全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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第八話 横浜救助戦線(後編)

――2022年7月11日 第44レンジャー中隊臨時指揮下 レンジャー8 side:荒瀬徹軍曹――

 

 

《こちら、極東方面軍司令基地、作戦指令本部! 横浜戦線の部隊へ! 誰か応答せよ!!》

 街中から集まる巨大生物を抑えていたら、ついに上級司令部からの通信が聞こえてきた。

 今までと違ってノイズも発生していない、鮮明な音声だ。

 

『本部、応答願います! こちら第11陸戦歩兵大隊! 現在横浜市街地の住民を救助中! 攻撃ヘリ中隊のお陰で状況は優勢に推移していますが、敵が多すぎて住民への被害が深刻ですっ! 弾薬や救助ヘリも足りません!』

 大隊長の伊勢原少佐が応答する。

 無線でそれを聞きながら、俺は部下に指示を出しつつ、巨大生物を撃ち殺す。

 

《残念だが援軍は出せない。全国各地に謎の飛行物体や塔が現れ、その対処に追われているのが現状だ。今の戦力で対処せよ》

『EDF程の組織がそれほど……。了解っ……! 可能な限り住民を救出します!』

 その後救出の進捗状況や部隊・弾薬の状況など事務的なやり取りを簡潔に話し、本部との通信は終わった。

 各地の被害に手が回らない為、救出状況に係わらず、あと一時間ほどで撤退するようだ。

 

 しかし、ここだけでなく全国でこのような事態になっているとは……。

 取り巻く状況の悪さに思わず奥歯を噛み締めていると、周波数を絞った個人通信が俺の元に届いた。

 

《荒瀬軍曹。君が生き残っていたとはな。私にとっては朗報だ》

「個人通信なんてして来るとは何の用だ、榊……少将閣下」

 俺に通信を送ってきたのは、榊少将閣下。

 軍曹程度の俺にとっては雲の上のような階級で、直接言葉を交わすことなど本来あり得ない事だ。

 しかし、俺と榊は士官学校生の同期で、所謂勝手知ったる間柄というやつだ。

 

《よせ、無理して変な言葉付けなくていい、軍曹。それより、犠牲者を一人でも減らしたい。協力してくれ》

「ここで巨大生物を倒すこと以外、何かやることがあるのか?」

 

《そうだ。世界中を覆っていた謎のノイズは急速に消え、それに伴って本部機能の大半が復活した。それによると、その場所を超大型飛行物体が通過する。しかもその機体は、内部に超高エネルギー反応を溜め込んでいる》

「攻撃してくる、というのか?」

 それを伊勢原少佐に伝えてない所を考えると、まだ極秘の情報だろう。

 それをサラリと言ってのける辺り、この男の人となりが知れるが、まあこれはそういう男だ。

 

《可能性は高い。だが国連安保理や日本国政府はまだ混乱し対応を決めかねている。正式な経路で撤退命令を出せるころには全てが遅いかも知れない。だから軍曹。君に頼みたい》

「……命令と同時に撤退できるよう準備を進める。俺に出来ることはこの程度だが、それで構わないか?」

 EDFは国家から独立した超法規的軍隊……というコンセプトだが、所詮は国連の下部組織。

 このような時にこそ独自の判断で行動するべきだが、国連は飽くまで手綱を放したくないらしい。

 

《十分だ。君がそこに居てくれてよかった、軍曹》

「まったく、危ない橋を渡るのは相変わらずだな。……俺のようにはなるなよ? お前が落ちてきたら、助ける人間はいないんだからな」

 士官学校を卒業し、順調に昇進した俺達を襲った事件を思い出す。

 あの時は中佐だった榊に助けられ、階級が下がっただけで助かった。

 今後同じことが起こっても、俺に助ける力はない。

 

《……私は私に出来る最善を尽くすまでだ。どんな状況だろうとな。頼んだぞ》

 個人通信を打ち切り、俺は撤退の準備を可能な限り皆に促した。

 

『レンジャー8よりレンジャー2へ! このエリアの住民捜索は終了したと考えます! 大隊本部への後退を具申致します!』

 現在この戦線では、横浜スタジアム周辺に陣取った、複数の指揮通信車から成る大隊本部と、その周囲にある兵員輸送ヘリを中心に部隊が展開している。

 

 歩兵部隊は、その中心から航空部隊が発見した住民を保護しヘリへと誘導したり、入り組んだ場所で逃げ遅れた住民を探したりしている。

 

『……確かに、巨大生物の勢いも強くなっている。徒に消耗する訳にも行くまいか。よろしい、小隊、ここは撤退するぞ!!』

 大林中尉の指揮のもと、俺達は撤退し、大隊本部へと戻る。

 そして戻った俺達を待ち受けていたのは……。

 

「!! ヘリが襲われている!! 分隊攻撃開始! ヘリを守れ!!」

「ちっくしょう!! 帰る足を失って堪るかってんだ!!」

 俺達は、ヘリに食らいついた巨大生物を撃ち殺す。

 だが、もう相当数が巨大生物の牙と酸にやられていた。

 

「おい! そこの奴、聞け!!」

 どこからか走ってきたのは、負傷して半身を引きづっている、伊勢原少佐だ!

 

「少佐!?」

「指揮通信車が襲われた。慌てて応戦したがご覧の有様でな。いやそんなことはどうでもいい! 横浜港に艦隊が到着した! 住民を車輛に乗せて海に送り、ヘリは我々の分だけ確保する。撤退命令が出るまで、この場所を死守だ! いいな?」

 負傷した身で、伊勢原少佐は早口にまくしたてる。

 恐らく艦隊は、榊が手をまわしてくれたのだろう。

 

「サー! イエッサー! 少佐殿は!?」

「ふん、忌々しい事に広域通信が可能な無線機は破壊されたのでな! 生き残った大隊本部の連中と私がこうして口頭で指示を出してるのだ! お前も別の隊に私の命令を伝えておけ! 頼んだぞ!!」

 そう言うと、伊勢原少佐は負傷しているとは思えない身のこなしで巨大生物を倒しながら去っていった。

 

「荒瀬軍曹! 少佐から何か言われたのか!?」

 合流した大林中尉が俺に駆け寄ってくる。

 

「はっ! 艦隊が海岸に到着しているので、住民を陸路で横浜港に届けつつ、我々はヘリで直ぐ移動できるよう、撤退の準備を進めよとの命令です!」

「そうか。本部からの撤退命令はまだだが、そう判断したのだな、伊勢原少佐は。了解した。付近の部隊にも伝えよう。それまで、何が何でもこの場所を守りぬくぞ!!」

 

 やがてその命令は、大林中尉の無線機によって他部隊にも広まってゆくことになり、命令を歪曲して伝えた事に多少の罪悪感も感じた。

 

「……軍曹、いいんですか? そんなことして」

 青木が声を掛けてくる。

 

「やっぱさっきの通信でなんかあったんすか? つーか相手は誰だったんすか?」

「馬鹿おめぇ、そういうのは言わなくていいんだよ! 軍曹、俺らなーんも聞いてねーですから!」

 水原が空気の読めない発言をして、馬場が珍しくそれを咎める。

 

「なに、命令の誤伝達など、戦場では良くあることだ。とにかく! 俺達は撤退の準備を急ぐぞ!!」

 

 状況は大隊本部を失ったことにより更に混乱している。

 もはや市内にどの程度の市民が取り残されているのか分からず、漏れ聞こえる無線によれば上空から偵察しているヘリ達は燃料切れで次々に帰還しているそうだ。

 

 上空からの支援も失い、更に巨大生物は増える一方。

 未だ救えていない命が失われている。

 だが、俺達の手元にある戦力も時間も、どうしても足りないものがあった。

 

 それは果たして言い訳なのか。

 それはきっと、俺個人で判断出来る事ではない。

 それでも……。

 

『上空の偵察ヘリから通信!! 西から巨大生物! 大群です!! 更に地面を突き破って地中から現れる個体も多数!! このままでは飲み込まれますッ!!』

《こちら作戦指令本部! 緊急事態だ! 東京上空に謎の超大型飛行物体が出現した! 大量破壊兵器による攻撃が予想される為、この通信を聞いている全部隊は直ちに持ち場を放棄し、撤退しろ!!》

 

 大隊本部職員と、榊の無線通信はほぼ同時だった。

 だが榊の提案により撤退の準備を進めていた横浜の全部隊の動きは迅速だった。

 

『こちら大隊本部、伊勢原だ! 全部隊聞いたな! 一刻も早く装備を積み込み、撤退準備を――終わってる? ええい誰の指示か分らんがどうでもいい! 終わってるなら撤退だ! 急げ!!』

 無線機を手に入れた伊勢原少佐が叫んでいたが、耳に入らない。

 

 失念していた!!

 仙崎の事だ!

 余りに目まぐるしく回る戦闘や他の事で頭が一杯だった、くそっ!!

 俺は急いで228組の総指揮官に無線する。

 

「レンジャー8よりレンジャー1へ! 228の負傷者たちは!?」

『こちらレンジャー1結城! 前から頼んでたが住民の救助優先で戦力を貸してくれなかった! 今攻撃ヘリ一個中隊を借りたが輸送ヘリが足りない! 俺達が撤退中に拾ってくしかない! 頼めるかい!?』

「サー! イエッサー! 分隊行くぞ! ヘリに乗れ!! 移動中に仙崎達を拾う!!」

 

 仙崎……無事でいてくれ!!

 

 

――side:仙崎誠―― 

 

 

 武装の無くなったところを、我々は巨大生物に包囲された。

 巨大生物が尻を振り下げた瞬間。

 

『そこの歩兵!! 伏せろ!!』

 

 風が巻き起こった。

 同時に連続して鳴る風を切る音。

 

 EDF陸軍が保有する戦闘攻撃ヘリコプターEF-24”バゼラート”が低空で侵入してきた。

 

 竜巻と雷雨が合わさったロゴが印象的なバゼラートは、上空に放たれた酸弾を華麗に回避しつつ、機銃掃射と対戦車ロケットで砲撃を行い、我々を避けつつ周囲の巨大生物を一掃した。

 

「なんという技量だ……助かった!」

「あの動き、あのマーク……。サイクロン中隊だ!」

 梶川大尉は知っているようだった。

 

「攻撃ヘリ中隊では精鋭中の精鋭って話だ。――宗原は」

 ここに居ない時点で察していたのだろう。

 黙って首を横に振ると、目を伏せた。

 

「後で最期を教えてくれや。それより仙崎――あれ、気付いたか?」

 あれ――梶川大尉が指さした方角。

 そこには、東の空を覆うような大きさの、途方もなく巨大な銀色の球体が出現していた。

 どれほどの距離があるのか分からないが、その姿は霞むほどに遠いのに、目の前にいるかのような錯覚を私に与えた。

 

「そんな……、信じ、られない……。あんなものが、人類の敵だと言うんですか……」

 修一さんは絶望的な表情をするが、私も似たようなものだ。

 

「無線、聞こえてなかったみてェだな。さっきこの場所も放棄が決定した」

「街のみんなは、助かったんですか!?」

 妹の方――茉奈君が聞いてくる。

 

『何をしているそこの兵士と民間人!! 撤退命令が聞こえなかったのか!? 怪我をして動けないのなら這ってでも逃げろ!! もうじきこの俺様も弾切れだ! だが巨大生物は殲滅しきれない! 今に雪崩れ込んでくるぞ!!』

 

 茉奈君の疑問に答える暇もなく、ヘリパイロットからスピーカーで怒鳴られた。

 

 しかしこちらは修一さんが両足骨折、姉の方――詩織君と梶川大尉が片足喪失だ。

 私は背と腹に酸を喰らっているし、茉奈君は動けるがまだ恐らく中学生だ。

 

 いや、それでも何とか移動するしかない。

 

「仙崎、俺は這って動ける! そこのおっさんはお前が引きずっていけ! 片足の嬢ちゃんはちっこいのに任せて――ってなんだ今まで通りだったかァ? とにかく行け!」

 茉奈君は”ちっこいの”呼ばわりされて多少むっとしていたが、死にたくないので移動する。

 

 その時だった。

 

 風が吹いた。

 つい先ほども同じことを思ったのだが、今度は違う。

 

 先程のが援軍のヘリを指す希望の風だとしたら、これは絶望の風だ。

「うっ」

 思わず顔を腕でガードする程の強い風が吹く。

 

 それは、熱風だった。

 徐々に温度が上がっている気がする。

 一瞬にして空気が乾燥し、地面が干上がっているような錯覚を感じる。

 

 その出どころは、遥か彼方にある謎の超巨大球体。

 その下部から延びる、巨大な装置だった。

 

 大きさは本体と同じくらいに見える。

 球体の中心底部から真下に延びる、三本の巨大な円柱状の物体は、その下部の逆円錐型の装置に繋がっている。

 その周囲を、覆うようにカーブした板状の物体が三枚、空中を浮遊してまるで衛星のように回転している。

 そして中心底部から斜め下に延びる、三つの細長い柱状の物体が外側に展開向かって展開している。

 

 膨大な熱量を発生させているのは、脈打つように赤く光っている三本の円柱状の物体だろうか。

 

「仙崎ぃぃ!!」

 軍曹の声がした。

 

 見ると、既に大型の輸送ヘリがハッチを開けて着陸していた。

 中には荒瀬軍曹達レンジャー8分隊が乗っていた。

 

「仙崎! 梶川大尉! 急いで乗るんだ!! この場所は放棄する!!」

 軍曹がヘリのローターに負けないほどの大声で叫ぶ。

 負傷しているようで、こっちには青木、御堂、水原が走ってきて民間人三人と梶川大尉に手を貸す。

 

「あれは……、あれは、なんだ……」

 私も、口を開くのがやっとで、誰もその疑問には、答えられなかった。

 

『まずい! 巨大生物が……早く離陸しろ!』

 ヘリパイロットの切迫した声が響く。

 ついに弾薬が尽き、巨大生物を抑えられなくなったのかと思ったが違った。

 

 なんと、舗装された道路や建物を食い破って、巨大生物が地下から一斉に発生した。

 

「うおおおお!!」

 余りの揺れに、負傷した身では踏ん張りがきかず、ヘリ目前で倒れる。

 青木も一緒に倒れ、私に手を貸そうとする。

 

「青木! 私はいい! あの民間人と梶川大尉を頼む!」

「分かった!」

 修一さん、詩織君、茉奈君が倒れ、それを青木、水原が手を貸す

 ヘリまではもう少しという所で、地下から出てきた巨大生物が迫る。

 

「援護する! 皆走れ!! 早く乗るんだ!!」

「おい! 向こうからも集まって来るぞ!! ここら辺全部巨大生物だらけになっちまう!! どうなってんだ!?」

 軍曹と馬場が叫ぶ。

 二人はヘリ側面に搭載されている機関砲で周囲の巨大生物を蹴散らしていた。

 

「詩織君! さあ手を! 急いで!」

 私は残された体力で詩織君を抱え上げ、とにかくヘリまで走った。

 

「急いで!! もう離陸しないと! 巨大生物に食いつかれます!!」

 輸送ヘリのパイロットが警告する。

 

「親父さん! もうちょい、もうちょいっす……ぐああ!!」

「水原ぁぁ!!」

 水原が酸を喰らった!

 そしてその隙に修一さんが……。

 

「やめろ! 助け――があああ!!」

 巨大生物の牙に掛けられ、胴体をかみ砕かれた。

 

「修一さん!!」

 こんな!

 ここまでこれたのに、もう助けられるのは目前だったというのに!

 

「娘を……たの…………」

 上半身だけになった修一さんは、目から光を失った。

 

「この人、頼みます!」

 私は、離陸のため地表から離れつつあるヘリに詩織君を少々乱暴に受け渡すと、茉奈君を助けるため戻ろうとするが、

 

「戻るな!! 乗るんだ!!」

 梶川大尉を引きずって来た青木が怒鳴り、続いて直ぐ水原が、御堂を援護しながら共にやって来た。

 

「もう大丈夫だ。さあ乗っ、ぐああ!!」

「御堂!!」

「御堂さん!!」

 私と水原が叫ぶ。

 

 御堂は茉奈君を渡す寸前、背中に酸を喰らった。

 アーマーが既に穴だらけだったらしく、肉の溶ける音と共に声にならない断末魔が響いた。

 

「彼女……を……」

 それでも御堂は茉奈君を残った意識でヘリに乗せ、力なく倒れた。

 

「限界ですっ!! 離陸します!!」

 ヘリは高度を上げ、地表から遠ざかる――寸前。

 

「――弾詰まり!?」

「まずい!!」

 衝撃。

 馬場の機関砲の弾幕が途切れ、巨大生物一体がギリギリで機体に食らいついた。

 

 その衝撃で、閉じかけていたハッチから身を投げ出されたのは――詩織君!!

 

「――ッ!!」

 空中に投げ出された事を理解出来ない詩織君に、私はとっさに手を伸ばす。

 

 届け。

 届け!!

 

 届――かなかった。

 

 寸前のところで手は空を切り、詩織君は地上へ、ヘリは空中へ加速していった。

 

「そんな!! パパ!! お姉ちゃん!! いやああぁぁぁぁぁぁ!!」

 茉奈君の絶叫が聞こえる中、私はハッチが閉じられるまで、その場を動けなかった。

 

 

 

 

 

 そして――我々は訳も分からず閃光に包まれた。

 

 

 


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