全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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色々新兵器の影をチラつかせられて俺は満足です!


幕間1 国防総省/総司令部の思惑/洋上の一幕

――2023年3月1日 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス 臨時合衆国連邦政府国防総省ビル――

 

 褐色の男が重苦しい表情で、臨時にあてがわれた政府所有のビルにある受話器を置く。

 

「……いかがでしたか、向こうの返答は」

「いや、やはり彼の地で抗戦する姿勢は変えないようだ。そして無論、我々やEDF総司令部の核攻撃も断固拒否する、と」

 国防総省長官のレナルド・ベイカーは、たまった疲れを吐き出すかのように勢いよくイスに腰掛ける。

 元国防総省本庁舎(ペンタゴン)ほど豪華なイスではない為、きしむ音がする。

 

「……狂っています。核兵器はともかく、せめてEDF総司令部の指揮に従って放棄すべきでしょうに。国土は一度失っても、また取り返せる。ですが国民は……。極東本部の愚策によって、犠牲になろうとしている……」 

 ベイカー長官の部下は、悔しそうに吐き捨てる。

 暴走するEDF極東本部の犠牲になる、無辜の日本国民を案じる表情だ。

 

「それが、どうもそう単純な話じゃないらしくてな」

「長官?」

 含みを持たせたベイカー長官の言い方に、部下が聞き返す。

 

「確かに国民の多くが、今回の侵攻で犠牲になっているが。一方で残った国民の大半がEDFに入隊しているそうだ。日本人は、我々が思っているほど、まだ心折れちゃいないのさ。それに榊少将にも、何か考えがあるらしい。曰く、困難ではあるが、不可能に挑んでいる気は無い、だそうだ」

 

 本州島の大半が占領され、二つのインセクトハイヴに、破滅的な雷獣エルギヌスと、四足歩行要塞エレフォート。

 このメンツにどうやって勝つというのか。

 長官の部下は、最早日本で全滅する未来しか見えなかった。

 

「その上、雷獣エルギヌスと歩行要塞エレフォートを撃破した暁には、本土奪還及びインセクトハイヴ攻略の為、米軍の再派兵と総司令部の支援を求むという条件まで叩き付けてくる始末だ。まったく……一体何を考えているのやら……。一応議会に提出するが、荒れそうで今から気が滅入るよ全く」

 

 元々、対フォーリナー戦が始まって以来、在日米軍のみならず各国に派遣した米軍を撤退させる声は大きかった。

 だが在日米軍に居たバーグス中将が、その声を宥め日本に留まっていたのだ。

 そしてその結果が多くの日本人の命を救い、一方で貴重な米軍兵士の命と装備を大量に失わせた。

 その損失は、ひいてはアメリカ国民の損失となりうる。

 

 まして、EDF総司令部の命令に背いた反逆軍の交渉に付き合う理由があるだろうか?

 

「だが、東海岸からフォーリナーを一掃すれば、話は変わる」

「長官……?」

 長官の急な発言に、部下が驚く。

 

「確かにあの状況で抗戦する日本はクレイジーだ。だが同時に、この危機を乗り越えられれば、それは世界でも有数の激戦を制した英雄国家だ。その戦術と、フォーリナーに関する情報、研究成果は失うには惜しすぎる。そうなる前に、東海岸のフォーリナーを、せめてインセクトハイヴだけでも落とせれば、米軍やEDF総司令部も、重い腰を上げる筈さ」

 

 実際、狭い国土にこれほど敵戦力が密集している状況はない。

 世界各国で今も激戦は続いているが、その中でも日本は特に新型や新種が多く確認されている。

 そしてフォーリナーの新種からは、新たな技術や情報が開発できるという事も意味する。

 過酷な状況だが、伸びしろによっては奇跡が起こるかも知れない。

 ベイカー長官は、そんなところにある種の期待を込めているのかもしれない。

 

 願わくば日本が、この過酷な戦争を砕く一番槍とならん事を。

 

「さて、日本から引き揚げた在日米軍は、全部隊帰還したな?」

「はっ。各部隊、原隊復帰手続きを済ませてあります」

 座間キャンプの第九歩兵師団が丸ごと消滅し、上級部隊の第一軍団も壊滅的な被害を被った。

 それ以外の部隊も大小損害を出してはいるが、それでも多くの戦力を補充できた。

 

「よし。こちらは既に、ニューヨーク、ワシントン、ボストン、フィラデルフィアその他東海岸を攻め落とされている。聞けば、EDF北米総司令部も、本格的にニューヨークのインセクトハイヴ攻略作戦を計画しているそうだ。そろそろ、反撃が始まるという訳だ。我々も、忙しくなりそうだ」

 

 

――3月1日 南極大陸ウィルクスランド EDF南極総司令部――

 

 

 無機質な階段を、軍靴が下る音が反響する。

 

「これほどまでに厳重な警備……。司令部の地下に、このような場所があるとは……」

 

 驚愕を目の当たりにしているのは、銃を持った護衛役の兵士。

 総司令官の右腕としても活躍する、総司令部付独立警備中隊のロードリック・ワーナー大佐。

 

 そして、その隣に居るのは。

 

「知らなくて当然だ。ここはEDFの中でも最高機密のひとつだからな。知っているのは当時の関係者以外では、君が初めてだ。ワーナー大佐」

 

 バートランド・グレンソン大将――EDF総司令官だ。

 グレンソン大将と、ワーナー大佐は階段を下り終え、無機質な長い廊下を歩く。

 灯りは最低限、空調は少し肌寒く、不気味な雰囲気がある。

 

「ここだ」

 その後、指紋、網膜、遺伝子情報などの厳重なセキュリティを越えて辿り着いたのは、一つの牢だ。

 

「やあ。気分はどうかな? 元博士」

 グレンソンが、言葉よりも嫌悪感や……もっと言えば殺意を滲ませた口調で吐き捨てる。

 

「フフフ……予想通りね。そろそろアナタの顔が見れると思っていたわよ? ワタシの力が……いいえ。ライカの力が必要なんでしょう? ……フフフ」

 牢の中に居たのは、一人の女性だった。

 簡素な囚人服の上に白衣を着こみ、一見して清潔感の保たれた一般的な女性に見える。

 だが、光に反射した眼鏡の中を覗くと、そこには狂気に渦巻いた常軌を逸した瞳があった。

 口元を歪めるその姿は、まさに狂気の科学者と言った印象が丁度いい。

 

 だが、そんなことを差し置いて、更に異常だったのは、壁一面に隙間なく書かれた謎の数式や化学式の数々である。

 

「総司令……、この女は、まさか……ッ!?」

 ワーナー大佐は目の前の戦慄する光景に、自分の中で該当する人物を探り当てた。

 

「……そうだ。EDF史上最大の危機。五年前、ここEDF総司令部崩壊を目論んだ、テロの首謀者だ」

「ディラッカ事変……!? しかし、彼女は、ルフィーナ・ニコラヴィエナはあの時死亡していた筈では!?」

 五年前、2018年。

 中東の国家アルケニア共和国、国境都市ディラッカと、そこに建造されたEDF軌道防衛基地及びEDF衛星指令本部(サテライトコントロール)を起点とする武装蜂起。

 後にディラッカ事変と呼ばれる一連の出来事の首謀者が彼女、ルフィーナ・ニコラヴィエナだった。

 

 そして彼女は同時にEDFが抱え込んだ天才科学者でもあった。

 彼女は自分が勤めていたディラッカの衛星指令本部(サテライトコントロール)を丸ごと占領し、更に当時アルケニアの反政府軍と戦っていたEDF中央即応旅団第一大隊が武装蜂起。

 彼らは自らを反EDF組織”カインドレッド・レベリオン”と名乗り、ディラッカ事変は泥沼化していった。

 

「表向きにはそうなっている。だが彼女は、殺すには惜しい頭脳を持っていた。それに肝心のライカ・システムは、彼女に握られたままでな。これも機密だがな……。EDFが開発した11機の攻撃衛星”ノートゥング”は、彼女が開発した自立AI搭載型統括衛星”ライカ”のパスなしでは使えん。そして、ライカはニコラヴィエナの言う事しか聞かん。つまり、我々はこのままでは、多額の資金をかけて作った攻撃衛星を使えんのだよ」

「そんな、ことが……」

 

 ノートゥングの存在は知っていた。

 だが、それが使えない理由は機能不全とぼかされて伝わっていたし、部下や、恐らく各部隊にもそう伝わっていた筈だ。

 それがまさか、あの時の事件が尾を引いていたとは。

 

 そんなことを言いながら、グレンソン大将は牢の電子ロックキーを解除した。

 

「出たまえ。ルフィーナ・ニコラヴィエナ。釈放だ。要件は一つ。ライカの原子力レーザー攻撃で、ニューヨークのインセクトハイヴを徹底的に破壊しろ」

 グレンソン大将は、ニコラヴィエナを冷徹に見つめ、言い放つ。

 

「フフフ……いいでしょう。ワタシの最高傑作を、見せてあげるわ」

 それを見て、ニコラヴィエナは口元から涎を流しながら、恍惚な笑みで応えた。

 

 グレンソン大将、ワーナー大佐、ニコラヴィエナは地下牢から地上へ上がると、参謀総長のリヒテンベルガ中将が待ち構えていたかのように立っていた。

 

「閣下。至急、お伝えしたい事が」

 リヒテンベルガ中将は敬礼をすると、ワーナー大佐に目配せをした。

 

「どうやら、邪魔者みたいねぇ…フフ」

 大佐が反応するより早く、ニコラヴィエナは意味も無く不気味に笑う。

 元テロリストの天才科学者だ。

 情報はなるべく与えたくないに決まっている。

 

「ワーナー大佐。彼女を第一研究所へ送って行きたまえ」

「はっ!」

 短く了承し、ワーナー大佐はニコラヴィエナを連れていく。

 

「さて。何事かね?」

 グレンソン大将が本題を促す。

 

「四足歩行要塞”エレフォート”……日本に現れたのと同型と思わしき敵機が、シアトルに上陸しました」

「……ふん。さすがに一機だけではないという事か。予想していたとはいえ、些か場所が悪いな」

 一瞬だけ眉が上がったが、グレンソン大将の顔にそれ程の動揺は無かった。

 ただ、彫りの深い顔が更に険しくなっていく。

 

 場所が悪い、と言うのもアメリカは、首都機能を占領されつつある東海岸から西海岸へ移転したばかりであり、シアトルは西側の都市だ。

 首都機能は各都市に分散され、サンフランシスコにもいくつかの部署が存在していた。

 

「シアトルは沈んだか」

「……はい。既に複数回のプラズマ砲撃を受け、シアトル都市圏は壊滅しました。

死者は100万人クラスかと」

「奴の進路は? 北か南か。内陸という事は無いだろう」

「その通りです。現在、オレゴン州ポートランドに向け南下を始めたそうです。付近の戦力を集中させているそうですが、米軍・EDF北米軍の主力は東海岸に集中しています。西海岸への上陸など予想できたはずもありませんから、真っ当な方法での防衛は不可能でしょう」

 無論、首都機能の一部があるポートランドには最低限の戦力は駐留している。

 だが、相手が歩行要塞なら、防ぐ手立ては無いに等しい。

 

「いかんな。米国に早々に倒れられては困るというものだ。世界トップレベルの工業力を失えば、地球戦略が根底から崩れかねん」

 既にシアトルにあったEDF北米第二工廠は壊滅した。

 軍用機製造の中心地だったシアトルを失ったのは、世界戦略的にも大きな痛手であり、アメリカには同様の規模の工廠が幾つも存在する。

 シアトルを南下した先には、EDF北米第一工廠の存在するロサンゼルスもある。

 製造拠点をこれ以上失う事は何としても避けなければならない。

 

「……現状の北米戦力で対処が不可能とは言わんが、不安要素は排しておきたい。例の新兵器はどうなっている?」

 

 日本に現れた歩行要塞は、詳細は不明だが上面砲台を損傷し、大きな損害を与えたという。

 ならば、圧倒的な火力があれば粉砕は可能なのではないか――つまり、核兵器ならば。

 

 その事を日本に、EDF極東本部に訴えたが、彼らは取り合わなかった。

 愚かなことだ。

 そうやって自国を護りふりをして、結果的に敗北すれば意味が無い。

 なにより、人類全体の益にならない。

 何に核兵器が有効で、何に無効であるのか。

 その見極めを初期の段階で知っておかなければ、恐らく長引くだろうこの戦争は勝てはしない。

 未知の敵に対応するためには、勝つためには、情報を何より欲するべきだ。

 

 グレンソン大将は、その”見極め”の為だけに、日本での核兵器使用を提案していた。

 そして、今や人類守護の要を自称するこのEDF南極総司令部に歩行要塞が進撃してきた場合。

 彼は、必要とあればすぐにでも核兵器を使用するつもりであった。

   

 放射能汚染と言う消しようのないデメリットを差し引いても、現人類が持ちうる最高火力を惜しむことは彼はしない。

 一方で、それが最終手段であることも重々承知している。

 故に彼には、南極総司令部には、それ以外にも決戦兵器プロジェクトはいくつか進行している。

 今話すのは、そんな決戦兵器の中では進行度の高い、”現実的”な兵器だ。

 

「は。フォーリニウム貫通弾”グラインドバスター”は、既に研究進捗80%を越えています。二週間後には、試作一号砲を乗せた攻撃衛星”レーヴァテイン”の打ち上げの予定です。その他細かい予定も、万事滞り無く」

 リヒテンベルガ中将は、報告書を読むことも無く速やかに答えた。

 それを聞いてグレンソン大将は満足そうに頷きつつも、念を押す。

 

「そうかね。だが未知の研究だ。最後まで油断はならない。元々レイドシップを破壊するための兵器ではあったが、先にアメリカの歩行要塞で試し撃ちと言うのも悪く無かろう」

 

「その試し撃ちを日本で行う、という選択肢はありますかな?」

 リヒテンベルガ中将は、かけた眼鏡の奥から表情を伺うようにして、グレンソン大将に尋ねる。

 現状緊急の援護が必要なのは、どう考えても日本の方だ。

 彼我の戦力差は開くことを留まらず、その命は風前の灯火と言っていい。

 

「無い。とは言わんよ。あらゆる選択肢は常にテーブルの上にあるべきだ。だが現状ではその選択を選ぶことはあり得ん。なに、単純なリスクとリターンの問題だよ。たとえ今アレ一機落としたところで、日本の現状は変えようがない。劣勢下の乱戦では新兵器の効果の観測もし辛い。何より、自分の喉元に食らいつく獣を見ず手遅れの他人に手を貸す道理もない。ましてその他人は、こちらの命令に従わない反逆者だ」

 

 グレンソン大将の言に間違いはない。

 それを合理的と見るか冷酷と見るかは人によるだろう。

 だが確かなのは、EDF総司令官など、これぐらいで無ければ務まらないという事だ。

 

「……何故人は、国に固執するのだろうか。国家とは、すなわち人だ。それが大きくまとまり、人類になる。今はその人類全体の危機なのだ。国同士で争っていた先の時代など、最早人類同士のお遊びに過ぎなかったという事を、未だ多くの人間が理解していない。戦況が悪くなれば”国”と呼ぶ地域から脱出し、その戦力をより多くの人間がいる場所の防衛に宛がう。これだけの簡単な事がのだからな。……願わくば、一時でも国という枠を取り壊し、人類全体を共同体と化し、人類を一つの戦力として纏めたかったのだが……、ふ、それを考えているのは、人類の中でも私だけなのだろうな」

 

 最後だけ、グレンソン大将は自称気味に笑った。

 滅多に見せない笑いに、リヒテンベルガ中将は少し驚いたが、表情には出さない。

 ただ、冷徹冷酷と言われるグレンソン大将が、本気で種としての人類を存続させることを考えている事だけは伝わった。

 

 

――3月3日 日本近海 EDF極東方面第11軍 太平洋第1艦隊 旗艦リヴァイアサン 艦後部ヘリポート――

 

 

 EDFの大型輸送ヘリが、ローターを回転させて待機している。

 

「それでは、短い間でしたが、お世話になりました」

 

 今ヘリに乗り込もうとしているのは、EDF南極総司令部から派遣されていた戦略情報部の数名だ。

 そこには当然、リーヴス少佐とルアルディ中尉もいた。

 その傍らには、南極総司令部から彼女達を連れ戻しに来た司令部付き憲兵隊がいた。

 

 今や極東方面第11軍――日本に駐屯するEDF全軍が、上級司令部である筈の北米総司令部の命令を無視する、いわば反逆軍に等しい軍になってしまった事から、その反逆軍に捕らわれた自軍を救出するという名目で、完全武装の憲兵隊が来たのだ。

 

 と言っても、南極総司令部もこのご時世に力づくで極東方面第11軍を従わせる余裕も意味ももはやないので、飽くまで形だけのやり取りだ。

 

「エルフェート・E・リーヴス少佐以下9名、戦略情報部極東派遣員。全員確認しました。では、我々はこれで」

 憲兵が榊少将と書類を確認し、事務的な手続きを終えると、戦略情報部員をヘリに乗せていく。

 

「……待ってください!! やっぱり私、このままじゃ帰れません!」

 順調に乗り込んでいく戦略情報部の中、一人だけ立ち止まって、異を唱えたものが現れた。

 

「アドリア! 一体何を!?」

「ルアルディ中尉!?」

 リーヴス少佐と榊少将が驚いて名を呼ぶ。

 周囲の人間にも衝撃と動揺が走る。

 

「私達は……いえ、私は! ここで日本の皆さんの力になりに来たはずです! これから大変って時に、帰ったりなんて出来ません!」

「貴様ッ!」

 

 憲兵の制止を振り切って、アドリアーネ・ルアルディ中尉は、走って榊少将や、秋元准将ら極東本部の側に着く。

 

「貴様……撤退は総司令部からの命令だ! それに逆らうというのか!?」

「アドリア! 戻ってきなさい! ここで命令違反すれば、私にもフォローできませんよ!」

 憲兵達が銃を構え、リーヴス少佐がヘリ側から必死に呼びかける。

 

「ごめんなさいリーヴス少佐……。でも……。私やっぱりこの人たちの事見捨てられません! まだきっと、こんな私でも役に立てる事だってあるはずなんです! たとえ総司令部から情報が遮断されたって……」

「アドリア……」

 苦渋の決断ではあるのだろう。

 だが、ルアルディ中尉の瞳には、既に確固たる意志が宿ってい居た。

 

「ルアルディ中尉。我々とここに残るという事は、ただの命令違反では済まないぞ。戦略情報部での昇進どころか、帰る場所があるかも不明だ……」

「それでも構いません。これが私の……ここが私の、戦うべき場所なんです。それは、名誉や昇進なんかの為に諦められる事じゃないんです!」

 榊少将の言葉にも、ルアルディ中尉の決意は揺るがない。

 

「隊長……撃ちますか?」

「待て。ただでさえ戦争なんだ。こんな事で死人も怪我人も出したくない。しかし、困ったな……。こんなの上にどう報告すればいいんだ……」

 憲兵隊の部隊長が、部下の発言を受け頭を悩ます。

 

「ルアルディ中尉。貴様、本当にこれでいいんだな。覚悟はあるか?」

 副司令官である秋元准将が背後から問いただす。

 

「……はい! 例えわたしの立場がどうなっても、絶対に後悔なんてしません!」

 ルアルディ中尉は銃口を向ける憲兵を見ながら振り返らず、しかし力強く秋元准将に言葉を返した。

 

「そうかい。なら――しかたねぇなぁ!」

 厳正だった言葉を崩し、声を上げる。

 次の瞬間、素早い動きでルアルディ中尉を足払いし、彼女を転倒させた。

 

「えっ、きゃあ!」

 思いもよらない足払いに、彼女は受け身も取れず転倒する。

 

「いったぁ! なに、するん――」

「おおっと大変だ! 波で揺れた拍子にずっこけちまうなんて! これだから船の上はタチが悪ぃ。嬢ちゃん大丈夫か? ん? なに、頭を打った? コイツはいかん! 暫く中で安静にした方が良いな! いやしてなきゃ駄目だ! てなわけで憲兵隊の諸君、スマンが治療の為に暫く様子を見る事になった! 不慮の事故によってこんな結果になってしまったがま、今回は諦めてくれ! なに、そんなに彼女が欲しいならまた来ればいいさ! そんときゃ事故がなけりゃいいがね!」

 

 憤慨するルアルディ中尉を抑え込み、秋元准将は大袈裟な動きと声を憲兵に見せつけるように中尉を抱えた。

 

「……まあ、そんな事情だ。構わないか?」

 秋元准将の動きを横目で見て軽くため息を吐きながら、榊少将は憲兵に聞いた。

 

「……は、はい。転倒し重傷の為移動不可、と。そんな感じで報告しておきましょう。……では、後悔なさらないよう」

 憲兵隊も流石に面食らった様子だが、理由が欲しかっただけのようで効果てきめんだった。

 最後、ヘリの窓からリーヴス少佐や、少佐の部下たちが敬礼をしながら、やがてヘリは飛び去って行った。

 

 ルアルディ中尉や榊少将、秋元准将も敬礼を返す。

 

 そうして混乱の余韻が過ぎ去った後、ルアルディ中尉は、

 

「秋元准将~!? さっきの普通に痛かったんですけど! もっとスマートに出来なかったんですかぁ!?」

 

 打ち身した肘を擦りながら秋元准将を恨みがましい目で睨みつける。

 

「だから覚悟はあんのかってそう聞いたじゃねぇか。あるっつーからちょいと一芝居打ったって訳よ。名案だったろ?」

 と秋元准将は言うが、覚悟とはまさか足払いだったとは誰一人思わず、ルアルディ中尉の憤慨は消えない。

 

「秋元准将、口調……」

「おっとコイツはいけねぇや! いや、ゴホン! ともあれ、中尉がこちら側に残ってくれたのは素直に有難い。これから我々は、敵の新型とも多く抗戦する事となる。その為に中尉の頭脳は強力な武器になる。よろしく頼むぞ」

 榊少将が小声で注意すると、秋元准将は元の副司令官然とした落ち着いた態度に戻った。

 どうやら、油断すると素が出るらしい。

 

 その一見生真面目にも見える初老の有能な軍人風の雰囲気は、割と崩れる事が多いようで、司令部要員はそういう准将の事を殆ど知っている。

 

「なんか釈然としませんけど……、はい! ここに残った以上、出来る事は全力でやります! たった一人ですけど改めて、よろしくお願いします!」 

 

 こうして、EDF南極総司令部直轄の戦略情報部は、アドリアーネ・ルアルディ中尉を一人残し、極東本部……いや、旗艦リヴァイアサンから去っていった。

 

 




▼レナルド・ベイカー(51)
 米国国防総省長官。
 当然ペンタゴンに勤務していたが、フォーリナーの東海岸猛進によりロサンゼルスに移転した。
 日本を愚かだと思いつつ、過酷な状況を打破してほしいと願っている。

▼バートランド・グレンソン(70)
 EDF総司令官で、階級は大将。
 冷静かつ冷徹で、物事を合理的にしか見ることが出来ない。
 軍事力こそがこの世を生き抜く力であると信じ、どんなものだろうとそれが武器になるなら開発や使用を躊躇わない。
 そんなグレンソン大将や、それを体現したEDFという組織に恨みを持つ者もいる。
 だが人類を守護したい気持ちに偽りはなく、国家と言うしがらみを解体し、一個の人類共同体としてフォーリナーと戦わなければ勝利はないと思っている。
 (「総司令官より全兵士へ!」って無線に割り込んでくるEDF5の総司令官とは別人のイメージです。なんていうか……あのセリフ入れるタイミング無かったし、この世界のEDFは割と黒い事もやってるんで、ああいう熱血っぽい感じは合わないかなぁと。熱血司令官枠はもういるしね)


▼ロードリック・ワーナー(56)
 総司令部付独立警備中隊指揮官。階級は大佐
 その任務は警備のみに留まらず、総司令官の右腕として活躍している。
 彼にニコラヴィエナの事が知らされなかったのは信用されていないからではなく、知る必要が無かった為。

▼ルフィーナ・ニコラヴィエナ(49)
 元EDF衛星兵器群研究者。
 現時点から5年前、2018年にEDF南極総司令部壊滅を目論んだ。
 後にディラッカ事変と呼ばれたその出来事で死亡したことになっていたが、総司令官グレンソン大将の独断でかくまわれていた。
 自立AI搭載型統括衛星”ライカ”や、それに11機の軍事衛星を制御させるライカ・システムの開発者。
(ご存知サテキチおばさん。強引にライカの開発者にしました。変人博士枠は既に茨城博士が居ますが、あれより更に狂ってる感じ。キャラ被らせないように注意注意)

秋元壮一郎(あきもとそういちろう)(56)
 EDF極東方面第11軍司令部副司令官、階級は准将。
 背が高く荘厳な面構えの厳つい将官。
 に見えるが、素が出ると口調の荒いやんちゃなじじい。
 榊が熱血正統派の軍人なら秋元は邪道謀略何でもありの狡賢い方。
 榊よりも年上だが、性格が災いし准将どまり。


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