全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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第三十二話 日本の滅亡へ

――2023年2月6日 横須賀市 EDF極東方面第11軍司令本部基地 非常地下司令部直結エレベーター内――

 

「アドリア! アドリア! しっかりして下さい!」

「ぅ……少佐……? はっ、ここは!?」

 アドリアーネ・ルアルディ中尉が気絶から目覚める。

 暗闇に戸惑うルアルディ中尉を照らしたのは、エレナ・E・リーヴス少佐だった。

 

「よかった……。強く頭を打ってたようなので、心配しましたよ」

「あ、ほんとだ……痛いです……」

 痛覚が戻り、痛みに顔をしかめるルアルディ。

 照明の無い暗闇で怪我の確認はできないが、少し痛い程度なので命に別状は無さそうだ。

 

「記憶は大丈夫ですか? 貴方に何かあった場合、今後の戦況に大きく影響するのですが」

「そんなぁ、大げさですよ~」

 真顔のリーヴス少佐の問いに、ルアルディ中尉は照れ笑いで応える。

 大袈裟かどうかはともかく、リーヴス少佐が彼女をそれ程買っているのは事実だった。

 

「リーヴス少佐! ルアルディ中尉! 動けそうですか!?」

 懐中電灯で二人を照らすのは、司令部オペレーターの柊伸介中尉だ。

 

「酷くはありませんが、足を挫いてしまって……」

「私は頭をぶつけました」

 二人がそれぞれ怪我の報告をする。

 

「高杉少尉、少佐を支えてやってくれ」

「了解」

 高杉と呼ばれた司令部要員が、リーヴス少佐を支える。

 

「中尉は歩けそうですか?」

「問題ありません!」

 ルアルディは立ち上がって問題ない事をアピールする。

 

「柊、けが人は?」

 極東本部副指令官の秋元准将は部下のオペレーターに聞く。

 

「重傷者はいません。直ぐ動けます」

「よし。松永、エレベーターはどうだ?」

「駄目です。衝撃のせいか全く動きませんね。と言っても専門家ではないので何とも分かりませんが……」

 どうやら、非常地下司令部直結の大型エレベーターが衝撃で故障して、途中で止まってしまったらしい。

 発電がやられたのか電気系統の故障なのか、周囲の照明も死んでいる。

 

「となると……。榊司令。多少時間はかかりますが、階段で脱出した方が早そうです」

 設備の地図を見ていた高畑が提案する。

 

「分かった。一刻も早く地下司令部へ辿り着くぞ。この僅かな間にも、司令部と連絡が絶たれるのは致命的だ……。鹿島、柊。お前たちは怪我人を連れて地下シェルターへ向かえ。地下は全体でつながっている筈だし、そこには医療品も備蓄がある。その他動けるものは地下司令部だ! 一刻も早く司令部を復旧し、全軍の指揮を執らなければ! 急ぐぞ!」

「「了解!!」」

 榊司令の命令で全員が動き出す。

 

「うっ……」

 司令と一緒に地下司令部へ向かおうとしたルアルディだったが、数歩歩きだすと立ち眩みを起こし、倒れかける。

 

「おっと!」

 近くに居た柊がルアルディを咄嗟に受け止める。

 

「結構怪我、酷いみたいですね。手当てが必要です。ルアルディ中尉もこちらへ」

 どうやら、頭部の怪我は思ったより酷かったらしい。

 

「うう、すみません……」

 柊の柔らかな表情に若干罪悪感を感じながら、そのまま手当てを受けに行くこととなった。

 

 こうして、榊司令を中心として大半が地下司令部へ階段で向かい、残る負傷者は通路を利用して民間用の地下シェルターへ避難する事になった。

 

「……それにしても、折角の地下司令部直結エレベーターだってのに、まさか途中で壊れて止まるなんてなぁ」

 柊が先頭を懐中電灯で照らしながらゆっくり進む。

 

「それだけの衝撃だったって事でしょ。そもそも地下司令部が核攻撃級に耐える構造であって、エレベーターまでは頑丈に出来てなかったのよ」

 鹿島が柊の言葉を返す。

 

「それに発射から着弾までも早かったですしねぇ。おまけにレーダーが間違ってないとしたら、厚木市からここまで30kmもの長射程を持つプラズマ砲だったって事になりますけど……」

 ルアルディが会話に混ざる。

 柊は先頭を歩む為、ルアルディは別の司令部要員に支えられて歩いていた。

 

「……へぇ。今の衝撃、プラズマ砲だったってのかい」

 突如、この場に居ない筈の者の声が聞こえてきた。

 

「くくく……そいつはたまげたねぇ。威力もそうだが、この射程でこの威力ってのがミソだね」

 柊中尉が懐中電灯で照らすと、そこに居たのは白衣姿の女性だった。

 

「茨城少佐! どうしてこんなところに……」

 リーヴス少佐が反応する。

 

「アタシらの研究所が地下にあるのは知ってるだろう? 当然こことも繋がってるって訳さ。どんな胸熱な攻撃を受けたのか気になって司令部に直接行くところだったんだが……上はどうも焼野原らしくてねぇ」

 

 極東本部は、横須賀軍港、飛行場が複合した大規模な陸軍基地兼司令部だ。

 だがそれに飽き足らず、非常時の避難所としての機能も設計段階で追加され、ならついでにと、元々地上に作る予定だった小規模な研究棟を丸ごと地下に設計し直し、更に規模も拡張された。

 

 予算は大幅に膨れ上がったが、軍施設内という事で民間よりも権限や設備が優れる事や、優秀な人材が集まった事からより多くの利益を期待され、紆余曲折ありながら最終的には許可された。

 

 そもそもなぜ地下に作られたかと言うと「そんなに金をかけたモンが、災害やらフォーリナーやらの攻撃で簡単に墜ちちまったらどうすんだい。それに、安全な場所じゃないと落ち着いて研究も出来やしないね。なに、それに見合うだけの成果は保証してやるさね」という物理学権威、茨城博士の提案によるものだった。

 

 最初のジェノサイドキャノンによる攻撃の余波と、今回の歩行要塞プラズマ砲の直撃をしてほぼ無傷で残っている開発部を見るに、博士のこの提案は結果的には予算以上の大正解だったと思える。

 

「……茨城少佐。事態は深刻ですので、関係ない話でしたらどうぞ研究室にお戻り下さい」

 リーヴス少佐が軽薄な態度の茨城少佐を追い返す。

 今は彼女の話に付き合っている暇はない。

 

「つれないねぇ、同じ少佐だろう? ま、アタシは階級とか気にしないがね。真面目に話すと、ウチの連中もちっと怪我したもんで、医療品を漁りにね。キミ達も同じクチだろ? 案内しておくれよ。こちとら引き籠ってばかりで、地理には疎くてねぇ」

「まあ、そういう事でしたら」

 

 不詳不詳、と言った形でリーヴス少佐が納得する。

 とは言え、彼女の目的としてはフォーリナーのどんな新型兵器が、どんな攻撃をしてどれほどの被害があったのか知りたいだけだろう。

 

 フォーリナーの技術を応用し、人類の兵器に転用するという開発部の性質上、そう言った情報は確かに人類の戦力に直結する。

 するのだが、科学者と言うのはだいたいが崇高な目的より、個人の欲で動く連中なので、真面目に命を懸けて戦う軍人としては、嫌悪感を感じずにはいられないのが大半だ。

 

「それにしても、茨城博士おひとりという事は、まさか動けない重傷者ばかりですか?」

「いえ、違いますよ柊中尉。多分動けないんじゃなくて動かない研究バカの集まりだからです」

「くくっ、当たりだよルアルディ中尉。キミもアタシらの事が分ってきたようで嬉しいよ」

 

 ルアルディ中尉の的を射た発言に、茨城少佐は静かに笑う。

 恐らく複数のけが人がいるが、直接治療されに行くより血を流しつつ研究を続けることを選んでいる。

 ある意味、傷ついても戦う兵士にも似た不屈の闘志がそこにある。

 と言えば聞こえはいいが、実際のところは夢中過ぎて気付いてないだけかもしれない。

 

「……一応何度も顔出してますからね……。こっちは嫌なんですけど」

「そうも言ってられませんよアドリア。我々戦略情報部と先進技術開発部の連携は必要不可欠です。茨城少佐にも、調査が済み次第この攻撃の詳細も開示しますよ」

 

 現在でも戦略情報部と開発部は連携を密に取っている。

 本来情報開示レベルの高くない開発部に対して、情報を選別しつつ限定的に開示しているのは、敵の新型や戦術の傾向に柔軟に対応できる装備を開発するのが目的だ。

 

「射程30km以上、戦術核級のエネルギーを持ったプラズマ兵器ねぇ……。なんとか砲台だけ無事に手に入らないもんかね。……南極総司令部の決戦要塞計画。アレの主砲が荷電粒子砲になる予定だったろ。くくっ、丁度いい。逆に奴らにアレをブチ込む日が楽しみになるね」

 

 南極総司令部でいくつか進行中の極秘計画の一つを軽々しく口にする茨城少佐。

 その口元が、隠せずににやける。

 しかし、今厚木市ではその砲台が真っ先に破壊されたと知ったら、彼女はどう思うだろうか。

 

「茨城少佐ッ! あの攻撃で恐らくですが、司令部の人員も多数が死亡しているんですよ! 不謹慎すぎます! それにその情報は極秘事項です! 軽々しく口に出さないでください!! まったくもう!」

 

 ルアルディ中尉が大声で茨城少佐を叱る。

 茨城少佐の不謹慎で軽薄な発言と、軽々しい行為にこうして彼女は度々憤慨している。

 但し、半ばもう治らないだろうという諦めの境地に入りつつあるが。

 

「はいはい悪かったよ。……悪ふざけが過ぎたね。勘違いさせたようだが、アタシも別に敵の新兵器や大規模攻撃を手放しで喜んでるわけじゃない。ただ、喰らっちまった攻撃や、失った命はどうにもできない。それを悲しむより、フォーリナーの技術や武器を利用し反撃する。そうしないとこの戦争、あっという間に人類の負けさね」

「それはそう、ですが……」

 

 茨城少佐の珍しく真剣な表情に、少したじろぐルアルディ中尉。

 

「ま、アタシも所詮頭のイカれた科学者さ。理解されようとは思ってないよ」

 

 表情を一瞬で崩し、元の軽薄さに戻る口調に、ルアルディ中尉は何も言えなかった。

 事実、彼女を理解する事が今のルアルディ中尉にはできなかった。

 理解されないという事が、彼女が天才である事の業でもあるのだろう。

 

 

――厚木市 四足歩行要塞”エレフォート”より約10km――

 

 

「……仙崎! 立てるか!?」

 衝撃に一瞬意識が飛んでいたのだろうか。

 手を伸ばす大林中尉の手を掴み、ややふらつきながら立ち上がる。

 

「見ての通りですが、戦闘に支障、ありません!」

 細かな負傷はあるが、骨折、大きな切創などは無かった。

 

「ならば撃て! 歩行要塞は見ての通りだが、まだ少々残党が残っている!」

「サー! イエッサー!」

 私はアサルトライフルの動作を確認し、瓦礫から身を乗り出し、巨大生物を撃つ。

 

 その合間に、彼方の歩行要塞を見る。

 白銀の巨体は炎上し、巨大な黒煙を上げて倒れ伏せている。

 

「……倒した、って事でいいのかしらね」

「瀬川。無事だったか」

 いつの間にか隣に来ていた瀬川を見る。

 私と同じく、負傷しているが軽傷だ。

 

「ちょっと転んだけどね。アンタみたいに気絶はしなかったわよ」

 ”アタシの勝ち”と言わんばかりの顔をする瀬川。

 

「ぐ……なんたる屈辱か! 私がよもやこのような醜態を晒すとは……」

 回避しようもない衝撃とは言え、転倒し気を失ってしまうとは、仙崎誠にあるまじき醜態!!

 どんな不意の状態からでも反射で完璧な受け身を取らなければ……危うく死んでしまう所だった……。

 

「ちょっと! どんだけ落ち込んでるのよ! 人間なんだからそんぐらいあるでしょーが」  

「む。確かにその通りか。まあいい、この辺りは今後鍛えなおすとするか。むしろ自らの欠点を晒しつつ生きているのだからやはり私は幸運だ! 生きていれば対策も立てられるからな!」

「やーっぱ仙崎さんポジティブっすねぇー。しかし、ようやく敵も減ってきたって感じっすかね」

 

 水原の言う通り、巨大生物の攻撃は散発的になっている。

 しかもその大半が転倒の衝撃や歩行要塞の砲撃の余波を喰らって手負いの状態だ。

 尤も、だからと言え油断は出来ないが。

 

「歩行要塞を倒したからな! あんなデカブツ、オレ達だけで倒せるなんて凄ぇぜ!」

「バカかテメェ、倒したのはアタシらじゃねぇだろ!」

「米海軍のパイロットに、感謝ですな……」

「ウラスケちょっと空気読めないんじゃないの~?」

 浦田、鈴城軍曹、新垣、桜が会話する。

 皆負傷し憔悴しているが、未だ脱落者は居ない。

 

「わ、悪かったよ! そんなつもりじゃなかったんだが……まあそれはそれとして喜ぼうぜ! これでこの最悪が底を突き抜けたような状況に終止符が打てたんだ! こっからは人類様の反撃の時間だってな!」

 保坂少佐が呼んでくれた三機の米海軍機がいなければ、この勝利はあり得なかった。

 彼らの犠牲は悲しむべきだが、そこで足は止められない。

 彼らに報いるためにも、この勝利を意味あるものにしなければ。

 

「ふふ、そうだと良けれど。そもそもアレが完全に撃破されたとは限らないかもよ? フォーリナーに人間の常識は通用しないだろうしね」

「おいおい勘弁してくれよ……。二ノ宮軍曹が言うと、マジでありそうで怖いって……」

 二ノ宮軍曹の言葉に、浦田が辟易する。

 確かに、あの巨体が木っ端みじんに吹き飛んだわけではないので、安心は出来ない。

 が、仮に起き上がったところで、我々に出来る事は無さそうではあるが。

 

「浦田、茶化さず受け止めろ。どんな状況でも油断するなという事だ。だが現実問題として、そろそろ撤退したいところではあるが……。保坂少佐。通信の具合はどのようなもので?」

 

「極東本部はまだ応答が無い。でも流石に君達限界だろうからね。太平洋に居たEDF艦隊との通信をさっき終えたよ。ヘリ空母から輸送ヘリを人数分飛ばしてくれるそうだ。ダロガのレーザー照射を警戒して秦野市に着陸する。少し遠いけど、ここから移動するしかないね」

 

「歩行要塞周辺のダロガは巻き込まれて潰れたとは言え、東部にはまだ複数のダロガが健在でしょうからね。致し方ありません。よォし貴様ら! この場所から撤退するぞ!」

「「イエッサー!!」」

 

「こちらグリムリーパー。話は聞いた。殿(しんがり)は任せろ。まだ残党はいるからな。油断するなよ」

「その通りだ! 地中からの侵攻が無いとも言い切れん。警戒を怠るな! スプリガン、済まないが先行を頼めるか?」

 荒瀬軍曹がスプリガンを呼ぶ。

 いくらか言い方が丁寧になったとは言え、つい指示を出してしまうのは性分なのだろうか?

 有能であるがゆえに、彼が軍曹の枠に収まっているのは勿体ない気はする。

 

「ふん、我々に指図をするな、軍曹風情が。まあ、理に適っている事は認めてやろう。行くぞ。小隊を三方面に分けて周囲の索敵、偵察を行う。第二小隊右、第三小隊は左を!」

「「イエス、マム!」」

 二個小隊が両脇に飛ぶ。

 

「やれやれ、素直に意見を聞くって事が無いのかあんたらは……。プライドが高すぎるのも問題だな」

「……何か言ったか? グリム2」

 グリムリーパー第二小隊長、九条中尉が零した言葉を、西園寺大尉が耳ざとく聞き返す。

 

「いいえ? 高貴な西園寺殿には下々の言葉などあってないようなものでしょうしね」

「貴様ぁ! 西園寺大尉を侮辱するか!!」

「……やれやれ、九条、余計な挑発をするな」

「すみません大尉」

 

 こうして、四足歩行要塞を撃破したレンジャー2、スプリガン、グリムリーパー、それにプレアデスの保坂少尉と民間人の安藤は秦野市へと撤退を開始した。

 ちなみにサイクロン中隊は無線を聞き、いち早く秦野市へ到着し、燃料補給を受け帰還した。

 三時間後、特に何事もなく秦野市へ到着した部隊は、応急手当てを受け、全員がヘリに乗りEDF太平洋艦隊のヘリ空母へと収容された。

 

 

――――

 

 

 2月6日のガンシップ襲来に端を発した今回の大侵攻は、巨大生物の一斉活発化、空挺船によるダロガ投下、マザーシップの襲来による無線断絶、そして四足歩行要塞の襲来、座間キャンプと極東本部の壊滅など、約一日という極短い時間でありながら壮絶な激戦が繰り広げられ、2月7日の四足歩行要塞撃破を以て終息した――。

 

 ――かに見えた。

 

 歩行要塞撃破より二時間後、鎮火した歩行要塞が再び動き出しているとスカウトチームから、通信と指揮命令機能が復活した極東本部に連絡があった。

 

 上部のプラズマ砲台こそ機能を停止しているが、歩行要塞は西部へ侵攻を開始。

 更にインセクトハイヴからの巨大生物活発化に歯止めは訪れず、極東本部はやむ無く放棄が決定。

 

 2月8日をもってEDF太平洋艦隊旗艦”リヴァイアサン”を臨時司令部とした。

 同時に、最早戦線の維持を困難とし、西関東防衛線を含む、関東圏全周防衛線の壊滅を宣言した。

 

 2月10日。

 神奈川、山梨、埼玉県が陥落。

 

 歩行要塞は、西に向けて進軍の勢いが止まらず、各地の巨大生物の活発化や、衛星軌道上まで上昇したマザーシップのレイドアンカーの落下の対応に追われ、後手後手に回る。

 

 一方で後方の砲兵基地に配備されていたパトリオットミサイルの活躍により、一定数レイドアンカーの撃墜に成功した事が戦果として挙がっていた。

 

 しかし、手数が足りず、戦局の打開には繋がらない。

 

 2月13日。

 アメリカ本国で在日米軍の今後についての安全保障会議が行われた。

 

 先の座間キャンプ・在日米軍司令部壊滅、並びに在日米軍司令官ウィリアム・D・バーグス中将の戦死に於いて、日本臨時政府及びEDF極東方面軍司令部の過失を理由に、在日米軍の撤退が決定した。

 

 過失の理由としては様々だが、圧倒的不利な状況下であることが明白であるにも関わらず、僅かな民間人救出の為にその場での奮戦を命令し、結果として米軍を巻き込んだ事が大きい。

 

 バーグス中将の命令違反についてあまり触れられなかったことからやや不公平な決定となったが、アメリカとて同盟国の防衛で徒に戦力をすりつぶすより自国の防衛に力を割きたいのが本心であり、誰もそれに異を唱える事は出来なかった。

 

 

 

――静岡県静岡市清水港 第三歩兵師団――

 

 

「ちくしょう! もうこんな所にも巨大生物が!!」

「撃て! 撃て! もう少しで非戦闘部隊の収容が終わる! だが……ダロガをここに近づけさせたら、最悪こっちの輸送船が沈むぞ!」

 

 港に巨大生物α型が押し寄せる。

 米軍にも、急増で開発した対酸アーマーが配備されているが、EDFの技術に比べたら数段劣るものであり、重傷は避けられない。

 

「EDFの援護は無いのか!?」

「ある訳ないだろ! 俺達は敵前で方向転換して撤退を始めたんだぞ! そのせいで富士市がどうなったか……」

 

 両脇を米軍と連携して戦闘を行っていたEDFだったが、急な撤退命令が出され、EDF部隊と、富士市に居た市民の多くが犠牲になった。

 

「くそ……だから大人しく富士市で戦うべきだったんだ……! EDFの援護が無ければ、フォーリナーと正面切ってやり合えるわけがねぇ!! ぐあああ!! 酸がッ!!」

 

 右足に酸が直撃。

 アーマーを侵食し、肉が溶け焦げる。

 

「エイリス!! くそ、コイツを衛生兵に見せろ! 俺達はここに留まる!!」

「Sir! yes`sir!!」

 

 幸い弾薬はある。

 絶え間ない弾幕で、巨大生物を抑えてはいるが、そう長くは持ちそうにない。

 

「β型です! β型が来ました!!」

「くそ、厄介なのが来たぞ……! 糸に気を付けろ!! 酸を含んだ糸だ! 生身で受ければたちまち溶かされるぞ!!」

「迫撃砲、用意……ってぇぇぇ!!」

 

 迫撃砲小隊が面制圧を開始する。

 直上から降り注ぐ軽砲弾に、たちまち爆死するα型。

 だがやはり、数が足りない。

 

「まずい! ダロガだ、ダロガが来たぞォォォ!!」

 地平線からダロガが顔をのぞかせる。

 あと少し距離を詰められたら、輸送船が射程に入ってしまう。

 

「撤退が間に合わない……! 第二戦車中隊はどうしたんだ!?」

「二輛を残し全滅! 大尉、我々でやるしか!」

「対戦車小隊! やれるか!?」

「やるっきゃないでしょうに! 背後には、俺の家族が乗ってるんでね!」

 

 対戦車小隊長が、対戦車ミサイル”ジャベリン”を構える。

 赤外線ロックオンと、上面装甲を攻撃できる機能によって、対フォーリナー戦でも有効な兵器の一つだ。

 

「待て! あれは……?」

 

 突如、奥のダロガに攻撃が加えられた。

 見ると、EDFのロゴを付けたグレイプ装甲車が上面機関銃を放ちながら突撃する。

 そして、ハッチから重装備の歩兵……フェンサーが現れ、周囲の巨大生物を掃討し、ダロガと交戦を始める。

「EDFだ! EDFが来たぞ!! EDFのフェンサー部隊だ!!」

「ここは我らに任せて貰おう!! 諸君らは撤退を急げ!」

 EDF部隊の指揮官が告げる。

 

「だが……何故!? 既にここには俺達米軍しかいない! 護る意味なんてない筈だ!!」

「関係ない! 人類を護る! それがEDFの存在意義だ!! それに……個人的な話だが、俺の家族が、あの地獄みたいな座間市から生還した。あんたら米軍の献身でな。だから、こいつはその恩返しだ!」

「……ありがとう……。必ずだ。必ず……俺は、俺達はまたここに戻って来る。絶対に俺は、米軍は! この恩を忘れないッ!!」

 

 30分後。

 日本最後の在日米軍は、米軍輸送船を護り切ったEDFに敬礼を掲げながら、日本を後にした。

 

 

――――

 

 

 2月16日。

 日本の戦況に、追い打ちをかける”災害”が上陸した。

 ”それ”は前触れもなく宮城県石巻港へ海上から上陸し、石巻市をものの数時間で壊滅させるに至った。

 ”それ”の迎撃・無力化・撃破がいかに困難かは、二度ほどの接触と、それによる甚大かつ破滅的な被害規模が示していた。

 

 人類との初接触は、約ひと月半前、2023年1月5日。

 台湾近海に宇宙からの飛来物が落下。

 EDF太平洋連合艦隊は、落下地点を調査すると、そこに生体エナジージェム反応を検知。

 侵略性巨大外来生物と同様の反応でありながら、ケタ違いの大きな反応に、EDFは慎重に調査を開始。

 すると、生体反応は活動を活発化、移動を開始した。

 EDF戦略情報部、並びにEDF先端科学研究部は、生体反応を敵性生物と断定。

 EDF海軍は魚雷や爆雷で撃破を試みるも、敵性生物は台湾本島に上陸。

 EDFの迎撃虚しく、全高40mもの巨体から吐き出される燃焼性のガス――ようは火炎放射によって、台湾一帯が火の海になった。

 EDFは、”巨獣”や”宇宙生物”と呼ばれたその個体を、正式に”ソラス”と命名。

 ソラスはその後、海底を歩行し、中華人民共和国、福建省に上陸。

 現在に至るまで、撃破・無力化は失敗しており、中国大陸で猛威を振るっている。

 

 二度目の接触は、今から二週間前、2月3日。

 ロシア海軍太平洋艦隊の877型潜水艦”ヴァルシャヴャンカ”が警備巡回中、上記ソラスと同様の生体エナジージェム反応を、海底で発見。

 潜水艦隊と水上艦艇による総攻撃を行うも、”推定敵生物”は海底から跳躍して腕部による打撃で艦艇を攻撃するという、想定外の攻撃を行い艦隊は被害を被る。

 そのまま進撃を止められず、やがて”敵生生物”はロシア連邦カムチャツカ半島の都市、ペドロパブロフスク-カムチャツキーへ接近。

 背を丸めた状態で40mもの巨体から、火炎放射を行った。

 上陸前の沿海域から放射されたこの火炎は、ソラスのものよりも収束されていて長射程を誇った。

 それを見せつけるように、上陸前に沿海域からペドロパブロフスク-カムチャツキーの街は焼き尽くされた。

 更にソラス以上の身体機能を持ち、巨体からは想像も出来ない程の速力は、時速300km以上を計測し、両腕による叩きつけや尾の一撃は、戦車の複合装甲など豆腐の様に叩き潰した。

 探知能力も高く、砲弾やミサイルは大半が上空で迎撃され、攻撃すら容易に届かせてくれなかった。

 その圧倒的蹂躙と凶悪な姿への畏怖籠めて”宇宙怪獣”や”魔獣”などと形容されたその個体は、EDFにより”ヴァラク”と命名された。

 

 以上の二体に、ある程度共通する外見的特徴や被害の甚大さなどを加味し、EDFはこれらを新カテゴリ”超抜級怪生物”に分類した。

 それぞれ「第一号”巨獣”ソラス」、「第二号”魔獣”ヴァラク」と正式に命名し、人類の頭脳と技術を結集、これらの対策を必死に模索した。

 現実的に、この二体を野放しにしては国が、そして人類が滅ぶ危険性を孕んでいた。

 

 そして対策もままならないまま、それに続く厄災が2323年2月16日に、日本国宮城県石巻港に上陸したのだ。

 日本に置かれた状況の過酷さ故、完全な海底偵察が間に合わず、事前に発見することなく奇襲的な上陸を許してしまう。

 上陸した”怪生物”は、闇夜に浮かび上がる蒼白の発光部を体の各所に持ち、その器官をより激しく発光させると、口内部にエネルギーを集中させた。

 次の瞬間、口内から蒼白色の超高圧電流が放たれた。

 雷を何百何千と束ねたようなそれは、殆ど”破壊光線”の様に都市そのものを抉り、膨大なエネルギーは破壊的な膨張を行い、一体が瞬時に閃光と爆炎に包まれた。

 超高圧電流は、放たれた方向以外に無秩序に拡散し、都市内には地を這う”落雷”が至る所で人間を、都市を、文明を、大地を破壊した。

 あらゆる物体が炎上する都市の中で、蒼白の体組織だけが不気味に光り続けた。

 この最も凶悪な敵性生物を、EDFは「超抜級怪生物-第三号”雷獣”エルギヌス」と命名。

 全高70mにも達する凶悪な生物は、その後南下を繰り返し、日本を破滅に追い込むには十分な絶望を与え続ける。

 

 2月19日。

 群馬、新潟、栃木、茨城が陥落。

 更に以前から確認されていたインセクトハイヴにいた個体、羽の生えたα型巨大生物が一斉に飛散。

 α型飛行種と呼ばれる。

 更に四足歩行要塞に自動修復機能があることが判明。

 プラズマ砲台再稼働も時間の問題と思われる。

 

 2月21日。

 旧東京・インセクトハイヴを監視していた陸上自衛隊から、恐るべき報告が入った。

 インセクトハイヴ最上部から、超大型の怪物が出現したのだ。

 α型巨大生物の外見に、巨大生物γの羽を併せ持った個体。

 要するに、”超巨大な女王蟻”の様な生物が、インセクトハイヴ内部より出現し、そして飛び去った。

 ただでさえ見上げるほどに巨大な怪物を、数十倍巨大にした”それ”は、唖然とする観測員を尻目に悠々と飛び遥かに消え去った。

 当然、情報は瞬時にEDF極東本部及びEDF南極総司令部へ伝達され、空軍が撃墜作戦を行った。

 暫定呼称、”クイーン”は迎撃に動じず、周囲を護衛の様に飛行していたγ型の針撃撃によって攻撃部隊を退けると、そのまま新潟県佐渡島へ侵入した。

 

 2月22日。

 佐渡ヶ島に上陸した”クイーン”は、巨大な腹部からシャワーのような強酸を散布。

 地上建造物や車輛は瞬く間に溶解し、化学反応で発生する高温で可燃物や燃料は自然発火、町は火の海に包まれた。

 また、関東を中心とする大侵攻、挟み込むような雷獣エルギヌスの電撃侵攻を受け、国内の戦力はほぼその個所に集中していたこともあって、効果的な抵抗を行う事無く、佐渡島の住民や本州から来ていた避難民は虐殺され、佐渡島は陥落した。

 EDF極東方面第11軍の将兵は、一兵卒に至るまでこの結果に絶望と怒りの相反する感傷を抱き、佐渡島をいつか取り返すと誓った。

 EDF極東本部は、その決意と共に、正式に決定した「戦略級巨大外来生物α:蟲の女王(バグ・クイーン)」という名をその胸に刻んだ。

 

 2月23日。

 雷獣エルギヌス、福島県を蹂躙。

 EDFはエルギヌスに対し、海上と陸上からの交差飽和砲撃を行うが、着弾によるダメージの目視確認は出来ず、進撃も止まることなく被害は拡大する一方だった。

 

 EDF南極総司令部から北と南、二方面の核攻撃を要求されるが、日本臨時政府およびEDF極東本部はこれを断固として却下。

 飽くまで通常戦力による徹底抗戦を貫いた。

 

 2月25日。

 新潟県佐渡島にて、「戦略級巨大外来生物α:蟲の女王(バグ・クイーン)」が、新たなインセクトハイヴを建造している事が分かった。

 更に蟲の女王(バグ・クイーン)は、地上で巨大生物の卵を出産し、爆発的な増殖が行われている事が判明。

 蟲の女王(バグ・クイーン)は、見た目通りの”女王蟻”で産卵によって巨大生物を繁殖させることが出来る、巨大生物増殖の要だったのだ。

 すなわち、地球上にある全てのレイドシップ・レイドアンカー・そして蟲の女王(バグ・クイーン)の駆逐を成さない限り、巨大生物は地球上で無制限に増え続けるという事だった。

 レイドアンカーは元より、レイドシップ撃破が急速に進む中でのこの情報は、人類に再び先の見えない暗闇を示したのだった。

 蟲の女王(バグ・クイーン)が東京インセクトハイヴから出現し、新たなインセクトハイヴを建造しているという事は、クイーンはインセクトハイヴを拠点にしている可能性があり、少なくとも世界にそれと同じ数のクイーンが存在すると考えていいだろう。

 いずれ全てのインセクトハイヴを破壊し、その中の女王を討伐する事が、人類の勝利への確定条件となったのである。

 

 2月28日。

 国内に二つのインセクトハイヴ、手負いとは言え健在の四足歩行要塞、圧倒的破壊の化身である雷獣エルギヌス、増殖の要である蟲の女王(バグ・クイーン)、その他数十万単位で存在する巨大生物やダロガ、ガンシップの大群。

 

 その状況にEDF南極総司令部は日本からEDF極東方面第11軍全軍の撤退を決定した。

 書面上日本国を陥落とし、日本臨時政府もこれに合意。

 海外に亡命政府を樹立する事を決定として手続きを開始した。  

 

 ――だが。

 EDF極東方面第11軍司令官、榊少将はこの命令を跳ねのけ、尚も徹底抗戦を唱えた。

 そればかりか、四足歩行要塞並びに雷獣エルギヌスの撃破を条件として、旧在日米軍の再派兵を求めた。

 これには国際社会も余りの無謀に困惑したが、最低限の貿易を残し国交を断絶する条件付きで、第11軍の抗戦を黙認した。

 

 EDF極東方面第11軍の……日本の孤独な戦いが幕を開けた。




はー、ここまできた!
これにて一区切りって感じで、第二章終了です。
あとはちょくちょく幕間の小話を挟んでから第三章ですね。
第三章の名前は何にしようかなぁ。
あと人物とか全然更新してなかったんで、ちょっと合間見て増やしていきます。

次は何週間かかるかなぁ(汗

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