全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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第八十二話 秘匿508号

「きゃははっ! きゃはっ! すごっ! ぜんぜん当たんなーい!!」

 

「ぬおおぉぉ何だ!? 空間が裂けているのか!? 厄介極まりない!!」

 

 舞うような連撃で、朱燐華(チュ・リンファ)は日本刀の外見を持つ近接防御兵装”アマツバメ”を振るう。

 刀の振られた軌道の延長線上、何も触れていない筈の空間に軌跡が見え、そこに物体があった場合空間ごと破断する。

 

 本気でSFの領域に踏み込んだ兵器に戦慄しつつも、勘と経験で即座に脅威度と特性を自己分析し、取るべき対応──すなわち、距離の確保と軌道の先読みを完璧に行う仙崎。

 

「ふーん。ママから聴いた話と眼が随分違うけど、キミ、やっぱ”慣れてる”ね。さっきのフェンサーくんより常識からズレてる感じ? うーんちょっと違うか。殺気を読むのが上手いのかなぁ~? キミ、人とか物の気配にすっごい敏感でしょ? そんなに死に怯えちゃってさ、疲れない?」

 

 兵装の性能を読み切った仙崎と同じように、朱もまたニヤニヤと恍惚な笑みを浮かべながら、仙崎の分析を行っていた。

 驚くべきはその分析力。たった数度仙崎の動きを見ただけで、彼の戦闘能力をほぼ読み切った。

 更に気になるのは、”ママ”という人物の存在。恐らく彼女の司令塔か。

 

「随分とおしゃべりだな。そう言えば……こちらも聞きたいことがある。貴様は曙光會の構成員ではなかったのか。これは保坂の指示か? ”ママ”とは何者だ? 答えろ!」

 

 彼女と同じ、アマツバメを装備したゲリラ兵は保坂の配下だったはずだ。ならば、ニクスに乗った安藤を護衛に付けた保坂の動きと反する。

 始めは単に自制の利かない戦闘中毒者(バトルジャンキー)かと思ったが、保坂と別の指揮系統、”ママ”と呼ばれる人物の指令ならば状況は変わってくる。

 

「しーらないっ! 難しい事は嫌いなの! 大事なのは、あーしはキミの首が欲しいって事!! 君の両手両足を切り取ってからみっともなく命乞いをするその首を貰っていくの!! ステキでしょうステキでしょう? 大丈夫持って帰る間もその後も大事にしてあげるから!! 他にもここには素敵な首がいっぱいあるけど、キミの首を一番大事にするから! 約束だから!! ね? あーしと一緒になろうよ!! ねぇ!!」

 

「首首煩い!! ペラペラとよくも常軌を逸した発言が飛び出るものだ! そんなにいらん口ばかり開いていると、舌を噛むぞッ!!」

 

 回避一手だった仙崎が前に飛び込む。大きく振った直後の朱とアマツバメには隙が出来ていたが、それはブラフだ。

 彼女は意趣返しに舌を出すと、アマツバメを翻し、想像もつかない速さで振り抜く。

 防御されようとアーマーがあろうと関係ない。アマツバメの空間破断に対象の強度は理論上関係ない。

 が、振り切る前に刃は止まる。仙崎が電磁ナイフを打ち合わせ、刃を止めたのだ。

 

 アマツバメによる空間の破断は刀を振るう事で発生している。ならば、振り切る手前で押さえてしまえば高威力の空間破断現象は訪れない。

 

 仙崎の左手にはガバナーS。

 至近距離で躊躇いの無い発射。直撃すれば朱は挽肉になる事間違いない。

 

 しかし散弾は空を切る。朱は電磁ナイフとアマツバメの接点を軸に宙返りをしていた。

 接点から火花が散る。空中で天地が逆転すると、朱は反対の右手で抜き取ったハンドガンを接射。

 左腕のアーマーを盾にして仙崎が防ぐ。拳銃弾の威力にアーマーが弾け飛ぶが、左手に持ったショットガンと身を護る事を優先。

 

 朱が着地。打ち合っていたアマツバメを強引に振り抜き、仙崎を弾き飛ばす。

 が、弾き飛んだのは電磁ナイフのみ。寸前でタイミングを読み、仙崎はナイフを手放した。

 大きく振り抜いた上、想像した手応えが無かった事で朱は大きく振り抜いた状態で隙を晒す。

 

 胸倉と大きく伸びた左手を掴み、両足を払い思いきり地面に叩き付ける。

 同時に右脚でアマツバメを持った左腕を強く押さえ、倒れた彼女にガバナーを突きつける。

 

「だから言ったろう? 舌を噛むと!」

 

 CQC(軍式近接格闘術)による鮮やかな完全制圧。フォーリナー相手に使用する事はないものの、EDF除隊前に授与された格闘徽章に相応しい実力は健在だった。

 

「で? 撃てるの?」

 

 しかし、制圧された彼女は、噛むどころか舌を出し嘲笑を浮かべる。

 素早くガバナーの銃口を掴み、それを支えに起き上がる。

 隙を悟られた仙崎は今度こそ引き金を引くが、既に逸らされた後であり、地面を大きく穿つにとどまった。

 

 体重を乗せた右脚を軽々と跳ね除けられ、態勢を崩す仙崎。そこに首と体を両断する斬撃が飛ぶ。

 躱したものの、土砂が巻き上がる程の破壊がもたらされて視界不良。

 その隙を縫うようにして朱のハンドガンがアーマーの脱落している仙崎の左腕を二連射。

 鮮血が舞い、保持していたガバナーを手放す。

 

「きゃははっ! 敵の分析は出来ても、自分の分析はぜんぜんだったみたいだねぇ~! うん分かる、分かるよぉ~~。慣れてる癖に、人間同士で殺し合いするのが嫌なんだよねぇキミは! うんうん人それぞれ人それぞれ。それでもあーしは良いと思うよ? けどさ、だったら、あーしを殺さずに止められるくらい強くなくっちゃ、ダーメ! きゃははっ! そしてあーしは、そんな甘々なキミの首も欲しいの!! フォーリナーに殺される前に、あーしがキミの首をだーいじに飾ってあげるの!! ステキでしょう!? ねぇ!!」

 

 武装を落として追い詰められた仙崎に、容赦なくアマツバメを振り回して朱が追い掛け回す。

 電磁ナイフもショットガンも無くなり、さらに腕も負傷した仙崎は確実に旗色が悪くなっており、更に狂気の文言が彼を追い詰める。

 

 撃てなかった事を後悔はしていない。過去に紛争地帯で多くの殺人は行ったが、現在の任務にそれは含まれていない。

 仙崎が、いやEDFが行っている任務は、地球とそこに住まう人類の防衛だ。

 敵はフォーリナーであり、同胞たる人類では決してない。この局面でも仙崎はそれを曲げるつもりはないし、最終的に力になって貰わないと困る考えがあった。

 

 だが、そう考えたところで状況は好転しない。己を奮い立たせる意味も込めて歯を食いしばる。

 

「生粋の戦闘中毒者(バトルジャンキー)だな! 先程まで意図的に手を抜いておったか! 恐らく会話にならんから会話したくないが、私の首は貴様にもフォーリナーにもやるつもりはない!! この仙崎誠、天寿を全うして生きてやるわ!! 旗色が悪かろうと、貴様のような異常者に遅れはとらん!!」

 

「きゃはははっ! きゃはっ! その諦めない眼!! いいね! あーしが相手する奴って結構死んだ目してる奴多かったから、キミに会えて良かった! キミの首は、綺麗に飾っ──て?」

 

 首に王手が掛かる。仙崎をしてそう思わせる死の気配は掻き消えた。

 朱燐華の体に物体が張り付いた。その正体に考えが至ったと同時に、朱の体は爆発に包まれた。

 

「なんだ!?」

 

「──まったく、おイタが過ぎるよ」

 

 リムペットガンを射出、起爆したのは同じ曙光會陣営であるはずの保坂誠也だ。

 どういうつもりなのかを問いただそうとする仙崎だが、先んじて保坂が釈明を行う。

 

「いやぁごめんごめん。彼女たちは実は外部組織の協力者なんだ。この乱戦で目的を達成するには、どうしても外部組織の協力が不可欠でね。日本の企業が作ったアマツバメを、こうも我が物顔で使われるのは腹が立つけど。なに、横流しのルートもこれで発覚したし、同落とし前つけてくれるのか見ものだよ」

 

 笑っているように見えるが、薄目を開いた瞳の奥に愉快な感情は無い。

 

「張り付いた笑顔を見せるな気色悪い。奴は何者だ。何故(なにゆえ)私を狙う。ただの性癖と言うには、きな臭い発言が聞き逃せん」

 

 口を滑らしたのか、何も考えてないのか、上位指令により事前にある程度仙崎に関する情報を持っていたかのような言葉が引っかかる。

 

「彼女そのものの話は一旦おいといて、所属しているにはかつて最大規模を誇った反EDF組織”エーデルワイス”。まぁ、EDFとの紛争で見る影も無く解体されたけどね。まだ燻っている組織が残ってるって事。まあ、そんなのよりも今は武闘派の”カインドレッド・レベリオン”の方が厄介だから、手が回らないって訳。狙われた理由の方は君の方が心当たりあるんじゃないの? ちょっと君の事も調べたけどサ、”ディラッカ事変”に深く関わってるそうじゃないか。フォーリナーの襲撃で混乱してる最中に、EDFの除隊処分を無かった事にしてちゃっかり戻っているなんて、やるじゃないか」

 

「違う!! EDFは私から辞めてやったのだ!! 平和と統一の為に犠牲が必要なのは分かっている! だが……紛争は私にとって余りに残酷な事に、気付かされたのだ」

 

「ま、いいサ。幾ら調べても記録が残ってないからね。その時の事は僕は知らない。だけど、それを漏らされたら困る連中もいるって事サ。心当たり、あるだろ?」

 

 何かに思い当たった仙崎だが、それを話すつもりは無く、保坂もまた聞く気はない。

 それは、今回の騒動の本質ではないからだ。

 

「──それで! 貴様の最大戦力が敵に回った訳だが! 貴様の筋書きではこの後は!? どうするつもりだ!」

 

 背後から襲い掛かってくるアマツバメ装備のゲリラ兵。

 朱燐華(チュ・リンファ)はリムペット弾の炸裂で気を失ったが、彼女と同勢力の集団が仙崎と保坂の命を狙う。

 彼女と違い、顔をバラクラバとサングラスで覆っている為性別も国籍も判別不能だが、朱程の手練れではない。

 

「彼らの武装は全て返してもらう。生死は問わないが、生け捕りが望ましい……と、それは同志たちに任せよう。ああ、君はまだ好きにやって貰って構わないよ。ほら、しゃべったり考えたりしている暇はあるのかい? ここでもたついているうちに、ほら」

 

 保坂の視線の先を見やると、いつの間にやら、遠くの空が微かに赤く見えた。

 朝焼けではないそれは、全てを焼却する地獄の炎だ。

 

「ちっ……! ソラスが迫っているというのか! 確かに時間が無いな、急がねば!!」

 

「──時間か。それはこちらも同じだ」

 

 無線機から耳を打ったのは保坂とは違う声だ。

 隣を見ると、既に保坂は姿を消していた。飄々とした態度に違わず幽霊のような男だ。そう評した次の瞬間には、死角から死の槍が仙崎を狙う。

 

「ちっ!!」

 

 声による警告があった事、それ以前に予感があった事により完全に死角からの一撃だったものを躱す仙崎。

 機械鎧の駆動音を確認。グリムリーパー、それも歴戦である死神のフェンサーだ。

 

 姿は捉えられない。仙崎の視線を把握し、確実に死角に回っている。

 神経を研ぎ澄ます仙崎に、隙を伺っていたゲリラ兵がアマツバメを翻して突撃。

 

 が、そこはグリムリーパーの狩り場だ。構えた利き腕をスピアによってあっさり千切られ、アマツバメが空中を舞う。

 好機と思いそれを掴み、この隙を逃さないだろう死神に向かって一振り──躱される。

 

 仙崎の空振りを読んでいたかのように、ブラストホール・スピアが爆出され、仙崎の脇腹を掠める。

 体のひねりで間一髪直撃を回避した仙崎だが、穂先から噴出する圧縮プラズマの熱によってアーマーが焼ける。

 

 痛みに食いしばる仙崎は、槍が戻り左右にスラストし距離を詰める死神に、自身も接近しアマツバメを振るう。

 かつての部隊長の癖を掴み、軌道を読んだ正確な一撃は、確実にグリムリーパー唯一の武装であるブラストホール・スピアを破壊する筈だった。

 

 が、死神はシールドのディフレクションフィールドの出力を瞬時に最大まで引き上げぶつけると、フォーリニウム元素散布による物理運動減退場とエナジージェムによるチラン反応の相互作用で相殺し激しく爆発。

 黒煙の中から飛び出した死神のシールドにより、仙崎は胴体を激しく強打。

 

 スラスターの速度とフェンサー重量の乗った一撃は、生身で受ければトラックの衝突に等しい衝撃をもたらすが、EDFアーマーの優れた衝撃吸収材はその類の衝突や墜落にはめっぽう強い。

 地面を数度転がるのみで、態勢を立て直す仙崎。

 奇しくも、背後には全勢力の目的地である戦略火器保管庫の入り口、物資搬入ゲート。

 

「仙崎。そこをどいてもらおう。戦略火器保管庫は、戦略情報部が接収する。拒否すれば、命は無いぞ」

 

 アマツバメを支えに、肩で息をする仙崎に対し、死神は最後の警告とばかりにブラストホール・スピアを向ける。

 この距離で引き金を引かれれば、最早仙崎に回避する術はないだろう。

 だが、死神の腹に響くような最後通告を前に、仙崎の心の内を支配したのは、怒りだ。

 

「やっと声をかけてくれましたな、アヴィス大尉! 事情が呑み込めぬ故、どこの手に渡ろうと知った事ではないが、生憎と知人が中に入り、ここを吹き飛ばそうとしているのでな! 阻止せねばなるまい!」

 

「それはグリムリーパーの任務に入る。事情を知らんと言うのなら、今すぐここを立ち去れ。これ以上ここに残るのであれば、EDF兵士と言えど、障害として排除する権利が俺たちにはある。それが任務だ」

 

 低い声に殺意を籠めて気を発する。間違いなく本気だろう。それを仙崎は良く知っている。

 だが、だからこそ退く訳にはいかない。

 

「それは、大層重要な任務だな! この人類存続の危機に、私の様な有能な兵士を使い捨てる余裕が、人類に残されているとは、思えぬが! 内輪揉めも大概にせよ!! ソラスの迫る中、死神部隊という貴重な戦力を遊ばせて行う事がこれか! そうまでしてこの保管庫を欲するか!! 一体、この中に何を隠している!?」

 

 些か自信過剰で尊大な態度を出しつつ、危機を煽り核心に切り込む仙崎。

 事態がここまで動いている以上、中に入っているのは単なる戦略兵器ではないだろう。

 

 茨城博士に”魔女の残滓”とまで呼ばれたEDF異端技術解析保全局(イレギュラー・アーク)とやらが出張ってきている以上、ニコラヴィエナが関わった兵器である事はもはや疑いようも無いが、だからこそ戦略情報部や先進技術研究所が手綱を握っていなかったことが腑に落ちない。

 

 思考の行き止まりを感じる仙崎に、ドレフニコスが静かに語る。

 

「──それは、この場の誰もが知りたがっている事ですよ、センザキマコト」

 

「なに?」

 

 割り込むドレフニコスに、思わず意識を割いて聞き返す仙崎。

 

「戦略火器保管庫と名付けられたパンドラの箱に、一体何が眠っているのか。EDF総軍最高司令部と、戦略情報部長官を除けば、”先生”の研究に従事した11人の助手と、EDF先進技術研究所の一部職員、そして保管庫建造を誘致した旧日本政府中枢の一部要人しかその存在は知られていません」

 

 EDF戦略火器保管庫は、EDFでもトップレベルの機密情報であることにもはや疑いは無い。

 そこまでして隠す必要がある兵器とは。気になるところではあるが、

 

「保全局。余計な口を開いたな!」

 

「死神!! あいつを殺せ! クソ、S1クラスの軍事機密が何故──!!」

 

 死神の槍が射出されるのと、ロイグ大佐の命令は同時だ。

 

「おおっと! では、これならどうですゥ?」

 

 ドレフニコスは人間離れした反射神経と柔軟性でスピアの穂先を回避し、滑るように仙崎に絡みつき、盾にした。

 

「なんと!? 貴様、本当に科学者か!? どういう身体能力をしている……!!」

 

「フフ、服の下にちょっとした細工をしているダケですよ」

 

 ドレフニコスは仙崎を盾にし、死神に相対する。

 抜け出そうとする仙崎だが、それを凄まじい力で押さえ付け、体が軋む。

 他人の殺意や命の危機に敏感な仙崎だが、こうも人間離れした人種の中では霞んでしまう。

 

「舐められたものだな」

 

 そう一言威嚇を発し、死神は躊躇わず引き金を引く。

 身軽さを持ったドレフニコスも、仙崎を拘束した事により動くことは出来ない。

 仙崎と死神を知己と見た作戦は失敗に終わり、爆圧プラズマで押し出された機械槍の切っ先が仙崎とドレフニコスを串刺しにせんと迫る。

 

 いや、迫るなどと言う表現は正しくない。射出された瞬間、人間の体感を超えた速度で槍は二人を共に貫いた。

 アーマースーツなど優に貫通し、更に噴出する余剰プラズマ噴炎が対象を体内から焼き尽くし、圧壊。

 人間など、瞬時に爆散し、”だった”物体が残るのみ――そうなる筈だった。

 

「きゃはっ! それじゃ首残んないでしょ!」

 

 朱は仙崎へ迫る、認識不能速度の槍を伸長限界到達前に叩き折り、行き場を失ったプラズマ噴炎が死神の手元で爆発。

 この戦場で何度目かの確実な死の予感を、仙崎はまたしても結果的に回避した。

 

「──曙光會のゲリラ兵……! なるほど、手を組んだ……いや、それも違うか」

 

「フフフフ、”首狩り”が彼に執着している様子が見えたのでねェ」

 

 ドレフニコスは、朱が仙崎に固執するのに賭けて、敢えて仙崎を人質にする事により危機を乗り越えたというらしい。

 確実性など何もない事に簡単に命を賭け、それを成功させたのは正気では行えないだろう。

 

「きゃははは!! 丸腰じゃん! あんたから先にお片付けしなきゃね!!」

 

 ブラストホール・スピアを失った死神を好機と見て、朱は仙崎よりも先に死神へ向かう。

 

「首狩り──朱燐華(チュ・リンファ)。ムンバイでは随分派手にやったらしいな。戦争中も働いているとは、勤勉な事だ」

 

 丸腰と言われた死神は、しかし物理運動減退場(ディフレクションフィールド)を用いてシールドでの打撃戦に切り替え、朱を真っ向から迎え撃つ。

 

「あ~、あれか! ギリ戦争前のやつね! だぁーってあんたらEDFがあーしらの身内ぶっ潰そうとするからしゃーないじゃん! 秘密裏に銃やら爆弾やら持ってぶっ壊そうとしたのはそっちでしょ? そりゃ、”ママ”にはやめとけって言われたけどさー」

 

「ほう? カーン-ワン社とエーデルワイスの繋がりを認めて良いのか? 貴様は既に共産党の指揮下では無い筈だが?」

 

「っべ!! 怒られちゃうね! でもココでおまえを殺せばノーカンだろ! 死神とか呼ばれてんだっけ? なんか薄気味悪いから、おまえの首はいらないよ!! きゃははっ!!」

 

 会話の応酬を繰り広げながら、それ以上に熾烈な刀と盾の嵐が二人の間に巻き起こる。

 直接会うのは初めてのようで、因縁という程でもないが、会話の内容は奥が深い。

 が、それに言及している暇はない。

 

「で、貴様は何時まで私を拘束している!!」

 

 仙崎はドレフニコスの力が緩んだ隙を見て抜け出す。

 その隙に、ひそかに探っていた彼の白衣に隠し持ったハンドガンを抜き取り、奪って威嚇。

 だが、それに何ら動じた様子は無いドレフニコスは、先ほどの続きを悠然と語る。

 

「”先生”が旅立ったあと、彼女の遺したモノを巡ってEDFは対立しました。最終的に、それらを集めて一か所で保管する事が決定いたしました。それが、戦略火器保管庫。”先生”の生涯の結晶が詰まったこの場所は、(ワタクシ)にとって、言わば墓所にも等しい、神聖なる場所でもありマス。内部に眠る”先生”の子供たちは、後輩である我々が所有し、正しく運用する必要があるのです」

 

 穏やかなる眼差しで語るドレフニコス。その様子から、”先生”──ニコラヴィエナを敬愛するその心は誠実なものだと察する事が出来る。

 それは、一人の科学者としての尊敬も、女性にむける恋慕ですらなく、それらを超越した何かであることが、仙崎には感じ取れた。

 そう、まるで紛れもない神への信仰に近いような気さえして、一人の人間にそこまでの感情を捧げる事が、仙崎にはむしろ恐ろしく思えてならない。

 ドレフニコスは続けた。

 

「ですが嘆かわしい事に、当初”先生”を支えた11人の助手たち、その悉くは発狂、自害、謀略、権力によって死に絶え、研究所の職員は解雇され行方知れず。詳細を知る日本政府もジェノサイドキャノンによって蒸発した。故に我らは、中身自体はおろか、中身を知る人間すら把握できていない」

 

 EDFを揺るがす”ディラッカ事変”に関わった多くのテロリストは殺害、処刑、投獄されているが、ニコラヴィエナの近くにいた人間もまた、様々な理由で死んでいるか正気を失っているらしい。

 ますます”魔女”は人間離れした存在だという事に戦慄を覚える。

 

「それでも信念、いや或いは執念や我欲に等しい低俗な思いを忘れる事は出来ず、こうしてそれぞれの方法で武力行使による突入を行った。こうも戦力が拮抗した事も、ひとえに”先生”に向ける、そう! 愛の大きさが故!! 素晴らしい!! だがその上で! 彼らに我らの正当性を理解してもらえない事、なんと嘆かわしい事か!!」

 

 両手を広げ、この場闘争全てを愛おしく思うように見渡すドレフニコス。

 敬愛する”先生”の財産を暴くような賊を憎く思いながら、同時にその財産に価値を見い出していること自体を誇らしく思う二律背反。

 

 一方、彼が語った内容が事実であれば、やはり保管庫の存在や、その内部の禁忌兵器を知るものは極めて限定的だ。

 その上、様々な要因で知る人物の大半が死亡し、詳細は闇へと消えたという事になる。

 

「だが、ならばおかしいぞ。貴様ら、詳細も知らずに重要な戦力を割いてこんな所まで来ているというのか!? 日本の趨勢が、ソラスによって崩されるやもしれぬというこの重要な局面で! どうかしているぞ!!」

 

 普通、そのような無茶をする場合は入念に作戦と目的の選定を行う筈だ。

 中に何があるのか不明なら運び出す算段も立てられぬし、例え占領したとてソラス撃退の手立てが無ければ意味が無い。

 やはりこやつら、ソラスの進路上に保管庫が位置するという状況を知ったか、或いは他組織が行動を起こすのを見て慌てて集まった急ごしらえの部隊なのだ。

 

 そう結論する仙崎に、ドレフニコスが意趣返しを行う。

 

「おやァ? 先程も言ったではないですか。全地球防衛戦略を揺るがしたアナタ達の為に、何故(ワタクシ)が配慮しなければならないのですかねェ? それに、先ほどの事実には、一人だけ”例外”が居るのですよ。彼女の存在こそ、(ワタクシ)の動く動機だと言い換えても良い……」

 

 ドレフニコスが目を細め、言葉を強める。

 その感情は、憎しみか嫉妬か。

 

「戦略火器保管庫、機密データの複製を、旧日本政府に命じられた日本有数の科学者……、いいえ、我が師の……”先生”の全てを奪った裏切り者――イバラキナオミがねェ」

 

 言葉は静かだ。だが、その内に隠しきれぬ憎悪が溢れ出る。

 

「茨城博士が、ニコラヴィエナを裏切った? ……まさか、魔女の遺産が日本にあるのは」

 

 茨城博士が、日本政府の命令で何かをやったからだというのか。

 だがそれが何か分からない。兵器の何かを持ち帰った事に端を発しているのか?

 第一、彼女は一介の科学者であるはずだ。もし違うとしたら、いつから日本政府の傀儡となっていた?

 いや、順序が逆だ。ここはニコラヴィエナの絡む何らかの事が原因で日本政府と繋がったと見るのが妥当か?

 彼女はプラズマエネルギー・ユニットの主任研究員だ。EDFの中で彼女の地位は確たるものがあるが、それは日本政府にとってどう見えた?

 ……だめだ。情報が不足し憶測でしか語れない。

 

 ――思考の渦に囚われた仙崎誠は、そう結論して考えを放棄。

 勝手にしゃべるドレフニコスの口から情報収集を行った。

 

「フフフフフ。察しの良い方は嫌いではありませんよォ? そう我々は、”先生”を裏切りナオミが持ち逃げたその成果の数々を、正当な権利の元、取り戻しにやって来たのです!!」

 

 白衣を翻し、仙崎から視線を外し目前に広がる保管庫のゲートを見つめるドレフニコス。

 頑強なゲートは、まだどの勢力の突破も許してはいない。

 

「内部にある技術の記録は忌々しい事に徹底的に抹消されていました。が!! 元々それは我々、”異端技術解析保全局(イレギュラー・アーク)”の前身――閉鎖都市イリシュカにかつてあった、19号棟特定科学研究室の同志たちが研究・開発してきた、我々の愛の結晶なのですッ!!」

 

 ――19号棟特定科学研究室。

 EDF発足以前、ロシア連邦科学アカデミーから故あって追放された科学者を匿って造り上げた、公に存在しないとされる高度研究機関。

 地図に載らない閉鎖都市、イリシュカに存在していたとされ、22から成る研究棟で構成される統合研究施設。

 

 EDF発足後、国連の指令の元でEDFが「秘匿508号調査」と称し強制捜査を行った結果、違法にフォーリナー由来技術を持ち込み危険な実験を繰り返したことが発覚。研究機関は実力行使の上解体され、関わった人物は全てEDF条約違反として極刑に処された。

 全地球防衛条約は、いわば地球人類全体の秩序と未来を保証する為のものであり、それに背く事は人類の敵になりうる可能性を孕む事だ。当然粛清や銃殺刑などが行われたものと考えられていた。

 

 それらは前述した内容以外に様々な説があるが、どれも信憑性の薄い噂話であり、それも一部の人間の間でしか流行らない小話ではある。

 更に「秘匿508号」はEDFの研究として引き継がれ現在も進行中だとかという尾ひれも付く。フォーリナーの技術を応用した、ワープや物質転送、浮遊飛行や時間跳躍など禁忌の実験を繰り返し、或いはむしろフォーリナーに技術を提供しているとかフォーリナーは人類の未来の姿だとかいう荒唐無稽な笑い話へと発展する。

 

 火のない所に煙は立たぬと言うが、その核心がまさに仙崎の目前に立ってることに仙崎は動揺を隠せない。

 

「お分かりですかァッ!! 我々は、日本政府とナオミに拉致された我々の子を、迎えに来たに過ぎないのですッ!! 全ては、人類の未来と繁栄の為にィィッ!!」

 

「待て待て! 閉鎖都市イリシュカだと!? それに、19号研究室……! 馬鹿な! それが事実だとして、ならばあそこに関わりのあった人物は全て粛清されている筈だ!! そこに貴様が居たというのか!?」

 

 もしそれがこの目の前にいるドレフニコスだと言うならば、陰で小話として噂になっていた”秘匿508号”という、EDFが徹底的に抹消した人智を越えた研究が、ニコラヴィエナ亡き今なおどこかで進行しているという証左になる。

 なぜなら、EDFこそが彼らを匿い、生かし、秘匿して利用しようとしているからである。

 或いは、そんな事をやり遂げる組織であるならば、あの”極北の魔女”さえも、殺したと謳っておきながらどこかで匿っている可能性も――

 

 その事に怖気が駆け抜け、この口の軽い狂科学者を更に問い詰めようと歩みを進めた仙崎だが直後、空気が変わった。

 概念的なものではない、文字通りに、空気が灼熱を帯びた。

 

「――ッ!?」

 

 熱波で顔を歪めながら、空を見上げる。北の空が赤黒く変色していた。

 夕焼けなどの自然現象ではない。文字通りの災害級の大火が迫っていた。

 その理由など、考えるまでもなく一つしかない。

 

「ソラスが近いか! ええい、人類同士でこんなことをしているうちに!」

 

 碌な打開策を実行しないうちに、終わりの時は迫っていた。

 あれがここに到達する事は、茨城尚美の自爆を意味する。

 炎が直接見えないという事は、少なくとも5km程度は離れている筈だ。

 ソラスの巨体さを考えると、残された時間は僅かと言える。

 

 その状況で何が出来るか……仙崎は頭を振り絞る。

 今までの個々の発言や状況、そして勘と希望的観測を重ね合わせ――ついにある秘策が浮かび上がる。

 形になったと言う程具体的輪郭は無いし、何の確証も無い出まかせプラン。

 だが、それを度胸と話術で押し通して見せよう。

 

 そんな決意を胸に秘めた瞬間、強烈な振動が辺りを襲った。

 

「――この振動は……! 厄介なのが来るぞ。総員警戒……!」

 

 黒部二佐の命令と同時に、部下が銃器を構え、

 

「ようやくですかァ……。ココまで粘った甲斐がありましたねェ。翼の皆さん、ご用意を」

 

 皺の目立つ顔を凶相に歪めたドレフニコス局長が合図を出し、

 

「な、なんだぁ!? 地震か!? 奴の足音ではあるまいな!?」

「大佐。下げっていろ。すぐに出てくるぞ。足元に気を付けろ」

 

 狼狽えるロイグ大佐に、死神ら漆黒の鎧が守るような陣形を組む。

 

「クッソォ! 振動センサーの波形がやべぇ! しかもバカ近い! ――来るぜ!!」

 

 焦りと興奮を混ぜ込み引き攣った表情で、安藤少尉が引き金を引いた。リボルバーカノンの弾丸が捲った土砂のその先に居るのは、

 

「この状況で、出おったか! 巨大生物どもめ!!」

 

 仙崎らを半包囲するような形で地中から出現した、各種巨大生物だった。




ソラス編が終わったら用語集を纏めたい……
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