――4月1日 0:10 急造野戦病院崩壊後 ――
「おおい! 誰か! 手を貸してくれ!!」
知らない声だ。
咄嗟に見ると、そこには瓦礫をどかそうとする兵士と、埋もれている生身の兵士――葛木がいた。
「葛木!? 葛木か!! 大丈夫か!?」
私は、足を負傷した陸戦兵を抱えたまま駆け出し、葛木を確認した。
腰から下が見事に瓦礫に挟まり、ほとんど身動きが取れない状態だ。
出血もしているようで、だいぶ負傷が酷い。
「仙崎さん!? よかった……無事なんですね? 僕は見ての通り挟まっちゃって……」
安堵したような笑顔を見せるが、その顔は憔悴しており、挟まった部分が負傷している事が分かった。
「お前、コイツの知り合いか? ちょうどいい、手を貸してくれ! 一人じゃ全然動かないんだ!」
「当然だ! すまんが下すぞ!」
「いいから気を遣うな! 早くしないとあっちの巨大生物が追い付くだろ!!」
乱暴に足を負傷した彼を下ろすと、動かした衝撃でまた悲鳴を上げる。
「探してたあんたの仲間か? ったくしょうがねぇ。俺も手を貸す! 三人いればなんとかなるだろ!」
「助かります!せーのっ!!」
行動を共にしていた曹長が追い付き、3人で瓦礫に力をいれる。
だが、それでも瓦礫は動かない。
「くそっ! 歩兵の力では無理か! せめてパワードスケルトンがあれば……!」
先に葛木を救助していた彼はフェンサーだったようで、パワードスケルトンを着用していない事を悔いる。
「ちょっとあんた達! な、何してるの! 巨大生物がすぐそこまで迫ってるのよ……って葛木!? 仙崎も!」
走ってやってきたのは細海だった。
「細海か! 探したのだぞ! その様子だと無事のようだな!」
「お互いね! でアンタはなにやってるの!」
細海が葛木の状況を尋ねる。
「挟まっちゃって出れないんだ! もうちょっと隙間があればでれそうなんだけど、全然動かなくて!」
「ツイてないわね! ちょっと! 男3人もいてなんとかならないの!?」
「やってるが! 駄目だ! この瓦礫は大きすぎる!」
「ああもう! 銃貸しなさいよ! 巨大生物が来てるわよ!!」
細海の言う通り、既に見えるところまで巨大生物が迫ってこちらを目指していた。
手が空かない我々に見かねて細海が曹長の銃を奪い取り、狙う。
「き、気付かれてるわ! 撃つわよ!」
「頼む! もう一度、力を入れるぞ! せーのッ!!」
三人で力を籠めると、瓦礫はほんの少しだけ浮き上がる。
「今だ!! 出れないか!? 葛木!!」
「うう……駄目です! 足が瓦礫に引っかかって……!」
葛木も渾身の力で抜け出そうとするが、出てこれない。
「早くして! 巨大生物が!!」
細海は瓦礫を盾にして射撃しているが、ついにここにも酸が飛んでくるようになった。
「くそ……もう一度だ! 諦めるな!!」
私は激を飛ばし、再度力を籠めるが、
「もう……大丈夫です。……細海さん。銃を貸して。僕がここで、敵を引き付けるよ」
葛木は、悟ったような顔で静かに言う。
「はぁ!? なに馬鹿言ってるの!? いいからさっさと出てきなさいよ!」
細海は一瞬だけ振り向き、変わらず巨大生物を撃ち続ける。
だが、旧式のAS-18では硬くなった巨大生物の甲殻を簡単には破れず、弾薬も残り少ない。
そして向かってくる巨大生物は徐々に増え、飛んでくる酸は周囲を溶かし始める。
生身の我々に当たるのは時間の問題だ。
……無理なのか。
葛木を救い出す術はないのか……!
あるいは、飛んでくる酸が葛木の瓦礫を溶かしてくれれば……!
「仙崎さん! ……行って! 僕、みんなを……、細海さんをここで死なせたくないからさ。だから、ここで、さよならです」
静かな声で、そう言って微笑む。
……ああ。
その声は、その眼差しは死を覚悟し終わったものだ。
そして、希望を後の者に託す希望の目だ。
そう、私には思えたのだ。
「……すまん。細海。銃を渡せ。行くぞ」
「嫌よ!! あんたこんな所で死ぬつもりなの!? いっつも臆病なくせして! そんな平気そうな顔してんじゃないわよ! まだ何も! あんたに返せてないのに! 勝手に死なせるわけ――うわぁぁぁぁ!!」
涙交じりの言葉の途中で、右腕に酸を喰らい絶叫を上げる。
強酸は生身の肉体を容赦なく溶かし、あっという間に肩から先がなくなってしまった。
「細海さん!! このぉぉぉ!!」
葛木は右腕と共に地面に落ちて転がったAS-18を掴み、細海を攻撃した巨大生物を撃つ。
牽制にしかならないが、細海への追撃を防ぐことには成功した。
「細海!! ……無茶しおって。……お二方、撤退、致しますッ……!」
同時に私は倒れる細海を受け止め、撤退を決意する。
「……ああ」
「致し方、なしか……ッ」
先導していた武装した曹長、最初に助けようとした少尉がそれぞれ、拳銃で牽制しつつ撤退を始める。
「……曹長さん。それ、貰っていいですか? 痛い思いは、あんまりしたくないですから」
「……好きに使え。すまんな」
「いえ」
葛木は、曹長からHG-13Aを受け取った。
同時に曹長は、私が置いた足を負傷した兵士を背負い、撤退する。
「葛木、さらばだ」
「じゃあね、仙崎さん。……細海さん。僕、人付き合いとか苦手だったけど。君とはさ、なんか、楽しかったって思ってるよ」
「……わたしも、よ」
私は腕をなくした細海を抱え、葛木の横を通り過ぎ、そしてその場を離れた。
――――
「……じゃあね、みんな……」
僕は、去ってゆく仲間の背中を、細海さんの背中を最後に焼き付けた後、
「このぉぉぉ!! 行かせるかよっ!!」
細海さんが落としたアサルトライフルを握り、とにかく撃つ。
撃って、少しでも敵を引き付けようと思った。
ああ、それにしても怖い。
怖すぎて手が震えるので、旧世代で反動の少ないAS-18なのに碌に当たりやしない。
でも、そんな僕を脅威と感じたのか邪魔だと感じたのか、いや普通に生きの良い餌とでも思ったんだろうけど、巨大生物は徐々に集まってきた。
もちろん、ただ集まる訳なく、酸をシャワーのように浴びせてきた。
「がああぁぁぁぁっ! 熱いっ、痛いっ!!」
体のあちこちに酸があたり、肉体が溶け落ちる嘘みたいな痛みが体を支配する。
それでも最後まで銃を握り、歯を食いしばって引き金を引き続ける。
ああ、楽に死ぬためにせっかく手榴弾貰ったのに、最後まで何やってるんだろうなぁ僕。
ホント、そんな必死に頑張るの柄じゃなかったんだけどな。
他の人に対して興味なんてなかったし、適当に愛想よくしてれば何とかなると思ってただけなのに。
怖いのだって死ぬのだって本当に嫌だし、戦争だって兵士だって本当は嫌だった。
空気を呼んで周りの顔色伺ってただけなのに……気づけばこんなことになって――。
走馬灯、というのかな。
今までの出来事が一瞬で駆け巡る。
その頃にはもうほとんど痛みも感覚もなくなっていた。
――それでも。
僕と同じように人付き合い面倒そうなふりをして、愚痴や文句ばかり不機嫌そうにしゃべるふりをして、誰よりも人と触れたがっていた彼女と、少し仲良くなれたから。
まあ、彼女を守るためだったら、死んでもいいのかな。
ああ、そうか。
僕は。
「細海さんの事、好きだったんだ……」
――――
背後で、轟音が鳴り響いた。
EDF開発部が作った狂気の失敗作、HG-13Aの爆発だ。
噂では物理法則を無視したとまで言われる凝縮された爆薬によって、直径30mが灰燼と化し、周囲にいた巨大生物を見事に消し飛ばした。
葛木は、痛みなく逝けただろうか?
いや、直前までアサルトライフルの射撃音が聞こえていた。
きっと、限界まで粘ったはずだ。
周囲の巨大生物は、葛木と銃撃音に引き寄せられた事だろう。
「ばか、ばか、ばか! らしく、ないのよ……。私たちを逃がす為に身を挺すって……! 普段ヘラヘラして戦場ではいっつもビビってるくせに……、なんなのよっ……」
細海は私が貸した肩で呟いていた。
その言葉が罵声でない事は、彼女の濡れた頬から痛いほどに分かる。
「本当にな……らしくない真似をしたものだ! 心から、最大の敬意を表する……!」
一見呑気で柔らかな印象は、結城大尉や保坂少佐などとはまた違った軍人らしからぬ弱々しい印象があった。
だが、その本性は先ほど見たあの、己が命を擲ってでも何かを護ろうとする、まさしく地球を守護する戦士そのものの
「だからこそ、我々は生き延びるぞ! 絶対に!!」
「ええ……あたりまえよ……、ぜったいに、しぬ、もんですか……!」
細海の声は消えかかっている。
まずい、肩からの出血が多く血を失ってショックを起こし始めている。
このまま放置すれば五分と持たないだろう。
「くそ! 治癒剤と輸血の投与を早急に行わなければ!!」
一目散に駆ける。
葛木の挺身もあり、背後から追ってくる巨大生物は遠い。
「この先も巨大生物はいなそうだ! よかった……、まだ
負傷した兵士を背負う曹長が叫ぶ。
彼はアーマースーツを着用している為、簡易レーダーも見れるのだ。
巨大生物は、人間はもちろん、車輛や建造物、弾薬や燃料までも喰らう。
一説では人類の補給物資を喰らう事によって兵站に打撃を与える目的があるとの説もあったが、付近を通過しているにもかかわらず見向きもしないというのは不自然だ。
レーダーに反応しないなら大群はいないのだろうが、一、二体は紛れ込んでいると考えるべきだろう。
「見えたぞ! もうすぐだ!」
ヘリポートの空きスペースのコンテナ群が見える。
赤十字のマークも見える事から、医療用の補給物資もあるだろう。
しかし一方で、良くも悪くも主戦場からは離れてゆく。
我々の進行方向の正面にヘリポートがあり、背後からは砲声が頻発して聞こえる事から背後の方で撤退する部隊とレイドアンカーから出現した巨大生物が戦闘している事が分かる。
戦闘に巻き込まれる危険は少ないが、援軍も期待できそうにない。
だが、例えどんな窮地に追い込まれようと、必ずこの戦場から生きて、この5人で生還して見せる。
先に逝った葛木に報いるためには、そうするしかなかった。
4月1日0時17分。葛木望兵長――