璧なんだけどね?」

 

 それはもう、あのスラム街の住民という段階で諦めてもらうしかない。ソールも日常面に関してはすっかり、スラム街式に染まっていた。

 

「まぁそれでだけども。君たちには護衛をやってもらう、と話をしたね」

 

 その確認に頷きを返す。詳細こそ聞かされていないが、覚醒誘因(ブーステッド)という個性を持つ人物の護衛と、個性の効果を実験するのが依頼だとは聞いていた。

 それを合っているか確認をとれば、アウェイクさんから肯定の返事が返ってくる。

 

「そうだ、その個性を持っているのが私の娘なのだが……」

 

「何か問題でも?」

 

「……うむ、その、個性のこともあって過保護にし過ぎたのか……十五にもなってまだ、世間知らずなところがあってな?」

 

「あー……振り回すかもしれない、と」

 

「……すまん」

 

 護衛というのも色々形があるものだが、どうやら今回のは基本的に対象の傍にいて守る形らしい。となれば、世間知らずのお嬢様に、いくらか振り回される羽目になるのは簡単に予想がついた。

 とはいえ、仕事は仕事。その程度は文句を言うほどではないので、アウェイクさんには問題ないと伝える。

 

「それでなのだが、護衛中は娘を君たちの街に連れて行って欲しい」

 

「スラム街に、ですか?」

 

 今まで過保護にしていた割には信じられない提案に、思わず聞き返す。しかしアウェイクさんの方は至って真面目な顔なので、何か理由があるのだとすぐに判断し、アウェイクさんの真意が発せられるのを待つ。

 そしてそれは、特に伏せたり、言い難かったりすることではないらしく、ほどなくして言葉をまとめ終えたらしいアウェイクさんが口を開く。

 

「君たちに娘を保護してもらっている状況で、この家に覚醒誘因の個性持ちがいる、と偽の情報を流す予定なのだ。そこで、娘を狙う連中をある程度削りたい」

 

「……なるほど」

 

 確かに、それなら自分たちに娘を預けるのも理解はできた。しかし、それでも何点か、分からないことはある。

 

「実験、っていうのはその場合どうするんですか?」

 

「現状娘の個性が効果を発揮する条件は、その個性の持ち主と共に過ごすこと。個性の持ち主が対象に信頼を持つこと、とされている。君たちにはこの条件を満たしてもらい、超越者となれるか確認してほしい」

 

「それなら確かにスラム街で行えますね。では次の疑問なんですけど、スラム街は自分たちを悪化させたようなバカがいっぱいいますけど、そんな場所に娘さん送っていいんです?」

 

「えっ」

 

 そう、戸惑いの声を零したアウェイクさんは数秒固まったあと、再起動を果たしてからは腕を組んで悩みこんでしまう。眉間には皺が寄り、歳を重ねていることもあって、大変険しい顔に見えた。

 というか、そんなに悩ませてしまうほど、自分たちの素行に問題があっただろうか。ちょっとソールと道行くメイドさん品評会を開催したり、アウェイクさんとの会話で揚げ足取りをして遊んだだけなのだが。

 

「まぁ……うん、必要経費というか……多少の犠牲はやむなしというかね?」

 

「ちょっとアウェイクさんとはこちらに対する認識について小一時間ほど話し合っておきたい」

 

「……まぁ、端的に言うとバカだよね、君たち」

 

「ぐぬぅ」

 

「待って、私もその分類されてるの?」

 

 アウェイクさんのあまりに的確な言葉に、ただ唸るしかなかった。ソールの方は納得がいっていないようだったが、彼女も充分こちら側だとそろそろ自覚した方がいい。

 今度、ソールに普段自分がやってることを振り返らせてみよう、と思っていれば、本題に戻るが、と咳払いと共にアウェイクさんが話の路線を修正する。

 

「それで今日には娘と顔合わせをして、明日君たちの街へと出発して欲しいんだ」

 

「明日……!?」

 

「私たちの幸せな生活が終わる……!?」

 

「そろそろ話が進まないから、遊ぶのをやめてくれないかな?」

 

 はーい、とソールと声を揃えて返事をする。それにアウェイクさんは疲れたように溜息を吐いた。きっとお仕事が大変なのだろう。しっかりと休んで欲しいところだった。

 

 そして早速、ということでアウェイクさんの娘さんと顔を合わせるため、娘さんが待っている部屋へとアウェイクさんの先導の元、移動することになる。

 連れていかれる方向は今まで立ち入りを禁止されていた区画で、なるほど、娘さんと接触させないためだったのか、と納得する。

 

 しばらく、アウェイクさんと他愛のない話をしながら歩いていると、アウェイクさんがある部屋の前で立ち止まる。パッと見は、何の変哲もない扉だ。

 そして事実、自分とソールが過ごしていた部屋と何も変わらぬ扉のようで、普通にアウェイクさんがドアノブを捻って中へと入る。

 まぁ確かに、露骨なセキュリティがあったら、ここに大切なものがありますよ、と言っているようなものだよな。なんて思いながら部屋へと入り。

 

 ―――そこには、美しい白がいた。

 

 まず目立つのは、光を反射する艶やかな白髪。雪景色を思わせるその白髪は、こちらに視線を向けただけの小さな動きによる揺らぎですら、視線を奪ってやまない。

 聞くところによれば、彼女はソールと同い年だというが、ソールよりもその体躯は小さく、細身だ。けれどその細さは不健康そうなものではなく、健康的な食事をしているのだろう、遠目でも適度な柔らかさがありそうだと分かる。

 顔は年相応のあどけなさを残しているが、それでも将来は美しくなることが簡単に予想できるほどに、整っていた。

 そして何よりも、その瞳。こちらへと純粋な興味を抱えた、深い深い青色の瞳は、美しく、無垢さに満ちていた。

 ああ、この美しい青色は、何という名だったか。そう、確か―――瑠璃色。

 

「紹介しよう、私の娘の、ルリだ」

 

「ああ、それは……ピッタリの名前だ」

 

「だろう?日本の方の色の名前を参考にして付けたんだよ」

 

「……彼女によく似合う、綺麗な名前だと思います」

 

 どこか、呆けたままアウェイクさんと言葉を交わす。どうにも、アウェイクさんの娘さんであるルリちゃんは、人を惹きつける不思議な力があるようだった。

 見れば、ソールもこちらと同じくどこか呆けているような顔を見せている。あるいは、それすらも覚醒誘因の個性の効果の一つなのかもしれなかった。

 

 ただ、あまりそうやってぼけっとしているわけにもいかない。だからソールと二人、まずは挨拶を交わすため、視線をルリちゃんへと合わせる。

 

「俺は、喚導想也だ。よろしくな」

 

「私はソール・喚導だよ」

 

「ルリ・アウェイクです。よろしくね」

 

 自分がルリちゃんの右手と、ソールが左手と握手を交わす。そしてすぐに、それを離そうとして、ルリちゃんの方が離してくれないのに気づく。

 そのままルリちゃんは目を閉じて、しばし何かを考え込んだあと、ポツリと、呟くようにして口を開く。

 

「ソールは……とっても暖かい色をしてる。色はクリーム色で、皆を照らしてくれる、太陽みたい」

 

 それは、所謂人物評、というものだった。ただそれは、余り表面に出てこない、ソールの本質的な部分についてだ。出会ったばかりのルリちゃんが分かるはずのない部分のはずだった。

 

「それからソーヤは……ちょっと、分かり辛いね」

 

 きっと、また考え込んでいる彼女は今、先ほどソールにしたように、こちらの人物像を考えているのだろう。

 普通であれば、見知らぬ人間に本質を見抜かれるそれは、気持ち悪さを覚えるはずのものだったが、ルリちゃんであるからか、不思議と不快感はなかった。むしろ、彼女が自分をどう評すのか、興味すらあった。

 

「ソーヤは、鈍色。心の周りを鈍色の鉄で囲って、赤黒い汚れに包まれてる。だからパッと見は、残酷にも見えちゃう。だけどその内側には……ソールぐらい、暖かいものがある。これは……きっと、炎かな?誰かから貰った、とっても暖かなもの」

 

 ああ、その評価は。否定しようがないほどに正しかった。自分の中には、義姉から受け継いだものが、ずっと眠っているのだ。

 そしてそれは自分以外誰も知らないはずのもの。原理は不明だが、彼女は人の心を覗き見る力があるようだった。

 個性とはまた違う、不思議な力……けれどやはり、それに不快感はなかった。

 

「……うん、二人とも、とっても綺麗な形をしてて……。私、二人のこと好きになれそう」

 

 どこまでも綺麗で、純粋なその笑みに、むしろ好感すら抱いてしまうのだった。

 

 ―――それが、後々の自分の運命を左右する出会いだった。

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