――2022年7月11日 山中の国道
『第44レンジャー中隊レンジャー8』side:仙崎誠――
M1グレイプ装甲車の硬いシートに揺られながら、私は無線を聞き入る。
『レンジャー5より1へ。周囲に敵影、確認できません』
『こちらレンジャー7。巨大生物の姿はありません』
『2よりリード。右翼方面に敵影無し』
『こちらレンジャー8。左翼方面クリア』
『レンジャー3よりリード。最後方でもクソ共の姿は見えません』
『こちらレンジャー1結城。オールクリア。ふぅ、なんとか引き離したようだな。と言っても、まだ助かった訳じゃないが。各車輛燃料計をチェック。大体でいいから航続可能距離を各自報告』
それぞれが少し時間を置いた後、順に報告していく。
『――となるとギリギリ都市部までは後続可能だな。逆にそこからは燃料切れが相次いで行軍は不可能になる。なんとかそれまで通信が復活すればいいのだが……』
ノイズ交じりだが我々が交信できるという事は、短距離通信ならば可能という事だ。
その近くに上級司令部と連絡を取れる部隊が居ればいいのだが。
軍曹に話を聞いた結果、今行軍している第228基地の生き残りは次のような所らしい。
M1グレイプ装甲車 14輛
E551ギガンテス戦車 9輛
C1キャリバン兵員輸送車 13輛
輸送トラック 10輛
レンジャー中隊 149人
ストーク中隊 45人
フラウンダー中隊 119人
車輛46輛、人員353名(非戦闘員・負傷者含む)
あの混乱にしては多くの人員が生き残っているように思えるが、軍曹によると犠牲の大半は基地の整備兵や事務職員などの地下設備要員だそうで、軍曹の知り合いも相当数犠牲となったようだ。
元々基地自体の兵力が少なかったこともあり、生き残りの大半が他基地から演習目的で集まった部隊だそうだ。
そして殿を買って出たグリムリーパーは……。
「グリムリーパーの奴ら、結局戻ってこなかったようだな……」
御堂が怪我人の手当てをしながら呟いた。
まるで私の心情を読んだかのような絶妙なタイミングだ。
「ごほっ、知ってっか? アイツらの二つ名」
巨大生物の強酸を浴びて、片脚を失った兵士が咽ながら答える。
EDFのファーストエイドキットによって応急処置は済んだようだ。
「”死神部隊”。EDF海外派遣部隊の中でも特に歴戦で、死に場所を求めるかのように危険な任務に志願してるって話だ。ようは死にたがりなんだよ。へへっ、願いが叶って俺達もアイツらも大満足ってなァ」
中年の兵士は、負傷して憔悴しながらも人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「大尉、そんな言い方は――」
青木が注意しようとしたが、私はそれ以上に我慢ならなかった。
「大尉殿! 殿となった彼らに対し、そのような侮辱した発言はいかがなものかと。出来れば訂正をお願いしたいのですが!」
「あん? なんだよ、マジになんなって。ちっとからかっただけじゃねぇか。つーかなんだお前、階級章はどうした? ドッグタグは?」
梶川大尉は人を小馬鹿にしたように笑ったあと、笑いを消してこちらを見る。
私は痛いところを付かれて、一瞬無くしましたとでも言おうかと思ったが、
「大尉。それについては俺から。この男は民間人ですが、元EDF軍人という事でしたので、非常時という理由で武装を貸与していました」
軍曹が正直に答えてくれた。
「民間人? コイツが?」
梶川大尉は虚を突かれたような顔をした後、
「がっはっは――いてて……!」
破顔したと思ったら負傷した腹を抑えた。
傷に響いたようだ。
「民間人のくせに随分といい動きしてるじゃねぇか、元軍人ってのを考えてもだ。あんた名前は?」
「仙崎です。仙崎誠」
「ふん、ちょっと生意気そうだが部下に欲しいぐらいだ。もし軍に戻ったら第26フラウンダー中隊に来いよ。荒くれ坊主ばっかの不良中隊だ。あんたみたいに食って掛かるぐれぇで丁度いいさ」
……どうやら厄介なのに気に入られてしまったようだ。
とは言え、軍に戻るとしても自分で所属は希望できないので心配いらないだろう。
……裏から根回しされなければ。
「……か、考えておきます」
さて、今後について改めて考えてみよう。
今の状況を鑑みるに、広範囲でこの巨大生物とやらは猛威を振るっているとみていいだろう。
となると最も必要とされるのは兵士だ。
この混乱がどれほど深刻なものなのかは想像も付かないが、戦乱が長引けば徴兵制も取られる可能性が高い。
ならば、このままEDFに志願するのが一番手っ取り早いだろう。
”あの事件”から4年。
昔を思い出さない訳ではないが、それはトラウマとしてではなくただの記憶としてだ。
私は問題なく戦える。
ならば、この力を振るうことに迷いはない。
改めて、そう決意した。
――――
一時間程が経過した。
途中燃料が切れた戦車達は、車輛を置き去りに搭乗員だけをトラックに乗せた。
元々戦車というのは長距離走行に向かない。
足回りも修理なしには走れないし、何より燃費が悪い。
本来なら戦車トランスポーターという戦車専用の輸送車を使って長距離移動をするのだ。
牽引する車輛も燃料も無かったので、戦車は放置してゆくことになった。
そうして我々は移動している。
もう宙に浮かぶ宇宙船のようなものは見えない。
だが、山道での移動中一台の乗用車ともすれ違わず、人の気配は全くない。
そして横浜都市部に近づくにしたがって、破壊された民家や車輛、そして人の死体があった。
巨大生物の仕業に違いない。
そして横浜市が見えると、最悪の予想が現実となっていた。
『こちらレンジャー1結城! 交戦中の友軍と避難中の市民を発見! 襲われてるぞ! 援護に入る! 総員戦闘準備!!』
『『サー! イエッサー!!』』
「ようしお前ら! 武装をチェックしろ! 弾は残ってるか?」
荒瀬軍曹が車内で戦闘準備する仲間に声を掛ける。
「どさくさに紛れて倉庫から持ってきた弾薬で、なんとかなりそうだぜ!」
馬場が怪力に任せて持ってきていた弾薬箱を見ながら笑う。
「負傷者はどうするんです?」
青木が梶川を見ながら言う。
「荒瀬、俺達は置いてけ。ただし護衛を一名貰うぜ。仙崎! 一緒に残れ。宗原、あんたもそれでいいな」
ニヤニヤしながら梶川大尉は俺を名指しで呼んだ。
完全に目を付けられたらしい……。
「ま、それしかないでしょうね。付き合いますよ」
片腕の皮膚を溶かされ、火傷を負っていたもう一人の負傷兵が答える。
「では戦場には我々だけで。可能ならばすぐ救助を呼んできます。仙崎。お前なら何とかなる。自信を持つんだ。いいな?」
「サー! イエッサー!」
「軍曹! これ以上進めません! ここで停車します!」
千島が車を停める。
「よし、総員降車! 交戦中の部隊を援護する! 続け!!」
「「イエッサー!!」」
ぞろぞろと後部から軍曹達が出てゆき、残ったのは私と梶川、それに宗原という負傷兵の3人だけになった。
「すまねぇな、もしかすっとこっちが貧乏くじかも知れねェ。へっへっへ」
全く済まないと思ってない顔で言われてもどう返したものだろうか。
確かに、負傷者2名と民間人1名。
字面にすればなんと頼りない事か。
更に、見る限り街全体が戦場となっている今、ここに巨大生物が大挙しない理由は全くない。
1体2体ならともかく10体100体で来られてはさすがの私でも死んでしまうだろう。
まあ向こうも安全である筈がないので、客観的に見て梶川の判断は妥当ではあるのだが。
「やれやれ。厄介なのに目ぇ付けられたな、仙崎」
「まったくだ。だが、お二方とも、何が出てきても、黙って死ぬ気は無いみたいですがね」
宗原の言葉にそう返す。
宗原は片手でも扱えるサブマシンガンを手に持ち、梶川はその場に寝転んでAS-18を構える。
いつ巨大生物の襲撃を受けても、応戦出来るように。
「ぶっ放すと衝撃で腹の傷に響きやがる。なんも出てこないことを祈るぜ」
「同感ですぜ」
遠くで聞こえる銃撃が激しくなった。
軍曹達が合流したのだろう。
「偵察が必要なら、自分が周囲を見てきますが?」
宗原が立ち上がって銃を構える。
確かに、周囲に巨大生物が居ないか気になるところではあるが……。
「……いや。人間相手ならそうしてぇトコだが、化け物共の生態が分らねェ。五感の内何で獲物を探ってんのか……、仲間を呼ぶ習性はあるのか、とかな。下手に動くよりは、ここで行儀よくしてた方が良いだろうよ。暴れ足りねェって気持ちは分かるけどなァ」
まだ少し痛むのか、眉間に皺を寄せながらも梶川大尉は不敵な笑みを浮かべる。
「はは、大尉ほど交戦的ではありませんよ、自分は」
宗原少尉もこれには苦笑いを浮べている。
私も梶川大尉の意見には同感だ。
巨大生物が五感の何に頼っているのか分からなければ、どの程度警戒していいかも不明だ。
戦闘の音に引き寄せられるなら撃った時点でここにあの怪物が集まりかねないし、怪物の死体や人間の血の匂いで引き寄せられるなら、戦闘が始まった時点で終わりを迎えるだろう。
その後、緊迫した静寂が訪れる。
巨大生物が視覚に頼っていた場合、身をさらすのは危険なのでドアやハッチは全て閉鎖したが、逆に周囲の状況が全く分からない事でストレスを感じる。
そんな静寂の空間は、
「きゃああぁぁぁ!!」
近くで上がった女性の悲鳴で幕を下ろした。
──第44レンジャー中隊レンジャー8 side:千島勇斗上等兵──
僕は軍曹の背を追い、手に持ったAS-18の安全装置を解除する。
横浜市街地は、一言でいえば地獄の様相だった。
建物や車輛は至る所が燃え上がり、路上には巨大生物に食い破られたいくつもの死体。
EDF兵士や民間人の区別は無かった。
そしてその無残な死体を巨大生物が無遠慮に踏み荒らし、そこから飛んだ強酸は人体や車輛を溶かし、その際に発生する化学反応の熱量が場合によっては発火し、火災を広げていく。
道路はそこかしこに酸の大穴が空き、融解する際の蒸気があちこちで発生し、視界が悪い。
酸の流れ弾に当たって溶かされた建造物が倒壊し、兵士や巨大生物や民間人を巻き込む。
民間人を乗せた救助ヘリのローターに酸が当たり、揚力を失って墜落し、爆発炎上する。
遠目からでもそんな様相が巻き起こる戦場に、足を踏み入れる。
今までは、違った。
あそこは基地だった。
武装、非武装はともかくほぼ全員がEDFの兵士だったし、地上に出ればほぼ全員が武装して戦っていた。
地下での犠牲者は何人か知り合いも居て悲惨だったが、ここに比べれば数は遥かに少なかった。
最後の大量の塔が来るまでは彼我の戦力差も悪くはなかったし、撤退中もグリムリーパー隊のお陰で被害は最小限に抑えられた。
それでも地獄だと思っていた。
あの基地から脱出したことで、助かったと無意識に思っていた。
もう地獄からは抜け出したと思っていた。
そんな僕をあざ笑うかのような本当の地獄が、ここにはあった。
前方の地獄から目を反らし、下を向く。
目が合った。
顔の半分が溶け落ち、脳みそが泡を立てて溶けていく女性の虚ろな目が見ていた。
「おええぇぇ……かっ、げほっ」
死体を見て吐くのは初めてじゃない。
基地の中で何度も吐いていた。
少し経った頃、あの仙崎という民間人に出会う頃には、もう死体など見慣れたと思っていた。
でも、こんな地獄は辛すぎる。
「千島、大丈夫か!?」
軍曹が立ち止まると、その死体を見て顔をしかめる。
「すみません。大丈夫、です。行きましょう!」
僕は口元を拭い、足を動かした。
「ああ! 立ち止まっている暇はない! 俺達の力で、一人でも多くの市民を助けるんだ!!」
少し走ると、直ぐに射程圏内に巨大生物は現れた。
「いたぞ! 巨大生物だ!! 友軍を援護し、市民を救出しろ! 撃てぇぇ!!」
軍曹の声で、巨大生物に狙いを絞って射撃する。
僕――千島勇斗は、数時間たっても慣れない実戦の緊張感を吹き飛ばすような銃の反動に身を預ける。
走りながらの射撃は、威嚇以外に何の意味も無いから控えろ――そんな風に教わったことはもはや何の意味も無くなっていた。
たった数時間、それだけで僕の中の常識はことごとく壊されてしまったのだ。
数時間、そうたった数時間だ。
地上の第一演習場で行われる一般見学ありの火力演習と地下施設見学ツアー。
ローテーションからたまたま外れていた僕達レンジャー8はいつも通りの訓練を終えて、射撃場を出ようとしたときに、突然奴らは現れた。
それから、もう何日も経過しているような錯覚を感じるけど、実際のところはせいぜい半日足らずだ。
訓練校を卒業してレンジャー8に入って一年。
それまでに習ったいくつもの常識を壊されながらも、僕は何とか戦っていた。
しかし、そんな訓練を積んでいた僕よりも、基地で出会った仙崎誠という民間人の人は凄い適応力と戦闘力を持っていた。
何より驚いたのは、あの人は今まで一度も巨大生物の酸に被弾していないことだ。
彼曰く「避けるのは得意」なのだそうだが、あれは訓練で培ったものなのだろうか。
それとも、彼が退役した4年前の紛争での実戦経験が生み出した技能なのだろうか。
「千島、塔だ! 塔が落ちてくるぞ!! ここはやばい! 向こうの戦車の方まで退避だ!!」
軍曹の大声で僕は意識を引き戻され、軍曹の背中を追って駆ける。
後ろを振り向くと、さっきまでいた場所からそう遠くない場所に塔が落下して巨大生物を吐き出していた。
「レンジャー8こっちだ! 君達のおかげであのビルの生存者は全員救助した! ありがとう!」
この区画の救助隊の指揮を執っていたフェンサー小隊の隊長が声を出す。
ここは既に巨大生物が四方八方から襲い掛かって来るが、その中でより多くの市民を救出するべく、輸送ヘリを大量に投入して救助活動を行っていた。
だが、犠牲者も多い。
そこかしこで市民が犠牲になり、無残な姿で打ち捨てられている。
「塔から巨大生物が来るぞ!! 迎撃しろ!!」
軍曹の命令に、僕達はフェンサー小隊と共に再び弾幕を張る。
《こち……作戦指……応答……》
「はっ!? 今のは!?」
無線から、ノイズ混ざりに何かが聞こえた。
《こちら、EDF極東方面第11軍、作戦指令本部! 横浜戦線の部隊へ! 誰か応答せよ!!》
混ざっていたノイズは急速に消え、今まで不通だった広域通信が復活した瞬間だった。
適当な人物紹介
▼
第26フラウンダー中隊指揮官、大尉。
先の戦いで負傷し、左脚を膝下から失っている。
応急処置は済んだようで、命に別状はない。
”不良中隊”と言われる荒くれ者を率いているだけあってそれなりの性格をしている。
▼
第26フラウンダー中隊フラウンダー4小隊副指揮官、少尉。
負傷して左腕の皮膚を溶かされている。
こちらも応急処置は済んでいる。
EDFの高度な医療技術によってなんとかショック死を免れているが、早めの搬送が望まれる。