次話は本編の予定
仙崎誠という男は、生まれは大層な大金持ちで、平たく言えばボンボンだった。
母親は名のある有名デザイナーで、父親は高級百貨店の社長。
家は豪邸、家庭は温和、才能は潤沢。
誰もが羨む環境に生まれた仙崎誠は、何一つ不自由なく育った――訳ではなかった。
部屋に居ればちょっとしたことで上から物が落下し、食事を食べれば食あたり、外で遊べば人とぶつかり転倒。
両親や自身も、最初は仙崎誠自身の不注意から起きた事と思い、気を付けていた。
だがどれほど注意を払おうと、まるで狙い済ましたかのように注意の隙間を縫って仙崎に危害を加えようとする。
ちょっと転倒しただけで、偶然打ちどころが悪くて大けがに発展するケースもあり、危険を未然に防ぐことが出来ないと悟った仙崎は、起きた危険を回避する術を自然と身に着けていく。
そんな仙崎の事態をいい加減ただ事ではないと察した両親は、悪霊など霊的仕業と予想し、幾度も神社や霊媒師を訪ねた。
結果は出なかったが、そんな中一人の霊媒師はこう言った。
「いえ、悪霊ではありません。もっと恐ろしい事です。分かりやすい言葉で言うならそうですね……彼には、幸運が著しく少ない……。”運”が無いのです。ええ、そうです、目には見えませんが、”運勢”というのは、誰にでも存在するものです。彼はそれがとても悪い。運気を上げる方法? 気休めにしかなりませんが、こちらの数珠を――」
その霊媒師が優秀だったのかどうかは不明だが、”運”がない、なんてことは当時10歳程度だった仙崎にもとっくに分かっていた為、今更何をというのが率直な感想だった。
だが両親はそれを真に受けたようで、以来家には怪しげな数珠や壺やお札が大量に設置された。
しかし不幸体質は治る兆しを見せず、小学校でも”薄気味悪い家に住む根暗な優等生”として煙たがられていく。
関わると仙崎の不幸に巻き込まれてロクな事が起きない為、いじめを受けたが直ぐにそれも無くなって孤立した。
そのことをポロっと両親に口にしてしまった。
この頃の仙崎は、自身の身の回りの危険を回避する事が精いっぱいで、両親に隠し事をする気などサラサラなかったのだ。
そしてその深夜、意見が割れたのを仙崎は聞いてしまった。
「だから言っただろう! こんなものは何の役にも立たないと!」
「じゃあ他にいい方法があるって言うの!? このままじゃこの子、呪い殺されてしまうわ!」
「呪いではないと何度言ったら分かるのだ! それに、誠はもう自分で危険を回避する方法を知ってる。だったらこんなもの取り払って、落下物を少なくする方がよほど有意義だろ!」
「そんな事を言って……本当は貴方が邪魔に思っているだけでしょう!? せっかくお金持ちの家に婿入りしたのに、資産は増えるどころか減るばかりってね!」
「それは誠のせいじゃない……。会社の経営が上手くいっていない、それはこの前も話しただろ!」
「ええ聞いたわ。だからこそ、仙崎家のお見合いに二つ返事で応えたんでしょう?」
「そんな何年も前の事を持ち出して話をすり替えるな! 今は誠の話だろ! こんな物何の意味も無い。誠も嫌がってる。金だって幾ら掛かってると思ってる! 資産が無限じゃないのはお前が一番知ってるだろ!」
「ほら、やっぱりお金の話。前に話してたウン億のクルーザーが欲しいだけでしょ?」
「違う! 私は誠の為を思って――」
「嘘よ! 神頼みの他に方法は無いの! これを撤去して、そのせいでこの子が死んでしまったらどうするの!? 息子はこの子しかいないのよ!」
「なんだその言い方は……。じゃあ他の子が居ればいいって言うのか!?」
「そんな事は……」
「ふん、お前は結局、仙崎家の跡取りが居ればいいってだけだろう! こんな出来の良い息子を手放したくはないよな、そりゃそうだ! 誠の自由と意思を雁字搦めにしても守りたくなる訳だ!」
「それの何が悪いって言うのよ! 死んでしまったら何も残らないのよ!! そんなに不満があるのなら、この子を置いてこの家から出ていきなさいよ!」
売り言葉に買い言葉。
襖の隙間からその一部始終を聞いた仙崎は、この時初めて父親が婿入りしていたことを知った。
そして、自分が思っていたほど、両親の仲は良くなかったのだという事を。
それから両親の喧嘩は続き、中学へ進級後、ついに両親の離婚が決まった。
そこでまた仙崎をどちらで引き取るか揉める中、事態は思わぬ方法で終息した。
火事だった。
深夜、吸い込んだ煙に生命の危機を感じた仙崎は、両親を探すが予想以上の火の手の回りに脱出を優先した。
常人なら妄想と捨て置ける程緻密に描かれた脳内の非常逃走ルートを走り、幾度もの進路変更を余儀なくされながら広大な屋敷を駆け回り、外へたどり着く。
その結果、仙崎は一人生き残り、家族は全滅。
そして出火元は皮肉にも、風水に従って設置された複数の鏡に反射した日光によって、熱せられたお札が自然発火、という救いようもないものだった。
豪邸に相応しいいくつもの消火機能も別々の理由で機能不全を起こし、殆ど役に立たなかったそうだ。
仙崎家は失墜し、遠い親戚に拾われた仙崎は、そこで中学校に転校する。
そして入学後程なくして行われた避難訓練の余りにもお遊び的な内容に対して、
「先生方!! なんなのですかこの杜撰な内容の避難訓練は!? 火災時にあのようにゆっくりと列を作っている暇があるとお思いですか!? 整列も重要ですが室内にいては煙は想像よりはるかに回り、火の手は逃げ道を塞ぎます! 理想は今のように濡れタオルを口に当て、姿勢を低くして移動する事ですが、この人数でそれをやっては移動に時間がかかりすぎるのです! その上防火扉が閉じてしまえば一列での通行になります! それとそもそもの話、災害とは突然やって来るもの! あのように事前に知らされていては我々も緊張感が皆無であり、訓練に何の意味ももたらさないではありませんか!? 事実我らのクラスメイトは「授業さぼれるヤッター」くらいの感想しか持ち合わせていません! それとこの消火設備は――」
などと物凄い剣幕で教員達に押しかけ、良くいる「警報が鳴ってから校庭に避難するまで〇分掛かりました」と言おうとしていた校長の顔を引きつらせた。
客観的に見て仙崎は至極真っ当な事を言ったのだが、仕事を増やしたくない教員には”面倒な生徒”、同級生には”中一なのに厨二病患者”としか見られなかった。
それでも、良家の教育から出た変わった口調と、何でもそつなくこなす才能や努力、そして並外れた不幸に対する危機回避能力、それらを全て吹き飛ばす程の奇抜な性格に引かれ、何人かの友達が出来た。
そして中学二年の夏休み。
遊んでいた仙崎と友達3人は、暴走トラックに巻き込まれて3人が死亡した。
ただ一人生き残った仙崎を待っていたのは”人殺し”の烙印だった。
一部始終を見ていた同級生が、呆ける友達三人を背に、一人だけ速攻で動き、紙一重でトラックを躱した仙崎の事を脚色して流布した事が原因だった。
この頃の仙崎は、自身への脅威に対し、条件反射のような反応で回避する癖が付いており、それが働いただけの事だ。
だが、広まった話は友達を押しのけて自分だけ助かった、というものだった。
否定はしなかった。
助けようと思えば助けられたのかも知れない、という思いが仙崎にもあったからだ。
以来仙崎は、人と積極的に関わることを否定し、孤独に徹するようになった。
口も滅多に開かなくなり、意識して出していた存在感を消した。
他人はそれを事故のショックだろうとカウンセリングなどが何回も来たが、急に全てが面倒になって適当にあしらった。
野外活動や修学旅行など、行く先で事故に巻き込まれる可能性しか思いつかないので欠席した。
登校中、ものが降ってきたり自転車や車が突っ込んできたりしたが全て回避した。
食あたりは食べた瞬間に判別出来るようになり、口に含んでトイレに走って吐き出した。
そのせいで変な渾名で呼ばれるようになったが、本人は覚えていない。
運は無いが、本当に頭脳や運動神経は冴えていたので、成績良好はもちろん、起こりうる問題に対して対策を立てて実行し無事回避する、という危機回避能力に長けていた。
そうして高校まで進学し、卒業を迎える頃には、”運命の殺意”に十分抗える力と直感を手にしていた。
直感とは、”運命の殺意”に対抗する為の直感。
何かが起こる前に、何となく死の予感がするという感覚を得るまでに至っていた。
そして同時に、死に場所を求めるようになっていた。
どこへ行っても”運命の殺意”が迫ってくる仙崎では、どの企業でも満足に働けないだろうし、同僚と仲良くする事すら難しい。
それに、仙崎はもう疲れてしまっていた。
自棄になった仙崎が選んだ先は、死に最も近い職業、軍隊だった。
EDF。
対
その苛烈な戦場に足を踏み込めば、自分も死ねるだろうか。
もしくは、仲間が死んで自分だけ生き残るのか。
それでもいい、誰が死のうが構うものか。
どうせ運命が殺しに来るのなら、いっそ極地でどこまで抗えるか試してみよう。
そんなことを考えた仙崎は、久方ぶりに自分が笑みを浮かべている事に気付き、それが決心となった。
――2022年7月25日 南極大陸ウィルクスランド沿岸・EDF南極総司令部・地下5階大会議室 side:カーラスト大佐――
私は緊張のあまり、もう何度目かのミネラルウォーターを口にする。
ここで行われているのは、EDFの今後の命運を決める重大な会議。
私には知らされていなかった、各地の被害の全貌が明らかになるにつれ、意識が遠のく程の戦慄と危機感が迫る。
人類は今、紛れもなく滅ぼされかけている。
私は、南極総司令部戦略情報部一課の課長を務めている。
巨大生物の生態及び行動について報告するのが私の役割だ。
「――というのが我々中央アジア方面軍の現状です。ですが、ですがロシア正規軍は、モスクワに建造された敵拠点――失礼、インセクトハイヴに対し、先日23日深夜、核攻撃を加えたと報告が上がりました」
中央アジア方面軍の参謀総長の言葉に、私を含む佐官(少佐~大佐)の面々は驚愕していた。
一方、将官(准将~大将)の方々は事前に知っていたようで、苦い顔をするに留まった。
「これが、核攻撃前の旧モスクワ付近の衛星写真です」
スクリーンに衛星写真が写った。
最新技術によりそれなりの解像度ではっきりと見える。
首都だったモスクワの面影はまるで無く、巨大なクレーターの中央に、岩を盛り上げたかのような歪な巨塔が写っている。
これが、EDF呼称”インセクトハイヴ”。
現在、東京・ニューヨーク・モスクワ・上海・シドニー・ロンドンの六ケ所に同様のものが確認されている。
そのインセクトハイヴの周囲は、黒い何かで埋め尽くされている――全て巨大生物だ。
「この段階で、推定20万体以上の巨大生物が存在し、更に付近の空域に10隻の”レイドシップ”が浮遊していたと確認しています」
「そしてこちらが――」
写真が切り替わる。
そこには、基部を失い、見事に倒壊しているインセクトハイヴの姿があった。
「――核攻撃後の衛星写真です。使用された核弾頭は戦略クラスで数は13発。モヴェンスキー戦略ミサイル軍基地の地下サイロから発射されています。全て目標付近にて起爆成功。地表に居る巨大生物全ての撃破に成功しています。ですが――」
また別の写真に切り替わる。
今度は無人偵察機の映像だ。
「――レイドシップは、無傷でした。主だった損害は見られず、この後更に東部へと侵攻し、巨大生物を投下しています。さらに、インセクトハイヴ地上構造物に甚大な被害を与えましたが、地下巣穴は未だ健在な上、付近は高濃度の放射能汚染に塗れたため、巣穴の攻略作戦の実行は困難と思われます」
落胆の表情が会議室を閉める。
当然だ。
現人類最大の火力を持つ兵器、核兵器を以てしてなお、レイドシップは傷つかない上、巨大生物を殲滅しきる事すら出来ないとは……。
「……核攻撃は、我々の持ちうる最も強力な矛だが、同時に我々の首も絞める諸刃の剣だ。放射能除去技術は数年前とは格段に進歩しているとは言え、それは変わらぬ事実だ。まして、それで敵転送船を落とせないのなら、使用局面は限られる。今後の使用は厳重に検討するよう、各国軍にも願いたいものだ」
バートランド・F・グレンソン大将――EDF総司令官が低い声を唸らせるように呟く。
恐らく、ロシア正規軍がEDFの制止を振り切って起こした行動だったのだろう。
だが、これで分かった。
現状、あのレイドシップは無敵だ。
「報告は以上ですか? では最後、中南米方面軍、グルフィ海軍大佐」
進行役を務める南極総司令部統合参謀総長補佐官が指名する。
「は。中南米大陸には現在、フォーリナー勢力による侵攻は発生しておらず、兵器工場を限界稼働させ、北米へ物資の運搬を行っております。稼働状況は――」
現在のところ、世界的に戦況が激化している地域は、北米東部戦線、極東日本戦線、欧州英国戦線、豪州大陸南部戦線、中国戦線、そしてモスクワを中心に拡大する北欧戦線、東欧戦線、西露戦線、中東戦線と世界中に渡っている。
いずれもマザーシップによる大規模爆撃を受けた地域から広がり、そして現在インセクトハイヴが建造されている地域でもある。
一方で南米大陸、アフリカ大陸、南極大陸は現在全く侵攻は起こっていない。
「――となっております。以上が大陸の状況ですがもうひとつ。我々中南米方面軍カリブ海海軍は、カリブ海に静止していたマザーシップに攻撃を行い、そして敗れました。作戦の詳細はこちらです」
またしても室内がざわつき、スクリーンに詳細が写る。
モスクワ核攻撃に次ぐ、人類からの攻勢作戦……いや、日付を見ると20日なのでこちらが先だ。
カリブ海周辺や中南米大西洋方面からかき集めたEDF中南米方面軍連合艦隊が集結。
戦艦4隻、空母2隻、巡洋艦15隻他から成る艦隊で1時間に渡り一方的に砲撃を続けた。
しかし、マザーシップ一隻、レイドシップ13隻の集団に一切の損害を与える事無く、マザーシップの砲撃によって戦艦2隻、巡洋艦7隻が一撃で撃沈し、艦隊は撤退したという。
なるほど、この結果を受けて、ロシア正規軍は核攻撃を叩きこむしかないと判断したわけだ。
「特筆すべきは、マザーシップの砲撃の精密さです。かの巨大砲台が発光した際、薙ぎ払うように周囲の艦隊を次々照射していきました。大陸へクレーターを穿った時のような、無差別な一撃ではありませんでした。以上で報告を終わります」
グルフィ海軍大佐は報告を終え、着席した。
「以上で各戦線、各方面軍の戦況報告を終わります。続いて各フォーリナー勢力の報告を」
参謀総長補佐官が報告会を進行させる。
本当は会議の中に巨大生物とかの解説を入れてましたが、詳しく書きすぎてグダグダ長い上に会話に上手く捻じ込むのムズかったんで諦めました。
開き直って簡単に解説します。
▼侵略性巨大外来生物α型
見た目は巨大な蟻だが、中身は地球のそれとは全くの別物。
噛みつきと強酸噴射が攻撃方法。
強酸は化学反応を起こす際、可燃物を燃焼させるほどの熱を発する事もある。
人間を主な食料とするが、車輛や建造物など無機物も消化してエネルギーに変える。
群れで行動するが知能は浅く、簡単な陽動にも引っかかる為罠が有効。
▼レイドシップ
銀色の飛行物体。
大きさは全長200m、全幅140m、全高70m程度で、人類最大の航空機を遥かに上回る。
核攻撃でも破れない強固な装甲を持ち、現時点では撃墜不可能。
前部中央のハッチから巨大生物を無尽蔵に投下するが、投下には最短5分程度のインターバルがある。
ハッチの内部が構造上弱点であると予想されるが、攻撃に成功した試しはない。
(見た目のイメージと性能はEDF3、4のキャリアーに相当。語感の良さからEDF.IRの名称を採用しています。よってワープして現れたりは無し)
▼レイドアンカー
巨大生物を転送させる装置。
マザーシップによって大気圏外から投下され、一定間隔で巨大生物を転送する。
低速ではあるが大質量を持っているので、直撃すればそれ自体が脅威となる。
(EDF5のテレポーションアンカーに相当。名前だけ変わった感じ)
▼マザーシップ
直径約1kmを誇る巨大球体。
カリブ海戦でEDF海軍の艦砲射撃を集中して喰らったが、もちろんダメージ無し。
後の調査で判明したが、マザーシップが大気圏に突入する事で、何らかの電波が発生し、それが広範囲にわたって通信障害を発生させていた。
ジャミングの発生源が熱圏付近と分析されていたのはこの為。
下部の巨大砲台から発射されるジェノサイドキャノンは、巨大クレーターを穿つ程の強力なレーザー兵器。
出力を絞った精密照射も可能。