さて、と轟焦凍は思案する。
シード枠から、二回の試合を経て無事に勝ち上がった焦凍だったが、次の試合はこれまでのように簡単にはいかないだろう、と考え込んでいた。
あの超パワーを持つ緑谷出久を、真正面から打ち破った喚導想也という男。午前の競技ではチームも組んだが、複数人で何かにあたることに慣れていたような節もあった。素性といい、色々謎が多い男だとは、焦凍も思う。
ただ、焦凍からすればさほど、その素性については重要ではない。今回の体育祭においての焦凍の目的は、エンデヴァーを否定することだ。
そのためには、次の試合であたる喚導は大きな壁となる。喚導は午前チームメンバーであった焦凍にも、その個性について概要しか教えてくれていない。クラスメイトとしての焦凍にも、また然り。
だから焦凍が知っている喚導の個性とは、対象を現物として召喚するか、あるいは自らに憑依させて召喚することができる、程度である。制限や、弱点については、流石に焦凍は知らない。
そうなると、焦凍に予想できるのはこちらに対してメタになるものを召喚してくること、だったのだが。
「……緑谷戦、もっと戦いやすい力はあったはずだ」
喚導の一つ前の試合。緑谷と戦った試合において、喚導は何故か、純粋なパワー型の個性を使用していた。あの試合では緑谷の超パワーと打ち合える、という点に意識が行きがちだが、次に戦う焦凍としては、何故緑谷と同じ土俵で戦うことを選んだのか、が気になるところだった。
緑谷に勝つのが目的であれば、もっといい力があったはずだ。例えば、自身が受けた攻撃を反射する力など。
けれど、実際喚導が使ったのは、純粋なパワーの底上げ。何か個性自体の制限に引っかかったのか、何らかの意図があるのか。それが分からない限り、焦凍は喚導がこちらをメタった能力できた場合と、それ以外の場合を想定しなければならない。
むしろ、こうやって今後試合で戦う相手を悩ませること自体が目的なのだろうか。
そこまで考えて、焦凍は頭を振って、一度思考をリセットする。
喚導の個性はあまりにも汎用性が高過ぎる。一々どう仕掛けてくるかを想定していては追い付けはしない。幸い、喚導は運営からの制限で最終種目においては一試合につき、一度の召喚のみとなっていることは選手全員に伝えられている。と、なれば個性自体への対策は試合時に発動されてから考えればいい。
今焦凍が考えるべきは、基本の立ち回りをどうするか、だ。大技で攻め立てるのか、長期戦を想定してセーブをかけるのか。
大技で攻めるのは、リスクが高い。身体が寒さに耐えられなくなってしまえば、パフォーマンスが落ちて喚導相手では間違いなく対応できなくなるだろう。
しかし、力を抑えるのも、喚導相手に技術で戦う必要が出てきて、その上長期戦になった場合喚導には経験と体力の差で潰されるだろう。
と、なれば。焦凍は通路からステージへ出つつ、方針を決める。
『ついにやってきたぞシード枠対決!!圧倒的な力で試合を勝ち抜いてきた二人の登場だァ!!』
「うーん、自分も観客だったら見てて楽しいと思うけどさ。実際自分が見世物にされると複雑な気分だよなァ。そこら辺、どうよ少年は?」
「別に、どうでもいいっす」
「お、珍しく返事してくれた。オニーサン的には、見栄えも気にしたりしてるんだけど、少年はどうなのよ」
「だから、どうでもいいっす」
喚導から放たれる下らない質問に、吐き捨てるように焦凍は言葉を返す。焦凍にとって、正直観客からの視線など鬱陶しくてたまらないのだ。なんせ、その視線の中にあのエンデヴァーの視線が混ざっているのだから。
どれだけ多くの視線の中からでも、あの男の視線だけは焦凍には分かる。期待と、渇望と、様々な想いが入り混じった気持ちの悪い視線。間違えようもない。
視界の端に、あの男の姿が映って、焦凍は思わず舌打ちをしてしまう。
「んー、そういうの、余裕がなくてオニーサン的には嫌いなんだよなァ……」
そんな焦凍の様子を見ていた喚導が、そんなことを呟く。確かに、焦凍自身、余裕がないことは自覚していた。だけど、そんなことは喚導に関係ないので、さして気にはしない。
焦凍の様子を気にするのが喚導の勝手であるように、焦凍が態度を改めないのも、また焦凍の勝手である。
「なんつーかなァ……実はオニーサン、初対面の段階で少年のこと割と嫌いだったんだよ」
そんな風に考え、喚導が喋っているのを放置していると、ふと喚導がそんなことを言う。焦凍自身、人に好かれやすいとは思っていないので、それほど驚くことでもない内容だ。流石にちょくちょく話しかけてきた喚導が、という点は意外ではあったが。
「それが最近、やっと理由が分かったんだよな。気づいたらストン、と来る内容でなァ」
試合開始の合図は、未だ聞こえてこない。既に試合としては準決勝。プレゼント・マイクの実況にも力が入り、会場を盛り上げるのに時間がかかっているようだった。
そのため、焦凍としては早く戦いたくとも、大人しく喚導の言葉に耳を傾けることしか今はできない。
「なんつーか、
「……鏡?」
「おう。嘘で塗り固めた俺の内側。自分の一部が憎くて、ある一つのこと以外に目を向けることができない余裕のなさ。そりゃそうだわ、誰だって自分の嫌いなところまざまざと見せつけられちゃ気分がいいわけがねェ」
何だか、随分身勝手な話のように焦凍は思う。それに、己が喚導と鏡写しだというのは、どうにも違和感のある話だった。焦凍が持つ喚導想也のイメージはノリが軽く、悩み事も無さそうな自分と真逆のような人間というものだったからだ。
「だからまァ、先に謝っとくぜ―――」
『それじゃあ喚導想也対轟焦凍!!START!!』
「―――悪いな、盛大な八つ当たりさせてもらうわ」
ぞわりと。その言葉に言い知れぬ悪寒を感じた焦凍は、試合開始とほぼ同時に、思わず最大出力で個性を発動していた。
観客席まで届きそうなほど大きく広がった氷。喚導どころか、フィールドの大半すらをその氷は覆っていた。
「お、おいおい……あれ、喚導想也は生きてんのか……?」
観客席から聞こえてきた呟きに、流石に焦凍もやり過ぎたと反省する。今回の一撃は、本来であれば人に対して放つことなど考えもしない威力だ。元々、喚導相手に加減などできはしないと、最初から全力で戦うために備えていたのが仇となった。
けれど、思わずそんな一撃を放ってしまうほどに、先ほどの喚導の言葉は悪寒を焦凍に感じさせたのだ。そう、
―――そしてその直感は、間違っていなかった。
「ッ!?」
突如として、氷を突き破るように炎の柱が上がる。普通の炎とは違い、どこか輝きを孕んだそれは、父にエンデヴァーを持つ焦凍ですら見たことのないほどの熱量を持っていた。
……いいや、一度だけ、一度だけであるが、あの火柱を焦凍は見たことがある。それは、
後から聞けば、その火柱が上がった点に居たのは、敵とイレイザーヘッドに十三号、そして喚導想也。そして今、喚導想也との試合でこの火柱は上がっている。つまり。
「―――いやァ、弱くて涼しくもなれねェぞ少年」
炎で作られた剣を多数引き連れながら、喚導想也は焦凍が生み出した氷を溶かしつつ現れた。その姿には氷が効いた様子が欠片もなく、また距離のある焦凍でさえ汗が流れるほどに感じる熱量を、喚導は気にした様子もない。
脳裏に過ぎるのは、ヴィランと戦うエンデヴァーの姿。いいや、だが、違う。あれはエンデヴァーが放つ熱量と比較にならないほど―――!
「絆憑依〝
胸を抑えながら呟かれたそれに、どんな意味があるのか、焦凍には理解できない。そしてそれを気にできるほど、焦凍には余裕がなかった。
幼少期、自らに厳しかった父の姿が蘇る。母を傷つけた父の姿が蘇る。
目の前の存在は、エンデヴァーではないはずなのに。むしろエンデヴァーを超える炎だからこそ、忌まわしき記憶の中にだけいる、焦凍の憎悪によって生み出されたエンデヴァーにその姿がダブる。
ああ、お前だ。お前のせいで、母は―――
「―――ああああぁぁぁぁ!!」
「力任せか、つまんねェ」
再び、全力で喚導を凍結させにかかる。ただし、今度はその指向性を全て喚導の方向に収束し、威力を尖らせている。
だけど、それを喚導は炎剣の一振りで溶かし、無効化する。
「ほら、使えよ、
「ッ……左は、使わねぇ!!」
不意打ちを使おうにも、喚導の周囲が熱過ぎて冷気を仕込むことができない。そのため愚直に凍結を放つしかないのだが、基本的に炎剣で斬り払われ、酷い場合は氷が近づいただけで溶かされることもあった。
幸いにも、喚導によって周囲が熱くなっているために、個性のデメリットである身体が冷えるという事態は起きない。けれど同時に、打開策もないのが現状だった。
「……つまんねェな」
何度目かも分からない、焦凍が氷を放ち、それを喚導が炎剣で斬り払うという構図。
繰り返し続けて、焦凍に疲労が溜まり始めた時に、ふと喚導がそう漏らした。
「外面が剥がれたら、俺もこうなっちまうのかねェ。ああ、やだやだ。縋りつくように一つのことに拘って、情けないったらありゃしねェ」
「さっきから、何を勝手に……!」
「自分自身への文句、ってやつさ、少年」
今まで自らが動くことがなかった喚導が、突如として距離を詰めてくる。それに反応して、焦凍は咄嗟に氷を放つが、それはやはりあっさりと溶かされてしまう。
振り上げられる喚導の右腕に握られた炎剣。そこに乗っているのは―――殺意だ。
纏わりつくような、言語化するのが難しいその澱んだ意思を、焦凍は初めて向けられたのにも関わらず、確信を以ってそれを殺意だと判断していた。それは、焦凍が心の奥底でエンデヴァーに対し抱いていた感情だからなのか。
しかしそれについて考える暇なく、炎剣が焦凍へと迫る。
視界に広がる、喚導の放つ輝きを纏ったものとは別の炎。見たくないと思い続けていた、父親と同じ炎。それが、高い出力を以って喚導の炎剣を防いでいた。
そしてそんな攻防の奥から見える、
だけど、ダメだ、それを言わせてはならない。焦凍の頭が、そんな警鐘を放つ。言われたら、致命的な何かが起こる。それを理解していながらも、喚導への恐怖が焦凍の身を縛り付ける。
「―――なぁ、お前。何したのか自覚あるか?」
そして、焦凍は喚導にそれを言わせてしまった。
「今、お前、俺に対して炎を振るったよな?使わないって言った炎を。テメーの母を傷つけた親父の炎を。俺を傷つけるために振るったよなァおい!!」
そう、喚導を振り払ったあの瞬間。確かに焦凍は喚導をダメージを与えようと、その炎を振るっていた。使わないと誓った炎を。母が憎んだ左側を。今さっき、焦凍は衝動のままに振るったのだ。
「気分はどうだよ、父親と同じ力を振るった気分はさァ!!」
「ぅ……ぁ、ぁぁぁぁああああ!!」
責め立てるように放たれた言葉と、自身がやったことに対する衝撃や自己嫌悪で、半ば頭の中が真っ白になりながら焦凍は炎を振るう。もはやそこに、
衝動のままに炎を振るう焦凍。その火力は、理性的にある程度セーブしていた氷結とは比にならず、容易く人を殺せるだけの火力になる。
しかしそれを喚導は容易くあしらいながら、狂気を孕んだ笑みのまま、焦凍から視線を外し、観客席を見やる。そして、エンデヴァーを視界に捉えると、より一層笑みを深めてその口を開く。
「見ろよエンデヴァー、お前の最高傑作とやらの出来を!ハハッ、どこかが最高傑作なんだ!?オールマイトどころか、紛い物の炎にすら負けてるぜ!!」
もはや、それは一人の選手としての行為を逸脱している。ゴーグルのせいで見えないだけで、喚導の瞳がもはや正気を保っていないだろうというのは、ここにいる誰もが察せることだった。
「ハッ、お前がやったことは欠片も価値がねェなァエンデヴァー!!」
エンデヴァーを嘲笑いながら、喚導がその炎剣を、焦凍を囲むように地へと突き刺す。何か来る、と焦凍は理解していたが、ほとんど失われた理性では正しい判断を下すこともできず、それを無視して喚導への攻撃を続行しようとする。
そのため、その脅威を正しく認識できたのは過去その技を見たイレイザーヘッドと、間近で見ていた審判のミッドナイトやセメントスだけであった。
『―――セメントス、止めろ!!』
「ッ、了解!」
セメントスによってコンクリートが隆起し、焦凍を囲んでいた炎剣が崩される。そこから更にコンクリートを操り、喚導を拘束しにかかるが、喚導はそれを炎剣を振るうことであっさりと斬り払う。炎の威力が高過ぎて、プロヒーローのセメントスですら即座には拘束ができそうにもない状態だった。
故に、実況席から俯瞰視点で見れているイレイザーヘッドは更なる指示を飛ばす。イレイザーヘッドは教師として喚導の個性を知っている。そして、今までの経験から焦凍同様に、喚導もまた理性的な判断ができないことも理解していた。
今の喚導は、ある種の暴走状態だ。個性があまりにも活性化し過ぎている。暴走度合いにもよるが、今回の場合はイレイザーヘッドの個性では、抑制し切れない状態だった。だが、それでも有効な対処法は、こういう場合に備えて教員たちは用意してある。
『ミッドナイト、喚導は
「言われなくても!」
「邪魔を、するなァァ!!」
振るわれる炎剣を回避しながら、ミッドナイトの個性が放たれる。
一瞬で薄れる焦凍の意識。先ほどまでの激情が嘘のように薄れる中。ほとんど瞼が落ちてなお、炎の柱を昇らせる喚導が上げた雄叫びは、焦凍には何故か泣いているように聞こえた。
―――そこで、焦凍の意識は途絶えた。
仲間を、家族を失って大丈夫なわけがないのだ。
それでも残ったものを守るため抑え続けて―――そして爆発した。
いやぁ、主人公が実に悪人だったねぇ!
正直書いててまたきつかったんですが。