――2023年4月11日夜 京都府舞鶴市瀬崎 EDF第17観測所――
EDF第17観測所とは、EDFが各地に設置している観測所だ。
数えて17番目に出来たその小さな観測所では、夜勤当直の数人が欠伸をしながら機器を見守っていた。
『1930、定時報告、定時報告ー』
通信が入る。
気怠そうに間延びした中年男性の声だ。
「こちら、第17観測所。目視観測、各種レーダー、共に異常なし。どうぞ」
少し疲れた様子の見える、若い男性の声が答える。
『こちらベース248了解。もう4月だが、今夜は冷える。夜風に気を付けろよ』
第17観測所は舞鶴市瀬崎の端にある、旧海上自衛隊瀬崎警備所に作られた、小さな観測所だ。
その立地から、観測所には常に隙間風が入る。
「こちら第17。暖かい味噌汁が飲めるだけマシさ。具無しでもな」
『ふっ、そりゃそうか。前線ではいよいよ、四つ足攻略が始まりそうだ。大艦隊ひっさげて砲撃戦だとよ』
「おー、そいつは豪勢でいいじゃないか。それが終わればいよいよ国土奪還か」
『エルギヌスが居るだろう。まだ気が早ぇよ』
「そうだな……、……」
軽くはない軽口を交わす二人だが、突然押し黙る観測員に、ベース248の通信員が疑問を投げかける。
『どうした?』
何か嫌な予感を感じ、通信員の軽薄さが抜ける。
「いや、また妙な振動だ。今日はやけに揺れるな……」
数時間前から妙な振動を感じており、落ち着かない。
『振動センサーの波形は? 巨大生物の地中侵攻かも知れんぞ』
「センサーにおかしな点はない。……しかし大きくなってきたな。ちょっと待て……――海の方か?」
巨大生物の地中侵攻を警戒し、全国に簡易型の振動センサーが敷設されているが、海中はコストパフォーマンスと技術の面から完備されて居ない。
海洋国家である日本は、警戒すべき海域が多すぎるのだ。
『海の方? まさか海底火山かホントの地震なんじゃ――』
その瞬間、観測所に爆裂音が鳴り響いた。
音の中心は観測所ではないが、辺り一帯に同時に響き渡った壊滅的な音だ。
「くっそぉ! なんだ!?」
『第17! 何が起こった! おい!!』
観測員は光景を見て絶句する。
「……嘘だろ、あれは……!? ――まずい事になった! あれは、巨獣ソラスだ!! ソラスが発電所付近に上陸ッ!! 繰り返すッ、ソラスが発電所付近に上陸ッ!!」
『ッ!? なんてこった!! 市域全域に緊急避難警報を発令ッ! くそっ最悪だ!! 今舞鶴市に碌な戦力は――』
「――言ってる場合か!! すぐに戦力をかき集めて遅滞戦闘と避難をしないと大変なことに――ッ!! まずいッ! 発電所が!! ソラスが発電所に接近中!!」
関西電力舞鶴発電所は、ソラスの上陸地点のすぐ近くにあった。
──関西電力舞鶴発電所──
「なんだぁこのサイレンは!?」
「何かあったんだ! 巨大生物か!?」
「EDFの避難警報だ! フォーリナーが来るぞ、逃げろ!!」
職員たちはけたたましく鳴り響く緊急避難警報のサイレンを聞き飛び出すと、暗闇に浮かび上がる巨大な双眸を目にする。
「うわぁぁなんだあの怪物は!!」
「巨獣ソラスだ!! 中国の方を暴れ回ってたんじゃないのか!?」
「知るかよ!! 目の前のコレが現実だ! 逃げないと死ぬぞ!!」
「全職員! 直ちに仕事を放棄して避難してください! 急いで!!」
夜間でも稼働する石炭火力発電所の灯りに照らされて浮かび上がるのは、二足歩行の巨獣の岩石の様な皮膚だ。
全長凡そ40mにも上るその巨獣は、敷地内に侵入すると、ボイラーやタービン等がある建屋を突進で破壊した。
鋼材や機材が飛散し、破片で職員が押し潰される。
中の職員がどうなったか、言うまでもないだろう。
更に建屋の崩壊と発電中の熱エネルギーが行き場を失い、爆発と火災が発生する。
「きゃああああ!!」
「逃げろー!! 巻き込まれるぞ!!」
「助けてーーー!!」
「動けない……行かないで、潰される……!」
「足を挫いた! 誰か、誰かぁ!!」
数歩の突進。
たったそれだけで発電所は大混乱に陥り、職員に死傷者が溢れる。
しかし、それ以上の惨劇は、直ぐに起こる。
巨獣ソラスは、口内から煙を吐き出し、体内のガスを集めると、咆哮と共に炎を吐き出したのだ。
「火だ!! 火が来るぞぉ!!」
「嫌ああ!! 死にたくない!! 死にたく──」
「終わりか……! 母さん、父さん、どうか無事で──」
「建屋に入れ! 急げ! 急げ!!」
炎――いや既に爆炎と言って差し支えない勢いで吐き出されたそれは、たったの一息で舞鶴発電所の大半を覆い、周囲を昼間の様に、或いはそれ以上に赤く朱く照らした。
噴射された爆炎は、範囲内の全ての建造物・人工物を焼き払い、各所で爆発が起こる。
巻き込まれた職員は骨も残さず炎上する程の熱を喰らい、恐怖はあっても痛みを感じる間もなくこの世を去った。
────
爆炎は発電所を焼き払っただけに留まらず、周辺の木々や森も一斉に焼き尽くし、巨大な森林火災が起こる。
その様子は第17観測所からもはっきりと見え、その圧倒的な火災に照らされた巨獣ソラスは、まるで映画の一幕に登場する怪物のようであり、根源的な生命の危機を感じ鼓動が早まる。
「発電所が、一瞬で……」
舞鶴石炭発電所職員、非常勤含め620名は1人残らず焼却され、発電所跡からはどす黒い煙が立ち上る。
超高温、広範囲の火炎放射は周囲の木々ごと発電所を焼き払い、辺りの森林は延焼し、手が付けられない。
『残念だがどうしようも無い……! 舞鶴市全域に緊急避難警報を発令してる。ベース248から4個戦車中隊と1個陸戦歩兵連隊が出撃した。1個輸送中隊も総出で避難誘導を行ってる。海上自衛隊も数隻護衛艦を出したようだ。だが……、これは……』
言わんとしていることは分かる。
ソラス撃破どころか、遅滞戦闘すら危うい戦力だ。
あらゆる思考が、舞鶴市民の大量焼却の結果を避けられないものだと決めつけてしまう。
EDFなら大抵の人間は知っている。
巨獣ソラスや、その他の怪生物がいかに海外で猛威を振るっていたか。
「!? ソラス、陸地から移動開始!! 舞鶴湾に飛び込んだ!!」
『舞鶴市に上陸する気だ……! 戦闘部隊、配置完了! だが……クッ!! 俺たちは──ベース248は徹底抗戦を決めた! 進撃コースから外れている、お前だけでも生き延びるんだ!! ベース248は、玉砕するッ!!』
「ちくしょうッ!! 海上自衛隊と通信を行い、奴の気を少しでも逸らす!! エアレイダー程では無いが、観測基地の役割を果たす!!」
その通信を最後に、ソラスは電力を喪失した舞鶴市に上陸を行った。
巨大な水柱を上げ、大型船舶用に深く掘られた海底から舞鶴港へ飛び上がり、地上に降り立つ。
それだけで、周囲の建物が崩壊する程の振動が鳴り響き、逃げ惑う人々は転倒し、輸送車両や列車は横転、脱線する。
大地は裂け割れ、徒歩や民間車輛での移動は困難を極める。
海底から上陸する、たったそれだけで多数の死傷者が現れるが、直後に巨獣ソラスは炎を伴わない純粋な咆哮を上げた。
避難する人々の鼓膜は爆音で破れ、立つこともままならない目眩を感じ、完全に避難の足が止まる。
上陸の瞬間を狙っていた戦車隊も照準が狂い、唯一の好機が無為に消えた。
そして、口内に黒煙が溜まる。
爆炎を伴う火炎放射の前兆だ。
『くそおぉ!! やらせるな!! 全車輌、直ちに射撃開始! 射撃開始! 早くしろ!!』
戦車部隊、砲兵部隊が体勢を立て直し、砲撃開始する。
暗闇に黒い体表だが、背後の舞鶴発電所の火災を背後にしている為、視認は容易だ。
戦車砲の高速砲弾が直撃し、砲兵の強力な砲弾とミサイルがソラスを爆撃する。
しかし、40mもの巨体を誇り、頑強な皮膚を持つソラスには、不十分過ぎる反撃だった。
直後、砲爆撃の炎に紛れて、ソラスの爆炎が、市街を薙ぎ払うように放たれた。
「火炎放射だ!!」
「まっ、間に合わない!! うわああぁぁぁぁーー!!」
「熱、熱いぃ!! 焼けっ、ぎゃあああーーーー!!!」
ソラスの咆哮と共に放たれた爆炎が、舞鶴市街中心部の全域を覆う。
中心部にあるあらゆる物質が燃え上がり炭化する。
堅牢な建造物も、頑強なシェルターも、戦車の特殊複合装甲でさえ、瞬時に焼却された。
唯一、地下シェルターや地下鉄だけ跡形も無くなるのは避けられたが、地下空間は瞬時に1000度以上の焼却炉と化し、やはり中に居た人間は1人たりとも助からなかった。
空気が赤熱し、強力な上昇気流が発生する。
炎は巻き上がり、一瞬にして巨大な炎の竜巻が数の出来上がる。
このたった一度の炎の咆哮により、東舞鶴駅を中心とする東市街エリアは八割が焼き払われた。
舞鶴市東市街エリアの人口は、戦線後方地という事もあり、戦争前の舞鶴市全体の人口7万人を超える、10万4千人という過密具合だった。
そのうちの役六割、実に6万人程度が、避難も間に合わず一瞬にして炭化してしまった。
そして即死を避けられた残りの四割も、中重度の火傷や建造物の崩壊による重傷を負い、行動可能な者は殆どいなくなった。
余りの急な襲撃、そして前回守りきった後方地への奇襲。
避けられなかったとは言え、その結果は最悪を引き当てた。
だが、それでも更なる災厄を止めるため、人類の反撃が遅れて届く。
――EDF第246空軍基地所属 第24航空軍団-第31航空師団-第303攻撃飛行隊-第一飛行小隊”エンパイア”――
『こちらエンパイア! 地上ターゲットを視認! バカでかい生物だ……。エアレイダーの指示は待てない、攻撃を開始する!』
『……街全体が燃えている。……地獄の光景だ。許せん』
『上昇気流が激しい! 飛行機動に気を付けないと普通に墜落するぞ!』
『そこは腕の見せ所だろう! 行くぞエンパイアーズ!! 兵器使用自由! 全武装、一気に叩き込んでやれ!!』
『『了解ッ!!』』
エンパイアーズ含め、三個飛行小隊計12機のEDF戦術爆撃機”EB-22K カロン”が高速巡航のまま、航空機用高威力無線誘導爆弾DNG-2や、
すれ違う極僅かな時間に大量投射された火力が炸裂し、猛攻撃にソラスが炎と黒煙に包まれる。
高速巡航時の瞬間最大火力で他の追随を許さないカロンだが、強力なDNGシリーズのバンカーバスターをもってしても、その装甲と見紛う皮膚には傷がついているようには見えない。しかし、
『奴が唸っている! 効いたのか!?』
見間違いでなければ、猛爆撃でソラスが唸り、行動が止まったように見えた。
『違いない!! あれだけ叩き込んだんだ!! エンパイアーズ、全機反転! 反復爆撃だ!! 残りの爆弾を全て叩き込んだら、帰還して再度爆撃! その繰り返しで奴をここに縫い付ける!!』
各機が綺麗な弧を描いて反転する。
ソラスに向かって最高速度に近いくらい双発エンジンを唸らせながら、エンパイアーズや他の飛行隊は、爆弾投下のトリガーを握りしめる。
『いや違う! 待ってください!! 奴が煙を吐いています!!』
しかし、接近する飛行編隊を、ソラスは待ち構えていた。
『まずい!! 全機、距離を取れ!! 上空に火炎放射を浴びせる気だ! 狙われているのは俺たちだ!!』
その意図に気付いた飛行隊だったが、遅かった。
空気を震わせ、放たれた轟炎の吐息は、急減速も急旋回も不可能なカロン12機を巻き込んでいった。
『馬鹿な!! 火炎放射にそんな射程が!? うわああぁぁぁーーー!!』
首を動かし、非常に広範囲に炎を撒き散らす。
ソラス上空は、一瞬だが太陽よりも煌々と燃え上がる炎の天井が出来上がった。
対空砲火が雨だとするならば、それは地上から上空に向かう炎の津波に等しい。
点や線ではなく面で来る迎撃に対し、人類の考案した航空機はあまりに無力であった。
──EDF第248駐屯基地 地下非常発令所──
「エアベース246所属の航空攻撃隊、二次攻撃部隊も含め全機反応消失!! 航空攻撃は失敗に終わりました! 付近にスクランブル発進可能な戦闘航空部隊、ありません!!」
「第262、265戦車中隊、並びに第2師団砲兵連隊壊滅!! 生存者確認できません!!」
「陸戦隊、第二陣出撃!! 基地管轄の全歩兵部隊前進ッ!! ソラスの周囲全方位から接近し、背後を取れ!!」
「ソラス、県道28号ラインを突破しました! 基地防空砲の射程圏内に侵入!!」
「全火器全火砲、集中射撃!! 少しでも、ほんの1秒でもいい! 時間を稼げ!!」
ベース246の地下に収容されていた固定砲と、輸送機用滑走路に展開した自走砲ロケット砲部隊が火力投射を行う。
幾つもの砲弾ミサイルが尾を引き、飛翔音を響かせ、夜の空を駆け抜けてゆく。
もはや対フォーリナー戦では珍しくなくなった全力火力投射だが、舞鶴方面に配備されていた兵士たちにとっては、この世の終末を予感させるには十分な非現実的光景だった。
なにせ、以前までの対人類戦争では、このような地形すら変えて尚飽き足りない程の全力砲撃など、必要なかったのだから。
「戦車部隊第二陣、砲撃開始! 先進歩兵部隊、全部隊が突撃を開始しました! 機甲部隊及びコンバットフレーム部隊、陽動攻撃を開始!」
「エアレイダー“リゲル”より、海自護衛艦“あたご”に通信、グリッド指定火力支援、要請受諾!!」
『護衛艦“あたご”よりベース248! 非常事態につきエアレイダーの指示に従う!! 遺憾だが精度より火力投射量を優先する! 付近の部隊を後退させてくれ!!』
「こちらベース248本部! 気にしている余裕は無い!! 構わず撃て!!」
『ッ……! 日本国民を、祖国防衛の防人達を巻き込みたくはないが……。承知した。――第3護衛隊群分遣隊、全艦撃ち方初めぇーー!!』
──海上自衛隊第3護衛隊群分遣隊 護衛艦あたご──
「エアレイダー”リゲル”よりグリッド情報受信! 射撃管制装置に情報諸元入力完了!!」
「全艦撃ち方始め! 撃ぇぇーーッ!!」
第三護衛隊群分遣隊の三隻、護衛艦あたご、みょうこう、ふゆづきが一斉に射撃を開始する。
EDF総司令部により日本国の放棄が決定した際、陸海空自衛隊は日本臨時政府の決定に従って全部隊を撤退させた――というのが正式な報告書だ。
しかし、実際はそう綺麗には収まらず、多数の戦力が日本防衛と現地住民の保護を理由に通常の指揮権を逸脱した。
つまりEDF第11軍と同様、一部の部隊が離反している。
そのうちの一つが第三護衛隊群の一部であり、自ら勝手に”分遣隊”を名乗っている。
その護国精神あふれる精強な三隻の艦艇が、全力の火力投射を巨獣ソラスに叩き込む。
5インチ単装砲が127mm速射高速砲弾を、VLSがトマホークミサイルや最新の20式対艦誘導弾などの対地・対艦ミサイルをそれぞれ叩き込む。
海上自衛隊を含む各国海軍はフォーリナー襲撃後に迅速なシステム改良を行い、対艦ミサイルを地上大型目標に当てるシステムを最適化していた。
レイドシップや猛威を振るう各種怪生物など、従来の人類間戦争では概念の無かった陸上大型標的の登場が危惧された為、火力量、装甲突破爆発能力に優れた対艦ミサイルの改良が命題となっていた為だ。
その結果は功を奏し、各戦線で一定の成果を上げており、そして今、艦の保有ミサイルを撃ち切る勢いで発射された数多のミサイルが、動きの遅いソラスに全て命中した。
「ぜ、全弾命中!! 爆風により観測困難!!」
「構うな! 撃ち続けろ!! この程度で倒れる奴ではない!! 脚を少しでも止めるんだ!! 我々にできるのは、ただそれだけの――」
「目標の熱源反応極大ッ!! こ、こちらを指向!!」
「市民脱出の時間は稼げたか!? クッ、せめてもう少し距離が取れていればな! 両舷最大戦速!! 後は祈れ!!」
軍人として、軽蔑されるであろう艦長の最後の命令。
しかし、現実として自身の生存ではなく人類の勝利を願いながら果ててゆくしか彼らには残されていなかった。
それを最後に、ソラスが爆炎の息を吐き出す。
爆炎は護衛艦に向かって海上を這うようにして突き進む。
速度は恐ろしく速く、海上を進む艦艇を捉えるのは簡単すぎた。
物体を炎上させるのみならず、その物理的衝撃力で以ってソラスの爆炎は艦隊を襲い、直撃を受けてしまった護衛艦あたごは火薬庫の大爆発と同時に、船体全てを焼き尽くされて轟沈し、黒煙を残し夜の海に姿を消した。
――第269陸戦歩兵連隊 第二装甲中隊――
ソラスが海上に向かって咆哮し、爆炎を遠方に投射する。
その射線上全ての物体は瞬時に焼却され、近づいていた第二装甲中隊も余波を受ける。
『ぐああ! 熱ッ! 近づいただけで、なんて熱波だ!』
『攻撃の手を緩めるなぁーーー!!』
『熱で砲弾が誘爆しそうだ!!』
第二装甲中隊は、歩兵戦闘車サーペント、戦闘装甲車グレイプ、高機動武装車アードウルフで主に構成されている装甲戦闘車中隊だ。
部隊員は熱波で車体のフレームが軋む音を聞きながら、それでも奇跡的に動く武装を総動員して全力射撃を叩き込んでいた。
幾つもの機銃弾や徹甲榴弾、迫撃砲弾や対空高射砲弾、ミサイルや無誘導ロケットが飛翔し、ソラスは爆風で覆われ、周囲の視野も格段に悪くなっていた。
人類側の攻撃がそれなら、ソラスの火炎は更に視界を遮る。
周囲の景色全ては炎上し、兵士たちは殆ど火災の渦中に巻き込まれながら戦っていた。
『ここは灼熱地獄か!? 第四中隊はどうなった!』
『見るまでもない! あっちは火の海だ!!』
火力投射の火線が途切れているのが、何よりの証拠だった。
『火災旋風に気を付けろ!! 巻き込まれたら装甲車でもひとたまりもないぞ!!』
『言ってる場合か! 既に火事の真っただ中だよクソッタレが! それにどうせ、バケモンの踏みつけと火炎放射で死ぬのがオチだ!』
口では絶望に飲まれぬように、EDF特有の騒がしさを維持している。
しかし、本心では誰もがもう、自分は生きて帰れないのだと悟っていた。
それが正しいくらいに、周囲の火炎地獄とソラスの圧倒的絶望は大きかった。
『くそおおお!! なんか意味あるのかよこの攻撃はああ!!』
『それでも……たとえ俺たちが倒さなくても、きっと後の誰かがコイツを倒してくれる! そう信じろ!!』
『それって、あんた、あの英雄の事でも信じてるのか!? 奈落の王とかいう奴を、一人で倒したとかいう! 眉唾だろ!』
『さあな! そんな奴でも居て貰わないと、希望がないんでな!』
『火炎放射が終わるぞ! 奴が動く! 地鳴らしに注意しろ!』
40mもの規格外の巨体は、ただ足踏みするだけで地震と地割れを引き起こす。
『うおおお! 凄い振動だ! 歩くだけでこんな――』
『――こちら、第15輸送中隊! 舞鶴市民、確認していた七千人を安全圏へ避難させた!! 残る三千人、現在移送中!! ……皆重傷だが、こんなに、助け出せるとは思っていなかった。ありがとう。我々は最後まで生存者の捜索を実行する! 貴方達の挺身に感謝する!!』
輸送中隊隊長が感謝と胸の内をさらけ出す。
思わず弱音を吐いてしまう程に、舞鶴市街は絶望的な様相の火炎地獄だった。
そんな中、任務で動く輸送中隊のみならず、衛生兵、地元警察や消防救急、果ては行政に携わる政府関係者やEDFと自衛隊の基地勤務事務員まで。
多くの人間が命を顧みず重傷者の捜索と輸送手伝いを行った結果、多くの無辜の民を救出することが出来た。
その結果は、命を賭して散った航空爆撃部隊や自衛隊護衛艦、そして今まさに命を懸けているEDF地上戦闘部隊の決死の挺身の結果であった。
『……そうか。よかった。我々の命も、無駄では無かったな』
部隊長の安堵の声が、この場の兵士の心の内を代弁した。
『――咆哮が来るぞ! 射撃を集中しろ!! 死ぬ前に全ての弾薬を叩き込め!! 俺たちの最期の足掻きを、侵略者に叩き込んでやれぇぇーー!!』
『『うおおおおおお!! EDF!! EDF!!』』
第二装甲中隊は、持てる弾薬砲弾、そしてその精神の全てを叩き込んだ。
彼らの最期の火力という名の灯は、すぐにソラスの赤黒い爆炎の咆哮でかき消された。
「ああ、クソ、ここまでか……。後は頼んだぜ、まだ見ぬ英雄サンよ……」
英雄の事など眉唾だといった兵士が、最後に願いを託した後、骨も残さず消滅した。
――第248駐屯基地 地下非常発令所――
「第269陸戦歩兵連隊壊滅!! 護衛艦、三隻全て轟沈しました!!」
「……そうか。海自には損な役回りをさせてしまったな。市民の避難状況は」
「現在第15輸送中隊の奮闘により、凡そ一万人前後が安全圏へ避難完了! しかし、市内には未だ多くの市民が救援を求めており、推定2500人程取り残されていると見ています!」
「……よくやった方だ、本当に。皆には頭が下がる……。だが、これ以上は」
市内の状況の悪化により、輸送部隊や救助に従事する戦力の退避を命令した基地司令官だったが、強い救助続行の声に根負けして全てを任せた。
その結果最良の結果を引き寄せたが、引き際の時を見失ってしまった。
恐らく、彼らは己が命ある限り決して救う事を止めないだろう。
ならば、それを指揮する者が取る行動は――
「怪生物ソラス! こちらに進撃!!」
「来たか。もう阻む戦力は無い……! 全力火力投射を続けろ!」
第248駐屯基地の固定武装が火を噴き続ける。
元々、日本海側の防衛拠点として作られた駐屯基地だ。
要塞というには貧相だが、固定武装は豊富だ。
戦艦の主砲を流用した三連装砲塔や、対空火砲、固定連装ロケット砲などが多く装備されていた。
しかし、基地内の砲弾備蓄量はそれほど多くは無く、前線に何度も融通していた為、もう殆ど残っていない。
何より、そろそろソラスの火炎放射の射程圏内だろう。
「よし、ここらで限界だろう。退避する者は……――」
司令官は基地非常発令所を見渡す。
ソラス上陸から、ここまで。
司令官は基地要員に撤退を呼びかけたが、誰一人として基地から逃げ出す者はいなかった。
むしろ、多くの事務員や整備員など直接戦闘に関わらない者が、避難する市民の手助けを行った。
そして今も――
「基地司令。我々は、舞鶴と命を共にする覚悟です」
「そう、か……」
基地司令は帽子を深くかぶった。
彼らの覚悟を、見くびっていたようだ。
「ソラス停止! 火炎放射、来ます!!」
「彼らの覚悟に、敬意を表す。とはいえ、ここも無事でいるかは分からない。総員、覚悟を決めろ!!」
爆炎が、ベース246を焼き尽くす。
砲も設備も、地上にある物体は全て焼き払われた。
元々、ベース246はベース228の様に地下設備は充実していない。
せいぜいが地下発令所と車輛格納庫、それに収容できる迎撃用固定武装のみだ。
地上にあった設備も兵士も、一瞬で全てが焼き尽くされ、炭化して崩れる。
そして地下もまた、無事では済まなかった。
地下と言っても密閉空間ではない。
通路や通気口を炎や赤熱した空気が移動し、地中をも熱が伝わり、地下発令所は灼熱地獄となる。
そして、残った地下施設を粉砕しようと、ソラスがベース248の真上に辿り着く。
「――ふっ、油断したな巨獣ソラスめ」
灼熱に喘ぐ司令官が起爆スイッチの前に立つ。
――それは、人類の叡智の結晶。
フォーリナー由来技術を取り入れた最先端の科学兵器。
電子励起状態のヘリウムと、エナジージェム中性子変性時の露出型イオタ反応を掛け合わせた最新型電子励起爆薬。
その新爆薬を利用した試作段階の新型爆弾、セレウコス-4が起爆した。
S-4は偶然数個がここ舞鶴のベース248に保管されており、使用は厳禁とされていたが、司令官は使用を決断した。
S-4は既存の砲弾の威力を遥かに上回るS-2――タイタンのレクイエム砲弾の威力をさらに上げ、戦術核クラスを目指しているがそこまでの威力は今はない。
が、それに匹敵するほどの火力を複数起爆ならば出せる。
指向性もまだ得られないが、地下格納庫からの爆発により、市街で未だ多くいる市民を巻き添えにしない程度に、S-4を直上のソラスに向け起爆する。
「人類の叡智の欠片を、喰らうがいいッ!!」
司令官は起爆スイッチを押した。
それが最後の瞬間となり、格納庫で起爆されたS-9は基地全体を巻き込み、激しい爆発を直上のソラスに浴びせた。
ソラスは低い唸り声を上げてよろけるが、中国上海での集中核攻撃にも耐えた驚異の生命力には、特に打撃があったようには見えない。
唯一、体内から漏れ出る熱波だけが、ソラスの存在をより強烈に示していた。
――2023年4月11日。超抜級怪生物第一号:巨獣ソラス、京都府舞鶴市上陸の被害。
民間人:推定8万5千人死亡。
軍人:推定3千人以上戦死。
行方不明者:現在集計中。
生存者:1万2千人余り
巨獣ソラスへの攻撃効果:認められず。
――EDF極東第11軍は、窮地に立たされた。