全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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第一話 本日の予定

 

 E D F(Earth Defense Force)

 それは、地球全土を防衛する軍隊──全地球防衛機構軍の事である。

 何から地球を防衛するのか?

 当初の目的は、フォーリナーという名の予期された地球外生命体から、地球を統合的に防衛する事だった。

 しかし、彼らは地球へ訪れることなく、時は何十年と過ぎ去って行った。

 これから起こるのは、その銃口を本来の相手に向ける契機となった、人類全体にとっての最後の審判である。

 

――2022年7月11日 神奈川県丹沢山 EDF第228駐屯基地(ベース228) 正門前――

 

「ほう? あれがベース228か。なかなか広いではないか」

 

 送迎バスの窓から外を見渡し、私はつぶやく。

 神奈川県秦野市から出発する無料送迎バスに揺られ、はや一時間。

 丹沢山への峠を進み、山頂への道から新しい舗装走路へ向かうと、山道の景色が突如開けた。

 

 恐らく、山を切り拓いて開拓したのだろう。

 広大な平原がそこには広がっていた。

 平原の入り口には『EDF第228駐屯基地』と書かれた物々しい警備の正門が見える。

 

 正門を潜り、バスは地上の外来用駐車場に停まる。

 荷物を降ろし、基地の係員に挨拶と手続きを済ませ、先に到着している先輩と合流するべくEDFの車輛に乗せて頂き、基地内部へと向かう。

 

 ベース228は、外観の通りに山間部を切り拓いて建設された基地で、地上部分は一見小規模な基地に見えるが、大半の機能は地下にあると教わった。

 私を乗せた車輛は地下の車輛用通路を進み、やがて格納庫区画へとたどり着き、EDF職員の指示通りの場所へ向かう。

 そこまで歩いて、ようやく同じ警備会社の先輩を発見した。

 

「新人ってのは君か? さぁ、始めよう」

 

 そんな爽やかな先輩の声で、本日の仕事は始まった。

 

「えー、名前は?」

 

「仙崎です。仙崎誠」

 

 先輩が名簿を見ながら確認作業を行う。

 姓は仙崎、名は誠。

 性別男、歳は今年で26。

 趣味は読書と防災、好きな女性のタイプは積極性のある……おっと、そこまで聞いてないだと? 無念。

 

「はいはい。仙崎君ね。僕は中島。今日の仕事内容は聞いてる?」

 

「はっ! 火力演習の後、基地内見学へ向かう車輛の誘導と聞いております」

 

「そのとおり。じゃあさっそく行こうか。この先の空き倉庫で研修を行おう」

 

 中島、と名乗った警備員は歩を進めながら、説明を続けた。

 まだ見学までは時間の余裕があるそうで、焦ることは無いとの事だ。

 

「えーっとね、今日はここでは初の基地内見学ツアーで、お客さんもたくさん来ると思うから、車輛だけでなく迷子にも注意すること。それと、ルートは分かれているけど、基地内には戦車やコンバットフレームなどの軍用車両も通るから、移動の時も、ぶつからないように気を付けるんだよ」

 

「はい! 了解しました」

 

 中島先任は、やんわりとした口調で説明しながら歩く。

 なるほど、要点を押さえた簡潔で分かりやすい説明だ。称賛に値する。

 おっと、ここでは私が後輩であったな。心の中で失敬。

 

 私こと、仙崎誠はこのサワダ警備という警備会社に中途採用を頂いた新入社員である。

 以前はとある中小企業の工場で働いていたのだが、杜撰な管理体制が災いし、工場は全焼。解雇された。

 その事を面接で話すと、酷く同情されてしまい、温情の採用を頂いた次第である。

 

 結果的にそうなったとは言え、すぐさま次の職を見つけられたのは僥倖だった。

 ふっ、やはり私は幸運に違いない!

 

「こっちだよ。はぐれないよう注意して! 地下は広いからすぐに迷子になるよ!」

 

「承知致しました!」

 

 基地車輛用通路の横断歩道を中島先任が渡る。

 それほど大仰に手を振らなくとも見失いはしないのだが……とはいえ、一般人であればここで迷えばしばらく出口を探すことは困難だろう。

 そう思いながら、些か”懐かしさ”を感じる基地内を見渡す。

 それを初々しく思ったのか、中島先任はなにやら嬉しそうに笑う。

 

「はは、さすがに基地の中に入ったのは初めてかい? 地下なのに大きいよねぇ」

 

「ええ、ここは特に。しかしいくら警備員とはいえ、民間人をこうも容易く招き入れてしまってよいのでしょうか?」

 

「いい質問だ」

 

 色々聞かれるのは好きなのか、嬉しそうに指を立てて語り出す。

 

「EDFは対人用の軍隊じゃないからね。軍事機密とか、他の軍隊に比べてきっと緩いんだよ。それに、やましい事を抱えてると、政治家や団体にやいのやいのと言われて予算毟り取られるしねぇ。EDFも大変だよ」

 

 途中で出くわしたコンバットフレームや戦車に撥ねられないように中島先任の後に続く。

 解放されたシャッターを潜ると、再び倉庫に入る。

 こっちが近道なんだよ。そうつぶやく中島先任は倉庫の中を通り抜ける。

 

「そういう理由でしたか。それで敢えて我々のような民間警備を雇っていると?」

 

「軍備を拡張しすぎて目くじら立てる人もいるからなぁ。平和的組織ですよーっアピールをしたいんだよ」

 

 壁面の棚には軍事用の機材や弾薬類が積まれている。

 勝手に入って良いものかと勘繰るが、機材を見るとだいぶ型式の古い物や、埃をかぶって劣化しているものが殆どだ。

 なるほど。

 この基地にあるのは所詮見られても構わぬ程の有象無象という訳か。

 これならば民間人だろうと積極的に公開し、民間への警戒心を下げてしまった方がより良い関係を築ける。

 

「……結局、フォーリナーなんていつまでたっても来ないし、EDFも近未来兵器製造の温床みたいになってきたしなぁ。さすがに軍拡はやりすぎだと思うけど、実際それで世界経済は良くなってきてるしねぇ」

 

「それはそうですね。おかげで軍需産業以外でも経済は活発に巡っているようで。我々の賃金も、10年前と比べて2倍以上だとか」

 

 近年のEDFの軍事技術は、割り当てられた軍事予算と比例して急速に進化している。

 コンバットフレームや降下翼兵、二刀装甲兵などSFの領域と思われていた兵器兵装を実現し、それらも日に日に進化し続けている。

 フォーリナーに対抗する備えという名目で、軍事産業はまるで戦時の如く売り上げを叩き出し、世界経済は空前の好景気を記録した。

 

「まぁ、それは良い事だけど。海外じゃあ随分反対派が過激になってきているって聞くし、数年前もどこか国内の駐屯地でテロ活動があったとかなかったとか……」

 

「……都市伝説ですね。まぁでも、国内でテロ活動が行われるようになるのも、そう遠くない未来ではないかも知れませんね。気を付けませんと」

 

 好景気の裏ではそのような物騒な問題も起こっている。

 軍拡の一途を辿るEDFに対し、平和を掲げる民間団体は猛烈な抗議を起こし、基地の周囲では日々『EDFを解体せよ!』というデモ活動が行われている。

 それ以外にも、他国軍の人員に対するEDFの強引な引き抜き、先端科学技術の独占、市場操作や軍需企業の買収、果ては他国政府への内政干渉や政治工作、あるいは非道な人体実験を行っている……などと言った根拠のない噂も後を絶たず、EDFに反感を示す人間や組織は多い。

 

 ”反EDF思想”などという言葉も生まれ、海外の武装テロリストグループなどが賛同し、団結するなど厄介な事態も起こっている。

 それらは”反EDF組織”と呼ばれ、EDF基地や大規模なEDF工廠などでテロ活動を行う他、親EDF国家への攻撃などを行っている。

 彼らを迎撃する為に、対フォーリナーの為の軍隊だったEDFが人類への攻撃を行った時は大々的に報じられ、世間の反感を大きく買ったものだ。

 厳密にはEDFは対人類用の軍隊ではないが、世界情勢はそれを許しはしなかった。

 皮肉というべきか、人類の性であると言うべきか。

 

 故に、先程中島先任は軍事機密が比較的緩いと言ったが、それは人類同士の戦争がEDFに禁じられているからではなく、単純にここが見られても問題ない程度の技術しかないからだろう。

 

「まぁ、そんな物騒な問題が日本で起こらないように、今回の基地見学ツアーもある訳だし、これを無事に成功させることが僕たちの――うわっ!」

 

 中島先任が良い感じにまとめ掛かっているのを遮って、地震が発生した。

 少々大きく感じる。体感、震度5弱程度はあると見た。

 中島先任は慌てて壁に寄りかかるが、この程度の揺れ、体幹を鍛えていればどうという事は無い。

 

「っ、仙崎君!」

 

 棚が揺れで大きく傾き、そのまま機材が私の頭上に降ってくる。

 当たれば命を奪われかねない重量物まで混ざっているではないか。

 直撃までは一瞬だ。

 

「――ふっ」

 

 だが中島先任が声を上げるより先に、私はその場を二歩動いて体を少し捻っただけで、全ての落下物の直撃を躱す。

 

「うわっ!」

 

 代わりに中島先任が揺れで足を掬われて尻餅をついていた。

 足腰の強化と平衡感覚が不足している。もっと鍛えるのだな。

 私は中島先任に手を差し伸べる。 

 

「中島先任。お怪我は?」

 

 先任は手を掴んで立ち上がる。

 

「ありがとう。大丈夫だ。いやぁみっともない。それにしても君よく避けられたねぇ」

 

 心底驚いた顔で私の足元を見る。

 辺りに散乱する落下物は、私がいかに隙間を縫うようにして避けたか分かる。

 ふっ、我ながら完璧な避け方だった!

 しかし重量物を棚の最上段に乗せるとは、教育がなっとらんなここの職員たちは。

 地震とは言え基地内で民間人が死傷したらどうなると思っている。まったく。

 

「ぬぁははは!! 常日頃周囲を警戒していれば容易い事よ!」

 

 おっと調子に乗って素が出てしまった!

 若干引いておられる! 

 

「と、とは言え危機を教えてくれた事に感謝します。中島先任――」

 

 と突然、何とも絶妙なタイミングで辺りの明かりが一瞬落ちた。

 やがて淡い非常灯だけが灯った。

 

「おや? 停電かぁ。非常用だけじゃ薄暗いなぁ。ライトを付けよう。君も持ってるだろ?」

 

 先程の言動は何かの間違いとスルーされたのか、とにかく突然の停電にも動じる事無く中島先任は懐中電灯を点けた。

 豪胆と言うべきか、能天気というべきか。

 もちろん私は豪胆なので動揺とかしないがね!

 

「ええもちろん。しかし、EDFの基地が地震程度で停電とは」

 

 確かこの基地には有事に備えて発電機を幾つも用意してる筈だったが。

 そもそもこの広大な地下基地は、本来はフォーリナーの攻撃から地下に避難するためのシェルターを兼ねていると説明を受けていた。

 それがこうも容易く送電システムを絶たれるものか。

 嫌な予感がする。

 

「まあ、今してるってことはするんだろうさ。フォーリナーなんかより、自然のほうがよっぽど脅威ってことだね。……ん? 何の音だ?」

 

 微かにノイズ音のような何かが聞こえる。

 これは無線のノイズだ。

 

「ああ、これだ。EDFの無線機だね」

 

 床に落ちていたそれを中島先任が拾う。

 おそらく落下した拍子に電源が入ったのだろうか。

 中島先任が無線機を弄って耳元に当てる。

 

「先任、備品の無断使用は厳禁と聞いていますが」

 

「大丈夫大丈夫。誰も見てないよ」

 

「誰も……?」

 

 そういえば、妙だ。

 いくら地上で演習やイベントの準備をしているとはいえ、人が全く見えないのはおかしい。

 くっ、私とした事が、周囲の人の流れに気付きもしないとは!

 

 そんな事を考える私を矢先に、中島先任は無線を調節する。

 警備員だけあって、無線の調節はお手の物らしい。

 

《……ら……レンジャー4! …………です! 巨大生物を発…………》

 

 無線の声は、ノイズ交じりでよく聞き取れない。

 

《こ…………部! 巨大生物とは何か!?》

 

《昆虫です、大き…………虫です!》

 

《こっ…………来ます!!》

 

《…………から許可は出てい…………! 勝手に…………》

 

《仲間……食わ…………!! …………めろ! 勝手に撃…………!!》

 

《う、腕がっ! 助けてくれぇぇーー!!》

 

 それを聞いた私は反射的に無線機を奪い取って叫んだ。

 

「どうした!? 何があった! 応答するのだ!!」

 

 だが、返って来たのはノイズだけだった。

 

「おっと。君どうしたんだい急に……。軍人連中ってのは冗談が好きなんだ。何も真面目に取り合う事ないよ。まったくどんなことを言っているかと思いきや……巨大生物、だってさ」

 

 呆れた様子でヤレヤレと言った具合に両手を広げる中島先任だが、今の無線を聞いてそう感じるなら危機意識が無さすぎる。

 

「貴方は本気でそう思っているのですか!? これは明らかに非常事態です! 無線からは銃声も悲鳴も聞こえているのですよ!? 彼らは冗談でそんなことをしたりしません!」

 

 何かが起こっているという焦燥感と、中島先任の危機感の無さに起因する苛立ちで声を荒げてしまう。

 

「なっ、何を怒ってるんだい? そんな非常時だったら僕達にすぐ連絡が来るだろうし、だいたい何で君がそんなこと分かるって言うんだい?」

 

「それは……私がEDFの元軍人だからです!」

 

 言ってしまった。

 

 事実だ。私は4年前までEDFの陸軍兵士だった。

 最終階級は少尉。

 EDFの装備を奪取して事を起こした反EDF組織と戦い、そして有体に言えば戦争が嫌になって軍を辞めた。

 

 だから、私にとって元軍人というのは他人に誇れるものではない。

 そう易々と口にしないつもりだった。

 

 だが、状況は緊急で、その事態を打開するには元軍人という立場に縋るしかないと判断した。

 

「元軍人……」

 

「はい。この基地に来たことはありませんが構造はさほど違いはありません。とにかく人がいる場所に」

 

「あっはは! 君、面白い冗談を言うね! でも今は仕事中だからね。そんな話は後々。ほら、さっさと行こう」

 

 中島先任は、まるで駄々こねる子供に言い聞かせるような口調で私に取り合わず歩きだして、下りている隔壁を開けようとする。

 

「お待ちください! 停電になったという事は、基地内の施設が襲われた可能性が考えられるのです! 基地内も安全では――」

 

「はいはいその辺で。大丈夫大丈夫。本当に非常時ならちゃんと連絡が来るさ。そう緊張する事ないよ。この扉の奥が――」

 

 私を振り返って説明を始めたが、その背後に居たのは巨大な――。

 

「なッ中島先任ッ!!」

 

「――ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」

 

 中島先任は悲鳴を上げて、血を周囲に撒き散らした。

 喰われていた。

 見上げるほどに、巨大な蟻に。

 

「中島先任ッ! 手をッ!」

 

 胴体を齧られ、無意識に手を伸ばす先任の手を掴む。

 

「助けてぇぇええがッ、ふ……――」

 

 だが、どうにもならなかった。

 中島先任はその巨大な口と牙に留めを刺され、声にならない断末魔を上げて血と臓物をぶちまけた。

 

「うッ、なんという……事だ……ッ!」

 

 余りの惨事に、思わず後ずさる。

 右手には、中島先任の腕だけが、虚しく握られていた。

 死後硬直か。固く握られたままのその手を無理やり引きはがし、直後に私に向かって牙を振り下ろす巨大蟻の怪物の攻撃を回避する。

 

「この程度っ!」

 

 牙に当たった床は大きく抉られていた。生身の人間であれば致死の一撃だろう。

 

「だが甘かったな! この程度……ファーーーーッ!?」

 

 誰も見ていなくとも冷静を務めていたが、中島先任の開いたシャッターの先から、更に5体の怪物がこちらを目掛けて接近してくるのを発見した私は、思わず奇声を上げてしまった。

 

「だが直線的な動きなら……ぬぁにぃぃ!?」

 

 一直線に迫る怪物を回避する算段を立てていたが、あろうことか怪物は素早く天井に這いまわり、私を回り込むように背後に躍り出た。

 

「あの巨体だぞ!? 小癪なッ!!」

 

 後方から牙が迫った。

 左手へローリングを行い寸前で躱すと、頭上から牙が降ってくる。

 ローリング状態からすぐにステップを踏んで回避するも、今度は右手から死の気配。

 体勢を這うように低くすると、頭上数センチほどを必殺の牙が通り抜ける。

 

 まるで生きた心地がしない。

 行く先々で危機に塗れる事はよくあるが、これほどの修羅場はかつてあっただろうか。

 しかし。

 まだ、死ぬ訳にはいかない。

 

「あの日……、私は戦場から帰った! あの地獄を生き残らせてもらった者として! ここで! このような訳も分からず、死ぬ理由も見つけられずに、命を落とす訳には、いかんのだッ!!」

 

 誰が聞いている訳でもなしに、啖呵を切る。

 いやだからこそか。

 よくしゃべるようになったのは、きっと昔の反動だろう。

 内に秘めた言葉を押さえる術が分からなくなってしまった。

 それ以上に、言葉が体に与えてくれる力を、私は知ったのだ。

 

「私はッ――!?」

 

 転倒する。

 迂闊だった。足元には中島先任から零れ出た血と臓物の塊が。

 目の前から確定した死の気配が追い付く。

 ああ、ここまで死を覚悟したのは、本当にあの時(戦場)以来だ。そう無意識に思考が回る。

 

「――撃てぇぇーーーッ!!」

 

 思考を切り裂いたのは、かんしゃく玉を数十個一斉に炸裂させたような乾いた音――銃撃音だ。

 私を今にも引き裂こうとしていた牙の持ち主は銃撃に怯み、そしてその分厚く黒い甲殻に穴をあけ、倒れた。

 

「なんてデカさだ!」

 

「よくも民間人を! 死ね化け物め!!」

 

 銃を持った兵士たちが叫ぶ。

 周囲を這いまわる五体の怪物は、次々に銃撃をその身に受け、やがて全てがその巨体を地に倒した。

 倒れた怪物からは、濁った黄土色の泥水の様な体液が流れ出し、数回痙攣した後二度と動かぬ骸と化した。

 どうやら全滅させることに成功したらしい。

 

「危ない所だったな。お前だけでも間に合ってよかった。……立てるか?」

 

 隊長らしき人が――EDFの兵士が手を差し伸べて来た。

 何度も大声を出したであろう掠れた喉から、人を気遣う優しさと軍人らしい力強さが同居した声が響く。

 

「た、助かりました。ありがとうございます。まさに間一髪でした」

 

 務めて冷静さを取り繕いながら、EDF兵士の手を取り、立ち上がる。

 衣服を払いながら、どうやら私の死に場所はここではないらしいと、ひとまずの安堵を感じた。

 やはり、私にはまだ幸運が残っていたらしい。 

 

「誰だコイツ?」

 

 大柄な兵士が不審そうに見てくる。

 野太く厳ついが、どこかひょうきんな感じの不思議な声だ。

 

「私は、サワダ警備の仙崎誠と申します。倉庫区画の車輛誘導が仕事だったのですが、この怪物に襲われまして……」

 

 しかしこの蟻の怪物、いったい正体は何だろうか。

 EDFの実験動物?

 まさか、コイツが昔騒がれたフォーリナーという事もあるまい。

 フォーリナーは恒星間航行を可能とする知的生命体だったはずだ。

 とても知能があるようには見えないし、奴の外見は地球の蟻そのものだ。

 

「そうか。それは災難だったな。すまない。余りに突然の事で、本来真っ先に逃がさなければいけない民間人を一人、護れなかった。我々の落ち度だ」

 

 隊長らしき人が深く頭を下げた。

 階級章を見ると軍曹のようだ。

 

 彼の言葉に釣られ、”中島先任だったモノ”を一瞥する。

 知り合って、とても間もない間柄ではあった。

 私は彼の下の名前すら知らない赤の他人であったが、性格もそう悪そうには見えない優し気で気さくな良い人だった。

 きっと、悲しむ者が彼には大勢いるだろう。

 

 EDF兵士の、この軍曹殿の責任では断じて無い。

 それはきっと、彼の隣に立っていた私の――。

 

「……いえ、貴方のせいではありません。どうやら、他の場所でも、似たような事が起こっているようなので」

 

「なに!? 他の様子がわかるのか!?」

 

 私の言葉に、軍曹殿が食いつく。

 

 聞くと、どうやら地下は有線、無線を問わず死んでるらしく他との連絡が全く取れないらしい。

 軍にとっては手足ならぬ目と耳を封じられているようなものだ。

 先程のは奇跡だったらしく、もう一度無線機を使って交信を試みたが、もうノイズしか拾ってくれなかった。

 

 ひとまず聞き取れた内容を一通り話してみる。

 レンジャー4は地上にいる分隊なので、どうやらあれは地上の様子だという事が分かった。

 それと引き換えという訳ではないが、軍曹殿が知ってることも教えてくれないか頼むと話してくれた。

 

 まず、地上で演習するグループではなかった軍曹達は初めから地下での訓練を行っていた。

 だが突如電波障害が発生し、地上との連絡が途絶えた。

 部下を集めてみたところ、同時にあの怪物――巨大生物も侵入していた。

 そのまま地上へと向かっていた途中なのだという。

 途中の地震は原因不明だが、停電に関してはなんと巨大生物に送電システムを破壊されたからだそうだ。

 

 状況は、私の想像よりも数段深刻そうだった。

 

「残念ながら、予定では殆どの部隊は地上で演習を行う予定だった。地下に残された戦力は少ないが、その分地上は安全のはずだ。状況確認のためにも、引き続き地上を目指すぞ!」

 

「「サー! イエッサー!!」」

 

 部下は揃って声を張り上げる。

 懐かしい空気に昔の記憶が揺さぶられる。

 

「民間人! ついてこい! 我々が護衛する!」

 

「しっかりコイツで護ってやるから任せとけ!」

 

 軍曹が先行し、大柄の男が銃を掲げる。

 

 だが、状況は良くない。

 私も自分の身は可能な限り自分で護りたい性分だ。

 

 4年前の、EDF兵士だった頃の記憶が蘇る。

 己の周囲で人が、仲間が死んでいく現実を思い出す。

 ……昔から、不幸だった。

 なのに自分だけが不幸によって起こる危機を回避する術を見つけて、いつも周囲に命の危険を押し付ける。

 

 ……お前はまた、目の前の彼らを見殺しにするのか?

 前を歩いていた、中島先任のように。

 

 否ッ!

 仮にそうであったとしても、戦う術を持ちながらただ守られるだけの存在となるなど、断じてまかり通らぬ!

 

 ならば、仙崎誠よ――

 

「あいや待たれい!!」

 

 ――今一度、銃を取れ!

 突然の声に驚いた4人が振り返る。

 

「私は、4年前までEDFの陸戦歩兵(レンジャー)でした。アサルトライフルの使い方は完璧に覚えています。銃を私にお貸しください!!」

 

 その言葉に、軍曹は首を横に振る。

 が、開口一番誰だコイツなどと発言した大男が勝手に口を開く。

 

「そりゃあいい! 味方は増えるし荷物は減るし、いいこと尽くめだ! ですよね軍曹!」

 

 少々色黒だし声は無駄に大きいし馬鹿そうだし名前覚えるとしたら彼が一番早いだろう。

 

「馬場! 勝手に決めるな。銃は渡せない。元EDFだろうと、今は民間人に変わりはないからな。俺たちが護衛する」

 

 名は馬場というらしい。

 階級章は伍長。

 伍長は軍曹のひとつ下であるからして、こやつが副官だろうか?

 だとしたら、隊長殿は苦労するだろう。

 

 などと失礼極まりない話はともかく、一度戦うと決められたからには、そう易々と引き下がる訳にはいかない。

 

「その程度の決まり事に従い、命を危険に晒す程私は愚かではありません。戦う力を持ちながら、他人に安全保障を委ねるのは愚策でしょう」

 

 悩む軍曹に、部下たちが口を開く。

 

「軍曹。彼のさっきの動き、軍人以上でしたよ。正直、僕なら死んでたと思います」

 

 小声で小柄な部下が耳打ちする。

 階級章は兵長か。

 兵卒の最上位とはいえ、雰囲気からして兵士になって3年程度、といったところか。

 ふっ、まだまだ青いな。 

 

「私も同感です軍曹。銃を渡したら、きっといい動きをするでしょう」

 

 今度は長身の兵士だ。

 階級章は……むっ、上級伍長か。

 聴き慣れないこの階級は、従来の軍隊にはなかったEDF独自のものだ。

 つまり、字面通り伍長よりも上なので、この理知的な彼が副官だろう。

 よかった、隊長殿の心労については心配いらないだろう。

 

 そんな話はさておき、どうやら部下たちは私に銃を渡すことに賛成のようだ。

 

「コイツに銃を持たせてやってもいいんじゃないですかい? こんな状況じゃ戦えない奴は、奴らの餌になっちまいますぜ?」

 

 馬場貴様、先程護ってやるとか言っておきながら何たる手のひら返し!

 しかも声がでかいから丸聞こえだ!

 

 とは言え銃貸与に賛同してくれるのは助かる。

 

「はぁ。仕方がない。過去に何があって除隊したのかは知らないが、今はお前を一人の兵士と認識するぞ。それでいいな」

 

「サー! イエッサー!!」

 

 私は身に馴染んだ敬礼で返す。

 

「見事な敬礼だ。では、改めて自己紹介を。俺はEDF第44レンジャー中隊所属、レンジャー8臨時指揮官の荒瀬だ」

 

 荒瀬軍曹が名乗りを上げたので、部下の3人も続く。

 

「俺は馬場。こっちのノッポが青木で、そこのちっこいのが千島だ。よろしくな、仙崎!」

 

 馬場と名乗った声のデカい兵士がそれぞれを紹介した。

 

「では地下格納庫から脱出し、地上を目指すぞ! 西の非常階段は崩落している。ここから一番近い、19番倉庫の直通リフトを使うぞ! 仙崎、今はコイツを使え。これから通る倉庫でアサルトライフルを渡す。いいな? しっかり着いてこい!」

 

「イエッサー!!」

 

 私は軍曹からEDF製ハンドガンを渡され、その感触を確かめる。

 

 4年前のあの時のように。

 隣にいる者を死なせて、また自分だけが生き残ってしまうかも知れない。

 そんな恐怖を、抑え込む。

 前を向け、仙崎誠。

 これから何が待ち受けて居ようとも、全身全霊を以って立ち向かうのだ。

 それがきっと、皆を見殺しにし軍を除隊した私に課せられた、唯一の贖罪なのだから。

 

――――

 

 これは、一人の不幸な男が、地球侵略という絶望的な運命に抗い続ける、英雄譚である。




あとがきのような登場人物

仙崎誠(せんざきまこと)(26)
 サワダ警備の新人警備員。
 かなり変わったしゃべり方をする変人で、実のところ上司の中島も若干引いていた。
 不幸すぎて迫りくる危機に対し超人的な回避能力を得るに至った。
 4年前にEDFを除隊した元軍人であり、過去の贖罪の為、出会った彼らを護る為、そして自身の生存の為に再び銃を手に取る。
 趣味は読書と防災。


中島(なかじま)(33)
 サワダ警備の社員で仙崎の上司。
 ゲームでお馴染みの最初の犠牲者。
 良くも悪くも一般人だが、気さくなしゃべり方をするなど印象は良い。
 かなりの能天気で、正常性バイアスの申し子。

荒瀬(あらせ)軍曹(33)
 EDF陸戦歩兵部隊 第44レンジャー中隊 レンジャー8臨時指揮官。
 実は最後まで名前に迷ったけど、放っておくと敵陣に突撃するという荒々しい戦い方をしたがるのでこの名前に。
 EDF224駐屯基地の非常事態に対応中。
 モデルは当然EDF5および6の”軍曹”

青木(あおき)上級伍長(27)    
 同、分隊員。
 荒瀬軍曹の副官を務める。
 長身で理知的なしゃべり方をする。
 ヒーローに憧れてEDFに入った実は熱い男。
 モデルは”軍曹の部下A”
 名前は頭文字から。

馬場(ばば)伍長(35)
 同、分隊員。
 年齢は軍曹を抜いて分隊一だが、問題行動が多く降格を繰り返し伍長に。
 色黒で体格が大きく力持ちだが、ボヤき癖がある。
 EDFに入ったのは年金暮らしで楽する為だとか。
 モデルはゴツい声も印象に残っているであろう”軍曹の部下B”
 
千島(ちしま)兵長(23)
 同、分隊員。
 部隊最年少で最下級、小柄で優しい分隊員。
 三年前任官し、以来228基地で軍曹に鍛えられる毎日を過ごす。
 若干ネガティブなきらいがある。
 軍隊を誇り高い仕事と祖父に教わるおじいちゃん子。
 モデルはやはりネガティブなセリフが印象に残る”軍曹の部下C”
 

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