全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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幕間1 報告書/開発室

 西暦2022年7月11日。

 それは、人類にとって最悪の戦争の幕開けとなった日であった。

 

 フォーリナーの襲来は、全世界を一瞬にしてパニックに陥れた。

 原因不明の通信障害が世界中を飲み込み、高度な情報共有技術によって成り立っていた現代社会は一時的とは言え完全に崩壊していたのだ。

 

 それだけでも大惨事と言えるが、本命はもちろん巨大生物の襲来だった。

 上空から降り注ぐ機械的な塔から出現する巨大生物は、地球上の大都市を集中的に襲った。

 その中でも特に大規模な戦闘が発生したのはニューヨークなど北米東海岸、北京、モスクワ、ロンドンなど欧州各国、そして東京など日本首都圏である。

 

 巨大生物は対空攻撃能力をほぼ持たない。

 しかしながらなぜこれほどの被害が出たのかと言うと、民間人の避難も間に合わないほど、都市部に浸透してしまった為、上空からの爆撃が制限されてしまったからである。

 よって陸上部隊による民間人救助と巨大生物駆除を並行して行ったため、双方におびただしい被害が出てしまった。

 

 また、各国軍やEDFは完全に指揮系統が寸断されてしまい、住民を見殺しにして撤退したり、逆に末端司令部ごと壊滅すると言った惨事が数多くおこったが、それを記録する事も出来なかった為、実情は不明のままだ。

 

 そして、奮戦した地域は、皮肉にも目印となってしまったのか、恐ろしい結末を迎える事になる。

 

 ジェノサイド・キャノン。

 殺戮者の大砲と名付けられたその一撃は、日本の首都東京に放たれ、その場に半径5kmにも及ぶ巨大なクレーターを穿った。

 爆心地は文字通り消滅し、その余波で形成された衝撃波は、灼熱の炎の津波と化し、半径30km以上を一瞬にして

焼野原に変えた。

 

 天皇陛下、総理大臣、内閣府、防衛省などの各省庁、経済、産業を司るいくつもの巨大企業の本社など、日本のあらゆる組織を束ねる中枢が一瞬にして消し飛んだ。

 その中で、EDF極東方面第11軍司令部だけは難を逃れていた。

 

 神奈川県横須賀市――その東京湾沿いに新設された巨大地下設備、それがEDF極東方面第11軍司令基地である。

 爆心地からは直線距離で約50km。

 影響は免れず、地上設備は壊滅的な打撃を被ったが、地下の損害自体は軽微だった。

 なお、同じ地下基地として生存が期待されていた228基地は、巨大生物の攻撃を受け壊滅状態だった。

 

 そして、悪夢は尚も加速する。

 ジェノサイドキャノンを放ったマザーシップは、それから次々と世界の要衝に爆撃を開始する。

 この攻撃で、シドニー、ロンドン、モスクワ、上海、ニューヨークが巨大なクレーターと化した。

 

 この時点、フォーリナー来襲からわずか3日間で、日本の総人口7%、世界人口の10%が失われたと言われているが、この3日間は人類史上類を見ない混沌とした時期であったため、未だ正確な数字は分かっていない。

 

 一方で、人類にとって幸運だったこともある。

 本書作成時、未だ人類が滅ぼされていない理由はここにある。

 

 開戦前、開戦後共に、一か国の軍隊としては最大最強を誇るアメリカ軍がその司令部を含めて健在であり、その手綱を握る合衆国首都ワシントンD.Cが、何故か開戦直後のジェノサイドキャノンの標的にならなかった事。

 そして、全地球防衛機構軍、EDFの上位組織である国連本部がニューヨークと共に灰燼と化したこと。

 

 この二つである。

 

 国連本部が消滅したことによって、南極にあるEDF総司令部は文字通りの超法規的軍隊となって、以後対フォーリナー戦争の主軸を担っていく。

 特に、開戦直後のジェノサイドキャノンによって首都機能が消滅した国家を統制し、短時間で体裁を整えられた国家が多数あるのは、EDFが国連の手綱から解き放たれた事が大きいだろう。

 

 アメリカ軍に関してはこれの真逆で、既に完成された、EDFに次ぐ国際的に巨大な軍隊が健在だったことは、アメリカだけでなく世界中の戦線で非常に大きな戦力となっていた。

 特に、EDFにはない補給・兵站技術は世界中の戦線で大きな意味を成した。

 

 我々の星で最も巨大で最も強い二つの軍隊を残したことは、フォーリナーの戦略で最大の過ちだろう。

 

(中略)

 

 前述の通り、首都東京はジェノサイドキャノンによって深く穿たれたクレーターと化し、政府首脳陣を含む延べ1200万人が僅か3日間で犠牲となった。

 日本国の象徴と言える天皇陛下も失い、日本国民は絶望の底へと叩き落される。

 その上、廃墟となった関東周辺で巨大生物は地下に巣を作り繁殖し、日本は関東を中心にほぼ東西に分かたれた。

 

 そんな国家崩壊レベルの打撃から日本が立ち上がり、今や世界の主戦力となっているのは、EDF極東方面第1軍司令基地が健在であり、孤立しつつあった日本の東西をつなぎ合わせたからである。

 EDF極東方面第11軍司令部はジェノサイド攻撃の直ぐ後、強引とも言える手法で自衛隊を指揮下に加え、関東から拡散する巨大生物駆逐に全力を挙げた。

 そして日本は、消滅した現政府に変わり、完全に新設した臨時新政府を結成し、京都を日本国臨時首都として機能させた。

 

 だが、際限なく増え続ける巨大生物に東京、埼玉、群馬、栃木の各一部地域が制圧され、日本はもはや新潟と極東司令部の一部を除き東西に分断されていた。

 そして東京跡のクレーターには、わずかだが巨大化しつつある巨大生物の巣のようなものまで発見された。

 

 これを攻略する余裕は、この時の日本にはまだ無かった。

  

 

――2022年7月20日 横須賀 EDF極東方面第11軍司令基地 地下エリア 先進技術研究開発部 第一室――

 

 

「これは……アタシ達を過労死させる気かい?」

 雑多な印象を受ける事務室の一角。

 そこで薄汚れた白衣を身に纏う妙齢の女性が、書類の束をパラパラと捲って気だるげな様子で呟いた。

 

「フン、貴様らの戦場は開発室だろう? ならばそこで息絶えるまで奮闘するのに何の不満がある。いいか? ここに居るなら我らは皆EDFだ。死を恐れるな。それとだな、私は上官だぞ茨城尚美技術少佐! なんだその態度は!?」

 軍服をきっちり着込んだ生真面目そうな男性は、自身の階級章”中佐”を見せつけるように怒鳴った。

 

「階級の一個や二個くらいで騒ぐなよみっともない。それにしてもそのセリフいいね、アタシらの戦場は開発室っての。下の奴に発破掛けるとき使わせてもらうよ」

 

 散らかった机の上に肘をつき、イスで脚を組んでいる上、目線すら合わせず資料を読んでいる様子は、とても上官に対する態度とは思えない。

 が、そんな彼女、茨城尚美技術少佐は、ここ先進技術研究開発部第一室の室長なのだ。

 

 対する男は、先進技術研究開発部部長。

 つまり直属の上官だ。

 彼が茨城少佐に渡した書類は、巨大生物襲撃を受けて陸戦歩兵、ウイングダイバー、フェンサーから要望や現状の問題点を纏めたものである。

 

 その希望を可能な限り叶えた武器を、決められた日時までに完成させろ、という内容が書かれていた。

 

「だいたいねぇ、最近ウチには色んな大学や研究所から人間が出入りしてて、まともに室員管理も……。ってこれ、予算空欄なんだけど」

 茨城は、パラパラ捲っていた書類の空欄を見逃さず、高杉にそのページを開いて見せた。

 

「不備ではない、今から話すところだが、予算は無制限だ」

「……は?」

 思わずメガネがズレる茨城。

 

「予算は無制限。資材も物理的に不可能でなければいくらでも渡してやる。当然電力もここに最優先で回してやるし、頭脳が欲しかったら我々のコネを総動員して世界中から天才を引っ張って来てやる。兵器の試射に使う兵士はさすがに制限しなければならんが、地下の演習場は常時開放する。ただし地上は無理だ、ただでさえ設備が壊滅して復旧もままならないし、今は常に兵士共が行き来しているのでな。さて、質問はあるかな?」

 

 破格、いや破格以上のぶっ壊れ待遇だった。

 それは彼女の技術屋としての血を騒ぎ立たせるには十分だった。

 

 予算とは、常にモノづくりで苦労する所だ。

 いかな高品質高性能を実現する技術があれど、予算と言う壁に敗れ去り、物理的に可能な製品に仕上げられないことは、技術屋にとって無念であり、しかし絶対に存在する壁だった。

 

 それがない。

 つまり、早い話が”なんでもやりたい放題”という訳だ。

 これが心躍らずにいられるだろうか?

 

「ふふっ……そうかい。そういう事なら話は別さ。過労死上等、目ん玉飛び出る超兵器を作り上げてやるよ。ところで例の巨大生物のデータはこれっぽっちかい? もっと戦闘のデータが欲しい」 

 茨城は傍目にはさして変わらないテンションで、しかし軽快にキーボードを叩き出し、事前に転送されていたデータを呼び出す。

 

「そういうと思ってお客さんを連れてきたぞ。もう着く頃だ。エレベーターへ行くぞ」

 高杉の後に続き、茨城は部屋を出て、開発部多目的実験場前の大型搬入エレベーターへ向かう。

 そこにある巨大な荷物を見て、茨城は眉を上げた。

   

「巨大生物……死骸かい?」

「その通り、生きていては流石に持ってこれませんので。初めまして。私は、EDF南極総司令部戦略情報部一課のエレナ・エルフェート・リーヴス少佐です。こちらは部下のアドリアーネ・ルアルディ中尉です」

「よろしくお願いします!」

 

 二人とも流暢な日本語で、茨城は少々面食らったが、戦略情報部ならば話は分かる。

 EDFの中でもかなりのエリートに入る上層部で、世界中の戦略情報に精通しているのだから。

 

「これはこれは……。私はEDF極東方面軍、先進技術研究開発部第一室を預かる茨城尚美技術少佐だ。どうぞよろしく」

 握手する。

 

「情報部の二人には茨城少佐の開発部と共に対巨大生物用次世代兵器開発及び巨大生物の研究解剖を行ってほしい。その結果に、日本の……いや、世界の命運がかかっている。茨城少佐。戦闘データは彼女たちから直接聞いてくれ」

「へぇ……。値千金の機密情報を制限なしで得られるって訳ね……。役得役得」

「機密は機密ですよ! 簡単にしゃべったりしません! リーヴス少佐ぁ、この人大丈夫ですか?」

 眼鏡に手を当てて、クツクツと笑う茨城少佐に対して、ルアルディ中尉は半歩引きながらリーヴス少佐に助けを求める。

 

「大丈夫ですよアドリア。茨城博士と言えば、日本でもトップクラスの物理学者で、PEユニットの研究開発を主導した比類なき天才ですから」

「なるほど、値千金はお互い様って訳か。いいね、気に入った。じゃあ早速だがそいつの素材バラさせてくれよ。おっと、その前にウチの奴らに状況説明しないとな。おおい、ちょいとこっち集まってくれよ」

 気だるげな彼女は大声を上げたくないのか、ダルそうな動作でそこら辺の金属棒で床を鳴らす。

 それが集合の合図として恒例になっているのか、直ぐに開発室のメンバーは集まった。

 

 そしてこれから二週間の間、ここ日本の開発部から数々の強力な新兵器が生まれた事は、その後の日本の戦史に大きな意味を与えたのだった。

 

 




幕間です。
主人公復活までしばらく待ってね!
それでは人物とか用語とか説明。
もうちょい溜まってきたらいずれ後書きでなくちゃんと作りたいです。

▼EDF極東方面軍第11軍司令基地
 神奈川県横須賀市にある極東方面軍最大の基地であり、巨大地下要塞。
 フォーリナー来襲に備え、莫大な予算と最新技術で設計されたそれはまさに要塞。
 地上には滑走路、地下に格納庫、さらに大規模な軍港も兼ね、陸軍海軍空軍が全て揃っている。
 大容量の地下シェルターとしての役割も備えており、非常用司令部や、先進技術開発部の研究室も地下にある。 

茨城尚美(いばらきなおみ)(37)
 EDF先進技術研究開発部第一室室長。
 階級は技術少佐。
 第一室はウイングダイバー系統の装備を扱っている。
 薄汚れた白衣に咥え煙草、気だるそうな態度にズレた眼鏡を掛け、目の下に隈を作っている天才物理学者。
 PEユニットの主任研究員であり、日本が世界に誇る大天才の一人。

高杉達朗(たかすぎたつろう)(45)
 EDF先進技術研究開発部部長。技術中佐。
 組織上の開発部のトップだが、その仕事は主に第一室の上位組織として戦場の兵士と武器開発の現場を繋ぐ役割など、事務仕事が大半を占めている。
 実際の兵器開発は第一室・第二室などが行っている。
 

 几帳面で生真面目な性格で、茨城博士とは折り合いが悪い。

▼エレナ・エルフェート・リーヴス(34)
 EDF南極総司令部戦略情報部一課の少佐。
 アメリカ人女性。情報調査や作戦立案のエキスパートであり、いくつもの機密情報開示の権限を持っている。
 今回は日本の開発部への期待を持って、戦略情報部の指示で何人かの人員と共に来日した。
 ちなみに南極司令部にも大規模な開発室があり、そちらでも当然新兵器の開発や敵の研究を行っている。
 もちろんゲームに出てきたあの人です。
 戦略情報部とはだいぶ上位の組織っぽかったので(オペレーションオメガの発動権限握ってたしね)総司令部直轄という事でアメリカ人にしました。

▼アドリアーネ・ルアルディ(24)
 EDF南極総司令部戦略情報部一課所属。
 イタリア人女性で中尉。
 リーヴス少佐の部下であり、右腕。
 まだ若いにもかかわらず卓越した情報分析能力を誇り、リーヴス少佐に気に入られている。
 こちらはたま子……ではなく少佐の部下のオペ子ちゃん。
 あんまりにもあんまりなので、こっちの彼女はたまご教に目覚めない……予定です。
 

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