全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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第九話 最後の審判

――2022年7月11日 side:仙崎誠――

 

 最初に感じたのは、異常な息苦しさだった。

 酸素が足りない。

 肺が酸素を求めて、喘ぐように呼吸を急いている。

 

 そうして吸い込んだ空気はとても熱く、焼けるような熱を孕んでいてすぐにむせ返る。

 

 頭の整理が出来ない。

 記憶が混濁している。

 

 一体何が起こったというのか。

 そうしているうちに、徐々に五感が戻ってくる。

 

 嗅覚――酷く焦げ臭い。世界の何もかもが焼け落ちてしまったかのようだ。

 

 触覚――肌が焼けるように熱い。右大腿部から電流で貫かれたような痛みが走る。うつ伏せの態勢から体を動かせない。

 

 味覚――血の味がする。口の中を切っているらしい。ドロリとした血の塊を吐き出す。

 

 聴覚――耳鳴りが酷い。しかし耳鳴りが止んでも、人の声も銃声も、何の音も聞こえてこない。

 

 視覚――瞼越しに見えるものは妙に明るい。両目は無事のようだ。今まで開けられなかった目を、恐る恐る開けてみる。

 

「う……なんだ、これは……」

 

 目に飛び込んできたのは、炎の地獄だった。

 

 辺り一面が炎に包まれていた。

 建造物、街路樹、車輛、そして人間と巨大生物の死骸。

 どれもが発火し、煌々と燃え上がっていた。

 

 ビルは崩壊し、大地は裂け、圧倒的な破壊が撒き散らされている様は、いつか見た核戦争を題材にした映画など比較にならない。

 

 太陽は既に沈んでいる筈なのに、昼間以上に周囲を赤々と照らし、上空には大量の煤が舞う。

 そしてそのさらに向こうでは、まるで火山の噴火のようなドス黒い黒煙が遥か上空まで立ち上っていた。

 その噴煙をたどって上を向いてみると、月が見えた。

 

 黄金色に輝く天体としての月――ではない。

 

 炎に照らされてなお、銀色に輝く巨大な禍々しい月。

 それが、眼下の地獄をあざ笑うかのように見下ろしていた。

 

「あの球体が……やったと言うのか……」

 

 徐々に、脳細胞が覚醒し、記憶が戻ってくる。

 

 我々はそう、横浜で村井さん一家を救助中、あと一歩のところで修一さんと詩織君を失ってしまう。

 それからどのくらいだったか……、泣き叫ぶ茉奈君に何も言えないまま、どうして助けられなかったのかと悔恨の念を抱いていたら突如、周囲が閃光に包まれた。

 

 直後凄まじい風圧がヘリを襲い、前後不覚に陥りながらヘリは墜落したのだ。

 

 辺りを見回す。

 彼方に、潰れて原型を留めていない輸送ヘリがあった。

 私は恐らく投げ出されて助かったのだろうか。

 

 そこまで考えて、私は遅すぎる事実に気が付く。

 

「皆、は……!!」

 

 私は目覚めてから一度も動かさなかった体を動かし、立ち上がろうと体を動かす。

 

「ぐああ!!」

 途端に痛みが走った。

 痛む場所を見る。

 

 瓦礫の陰になって良く見えないが、どうやら右大腿部を地面から突き出た鉄筋が貫いているようだ。

 鉄筋自体が熱を持っているのか、焼けるような感覚を頭から追いやり、傷口は焼かれているから多少出血は収まっている筈、という情報だけを頭に入れる。

 

 だが、これでは身動きが取れない。

 何とかしようと出来る範囲で身をよじる。

 

 そうして初めて、私はかばうように茉奈君を抱いていた事が分かった。

 

「茉奈君……! 茉奈君! 生きているか!?」

「ぅ……ん……? おじちゃん……けほっけほっ!」

 

 良かった、生きている、無事のようだ。

 それだけでも私は心から安堵した。

 

 これ以上、助かるはずの命を取り零したくはなかった。

 何より、また4年前のような思いをするのは御免だった。

 

「無事か……よかった。落ち着いて、ゆっくり息を吸うのだ。喉を傷めんようにな。怪我はないか?」

「……うん。歩けるし大丈夫。うわぁ……すごい」

 立ち上がって辺りを見回した茉奈君が最初に言った一言は、それだった。

 そして次に発したのは。

 

「ねぇ。パパとお姉ちゃんは、やっぱり死んじゃったの?」

「ッ……!」

 私を見つめて、静かに言った。

 死んだと、言わねばなるまい。

 だが、それを断定してしまう事を恐れた刹那、

 

「いや、ごめんなさい。私この目で見たもの……」

 逆に、気を使われてしまった。

 それがなんだか、取り返しのつかないことに思えて、

 

「もう……分かってる。うっ……ごめん、なさい……」

 泣き出す少女の頭を、そっと撫でていた。

「あ……」

 その謝罪が、誰に対してのものなのか分からないが、

 

「君が謝ることは、何もありはしない。だから、これからも生き抜いてくれ。世界は、こんな有様だが、それでもだ」

「……うん。そだね。ありがとうおじちゃん」

 きっとまだ泣き足りないだろう。

 それでも少女は、泣くのをやめて笑ってくれた。

 

 それに安心した私は、ほんの少し身をよじり、それによって再び激痛が私を襲う。

 

「どうしたのおじちゃん! 怪我してる!? ……あ!」

 只ならぬ私の悲鳴に、瓦礫の陰になっていた私の足を発見して息を呑む。

 

「大丈夫おじちゃん!? 死なないで! 私、どうしたらいい!?」

 傷口を見て、半ばパニックになる茉奈君。

 

「お、落ち着くのだ……。こんなことぐらいで死んだりせん。あそこの乗ってきたヘリに行って、誰か呼んできてくれ。……危ないから、中には入らなくていい。誰もいなかったら、そのまま戻ってくるのだ」

 中には入れられない。

 もし中に入って、さっきまで共にいた人間が……変わり果てた姿となっていたら、きっとこの少女の心にまた傷を残してしまう。

 

 今更な気遣いなのかも知れないが。

 

「うん、わかった!」

 茉奈君は、少しばかり危なっかしい走りで離れたヘリまで向かう。

 

「皆……、生き残っていてくれよ……」

 切に願う。

 

 辿り着いた茉奈君に手を引かれて出てきたのは、 

 

「ごっほ、げっほごほッ! うっわなんだこりゃァ! どーなってやがる!?」

 やたら元気そうな馬場だった。

 無事で何よりだが……あんたタフ過ぎるだろう……。

 

 茉奈君に手を引かれるまま、馬場はこちらに辿り着いた。

 

「仙崎、生きてたか!! お前らだけいねぇから心配したんだぜ! で、怪我は何処だ!」

 馬場が走って来て、怪我の具合を確かめる。

 

 地面から突き出た鉄筋が私の大腿部を貫いている。

 衝撃で周囲の肉が裂け、何か白いものまで見える。

 そして熱せられた鉄筋により周囲の肉は黒く焦げている。

 

 そんなグロテスクな様子を見せられ顔をしかめるも、直ぐに残っていた治癒剤を取り出し、患部に打ち込んだ。

 

「馬場、皆は、無事か?」

「ああ、負傷はしてるが、なんとかな。俺もついさっき気絶から目覚めたばっかでよ。ただ……青木の野郎が、ヘリのフレームに挟まれちまって。ここまでやっても、どうにもならねぇって感じだ」

 馬場は火傷と裂傷で傷だらけになった手のひらを見せる。

 力技では駄目だったという事か……。

 

「麻酔は効いてきたか?」

「ああ。……では、頼めるか?」

「いいけどよ。いくら麻酔でも、結構痛いと思うからな?」

 馬場が心配そうな顔をする。

 短い付き合いだが、案外とそういう所は気にするのだな。

 

「構わん。が、出来れば早く済むようにしてくれ」

 私も苦笑いで応じる。

 さて、何をするのかと言うと、足を持ち上げて鉄筋を私の足から引き抜こうというのだ。

 このままここで天寿を全うする訳にも行くまい。

 

「私、手伝うよ! 何したらいい!?」

 茉奈君が意気込んだ表情で馬場に尋ねる。

 

「助かるぜ。なら、そっちの方を支えててくれ。せーので引き上げるからよ」

「うん」

 二人は定位置についた。

 

「「せーのっ!!」」

 

 鈍くなったとはいえ、絶叫を上げるには十分な痛みが私を襲う。

 が、流石は馬場の馬鹿力。

 茉奈君の支えもあって、激しい痛みは一瞬で過ぎた。

 

「す、すまんな。二人とも、助かったよ……ありがとう」

 震える声で、なんとか礼だけは言えた。

 

 それから、私は馬場に肩を借りて、ヘリまで歩き出した。

 

「それにしても、嬢ちゃんは怪我ねぇのか?」

「うん! そこのおじちゃんが護ってくれたから」

 無意識に抱え込んでいたのが幸いしたらしい。

 

 ……いや、14歳の少女を無意識に抱きしめるという行為、それだけ聞くと犯罪的危うさが漂うわけだが……。

 

 いや無いッ!

 ありえんと断言しておこう!

 私にそのような趣味は無い。

 

 となれば私の潜在意識が少女を救おうと動いただけの事。

 ぬぅはははこの英雄的行為を私は自画自賛しよう!

 まあ何も覚えてないが!

 

「ま、何はともあれ助かって良かった……げほっげほ」

「おじちゃん大丈夫?」

 

「大丈夫ではあるがおじちゃんではない。私はまだ26だし、仙崎誠という先祖代々に誇れる立派な名があるのでね。仙崎お兄さんと気軽に呼んでくれたまえ」

「そんなに誇ってたのかその名前……」

 馬場が呆れたような反応をするが無視する。

 

「んー、長いから誠さんって呼ぶね」

「まさかの下の名前だと!?」

 げほっ!

 意外過ぎて吐血!

 

「だって”仙崎さん”だと噛んじゃいそう。私活舌悪いから。仙崎……しぇんじゃき……ほらね」

 なぜそこでドヤ顔……。

 

「だとよ。誇りある苗字が”しぇんじゃき”じゃァ格好付かねぇなァ」

 ニヤニヤと笑う馬場。

 

「おのれ……茉奈君はともかく馬場に言われると何故か侮辱された気分になるぞ……」

「あ、それよ! 誠さんも、私男の子じゃないんだから”君”って呼ばないで。可愛らしく茉奈ちゃんって呼んでー」

「あー……それはさすがに恥ずかしいので、では呼び捨てに改めるとしよう」

「ふーん。ま、それで許したげる」

 不詳不詳、という口調の割には嬉しそうに顔を綻ばせている。

 そうして当たり前のように話す姿を見て、私も自然と穏やかな気持ちになる。

 同時に、この地獄から何が何でもこの子を生還させねばという強い思いも溢れてきた。

 

「仙崎! 無事だったか!」

 彼女について考えていた思考は、潰れたヘリの中の軍曹の声で現実に戻された。

 今更だが馬場も無傷ではないし体力の消耗もあるため、まるでナメクジのような歩行速度ながらやっとのことで墜落したヘリに辿り着いた。

 

 遠目だったので原型を留めていないほどかかと思ったヘリは、天地が逆さまになっているものの内部の空間は留めていた。

 全員がアーマースーツを着用していたこともあって、我々の中に奇跡的に死者はいなかった。

 ただ、ギリギリまでヘリを留まらせた勇敢な操縦士は、生身のままだった為亡くなってしまったようだ。

 

 彼の判断が早過ぎれば、我々は地上に残され、遅過ぎればヘリは離陸出来ず全員が死んでいただろう。

 名も知れぬまま死んでしまった彼に、私は目を伏せ、安らかな眠りを祈る。

 同時に、彼に救われたこの私を含む全員の命を無駄にしないことを誓う。

 

《こち……本部……応答…………》

 

 誰かの無線が鳴る。

 真っ先に動いたのは軍曹だった。

 

「こちらレンジャー8! 本部! 応答願います! 榊!」

 ノイズが消え、徐々に鮮明になってくる。

 

《こちら本部! この無線が聞こえている者! 誰か応答しろ!!》 

「こちらレンジャー8! 本部! 我々は無事です!!」

 

《レンジャー8、荒瀬軍曹か! 無事でよかった。位置確認後、すぐにそちらに救援部隊を送る!》

「瓦礫に挟まって一人身動きが取れない。出来ればフェンサーを――」

「軍曹ッ!! きょ、巨大生物です!! 奴ら生きてました!! 向かってきます!!」

 周囲を探っていた千島の、悲鳴に近い叫び声が聞こえた。

 

「ちっ!! なんつうこった! 千島戻ってこい! 荒瀬! 本部に救援要請急がせろ!! 他は使える武器集めて応戦だ! 馬場! そこの機銃は使えねェのか!?」

 梶川大尉が即座に状況を判断し、命令を出す。

 

「巨大生物、増えてます! そこの地面から沸くように!!」

 千島が逃げ撃ちしながら数を報告。

 

「榊ッ!! 巨大生物の生き残りを確認! 救援部隊を急いでくれ! 俺達も恐らく長くは持たないッ!!」

 軍曹は本部と通信。

 

「武器と弾薬はこれだけっす!」

 水原がヘリ内の武器弾薬を集め、

 

「墜落の衝撃でジャムってンのが直ってます! 行けるぜオラァ!!」

 馬場が機銃に取りついて引き金を引く。

 

 巨大生物の数はそう多くない。

 更に多くの個体はさっきの爆撃の影響を受けているのか、皮膚が焼け爛れたり触覚や足が欠けていて、既に瀕死状態だ。

 強酸の射程や精度も明らかに落ちていて、そもそも酸を射出できない個体もいる。

 

 その筈なのに、そんなことをまるで意に介さないように突撃し、牙を向けてくる様は、戦慄すら覚える。

 馬場が使った機関銃は早々に弾切れを起こし、我々の武器の弾薬も足りない。

 まさに、死にぞこないと死にぞこないの戦いである。

 

「クソ! 機銃は店仕舞いだ! 俺の銃は!?」

 馬場が弾切れになった機銃を忌々し気に殴り、銃を探す。

 瓦礫の陰から巨大生物が、まるで引き寄せられるかのように沸く。

 

「これしか無いっす!」

 水原が投げ渡したのは拳銃だった。

 見当違いの方向に撃たれた酸が、ヘリのフレームを溶かし、我々の盾を徐々に削る。

 

「9㎜拳銃かよ!? こんな豆鉄砲でどうしろってんだ!?」

 馬場は信じられないものを見たかのように喚く。

 敵は脆い。

 数発、甲殻が無くなっているところに撃ち込むと、体液を撒き散らし行動を止める。

 

「愚痴零してる暇があんなら狙って撃てや! 奴ら瀕死だ! そんなんでも痛ぇだろうよ!!」

 梶川大尉が引き金を絞って的確に狙い撃つ。

 それでも、その死体を超えて次々と巨大生物が全方位から集まってくる。

 

「ちっくしょうやってやらァ!」

 馬場が拳銃を撃つ。

 私も近づいてくる巨大生物を撃つ。

 だが、徐々に手数が追い付かなくなってくる。

 

「くそ、弾切れ!」

 千島が空の弾倉をヤケクソのように巨大生物に投げる。

 

「俺のを使え! そいつが最後のマガジンだ!」

 軍曹が千島に弾倉を投げ渡す。

 私も最後の弾倉で、弾は殆ど残っていない。

 

「うぅっ……死にたくない……まだ死ねない……っ!」

 茉奈が奥の方で恐怖に身を震わせながらも、死と戦っている。

 

「その通りだ茉奈! 最後まで……いや、最期になっても諦めるなッ!!」

 そうだ。

 何があっても諦めるものか。

 ここまでやっとの思いで拾ってきた命を、ここで終わりにするものか!!

 

「軍曹……ここは、もう駄目です。俺を置いて逃げてください! 敵を引き付けるくらいは出来る筈です!」

 挟まれて身動きが取れない青木が、絞り出すような声で叫ぶ。

 

「青木……! そんなことは絶対にしない! 見捨てるものか!!」

「軍曹!! ここで死ぬ気ですか!? 御堂さんが救ったこの子の命を、ここで終わらせるんですか!?」

 ”彼女、を……”

 それが御堂さんの最期の言葉だった。

 ここで全滅することは、確かにその願いに反する。

 

 だが! それは違うのだ青木!

 そうやって貴方を切り捨てて彼女を救ったとしても、それは彼女の後悔となって残るだけだ!

 かつての私がそうだったように……。

 

 だから! 

 

「終わらせなどしないッ!! 全員で生きて帰るに決まっているだろう!! 全員、何としても、この場所を死守だぁぁッ!!」

 軍曹の叫びに、この場の全員が呼応する!

 

「「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」」

 

 ――そして、天使はやってきた。

 

「小隊砲撃準備! 目標、ヘリ残骸の周囲の巨大生物! チャージ最大、一斉射! 撃てぇぇ!!」

 

 上空から聞こえる女性の声と共に放たれたそれは、地上にぶつかると青白い炎となって激しい爆発を起こし、我々を熱気で包んだ。

 

 形勢が逆転した瞬間だった。

 

 


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