#19.Practical exam, ability to be used.
「いや、流石のお兄さんでも、やっぱり二十五で高校生ってキツいと思うんだよ。そこら辺、どう思う少年?」
「いや、知りませんけど」
世間一般では、おっさんと呼ばれる場合もある年齢だ。いや、無論自分はこっちに来てから、見た目には気を使ってるのでお兄さんで通じるヴィジュアルではあるのだが。
「あくまでお兄さん、まだお兄さんだから。オーケー、少年?」
「だから知りませんけど」
つまらない少年だなぁ、と紅白頭の少年から視線を外す。
隣で佇む少年からは……余裕、そう、余裕というものが一切感じられない。何かで、視野がとてつもなく狭くなっているように思えた。
君、人生楽しい?なんて思ったりもするのだが、所詮他人でしかないため、さほど気にかけはしない。
「……さってと」
正面へと視線を向ける。そこには寂れた遊園地のような光景が、広がっていた。それは、雄英高校推薦入試、その実技試験会場だった。
───結局、自分はヒーローを目指すことになった。
ヒーローになるメリットが大き過ぎることが決め手だった。強力な後ろ盾、ヒーロー故の信頼、ルリの保護。そして何よりもオールマイトという札が強力過ぎた。
オールマイトが味方である限り、ルリの安全はほぼほぼ確保されている。
ただ八木俊典、というオールマイトの秘密を知ってしまったために、一通りオールマイトについて聞いたが、彼は徐々に活動可能時間が減っていっているらしい。だから何時かは、ルリを守る強手札としては機能しなくなる。
だから、その時までに新たな対策を用意するための下地、コネを作るためにも、準備としてヒーローを目指すことは必要だった。
だから、実際に必要なのはヒーローになることだ。雄英高校に通うことは必須ではない。保護という観点から、ルリは雄英高校に入るべきかもしれないが、自分はそのままヒーローを目指してもよかった。
けれど悲しいかな───自分は、致命的に常識が欠如していた。
スラム街で育った弊害だ。常識を投げ捨てた空間で生きていたために、表で生きていくには知識が足りていない。特に、ヒーロー周りはあまりにも縁遠い存在であったために、ろくに知識がなかった。
常識なんかは、知識だけあっても意味がないものである。それに、今までは殺すための技術ばかりで、生かしたまま無力化するための技術もない。
自身にそれらを馴染ませるためにも、高校に通った方がいい、というのが根津校長の判断だった。
それに、雄英高校はあまりにも環境が良過ぎるのだ。オールマイトを初めとするプロヒーローの教師陣。
いくら
あとは、まぁ、長時間ルリと離れるのがキツい、というのがある。
スラム街の連中と別々に逃げたせいで、別れも言う間もなく、永遠に会えなくなってしまった。そのせいでまた、自分と離れている間に、大切なものが失われてしまうんじゃないか。それが、怖かった。
唯一守れたルリという少女に、固執してかけている気があるのは、自覚していた。……これが、所謂トラウマ、というやつだとも。
実際、今だって本当はルリの元から離れることが怖い。だけど、最終的に長時間ルリと過ごすため、と我慢していた。
情けない、というか格好悪いとは思う。それでも、即座に解決できるものでもないのだ、トラウマというやつは。
───だから、こうして自分は雄英高校の推薦入試試験へとやってきていた。
ルリは個性的に、雄英で保護すべきだ、ということで無条件で入学できることになっている。
だが自分は、そういう特殊な理由もなく、また奨学金が必要であるために推薦枠で入学しなければならない。
だから根津校長推薦、とかいう完全に特別枠でここに立っていた。
特殊な事情のある、元ヴィランの更正用の奨学金の枠に無理矢理ねじ込んでくれたのも根津校長であり、完全に頭が上がらない相手となっていた。
「あの、すんません!!」
「んあ?」
そんな風に、今までの経緯を振り返ることで約十歳も違う少年たちに紛れている気恥しさを誤魔化していると、やたら勢いのいい、丸刈りの少年に声をかけられる。
その勢いのある声に見合うような、強い熱量を秘めた瞳が特徴的な少年だった。
「自分、夜嵐イナサと申します!」
「おう、喚導想也だ、よろしく」
「よろしくっす!それで質問なんですけど」
その言葉に、首を傾げる。この少年とは、初対面である。この実技試験より前にやった筆記でも、彼とは関わっていない。
はて、彼問われるようなことがあったか……なんて思っていると、夜嵐が疑問を口にする。
「喚導さん年上ッスよね!何で高校受験してるんスか!?」
「君、デリカシーないとかよく言われない?」
「言われるっスね!」
やっぱりな、と二人で笑い合う。
この少年、明らかにバカだ。それもスラム街系の。
実に気が合いそうで、紅白頭の少年よりもよっぽど気に入った。だからまぁ、細かい事情は抜きにして簡単に自分が雄英を受験する理由を話すことにする。
「まァ……そうだな、目的の為に必要だったから、だな」
「目的っスか」
「おう、守りたいものがある、よくある話だよ」
守りたいものが個人か、大衆か。究極的には自分と、ヒーローを目指す少年らはその程度の違いしかないのだろう。
だから自分の目的は、よくある話でしかないのだろう。
「……熱いッスね!!」
「うむ、よくわからんがお前式に言うならきっと熱いんだろ!」
夜嵐と肩を組んで、空いている手の拳をぶつけ合う。そしてその後、夜嵐は別の受験生へと絡みに行った。
クソ強メンタルしてるなぁ、なんて呆れつつ、夜嵐イナサという少年について、少し考える。
───彼はどうにも、スラム街のバカどもを思い出させる少年だった。ノリと勢いが、スラム街のそれに近い。
だからどうにも、失ってしまったものを思い出してしまって、辛くもあり、嬉しくもある、なんとも言い難い感情を抱かせてくる相手だった。
彼とは、一緒に雄英に通いたいような、通いたくないような、微妙なところだ。
ただ彼、基本的にはうざったがられるタイプだよな、と夜嵐の騒がしさを迷惑そうにする受験生たちを見ていると───
「……あれ」
見覚えのある姿に、思わず声が漏れる。
試験開始までは……まだ、時間もある。だから片手を上げながら知り合いへと近づいていく。
「おいっす、八木さん。どしたのこんなとこで」
「君、大分砕けたよね……」
まぁ確かに恩人ではあるのだが。ここ最近でどテレビ越しではわからない、彼のポンコツっぷりを見ていたら、どうにも敬語を使い気は失せていた。
「まァフレンドリーさは大切だろ?」
「いや、まぁ構いはしないけどさ……」
言質は取ったので、今後一切遠慮しないことを決めつつ、それで、と話を元に戻す。
「何でこんなとこいるんだ?」
「まぁ君は一応、ヴィランの疑いあり、という状況だからね。監視としてだよ」
それに、そういえば確かに、自分はそういう扱いだったのだなと思い出す。
実際、今日までも八木さんは監視として自分と行動を共にすることが多かった。それがあったからこそ、八木さんとは仲良くなれたのだが。
まさか、他にもプロヒーローが近くにいる雄英の入試でまで、監視をつけられるとは思わなかった。
「警戒し過ぎじゃないかねェ……」
「実は、今日は監視につくかどうかは私の自由だったんだけどね。まぁ、少し気になってしまって。どうだい、問題はなさそうかい?」
「……ま、何とかなるさね」
先ほど行われた筆記試験は、事前に猛勉強して何とか解けている。だからそこで落ちることはないだろうし、実技も、それなりに自信がある。
そりゃ、まぁなんてったって。
「俺、
「そうか、オーヴァード……お、オーヴァード!?」
その八木さんのリアクションに、そう言えば言ってなかったか、と思い出す。自分の個性については、ルリの方から根津校長と八木さんの方に伝わっていたようだが、こちらが超越者とまでは伝えていないようだった。
ただ、それについて詳しく話そうと思ったところ、集合の声がかけられてしまう。故に、仕方ないので、八木さんには後で説明することにして、今は集合地点へと向かう。
集合場所は、実技試験のスタート地点だ。既に、試験内容はこちらへと伝えられている。
ルールは至ってシンプル。妨害アリのレースだ。タイムが早ければ早いほど、実技試験のスコアは上がるらしい。
自分としては、ヒーローなのに妨害アリなのか、と疑問に思ったが、想定しているのがヴィランよりも早く目的地につかなければならない、という状況らしい。それならばなるほど、確かに妨害アリというのも納得がいった。
スタート地点には既に、他の受験者たちが揃っている。八人毎で、何回かに分けてレースは実施されるようだが……自分と同じレースには、紅白頭の少年と、夜嵐がいる。
妙な縁もあったものだ、と苦笑していると、夜嵐が手を振ってきたので、自分もそれに返しておく。
スタート地点での並び順は適当なようで、最後に来た自分は端の方になる。
隣には、紅白頭の少年。その立ち姿を確認し、ついでに他の連中の姿も確認して、大体開幕からの流れを察する。
となれば、自分の立ち回りは、と点滅する赤色のランプを見つめる。
そしてランプが―――青色へ、変わる。
「よっ、と」
刹那、跳躍。次の瞬間、地面に広がる氷。
こりゃ、そのまま素直に走り出そうとしたら、足が氷漬けだったなと苦笑いしつつも、自分も一手打つ。
「刀剣召喚〝
召喚場所は、自分の手の内ではなく、他の受験者の目の前。
それにより、足を凍らされた者は氷を砕かれ解放され、氷結を回避した夜嵐や、その氷結を引き起こした紅白頭といった走り出そうとした者たちは、目の前に突然剣が現れたことで怯む。
これで、さらに自分には一手、挟む時間が生まれる。
「―――憑依召喚〝
その時間で発動するのは、超越者としての新たな力。
―――自分の個性は、結局、創造ではなかった。
いや、創造とも言えなくもないのだが。
元々、両親もおらず、個性の診断を受けれる環境でもなかったために、自分の個性を厳密には知らなかった。ただ、自分の持っていないものを手元に召喚できるため、創造して呼び出しているのだと勝手に思っていた。
しかし、人斬りとの戦いの最中、到達者となったことで理解した正しい自分の個性は、結局召喚と言うのが正しかった。
過去、未来、平行世界、そういったものから、自分が望むものを強制的に召喚する。それが正しい自分の個性。
しかもこの個性、召喚しようとしたものに合致するものがなかった場合、それが存在する平行世界を一時的に生み出すとかいう形で、その召喚を成立させているらしい。
だからあまりにも現実からかけ離れたものを召喚しようとした場合、そもそも平行世界を創造するのに体力を消耗してしまうようだった。
そして、超越者となったことで、この個性は更なるものを召喚できるようになっていた。
それは、神話上の英雄や、神様。それらを自らへの憑依か、従僕という形で召喚することができる。
―――故に、その力を存分に振るう。
今、自らに憑依させたのは、ギリシャ神話最速と謳われる英雄。
森で育てられたという逸話から、身に纏う服が毛皮製の、民族感のある意匠のものへ変わる。さらに腰にはナイフと矢筒、右手には弓が召喚される。
如何にも狩人然とした姿―――そして事実、憑依させたことで得た経験は、狩人としての動きを己の肉体へと反映させる。
前へ駆け出すと同時、身を捻りながら弓を構え……射撃。突然現れた剣の怯みから立ち直った受験者たちの足元へ、矢が突き刺さり、再びその動きを阻害する。
これで、自分以外の受験者は遅れてのスタートになり、団子状態になる。間違いなく、潰し合いが起きるだろうし、そんな状況下でギリシャ神話最速に追い付けはしないだろう。
やはりこの個性は汎用性が高く、性能も高い。正直、自分でもふざけているのかと思うような性能をしている。
超越者となったことでこれだけ性能が跳ね上がるのだ、そりゃルリの個性を誰もが求めるよなぁ、なんて考えながらコースをあっという間に踏破し。圧倒的一位で、実技試験を終えた。
トラウマにならないわけないよね、ってことで。
本当は前話で触れておくべきだったと反省しつつ、感想の方で突っ込まれたから今話で補足をば。