――3月30日 23:50 第402火力演習場――
夜が更け、深夜となった第402火力演習場。
だが投光器がそこら中に光を与え、人の喧騒と兵器や車輛の騒音、それを上回る絶え間ない砲声に塗れたこの場所は、そんな時間を感じさせない。
演習場としての機能は後方支援陣地に早変わりし、ここには第二師団砲兵任務群、面制圧の”スレッジハンマー”と精密狙撃の”サジタリウス”などその他複数の砲兵旅団の砲兵陣地としての機能や、
負傷兵を治療する野戦病院、損耗した部隊の受け入れと前線に支援物資を送り続ける補給陣地としてそれぞれ大きな役割を担っていた。
「レグルスより限定支援砲撃要請! グリッドC33-7に
「すぐにやれ! 155mmの残弾は!? そろそろ倉庫の備蓄がなくなるんじゃないのか!?」
「そのくらい、大阪の極東工廠から持ってこれないんですか!? せっかく工場近いんですから!」
「馬鹿野郎! 確かに向こうにゃまだまだ砲弾もあるが、この先の戦いを考えると、もう限界なんだ! 司令部の野郎、敵の七割近くを撃破したとのたまってはいたが、歩兵共にとっちゃ支援砲撃の絶たれた戦場なんざ地獄以外の何物でもねぇだろうよ!」
面制圧での敵の漸減は最も人的損耗を起こさない。
だが散ってしまった敵に砲弾を撃ち続けるのは効率が悪いし、エアレイダーの誘導で正確に照準したとしても、ここでの砲弾の消耗はのちの戦いを厳しくさせることにつながる。
日本戦線は、最低でもこの後、四足歩行要塞エレフォート、雷獣エルギヌスを撃破し、京都から関東平野に続く西日本一帯を奪還し、佐渡島、そして東京のインセクトハイヴを攻略しなければならないのだ。
長期的にみて、ここに全てを
「おい! こんなところにコンテナを放置するな! 場所を開けろ! 負傷兵を載せたブルートが来るぞ!」
「ここは集積場として使うって伝えただろ! 向こうのヘリポートがあったはずだ!」
「そこは重傷者の搬送で埋まってる! 重傷者の処置はここじゃ無理だ。大阪の軍病院で処置する手はずだろ!」
「仕方ない、ヘリポートが空くまで上空で待機だ――いや……クソっ! あのヘリ被弾してるのか!? このままじゃ墜落するぞ! なんて状態でここまで来てやがる……!」
「対空砲、対空砲! ブルート付近に複数のガンシップ確認! 撃ち落とせ!」
「了ォ解! やらせるかよッ!!」
「コンテナをどかせろ! 場所を開けてやれ、早くしろ!!」
AN-11”アンモナイト”自走対空砲が35mm近接信管弾を空に放つと、四機のガンシップを撃墜。
フォークリフトで乱暴にどかされたヘリポートに、ほとんど墜落するかのような勢いでブルートが着陸した。
重傷者含め、中の乗員の命が失われていないのはさすがブルートと言ったところだ。
「エアレイダー、スピカだ! 牧野大尉、以下二名、意識不明の重傷! 軍病院への搬送を求む!」
「見せてみろ……、いや、この程度なら治癒剤の点滴投与で何とかなる。一時間もあれば動けるようになるはずだ! 3番倉庫が病室になっている。急いで連れていけ」
「り、了解!!」
「……しかし、門倉大尉に続けて牧野大尉も重傷ですか。本来ならば最低でも一日は安静にするべきでしょうに……」
「安全な支援砲撃と航空支援にエアレイダーは必須だ。それを欠いた戦場がどれほど恐ろしいかは、想像がつくさ」
門をくぐりアードウルフ高機動車に乗ってきたのは、第五エアレイダー小隊”スピカ”。
その前に、第四エアレイダー小隊”アルデバラン”も運ばれていたようで、前線ではエアレイダー二個小隊の欠員によって支援砲撃や航空支援の柔軟さが欠け始めていた。
「緊急要請、緊急要請! A13-7に補給コンテナ要請! 種別、フェンサーC種、コンバットフレームA種!」
「推進剤か! さっき送っただろ、まだ足りないのか!? 急いで打ち上げろ! 戦場のど真ん中だが、ガンシップは補給コンテナを襲わないのは確認済みだ!」
「タイタンの砲弾が足りない! 大阪工廠からの専用輸送車はまだ来ないのか!?」
「あと10分で次の便が来ます! この消耗率、大阪工廠の間近でなければどうなっていた事か!」
補給コンテナが、専用の射出装置で打ち出されていく。
打ち出されたコンテナは、簡易推進装置で戦場まで放物線を描くように飛翔し落下。
一定の高度になるとパラシュートを展開して戦場へ着陸する。
こうして戦場に武器弾薬燃料を放置できるのは、敵が人類でない故の戦術だ。
もちろん、敵の砲撃や巨大生物に食いつかれて破損・消失したり、要請した部隊が移動せざるを得なくなったり、そもそも全滅していたり。
無駄になるケースももちろんあるが、戦場の真ん中に補給線を伸ばしたり、いちいち部隊を下げて補給するよりははるかに安全で効率的な方法だ。
こうして戦場に潤沢な補給の供給が出来るのも、大阪工廠から直に補給便が送られてくるからである。
そんな夜中の慌ただしい陣地に、突如けたたましい警報が鳴る。
《第一級防空警報発令! 第一級防空警報発令!! 大気圏外から複数の落下物接近中! 各部隊は対空警戒を厳とせよ! 繰り返す――》
《――本部より全部隊に緊急通信!! 日本戦線全てにマザーシップからのレイドアンカーが降り注ぐ! 後方都市への迎撃に総力を尽くす為、前線への迎撃は行わない! よって戦場はレイドアンカーで埋め尽くされると予想する! 落下予測地点をデータリンクで共有し、各自に事態に対処せよ! 落下予測、最短で残り三分!!》
演習場内に響く自動音声と、榊司令官の通信はほぼ同時だった。
一瞬の静寂ののち、内容を理解した各員は、一斉に慌ただしく動き出す。
「物資をトラックに積み込め! ここを移動するぞ!」
「D棟は直撃コースだ! 中の負傷兵を連れ出せ! 急げ!!」
「砲兵は至急移動しろ! すぐ動かせない砲はそのままでいい! どうせ間に合わない!」
「タイタンの砲弾を確保しろ! 最優先だ! これだけは無駄に出来ない!!」
「ヘリを出せ! すぐこの場から離れろ! もう落ちてくるぞ! 急げぇぇーー!」
「自走砲! 装填したまま行け! アンカーの直撃を避けてもそのあとは巨大生物だ! 地獄になるぞ!!」
「急げ! 乗れ、乗れぇぇ! ――!! 塔が来るぞぉぉーー!!」
「間に合わない!! うわあぁぁぁぁーー!!」
――4月1日 0:00 B棟四階・急造野戦病院――
《第一級防空警報発令! 第一級防空警報発令!! 大気圏外から複数の落下物接近中! 各部隊は対空警戒を厳とせよ! 繰り返す――》
突如、けたたましい自動警報が煩く鳴り響き、私は跳ね起きた。
「な、なんだ!?」
私はホーク1、本條大尉と共に地中侵攻をした巨大生物、その後要請した面制圧砲撃から辛うじて脱出し、大林中尉達の乗るジャガー高機動車に拾われてから、後方陣地と化した第402火力演習場に後退し、短時間の治療を受けていた。
重傷レベルだった私と葛木、細海の三人がここで治療を受け、鈴城軍曹、荒瀬軍曹、馬場、千島の四人は一時的にレンジャー1の指揮下に入り戦闘を継続している。
おかしい……私の方が圧倒的に攻撃を回避している筈なのになぜこうなった……。
それはともかく、そんな中突如として警報が鳴り響く。
点滴を引きちぎり跳ね起きると、葛木、細海を含めた他の負傷兵たちも瞬時に行動する。
「レンジャー26指揮官の岡島大尉だ! 俺が一時的に指揮を執る! 異論は認めん! 脱出する、ついてこい!!」
「「サーイエッサー!!」」
岡島大尉とやらが、病室にいた17名の指揮を執った。
「葛木、細海! 岡島大尉の指揮下に入る! 行くぞ!」
「わかった!」
「イエッサー!」
状況が把握できないまま、急ぎ一回の武器庫まで走る。
万が一のために拳銃だけは手元にあったのがせめてもの救いか。
だが今は先ほどまで点滴を受けていたこともあって生身だ。
着用していたアーマースーツは、損傷が激しかったこともあり既に破棄されている。
「大尉! 何があったんですか!? 上空から落下物って!?」
未だひっきりなしに鳴る警報や喧騒に混じって岡島大尉の部下らしき兵士が尋ねる。
「分からん! だが考えられるのはレイドアンカーくらいだろう! 警報が鳴ったという事は衛星網に引っかかったのか? 無線が無いので分からんが、少なくとも10分は余裕があるはず――」
無線はアーマースーツのヘルメットに内臓されている為生身の我々は状況が分からない。
とにかく廊下を出て階段を下ると、武装したレンジャーが慌てて走ってきた。
「――いや、アンカーはあと三分、いや二分弱で落下する! 時間がないぞ! アーマーは諦めろ!!」
「何!? いや、だとしても生身は危険すぎる! アンカーが降ってくるなら猶更だ、巨大生物との乱戦になるだろう!?」
「分かってるッ! だがデータリンクによると、この付近にも複数のアンカーが落下する! 衝撃波だけでお陀仏だぞ!?」
「賭けになるが! 何もしないよりマシだ! 総員脚を止めるな! もうすぐ――ッ!」
大勢の負傷兵に混ざり二階へ下り、一階のロビーを改造した武器庫までもうすぐ、下階へ踏み出した瞬間、建物全体が衝撃を伴って崩壊した。
私は轟音と共に上下左右あらゆる衝撃を受け、目を閉じ頭を守り、とにかく衝撃に耐える。
四肢を瓦礫に押しつぶされないように最低限の受け身を取り、崩壊から逃れる。
「う……く……、はっ。葛木と、細海は……!」
崩壊が終わり、砂煙立ち込める中、何とか立ち上がる。
全身が激痛でどこがどう悪いのか分らんが、四肢はなんとか動く。
「く、そ! なんという……!!」
巻き込まれた人間のほとんどが生身であったため、周囲には崩壊に巻き込まれて死者や瀕死で呻く人間で溢れていた。
完全に埋もれた人も多かっただろう。
「くっそ……、こんな、攻撃で……死ぬのか……!」
声が聞こえた。
「大丈夫か!? しっかりするのだッ!」
近場の無事そうな人に駆け寄って手を貸す。
「……ッ!」
が、見えないところで腹を抉られて、出血が酷すぎた。
「この傷は……!」
「……あんた……、無事、なのか……。コイツを持って、逃げろ……! 俺はもう……」
未使用の拳銃を渡される。
同時に、演習場の方に落下した塔が起動し、巨大生物が現れる。
「おいあんた! 無事なのか!? 負傷者は放っておけ! もう運び出す余裕がない! 走れるなら急いで向こうのヘリポートまで逃げろ!!」
アーマースーツを着た歩兵曹長が叫んで合図する。
もはや一刻の猶予もない。
そんな事は分かっている。
だが……!
「葛木!! 細海!! いないのか!? 生きてるなら返事をするのだ!! 頼む!!」
拳銃を私に託した名も知らぬ兵士をそっと地面に寝かせ、武装した兵士に続き一目散に駆け出す。
時刻は夜の零時。
アンカーの落下の衝撃で人工の明かりは消え失せ、代わりに火災とアンカーの上部水晶の紫色の発光があたりを不気味に照らす。
その程度では、倒れ呻く負傷者・死者の判別は出来ないし、している余裕がないのが非常にもどかしい。
背後では既に巨大生物が出現し、建造物の残骸や死骸、または負傷して動けなくなっている人間を喰らっていた。
「やめろ……やめろぉ!! ぐああああぁぁぁぁ!!」
「こっちに来るな! ちっくしょう……動けよこの足!! ぎゃああぁぁぁぁ!!」
「やめて……! 誰か助けて! 隊長! 隊長なんで動かないんですか!! ……いやああぁぁぁぁぁ!!」
「このクソッタレの下等生物が!! 俺を……俺を喰ってみろッ!! 絶対に、俺の部下たちが、貴様らを殲滅してこの地球から――ぎぃあああぁぁ!! 覚悟、し、ろ……」
拳銃のか弱い銃声と、それを上回る悲鳴や断末魔が、私の背後から響く。
その中には、先ほど指揮を執っていた岡島大尉の声もあった。
その一つひとつが、まるで私を責め立てるかのように胸に深く突き刺さる。
「振り返るなッ!! 俺たちに全ての負傷兵は救えない! 自分の命を優先しろ!!」
「くっ……!」
歯を食いしばる。
私は……正しいのか?
自力で逃げることも出来ない負傷者を傍目に己の命惜しさに駆ける事が!?
「まだ降ってくるぞ!! ちくしょう!!」
曹長の声で左横を見ると、上空からレイドアンカーが新たに姿を現し、第一演習エリアの方面に突き刺さる。
「ちいッ!」
「うおおお!?」
大気圏外から全長30m以上の大質量物体が突き刺さる。
その威力はそれだけで絶大で、付近の土砂は巻き上げられ、凄まじい衝撃波と地震の比ではない振動があたりを襲う。
私は何とか受け身を取って進むが、曹長は転倒を防ぎきれない。
「曹長!!」
「いいから走れ! 距離はあるが、すぐここにも巨大生物が来るぞ!! 危険だが正面の
曹長が指さした先には確かに落下したアンカーが遠くにあった。
その手前に物資集積場があるらしい。
そこを目指して走る。
その間にも遠方でアンカーが幾つか落下し、僅かに衝撃が走り、上空には赤熱したアンカー先端部の軌跡が見える。
闇夜をなぞるそれは、先入観なしでは綺麗に見えるかもしれないが、今の人類にとっては絶望的な光景だ。
「待て! 待ってくれッ!」
横たわる負傷兵の一人が、私の足首を掴む。
「足が……足が折れて動けないんだ!! 此処にいたら殺されちまう! 頼む! 連れてってくれよ!!」
両腕で私の足首を掴み、必死に懇願する。
彼の右足は……折れているというより潰れているといった方が正しい。
あらぬ方向に曲がった部分とその先は赤黒く変色している。
「おいお前何してる! やめろ! そいつは置いていけ! 背負っていく気か!?」
先導していた武装した曹長が怒鳴る。
が捨て置けず、無視して私は救助を決める。
「動かす! かなり痛いが待ってる暇はない! 行くぞ!」
「ありがとう……ぐあああぁぁぁぁッ! 痛ぇ、ちくしょう!!」
乱暴に彼の腕を引っ張り上げて肩を貸す。
力の通わなくなった脚が揺れるたびに激痛が彼を苛む。
「走るぞ! 気をしっかり持て!!」
「ああ! 分かった! 煩くて悪いが、頼むッ!」
そういうと彼は自分の腕を噛み、猿轡のようにして声を押し殺す。
殆ど引きずるような形だが、彼に配慮している余裕はなかった。
「ったくなんてお人好しだ……! 言っておくが俺はただの警備兵だ! 治癒剤は前線の奴らに一個でも多く渡すために持っていないからな!」
曹長の言葉通り、治癒剤どころか腰に差す最低限の装備すらない。
手に持つ武器も、今じゃ旧式となった
「前線に殆ど全ての戦力を投入しているとは聞きましたが……そこまでとは……!」
「ホントにな! おかげでココにいる戦力は碌なもんじゃない! 俺は倉庫にいたんだが、よりによって他に掴んだ武器がコイツときた! まったく、あの時の自分を殴ってやりたいぜ!」
曹長が腰につけていたのは、大型の手榴弾だった。
それはあまりに手榴弾というにはあまりに大きすぎ、片手で投擲するのはほぼ不可能なくらいだ。
「それは……HG-13A? 都市伝説の類かと思っていましたが!」
手榴弾”HG-13A”。
戦争の激化から火力と広範囲攻撃を追及するあまり、手榴弾としての運用が困難であるほどのサイズと重量になってしまった失敗作だ。
レンジャーはおろか、フェンサーのパワードスケルトンの運用を前提にしたのかというような重量だったが、フェンサーは両手に武器を持つことが基本とされている為装備するメリットにはなりえず、結局量産には至らなかったらしい。
あまりに本末転倒すぎる為、EDF歩兵部隊の間では真偽があやふやになっている武器のひとつだ。
「EDF開発部を舐めるなよ?
「苦労してきたようで……! それより、そんなに重いなら置いてきては?」
「馬鹿言うな! こんなんでも火力だけは頼りになる! どっかで使えるかもと思うと簡単に置いていけるか! もっとマシな何かがありゃあイイんだがな! まあ、補給用の物資と車輛だけは豊富だから、ありつければ何とかなる! 衝撃でバラバラになってなければな!」
それは裏を返せば、ここが壊滅する事は前線に多大な損害を出すという事だ。
猶予なく塔が直接降ってきた以上、物資の確保は絶望的だ。
そもそも、なぜこれ程猶予なくアンカーが降ってきたのか?
衛星レーダーに捉えた塔は自動補足されミサイル砲兵部隊によって迎撃されるはずだ。
それが間に合わない程大量に降ったとでもいうのか!?
我らの、日本防衛の要である大阪工廠は無事だろうか?
他の戦場は、京都南ICで戦う鈴城軍曹達は大丈夫だろうか?
葛木や細海は、私の背後にいて、とっくに通り過ぎてはいないだろうか?
瀬川少尉は、瀬川葵はちゃんと生きているだろうか?
――いや!
今は考え込んでいる場合ではない!!
そんな時、誰か助けを呼ぶ声が聞こえてきた。