――2023年 3月30日 21:15 旗艦リヴァイアサン 艦内部CIC――
「重戦車タイタン、砲撃を開始! すごい……敵陸戦兵器群を次々と殲滅していきます」
「周囲の戦闘部隊、巨大生物迎撃に専念。タイタンを中心に、前線を押し返しています」
報告を続ける柊中尉達オペレーター要員の声色は、危機的状況を抜け出して落ち着いた声に戻っていた。
「ダロガやヘクトル、陸戦兵器群の負担が少なくなったことで、巨大生物戦に注力出来ているおかげか。なんとか、狙い通りの流れに持っていくことが出来たようだな」
今だ予断を許さないが、想定通りに戻せたおかげで、少し安堵する榊中将。
「くく……、これをタイタン製造に散々反対してた連中に見せてやりたいねぇ。おっと、ありゃあ戦前だったか」
偵察と観測を任務とするスカウト小隊の映像を見ながら、秋元准将が顔をにやけさせる。
タイタンはガプス・ダイナミクス社製ではあったが、EDFが設計を委任していたので予算の多くをEDFが負担していた。
その為、予算を自分のものにしたい勢力から多く反対意見を貰っていたものだ。
曰く、”時代に逆行している”だの”列車砲を作った方がマシ”だの”その予算で戦艦を増やすべき”だの”無用の長物でしかない”だの。
ただ、フォーリナー襲撃前であったことを考えればむしろまともな意見とも言えたが。
おかげで計画は進まず、ドイツ本国で匙を投げられ、紆余曲折あって中途半端な状態で日本に押し付けられたが、それが功を成した。
フォーリナー襲撃時は未完成だった外装を、フォーリナーに合わせ対光学と対強酸の新素材、更に本来搭載予定だった複合装甲も取り付けてより大型化した状態での完成となった。
おかげでその他の計画は遅れ、予算は倍になったが、その時には日本侵攻は始まっていたので四の五の言ってられず、何より日本政府が海外へ高飛びし、EDF極東本部が頭にすげ変わった事により莫大な予算の投入が行われたのだ。
「電磁投射砲や原子光線砲の開発を犠牲にした甲斐があったと思いたいな。とはいえ、油断はするな。特に地中侵攻は警戒しろ。今まで何度も痛い目に遭ってきたからな」
「はい! 戦闘の最中、工兵部隊が振動検知器を戦場のあらゆる箇所に埋め込んでいます。位置が悪く何度か見落としがありましたが……大小六割以上の地中侵攻を事前に発見できています」
「不十分だ。なにより直前に分かっても心の準備くらいしか出来ないことが多い。開発部に更なる要求をする必要があるな……」
直前に分かった所で、戦闘中の部隊移動は困難だ。
無理な移動は無用な隙を晒す事にもつながる。
尤も、現状ではそれでも、地中侵攻の直撃を喰らうよりマシではあるが。
その後、京都南ICでの戦闘は、タイタンの登場により優勢に推移していた。
負傷兵や作戦初期から戦闘に参加していた部隊は順次、後方陣地として機能する第402火力演習場へ後退し、入れ替わるように無傷の戦闘部隊が京都へ向かった。
そして三時間後。
敵総戦力の七割近くを撃破した頃に、それは起こった。
「あれ……? コレ、なんだろ……」
戦略情報部の(現環境では南極司令部から切り離され、ほぼ情報閲覧権限はない)アドリアーネ・ルアルディ中尉が敵出現パターンの分析を行っている時、なにか声を上げた。
「どうしたんだ? 何か分かったのか?」
極東本部出身の分析要員、高畑大尉が声をかける。
「い、いえ。なんか妙なメールが……」
「メール? 後にしろ。それよりこれを見てくれ。三日前名古屋で妙に大きな振動を拾ってる。歩行要塞の足音だと思うんだが……――いや待て。メールだって? それは極東本部の管理者ネットワークだぞ? こんな時期に一体誰が……」
「そうですよ、変なんです! 差出人も……なにこれ、暗号……? 開いてみます」
「おいおい、ウイルスじゃないだろうな? 本部のサーバー内に広がたらシャレにならないぞ!?」
高畑大尉の忠告も無視して、ルアルディ中尉はメールを開く。
「これは、やっぱり暗号……いや、違う? なんだこれ……」
画面を見つめて、ルアルディ中尉は固まってしまった。
画面には、常人には理解できない英数字の羅列が一面に広がっていた。
「おいどうしたんだこんな時に! こっちも忙しいんだぞ!?」
「……解けない? いや、これ、解く方法が無い……。見せかけの暗号……。まさか、少佐が? 解かせる気が無い、となると、このメール自体が……ってことは、他に何か……」
ルアルディ中尉は、キーボードを物凄い速度で叩きながらひとりでぶつぶつと唱え始める。
「ったくもう! 秋元准将! 三日前の名古屋でちょっと気になる波形を見つけたんですが、ルアルディ中尉がこの通りで……」
高畑大尉は、完全に自分の世界に入ってしまったルアルディ中尉に困り、秋元准将に助け船を求めた。
「んん? どうしたルアルディ中尉。何か気になる事でもあったか?」
「ちょっと待ってください……。えぇと、秋元准将、南極総司令部の指揮から外された時、ネットワークから外れてアクセス出来ない情報ってありましたよね? それってどんなのがあります? 絶対に無効経由でしか分からないものとか、何か危険なものってないですか!?」
彼ら極東方面軍は日本国放棄・核集中運用による敵殲滅の命令を再三に渡り拒否した為、EDF全軍から反逆軍に近い扱いを受けている。
南極司令部の決定に従い、戦力の派遣・補給を含めた経済制裁や、ネットワークからも切り離し一切の情報封鎖を行った。
この上で、本来なら抗命・独断を行った極東本部上級軍人を拘束し、軍法会議に掛ける必要があり、抵抗する場合武力制圧もあり得る話だが、全人類が知っての通りEDFはそれをする余裕がない状態なので見逃されている。
「あぁン? なんだ急に……。止められた情報ならいろいろあるぜ? フォーリナーの新種、新型の情報とか各国の戦局。まあこれはコッチでも独自に情報収集して色々掴んでるぜ。北米方面軍が新型砲弾で歩行要塞を撃破するって話が上がってるらしいが、コッチにその新型砲弾とやらを渡す気は無いそうだ、とかな。国外から国内に上陸する危険のある船団や敵軍も、総司令部から海外の情報は絶たれたが、哨戒艇が常に警戒してるから心配いらねぇ。たまに”はぐれ”のレイドシップやガンシップが見つかるが、今のところ全て海上で撃破している。後は宇宙だな。南極総司令部所有の監視衛星からの情報は軒並みアクセスできねぇ。まあウチらも独自で衛星何個か持ってるから、ソイツで情報は得られるが――待て。お前一体何の話してやがる?」
話しているうちにはっきりと分からないが不穏な何かを感じ、秋元准将は顔のしわを一掃深くする。
「私のパソコンに正体不明のメールが届いたんです。内容はこれ、出鱈目な暗号でできています。出鱈目って言っても素人が出来るようなものじゃなく、頑張れば解けるように見せかけて絶対解けないようになってます。ここからは推測ですが、多分リーヴス少佐が、わたしに何か気付かせようとして送ったんだと思います。そんなことをする理由は、総司令部の眼を盗んでこっちに何かを伝えたいから。だから、南極総司令部だけが知っていて、わたし達が知らない緊急の要件が何かあるはずなんです!」
ルアルディ中尉は、あの謎のメールから短時間でそこまで読んだ。
それは彼女の頭の良さだけでなく、リーヴス少佐の人柄まで読んで至った結論だ。
「まさか――おい!! 監視衛星、最後にマザーシップを確認したのは何時だ!?」
彼女の話を聞いて血相を変えた秋元准将は、怒鳴るように衛星監視を担当するオペレーターに聞く。
「ろ、6時間前ですっ! 以降は我々所有の衛星監視網から外れたため観測不能!」
「馬鹿野郎ッ! なんでそれをもっと早く言わねぇ!! クソっ、リーヴス少佐が伝えたかったってのはマザーシップに関係する事か? だが、それが分かった所で何だってんだクソ! おい、それ本当に解読出来ねぇのか!? そこに伝えたかった文章が書いてあるんじゃねぇのか?」
「いえ、これは絶対に解けないようになってます。以前少佐とそんな話をしたことあるので間違いありません。それより、問題がマザーシップなら、居場所を調べるのは何とかなるかもしれません」
「どういうことだ?」
「戦略情報部のネットワークに侵入してハッキングします! 一時的にですが向こうのデータリンクと接続して情報閲覧権限を得ます! 高度なセキュリティですが、わたしなら10分で行けます! 許可を!」
「
南極総司令部にとっては明確な敵対行為……だが、秋元准将は”責任は取る”と言ってのけた。
「もちろんです! 少佐に誓って、そんな凡ミスしませんよ!」
「よし、そっちは頼む! 柊! 日本近海の哨戒艇と連絡を取れ! マザーシップないし、大気圏外から何らかの脅威が襲う可能性あり、警戒を厳とせよ、だ! 何一つ確証なんてねぇが、どうにも嫌な予感がしてならねぇ!」
「了解! 各哨戒艇に緊急連絡を取ります!」
旧極東本部オペレーターの一人、柊中尉は連絡を取るだけでなく、把握している全ての哨戒艇を戦略マップに同期し、それぞれの偵察範囲をリアルタイムで表示する。
何か落下物を発見すればすぐにここにも知らされる仕組みだ。
「鹿島! 周囲の通信状況はどうだ?」
「はい! 現在の各部隊、日本各方面との無線状況はクリアです。異常、主にマサージップ大気圏内侵入の兆候はありません!」
原理は不明だが、マザーシップが大気圏に侵入するときは、同時に広域に通信障害が発生する。
致命的ではあるが、それがないという事は侵入する兆候はないという事でもある。
「そうか。一応、各戦略ミサイル基地、イージス艦隊に警戒を促しておけ。マザーシップやレイドアンカー迎撃の準備は常に整ってるだろ?」
「了解! 伝えます!」
対人類戦と違い、フォーリナー相手に諜報活動や偵察活動は殆ど意味をなさないので、動きを予測する事は不可能だ。
それゆえ、最大の脅威であるマザーシップやレイドアンカーに対しては、常に24時間体制で最大級の警戒を行っている。
仮にいつ飛んできても迎撃は可能だ(尤も、マザーシップに対しては現状どんな攻撃も効果が得られていないが)
とはいえ、事前に知っているのといないのでは迎撃精度に大きな差が出る。
そのための監視衛星だったのだが、今回は人類同士の不和が隙を作ってしまった。
「秋元准将! ハッキング完了しました! 南極司令部経由で全ての衛星情報が閲覧できます!」
ルアルディ中尉が成功を報告する。
時間にして約5分。
あり得ない速度だ。
「よくやった! しかしこんなに早く成功させちまうとは、リーヴス少佐があんたを褒め散らかすのが分かるってもんだ。さて、マザーシップだが……」
南極総司令部の情報管理ネットワークは、人類最高峰のセキュリティの一つだ。
プログラムに疎い秋元准将ですら尋常でない事は感じ取ったが、それを褒め称える時間はない。
監視衛星の映像、データを、中央サブスクリーンに表示する。
「ちっ! なんてこった!! 今まさにレイドアンカーを投下してやがる! しかもこの軌道はまさしく日本直撃コースじゃねぇか!! 鹿島ッ!! 通常の手順を踏んでる暇ァねぇ!! 極東本部副司令権限でレイドアンカー迎撃を命令する! すぐ準備にかかれ!」
通常はレイドアンカーやマザーシップが通過した場合、監視衛星が極東本部を経由せず直接迎撃部隊に信号を送り、速度や予測軌道を自動で計算して同期し、本部の命令を待たず迎撃を行う。
だが衛星からの情報が十分に来ない以上、自力で行うしかない。
「了解ッ!」
「副司令!? なにがあった!?」
遅れて、通常部隊の指揮を執っていた榊中将が反応する。
「詳しいいきさつは省きますがレイドアンカーが大気圏外から落下中、落下位置は日本周辺です!」
「なんだと!? 落下軌道コースは!? 算出間に合うか!?」
「現在計算中です! 途中経過ですがモニターに表示します!」
中央モニターに現れたのは、戦場である京都を中心とし、様々な場所の100基以上の落下位置が表示されたマップだ。
「なんてこった、多すぎる!! すべては迎撃しきれねぇぞ!!」
「迎撃対象を大阪・神戸、それ以西の都市に絞り、京都を含むそれ以外は無視しろ! 対象を絞った軌道予測データを、マザーシップ迎撃の任務に充てていた砲兵・ミサイル・イージス艦隊すべてに送信! 後方都市に一発でも落ちたら我々の敗北だ! 必ず厳命させろ!!」
ここより後方に、現在即応できる戦力はない。
元々神戸や大阪に駐留していた戦力はほぼ全て京都防衛戦に投入されている。
残っているのは最低限の警備用戦力のみだ。
榊中将の本土防衛戦略により、現在京都以西の四個師団全てが東進し京都へ向かっているが、到底間に合う速度ではない。
もし大阪・神戸を含む後方都市に落下すれば、例え移動中の戦力がいち早く駆け付けたころには壊滅している。
故に、一発でも落下すれば全てが水泡に帰す。
それを防ぐため、榊中将は激戦地に落下するアンカーは見逃す判断を瞬時に下す。
「極東本部よりミサイル迎撃能力を有する全ての戦力へ! レイドアンカー落下総数、148基! うち大阪・神戸・姫路・岡山・高松に落下予測の89基全てのレイドアンカーを迎撃せよ! 地表到達まで残り7分! 失敗は許されない、繰り返す! 失敗は許されない! 持てる戦力の全てを使って絶対に死守せよ!!」
降り注ぐレイドアンカーに、日本近海を航行していたイージス艦のパトリオットミサイル、陸上ミサイル発射システムや、迎撃用に改装されたネグリング自走ロケット砲からのN5巡航ミサイル、ネプチューン級潜水艦からライオニックミサイルが放たれ、日本の上空で激しい爆発がいたるところで巻き起こる。
レイドアンカーの本体は、大気圏の突破にも耐える超硬度素材で構成されているが、上部の水晶部が脆いのは戦争初期から確認済みだ。
迎撃に成功しても、レイドアンカーの破片が降り注ぎ少なくない被害が出るが、最も悲惨なのは、激戦の最中である京都市内であった――。