緑谷出久にとって、次の対戦相手である喚導想也はよく分からない人間である。
出久から見た喚導は、日頃からノリの軽い、些か出久にはついていくのが難しいテンションの人間だ。けれどその実力はクラスの中で飛び抜けており、実際戦闘訓練においては、格上の仮想
しかし、それでは喚導の本質を全く捉えていないことを、出久は自覚していた。
出久たちよりも歳上で、現役ヒーローでもおかしくない実力。過去に何かがあり、その結果として雄英にいるのは出久でなくても予想できることだ。
それに加え、時々見せる、痛みを堪えるかのような仕草に、クラスメイトのアウェイクを見る時の、どこか眩しいものを見るかのような顔。何かを抱えていると自白しているようなものだった。
出久は基本的に、困っている人間を放っておけない人間だ。だから、何かを抱えているであろう喚導のことも、力になりたいと話しかけたこともある。
だけど、喚導は決してそれを話すことはなく、また話術も向こうの方が上であるために、煙に巻かれてしまって結局何もできなかった。
だから、出久が知っているのは喚導の表面部分だけだった。彼が何を思い、何を抱えて雄英にいるのか。そういったものを出久は全くと言っていいほど知らない。
多分、ヒーローになりたいからではないのだろう、という程度だ。ヒーローになる必要があるから、仕方なくなるだけというのが出久の予想だ。
それはあくまで現状知っている情報からの予想でしかない。それでも、もしそれが当たっていたら、出久は喚導には負けたくないと思う。
何か事情があって、ヒーローになるのは必要なことなのかもしれない。だけど、他の皆はヒーローに憧れて、ヒーローになりたくて雄英に、この場に立っているのだ。
喚導の目的を否定する気はないが、出久は喚導に負けてしまえば、自分たちがヒーローを目指す理由が喚導のものより劣っているように思えて、無性に負けたくないと感じていた。
まぁとは言っても。それはあくまで出久の勝手な感情だ。負けたくないという部分以外、全て胸の内にしまっておくことにする。
譲りたくない思いがあるのなら、ただ勝てばいい。
そう気合を入れ直し、出久は選手用通路からステージへと入場する。
入場すると同時に出久に向けられる多くの視線は、まだ二回目では慣れはしない。それでも、一回戦目に比べればいくらかマシにはなっている。だから適度にそれらの視線を無視し、ただ、目の前の相手に集中する。
フィールド上で、数メートルの距離を保って相対するのは、対戦相手の喚導想也だ。こちらよりも十センチ以上高い身長。ジャージの上着を腰に巻き、半袖の体操服となった上半身からは、圧縮された上でなお主張する筋肉が見える。教員から許可を取ったのか、午前はつけていなかったゴーグルをつけており、その表情を窺い知ることはできない。
しかし、その身に纏う雰囲気がいつもと違うように出久は感じた。いつもは、ふわふわしているというか、ノリが軽くて掴みどころがない、というのが出久が感じている喚導の雰囲気だ。
それに対し今は、何と言うべきか。
それ自体は決して、何ら危険なものではないはずだ。時々見える不安定さが全くないのだから、むしろ安心すべきはずなのだ。
けれど、と出久は改めて喚導の顔を見る。
ゴーグルに隠れて見えない表情。唯一見える口元は、余裕の笑みを浮かべているが、出久からはそれらが全て内心を隠すためのものに見えて仕方がなかった。
「……おいおい、男にそんな熱烈に見つめられても、オニーサン、リアクションに困るんだけど?」
そのいつも通りであるはずの軽口すらも、どこか薄ら寒く感じるのは、一体何故なのか。
出久はさほど己の勘を信じるようなタイプではないけれども、今回のこれは無視してはいけないような気が無性にしていた。
故に、その言葉は自然と口から零れ出ていた。
「……喚導さん」
「あー、別に敬称とか要らないって言ってるのに緑谷は相変わらずだなァ……。で?試合前に何?」
「僕が試合に勝ったら、一つでいいので、質問に正直に答えてもらえませんか?」
「ん、別にいいぞ」
「……え」
今までが頑なにはぐらかされていただけに、正直この条件ですら説得に時間がかかると出久は思っていたのだが。思いのほかあっさりと出た許可に、思わず出久の口から間抜けな声が漏れる。
しかしそんな出久を気にした様子もなく、喚導は一人、勝手に話を進めていく。
「あー、でもそれじゃあつまんないか……。おっし、そしたら出久が勝ったら実現可能な範囲で、何か一つ言うこと聞いてやるよ」
「えっ、い、いいの!?」
思わず、出久が素でそう問いかけるが、喚導は笑みを浮かべたままそれに頷いて返す。しかしこれは僥倖だ。もし、本当に一つ言うことを聞かせられるとするのならば、例えば―――
「―――例えば、緑谷出久に、喚導想也を救わせろ、とかな?」
―――その、思考を読まれ、笑みと共に放たれた言葉に、出久は思い違いをしていたことに気づかされる。
「無論、勝てるもんならなァ?」
喚導は、
絶対に出久に負けることはないと判断したからこそ、こんな条件を出せたのだろう。
あるいは。本気で己のことを救いたいのなら、それだけの力を示せ、ということを喚導は言っているのかもしれない。
いずれにしても、出久の想いを通すためには、真正面から喚導に勝つ必要があることだけは分かった。
正直なところ、出久は喚導に勝つことがほとんど不可能であることを自覚していた。喚導の個性が、あまりに強個性過ぎるからだ。相手に応じて召喚対象を変えれば、それだけで有利を取れる。また、本人の経験か、あるいは召喚対象の経験も憑依できるのかは定かではないが、喚導は召喚対象の力を有効的に扱っている。
一応、教師陣の方から制限も入っているが、その制限だって乱戦ならともかく、一対一の最終種目では意味を為さない制限だ。
だから、喚導に勝つのはほとんど無理だと出久は考えている。
「……言ったからね?」
だけど。その程度で諦めるほど、
「意地でも勝って、君が抱えるものを全部救ってみせる……!!」
どれだけ確率が低かろうと。たった一パーセントに賭けて、想いを貫こうとする。それが、緑谷出久だ。
「だから、君に勝つ!!」
それが、緑谷出久が憧れたヒーローだ。
「ハッ、上等。やれるもんならやってみな、ヒーローの卵さんよォ!!」
『―――喚導想也VS緑谷出久!!START!!』
「O・F・A、フルカウル10%!!」
「憑依召喚〝
開始の合図直後、出久はすぐにワン・フォー・オールを発動し、接近し速攻をかけることで召喚が為される前に仕掛けようとする。しかし流石にというか、その程度の攻略法で何とかなるわけもなく、バックステップで距離を保たれたまま喚導の召喚が成立してしまう。
見かけ上は何も変わらず。しかし、憑依召喚、という言葉が聞こえた以上、ブラフの可能性を考慮しつつも、召喚は為されていると見て行動すべきだろう。生憎、喚導が言ったマグニ、という存在に思い当たるものがないのが難点だ、と出久は内心での警戒度を上げる。
だが、下手に先手を許し、喚導相手にペースを握られるのもマズいというのも、出久は理解していた。故に、取る行動は、
「前に、出るッ!」
警戒しつつ、先手を取る。ワン・フォー・オールと、歩法の合わせ技。一歩で、高速で喚導との間合いを詰める。そこから更にワン・フォー・オールの出力を利用してのステップ。
ここまでは心操相手にも使った流れ。だが、一度見せた戦い方に、喚導が対応を用意していないとは思えない。故に、もうワンステップを挟み、喚導の側面から、背面へと移動する。
そして出久は喚導相手に加減をする余裕などないと認識しているため、遠慮なくワン・フォー・オールを10%の出力で叩き込もうとする。
しかしそれですら、出久は喚導には対応される可能性が高いと判断しており、事実、それは間違った考えではなかった。
「―――おォら、よっとォ!」
「んなっ!?」
ただ、喚導の対応はあまりにも予想外に過ぎた。
体捌きで素早く後ろへ反転し、
だが、結果として起きたのは、
ワン・フォー・オールが、オールマイトの10%が打ち負けたのだ。
その事実が出久に大きな衝撃となって襲い掛かるが―――けれど、驚いている暇はないと意識を切り替える。何故なら、既に打ち負け、軽く吹き飛んだ出久に喚導が距離を詰めてきていたからだ。
ワン・フォー・オールのパワーを利用し、後ろへと吹き飛ぶ身体を無理矢理止める。そして喚導から打ち込まれる拳を、側面から叩くことで逸らし、回避する。
いくら打ち負けたとはいえ、感触的にそれほどパワーに差があったわけではない。ワン・フォー・オールのパワーで側面から叩けば簡単に逸らせる、という出久の読みは間違っていなかった。
けれど、と出久は歯噛みする。
完全に喚導にペースを握られたため、現状後手に回り防御することしかできない。
左肩を狙った一撃を、左手の裏拳で弾く。腹部を狙ってきた拳を、右の掌で受け流した。拳の連撃に隠すように挟まれた、出久の脛を狙ったローキックをステップで回避する。
一撃一撃が当たればこちらの動きが鈍るような場所を狙ってきている。一撃でも当たればマズい、と冷や汗が流れるのを出久は自覚する。
しかも、出久の防御のテンポよりも、喚導の攻撃のテンポの方が早い。徐々にズレはじめ、逸らし切れずに掠り始めている。出力は向こうの方が下だが、一撃から一撃への繋ぎが上手いため、攻撃のペースに無駄がなく、速いのだ。
出来るだけ早く、この状況を改善する必要が出久にはあった。取れる手段は、さほど多くない。攻撃が連続でくるために、出久が動ける範囲が少ないのだ。
だから小さな動きで、簡単にできる動き。つまり、
「ぁあああ!!」
瞬間的にワン・フォー・オールの出力を20%まで引き上げ、それを全て肉体の防御へと回す。高出力に体が軋むが、一瞬であればそれに20%まで耐えられるのは確認済み。
喚導の右拳を腹部に受ける代わりに、出久も、喚導の顔面に向かって右拳を振り抜こうとし。
右腕を、空いている左手で掴まれた。
だけど、それは出久の想定範囲内だ。
動きが制限され、取れる手段が少なくなるということは、動きが読まれやすくなるということである。だから間違いなく喚導はこちらの行動を予測し、対応してくると最初から出久は判断していた。
同時に、その上でこの状況を打破するのであれば、喚導の予想外の一手を撃つか。あるいは、対応された上でそれを超える必要があると考えてもいた。
そして出久が選んだのは、後者。例え対応されたとしても、その上でこちらはそれを超えていく―――!
「これ、ならッ!」
掴まれた右腕を支点に、地面を蹴って空中で逆さまになる。そのまま、宙で身を捻り、
「―――New Hampshire SMASH!!」
出久は過去のオールマイトの戦闘を、動画で残されている範囲でだが全て見て、記憶している。そしてその時に使われた技も、その原理も。
その中でも、つい最近扱えるようになった技。一瞬のみとはいえ、20%を扱えるようになったことでようやく使えるようになったその技。
すなわち、風圧を飛ばす一撃。
これにより、出久は風圧を利用して、空中において高速で移動することができる。そして喚導が出久の右腕を掴んでいる今。
「このまま場外に引きずり出す……!」
二人ともフィールドから出た場合、敗北になるのは先に地面についた方だ。故に、着地の瞬間が勝負になる。
出久はその瞬間に向けて神経を研ぎ澄まし。
「―――なるほど、こうか」
流れる景色が、反転した。
急激に今までの方向とは真逆に流れていく景色に、出久は状況が理解できない。
いいや、状況自体は理解できている。簡単な話だ、今までとは進んでいる方向が逆になった。だが問題は、何故逆になった―――!?
「ちょっと、コツがいる……けど、これ、使いこなせれば便利だな」
聞こえてきた言葉に、思わず喚導を見れば、そこには驚愕の光景が広がっていた。
それは先ほど、出久が放った一撃と同じだった。いや、それ以上だ。確かに、多少移動した後で勢いが落ちた分、逆方向へ進路を変えること自体は難しくない。しかし出久は吹き飛ぶように移動するだけならできても、喚導が行った姿勢制御のような細かい動きはできはしなかった。
しかも喚導の発言から鑑みるに、この一瞬でその感覚を掴んだというのか。
「普段の肉体制御の応用だな。―――んじゃ、俺の勝ちってことで」
再度、風圧で移動を試みようとするが、心操戦でも20%の出力を出したために、出久の肉体が悲鳴を上げて即座に出すことができない。
そのため、抵抗もできず、喚導に投げられるまま、背中に衝撃が叩き込まれる。見れば、すぐそばにあるフィールドではない地面と、風圧でフィールド上へと戻る喚導の姿があった。
―――つまり、出久の敗北であった。
つーわけで、出久くん、敗北。
制限の内容的に、最終種目で制限はあってないようなもんだよね。
ちなみに主人公が憑依召喚したのは北欧神話に出てくるトールの息子、マグニ。
逸話があんまりない分、力持ちというイメージがより強固になってて、10%前後のワン・フォー・オールとだったら打ち合えるレベルになってる状態。