全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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安藤和真って覚えてます?
三十話にちょっとだけ出てきたノリの軽いニクスの少年ですよ!
ちょっとしか出てないくせに掘り下げます!


幕間2 ある少年の半生/煙を交わし

 安藤和真という少年は、神奈川県厚木市で生まれ育った一般的……とは少し違った少年だった。

 彼が生まれた頃には既にEDFによる軍拡が進み、物心つく頃にはそれまでSFと思われていた数々の兵器が実用化されていた。

 コンバットフレーム・ニクスもその一つだ。

 それを見た時、彼はこう思った。

 

「なんだこのめちゃカッコいい兵器は!!!」

 

 

 彼の生まれは2007年。

 もう一度言うが物心つく頃にはニクスのような人型兵器が製造されつつあり、そう珍しいモノでもなかった。

 大人たちは「子供のころ夢見たロボット兵器が実現するなんて……!」と感慨深い感想もあったかも知れないが、若人にとっては当たり前の存在になっていくはずだった。

 

 だが、少年は違った。

 感動した、感激した、感涙したのだ。

 なぜかは分からないが、少年はこのニクスという人型兵器が異常なまでに好きになったのだ。

 

 それまでの人生、彼はテンションこそ高いが、特別に好きというものは無かった。

 中学のクラスの中心から微妙に離れたところで騒ぐお調子者という立ち位置だったが、彼はちょうど、中二のころにコンバットフレームという存在を知ってしまった。

 

 無骨さを残しながら全体的に華奢な外見、駆動部の裏側に見える機械的な装置、重武装から軽装まで換装可能な外見、フォーリナーという侵略者(この時点では確定していないが)から地球を護るという使命。

 

 それらに惹かれ、安藤少年は完全にコンバットフレームオタクと化した。

 写真や実物を見学しフィギュアを自作したり、妄想でフォーリナーと戦ったり、市販の本やネットの情報、後は想像で操縦方法を自分で考え、そしてそれをノートに纏めたり。

 

 ディラッカ事変という中東で起こった紛争では、テロリストがコンバットフレームを強奪したと聞いたが、心底羨ましいと見当違いな事を思ったものだ。

 

 それ以降、安藤少年はEDFに入ってコンバットフレームを乗り回したい! という夢を持つようになるのだが、軍隊という実情を知るにあたって一気に嫌気がさした。

 

 安藤少年は、EDFという軍隊で戦争をしたいのではない。

 ただコンバットフレームを眺めたり乗ったりしたいだけだったのだ。

 

 そもそも成績も悪いし運動もあんまり出来ない。

 重いモノも持ちたくないし命令には従いたくないし過酷な環境を耐えしのぐなんて以ての外だ。

 

 どうにかして目の前にコンバットフレームが転がってる幸運が起こらないかなぁ。

 そんな幸運を待つだけの日々になった。

 

 2022年7月、高校二年の夏休み。

 そんな少年の生活も大きく変わる。

 

 世界中にフォーリナーの船団が襲来。

 世界は戦火に包まれる。

 

 幸いにして厚木市にレイドアンカーは落ちなかったが、近くのEDF基地に避難し、暫くそこで暮らすことになった。

 緊張と不安で皆が消沈する中、彼だけはEDFの基地に目を輝かせ、憧れの存在を探した。

 

 避難の列を抜け出し、基地を駆け回る。

 侵略? 戦争? 人類? EDF?

 そんなもの、安藤少年の眼中にはない。

 あるのはただ一つ、コンバットフレームのみ。

 

 結果的には、本物を見る前にEDF兵士につまみ出され、避難場所に戻された。

 両親にも怒られ、妹には呆れられた。

 

 それでも戦果はあった。

 その手には、コンバットフレームの教本があったのだ。

 上手く両親から隠し、妹と二人で読んだ。

 

 妹との仲は悪くない。

 当然コンバットフレームに興味などないが、頭がいいのでこうやって見せたりすると何か気付いたりする。

 呆れながら冷めた目線で付き合ってアドバイスする妹と、興奮気味にアドバイス耳を傾ける兄。

 どちらが年上か分かったものではない。

 

 そんなこんなで避難生活は終わった。

 EDFも教本一つ気にしている余裕はないようで、両親にも上手く隠し通したまま数週間ぶりに自宅へ戻る。

 

 教本のお陰で、イメージではあるが操縦はだいたい出来るようになった……気がする。

 敵味方識別装置とか、無線通信装置とかそういうめんどくさそうなのはとりあえず置いておく。

 飛んで走って、撃てればそれでいいのだ。

 

 しかし、そんなコンバットフレームに夢中な安藤少年にも、世の中の変化は劇的に感じられた。

 話によると東京周辺は敵の爆撃で消滅したうえ、基地まで出来たらしい。

 

 父親は鉄工所で働いているのだが、かなり忙しいようで暫く泊まり込みになった。

 地元の高校の友達は徐々に疎開していき、年明けからは休校となった。

 

 テレビからバラエティー番組は徐々に消え始め、戦局を伝えるニュースやEDFの広告に支配される。

 近所の家も空き家が目立ち、人口は目に見えて少なくなり、食事は粗末なものに変わっていく。

 ここらへんで、安藤少年もいよいよ、戦争がテレビの中の出来事ではなく目前に迫った非常事態だという事を実感で理解する。

 

 当然安藤家も疎開指示が来ていたが、父親が暫くは工場に残って働くこと、祖母の病院の移転先がなかなか決まらない事、疎開先が整ってないらしく食料や住居に不備が見られる事から、もうしばらくは厚木市に居る事になった。

 

 父親と妹は反対したが、母親は「危なくなったらお父さんも一緒に避難するんでしょ? じゃあまだ大丈夫よ。3月にはおばあさんの病院も決まるって話だし」と主張し、安藤少年は(もうちょいこっちに居れば動いてるニクスとかワンチャン見られるかもな……! いやもしかして乗れちゃったりするかも! やべぇ!)と密かに思っているので母親に賛成だった。

 

 そして2023年2月6日。

 

 携帯から緊急EDF速報が流れた。

 どうやら遂に厚木市にも避難命令が発令されたようだ。

 これで工場だろうが病院の患者だろうが強制的に移動させられる。

 

 患者に関しては、EDFの救急救護車の最新設備を以て丁重に移動するそうだ。

 やがて街にEDFや自衛隊が訪れた。

 

 荷物を纏めていた安藤家も、スムーズに厚木市中央のバスターミナルで待機列に並んだ。

 およそ二時間ほどで全ての避難は完了するらしい。

 

 だが、携帯の情報には海岸線が未知の航空兵器に突破されただの、内陸で巨大生物が活発化し始めたなど恐ろしい速報が引っ切り無しに届く。

 

 その速報を受け取った皆が恐怖に震え、やがてそれは安藤少年にも浸透してきた。

 いやでもニュースで見て知っている。

 あの巨大生物に出会ったらどうなるか。

 酸で肉体を溶かされおぞましい死体になるか、頭や腹を生きたまま喰われるか。

 そんな恐ろしい死が目前に迫っているのを感じ取り、安藤少年は初めてコンバットフレームどころではないと悟った。

 

 死が近づく。

 辺り一帯の無線・通信が全て死に絶え、EDFや自衛隊は混乱し、待機列もパニック寸前になる。

 

 同時に、救いも近づく。

 遅々ながら列が進み、もう少しで乗れるかと言う所だった――だったのに、死が追い付いた。 

  

 最初に気付いたのは振動だ。

 こんな時に地震か? そう思った瞬間に遠くの地面が爆ぜ、そこから巨大生物が顔を出した。

 

 そこから先は、安藤少年もよく覚えていない。

 あっという間に街中は阿鼻叫喚の様相を示し、気が付けば至る所で爆発や火の手が上がった。

 炎の中に見えたのは、背の高いロボットのような兵器だったが、ニクスよりは全然格好悪い。

 

 そんな事を一瞬考えているうちに、母親が食われた。

 頭が真っ白になり、ひたすら母を呼ぶ安藤少年を凶刃から救ったのは、彼が心から愛したニクスだった。

 

 目の前で動くニクスに一瞬思考が停止する。

 だがもっと見て居たい以上に、生命の危険を感じ、走り出す為に振り返ると、父親が糸に絡め取られていた。

 聞いた事がある、巨大生物には蟻型と蜘蛛型が居るらしい。

 糸を出す蜘蛛型に父親をさらわれ、直後にEDF兵士がその蜘蛛型を撃破する。

 

 だが……父親はもう手遅れだった。

 なぜ、なぜもっと早く来れないのか。

 なぜほんの一瞬間に合わないのか。

 EDFに対する見当違いな怒りを目の前の兵士にぶつけたが、彼は答えない。

 

 その一瞬が空白を生んでしまったのか。

 どこからか発生した爆風で、訳も分からず安藤少年は吹き飛ばされる。

 

 EDFの兵士は? 妹は?

 辺りを見渡すが、そんな間も無く巨大生物が現れた。

 

 死にたくない、その一心で逃げ回る。

 その途中の記憶は殆どないが、何度かEDF兵士に助けられたはずだ。一人で逃げられる訳がないと少年は後になって思う。

 ただ、何もかも訳が分からなくて、頭が真っ白で、両親の死に顔が目から離れなくて、何も考えずひたすら走っていた。

 

 そうして安藤少年は、奇跡的にある場所へたどり着く。

 それは、EDFが設置した簡易補給所――だったもの。

 

 見る影もなく蹂躙されつくしたそこには――運命か、車輛で運ばれた一機のニクスが手つかずのまま眠っていた。

 付近のEDF兵士は既に殺されつくしていて、ニクスに乗る事すら叶わなかったのだろう。

 

「はは……、なんで、今なんだよ……」

 

 憧れの中の憧れだったニクスが、目の前にある。

 普通なら手放しで喜ぶところだが、涙の止まらない少年の表情はそれどころではない。

 

 背後には巨大生物や、未知の兵器。

 迷っている時間はない。

 

 目の前のニクスは、まるで自分の為に用意されたかのように、そのコクピットを開放していた。

 安藤少年は、穴が開く程読んだ教本の知識を一字一句思い出し――いや思い出すまでもない。

 本能に近い動きでスルスルと操縦席に座りそして――初めてとは思えない滑らかな動きで、周囲の巨大生物を一掃した。

 

 荒い息を吐き、涙で顔を汚しながら、やってやった、やってやった……とつぶやく安藤少年の元に、更なる軍勢が姿を現す。

 

「なんだよ……来るなよ……、殺す、殺す殺す、殺してやる!!」

 恐怖と怒りで目の前が真っ白になり、本能で操縦し、ひたすら巨大生物を屠っていく。

 通信は聞こえない、敵味方識別装置や照準アシストなどは面倒なので知らないうちにオフにしていた。

 

 そのまま暫く暴れまわったが、気が付くといつの間にか操縦席が開けられ目の前にEDFの兵士がいた。

 

「キミ、そこのキミ~! お~い! 聞こえてるか~い」

 

 何が起こったのか分からなかった。

 さっきまで確かに戦っていた筈なのに。

 少し意識すると、安藤少年のニクスは転倒し、ビルに打ち付けられている形になっているのが分かった。

 そこを、目の前の兵士が操縦席まで登ってみていた。

 

「あれ……俺……」

「やあ。僕はエアレイダーの保坂誠也。キミ、見たところとてもEDF兵士には見えないんだけど、めちゃくちゃ操縦上手かったね。とりあえず失礼するよ。よっと」

 

 とても簡単な自己紹介を済ませると、保坂と名乗ったEDF兵士は狭い操縦席の中構わず乗り込んできた。

 

「いって! あんた何すんだよ! 何がEDFだよ! 何でこの町がこんな事になるんだよ! 何でまもってくれなかったんだよ! なんで、なんで……もう嫌だ! 降ろしてくれ! もうたくさんなんだよ!!」

 

 安藤少年は、自分でも訳の分からない感情が奔流となって押し寄せ、自分でも制御できなくなっていた。

 

「まぁまぁまぁまぁ落ち着いてって! とりあえずハッチ閉じるから……えーっと、ここかな?」

「違ぇよここだよ!!」

 適当に弄ろうとする保坂に見かねて、泣き顔で怒鳴りながら正確にハッチを閉じる、閉じてしまった。

 

「おっとありがとう。しかしさすがだねぇ。じゃあ僕の指示する所までちょっと運んでもらっていいかな?」

「ふざけるな! なんでだよ! あんたEDFなんだろ!? あんたが操縦してくれよ!」

 

「いや、僕はエアレイダー……って言ってもよく知らないだろうけど、とりあえず間違いなくキミよりは操縦できないんだ。それに、僕らが力不足だったのは認めるけど、キミもこの町を奪った奴らに、一矢報いたくないかい?」

 

 優しい口調で、悔し気な、そして真剣な表情で語りかけてくる。

 尤もそれは、保坂的には安藤を”その気”にさせる薄っぺらな演技でしかなかったのだが。

 

 保坂は、恐ろしい機動で暴れまくり、外部スピーカーで「殺してやる! 殺してやる! うおおおぉぉぉぉぉ!!」と叫び暴れまくるニクスを見て、「識別も無線も反応無いし誰が乗ってるんだろう、そしてあわよくば僕を味方の居る場所まで送ってはくれないだろうか」と考えただけの事だった。

 

 そう、保坂的には、先程のバーサーカーのような状態でも構わないから、何とか敵を蹴散らしつつ指示する所へ向かってほしいと思ったのだ。

 

「この町を奪った……あいつらが……」

「そうそう。君の好きだったものを思い出してごらん。それを奪ったのがあいつらだ。だから、君にも復讐する権利がある。何より、まだ救える命だって君が救えるかもしれない。さあ、まずは市役所に――」

 

「――好きだったもの……?」

 保坂の上っ面の言葉を真に受け、安藤は雷に打たれたような衝撃を受ける。

 

「そうだ、そうだよ……父さん、母さん、桂里奈……オレやったんだ……ついにやったんだよ!! ニクス……コンバットフレーム!! こんなに、こんなに動かせる!! 無駄じゃなかったんだ!! やった、やったぜ! ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「え、ちょ、キミうわああぁぁぁぁ!!」

 ニクスは途端に先程のような変態機動を取り戻し、不安定な体制の保坂はいろんなところを打ち付ける。

 

「ちょ、キミ、もうちょっと優しく……」

「ぎゃはははははは! そうだ、これがニクス……! 凄い、感動だ! これだ、これだったんだよぉぉぉ!!」

 しかし、その表情はとても歓喜に満ち溢れたものではなかった。

 歯を食いしばり、怒りとそれに抗う笑顔を張り付けて、どう表現したらいいのか分からない表情でニクスを操縦する。

 

 安藤少年は逃げていた。

 母の酸で溶けかけた顔を、父の糸に絡め取られた亡骸を、間に合わない、街を護れないEDFを、最後に手を伸ばした妹の必死の顔を、それを考えると恐怖と悲しみに溺れてしまうから。

 

 夢だった。確かに夢だった。それが叶った。

 今はそれでいいんだ、それだけを見てればいいんだ。

 何も悲しい事なんてないんだ。

 だから、笑っていればいいんだ。

 

 そう思いこむことで、今までのハイテンションな自分を演じる事で、安藤少年は自分自身という人格を護ったのだ。

 

 その後、他の部隊と合流したり、馬鹿みたいにデカい四足の巨大兵器に攻撃したり、色々あったけれど、笑顔の仮面を張ることに夢中だった安藤少年は殆ど何も覚えていなかった。

 

 ただ、戦闘が集結し、耐えられなくなって操縦席から倒れるように抜け出し、頭の中がグルグル回るような感覚を覚えながら、精一杯吐いた。

 

 単純な酔いもあるだろうが、きっと精神的なものが大きい。

 感情と仮面の乖離が引き起こした弊害だ。

 

 腹の中身を全部ぶちまけた後は、手の震えが止まらなくなって、涙が溢れて、吐しゃ物だけ避けるようにしてそのまま倒れた。

 

「うぅ……ちくしょう……ちくしょう……」

 

 何に対しての言葉か分からないままひたすらに悔しさを述べていると、気付けば背中をさすられている事に気が付いた。

 

「うん。よく頑張ったね。もうおやすみ」

 保坂の声が、とてもやさしく聞こえ、そうして安藤少年は意識を失った。

 

 少年が正気を取り戻し、正式にEDF兵士となってニクスで駆け回るのは、もう少し先の話になる。

 

 

――2023年3月21日 滋賀県大津市 琵琶湖沿岸 EDF第109海軍基地――

 

 

 夕日の写った琵琶湖を眺めて黄昏る、一人の軍人がいた。

 軍港の整備された手摺に体を預け、着崩した陸軍の戦闘服は歴戦の様相だ。

 本人も負傷しているのか、各所に包帯や、もしくは消えない傷跡が残っている。

 

 そうして紫煙を吐き出す男の隣に、対照的と思える高級徽章を幾つも付けた軍服の男が近づき、同じように煙草に火を点けた。

 

「……酷い有様だな」

「そうでもない。両手両足が無くたって戦う奴はいるさ」

 

 皮肉にも聞こえるが、それが挨拶になったようで、二人の表情は少し和らぐ。

 

「しかし、こんなところで貴方と出会うとは。榊少将」

「なに、旧臨時政府に用があってな。今は既にもぬけの殻だが、色々と使える資料がある」

 

 軍服の男の名は榊玄一少将。

 EDF極東方面第11軍司令官にして、旧極東本部基地司令官だった男だ。

 日本政府がマザーシップの一撃で消滅し、京都臨時政府が日本を放棄し、マレーシアに亡命政権を樹立している現状では、日本の明日は彼の双肩に委ねられていると言っても過言ではない。

 

 見ると、軍港にはひと際大きな戦艦が鎮座している。

 EDF太平洋艦隊旗艦”リヴァイアサン”。

 琵琶湖運河を通って寄港したのだろう。

 

 ――琵琶湖運河。

 琵琶湖を中心に、大阪湾・伊勢湾(太平洋)・敦賀湾(日本海)を運河で繋ぐという一大プロジェクト。

 1960年代に発案され工事が始まったが、70年代に入りオイルショックから始まる不景気、鉄道や飛行機の発達による輸送費の低コスト化などから経済効果が疑問視され中止。

 しかし90年代に入り、フォーリナー来襲の危機からEDFが発足し、フォーリナーの陸上侵攻から国土防衛の名目を得て、建設中だった琵琶湖運河計画がEDF主導の元再開し、2009年に完成した。

 

 当初からEDFが建造予定だった主力戦艦”リヴァイアサン級”の通行を目安に作られていたため、その目的は無事果たされたという事だ。

 

「君こそこんな場所で黄昏ているとは珍しいな岩淵大尉。前線が恋しいか?」

 

 そしてもう一人の軍人は、岩淵伍郎大尉。

 EDF第106機械化歩兵連隊第一中隊”グリムリーパー”の指揮官。

 親し気な様子だが、単に昔作戦を共にした事があるという程度の仲だ。

 

「ふん。ここに送った張本人が良く言う。が、感謝はしておこう。たった二日だろうと休暇は必要だ。正直壊れかけていた」

 彼の部隊はここ一か月近く、殆ど休むことなく最前線に張り付きっぱなしだった。

 それも、激戦区の殿や撤退までの時間を稼ぐ囮、遊撃部隊という最も過酷な任務でだ。

 彼の部隊は12人だが、戦死や重傷で今や半数の6人にまで減っていた。

 

 それでも彼は頑として休暇を拒んだが、それを怒鳴りつけて後方に送ったのが榊本人だ。

 

「……俺を、無茶な戦いで部下を殺した無能だと思うか?」

「岩淵……」

 

 岩淵は、ため息と一緒に紫煙を大きく吐き出した。

 

「いや、すまん。柄にも無い事を聞いた。忘れてくれ」

 岩淵は直前の言葉をかき消すように首を横に振った。

 

「君を無能なんて言う奴はEDFにはいないさ。ただ……死に場所欲しさに自分を追い込むのはやめろ」

 岩淵の言葉を無視し、榊はまっすぐ彼を見てそう言った。

 

「……それは、無理だな。今や、これが俺の生き方だ。だが俺も、そして部下も無意味に死なせるつもりなどない」

 

 岩淵は榊と目を合わせ、そしてバツが悪そうに再び水面に目を向けて話す。

 だが、その視線は水面などではなく、過去の己へと向けていた。

 五年前、ディラッカ事変にて多くの部下を失ったあの日。

 彼は壊れかけの心を己が死に場所を求む事で繋ぎ合わせたのだ。

 

「分かっている。それを改めろとは言わん。……そんなことを言う資格は、私にはない。だが、だからこそ長く生きろ。この戦争……君の命が必要になる局面は必ず来る。その時私は、君に死ねと命じねばなるまい。勝手に死なれては困る」

 

「では、その時が来るのを楽しみに待つとしよう。ところで……名古屋は、どうなった?」

 名古屋は激戦区だった。

 京都に至るまでの第三防衛線の中核として防備を固められていたが、レイドシップの急激な進撃に計画は遅れ、多数の国民が犠牲となった。

 岩淵もその戦闘から退却したところだった。

 

 

「……陥落した」

「そうか」

 岩淵は短く返す。

 予想はしていた。

 岩淵が退却した時点で戦線は崩れかけていた。

  

「悔しいか?」

「いや。たとえ俺達が居たとして、大きな結果は変わらんさ。それが貴方の判断なら、あそこは俺達の死に場所ではなかったという事だ。しかしそうなると……次はここが、そして京都が戦場になるな」

 名古屋から京都までは目立った戦力が無い。

 一応琵琶湖に太平洋艦隊を一部駐留させ、琵琶湖沿岸を通るだろう巨大生物群を砲撃する作戦はあるが、レイドシップの行動によっては砲撃が阻まれ、効果は期待できない。

 

「やるしかない。幸い京都はほぼ全ての民間人の避難が完了している。ここに進撃してくる全ての敵を誘導し、叩き潰す」

「……それが、次の作戦か」

 岩淵は、次なる死地に決意を固めた。

 

「まだ詳細を煮詰めねばならんが、その予定だ。ただでさえ歩行要塞エレフォートや雷獣エルギヌスが後に控えている。通常戦力に押し込められる状況は終わりにしなければ」

 

 歩行要塞エレフォートは、見た目こそ白銀の装甲を纏ってはいるが砲台の破壊に成功したことから、装甲を貫通する事は可能と考えられており、戦艦の一斉砲撃で撃破するという方針に固まっている。

 今のところ中部地方の山々に脚を取られ侵攻は遅くなっているが、逆に言うと海岸に誘導して海軍の砲撃で撃滅する計画が上手く行っていない。

 

 太平洋艦隊の大部分は、歩行要塞を仕留める為、伊勢湾付近に待機している。

 名古屋防衛戦では、通常のフォーリナーに加え、歩行要塞を同時に誘引し、まとめて戦艦の砲撃で徹底的に面制圧を行い歩行要塞を撃破または打撃を与えたのち歩兵戦力の投入を行い、ダロガの残党を撃破した後、航空戦力を投入するという計画が練られたのだが、

 歩行要塞の侵攻が遅れたのと、避難が間に合わずフォーリナー群の進撃が早かった事から戦艦群の全力砲撃が行えず(誤爆の危険や残弾確保の為)陥落の憂き目にあってしまった。

 

 一方エルギヌスは栃木県に入り、インセクトハイヴの北側で防衛線を張っていたEDF部隊に雷撃で大打撃を与えていた。

 エルギヌスにも徹底的な砲爆撃が加えられているが、外皮が途轍もなく厚いのか、どんな攻撃にも怯む様子が無い事から、歩行要塞以上に厄介な存在となっている。 

 

「本当に、やれると思っているのか?」

「やれる。いややるしかない。それが我々日本人の、唯一生き残る道ならば」

「……? なるほど。やはり、何か裏があるな」

 榊の言い方に、何か含みを感じた岩淵が察する。

 それほどまでに、国際社会で孤立してまで日本で奮戦するのは分が悪すぎる。

 

「察しが良いな。既に国土が滅んだ国がいくつあるか知っているか?」

「知らん。が、大きいのはイギリスやベラルーシ辺りだろう」

 ベラルーシや東欧の国々は、ロシア軍が行ったモスクワ核攻撃の煽りを喰らってかなり酷い状態と聞く。

 イギリスは同じ島国として、その凄惨な最期に思う所があった。

 EDF欧州方面軍が突如全軍撤退し、残るイギリス軍は対フォーリナー装備の無いまま戦い、そして無残にも国民の大半を失った。

 

「その二か国とも……特にイギリスには、まだ余力があった。だがEDF欧州方面軍が撤退し、地獄の戦場となって滅んだ。なぜ欧州方面軍はイギリスから早々に撤退したのか。それは不利になったからだ。首都が滅び、市民を逃がすためEDFが、そしてイギリス軍が盾となり身を削る状況を、EDF総司令部は……いや、総司令官グレンソン大将は”不利な状況”としか判断しなかった。そのおかげでイギリスに駐屯していた欧州方面軍は戦力を大きく残したままフランスで戦っている。が、どこかで戦線が崩壊し、国民が足枷になった時、再び撤退し、その後方の国で防備を固めるだろう」

 

 確かに理には適っている。

 小を切り捨て大を守り抜くのは軍隊としては当然の選択だ。

 それを人類全体の視点で行っているだけだ。

 そうすれば犠牲を最小限にとどめたままEDFは戦力を残して次の戦いに備えられる。

 

 しかもその戦力は滅んだ国で戦いのノウハウを手に入れている。

 敵の情報を知っているのは、新天地での戦いで大いに役立つだろう。

 

「だが! そうやって切り捨てられた国の国民や、残されたEDFの兵士はそれで浮かばれるか!? まだ守れる、まだ戦える筈なのにそれを手放し、故国と国民を見捨てて戦う事に我慢できるか!? 私は出来ない。だから、日本と言う国にしがみ付いた。今だ戦える力を残したまま、この国を離れる事に我慢ならなかった。私は、EDF極東方面第11軍司令官だが、その前に一人の日本人なのだ」

 

 静かに、しかし熱く語る榊を横目に、岩淵は納得いったという顔をした。

 

「ふん、国を護る為に、世界に逆らうか……。スケールの大きな話だ。どちらが正しいのか俺には判断出来ん、が……少なくとも貴方は信頼できる」

「……そうか。なら、それで十分だ。日本を、共に護ってくれ」

 それだけ言い残し、榊少将はリヴァイアサンに帰っていった。

 

「日本を護る、か……」

 岩淵は煙草の煙と共に吐き出した。

 

 最後の臨時政府公式発表では、戦争前一億七千万人だった総人口は、5000万人近くにまで減少した。

 およそ半数。

 そのうちの4800万人近くが戦争で犠牲となった人々であり、残る約七千万人は海外へ退去した。

 

 在日外人や海外に家族が居るものは全て退去し、芸能や娯楽など戦争に関わりのない職業の人間もほぼ全て避難した。

 政府関係者や政治家も一部を除く殆どが亡命政府の立ち上げに奔走する為海外へ赴いた。

 

 

 そうして間引かれて最後にこの地に残ったのは、必然的に絶望に立ち向かう強い意志を持つ者だけとなった。

 

 手段は様々だ。

 地球を、日本を、愛する者を護る為EDFの扉を叩く者。

 EDF活動の為の装備を作り、軍に力を与える者。

 どんな状況でも欠かせない衣食住を提供する者。

 人々の希望を育むため、無償に近い環境で音や笑顔や安らぎを届ける者。

 そして、その人々の努力と奮戦の生き様を日本に、そして世界に伝え、我々は孤独ではないと勇気づける者。

 

 それぞれが死力を振り絞り、全身全霊を懸ける日本の戦いが、幕を開ける。

  




ふぅー。


琵琶湖運河の設定は史実のボツ計画とそれを元にしたマブラヴオルタの設定から引用しています。

安藤少年の話……なんかちょっと保坂少佐との出会い書くだけだったのに気づいたらこんな事に……。
やっぱ人の半生を描くってそれなりの分量が必要みたいですね。
ただのニクス馬鹿の筈だったのにちょっと重い感じに……。

最初からこうする気だったら前の話に逃げ惑う安藤一家の話とか助けるEDF兵士とかちょっと伏線っぽいの出すのにさぁ、突発的に考えてしまうんですよ。

まあ過去を編集するより未来へ向かおうと思います。
次回からは、お待ちかね?の第三章です!

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