ただ、己の為に   作:天澄

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ちょっと気に食わなかったので、最後だけ変更して再投稿。


#42.For me, For you.

「よォ、久しぶりだな人斬り」

 

「まさか本当に来るとはな」

 

 以前と同様、黒い着物と灰色の袴を身に纏い、人斬りはそこにいた。大太刀を肩に担いでいるのも前と同じであるが、唯一白い羽織だけがそこにはなく、光源が少ないこの場所では視認しづらい状況だった。

 

「オール・フォー・ワンとかいうやつからよくわかんねェ呼び出しを受けたと思ったら……テメェの差し金だったとはな」

 

 こちらの姿は以前よりも老けて、更に髪は全て白色に染められているはずだ。なのに人斬りがこちらを正しく認識しているのは、こちらがルリを抱えているからか。それとも人斬りの感覚が鋭いのか。

 どちらもありそうだな、と思いつつルリを安全な距離まで下がらせる。流石に人斬り相手ではルリを庇いながら戦う余裕はない。

 

「それで何の用だ?その嬢ちゃんを渡してくれる気になったのか?」

 

「まさか、寝言は寝て言えよ。つーか、正直こっちの意図はわかってんだろ」

 

 その証拠に、構えこそ取っていないが、既にその身には重い殺気を纏っている。やる気充分、といった様相だ。

 故に、どちらからともなく構えを取る。人斬りは大太刀を肩に担ぎ直し。自分は右手へただ切れ味だけを追求した片手剣を生み出す。

 別に今更、人斬りにお前が父親だと言うつもりはない。言ったところで何か意味があるわけではないし、息子の仲間だからとルリのことを諦めてくれるとも思えない。

 それに自分にとってももはや父親かどうかなどどうでもいいのだ。重要なのは人斬りがルリの敵だということ。

 だからせいぜい。

 

「パッパ死ねェ!」

 

「何だァいきなり!!」

 

 揺さぶりに使う程度である。

 

 しかし人斬りもその程度で揺らぐほど単純ではないというか。律義に言葉を返してきながらも、上段で斬りかかったこちらに対し、大太刀を下から上へと振り上げて対応してくる。

 普通に考えれば、重力の関係で重い大太刀を下から上へと振り上げる人斬りより、上から下に振り下ろすこちらの方が威力が乗りやすい。しかしそこを人斬りは肉体の駆動と、重量故の遠心力を大太刀に乗せることで威力を跳ね上げてくる。

 その結果、膠着……いいや、むしろ瞬間的な威力は向こうの方が上であり、片手剣がそれを持つ両手ごと上へとかちあげられる。

 ならば、と逆にその勢いを利用し、後方へと宙がえり。ついでに人斬りの顎に向かって蹴りを放つが、それはステップで回避されてしまう。

 未来召喚によって技量、経験が上がっているために人斬りが何をしたか、それにどう対応すべきかは分かる。だがこのままいけば後手に回るだけでジリ貧で負けるしかないだろう。

 加えて、まだ人斬りは個性を使ってきていない。使ってきていたら、今頃片手剣ごと自分は真っ二つになっているだろうからだ。

 

「……どうしたよ、まだ超越者(オーヴァード)の力は使わないのか?」

 

 その言葉に、どうするかと一瞬悩む。間違いなく、これは誘いだ。何らかの罠の可能性がある。だが、相手が人斬りだと考えると、強い状態の相手と戦いたいから言った可能性もある。

 罠の可能性があっても踏み込むか否か―――そして、憑依召喚を使うと判断を下す。ジリ貧でいつか負けるのであれば、罠に飛び込んででも勝ちの目がある方に行くべきだろう。

 

「憑依召喚―――〝グラムの担い手(シグルズ)〟!!」

 

 ステインとの戦いでも使ったシグルズの憑依召喚を成立させる。北欧神話への親和性の高さ、剣への適性。単純な性能も含めれば、シグルズは自分にとってかなり使い勝手がいい憑依召喚だ。

 故に、即座に憑依召喚を成立させ。そうして視線を向けた先で笑みを浮かべる人斬りに、寒気を覚えた。

 

「―――ッハァ!!」

 

「ぐぅッ!?」

 

 理屈ではなく直感に従い、身体の前にグラムをかざす。そしてグラムから腕に伝わる重い振動。腕に残る痺れを振り払いながら、斬られたことを理解する。

 しかし人斬りとの距離は大太刀の間合いの倍以上離れている。普通なら斬撃は届かないはずの距離だ。

 

「おう、まさか今のを防がれるとはな。その憑依召喚とやらを行う時には隙があるみてェだからそこを狙ったんだが」

 

 人斬りの言葉に、危なかったと冷や汗が流れる。適性が高いシグルズの憑依召喚でなければ、一瞬の隙を突かれて斬られているところだった。

 

「……今、こっちを斬ろうとしたよな。この距離でどうやった?」

 

「お、斬撃だって気づいたか。じゃあ頑張って手品を暴いてくれよ」

 

 ダメもとで人斬りに直接答えを聞いてみるが、返ってきたのは案の定自分で考えろとの答え。

 まぁ敵に手の内を明かす理由はないよな、と思いつつ、原理に思考を巡らせる。人斬りが得意とするのは、シンプルに敵を斬ること。故に、先の一撃が斬撃であるのは確定。

 

 無造作に振るわれる二撃目を再びグラムで受け止める。

 

 何か仕込みがあるとしたら、それができるのは個性。人斬りの個性は〝斬る〟という個性だ。それをどう応用したら斬撃を遠くに届かせることができる。

 

 三撃目。遠くから放たれる斬撃を、腕の動きから斬撃が奔る位置を予測し防ごうとして気づく。

 

 大太刀を振るう前と、振るった後の腕の位置。そこから想定される剣閃と、実際に斬られた位置が合わない。そして高速で振るわれた為に見えづらかったが、剣は二度振るわれたようにも見えた。それはつまりこちらを斬る以外に何かを斬ったということ。ならば、何を斬れば遠くへと斬撃を届けられる?

 

「……空間を、斬ったのか……?」

 

「正解だ!」

 

 四撃目。しっかりと人斬りの動きを見て、一度目の斬撃を無視。二度目の斬撃の軌跡に合わせてグラムで防御すれば、確かな手応えが返ってくる。

 遠隔斬撃の正体、見破ったり。

 けれど、だからと言って簡単にそれの対策ができるわけではない。生憎、シグルズは完全に近接戦に振り切っている状態だ。この間合いでは対応できない。かといって、憑依召喚を切り替えれば、斬撃を防ぎきれずに死ぬだろう。

 加えて、空間を斬れるということは距離を弄れるということだ。それが何を示すかと言えば。

 

「ほォら、こいつはどうだァ!!」

 

「まァできるだろうなァそういうことも!」

 

 地面を斬ることで距離を斬ったのか、瞬間的に人斬りが間合いを詰めてきてその大太刀を逆袈裟に振るう。その一撃を何とかグラムで防ぎつつ斬り返せば、再度地面を斬った人斬りはこちらの間合いの外へと移動してしまう。

 しかも人斬りの大太刀を直接防いだグラムに、少しだけだが一筋の線が入っている。これは人斬りの大太刀がグラムへと食い込んだ証だ。イメージ元が神話であるため、それ相応の硬度のグラムを斬るというのだから、個性が適応された一撃は恐ろしい。

 

「やっぱあんた、超越者になる必要ないんじゃねェの?」

 

「言っただろ、今のままじゃオールマイトには届かないって」

 

 まぁ確かに、その言葉には同意せざるを得ない。実際にオールマイトに出会ったことで自分も理解したが、オールマイトであれば空間を斬って距離を弄ろうが、全て見切って対応するだろう。それだけの能力に加え、今まで鉄火場に飛び込んできた分の経験がオールマイトにはある。

 人斬りの個性は現状で既に、目に見えるものではなく空間という曖昧なものを斬れているのだ。これが超越者になれば概念に干渉するであろうし、そこまでいけば何とかオールマイトにも対応できるだろうとは自分にも思えた。

 その結果、狙われることになったルリや自分はたまったものではないのだが。

 

 ただそれだけの相手と戦うことを想定して調整してきている人斬り相手に、素直に正攻法でいっても勝てるとは思えない。

 現に何度も空間を斬ることで間合いを変動させ続ける人斬りに、自分は対応しきれていない。防御はできる。距離を斬るのはあくまで目標地点との間合いを詰めるだけであるため、直線軌道になるからだ。事前の位置から、ある程度予測して防御することはできる。

 しかし、反撃はどこまで相手が下がるかわからない以上、前に出て間合いを詰めて反撃に出るのも難しい。結果、防戦一方になっているのが現状だった。

 

「……防御できてるのはまァ、褒めてやるよ」

 

 突然、動きを止めた人斬りがそんなことを言ってくる。しかしその顔はあまりにもつまらなそうで、本気で褒めているようには見えない。

 

「以前と比べれば、強くもなっている。だけど結局、俺には届いてない。ま、久々に斬り甲斐があったから許してやるがな」

 

 肩を竦めてそう言う人斬りに、思わずイラッとして文句を言いそうになるが、そこでふと、一つのことを思いつく。

 

「……なァ、あんたがオールマイトに挑むのは、強者を斬りたいからだよな?」

 

「ァん?そうだぜ、俺の目的は究極的にはただ一つ。強者と興奮するほど激しい戦いを繰り広げ、その上で相手のこと斬り殺すことだ!これがたまんないほど気持ちいいんだよなァ……」

 

 なんだこいつ、気持ち悪い。なんて思うわけだが、そのおかげで一筋の光明が見えたのだから文句は言うまい。

 口から漏れそうになるツッコミを何とか飲み込みつつ、代わりに一つの問いを人斬りへと投げかける。

 

「だったら。もし俺が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があったら、その発動を待ってるか?」

 

 その問いに、人斬りは一瞬驚いたような顔をしたあと、身体を震わせ大爆笑を始め、こう言う。

 

「くっ、ハハッ、面白いこと言う!ハハハハハ!いいぜ、それだけのものがあるなら見せてみろよ!もし事実なら俺はそれを斬りてェ!!」

 

「……お前がそういうタイプで助かったよ」

 

 でなければ、これは隙が大き過ぎて使うことができなかった。

 故に内心で礼を言いつつ、個性を発動させる。

 

「―――未来召喚」

 

 ただし、今回は純粋な未来の自分の召喚ではない。そもそも、普通にやっては人斬りに勝てる未来が存在しないため、召喚できない。現状を変えない限り、人斬りには勝てなかった、ということだ。

 だからその現状を変えるために必要なものを未来召喚で引っ張ってくる。足りないのは個性の出力、純粋な性能による理不尽さだ。

 それを得るために未来から召喚するのは―――未来において召喚に使用するエネルギーだ。

 基本的に、未来召喚を使えば時の流れには逆らうことができないという制約上、今回引っ張ってきたエネルギーを元に戻すことはできない。それはつまり、今後個性を使おうとしても、それに必要なエネルギーは全て今この瞬間に流れてきてしまうということであり。

 

 ()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()

 

 要するに、未来の分を前借りしてブーストしているのだ。それだけしなければ、人斬りには追い付けない。

 もちろん、個性を失うことに何も思わないわけではない。それでも、個性なんてなくても生きていっている人はスラム街にいたし、自分も必須なものだとは思っていない。

 ルリが安心して生きていける未来のためなら、個性如き惜しくはないのだ。

 

「……おいおい、まさか本当にオールマイト級になるとはな」

 

 確かに単純なエネルギー量で言えば、今の自分はオールマイトすら超えているだろう。だが、その程度だと思ってもらっては困る。これから先の未来分全てを使うことでようやく使える憑依召喚がまだあるのだから。

 

 

 

思い描くのは炎。

 

どこまでも絶対的であり。

 

何もかもを焼きつくす破壊の紅蓮。

 

「憑依召喚―――〝破滅の炎(スルト)〟」

 

 

 

そして、神の領域へと手をかける。

 

 あたり一帯で噴き上がる炎。それは決してソールが使っていた暖かさのある光炎ではなく、どこまでも燃やし尽くすことしか考えられていない炎。

 当然だ、この炎は北欧神話において世界を焼き尽くすといわれたスルトの炎なのだから。

 

「あー……いや、こいつは予想外だな……」

 

「どうした、怖気づいたか?」

 

「いいや―――むしろ斬り甲斐がある!!」

 

 そう言って距離を詰めてくる人斬りに対応するように、こちらも炎で剣を形作る。スルトは解釈こそ様々であるが、神話において剣を扱ったとされる存在だ。故に、スマートに炎剣を生み出し。

 

 大太刀と炎剣がぶつかった瞬間、炎剣が人斬りの個性によって断ち切られ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 スルトを憑依召喚するにあたって、強くイメージしたのは何もかもを焼き尽くすという属性。よって、自分が意思を乗せて振るった炎は、触れた対象を問答無用で燃やし尽くすようになっている。

 そしてそれは神の炎でもあるために、容易く概念にすら干渉し。距離を取ろうと隠し持っていた小太刀で空を斬った人斬りに対し、()()()()()()()()()()()()()()()()人斬りとの間にできた距離を消滅させる。

 

「わりィな、こっちも余裕ないからとっとと終わらせるぜ」

 

「終わって―――たまるかァ!!」

 

 人斬りが小太刀を爪で引っ掻く。そこに何の意図があるのか、それが即座に見抜けなかったために、何かされる前に潰そうと炎剣を振るう。

 しかしその一撃が、小太刀によって防がれる。本来であれば、触れた段階で焼き尽くされるはずなのに、と顔を顰めれば、人斬りが冷や汗を流しながら種を明かす。

 

「今俺が爪で小太刀を〝斬った〟ことで、()()()()()()()()()()()()()()。これでもうこの小太刀は燃やせない―――」

 

「―――なるほど」

 

 人斬りが簡単に種明かししてくれたおかげで、原理は分かった。なので、〝小太刀の燃える可能性を斬った〟という事象ごと丸ごと燃やし尽くす。結果、あっさりと灰になる小太刀。

 

「嘘だろ……」

 

「終わらせるって言ったろ。つーわけでルリのためにとっとと死ね」

 

 炎剣を振るい、それが人斬りへと触れる。それだけで、人斬りは灰すら燃えて跡形もなくなってしまった。

 以前あれだけ追い込まれた相手がこうもあっさりと消えてしまい、不思議な感覚に襲われる。

 しかしそれも数瞬。このスルトの力を使ってやらなければならないことはまだあるのだ。神の力の一端を扱うために、燃費が悪過ぎて長い間使うことはできない。

 手早く目的を果たすため、ルリの元へと駆け寄る。

 

「……終わったわ」

 

「……お疲れ様、ソーヤ」

 

 ルリと視線を合わせるようにしてしゃがむ。出会った頃から変わらぬ、名前の通り瑠璃色の瞳がこちらを見つめ返してくる。

 

「ルリ。俺はお前が望もうが望まなかろうが、お前に安全な場所で幸せになって欲しい」

 

「……うん」

 

「これは俺の我儘だ。お前の意思を無視して、俺の願いを押し付けるだけだ。それは理解している……だけど、その上で言わせてもらう」

 

 一つ、深呼吸。ルリの返事がどうであれ、自分は自分の願いを貫き通すつもりだ。それでも、やめてくれとルリに拒絶されたら、と思うと躊躇うところはある。それでも、自分が望むそれは譲ることができないために言葉にする。

 

 

 

 

「―――俺の為に、お前の個性を捨ててくれ」

 

 

 

「―――いいよ、ソーヤがそれを望むなら」

 

 

 

 

 個性とは身体の一部だ。いくらそれが不幸を呼んでいたとしても、身体の一部を失うことが怖くないわけがない。事実自分だってこの先一切個性が使えないのが怖くない、と言えば嘘になる。その上でこちらの為にと頷いてくれたルリに感謝し、同時に覚悟を決める。

 スルトの炎は、概念にすら干渉できる。故に、通常干渉できない他者の個性であっても、扱い切れればピンポイントで個性だけを焼き尽くせる。

 人斬りを倒すだけなら、他にいくらでもやりようがあった。だけど、ルリの個性も無くすのであれば神の領分に手を出す必要があったのだ。そのために、自分は自分の個性を差し出したのだ。

 

 瑠璃色の瞳は揺るがない。今から個性を焼かれることに対しての恐怖も、悲しみもそこにはある。だけどそれでも、瑠璃色の瞳はこちらに対する信頼で揺らぐことがない。

 

 それに自分は感謝を抱きながら―――そっと、ルリの胸に炎剣を突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――どこかの国の、どこかの街。そこから少し離れた小高い丘。そこが、今の自分たちの家だった。

 

「―――何で!お前らが!いるの!!」

 

「黒霧の個性で来た」

 

「死柄木、彼が聞きたいのはそういうことではないと思うのですが……」

 

 黒霧からの真っ当なツッコミに、思わず大きく何度も頷く。実際、手法などどうでもよく、聞きたいのはどうしてここが分かり、わざわざ来たのかということだ。

 

「つーかお前ら。テレビで見たけどわりと世界レベルで指名手配されてるだろ。こんなとこで何やってんだよ」

 

「息抜き」

 

 そう一言で言い切る死柄木に溜息を吐いていると、黒霧が申し訳なさげにこちらに声をかけてくる。

 

「死柄木はともかく。私はあなた方が心配で来たんですよ」

 

 死柄木はともかく、には息抜きできた死柄木は、という意味なのか。それとも照れていて正直には言わない死柄木は、という意味なのか。

 無粋なのもあって、そこで詮索をやめつつ黒霧の言葉に耳を傾ける。

 

「お二人とも、個性を失ったのでしょう?日本では死亡扱いになって戸籍も失われていますし、大丈夫かな、と」

 

「あー、まァ大変っちゃ大変だよ」

 

 個性を普段は使っていなかったルリはともかく、わりと便利に使っていた自分はちょっとばかり大変だ。今までは召喚して済ませていたものもちゃんと用意しないといけない。それから二人揃って死んだことにすることで、もう二度と狙われないようにしたため戸籍がなく、正規の病院やバイトもすることができない。

 

「仕事は裏の、ちょっと怪しいところかワケありでしか働けないし。下手に病気になれば闇医者行く必要ができてぼったくられるし。まァ大変どころじゃないかもなァ……」

 

「―――はい、紅茶入れたよ」

 

 それでも、とお盆に乗せて人数分のカップに入った紅茶を持ってきた彼女の頭を撫でる。

 今どれだけ大変であっても、それだけの苦労をする価値がある、望んでいたものを自分は手に入れられた。だから小さな不満はあっても、この生活から逃げ出したいとは思わないのだ。

 

「……だけど、裏稼業じゃ荒事もあるだろ」

 

 一通り答えたあと、死柄木からそんな言葉が飛んでくる。それにやっぱりこいつ、息抜きじゃなくてこちらが心配で来てるな、と内心だけでほっこりしつつ、その疑問に答えることにする。

 

「つっても、個性が消えても技量が落ちたわけじゃないんだぜ?流石にヒーローとかは無理だけど、小競り合い程度ならまだやれるさ」

 

 実際、それで既に何度か修羅場をくぐり抜けてきたし、と言えば死柄木と黒霧から呆れた目を向けられる。とはいえ残念ながら根っこのところがヴィランであるため、そう簡単には荒事からは離れられないのだ。

 自分自身、そんな自らに呆れていると、ふと紅茶を入れ終え、こちらの隣に座った彼女が少し悩んでいるのに気づく。

 

「どうした?」

 

「あのね、紅茶もう少し美味しくできないかなって」

 

 その言葉に一口、紅茶を口に含んでみれば、なるほど確かに。不味いわけではないし、充分飲めるが特別美味しいというわけではない。もう少し上達したいというのも分からなくはない味だ。

 だが自分も特別紅茶を美味しく淹れられるわけではない。どうしたもんかな、と悩んでいると、ふと黒霧が口を開く。

 

「それでしたら、私がお教えしましょうか?プロとは言えませんが、それなりには覚えがありますので」

 

「ほんとっ!?教えて欲しい!」

 

 そうしてキッチンへと向かう二人を見送りつつ、死柄木と揃って口元に笑みを浮かべる。

 

 

 

失ったものも多く、それらは二度戻ってこない。

 

今だって、多くの苦労がある。

 

それでも、友人が、自分が、彼女がここにいる。

 

確かに求めていたものが、ここには存在していた。




斯くして二人は幸せに暮らしましたとさ。

多くのものを失った。故に完璧ではない。
けれども、それでも彼らなりにハッピーエンドではある、ということで。

細かいことは明日あたりのあとがきで。
一先ず最終話までお付き合いありがとうございました。
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