ソールの走り込みが始まってから数週。精神面においては、全く改善が見られていない。変わらず彼女は生きることに対して無頓着である。健全な精神は、健全な肉体に宿るというが、絶対にというわけではないらしい。
ただまぁ、この走り込みは別に精神面の改善を狙ったわけではない。純粋に体力を付けさせるのが目的である。そしてそれはある程度ではあるが、実を結び始めている。
「オラペース上げろォ!!」
「クソッ……!」
「聞こえてるぞ、距離延長!!」
「ファック!!」
ついでに、精神面の改善はなかったが、こちらに影響されて口はだいぶ悪くなってきていた。いいキャラになりそうだ、と判断しながら、走り続けるソールを見る。
相変わらず、ひぃひぃ言いながら走ってはいる。しかし本人が自覚しているかはともかく、かなりそのペースは速くなっている。それは単純に体力がついた、というだけではなく、体力の消耗が少ない、効率的な走り方を体が覚えてきた、ということである。
と、なればそろそろ、次のステップに行ってもいい頃になってくる。だからソールへ声をかけ、いつもより早く、走るのをやめさせる。
「……何でこんなに早く終わりなの?」
「その疑いの目やめない?いや、気持ちは分かるけど」
自分も、同じように初めて義姉の方から走り込みを短めで切り上げられた時は疑ったものだ。絶対に、この後ろくなことにならないのだろうと。そして実際、それは間違ってはいなかった。
「とりあえず、今日から走り込みは短くするぞ」
「その心は?」
「次の修行へと入ります」
それにソールは思いっきり顔を顰める。彼女からすれば、する必要性を感じない修行がステップアップしていっているのだから、それはやる気がしないだろう。それでもやっているのは、きっと根が真面目なのだと思う。
「つってもまァ、やることはシンプルで、ひたっすら個性を発動して、やめてを繰り返すだけだがな」
「そんな簡単なのでいいの?」
「あ、もちろん攻撃用の威力で、俺がいいって言うまでな」
「そんなことだと思った」
そう言って嫌な顔をしているソールだが、それでも大人しく個性を発動し、光炎を周囲に広げたあと、それを解除してを繰り返し始める。それに真面目だなぁ、と思いつつもその様子を見守る。
彼女の場合、なまじ個性が強力だったせいで、その扱いが洗練されていない。とりあえず雑にぶっぱしとけばいい、という考えが透けて見えるのだ。確かに、あの火力で周囲に広げてしまえば対処はし辛い。だから、一般的な環境で彼女の年代ならそれでいいだろう。
ただ今の環境では、あの程度普通に突破できる人間が多い。それに発動しようとしてから、実際に発動するまでも長い。本当は前回の手合わせ、ソールが攻撃を放つ前に接近することだってできたのだ。それをしなかったのは、正面から彼女に勝つ必要があったからにすぎない。
何はともあれ、彼女に必要なのは慣れだ。それにはひたすら個性の発動を反復し、それに慣れさせるしかない。要するに、走り込みと一緒だ。ひたすら使い続けることで、疲れさせ、自ら疲れない効率的な運用法を考えさせる。基礎も基礎、当たり前の段階なのだが、だからこそ疎かにできない修行でもある。
「……ま、これで更に半月ってとこかいね」
少し、羨ましい話だったりする。自分の場合は、走り込みも、個性の反復練習も一ヶ月はそれだけやり続けたのだ。それは偏に、才能が足りなかったから。まぁそれでも他と比べるとマシらしいのだが、ソールは自分以上のポテンシャルを秘めているらしい。半月で体力の消耗を抑えた、効率的な肉体の動かし方を習得したのだ。単純な体力がまだ足りないため、走り込み自体は継続する必要があるが、それでも目的の半分は達成している。
才能に溢れた若者ね、と少し呆れながら呟く。その事実に嫉妬してしまうほどではないが、やっぱり、羨ましいという気持ちは少しある。そして同時に、吸収が早いことを少しだけ、悲しくも思う。早く強くなる、ということはそれだけ実戦に出るのが早くなる、ということなのだから。
自分だって、人一人を養えるほど余裕があるわけじゃない。ソールの修行が終わってから、かなりの頻度で仕事を入れているのだ。だから、彼女が実戦で使えるレベルになったら、すぐにだって仕事に出さなければ家計がキツイ。そしてまた、自分で稼げるのなら稼がなければならないのがこの街のルールでもある。
「あんまし、気分がいいものじゃねェけどな」
自分たちと同類を生み出すのだ、いい気分なわけがない。それでも、死ぬよりはマシだから。死にたくないからそれを選ぶしかない。ソールが強くなれば、間違いなく様々な仕事の成功率が上がるのだから。
そうやって考え込んで、ふと、随分と暗いことばかり考えたと頭を振る。もう既に、ソールを預かった段階で、この件についてはある程度腹を括ったのだ。だから今更考えることではない。
邪念を振り払うためにも、自分も少し鍛錬をしておくことにする。最近は実戦ばかりで少し、鍛錬も行っておきたかったのだ。
個性を用いて、右手にシンプルな片刃直剣を呼び出す。やることは実に簡単。剣の基礎動作である斬る、突く、払うのモーションを繰り返すだけ。言ってしまえば素振りだ。ここに、個性での素早い武器の切り替えや、格闘術としての投げなども組み込んでもいいのだが、今回は邪念を払う意味もある。シンプルに、三動作だけを繰り返すべきだろう。
―――そうやって、数時間二人修行していると、バタン、と倒れる音が辺りに響く。それにやっとか、と呆れつつソールの方を見やれば、地面に突っ伏した彼女を確認することができる。
「おう、しっかり死んでるな」
「……ッ…………」
「喋る余裕もないのね」
睨みつけてくるソールを軽くあしらいつつ、肩に担ぐ。走り込みで多少、筋肉がついたと言えど、未だ半月。変わらずその体は細く、軽い。ちょっと力入れただけで折れそうだよな、と思いながら自宅へとソールを運び込み、適当にソファへと放っておく。
その扱いに文句を言いたそうなソールであるが、変わらず体力が底をついていて、声を出す気力もないらしい。とりあえず、温めにしておいたスポーツドリンクを渡して、自分もまた、水分補給を済ませておく。
自分は言ってしまえばただ剣を振っていただけだが、それでもゆっくりと、身体の各所を意識しながら、重量のある剣を振り続けていればそれなりに汗もかく。ただシャワーを浴びたいところではあるのだが、明らかにダウンしているソールを放っておくのも流石に、気が引けた。
だからしばらく、来客が多い時用の椅子を引っ張りだして、それに座ってソールの体力が回復するのを待つ。
「……個性を……発動するだけが……こんなに辛くなるとは……思わなかった……」
「ま、普通はあんなに連用しないもんな」
個性だって身体の機能の一つなのだ、使えば使うほど体力を消耗するのは当然であり、ましてや何も考えずに放ち続ければ、倒れるのは必然なのだ。実戦になれば、これに走ったり、場合によっては近接戦が加わってくる。ソールの場合、近距離も遠距離もいける個性であるため、そこら辺も考えて体力を配分をしなければならない。だから個性での体力消耗の感覚を早く掴んでもらう必要があった。
「それで、何で個性発動するだけの修行だったかは分かるか?」
「走り込みと……一緒でしょ……」
わかってるならよろしい、と頷く。目的を理解しているなら、ソールであればすぐに個性の扱いにも慣れてくるだろう。そこまで行ったら、今度は近接型か遠距離型かの話もしないとな、と考えていると、ある程度息が整ってきたソールがこちらを見つめてきて、その口を開く。
「あなたも、こんな修行をしたの?」
「おん?」
彼女がこちらのことに興味を持つのは珍しい。生に対し執着がないからか、周りに対しても無頓着なところがある彼女がこちらについて質問してくるなんて、この半月で初めてかもしれない。
二週間共に過ごしたことで、多少なりとも彼女にも変化があったのかもしれない、と考えつつ、自分が修行してた頃のことを思い出す。
「そうさなァ……うん、多分、お前よりきつかった」
「私より?」
「いや、倒れても無理矢理立たされて続行させられたし……。基本鍛錬は気絶するまでよ」
「ええ……」
今思い出しても地獄の修行だった。義姉の指導はもう、ザ・スパルタとしか表現できなくて、本当に地獄としか言いようのないものだったのだ。倒れても再度立たされるなんて当たり前、ゲロっても続行、酷い時は気絶しても無理矢理起こされて続行だ。
だからついつい、義姉の修行を参考にしつつも、自分が味わった苦労をソールには味わってほしくなくて、甘めになってしまっているところはある。義姉並みにスパルタで行けば、多分一週間でソールは効率的な身体の動かし方を習得していただろう。
そこら辺をソールに語って聞かせてやれば、明らかにソールの目が可哀そうなものを見る目に変わる。それ自体は少し癪であるが、自分がソールの立場であれば同じ目をしただろうとは思うので、文句は控えておくことにする。
「そう考えると、私はまだラッキーなのね……」
「なんだ、生きるのには興味ないんじゃなかったのか?」
「別に、今だって生きてたいわけじゃないわよ。でも死ねないのに辛い思いはしたくないに決まってるでしょ」
そりゃそうだ、と笑う。確かに辛い思いをしたくないのはMでもない限り、それが普通だろう。まぁこの街で普通とか言っても、微妙なところなのだが。最近は顔を合わせてないが、この街には個性〝ドM〟を持つやつもいるし。
「何その個性、業が深過ぎない……?」
「なお本人はMでも何でもない模様」
ええ……と困惑するソールを見て、自分も最初に聞いた時はそんな反応だったことを思い出し笑う。ここら辺、半月も二人で生活していれば、ソールともそれなりに打ち解けて、こうしてくだらない雑談もするようになってきている。未だにその根本的なところは変えられていないが、それでも出会った当初よりは大分感情が出るようになったものだ。バカをやった甲斐があった、というものだ。
「それでもその人結構上手くその個性使うんだぞ?」
「どうやって?」
「ドMの個性は痛みを快感に強制的にコンバートするから、囮とか、わざと捕まって拷問受ける時とかに使ってる。あとは肉壁とか?」
「扱いが……」
「大丈夫大丈夫、前に会った時は痛めつけられるのが楽しくなってきた、って悩んでたから」
だから多分、そろそろ純粋にMに仕上がってきてるんじゃないかな、と思っている。ただあの個性、あんまり威力の高い攻撃喰らっちゃうと、テクノブレイクで死ぬ可能性があるのが困りものだったりするのだ。この街でテクノブレイクで死亡したとあれば、速攻で街にその話が出回るのが目に見えている。だからまぁ、彼には上手いこと生きていて欲しいと思う。まぁテクノブレイクで死んだら死んだで、自分も全力でネタにするのだが。
「ま、そんな感じで個性も扱い間違えると大惨事なわけよ」
「できれば他の例えで聞きたかった……」
「それは俺が相手の段階で諦めな!」
はぁ、と溜息を吐くソールに笑って返す。基本的に楽しく過ごしたい人間であるため、真面目な話、というのは避けたいのだ。だからこういう話も、ついついネタを交えて話してしまう。ちなみにそれを反省したことは一度もない。
「言うて俺の個性だって、制御失敗すれば頭上とかに剣出しちゃうし、皆危険をはらんでるもんだよ」
「それは……分かる」
それこそ、ソールの個性は制御をしくじれば周辺一帯が燃えてしまってもおかしくないのだ。だから極限下でも制御を失敗しないように、そこら辺を鍛錬しておく必要だってある。
効率的な扱いを覚えて、精密制御を習得して、近距離、遠距離それぞれに対応できるようにして、それからどちらかをメインの戦闘法として仕上げて。まだまだ、やることは多くある。いつかは彼女も仕事を、人殺しを経験するだろう。だけどそれはまだだ。もっと、その能力を仕上げて……そして何より、その精神性を改善してからだ。
……今はまだ、多分彼女に人は殺せない。殺すくらいだったら、自殺すると思う。感性がまだ、普通の平和な世界でのものなのだ。それは、この街でバカをやっている連中に対して、笑うのではなく、得体の知れないものを見るような目をすることから分かる。頭のネジを何本か外させなければ、人殺しはできないだろう。
それに加えて、生に執着しない、何らかの要因がある絶望を彼女は抱えている。だから殺すくらいだったら、自分が死ぬという選択肢を取れてしまう。それは……自分が嫌だった。二週間とはいえ共に過ごした彼女を、そう易々とは死なせたくない。
何とか、彼女をこの街に適応させないといけないなぁ、と適当にソールと雑談しながら改めて思うのだった。