「そういえば、喚導さんの個性はかなり万能ですよね」
「ァん?」
夜中、ソールもルリも寝てしまった頃。
死柄木と黒霧と自分の三人で、小さな照明だけつけた、リビングのテーブルを囲んでいた。
ソールが来てから、自分は彼女の世話もあって昼間にあまり遊べていない。そしてルリが来てからは、それがさらに顕著になっている。
そういうこともあって、時々、死柄木と黒霧の二人に付き合ってもらう形で、息抜きの酒盛りを行うことがあった。
時間が時間のため。また死柄木も黒霧も騒がしく飲むタイプではないため。自分には珍しい、静かな飲みだった。
だが、まぁ。偶にはそんな飲みも悪くない、とも思う。
精神的負荷を軽減するため、とはいえ、ずっとバカでいるのも疲れるものだ。
「正直、喚導は手持ちに欲しい」
「死柄木がんなこと言うとは、また珍しい」
ウイスキーをロックで飲みながら、二人と言葉を交わす。安物であるため、決して美味くはないが……まぁ、スラム街ではこれが基本であるし、だからこそ慣れた味でもあった。
「汎用性が高いですから」
「一人いれば、作戦の幅が広がるだろ」
「つっても、存外制限も多いんだぜ?」
今日の話題は、それぞれの個性。特に、自分の個性が今、注目されていた。
一応、死柄木や黒霧とは今後敵対する可能性もある。だから本来、個性についてなど話さない方がいい。
だがそれを理解した上で、互いの個性について話してしまう程度には、自分たちの間には友情が生まれていた。
それに、個性の概要がバレても問題がない程度には、伏せ札を用意してある。そしてそれに関しては、二人も同様だろう。
だから遠慮なく、自分の個性の欠点なども、話していく。
「基本的に、ありえないものってのが作れないんだよな」
「ありえないもの、ですか」
「まァー……そうだな。例えば、熱に強い耐性を持つ鎧なんかは召喚できるわけだが。これは実際にそれだけの耐熱素材が世界に存在してて、鎧として加工されさえすれば、ありえなくもないものだからだ」
例として出すのは、死柄木たちを爆破した時の鎧だ。あれは、実在しない鎧でこそあるが、今の技術なら作れないこともないだろう、というものになる。
じゃあ、何が作れないのか、っていうと、という言葉と共に、手元に一振りの剣を呼び出す。
「今、俺は常に炎を纏う剣をイメージしたわけだが、こうして出てくるのはただの剣なわけだ。何でかわかるか?」
「実在する可能性すらないから、か」
「死柄木正解!」
召喚した剣を返還しつつ、死柄木を指さす。
そう、死柄木が言ったように、実在する可能性がないものが自分が召喚できないものになる。
一応、過去雷生さんに語ったように、体力の消耗を考えなければ作れるのだが、消費量的にほぼほぼ作れないのと同義だ。
「……なるほど、理屈の通らないものを生み出すことはできない、ということですか」
「あー、そうだな、だいたいそんな感じ」
炎を纏う剣も、発火のシステムが理論的に存在するなら生み出せるが、常に炎を纏うことが当然である、という理屈が存在しないものは召喚ができないという話だ。
「あとは、概念的な属性を付与したものが作れない、ってとこか?」
「概念的……また曖昧な言葉だな」
「そうだなァ、単純に材質とか構造で剣の切れ味を上げることはできる。何でも斬れるって概念を持った剣は生み出せないわけだ。これで、分かるか?」
雷生さんにも話していなかった情報ではあるが、それを伏せていても大して痛手でもないので、具体例を以って説明する。
ついでに、合わせて先程の理屈が通らないものは、体力の消耗度外視でなら作れるが、こちらに関しては完全に不可能であることも告げる。
ただその二つの境目も曖昧であり、本当に概念的なものとしか言いようがないのでそれ以上の説明は難しい。実際、召喚しようとしてみない限り、自分ですら判別がつかなかった。
ちなみにこれを個人的には、神の領域に踏み込む、あるいは人間の領分を逸脱するから……なんてことを考えたりもしているが、まぁそこら辺は個人的な考察で、どうでもいい話になってくる。
「……いえ、なるほど、神の領域に踏み込むことはできない……面白い考察ですね」
「そォかァ?別にこれ、概念の付与とかできたら神様っぽいよな、とかそんな理由で思いついたやつだぜ?」
けれどまぁ、酔っ払いの他愛のない話にはそのどうでもいい話ぐらいが丁度いいわけで。存外、その話題でそのまま、話が広がっていく。
「そうは言っても存外的を射ていると思いますよ。実際、
「まぁ話に聞く限りじゃ、
「超越者になってようやく神のレベルに手をかけられる感じ、って話かァ……」
そう考えると、超越者になれる可能性があるルリの個性がどれだけヤバいかが、より分かる気がした。
これ、死柄木たちにルリの個性黙っておいて正解だな、なんて思いながら、そのまま酒盛りは続き、夜は更けていった。
「―――全滅?」
「おゥおゥ、その通りさネェ……。アウェイク坊んとこは、護衛含めて壊滅だそうだネェ……」
ガンギマリ爺から告げられた言葉に、顔を顰めるしかリアクションを返すことができなかった。
ルリがスラム街で暮らし始めて数週間、ようやくルリがいる暮らしに慣れ始めた時に、ガンギマリ爺に呼び出されて聞かされたのが、そんな情報だった。
アウェイクさんは、それなりに人格者で、短い付き合いではあったが、それなりに仲良くなれて、個人的には友人だと思っていた相手だ。だからそんな人間の訃報に、心にはそれなりのダメージがある。
だが、スラム街生活で染みついた感覚で、それを悲しむより先に、自分がこれからどうすべきかという点に思考が回る。
それは薄情と称されるような思考かもしれない。しかし、ルリを預かっている関係上、次は我が身かもしれないのだ。油断して被害が出るのは、自分だけではなく、ソールとルリもなのだから、警戒は最優先すべきものだった。
「お嬢ちゃんに伝えるかどうかは任せるサ……ふぇっふぇっ……」
「………………」
少し離れた場所でソールと遊ぶルリを見る。十六歳の、今まで外出などの制限はあっても、家族に囲まれていた少女が、あまりにも突然に父親を失ったなら。それは、心が耐えられるものなのだろうか。
自分も過去、義姉を失ってこそいたが、そこから立ち直れたのはあくまでスラム街出身だから、というのがある。あまり、参考になりそうもない。
「……そういや、母親の方はどうなんです?」
「わしゃ全滅、と言ったさネ……」
「一般人含めて、か」
「ニュースにもなってるヨ……」
そう言って、ガンギマリ爺が今日の朝刊を渡してくる。そこには、謎の人物によるアウェイクさんの会社、自宅、別荘全てが襲撃を受けた旨が記されていた。
破壊痕を確認する限り、何か鋭利なもので建物ごと断ち斬られており、また各建物ごとに襲撃があった時刻にズレがあるため、少なくとも実行犯は同一人物とされているらしい。
現状、捜査が展開されてこそいるが、目立った情報はないらしい。これだけ派手にやって、逃げおおせているとは、よっぽどデカい組織なのだろうか。
「……どうしたもんかな」
まだ犯人が捕まっていない、ということは自分たちの下にルリがいる限り、襲われる可能性があるということだ。だから、防犯の意識を強くするためにも、ルリには全てを伝えておくべきだと思う。
……だけど、家族も、おそらくメイドも護衛も。皆が死んでしまった、などとそう簡単に言えるもんじゃない。
だから、自分はどうすべきかを考え込み。
「―――爺!大変だ!!」
突然、ガンギマリ爺の家に飛び込んできた男の声によって、その思考は遮られた。
入ってきた男の姿を見れば、いつぞや、ヴィジランテの襲来を知らせた男であることに気づく。それはつまり、警邏担当が何かを見つけたということ。
「ソーヤもいるのか、ちょうどいい」
「敵が来たのか?」
「ああ、それも大分近くまで来ている。時間が惜しい、説明は全員が集まってからするから、人を集めるのを手伝ってくれ」
その言葉に了承の返事を返しながらも、珍しいこともあったものだ、と考える。
基本的に、警邏担当は数が多い。戦闘技術が一定ラインを満たさない連中は、基本ここに回されるからだ。そこでついでに、鍛錬も受けることで最終的に戦闘班に移動となるわけだが。この街はその特性上、常に誰かがやってくるため、警邏担当も常に一定の数があるのだ。
警邏には基本的に、特殊な技術は必要ない。監視の目を増やすだけでいいからだ。だから、有能無能関係なしに、数が多い警邏隊が敵の察知が遅れるとは実に珍しいと言える。
ただ、自分は今回の侵入者に心当たりがないわけではない。むしろタイミング的に、そうとしか考えられず、そしてそいつであれば、警邏隊の発見が遅れたのも納得ではあった。
そんなことを考えながら、戦闘班の面子を集めていく。
その際、ガンギマリ爺の下から持ち出したインカムを渡しておくのも忘れない。
今回は時間に余裕がないため、一度集まって警邏隊からの説明を聞いている余裕がない。だから配置につきながら説明を聞ける手法が必要だった。
―――そうやって、数十分の時間をかけて、迎撃態勢を整える。
自分も、ソールと共に配置について敵を待つ。
ソールを連れてきたことで、ルリの護衛がいなくなってしまっているが、ガンギマリ爺の家はセキュリティ的に、そして何よりもガンギマリ爺という化物がいる。あの爺は具体的な戦闘力こそ分からないが、一度だけ、気迫のみで失神させられたことがある。あの家はスラム街で一番安全な場所と言えた。
『……あ、あー。全員、聞こえるか?』
その言葉に、多数の声が返ってくるのが、インカムより聞こえてくる。
それは数が多く、自分では全員揃っているのかわからないが、この街では声を聞き分ける個性、なんて微妙な個性を持っているやつがいる。そしてそいつはこういった時のため、通信周りを担当しているので、おそらく今もそいつが確認を取っているのだろう、と予想すれば。
『……よし、確認がとれた。全員いるみたいだな。そしたら状況説明に入る』
そう切り出した警邏隊の男から、いくつかの情報が渡されてくる。
一人の男が迷いなく真っ直ぐにこの街へ向かっていること。
日本の着物に袴、羽織を着て、大太刀を担いだ時代錯誤の姿であること。
ある程度離れた場所に、突然現れたこと。
過去の情報を洗っているが、今のところ目ぼしい情報は見つかっていないこと。
それらのことがインカム越しに伝えられるが、明らかに情報が足りていない。
現状で分かるのは、大太刀で近接戦をしてくるだろう、ということだけだ。
ただ、自分に限ってはその男が恐らく、アウェイクさんとその近辺の人間を全滅させた男だろうと気づいている。
だから、少なくともそれだけのことができるだろうことを伝え、続いてその根拠を語ろうとしたところ。
―――男が現れた。
黒い着物に、灰色の袴。白い羽織を着ており、長い髪を後頭部で束ねている。なるほど、確かに時代錯誤の侍というやつに見える姿だ。
そして特徴的なのは、その肩に担がれた男の身の丈程はある、大太刀。取り回しの悪そうなそれが、男の主武装であることは明らかだった。
だが、それがブラフの可能性だってある。やはり、余りにも事前の情報が足りない。
と、なれば取るべき手段はやはり、過去にもやった先制してハメ殺す手法になってくる。
ただ、今回は誰かの見本とする予定もないので、わざわざ分かりやすくやる必要もない。
『……よし、始めるぞ』
インカムから開始の指示が飛ぶ。それと同時、最初に動き出すのは、テレポートの個性を持つ男だ。
テレポートと言っても、緯度や経度、そういった精密な座標が必要になるテレポートであり、また短距離でしかテレポートさせられないという、微妙な個性だ。
それでも、この街であれば機械の補助や、演算系の個性持ちによってその個性を最大限に活かすことができる。
故に、敵の大太刀の間合いの外にして、正面の位置にヴィジランテ戦でも開幕を担当した、発光の個性持ちが転送され。
「―――遅い」
個性が発動するより早く、いつの間にか距離を詰め、振り切られた大太刀によって、その首が落とされた。
その光景に、誰もの思考が止まり、直前の勢いのまま、作戦が進行してしまう。
すなわち、隠密個性持ちによる、死角からの奇襲だが。
「見えてる」
個性によって知覚できないはずなのに、奇襲をかけた隠密班の女―――ディティーの首が、斬り落とされる。
―――マズい……!
そこまでいって、ようやく現状に思考が追い付く。完全に、自分たちでは対処し切れない敵であることを、事ここに至ってようやく理解した。
そしてそれでは遅すぎた。
視界で金色が動く。
突然のことに一瞬理解が遅れ、何が起きたのか理解した時には最後のチャンスすら逃したあとだった。
一瞬の攻防だった。
「―――ッ―――」
一瞬でそれは決着してしまった。
その光景に、思わず激情のまま襲い掛かりそうになるのを、精神力で抑え込む。
彼女は、敵に光炎を斬るために一手、彼女自体を斬るためにもう一手使わせた。その時間を無駄にするわけにはいけない。
だから口から漏れそうになる慟哭を、別の言葉に変え、解き放つ。
「―――全ッ員!!逃げろォ―――!!」
叫ぶと同時、身を翻して走り出す。向かう先はガンギマリ爺の家。あのレベルの敵、間違いなくこのスラム街では対処できない。その場合、ガンギマリ爺は間違いなくこの街を捨てて逃げるだろう。あれは、そういう人間であり、事実そういう契約でこの街にいた。
そうであれば、今ルリは一人になっている、ということだ。敵の目的がルリだと思われる以上、彼女を一人にしておくわけにはいかない。
そして何よりも、これ以上家族を失いたくはなかった。
「……すまない、ソールッ……!」
あの一瞬で、何とか掴み取った一房の彼女の髪を、ジャケットのポケットへと仕舞う。
そして辿り着いたガンギマリ爺の家の扉を、勢いよく開けて中の様子を確認する。
案の定、そこには既にガンギマリ爺の姿はない。
「あ……ソーヤ―――」
「――――――」
ルリには悪いが、無言のまま担ぎ上げて、そのまま再び走り出す。
行く宛てはない。だがどこか遠い場所へ逃げなければならない。
遠く、遠く、やつに見つからない場所へ―――
「……クソッ」
―――失敗した。
失敗した失敗した失敗した!!
忘れていた、油断していた、気が抜けていた!!
そうだ、何時だって現実は理不尽だ。何時だって死は唐突だ。
自意識もないうちに親に捨てられ、義姉とは死に別れ、それを十二分に理解していたはずだった。
だけど、最近の幸せな生活でそれを忘れてしまった。
ソールがいて、ルリがいて、ちょくちょく死柄木と黒霧が遊びに来る。そんな生活に、溺れ切っていた。
そのせいで―――ソールを失ってしまった。
自己嫌悪で死にたくなる。自分は知っていたのだ、世界の理不尽さを。死は隣人であることを。
だからもっと、少なくともルリを預かった段階で警戒しておくべきだったのだ。ルリの希少性を理解していた以上、それはやっておかなければいけないことだった。
そして幸せな日常に溺れて、怠ったのは自分だ。だから現状の責任は、自分にある。
ああ、そうだ、ソールを殺したのは―――
「―――ソーヤ?顔、怖いよ?」
「っ……大丈夫、大丈夫だから」
ルリからかけられた言葉に、何とか、冷静さを取り戻す。
そう、少なくともルリはまだ、生きている。
反省も、自己嫌悪も、生きていれば後でいくらでもできる。
だから今は、ひたすらに逃げることに全力を注ぐしかなかった。
とても!心が!!辛い!!
だけど必要なことなので、避けられないのだ。
故に作者と共に読者も死ぬがいい。