ただ、己の為に   作:天澄

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#30.Dialogue with Allmight.

 オールマイトは一人、廊下を歩く。

 

 今の姿はトゥルーフォーム、すなわち八木俊典としての姿であるため、生徒からは首を傾げられたが、今はそれはさほど問題ではない。

 そう、例え不審者と疑われても気にしていない。気にしていないったら、気にしていないのだ。

 

 普段であれば、決してこのトゥルーフォームで学校内を歩くことはしない。少しでも、オールマイト=八木俊典と気づかれる可能性を減らすためだ。

 ただ今回に関しては、通勤中のヴィランとの戦闘で活動できる時間の幾らかを使ってしまったこと。その上で外すことのできない用事があったために、こうしてトゥルーフォームでありながら、雄英高校の廊下を歩いていた。

 

 向かう先に近づけば近づくほど、どんどん人影が少なくなっていく。けれどそれに、オールマイトは特別疑問を持つことなく進んでいく。当然だ、元々、好んで近づきたいような場所でもないし、そもそも生徒に関しては無断で近づくのを禁止している区画なのだから。

 そのため、ある程度目的地に近づいてしまえば、生徒の姿は全くと言っていいほどなくなる。そこまで来てようやく、オールマイトは一息吐く。

 基本的に、その見た目からオールマイト=八木俊典と気づくような生徒はまずいないと思っている。しかし、オールマイト自身は自分が嘘を吐くのが苦手というか、うっかりなところがあるのを自覚している。

 下手に誰かと話せば、うっかり口を滑らせてしまう可能性があるため、移動中は結構内心ドキドキだったりしたのだ。実際、過去に口を滑らせてバレたこともあるわけだし。

 

 ―――そう、ちょうど、目の前の彼にバレたのだったか。

 

 扉を開け、ある一室に入りながら、オールマイトはそんなことを思う。

 部屋の内装は実に簡素だ。ベッドと、テーブルに椅子。小さな本棚に、そこに本が数冊だけ。殺風景なその部屋は、反省部屋と呼ばれる、所謂問題児を拘束しておくための部屋だった。

 基本的にヒーローを目指す少年少女らが集まる雄英高校においては、滅多に使われることのない部屋である。それこそ、()()()()()()()()()()()()

 

「……気分はどうだい?」

 

「……ああ、オールマイトか。気分なんざ、いいわけないだろ」

 

 ベッドに腰かけていた喚導は、入室したオールマイトに気づいていなかったのか、声をかけられて初めてオールマイトを認識したかのように返す。その姿に、普段のような明るさは欠片もない。……いいや、あれはあくまで仮面で、その内側では以前から既にこうだったのかもしれない、とオールマイトは情けなさから歯噛みする。

 そんなオールマイトを気にした様子もなく、喚導は指で椅子を示しながら、口を開く。

 

「用があるんでしょ?椅子、座っていいっすよ」

 

「あ、ああ、ありがとう」

 

「別に、俺の部屋じゃないし」

 

 今までとは全くと言っていいほどに違う様子の喚導に、オールマイトとしては戸惑うしかない。いつものノリであれば、オールマイトも話しやすいが、今の喚導はどう接したらいいのかがオールマイトには分からなかった。

 だが、かと言ってこのまま、というわけにもいかない。ここに来たのは確かに、個人的な部分もある。しかし、メインはあくまで仕事として、だ。雄英体育祭での出来事を、喚導に問う必要があった。

 

「……そうだね、そしたら幾つか聞きたいことがあるけど、いいかな?」

 

「事情聴取っつーやつっすか。どうぞどうぞ、存分に語るっすよ」

 

 察しが良過ぎるのも、それはそれで困るものだ、とオールマイトは溜息を吐く。

 元々、喚導には元ヴィランの疑いがかけられていたのだ。その疑いは(ヴィラン)連合との一戦で薄まっていたが、今回の一件でまたその疑いが強くなっている。

 そして、そんな喚導を監視するのは、保護したオールマイトの仕事となっている。だからこうして、オールマイトは事情聴取も担当しているのだ。

 そこら辺の事情を、諸々喚導は理解しているのだろう。答えなければ、自分が不利になることも。

 喚導自身はそれでも構わないのかもしれないが、ルリのこともあってか、投げやり気味ながらも事情聴取には従順のようだった。

 

「まぁとりあえず、あの後の体育祭について話そうか」

 

 そうやって切り出しつつ、オールマイトは喚導へ体育祭の結末について語っていく。

 とは言っても、そう語ることは多くない。準決勝で喚導は暴走状態に入り、眠らされたことでそれ以上の試合は不可能。轟も、喚導との戦闘で既にそれ以上の戦闘はできない状態になっていた。

 そのため、もう一つの準決勝で勝った爆豪がそのまま優勝。納得のいかない結末に、暴れる爆豪を無理矢理表彰した、というのがその後の体育祭だった。

 

 そんな話を、興味なさげに聞く喚導に、まぁあんなことがあった後では仕方ないか、とオールマイトは溜息を吐く。

 そしてそのままその話題を続けても意味がないと判断し、本題へと入ることにする。

 

「それじゃあ、そうだね。まずは君がどこまで意識を保っていたのか、聞かせてもらってもいいかな?」

 

()()()()

 

 あっさりと喚導が言った言葉の内容に、オールマイトは言葉を失う。徹頭徹尾、最初から最後まで、彼が意識を保っていたのだとすれば、体育祭準決勝でのあれは、()()()()()()()()()()だと言うのか。

 それは、オールマイトには俄かに信じ難いことだった。オールマイトは喚導想也という人間を信頼している。それは、命を懸けて一人の少女を守ることができる、ヒーローだと思っているからだ。自分とはヒーローの在り方こそ違えど、根は善良な、きっと良きヒーローになれると思っている人間だった。

 だからこそ、オールマイトにはあれが全て喚導の意思のもと行われたとは信じられないことだった。

 

「それは……本当なのかい?」

 

「本当っすよ。俺は、自分が何を思って、何をしたのか。はっきりと覚えてる。……それが、正気のもとで下した判断なのかは別としてですけどね」

 

 その言葉に、オールマイトは一つのことを察する。オールマイトたち教員は、喚導が個性を使って暴れ始めた段階から、個性の暴走が始まっていたと思っていた。

 しかし、仮にもっと前から暴走の兆候があったとしたら?喚導の個性は、些か特殊だ。ただでさえ世界に数人程度しか確認されていない超越者(オーヴァード)。それも何かを自らに憑依させる個性だ。暴走の仕方まで特殊、というのは充分あり得る話のはずだ。

 そんな風に思考を巡らせるオールマイトを知ってか知らずか、喚導は独り言かのように、更に体育祭の時の己について語っていく。

 

「正直、何時から自分が正気を失ってたのか。それもよくわかんないんすよ。少なくとも、あの時は本気でああするのが正しいと思ってましたし。……あるいは、もっと前から正気じゃなかったのかもしれないっすね」

 

 自嘲するように笑う喚導は、見ていて痛々しいとオールマイトは思う。

 あまりにも常とはかけ離れた姿。もしかしたら、もっともっと前から、彼の内側はこうだったのかもしれない、とようやくオールマイトは察し始めていた。

 

「……正直、キツいんですわ。あの日からずっと、俺の中で声がする。何で、お前はそんな平和な世界で生きているんだって。スラム街の仲間たちの声が、ソールの声がするんですよ」

 

「……君の仲間たちは、そんなことを言う人たちだったのかい?」

 

「まさか。ふざけて煽りこそすれど、誰かが表の世界に戻れるんだったら笑って祝福できるような連中ですよ。だけど、それを理解してても。俺自身があいつらを守れず、なのに今も生きている事実が許せない」

 

 オールマイトは、そこで見落としていた事実にようやく気付いた。既に大人と言える年齢だから。普段は何事もない姿を見せていたから。だから見落としてしまっていた。

 仲間を、家族を失ってそう簡単に立ち直れるわけがないのだ。人の生き死にが日常である場所だからと、親しい人を失って平気なわけがない。むしろ、スラム街という周囲との繋がりが強い場所を失ったからこそ、彼の心に負った傷は深いということに、オールマイトはもっと早く気づくべきだった。

 

「だからどうしても幻聴が聞こえ続ける。……ルリのことがあるから今も生きているだけで、それがなかったらとっくに自殺なりなんなりしてますわ」

 

 そんなことを言う喚導を、オールマイトは咎めることはできない。それだけのものを抱えていたことに気づけなかった罪悪感。そして自分がもっと早く現場に辿り着けていれば救えていたかもしれないという事実が、オールマイトを苛んでいた。

 無論、どちらもオールマイトが悪いというわけじゃない。気づけなかったのは喚導が誤魔化すのが上手過ぎたためであるし、間に合わなかったのも、オールマイトに非があるわけではない。

 それでも、どうにかできたかもしれないとなれば、責任を感じずにはいられないのがオールマイト、八木俊典という人間だった。

 

「本来なら、エンデヴァーのことだって、キレるほどのことじゃなかった。少なくともスラム街にいた頃なら、中指突き立てて煽るだけで終わってた。だけど、まぁ心に余裕がなかったんでしょうね、気づいたら、頭に血が上ってた。まぁ、暴走のトリガーって言えば、その辺りじゃないっすかね」

 

 エンデヴァーがしたことについては、オールマイトも把握している。喚導やスラム街にいた人間からすれば、許せないような人間であろうということも。

 だからキレてしまうのも分かる話であるし、暴走する切っ掛けになった、というのも納得がいく。まぁそれでも、その為に選んだ手法が、エンデヴァーの成果を真正面から叩き潰す、という手段は問題だったが。

 やっぱり、喚導がそうなるのは意外なようにオールマイトは思ってしまう。そういったところが、喚導の内側が見えていなかったという証左なのだろう。

 力でなら人々を救うことはできても、誰かの心を救うのはNo.1ヒーローでも簡単なことではないのだと、改めてオールマイトは思う。

 

「俺の憑依召喚は、いくら人格がないものを召喚するつっても、結局は異物を自らに入れるわけですから。やっぱり自己の境界が曖昧になるんすわ」

 

「それは……何時しか、君自身が失われてしまうのでは?」

 

「平時なら問題ないですね。強い自我があればいいわけだから、スラム街に暮らしてたようなやつならほとんどのやつが平気だと思います。だけど、心が揺らいでたりなんかするとマズいみたいっすわ」

 

 どうやら、体育祭でのあれは憑依召喚の多用によって、自己の理性的な部分が曖昧になり、感情が表に出やすくなった結果のようだった。

 それが確認できた段階で、一応、オールマイトの仕事は終わる。ただ、まだ個人的な用事が残っていたため、帰るわけにもいかない。

 

 けれど、と憔悴した様子の喚導を見る。

 今の彼に、追い打ちとなるようなことを言ってもいいのか、という迷いはある。言うべきか、言わないべきか。

 しばらく悩み、オールマイトが出した結論は、伝えるのが後になってより大きなダメージが喚導にいくことがないようにすべきだ、というものだった。

 

「……喚導くん、アウェイクくんは今も無事だ、という前提で聞いて欲しい」

 

「……ッ、ルリに何かあったんですか?」

 

「何かある前に、何とかしたんだよ。……人斬りが、襲撃してきた」

 

 オールマイトが告げた言葉に、喚導は目を見開いたあと、憎々し気な表情で、けれど落ち着こうとしてか一つ息を吐く。

 余計な心労を与えたくはない、とも思うが、こればかりは伝えないわけにはいかない。オールマイトは心を鬼にして言葉を続ける。

 

「体育祭の中継か何かで知ったんだろうね。昨日の夜、真正面から雄英に喧嘩を売ってきたよ。雄英の教師陣で対応する中、人斬りは私の姿を見たら撤退してったよ」

 

「今、ルリはどうしてますか」

 

「住居の方じゃなく、雄英高校内で匿っているよ。昨日の襲撃も雄英の敷地内には侵入させなかったし、私もしばらくは雄英に泊まり込むから問題はないだろう」

 

 そこまで聞いて、ようやく喚導は安堵の溜息を吐く。もちろん、完全に安全というわけではないのは、喚導もオールマイトも理解している。それでも、一先ずの安全は確保できたことに安堵はしていた。

 

「ただ、言いにくいんだが……」

 

「……分かってるっすよ、俺はまだしばらく、ここにいなきゃいけないんですよね?」

 

 オールマイトの言葉を先回りして言った喚導に対し、頷きを返す。いくら暴走とはいえ、元ヴィランの疑いがある人間が起こした一件。そう簡単に解放することはできないし、また保護対象のルリと会わせることも、同じ理由から難しい。

 そのため、人斬りという明確な危機が迫っているというのに、喚導は今、動くことができない状態だった。

 

「大丈夫です。ここから脱走するような真似はしません。俺自身、一度落ち着く時間が欲しいのもあるし……」

 

 だから、と喚導が真剣な目でオールマイトを見る。それは、オールマイトを信頼していることが分かる瞳で、オールマイトもまた、真剣な目で喚導を見返す。

 

「―――ルリを、守ってください。俺があいつの傍に戻れるまで」

 

「―――平和の象徴の名に懸けて」

 

 喚導が安心できるように。一瞬だけマッスルフォームと化しながら、喚導の言葉に強く頷いて返す。

 その返事には、もちろんヒーローとしての矜持があった。だけど、それ以上に喚導が信頼してくれているという事実が。今まで一人で抱えていた喚導が、素直に頼ってくれているという事実が嬉しく、だから必ず力になってみせようという意気込みの方が大きかった。

 

 それ故に。オールマイトから確約を得てなお、喚導が険しい顔で考え込んでいることに、オールマイトは気づけなかった。




雄英体育祭編、終了。
次回から喚導視点に戻るわよー。

しかしちょいちょい不穏な空気が漂うね……?
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