選手用の通路を通り、ステージへと向かう。
無論、それに緊張するところはある。緑谷出久にとって、他者から向けられる視線とは、侮蔑の視線だ。それは過去の経験から、深く根付いている感覚だ。
最近で言えば、認めてくれる友人も増えて、多少改善こそしたが。それでもやはり恐怖は抜けない。
───だけど、君が来たと知らしめろと言われた。
自分の背中を押してくれる人がいる。それだけで恐怖を飲み込んで、前へ踏み出すことができる。それが緑谷出久という人間だった。
故に未だ恐怖と緊張を抱えたままではあるが、ステージの上へと歩み出る。
途端、周囲から向けられる多くの視線に、怯みこそすれど気合を入れ直すことで平静を保つ。
そうやって正面に目線を向ければ、同じくこちらを見つめてくる対戦相手が見える。
心操人使。出久にとって、未知の相手となる。
いいや、出久だけではない。彼のチームメイト以外、この会場の誰もが目の前の少年の個性を知らないはずだ。
何故なら、
出場した競技でさえも、補助に徹してその実力を見せなかった。
唯一分かっているのは、支援ができる個性だ、ということだろうか。理屈は分からないが、彼が何かしてから、彼のチームメイトの動きがよくなったことが何度かあった。
だけど個性は、工夫次第で多くの使い道を生み出すことができるものだ。支援をしていたからと直接戦闘ができないと判断するのは早計である、と出久は長年の研究でよく知っていた。
そのため、相手をよく観察し、しっかりと警戒する。
出久には経験が少ない。学生である以上仕方がないことではあるのだが、未知の敵と戦う時、予想外のことに対応する時、経験から即応することができない。
けれど代わりに、出久には長年の研究がある。研究のデータから、相手の行動とそれに対する対応を予測することは出来る。
故に、思考を巡らせる。出久の強みはそのオールマイトから引き継いだ個性ではない。長年集めたデータと、それを活かせる柔軟な思考だと自覚していた。
そしてそれに、出久は集中し過ぎていた。
『さぁさぁお待たせしたなぁ!最終種目、第一試合!緑谷出久VS心操人使!!試合、スタァァーーートォ!!』
「なぁ、アンタ、緑谷出久だっけか?折角の大舞台だ、いい試合にしようぜ?」
「あ、うん。こっちこそよろしく───」
あまりにも自然に、紳士的に告げられた言葉に。
刹那、薄れる意識。自己の認識は揺らいでいない。しかし、動こうという意識が肉体に反映されない。
それを理解した時、出久は現状もまた理解し、己の迂闊さを呪った。
催眠、洗脳、そういった類いの対象を操る個性。ただ身体を動かせないならともかく、動こうという意志に肉体が反応しないのであれば、可能性としては拘束系の個性より高いだろう。
そして恐らくトリガーは先程の会話。思考と動きへの警戒へ意識を割き過ぎた出久のミスだった。
「悪いな、少し汚いやり口かもしれないが、こっちも本気なんだ。〝そのまま場外へ歩いて行け〟」
心操は謝る必要は無いと出久は思う。誰もが本気で、打てる手を打つのは全力の証でしかない。
だからこれは、騙し討ちのようなことをした心操が悪いのではなく。まんまと策にかかった自らが悪い話。
そんなことを思いつつも、出久の思考は同時に、体が勝手に場外へと向かうこの状況を打破する術を求めて回転を続ける。
───将来の為のヒーロー分析ノートNo.9、32ページ。
催眠及び洗脳系個性は直接的な戦闘能力こそ低いが、その厄介さは飛び抜けている。一度くらえば、それだけで相手の言いなりになってしまうからだ。
唯一の弱点とも言えるポイントは、この系統の個性は外部からの衝撃に弱い場合が多いこと。無論、全ての催眠及び洗脳系個性がそうというわけではないが、その確率が高いのは事実である。
故に、そういった相手と相対する場合は必ず仲間を潜伏させておくなど、外部から衝撃を与える術を用意しておくことが重要だろう。
じゃあ今はもう手遅れじゃないか。
口が動かないので、内心で出久は思わず毒づいた。
一対一の試合である以上、誰かが出久に衝撃を与えてくれることは期待できない。
そうなれば、自分で自分に衝撃を与えるしか出久には手が残されていないのだが、もちろんそんな仕込みはしていない。この場で新たな手を思いつくしかない状況だった。
出久の手札は、オールマイトから受け継いだワン・フォー・オールしか存在しない。突き詰めれば、これをどこまで上手く使えるかが出久の強さに繋がってくる。
そのため、日頃からワン・フォー・オールでできることは研究しているし、発動さえできればこの状況をどうにかできる術も、思い浮かんでいる。
だが、そもそもその発動ができない。一般的に、個性も身体機能の一つとして認知されている。それは、心操のような身体に影響を及ぼす個性が、対象の個性にまで効くからだった。
つまり、今出久は個性の発動権限すら、心操に奪われている状況になる。
さてどうする、と出久は考える。考えて、考えて、考えて。個性を発動できなければどうしようもないという結論しか出ない。
一瞬でいい、個性を、ワン・フォー・オールを発動さえできれば―――そう、願い。
―――ぞわりと、鳥肌が立った。
出久が向かう先。選手の入場用通路に誰かがいる。
いいや、分かる。それが見えているのは自分だけだ。そしてそれらが、一体何者なのかもまた、分かる。
同じ力を持つ者同士のシンパシーか、あるいは自分の内にいる存在だからか。理由は何であれ、今、出久には歴代のワン・フォー・オール継承者達の姿が見えていた。その中にはもちろん、あの特徴的なV字の髪型も見える。
そんな彼らが、
瞬間、
洗脳の個性は解除できていない。だけど、それを打ち破るだけのエネルギーが、ワン・フォー・オールとして発せられる。
そしてそれを自覚した出久は、そのエネルギーを即座に制御、圧縮し、左手の小指の先端部であえて
圧縮したが故に、規模が小さい、しかしそれでも威力の高い爆発が小指の先で起きる。これでもう、左手の小指の第一関節より先端は壊れて使えない。その代わりに、洗脳が解けた。
もう既に、自由に身体が動かせ、思考も明瞭になっている。
ようやく、こちらも戦うことができる、と出久は振り返りながら心操へと視線を向ける。
心操は出久が洗脳の個性を解除したことに驚いてはいたようだが、すぐに構え直している。それは格闘戦を意識したもので、一度使ったからには洗脳は通じないと判断したからだろう。
ただ、そう油断させて戦闘中に唐突に会話を挟んでくる可能性もある。だから常に、頭の片隅では相手の個性についてを意識するようにしておく。
一歩、前へ。
ワン・フォー・オールは使わない。あれは出力が高過ぎて、人に使うには些か物騒だ。だから、出久は鍛えた技術のみで前へと出る。
クラスメイトで年上の、喚導想也が一歩で数メートルの距離を詰めるのを、出久は訓練で何度か目にしている。普段のノリが軽いため、出久からすると少しばかり苦手な相手ではあったが、未だワン・フォー・オールを制御し切れていない出久にとってそれは必要な技術であるように思えたから、過去に少し話したことがある。
当時は残念ながら面倒だと一蹴されて教えてもらえなかったが、教えることのできる雄英の教師を紹介してもらったために、こうしてその技術を、出久は自らのものとして修めていた。
純粋な脚力と技術で、心操との間合いを詰める。そしてその勢いのまま、右のストレート。
「かはっ……!」
勢いを利用され、投げられたのだと理解する頃には、背中に強い痛みと、肺の中の空気が吐き出されていた。
「俺は直接攻撃系の個性じゃないんだ。格闘戦は鍛えてるに決まってるだろ」
また、油断したと出久は内心で自身へと怒りを向ける。相手の個性に警戒するあまり、相手が格闘もできることを考慮していなかった。
何が柔軟な思考だ、と反省しながらも、しかし、やはり出久は同時にここからどう動くかも絶えず考え続ける。
ワン・フォー・オールは使わない、というのはなしに変える。この体育祭、最終種目まで残っているような人は、皆持てる力の全てを使って戦っているのだ。出し惜しみをしている場合ではない。
だから、瞬間的にワン・フォー・オールを腕へと発動する。出力は約8%。
地面を叩くようにして、倒れた自らの身体を跳ね上げる。そしてそこから身を捻り、心操の頭へ右足での蹴りを一撃。
出久が倒れたことで油断していたのか、その一撃は心操へ綺麗に入り、出久はその衝撃を利用して一度間合いを取る。
既にワン・フォー・オールは解いている。出久はもう、出力10%までなら数分の間、発動しその身に纏わせ続けることができる。それは、出久自身が無個性だと発覚してなお、ヒーローを諦めきれず、ワン・フォー・オールを得るまでずっと基礎鍛錬を続けたいたのが偶然にも実を結んだものだ。
しかし、だからと言って常にワン・フォー・オールを発動させ続けていたら、体力も肉体も耐えきれない。故に、出久は必要な時のみワン・フォー・オールを使う、瞬間的なオンオフ制御を身につけていた。
それに加え、出久はどんな相手なら、どれだけの出力まで耐えられるかをオールマイトから聞き出している。そのため、こういった場でも相手を殺してしまう心配は、事故以外ではない。
オールマイトの話と、
そして心操が格闘術に覚えがあるなら、直接攻撃よりも間接的な方法で、場外へ吹き飛ばすのを優先した方がいいだろう。
そこまで考えた出久は、再び前へと踏み出す。ただし、今度は姿勢を低くし、下方へと心操の視線を誘導。そこから両足に瞬間的にワン・フォー・オールを発動し、身体を起こしながら強引なステップ。急激な移動により、心操の視線を振り切る。
移動した先は、拳の間合いには一歩足りない程度。あるいは、扱う武器が剣だったならば、ちょうどこの程度の間合いだったのかもしれない。
そんなことを思いながら、出久は右腕へワン・フォー・オールを二重に発動する。
―――オールマイトは、全盛期はともかく、現在はワン・フォー・オールの力でトゥルーフォームからマッスルフォームへと変化している。
それはつまり、自らの肉体を強化しているということであり、マッスルフォームでは攻撃力だけではなく、防御力も上がっているという点を含めて、ワン・フォー・オールの強化なのだ。
そう、ワン・フォー・オールには本来、
あくまで出久がその力を使いこなせていないため、一定出力以上で肉体が壊れてしまっているのが現状だ。
だから、まずは右手の内部に出力10%のワン・フォー・オールを発動し、保護をかける。続いて、その上から肌の表面に纏うようにして、出力20%でワン・フォー・オールを発動。反動で吹き飛ばないよう、両足にも10%でワン・フォー・オールを発動し、右腕を振りかぶる。
「O・F・A瞬間出力20%―――TEXAS、SMASH!!」
狙う先は心操ではなく、心操と出久の間の地面。斜め上方向から、右拳を叩きつけることで、衝撃と破壊によって生まれる瓦礫を心操の方へと飛ばす。
「ぐぁ―――」
ワン・フォー・オールの出力20%とはつまり、オールマイトの一撃の20%の威力ということである。防御に特化した個性があるならともかく、それだけの威力に生身で耐えられる学生はそうはいない。
故に当然の結末として、心操がその威力に耐えられず、場外へと吹き飛ばされるのを、出久は軽く痺れる右腕を擦りつつ見ていた。
「心操くん、場外!!」
『二回戦進出は緑谷出久だァーーー!!』
審判と実況が告げる己の勝利を、どこか呆けながら出久は聞く。自分に油断があった、相手は実力者だった。その上で今、自分が勝ったのだという現実に、出久自身の思考が追い付いていない状態だった。
けれど、と出久は自らの頬を叩き、気合を入れ直す。審判が告げた以上、出久が勝利したのは確実であり、かと言ってそれに浮かれるわけにもいかない。まだまだ、試合は続くのだ。
油断も、慢心もするわけにはいかない。次は今回よりも更にキツい試合になるだろうから。今のうちに、今までのデータから対策を練る必要がある。
―――そう、次の相手はシード枠。あの喚導想也との戦いなのだから。
そんなわけで、これからしばらくは他者視点で。
他のキャラから見た主人公の評価を確認しつつ、現在の主人公の様子からどういう心情で、何をやるかを予測して遊ぼうね。
ちなみに、今話から分かるように緑谷に大分強化入ってます。
いや、だって無個性でなおヒーローになることを諦められなかったなら、せめてひたすら身体くらい鍛えるだろ?ってお話で。
だからワン・フォー・オール継承段階で、既にキャパがそれなりに高かったりしてる。
なお、この設定、今話と次話ぐらいでしか関係がない模様。