#7.Housemate
―――ふわぁ、と欠伸を一つ。
枕元の時計を見ると、時刻は既に昼頃。まぁ昨日打ち上げと称して、夜通しどんちゃん騒ぎしたわけだし、当然だよなぁ、と納得する。それでも、二日酔いはしていない辺り、存外飲み方に関しては冷静だったらしい。
ベッドから起き上がり、いつも通り寝汗を流すため風呂場へと向かう。ざっと、適当にシャワーで汗を流したら、タオルで水気を取り、パンイチで脱衣所から出ようとして。
「……あ、今一人じゃないんだっけか」
昨日から同居人が増えたことを思い出す。流石に、女の子の前でパンイチはマズいよな、と脱衣所前に人がいないことを確認し、自室で着替えを探す。今までパンイチで済ませていたため、ほぼほぼ着ていないが……あった。部屋着用の柄もない甚平。それを手早く着込み、改めて部屋から出る。
一応隣の元義姉の部屋が新しい同居人の部屋になるわけだが、まぁ流石にこの時間であれば起きているだろうと判断して、リビングの方へ向かう。どうにも、家の中で服を着ていることに違和感を覚えるが……まぁ、そのうち慣れるのだろう。
「って、あれ。いねェ」
リビングに顔を出せば、そこはもぬけの殻。昨晩から物の配置が変わった様子もないし、どうやら同居人はここへは来ていないらしい。となると今は部屋の方か、と考えつつもまずは腹が減ったために、朝食兼昼食を食べることにする。
ただ流石に寝起きで料理するのは面倒であるし、そもそも別に、自分は料理男子とかいうジャンルではない。済ませられるなら、躊躇いもなくカップ麺などで済ませる人間だ。
一応、今日に関しては買ってきてある菓子パンがあるため、それで食事を済ませることにする。この環境では菓子パンも貴重品であるために、些か勿体ないような気もするのだが。まぁそれこそ取って置き過ぎて、賞味期限を切らすよりはマシだろう。
「ん、美味い」
朝食に関して言えば、自分は白米よりもパン派だ。いや、そもそも環境的に白米が貴重、というのもあるのだが。単純に、自分はパンが好きだったりする。
しかし、同居人の方はパン派か米派かが分からない。この時間にリビング、あるいはキッチンにいないなら昼食を食べていないのだろうが……まぁ、小麦アレルギーなどを持っていないことを祈るしかない。
自身の食事を済ませたら、ここ最近使っていなかったお盆を久々に取り出し、洗う。そして洗ったそのお盆に皿に盛った適当な菓子パンと、コーヒー。それから砂糖やミルクなども用意しておく。正直、他人の世話などしたことないのでこれで正しいかは知らないが……まぁ、自分に義姉がしてくれたことをある程度なぞらえれば大丈夫だろう。
「つーわけで起きてますゥ?」
足でドアノブを捻って扉を開けて、部屋へと突入する。部屋の中は、住み始めたのが昨日からということもあって、ただベッドとミニテーブル、その上に女性用の衣服が幾つかあるだけだった。殺風景だなぁ、なんて義姉がいた頃と比較しながら、ベッドの上に座り込む少女を見やる。
少しだけ赤みがかった金色の、腰まで伸ばされた長髪。寝巻の裾から覗く足首は、余りにも細くて少し力を入れれば折れてしまいそうに思える。そして何よりも、こちらへと向けられた燃えるように紅い色の癖に無気力な、癪に障る目。
「おらソール、飯だぞ」
「……そう」
端的に、それだけしか返さない彼女にイラッとしつつも、ミニテーブルから衣服の類をどかして、そこへとお盆を置く。そして視線ではよ食え、と示すと渋々ながらもソールはパンを手に取り食事を始めた。
「朝は食ったのかよ」
「……食べてない。別に、餓死したって構わないから」
すぐこれだ、と頭を抱える。死にたがり、というわけじゃない。ただ生への執着がないのだ。生きようというモチベーションがないから、例えその行動が死に繋がるものであっても、誰かに止められなければ躊躇いもなくやってしまう。
ただ誘拐された程度じゃこうはならない。だから間違いなく、それ以前に何かあったのだろう―――そこまで考えて、何で自分が嫌いなやつのことを考えなければならないのか、と後頭部を掻き毟る。
「はー……ほんと、酔った勢いで世話役とか受けちゃダメだわなァ……」
「だったら、捨てればいいでしょ?」
「阿呆が」
真顔でそんなことを宣うソールの頭を軽く小突く。それにすら不満気な顔すらしないソールに呆れつつ、ソールの方は気にしていないだろうが、一応理由を語っておく。
「一回引き受けて、それを投げだすなんて格好悪いだろうが」
「……それだけで嫌いな私の面倒を見れるの?」
嫌われている自覚はあったのか、と少し驚く。どうやら、ただ無頓着なだけで周りの感情の機微が分からないわけではないらしい。だからやっぱり、元々はこうではなかったのだろうな、と思いつつ嫌いなソールに構う理由を口にする。
「嫌いだからって距離を取るのはまァ、一つの選択肢なんだろうよ」
「だったら、何で?」
「個人的な考えだけどな。その選択肢はどうも、逃げてる気がしてな。格好悪い気がして嫌なんだよ」
結局、自分の基準など格好悪いか否か程度なのだ。自分は、自分のことを守ってくれた、格好いい背中を知っている。だからせめて、自分ができる範囲では格好つけることにしているのだ。あとはまぁ、シンプルに男としての矜持もある。
「やっぱり、分からない」
ただそれは彼女には理解できない概念らしく。普通は分からない感覚だよな、とも理解できる。ただやっぱり、この街で生きていると格好悪い真似はできないと思ってしまうのだ。なんてたって、理不尽な目にあっても抗い続ける格好いい人間がここには多過ぎる。
だから彼女のように諦めてしまった人が癪に障るし、同時にこの街の人々に感化されて変わって欲しいとも思う。それを彼女が望んでいないとしても、自分はそうであって欲しいと思うからそれを押し付けるのだ。
「……ごちそうさま」
そんなことを考えていれば、いつの間にかソールが食事を終えて、コーヒーも飲み切ってそう言葉を発する。そこら辺のマナーはしっかりしているんだな、と考えながらお盆を持ち、立ち上がる。
「んじゃま、ちーっとついてこい」
「何かするの?」
「この街で生きていくために必要なことだよ」
「必要ない。別に生きてたいわけじゃないし」
「んなことどうでもいいから家主の言うことは聞け」
そうやって言い切れば、食事をあげたこともあってか渋々ながらも、こちらに続いてソールも立ち上がる。背丈は、こちらの肩ほどまであるから、この年代の女子としてはそう珍しくはないのだろう。ただ、先ほども思ったが、どうにも彼女は体が細い。栄養が足りていないのではないか、と心配になる程度には。と、なるとこの後やることと並行して食事の方も管理しなければならないかもしれない。特に彼女は放っておくと食事をサボりそうであることだし。
ソールを引き連れてまずはキッチンへと行き、流しの方にコーヒーカップや皿をぶち込み、一旦放置。そのまま家の外へと出る。
自分の家から出てすぐは、街の外れの方にあることもあって、広い平地が広がっている。いつもは主要区画に遠くて不便だな、としか思っていなかったがこうなってみると便利なのかもしれない。
「それで、何をするの?」
「ん、それだけどな」
何をするかは気にするのだな、と思いながら振り返り、ソールの目を見る。そしてそこで彼女は何をするのであれ、とっとと済ませたいだけだと察し、やっぱりこいつ嫌いだわ、と改めて思う。
ただまぁ、その程度で投げ出すタイプではないので、若干のイラつきを飲み下し、今からやろうとしていることを口にする。
「とりあえず、お前さんの実力チェック」
「実力?」
「そうそう、どれだけ戦えるかって話」
しばらくは、自分が面倒を見るから別に戦えなくても問題はない。ただいつか、独り立ちするか、あるいは自分がいなくなった場合。その時は彼女は一人で仕事をこなすことになる。だから今のうちに、ある程度は戦えるようにしておく必要があった。
まぁその場合、今の彼女の考え方の場合、仕事などしないと思われるので、並行して考え方も何とかしなければならないのだが、今は考えないでおく。
あとは単純に、雷生さんからの世話役やってくれという頼みには、彼女の鍛錬も含まれているというのもある。個性的には適性は戦闘なので、戦力になるようにしておいてくれ、という話なのだろう。
「別に戦えるようになりたいわけじゃない」
「でも俺はお前が戦えるようにしておきたい」
「……はぁ」
そう言ってやれば、溜息こそ吐いているが、諦めたらしくソールの纏う雰囲気が変わる。相変わらず、その瞳は無気力だ。それでも、一応の闘志とでも言うべきものが見えるようになる。
態勢こそ変わらないが、事前に雷生さんからソールの個性は聞いているため、その必要がないのだと理解している。だからその段階で既に、ソールの戦闘準備はできたのだと理解できていた。
ステップ。後ろへと下がって距離を調整する。剣の間合いからは外れ、銃を構えて撃つには些か近い。どちらであっても、互いの技量によって勝者が変わる、そんな距離。
右半身を後ろへ、軽く腰を落とし、重心はしっかりと体の中心へ。口の中で小さく、刀剣召喚と呟き右手に武器を呼び出す。形状はシンプルな片刃直剣。最も自らが扱いやすい武器だ。
そうして、こちらも準備を整える。
「先手は、譲ってやるよ」
「……私が勝っちゃうよ?」
「はは、オメー如きにゃ負けねェよ」
如き、とまで言われ流石にカチンときたのか、ソールの眉間に皺が寄る。感情が死んでるわけじゃないんだな、と思いつつ、周辺の温度が徐々に上昇していくのに気づく。それにソールの周辺に舞うのは―――火の粉か。スイッチが入ったな、と理解ししっかりと右手の剣を握りしめる。
「―――手加減は、しないよ」
いいや、違う。壁だ。紅蓮の壁が、目の前に生じたのだ。それは、ソールを中心に球状に広がっていく、炎の壁だった。しかもよく見れば、純粋な炎ではなく、白いもの―――光が混じっているのを理解する。便宜的に、光炎とでも言っておくべきか。
これ、直視し続ければ目が死ぬな、と理解しサングラスを手早く召喚する。それでも、それを貫通するほどに強い光を放つ光炎を見続ければ直ぐに目が死ぬだろう。
身体の各部関節を順序立てて、連動するように、力を余すことなく足元から腕へと流し、右手の剣を振るう。やることはシンプル。幾度となく鍛錬で、実践で繰り返してきた斬るという動作。
X字状に、光炎の壁を斬り裂く。そうして見えるのは、光炎の壁の向こうにいた、ソールの姿だ。
余程自信があったのか、ソールの顔は驚愕に彩られている。ただこの程度、この街の住民であればあっさり突破するだろう。ディティーであれば、忍術とか言ってすり抜けるだろうし、ヤク中であればノリで耐えて通り抜ける。そして近接戦の中でも、特に剣の扱いに特化した自分であれば、こうして斬り裂いてみせる。
そんなことを思いながら、前へと落ちるようにして加速し、間合いを詰めて、ソールに反応させる暇を与えずその首元へ剣を添える。
「―――と、まァこんなもんだな」
右手の剣を返還しながらそう言うが、ソールの方からは反応が返ってこない。どうやら、それなりに自らの個性に自信があったらしい。
―――太陽の個性。
それは明確に太陽を操ったり、太陽と化したりできる能力ではない。太陽っぽいことならできる、という抽象的なものらしい。例えば〝太陽と言えば燃えている〟というイメージから炎をある程度操れ〝太陽と言えば光っている〟というイメージから光をある程度操れる。所謂概念系の個性になってくる。
ただ広い応用の幅に対しデメリットも存在していて、イメージが明確でないと発生する現象の強度が落ちるのだ。だからああも簡単に自分でも斬ることができた。あれに例えば〝太陽はその巨大さ故に斬ることができない〟というイメージが乗っていれば、斬撃耐性が光炎の壁に付与されただろう。
いや、まぁそれでも問答無用で斬り伏せるのだが。
それでも、普通に考えれば個性としては強い部類には入るのだ。だから、今までの生活で自信を持っていても、別におかしなことではないのだ。ただそれがこの街では通用しない、というだけで。
「ま、そんなわけでまだまだ弱いんで修行するぞ、クソ雑魚後輩」
「……修行?」
呼び名はスルーか、と思いつつも反応が返せるなら上等。心が折れたわけではない―――あるいはとっくに折れていてもはや折れる余地がないのか。まぁ些細なことだ、そんなことは気にせず、反応できるならそのまま修行に入ることにする。
「それじゃ、走るぞ」
「走る?」
「イエス、走る、ラン」
実際、その場で走るモーションをしてみせれば、そうじゃない、と返される。ならば何が聞きたいというのか。
「強くなるために修行するんでしょ?じゃあ個性の訓練とかじゃないの?」
そのあまりに間抜けな質問に、思わず大きな溜息を吐く。それにイラッとした様子のソールだったが、一先ず話を聞くことにしたのか、こちらに説明するように促してくる。仕方がないので、このクソ雑魚後輩にもわかるように説明してあげることにする。
「いいか、今後お前は仕事をすることになる。そしてその仕事には、ずっと走り続けることになるものがある」
例えば、つい先日の襲撃作戦。あれなんかはいい例で、自分たちは戦いながら階段をひたすら走り続けた。
「それにさっきはお前、止まって個性を発動してたけどあれじゃ狙ってくれって言ってるようなもんだ。動きながら戦うのが基本。だから当然、体力は必要になってくる」
ここでの仕事をこなすには、何はともあれ体力が無ければ話にならないのだ。派手に動いても体力をもたせることのできるだけの体力量と、効率的な身体の動かし方を理解する必要がある。故に。
「走るぞ、俺がいいって言うまで」
「それ具体的にはどれくらい……?」
「俺次第だ」
「………………」
「ちなみにこれから毎日やるからな」
「嘘でしょ……?」
「残念、真実だ!ほら走るんだよォ!!」
ソールの尻を蹴っ飛ばし、無理矢理走り出させる。終わりの見えない走り込みに、明らかに絶望した顔をしているが問答無用。
そして過去自分も経験した、ソールにとって地獄のマラソン生活が始まった。