ただ、己の為に   作:天澄

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#24.Interval:Determination

「困ったなァ……」

 

 自宅のベランダから夜空を見上げながら、そう呟く。

 後ろからはシャワーの音が聞こえ、女性は風呂が長いよなぁ、と思いつつ、ルリがいない機会に、色々と考え込む。

 

 まず、(ヴィラン)連合が残した爪痕について。

 今回ヴィランに侵入をされたことで、マスコミがこぞってそのことを報道しているのは、まぁ構わない。雄英の評判など関係ないし、自分への取材さえなければ至極どうでもいいのだ。

 A組の生徒に関しても、黒霧に分散して飛ばされた先で、それぞれ敵連合の下っ端と戦い勝利したらしい。ただのチンピラというわけじゃなかったようで、些か時間はかかったようだが。

 

 問題は、オールマイトが負った傷だ。彼は通勤中に人助けをして、結果活動限界を超えた上で無理をし、脳無の自爆を受け止めたらしい。

 結果、その活動時間は更に短くなったという。それでも、オールマイトは今後も無茶をし続けるだろう。オールマイトのその人間性は理解できないが、それでも、この程度では無茶をやめない人間だというのは自分でも分かる。

 だから恐らく、一年以内にはオールマイトはその力を失うだろう。オールマイトの性格から考えると、早ければ、半年もいかないかもしれない。

 

 まぁ、それ自体は構いはしないのだ。オールマイトが力を失おうが、それ自体は他人事でしかない。

 じゃあ何が問題になるか、と言えば。ルリを守るための手札が減ってしまうことだった。

 

 オールマイトはそのネームバリューから、彼がバックにいる、というだけで委縮するヴィランは多い。そこら辺、死柄木なんかは気にした様子もなかったが。

 ただあくまで一般的なヴィラン相手なら、オールマイトがバックにいるだけでルリの安全がある程度約束されるのだ。平和の象徴は伊達ではない、という話。

 

 しかしそのオールマイトが徐々に弱体化、いつかはその力を失うとなれば、それまでにそれを補うための手札を手に入れる必要がある。

 オールマイトに匹敵するほどの手札など、そうそうありはしない。となると必要なのは数。それなりの手札を多く用意するしかない。それを為すためには。

 

「雄英体育祭……ここで多くのヒーローにアピールするしかない」

 

 ヒーローたちに、将来自分たちの事務所に引き入れたいと、それまで保護する価値があると思わせなければならない。

 そのためには、雄英体育祭という多くの人の目に触れる舞台での活躍が必須だった。

 

 だがそれには一つ、問題があった。それは自分が雄英体育祭に参加するにあたって、制限が設けられたのだ。

 まぁ自分は超越者(オーヴァード)で、実戦も経験している。学生を相手にするなら、当然の処置と言えた。むしろ、今までなかったのがおかしいのだ。

 今まで制限がなかったのは、格上との戦いを経験させるため、とのことだから納得できなくもないのだが。

 

 しかし雄英体育祭では生徒同士、頂点を競い合うのが醍醐味であるというのに、誰が勝つか、予想がついてしまうというのは運営的に困るらしい。

 故に、自分には制限が設けられる、とのことだった。

 

 そしてその制限内容だが。一競技につき、召喚は一度まで、だそうだ。

 それはつまり、相手に応じて召喚を切り替えられない、ということ。基本的に汎用型の召喚をする必要がある、ということだった。

 

「―――ッ……」

 

 戦闘系の競技なら、絆憑依でソールを使うのが確定なのだが、なんて思った瞬間。心臓が締め付けられるような感覚に襲われる。

 それに、やはりダメか、と溜息を吐く。

 

 戦闘中なら、問題はない。そこまで思考を割く余裕がないから。スラム街についても、まだ大丈夫。

 だけどソールだけは、家族のことだけは考えるとどうしても酷く苦しくなって、呼吸すら危ういこともあった。

 

 ……おそらくトラウマに起因する、ストレス性の症状。

 

 スラム街の連中は、その多くが自分の見ていないところで死んだ。それに関しては多大な無力感を感じるが、それでも現場を見ていないだけ、精神にかかった負荷は小さい。

 けれど、ソールは。目の前で、何もできずに家族が殺される姿を見てしまったそれだけは、トラウマとして残ってしまっていた。

 

 何度か、深呼吸をして自らを落ち着かせる。それから、懐から煙草とライターを取り出し、火をつけてそれを吸うことで肺の中を煙で満たし。

 

「……煙草って、美味しいの?」

 

「いいや?クッソマズい」

 

 思いっきり煙を吐き出しながら、ルリからの問いにそう答える。

 

 そう、煙草は不味い。欠片も美味いとは思えない。だけどその不味さが、身体に悪いという事実が。ソールが殺された時何もできなかった無力な自分を、今もそれを振り払えない情けない自分を苛めているようで、偶にだが無性に吸いたくなるのだった。

 

「お父さんは美味しそうに吸ってたけどな」

 

「まァ……人それぞれだろ」

 

 煙草を美味く感じるかなんて、所詮人それぞれだ。それに、金持ちなアウェイクさんなら、さぞいい煙草でも吸っていたのだろう。

 自分の煙草はそこらへんで買った安物でしかない。ただ無力で情けない男には、この程度の煙草がお似合いだ、という話だ。

 

「……あー、ダメだな、ネガティブモード入ってるわ」

 

 頭を掻きながらそう呟く。

 

 だがネガティブモードに入った、というよりかは仮面が剥がれて中身が出てきた、という方が適切なのだろう。

 結局、普段のノリは、スラム街での過去に縋る、憐れな男の偽りの仮面でしかないのだ。もう戻らないスラム街での生活が恋しいから、正気に戻れば情けなさで死にたくなるから。

 だから自分自身を騙すため、表面部分だけ取り繕ってるに過ぎない。

 

 しかしその仮面も、スラム街に付き合いがあった死柄木たちと、そしてソールの力を使ったことであっさりと剥がれてしまった。

 仮面が剥がれてしまえば、ただただ自分が嫌いで、死にたがりのクソ野郎しか残らない。

 

 だけど、そんな自分でも残されたルリは守らなければいけない。そうやって、普段ならすぐに取り繕えるのだが。

 

「……大丈夫?」

 

「ちょっと、今日は疲れちったなァ……」

 

 痛む胸を抑えながら、でも明日には元通りだ、とルリには言うが、それを聞いてもルリは、変わらず心配そうにこちらを見てくる。

 その姿に、根気負けして、少しだけ、ルリと言葉を交わすことにする。

 

「ルリはさ、実際のところどうなのよ」

 

「……何が?」

 

「……家族を失って、辛いだろ?だけどどうして、普通に振る舞えるんだ?」

 

 それは、ずっと不思議に思っていたことだった。

 ルリが泣いている姿は、スラム街が失われてすぐのうちしか見ていない。それ以降は、まるで立ち直ったかのように、笑顔で生活する姿を見てきた。

 そして今では、まるで普通の学生かのように、友達と笑い合って過ごしている。

 

 ルリが薄情者でないことは分かっている。だけど、だとしたらどうして彼女は普通に振る舞えるのか、それが分からなかった。

 

「私の個性、あるでしょ?」

 

「ん、覚醒誘因(ブーステッド)だろ」

 

「それがあることが分かってからはね、私はずっと家で家族と過ごしてたの」

 

 それは、アウェイクさんから聞いていた話だった。

 

 ルリのその特別な個性は、何時誰から狙われるか分からないものだった。だから、アウェイクさんはルリを守るため、常に家の中で過ごさせ、勉強もしっかりと身元を割り出した、信頼できる人物だけで教えていたらしい。

 正真正銘の箱入り娘、それがルリだ。多分、メイドや家庭教師を除けば、個性発覚以降、初めて会った外部の人間は自分たちになるのではないだろうか。

 

「その時にね、お父さんがよく言ってたんだ。『個性については必ず何とかする。だから全部解決したら、ルリは外で沢山友達を作って幸せになりなさい』って」

 

「………………」

 

「だからね。個性のことは解決してないけど、お父さんもお母さんもいなくなっちゃったのは悲しいけど。外に出れたから、今は沢山友達を作って、目一杯幸せになろうと思うんだ。きっと、その方が皆喜んでくれると思うから」

 

 ああ、なんて―――なんて彼女は強いのだろう。

 

 それが、ルリの言葉を聞いて自分が抱いた感情だった。

 皆を失ったことは悲しいけれど、それでもいなくなってしまった人々の想いを引き継いで、真っ直ぐ歩こうとしている。

 純粋で、真っ直ぐな、強く美しい少女。

 

「……きっと、その方がソールも喜んでくれると思うんだ」

 

「……そう、だな。あいつも、きっと喜んでくれるよ」

 

 ―――それに比べて、なんと自分の惨めなことか。

 

 何時までも過去に縋り、ルリを守るのだって、結局はまた失うのが怖いから。全て、自分の為でしかない。

 

 絆憑依だってそうだ。あれは本当は、自分が過去に執着しているから生まれた力だ。

 嫌だ、失いたくない、あの時をもう一度―――そんな感情が個性と混じり合った結果、生まれたのが絆憑依なのだ。

 だから本当は、召喚対象は絆を強く結んだ相手じゃなくて、自分が強く執着している相手なのかもしれない。

 

 ああ、本当に情けなくて―――死にたくなる。

 

「……大丈夫だよ。失ったものはもう戻らないかもしれないけど、私はまだここにいるし、きっと新しい素敵な出会いも待ってるから。だから大丈夫」

 

 ……だけど、ダメだ。彼女だけは、ルリだけは守らなくちゃいけない。

 ここまで純粋で美しい彼女を、自分は失いたくない。

 そして何より、ソールが好いていた彼女を、死なせたくない。

 どれだけ自分のことが嫌いで、死にたくても、生きてルリだけは守らなくてはいけない。

 

「―――ありがとう。もう大丈夫だ。……俺もきっと、色んな出会いを経て、幸せになるよ」

 

 だから彼女の前でも仮面を被ろう。過去を乗り越え、また歩みだせるようになったかのような仮面を。

 そして自分の全てをつぎ込み、彼女を守ろう。どうせなら、自分の命と引き換えにするぐらいのつもりで、彼女の個性の問題を全て解決するのもありかもしれない。

 なに、問題が全て解決してしまえば、彼女を守る必要が、自分が生きる必要がなくなるのだから、何も問題ない。むしろ大嫌いな自分を殺せて万々歳だ。

 

 そんなことを思いながら、ルリと二人、夜空を見上げる。

 スラム街とは違って、街中であるためにろくに星の見えない、寂しい夜空だった。

 

 

 

 

そして、雄英体育祭の開催日が訪れる。

 

 




へへへ……いい感じに歪んできただろ……?
作者の心が悲鳴を上げてるぜ……。
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