ただ、己の為に   作:天澄

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#6.Celebration

「「「かんぱーい!!」」」

 

 グラスの中身が零れることも厭わず、思いっきりぶつけ合う。斬撃系個性に至っては、瓶の口元を斬り飛ばして、それを乾杯に使っていた。

 大して繋がりのない連中ともグラスをぶつけて回る。今日は完全に無礼講、誰もが遠慮せずどんちゃん騒ぎをしていた。

 このパーティーの名目は、一応襲撃作戦成功祝い兼スラム街の新人歓迎会。ただ、その新人はガンギマリ爺と雷生さんの下でこの街について説明を受けているし、襲撃作戦が上手くいったのが特別嬉しいわけではない。単純に、騒ぐ口実が欲しいというだけだった。

 

「いやぁ、一仕事したあとの酒は美味いなぁ!」

 

「まァ既に翌日なんだけどな」

 

「じゃあ何時でも酒はうめぇ!!」

 

 まぁそれは確かに、否定できないところだった。グラスの中身を一気に飲み干して、そこら辺の酒をおかわりとして適当に注ぐ。

 襲撃作戦から既に一日が経過し、日付は翌日になっている。全員が後処理などに追われ、この時間での打ち上げ開催となったが、それでも誰もが疲れを見せることもなくバカみたいに騒いでいた。

 ただ自分は、どうにもテンションを上げきれず、前衛部隊の連中とは別行動で、会場内をウロウロとしていた。

 

「……あら、超有能隊長」

 

「そのネタいつまで引きずるんだ?いや、まぁ実際超有能だから仕方ないとは思うが」

 

「ヤク中に救われたのはどこの誰だったかしら……」

 

「うぐぅ」

 

 それを言われると何も言えない。思わず、恨みを込めて偵察部隊隊長―――ディティーを見るが、本人は完全に素知らぬ顔だ。まぁ確かに、自分がヤク中に助けられたのは事実なのだ。大人しく受け入れるしかなかった。

 

「つってもなぁ……あれマジで対策してねェときつかったからなァ……」

 

「まぁ正直、厄介過ぎる個性よねぇあれ。私も隠れて見ていたけど、範囲内だったせいで発狂寸前だったわ」

 

 しかもあれ、後から爺に確認したところ死柄木弔の手回しだったらしい。事前の情報より敵が多かったりしたのも、また。死柄木の裏にいる人物が、悪戯ぐらいならと許可したそうだった。

 悪戯であんな厄介なものを送り込める死柄木の組織に驚きつつも、それ以上にそんな情報をサクッと得てくるガンギマリ爺が恐ろしかった。本当にどんな情報網をしているのだか。

 

「他の偵察班の連中は?」

 

「基本的に別のところを見ていたから平気よ。私と一緒にいた奴はその前に化物に殺されちゃったしね」

 

 ああ、と思いだす。そういえば確かに、斬撃が通らないと最初から知っていたのは、その人の死があったからだったか。

 

「彼は……ナルリ、という名前だったのだけど。なかなか、優秀だったのだけれどね」

 

「お、なんだ、あいつの話か?」

 

「ナルリ?ああ、いいやつだったよ……」

 

「おお、ナルリよ、しんでしまうとはなさけない」

 

 ナルリの名に反応して、周囲から人が集まってくる。そこには偵察班として何度か見かけたことのある人物が多いが、それ以外にも街中で見かける、非戦闘員の姿もあった。

 

「あいつなー、最初は無個性だからって親に捨てられてビービー言ってたよなぁ……」

 

「確かによく泣いてたな……。んで見かねた隊長が引き取ったんだっけか?」

 

「ええ、まさか十代で子育てすることになるとは思わなかったけれど、一から暗殺術を仕込んであげたわ」

 

「ああ、それでどう考えても子育てじゃねぇって俺たちが手を出したんだっけか……忘れてたなぁ」

 

 目を細めて懐かしそうに語られる過去に、耳を傾ける。その場にいる誰もの言葉に感情が込められており、それを知らない自分でも、情景をしっかりと思い浮かべることができた。

 

「つっても俺らもまともに育てられたわけじゃねぇからろくなもんじゃなかったけどな!!」

 

「そういや俺らがあいつの持ってたエロ本見つけて、つい他にオススメのエロ本教えてやったら喧嘩になったこともあったな」

 

「よりによって隊長にも見られちまって、本気でキレてたなあれは」

 

「そりゃ好きな人に見られればなぁ」

 

「えっ、あの子私のこと好きだったの?」

 

「えっ」

 

「気づいて……なかっただと……!?」

 

 まぁこの人、鈍いからなぁ、と納得する。こないだ街中で見かけた時も、明らかに好意を向けられているのに全く気付かず、最後には男の心を折っていた。そりゃもう、欠片も相手のことを意識していないというのがよくわかる対応だった。そんな彼女に惚れるとは、ナルリという少年も大変だったことだろう。

 

「そもそも惚れてなきゃ、無個性のまま隊長と行動共にしようとしないですよ」

 

「隊長が担当してる訓練の時だけ気合の入りようが違ったしな」

 

「ま、まったく気づいてなかった……」

 

「憐れなナルリよ……」

 

「ほんと、何で死んじまったかね」

 

 その言葉に、誰もが彼が死んだことを惜しんでいるのが分かった。ここで生きていく以上、皆死ぬ覚悟はできている。

 

「……俺さぁ、そろそろあいつ風俗に連れて行ってやる予定だったんだよ、いい加減女を知っとけって」

 

「それ、あいつ絶対断っただろ。童貞捨てるのに夢持ってるタイプだぞ」

 

「俺はちょっと街の外に連れていってやろうって、思ってたんだけどなぁ……」

 

「ああ、何人かで、金……出し合ってさ……」

 

「ナルリ……」

 

 だけど、やっぱり、誰かが死んで影響がないわけがなくて。こうして、互いに関わっていく以上、どうしたって深い関わりのある人間がいて、悲しみは生まれてしまう。

 

「―――ほらお前たち!しけた面してんじゃないわよ!!私たちの流儀を忘れたの!?」

 

 そしてだからこそ、笑うのだ。

 

「―――笑え、死んだ奴を送るときは目一杯笑え」

 

「―――刻め、そいつが生きた証を残すために心へ刻め」

 

「そう、あの子は全力で生き抜いた!だから笑って見送ってやるのよ!!」

 

「「「―――ナルリに、乾杯!!」」」

 

 自分も、全力でグラスを高らかに持ち上げる。自分は、ナルリという人間を知りはしない。精々、少し見かけたかどうかだ。だけど、だからこそ今日聞いた話をしっかりと胸に刻むのだ。生きた証は、多ければ多いほどいいのだから。

 

「ソーヤも、乾杯しましょうか」

 

「おう、乾杯」

 

 静かに、ディティーとグラスをぶつけ合う。彼女は、ナルリという少年を最初に面倒を見始めた人間だ。一番、彼のことを家族のように感じていたのかもしれない人間だった。見れば、目元が少しばかり赤かった。

 

「ちっと、お前の目から見たナルリのこと、教えてくれるか」

 

 だけど、それを理解した上で、いいや理解しているからこそ彼女から見たナルリを、覚えていたかった。

 

「そうね……。あの子は、好意を向けてくれていたらしかったけれど。私からしたら年の近い息子……いえ、どちらかと言えば弟だったのかしら」

 

 弟、と言われると思い出すのは自分の義姉のことだ。そうか、自分があの人を失ったのと同じだと考えると……今こうして、ここで他の人々を鼓舞した彼女はどうしようもなく、強く思えた。

 

「優秀な子だったわ。個性はなくても、技術でそれをカバーできるだけの力があった。私と共に行動してたってだけで、分かるでしょう?」

 

「そりゃ、な」

 

 ディティーは、偵察班の中でも飛びぬけて優秀だ。個性は隠密、気配を消せる個性で、それに加えて純粋な隠密行動の技術だ。そんな彼女が身内の贔屓目があったとしても、現場で連れて歩いていたということは、かなりの実力者であることを示していた。

 

「そうね……個性があるから、どうしても私の方が上だったけど、経験を積めば偵察班の副隊長にしょうと思ってもいたのよ」

 

「……そいつは、優秀だ」

 

「ええ、それに普段も真面目で、よく働く子だったわね。私の前だったからなのかもしれないけれど」

 

 寂し気に苦笑するディティー。それは、そうだ。覚悟してたって、一日で割り切れるわけがない。いつ死んでもいいように、毎日を全力で楽しくなるように生きていたって、心残りがないわけじゃない。引きずるものはあるのだ。

 

「……夜風にでも当たりに行くか」

 

「……いいわね」

 

 ディティーと二人、打ち上げ会場を抜け出す。外はそう冷え込んでいるわけではなかったが、それでもアルコールで熱くなった体には、風が冷たい。だからディティーと二人、寄り添うようにして空を見上げる。

 この街には街灯が少ないこともあって、夜空はムカつくくらいに星々で輝いていた。

 

「……寂しいもんだなァ……」

 

「どうしようもなく、寂しいわよ……」

 

 自分は、義姉と別れた時を思い出して。ディティーは恐らく、ナルリのことを思い出して。寂しさを感じながら、二人、グラスに残った酒をチビチビと飲んでいく。

 今回の仕事で死んだのは、別にナルリだけじゃない。突撃部隊とは別に、増援を防ぐため建物周辺で戦っている連中もいた。そのメンバーは少数精鋭の突撃部隊と違い、実力はまちまちであるため、何人か死んだとも聞いている。

 彼女だけが特別というわけではないのだ。少なくともこの街では、死はすぐそこにあるのだから。

 

「やるせない、よなァ……」

 

 そして思い出すのは、今回の仕事で保護した二人だ。あの二人は、あのままだったらあの組織でこき使われていただろう。自分が知る限りでは、あそこは人員を使い潰す組織だった。だからまだ、この街に来た方がマシだっただろう。

 それでも、口が裂けてもよかったな、とは言えない。ここの暮らしでは、ナルリのように死んでもおかしくないものだ。だから、よかったなんて言えやしない。

 何時だか誰かが言っていたが、あの組織で暮らすか、ここで暮らすか、野垂れ死ぬか。どれもろくなものではない。でも、そのろくでもない選択肢しかあの二人にはないことが、やるせなかった。

 

「おや、想也くん。こんなところにいたのかい」

 

「雷生さん」

 

「少し、話があるんだが、いいかい?」

 

 だからそれは、そんなことを考えていたからなのかもしれない。

 

 

 

 

「俺が、世話役?」

 

「ああ、頼まれてくれるかい?」

 

 雷生さんからの頼みに、思わず唸る。目の前にはあの時連れ出した二人のうちの、欧州系の顔立ちをした少女がいた。雷生さんからの頼み、というのはその子のことの面倒を見てやってくれ、というものだった。

 この街においては、ナルリという少年がそうだったように基本的に新人には一人、世話役が付けられる。それは、ここでの生活について教えてやる人間が必要だからだった。

 

「何で、俺なんだよ」

 

 別に、世話役を設定すること自体に疑問はなかった。ただ、何故自分が選ばれたかが分からない。自分の場合、義姉のこともあって、あまり誰かと生活を共にするのを避けてるところがある。そこら辺は雷生さんも知っていることのはずだった。事実、今まで世話役に選ばれたことはない。その上で、何故自分が選ばれたのか、それが気になっていた。

 

「彼女の能力なのだけれどね、君が教えるのに向いている、と思ったのが一つ」

 

「……他の理由は?」

 

「いい加減、君も先に進むべきだろう?」

 

 そう言われると、何も言い返せない。過去、義姉が死んでしまったことは割り切っている。ただそれでも、ついつい世話役を避けて、ここまで来てしまった。偏に、家族を失ってしまうのが怖かったから。

 特に、今はついさっき弟分を失ったディティーを見たばかりだ。だから余計に、深い関係の人間を作るのが怖い。それでも、いい加減自分は前に進むべきなのだろうか、と少女を見やる。

 

「……あなたは、あの時、私をあそこから解放した人の一人?」

 

「……まァ直接的に連れ出したのは俺だな」

 

 突然、少女から放たれた問いに驚きつつ、答える。あの作戦自体は街全体のものであったが、直接的に彼女らを解放したのは自分たちと言えるのだろう。だから素直に肯定を返したと思えば、少女があの時も見せたやけに冷めた目で、呟く。

 

「―――別に、あのままで良かったのに」

 

「………………」

 

 その言葉は、彼女が生きることを諦めているのを示していた。彼女はきっと聡明だ。だからあの場に居続ければ道具として使い潰されることは、理解しているだろう。その上であのままでいい、というのならそれは、死んでもいいと言っているのと同じだった。

 そして同時、雷生さんが自分に彼女の世話を回した理由を理解する。ああ、確かに、自分では彼女を放っておくことができそうもなかった。

 

「……雷生さん、世話役やるわ」

 

「それは良かった」

 

「世話役も、要らないわ」

 

「うるさい、黙れ。テメーの意思など知らん」

 

 その言葉に、冷めた目のまま少女がこちらを睨む。

 ……それだ、その眼が気に食わない。全てを諦めた目が、どうしようもなく癪に障る。あの人が命を懸けて、生かしてくれた自分がいる。ナルリという弟分を失ったディティーがいる。日々を全力で生き抜いている人々が、この街にはいる。他の場所でならともかく、そんな場所で生きるのを諦めている人間がいるというのは、ただただ自分にとって気に食わない事実だった。

 だから、彼女の都合とかそういったものをガン無視して、ただ自分がムカつくからという理由で宣言する。

 

「―――今からテメーは、問答無用で俺の家族だ」

 

 癪だから、意地でも生きたいと思わせてやる。

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