全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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第八十四話 拙い交渉

 時は、巨大生物との戦闘中、保坂が仙崎に持ち掛けた無線通信に遡る。

 

『これは提案なんだが、僕の考えでは――』

 

 EDFに潜伏する曙光會の構成員、保坂誠也は仙崎にある交渉を持ちかける。

 

『――君と僕の目的は、そう遠くない位置にある。つまりお互い、協力できる立場にある』

 

 保坂の声色は冷たい。EDFエアレイダーとしての保坂少佐ではなく、曙光會構成員に一人としての保坂の声だ。

 それを聞き、仙崎も交渉に応じる。

 

「……貴様の目的は、保管庫内部のデータ収集。副次目的として、茨城尚美の拉致もしくは暗殺、と言った内容だった筈だが。彼女の件は相容れないとしても、互いに保管庫そのものを爆破されるのは困る。そう言う事か?」

 

 曙光會は反EDF組織だ。そして、反EDF組織に通じる共通目的は、EDFの解体だ。

 武力でそれを行わないのであれば、残る手段はEDFの闇を暴く事。

 そしてここに眠るのはEDFがひた隠しにした闇の最深部とも言える部分であり、その情報を欲しているのは想像に難くない。

 

 茨城尚美の件も同様だ。ドレフニコスの情報が正しければ、彼女は”極北の魔女”に使えた11人の助手の一人。EDFの闇そのものとも言える魔女の近くにいたならば、いかに非人道で非倫理的で危険な実験をしてどんな兵器を造ったのか詳細に聞くことが出来るだろう。

 そしてそれを暴けば、民衆はEDFの支持を離れ、力を失ったEDFは管理体制を敷くことなく解体される……簡単に言えば、そういう筋書きだろう。

 

 だが、保坂は感心した声色で、否定を表した。

 

『確かに、曙光會からの指示はそうなっている。我々の理念としてもそれが正しい。だが……僕個人の目的は少々違う所にある。良く聞いてくれ。僕から君に提案するのは、保管庫内部に存在する、ある特定の兵器の強奪および、その利用だ』

 

「強奪と、利用か。物騒だな。それをして、私に何のメリットがある? テロ行為に加担するほど芯の無い人間だと思われたのであれば、心外だぞ」

 

 考えようによっては、ここにいる大半の陣営が正規の手続きを踏まずにそれをやろうとしているのだから、保管庫を保有する日本国にとっては、もはや全員が武装テロ組織のようなもの。

 各々の言い分があるとはいえ、真剣に考えだすと何処が正しいのかまったく分からなくなる様相だ。

 

『メリットか。そこで君の目的だ。茨城尚美の保管庫との心中を防ぎ、ソラスを撃退し日本戦線への致命的打撃を避ける事。それが、君がここで成すべき目的である。そう解釈して構わないかな?』

 

「構わない」

 

 短く答える。付け加えるのであれば、それらの目的は仙崎がここへやってきてから生まれたものだ。

 つまりその目的すらも、仙崎をここへ呼んだ保坂の手の内というやつである。それに気づいている仙崎は、敢えて相手の出方を伺う。

 

『じゃあ話は早い。その”ある特定の兵器”を利用すれば、保管庫の爆破を行わずに、この状況を打開することが出来る可能性がある。ソラスが迫る、危機的状況をね』

 

「随分と抽象的な物言いだな。ぼかしているが、強奪する兵器の目星はついているのだろうな?」

 

 保坂の言い方に引っかかるものを感じ、具体案の提示を試みる仙崎だが、相手から返ってくる言葉は渋い。

 

『……確証はない。戦闘のどさくさに紛れて直通回線から侵入して散々な目に遭ったが、過去の情報、資金や資源の流入経路、隠蔽された実験のレポートを今回手に入れた断片的な情報と照合すると、使えそうな兵器がいくつか眠っているのは確かな筈だ』

 

「確かな筈、か。そんな曖昧な情報に乗ると思うのか? だいたい、そのような専門的知識が必要な案件なら何故私をこの場所へ誘った? いや、そもそもこの提案を私にする理由が無い。その理由を納得する形で説明して見せろ」

 

『――君が、運命に抗う英雄の器だからさ』

 

 挑発的な仙崎の疑問に間を置かず、声が返される。仮面を被ったような偽のとぼけた声でもなく、感情の冷え切った冷徹で鋭い声とも違う。それは羨望や寂寥感の様なものを感じさせる、複雑な声色を滲ませていた。

 どういう意味だ、と問う前に保坂は取り繕うように、

 

『それについて詳しく説明している暇はない。ただ、保管庫に入りソラスを倒すべきはしがらみのない一般戦力である必要があった。その中で君が最も事を成し遂げる可能性があると踏んだ。僕個人でそう判断しただけだ』

 

 或いはその条件を満たす者が”運命に抗う英雄の器”だとでも言うのか。だとしたら、一介のレンジャーを捕まえてなんという過大評価だろうか。

 尊大な態度とは裏腹に、内心で自信をそう評価する仙崎。

 

 実のところ、レイドシップを世界で初めて生身ひとつで撃墜し、戦略級巨大外来生物βすら相手に生き残り、撃破への一手を担った功績は、既に英雄と称して差し支えない部類である。

 しかし本心の所では、そうした華々しい称賛を受ける事に躊躇いの精神が仙崎にはあった。

 普段の尊大で自信家な精神性とは真逆のそれに、本人はまだ深く意識する事は無い。

 

『それに、選んだ理由や僕の話の真実がどうあれ、君は自身の目的の為にこの提案に乗らざるを得ない筈だ。その意味が、君にはもう分かっている筈だ』

 

「……保管庫内部の情報は判然としない。だが、保管庫の自爆を伴わない方法でソラスを撃破する為には、もうその荒唐無稽な手段しか残されていない、そういう訳か……」

 

『その通りだ。今の地球上に、ソラスに対抗できる兵器は無い。唯一あるとすれば、開発中の原子光線砲(EMC)くらいのものか。それが出来るまでに、ソラスにどれほど国土を蹂躙されるのか、想像するのも恐ろしい』

 

 EDFは大阪神戸にある極東第一工廠や京都に開発拠点を移行した先進技術開発部など複数機関でEMCの開発が進んでいるが、ここでソラス討伐に失敗すればその拠点そのものが崩壊するのは避けられない。海外の拠点に研究を移行させるしかないが、その過程でどれほどの技術や理論の喪失があるのか。一つ言えるのは、怪生物討伐の為の兵器を開発する為に、怪生物を撃破する必要があるという事だ。その不可能を可能にするピースとして最も現実的と言えるのが、

 

「ニコラヴィエナが試作したここに眠る禁忌の兵器群を置いて他にない。それはそうだ。EMCより早く実戦投入可能な兵器は既に試された後だろうし、人類は核兵器を超えるレベルの攻撃手段をそうそう持ち合わせてはいない。ただ、そもそも中に眠る兵器が役に立つのか否か、それすらこの段階では判然としない、か。まさかシュレディンガーの猫とはな。蓋を開けてみるまで希望か絶望か判別出来ないと来たか」

 

『そう言う事だ。使えそうな兵器が見つかればよし。それが失敗した場合には』

 

「当初の予定通り、最終手段として保管庫自体の爆破でソラスに打撃を与える、か。ふむ……しかし、茨城博士が保管庫内部の兵器の有用性を把握していないとは考えにくい。それ自体が答えではないのか」

 

 そもそもの話だ。外の人間より内情をよく知り、あろうことかデータを日本政府に横流ししていた張本人かつ知識を持つ科学者である茨城尚美が、兵器によって抵抗するでもなく自爆を選ぶ。

 それ自体が中に状況を打開できる兵器など無い、という証左であり、我々の行動など滑稽でしかないのでは? という疑問だ。

 

『当然の疑問だな。先に言った通り、茨城尚美は日本政府の命令で今回の爆破を実行している。そして、現在の保管庫の実権はEDFでは無く日本政府が保有している。両者この事を公言はしないが、事実だ』

 

「そこまでは見当がつく。つまり日本政府は、影響未知数の兵器で国土を汚染される事を危惧している、そういう事か?」

 

 未知に近いフォーリナーの技術を応用した超兵器だ。未完成の技術を強行で使用すれば、重度の汚染もあり得るだろう。

 

『それもあるが、本質ではないな。保管庫内部の兵器を実戦で使用し、ソラスの撃破を試みるという事は、EDFから織り込まれた保管庫建造の際の条約を破るという事だ。日本政府は保管庫の管理権限を持っているが、それは飽くまで保全、維持に関するもの。EDF上層部の正式決定の無いままでの独断での兵器運用は、EDFと日本の溝を更に深める事となる』

 

 ようは、”持ってて良いけど勝手に使うな”と言う事か。非常事態とはいえ、交わした条約は有効なのだろう。

 ただでさえ、EDF上層部は極東11軍の独断防衛に苦言を呈している。更にここに陸自特戦群が居残っている現状を考えると、日本臨時政府は消滅した日本旧政府の意思をしっかり引継ぎ、詳細も分からない保管庫の管理も行っていた。

 

 しかし今回のソラス上陸で保管庫に危機が迫るとあっさり爆破を決行。それも、恐らく保管庫の維持に否定的な意見が多くを占めたからだろう。

 当然と言えば当然だ。保管庫のあった土地は今や無防備な状態となって晒され、今回のようにいつ襲撃を受けてもおかしくは無い。

 

 日本に居残ったEDF極東11軍や戦力運用・指揮命令系統の司令塔である作戦司令本部はこの事をどこまで知っているのか不明だが、ここへ防衛部隊を積極的に回していないところを見ると、ほぼ何も掴んでいないと見て間違いない。

 

 故に、恐ろしい兵器が集まるこの場所を、自分の手の届かない場所で野放しにしておくのは危機管理の観点から否定的な意見が噴出してもおかしくは無い。

 

「だからこその、今回の迅速な爆破処理か。貴様の言う兵器強奪が残された可能性である事、概ね理解したぞ」

 

 つまり日本臨時政府や茨城尚美は、保管庫内部の禁忌兵器がソラス撃破の可能性を秘めるものと知ったうえで爆破処理しようとしている僅かな可能性がある。

 そして、それを横から奪い利用する事が出来るのは、今の我々を置いて他に居ない。

 

 また、ここの件に仙崎が噛むというのも意味のある行為となる。

 保管庫から禁忌兵器と取り出してソラスを撃破したのが、強い思想を持つ闇の組織ではなく、英雄として知名度が広がりつつある仙崎が行う事で、事実の持つ印象を”闇”から”光”へ塗り替えるのだ。

 悪化する戦況の中で上げる超抜級怪生物の初撃破、という一大戦果は、EDF上層部と言えど無下には出来ない。もみ消すにしても、仙崎を表の世界から葬るとしても、相当の覚悟が必要になる。

 

 一方で、それらは全て上手く事が運んだ場合の未来だ。見え透いた手だが、保坂は最悪仙崎の事をスケープゴートにし、この件でしくじったとしても最小の被害で済むような計算もしているだろう。

 その上で、仙崎は告げる。

 

「話は分かった。危ない橋にはなる上、倫理的に中の兵器の使用に抵抗はあるが、概ね同意見だ。──だが、貴様の話を踏まえ、私からも提案がある」

 

『提案……。面白い。言ってみろ』

 

 警戒半分。しかし、それ以上に興味が勝った。

 その反応で、仙崎は勝利を確信する。時間が無いなどと言われ無下に却下された時の、食い下がる交渉が省けたのは良い事だ。

 

「貴様の作戦、私だけの内部への単独潜入には単純な難易度としての問題がある。故に、私はこの場の全ての勢力による一時的な停戦、或いは同盟を行い、全戦力での共同作戦を提案する!」

 

 保坂に仙崎の表情は見えない。だが仙崎は不敵に笑う。誰の為でもなく、自分を鼓舞する為だ。

 

『不可能だ。各々、向いている方向がバラバラ過ぎる。どこの陣営も、誰一人として手を取り合うなんてのは不可能だ』

 

 保坂は短い間に二度も念を押すように不可能と言い放つ。どんな提案をしてくるか期待していたが、その発想に落胆した様子で苛立つ。

 しかし、仙崎は不敵な表情を崩さない。

 

「ふっ、そう思うか? 私には皆が皆、保管庫或いは魔女に作られた禁忌兵器の方を向いているように見えるぞ? 貴様とて例外ではないだろう。なら、皆が飛びつく餌を、与えてやればいい――。時に、保坂誠也。貴様、戦略火器保管庫内部の専用回線に侵入できるほどの、ハッキングやクラッキング技術があると、そう思って良いな?」

 

 仙崎の脳内で、勝利への道筋が、着実に組み上がっていった。

 

――――

 

 そうして仙崎は、この場の全勢力に対し、声高々に提案する。

 これまでの情報を組み立て、それぞれの勢力の行動指針を明確化する。

 そこに仙崎自身の目指すべき地点を加え、方向を修正。

 それこそがきっと、彼がこの地でやれる、最大限の動きだ。

 

 現状の把握。各勢力の行動指針と目的の具体化。

 

 ――EDF異端技術解析保全局。

 代表、アレフリー・J・ドレフニコス局長。

 彼らの目的は、内部に眠る”魔女の遺産”を”裏切り者”から奪うこと。

 魔女の遺産――ニコラヴィエナの超技術によって生み出された禁忌兵器を、横から掠め取った茨城尚美及び日本政府から奪い返すこと。

 つまり彼らはここがソラスに焼き払われる前に、保管庫から禁忌兵器を輸送しなければならず、このままここで揉める事はその目的の不達成を意味する。

 一方で、かつてEDFに反旗を翻したニコラヴィエナや、彼女の創る超技術そのものを崇拝する彼らに禁忌兵器を渡すことは、極めて危険な事でもある。

 その事から見える彼らの究極的な目的はやはり……禁忌兵器の完全なる独占。自分らの手の内に抱え、好きなように研究を継続する。そんなところだろう。

 

 ――EDF戦略情報部。

 代表、対内戦略情報課課長。パトリック・C・ロイグ大佐。

 彼らの目的もまた、禁忌兵器の奪取にある。

 EDFの都合で禁忌兵器を日本に押し付け、そして都合が悪くなれば契約を無視して秘密裏かつ強引に奪取しようと試みる。

 その最終目的としては、全地球防衛戦略に於いて、フォーリナーより優位に立つこと。

 禁忌兵器の奪取はその過程のひとつに過ぎず、またEDF内部でも派閥が割れている事が考えられる。

 そうでなくては、土壇場で急に動き出したことへの説明がつかない。

 たまたま日本に居合わせたグリムリーパーを使っているのが、その証拠である。

 

 ――陸上自衛隊特殊作戦群。

 代表、甲施設警備部隊隊長。黒部直明二等陸佐。

 彼らの任務は、甲施設――EDF戦略火器保管庫の警備と防衛だ。

 日本政府の保有となった保管庫、及びその内部の禁忌兵器は、決して外敵に触れさせるわけにはいかない。

 その技術にこそ価値はあるが、使用などもっての他である。

 故に、その存続が危ぶまれる時は、内部の証拠を一切残さないよう迅速な爆破が要求される。

 彼らの目的は、その爆破が完了するまでの施設の防衛だ。

 つまり、内部の兵器が欲しい保全局や特戦群とは決して共存できない。

 一方で、保管庫への巨大生物流入は、保管庫爆破の妨げになるばかりか、フォーリナーへの情報流出の懸念もある為、避けるべきではある。

 彼ら、ひいては日本臨時政府は恐らく禁忌兵器破棄派閥が実権を握り、迅速な処分に動いていると見た。

 それは茨城尚美が送ったデータを参照し、今の人類には過ぎた兵器だと冷静に判断しての行いである可能性が高い。 

 

 ――反EDF組織、曙光會。

 代表、構成員、保坂誠也少佐。

 彼らの目的は先ほど明かされた。

 保管庫内部の情報収集。及び使用された際の記録を利用しての、EDF組織解体への布石。

 唯一、他勢力と違って禁忌兵器そのものが目的ではなく、情報さえ手に入れば構わない、というスタンスで、表面上他勢力と共存可能。

 だが、保全局の組織理念である”技術・情報の流出の阻止”に反した行いである事、EDF解体を掲げ、情報部に真っ向から対立している事、曙光會自体が日本政府転覆を試みる反政府勢力母体の指定テロ組織である事――以上の理由から、協力関係は絶望的である。

 

 以上、この四勢力、決して共同戦線など張る事など到底不可能に思える。

 だがそこに、ソラスや巨大生物など、フォーリナーの襲撃による危機的状況。そして日本政府やEDF総司令部、民衆や世界戦況など広い状況を踏まえて考えると――

 

「貴様らにしてもらう事は単純だ! 皆で協力し、保管庫への巨大生物流入を阻止する! その間、私を含めた各勢力それぞれの代表が保管庫内部に入り、茨城尚美と協力し、ソラス撃破が可能な禁忌兵器の選定を行う。この際、有用な兵器が無い場合は、予定通り保管庫の爆破を実行する。それまでの間に禁忌兵器が欲しければ、運び出すなり殺し合うなり勝手にやっていろ!」

 

 隆起した岩場に立ち、どこからも良く見える場所で仙崎は高らかに自身の考えを開示する。

 戦闘が終わった訳ではないが、しかし誰も仙崎の言葉を止めようとする者は現れなかった。

 口ではああいっていても、立場やしがらみが邪魔していても、その言葉に希望のような何かがある気がして、各々はいがみ合いつつ仙崎の言葉に耳を傾ける。

 

「なお、内部に侵入した後の禁忌兵器の選定は、外部の協力者も募って行う事とする。つまり!! 私は、この保管庫内部の秘匿情報を、EDF極東11軍作戦司令本部を通じて、軍関係者・科学者に向け全世界に公開するつもりである!!」

 

 仙崎の言葉に希望を感じた者たちは目を剥いた。秘匿情報の大公開。軍関係者も科学者もパニックになること請け合いだ。

 EDFが長年隠してきた努力を馬鹿にしている。 

 

「世界中の研究機関を通し、即興で最適な禁忌兵器を選定・運用可能な状態に持って行く。それをソラスに叩き付け、撃破してやるのだ! これを、栄えある超抜級怪生物撃破の第一例としようではないか!!」

 

 大事なところは、全て科学者たちに丸投げ。

 無茶であり、余りにも無知で無謀で、更に他人任せの無責任。

 しかし、しかしだ。今まで全世界の科学者が共同で禁忌兵器に触れたことがあっただろうか。

 いやない。なぜなら情報は秘匿され、極限られた人間しか触れたことが無いのだから。

 

 そうはいっても、秘匿情報の、禁忌兵器の公開は大混乱を生む。

 何より、ここに集った各勢力とて容認出来る事ではない。

 彼らは皆が皆、禁忌兵器を自分のみが独占する事しか考えていないのだから。

 そんな彼らに対し仙崎は、

 

「私から貴様らに言える事は一つ。そんなに保管庫が、禁忌兵器とやらを欲するのであれば、奪うだの奪い返すだの、接収だの死守だの情報の利用だのと器の小さい事を言う前に、貴様らが、”こちら”に来い!! この地に国際共同研究所を建設し、魔女の遺した訳の分からん禁忌兵器を各々の力で勝手に解剖していろ!! ただし、情報を公開し事態が落ち着いた頃には、ここは魔女に釣られたあらゆる勢力が跋扈する伏魔殿と化しているであろうがな!!」

 

 極論だ。暴論だ。しかし、情報が漏れれば、禁忌兵器を消したい連中も利用したい連中も一気に保管庫へ押し寄せる。

 事が上手く運んだと仮定すれば、怪生物を倒しうる兵器が眠っている宝の山として保管庫は認識される。

 危険か、有用か、どちらにせよあらゆる勢力が押し寄せる。

 その中で優位に立てるのは、今ここで禁忌兵器に直に関わる勢力がそのままこの地を根城にしてしまうのが手っ取り速い。

 

 その提案に、真っ先に拒否反応を示すのは日本臨時政府直下の特殊部隊、陸自特戦群だ。

 黒部二佐は顔を歪め嫌悪感で仙崎を睨みつける。

 

「ふん、話にならんな。協力? 公開? 言語道断だ。そんな条件を飲むメリットがどこにある」

 

「馬鹿め! メリット云々の前に、今の状況を見るがいい! 現状の戦力が敵対したまま、巨大生物流入をいつまで防げる? 保管庫はフォーリナー出現前の設備だ。巨大生物への対策など十分にされていないだろう。たった数人の護衛で茨城博士を守り切れるのか? いいや無理だ。敵対勢力と巨大生物どちらも相手にここを守り切れまい! 巨大生物の出現は、なぜだか増える一方であるしな!」

 

 仙崎の言葉に、黒部は痛いところを突かれた様に顔を顰める。

 

「……だとしても、それで国益を損なう訳には」

 

「貴様の言う国益など、保管庫を爆破した時点で全て吹き飛んでいるわ! マイナスにならんというだけで例えソラスを撃破する事が出来たとしても、優秀な科学者と可能性を秘める技術の数々を葬る事が本当に国益だと? 滅びた日本旧政府は、自国内で禁忌兵器を処分する為に態々引き取ったとでも言うのか!? それなら、情報を公開し”使える”技術に落としつつ、ソラスも撃破するという明確な戦果を出した方がまだ救いがあるわ! この場所に直接研究所を建設すれば、主導権は飽くまで日本が握っていられる。その方策がまったく思いつかなかった訳ではないだろう!」

 

 黒部二佐は飽くまで特殊部隊長で政治には関わらないだろうが、彼やもっと深くかかわる政府中枢が仙崎と同じ考えに至っていない筈が無い。

 それでも処分に踏み切ったのは、反対勢力や政治的バランスなどのしがらみに囚われているからだ。

 そしてそれ以上に、”協力出来る訳がない”という他勢力に対する疑心暗鬼が生んだ拒絶反応に近かった。

 

「……上に掛け合う時間は、なさそうだな。まあいい。俺はある程度ここでの行動を任されている。……悔しいが、貴様の言う事にも一理ある事を認めよう。全てに納得した訳ではない。が、最小の犠牲で日本を守れるのであれば、俺個人として反抗する理由は無い。……が、他はどうかな?」

 

 実のところ、保管庫の爆破と禁忌兵器の処分は、ここの警備をずっと任されてきた黒部二佐にとっては断腸の思いでもあった。

 ただ、それ以上に他国やEDFに良いように利用され、用済みとばかりに日本の国際的地位が落とされ食い物にされるのが我慢ならなかっただけだ。

 

 とはいえ、これは黒部二佐としても現場に出来る判断を越えている。にもかかわらず譲歩したのは、彼の個人的な判断であり、任務に対する背信行為に近い。

 それでも、不思議だが、この男の案に乗ってみようと思ってしまった。

 

 そんな自分の愚かな考えと、他勢力に対する不信が、黒部二佐に挑戦的な笑みを作った。

 その笑みを向けられた相手が、わざとらしく現れ、顎に手を当て考える素振りを行う。

 

「ンンーー。なるほどなるほど。貴方の提案に乗らなければ、文字通り保管庫内部には乗り遅れる……そういう事ですか。ですが、貴方の提案を鵜呑みにするのであれば、我々が”ここ”に居座る……つまり不倶戴天の敵とこの我々の財産を共有しろと? しかも、選ばれた者しか理解しえない先生の才能そのものを、あまつさえ全世界に全世界に公開するゥ? そんな暴挙を、我々が、許すとでもォ?」

 

 ドレフニコスの口調は穏やかに見えて、感情の不安定さが滲み出ている。

 その事は、今しがた仙崎に向かって歩みを進め、押し付けるように銃口を突きつけた行為と、限界まで見開かれた目が物語っている。

 しかし仙崎は逃げない。ここは引くべき場面ではないからだ。

 

「そうだ。貴様はこの提案を跳ね除ける事は出来ないし、私を撃ち殺す事もしない。意味のない行為である上、これは現状最も貴様の目的を達成できる妙案だからだ。いいか? 貴様の目的は、禁忌兵器を自らの手の内に確保しておきたい、保全局の管理下で”先生”の意思を汲み取りながら、その研究に従事したい。そう言う事だろう。ならば、その場所、土地、国の差異にどれほどの意味がある? 他にどの勢力が居ようと、貴様らの”先生”に対する理解と、科学者として地位に揺るぎは無い筈だ。違うか?」

 

 銃口を突き付けられた状態で、仙崎はドレフニコスに挑戦的な目を向けた。

 あからさまな挑発だ。本心からの言葉ではない事は分かる。しかしドレフニコスには、事実そう言った自信やプライドはあり、咄嗟に否定や異論を唱える事が出来ない。

 それは既に、仙崎のペースに乗せられている事を示す。

 

 水を得た魚のように、仙崎は舌を回す。

 

「第一、提案に乗る乗らぬに関わらず、貴様はもはやそう動かざるを得ない。禁忌兵器の情報公開と同時に、その価値を見い出したあらゆる組織が暗躍する。日本政府もEDFも、そして貴様ら異端技術解析保全局も、禁忌兵器の移送など気軽に行う事など出来ないだろうよ。故にこその、”貴様らが来い”だ。独占も分散も出来ぬとあらば、共有こそが残された最後の手段となる。それ以前に、ソラス襲撃の混乱に乗じて武力で取り戻し、貴様らの拠点に持ち替える事が出来ていれば、貴様にとって問題は無い。が、それがもはや困難である事は、他ならぬ貴様自身が分かっている筈だ。β型やγ型が現れた時点で、ここはもう長くは持たない」

 

 周囲で戦闘が激化している。

 仙崎達が問答を行っている最中にも、凶悪な巨大生物たちが周囲の戦力を着々と削っている。

 増援が討伐推移を上回り、徐々に周囲は囲まれていく。激しい戦闘に引き寄せられる巨大生物の習性が徐々に絶望的な戦力差を作り出す。

 

「ふふ、はははははは! なるほどなるほど!! どうやらすでに、アナタの術中に嵌っていたようですねェ! 道化は(ワタクシ)であったか!!」

 

 ドレフニコスは銃口を取り下げ、気が狂ったように突然に笑い出した。最初から仙崎の中では道化であると認識していたので今更である。

 

「イイでしょう!! 腸が煮えくり返り、今すぐ貴方を撃ち殺したい思いですが、まァ良しとしますか。我が手に触れられるところにあるのならば、それは我が手中に取り戻したも同然か!! いやァ然り。全く持ってその通り! ”先生”の遺した子、すなわち神にも匹敵する至高の御子の力を存分に使い、フォーリナーを打ち砕けるのであれば、それはもはや、我々の本願!! ――貴方の提案に、乗りましょう」

 

 ドレフニコスも、仙崎との協力を約束。

 頑なだった黒部二佐、狂人ムーブをかますドレフニコスの陥落に、情報戦のプロであるロイグ大佐が動揺する。

 

「馬鹿な……! こ、こんなことがまかり通っていい筈が無い!! 考える余地すら無い!! 何の肩書も無い、たまたま居合わせたレンジャー風情が何を言うのか! 情報公開など以ての外だ!! 我々戦略情報部の決定は覆らん! 死神!! この不届き者を殺害し、早く私を保管庫へ連れていけ!!」

 

「ふっ、そうか。ところでロイグ大佐。我々の指揮権は現在、対外情報課のリーヴス少佐が握っていてな。貸し出されてはいるが、部署の違う対内情報課の貴方からの命令には拒否権がある。知らなかったか?」

 

 話しを聞いていた死神が、ここに来てロイグ大佐に非協力的態度を匂わせる。

 渋々付き合っていた感が否めなかった死神は、更に動揺するロイグ大佐を見て僅かに溜飲が下がる。

 

「なッ……!? だとしても、こんな脅迫めいた提案に……!」

 

「そうかな? 情報が公開され、技術が広まれば、対フォーリナーに於いて有利に立つことが出来る筈だ。だがまあ、対人類を念頭に置いた大佐にとっては、これは一人負けとも言えるか。笑えるな」

 

 これまでの不本意な命令に対しての意趣返しかのように、ロイグ大佐を挑発する死神。

 

「ッ……!! くそが。……仙崎誠と名乗ったか。一つだけ聞くぞ」

 

 ロイグ大佐は死神に対し小さく憎しみを籠めた悪態を吐き、仙崎に向き合う。

 

「貴様の作戦の肝は禁忌指定兵器の情報公開だ。それはどういった経路で行う気だ? 保管庫内部はネットワークから完全に遮断されている。情報が一切漏れない構造の上、セキュリティも厳重だ。EDF上層部や日本政府首脳をゆっくり説得している暇はないぞ?」

 

「ふっ、臆するな。保坂、貴様ならそれが出来る筈だ」

 

 仙崎は不敵に笑うと、保坂の名を上げる。名指しされた保坂はさして驚くでもなく、仙崎の言葉の先を待つ。

 

「この男、直通回線から忍び込み情報を盗み見た程度にはその技術に明るい。のみならず、貴様の組織は、いざとなればこの情報発信をすぐにでも行う用意をしていたはずだ。なにせ今から私がやろうとしている事は、EDFの闇とやらを暴きたい貴様らがする事と、そう変わらんからな」

 

「おっと、もうそこまで見抜いていたか。素直に感服するよ。まあ、その通りさ。この際だから言っちゃうけど、以前内部に部下を忍ばせていてね。もうバレで殺されたけど、その時にバックドアを仕込んである。僕の持ってきた機器と繋げれば、極東11軍の作戦司令本部にデータを送信する事は、そう難しくない」

 

「だ、そうだが?」

 

 保坂を介し、ロイグ大佐の質問には答えた。対内情報課長官として、ギリギリ納得できる範囲の回答だ。

 彼は苦虫を噛みつぶしたような屈辱を噛みしめつつ、冷静に仙崎の提案の価値を見極める。

 

「クッ、情報部を差し置いて、他勢力を軒並み手玉に取るのは、さぞ楽しいだろうな……ッ! いいだろう! 貴様の作戦を、我々が採用してやる!! ある意味、これはチャンスでもある! 公開された情報に食いついたテロ組織や不穏分子共を炙り出す、絶好の機会と捉えられん事もない! ……だがな、仙崎誠」

 

 まさに戦略情報部すら手玉に取られた形となったが、ロイグ大佐は一度言葉を切り、憤慨したような言葉を落ち着かせて仙崎に向き合う。

 それは状況を思い通りに転がした仙崎に対する、警告と助言だ。

 

「これは、戦中のみならず、戦後世界を大きく塗り替える事件となる。その事を、胸に刻んで自覚しろ。貴様はこの決定で、数多の命を握り潰す事を、その責を背負う覚悟はあるか」

 

 真摯な問いだ。それは、EDF設立から今までの間の中で、多大な功績を残し、それと同じくらい多くの血を流させたパトリック・C・ロイグという一人の情報官から英雄仙崎への心構えを問うものだ。

 

「未曽有の混乱を招くことは承知の上だ。長考の果てに導き出した結果でもなし。あらゆるリスクを考えたとは到底言い難い。だが、流れる血と消える命に、私は二度と眼を背けるつもりはない。人類の勝利と言う大事が為、小事を切り捨てるが如きの行いだという事は、重々承知している。それを考えて尚、人類はここで、禁忌兵器の使用を考えた、超抜級怪生物撃破の第一歩を踏み出すべきだと、私は考えている。そうした戦線の維持こそが、極東EDFが独断で戦線に残り続けた意味だと、私は信じる」

 

 仙崎は一度、EDFを逃げ出している。紛争地帯でグリムリーパーとして活動する中で、人間の意思により多くの命が失われたのを見た。仲間も失った。時には民間人を殺した。弱者が殺されるのを見た。守れなかったこともあった。

 背負う覚悟の無いあの時は、現実から目を逸らし、逃げ出すのが精一杯だった。

 

 しかし、今は違う。

 再び兵士として戻ってきた以上、己の手で奪う命も護る命も、自分で抱え込んだものからは決して目を逸らさない。

 その確固たる覚悟があったからこそ、仙崎はここまで状況をひっくり返す事を決めたのだ。

 己の手に余る問題だが、それを理由に目の前で見過ごす事は、決して出来ない。

 

「ふん……上出来だ。そこまで分かって冷徹に考えるとは、貴様、対内情報課向きだぞ? 部下に欲しいくらいだ。良いだろう! 私もそこの死神も、貴様の好きに使ってみせろ!!」

 

 こうして、情報戦のプロであるロイグ大佐も、仙崎は見事手中に収めて見せた。

 残るは、反EDF組織曙光會の幹部、保坂誠也だが、

 

「……あ~あ、やってくれたね仙崎君。これは参った、本当に。他の勢力が協力を承諾した以上、引き下がる訳にはいかなくなった。まあこれ、僕が協力しなければ全てご破算になるんだけど、保管庫の爆破と禁忌兵器の乱暴な処分を避けたい曙光會と、ソラスをここで倒したい僕としては、もう協力するしかない。それに……何だよ。敵同士がみんなで協力してソラスを倒すとか……、そういうの、いいじゃないか。本当は裏で出し抜くつもりだったけど、そんなの面白くない。やろう! 僕たち皆の手で!」

 

 演技か否か、普段に近い口調になった保坂は、その目に希望と闘志を確かに燃やしていた。

 そして、それを周りで聞いた各々も満更ではない様子だ。

 

 そうだ。これがEDFの意思であり、人類のあるべき姿なのだ。

 誰も皆、殺し合いをしたくて殺し合っている訳ではない。手を取り合えることこそが人類の美徳であり、フォーリナーに対抗するための唯一無二の武器となるのだ。

 

「まったく――そう来なくてはな!! ならば!」

 

 仙崎は高らかに笑い、この戦場に轟くように、宣言を響かせる。

 

「ぬぁーーーははははは!! この場の全ての人間よ!! 我が声を聞けぇーーい!! 貴様らのリーダーの総意によって、この戦場の行く末を決める話が纏まった!! ――これより!! 保管庫防衛、更にソラス撃破までの間、我々は、一時的な共同戦線を敷く!! 人類同士の内乱はこれにて仕舞いだ! 総員! 銃口を人類の敵、即ちフォーリナーに向けよ! ――人類の、反撃開始といこう!!」

 

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