全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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幕間1 安藤和真(Ⅱ)

――2023年 2月9日 大阪府堺市 第七生活避難所 旧市立第二中学校 体育館――

 

 

「桂里奈!!」

 

「あ、おかえり」

 

 避難所の体育館の、狭い仕切りの中に入ると、安藤桂里奈の短い声が安藤少年を出迎える。

 だが、明るい表情は隠せず、言葉と裏腹に顔を見てほっとした様子が見て取れた。

 

「桂里奈ぁぁぁ!! よかった! 無事だったんだな! お前だけでも……よかった、ホントによかった……!!」

 

 対する兄、安藤和真のリアクションは激しいもので、背の低い桂里奈を大げさに抱きしめる。

 だが、和真にとっては大げさでも何でもなく、ただ無事が嬉しかっただけだろう。

 会う前に色々考えていたものが全部吹っ飛び、ただただ安堵する。

 

「……大げさだよお兄ちゃん。声、響くから、あんまりうるさくしちゃだめだってば」

 

 桂里奈の声は冷静なものだったが、唯一の肉親に再会できて、こちらも表情が柔らかくなっていた。

 テンションこそ激しい差だったが、お互い嬉しく思っている事は、傍から見ていた新垣香織にも分かった。

 

「ホントに無事か? 怪我とかなかったか?」

 

「こっちは大丈夫。多少擦りむいたりしたけどね。そっちは?」

 

「ああ、気絶してけっこう寝たから元気元気!」

 

「まぁ、元気なのはさっきので分かってたけど。あ、香織さん。馬鹿兄貴をどうも」

 

 ひとしきり再会の喜びを分かち合ったところで、桂里奈は香織にペコリと頭を下げる。

 桂里奈をここへ送ったのも彼女だそうで、兄の無事や状況を知らせたりしていた。

 とはいえ彼女も看護師。

 忙しい身なので言葉を交わした回数はそう多くないが。

 

「良かったわね。二人ともすごく心配していたから。桂里奈ちゃん、もっと喜ぶかと思ったけど、お兄さんの前だとそんななのね?」

 

 香織も、二人の再開に嬉しく思い、意識せず顔が綻ぶ。

 元が美人なので、そうやって微笑むだけで様になる大人の女性に、和真は少し見惚れるが、

 

「よ、余計な事言わないでください! べ、別に人並みに嬉しく思いますけど、あんなグイグイ来られると逆に冷めるっていうか……」

 

「ああそれ、私も分かるわよ。実は私も姉弟がいるの。弟なんだけどね」

 

「へぇ、そうなんですか! どんな弟さんなんですか?」

 

 桂里奈は身を乗り出して聞く。

 他の兄弟はどんな感じなのだろうと、興味があるらしい。

 

「力持ちでとっても頼りになるのよ。弟は今、EDFで戦っているの。たまにメールが届くんだけどね、まだ元気でやってるみたい」

 

 弟の話になり、少し高揚しながら自慢げに話す香織。

 その様子から、かなり姉弟仲は良いらしいと二人も感じ取れる。

 

「へー、EDFの兵士なんですね。弟さん達が一生懸命戦ってくれているおかげで、あたしたち、生き残りました。ありがとうございます」

 

「あっ、オレも、あの、ありがとうございます!」

 

 妹が律儀に頭を下げたのを見て、和真も慌てて頭を下げる。

 

「……そうね。ありがとう。でも、私も弟とEDFに感謝しなきゃいけない一人に過ぎないわ。それも含めて、伝えておきます。私が見てる二人の兄妹が感謝してたって。きっと弟も喜ぶと思うわ」

 

 ここにいない弟への感謝を受け、少し申し訳なさそうな顔をする反面、誇らしげにも見える複雑な微笑みを浮かべる。

  

「……香織さんは、その……。心配じゃないんですか? 家族が、EDFの兵士として戦いに行くって、どんな気持ちですか?」

 

「お兄ちゃん……?」

 

 そんな様子の香織を見て、和真は違う想像をして、その疑問をぶつける。

 余り聞かない兄の真剣な声色を聞いて、桂里奈は胸騒ぎを感じ兄の顔を見る。

 

 何か思い悩むような、能天気な兄には似つかわしくない真剣な表情があった。

 

「それは……そうね。やっぱり心配よ。できるなら、傍にいて欲しいって思うかも。でも巌が、弟がEDFにいるなら、多分大丈夫だって思える、かしら。それに、力と頑丈さだけが取り柄みたいなもんだから! そうそう死んだりしないって、結構気楽に構えてるわね! それにね……。私の弟がいた部隊、フォーリナーの輸送船を世界で初めて撃墜したんだって! 弟は巨大生物に噛まれたり酸を浴びたりしたらしいんだけど、ちょっとの怪我で済んでもう元気に戦ってるって話だしそれに――あらやだごめんなさい! ちょっとはしゃぎすぎちゃった!」

 

 不安そうな表情から一転し、高揚気味に弟の話を早口で話す香織。

 自分が何を語っていたか我に返り、赤面しながら照れ笑いで誤魔化す。

 

「あはは! 香織さん本当に弟さん好きなんですね!」

 

「なるほど……それだけ強ければ、確かに大丈夫そうですね。でもその様子だと、もうしばらく会ってないですか?」

 

 しかし、桂里奈の無邪気な反応と違い、和真は未だ真面目な表情を崩さない。

 桂里奈は横目でちらりと兄をのぞき見、何を考えているのか探る。

 とはいえ、察しの良い妹と、分かりやすい兄だ。

 兄の考えは、凡そ桂里奈に掴めた。

 

「うん、しばらくね。最後に会ったのは、戦争が始まる前かしら。私の勤務地がここ大阪で、前線が関東の方だから、戦況が落ち着かない限りは会えないかしらね。でも、さっきも言ったけどメールでやり取りは出来るから、寂しくはないわね」

 

 嘘だ、寂しくない訳はない。

 次にいつまた会って話が出来るのか、生きて再び会えるのか、戦って生き延びることが出来るのか、この戦争に終わりなど訪れるのか。

 誰にも分からない不安の中で家族と会えなくて寂しくないものか。

 ただ、自分ひとりそれに不満を言うのは許されない事だし、それを律していないと”大人”として自立できない。

 親を失った少年少女の前で、そんな弱みが見せられるはずもない。

 

「そうですか。じゃあ、色々落ち着いて、また会えるといいですね」

 

 それを知ってか知らずか、桂里奈は笑顔と当たり障りのない言葉でもって返す。

 

「そうね。じゃあ、私は他の仕事もあるから、そろそろ離れるわね。私は避難所の看護師も兼任してるから、また顔見かけたら声をかけるわね。それじゃあ、またね」

 

「「はい。ありがとうございました!」」 

 

 思えば彼女の言う通り、他に仕事など幾らでもある中、他愛ない世間話も含めて世話になりっぱなしだった。

 そのことに感謝の念を抱き、二人は深く頭を下げた。

 

 それを見た香織は、礼儀正しく思いやりに溢れる兄妹に改めて感心した。

 この二人なら、終わりなき戦乱の時代もきっと生き延びられるだろう。

 そう確信し、香織は次の仕事へ向かった。

 

――――

 

 その後しばらくは、兄妹互いに情報共有を行っていた。

 

「じゃあやっぱり、あのコンバットフレームに乗ってるの、お兄ちゃんだったんだ」

 

「まぁな」

 

「へぇぇ……、ホントに操縦出来たんだ……すごい」

 

 桂里奈は驚いたような関心したような仕草を見せる。

 何せ教本に書いてある内容を何とか独学で解釈し、イメージだけで操縦して見せたのだ。

 生半可な事ではない。

 

「ああ。基本動作はだいたいお前の予想した通りだったよ。後はだいたい感覚で何とかなった」

 

 和真はまるで熟練パイロットのように自在に動かしていたが、それは和真の中の格好いい戦闘シーンをイメージして練り上げたものだった。

 教本を見て操縦方法をイメージトレーニングで再現し、例えば空中で一回転する方法をほぼ正解に近い形で編み出した。

 もちろん実際に操縦稈を握るのは全く感覚が違うが、そこは想像の範囲内。

 あとイメトレとの誤差を脳内ですり合わせて、思った通りの動きを行うだけだ。

 

 その結果、通常の対人戦闘では教本に無い空中回転や小刻みなステップなどを僅かな戦闘でマスターし、それが撹乱の役割を果たし多くの敵の撃破に繋がった。

 あの時和真は様々な感情で殆ど理性を失っていたが、それを無意識でやるくらいに彼のコンバットフレーム好きは高いレベルだった。

 

「でも、あの時はホントそれどころじゃなくて、父さんも母さんも死んじまったし、お前も……、守ってやれなかったし。頼りない兄貴で、ホントごめんな」

 

 蒸し返すようで言うか言うまいか迷ったが、言った。

 こういう時、言葉を溜め込むのは良くないと、両親から教わっていたからだ。

 まして、今となっては桂里奈は唯一の肉親だ。

 心に溜めるような真似はしたくない。

 

「正直言うと、家族で避難しないって決まった時、オレちょっと嬉しかったんだ。こっちにいればまだニクスとか見れるかも知れないって。でもこんな酷い事になると思わなくて……。オレってバカなんだなぁ……」

 

 ただ、俯いて心の内を吐き出すと、途端に弱音と後悔しか出てこない自分に、我ながら嫌気が差す。

 今まで自分は、戦争に一体どんな幻想を抱いていたのだろうかと、痛感した。

 それも、目の前で両親を失うという、最悪の結果で。

 

 そんな情けない兄の姿を見て、妹はどんな反応をするのかと、俯く顔を恐る恐る上げてみる。

 よく見たことのある、微笑みの混じった呆れ顔がそこにはあった。

 

「……はぁ。ホント馬鹿兄貴なんだから。あたしは、ちゃんと護ってもらってたよ。お兄ちゃんのコンバットフレームにさ。仮にそうじゃなかったとしても、あたしたちは生きてるんだし、それでいいじゃん。念願のコンバットフレームにも乗れたんだし、悪い事ばっかりじゃないでしょ」

 

 冷静、かつ前向きに言葉を紡ぐ桂里奈。

 それは他でもない兄から学んだ精神だったが、それが今は兄の助けとなった。

 

「そっか……、……。そうだな。分かった! なんとか生き残ったって事で、今までの醜態は見逃してくれ! いつまでも落ち込んでいられないしな! とりあえずアレだ、今後の事考えるか!」

 

 両手を叩くようにして目の前に合わせ、やや大げさながら謝罪の形を取る。

 これで悩むのは最後と己に言い聞かせ区切りをつけ、明日を見る。

 

 そう、これがいつもの安藤少年だ。

 

 深く考えず、妹以上にポジティブで、落ち込んでもすぐ立ち直り、溢れる行動力を持つ。

 戦争は、たった数時間、安藤和真にその空気を吸わせただけで、彼をここまで打ちのめしたのだ。

 

 もし、彼が妹まで失っていたら、立ち直るまでの時間が膨大であっただろう。

 だが彼は妹のおかげで再び立ち上がる。

 そして自力で立ち上がった桂里奈の事を尊敬に似た誇らしさを感じた。

 

 和真の妹、桂里奈は昔から優秀だった。

 妙に大人びていて、思慮深く、頭の回転が速い。

 一方で言葉数は少なく、物事をよく考えるが故に悲観的でもあった。

 

 その性格を多少明るく変えたのは他ならぬ和真なのだが、彼はその自覚はない。

 だから自慢の妹であり、また頼れる心強い存在でもあった。

 

 だが――自力で立ち上がり和真を赦したのは、桂里奈が自身を庇う為のものでもあった。

 

 

――深夜――

 

 

「お父さん……、お母さん、みんな……、うっ……」

 

「桂里奈……?」

 

 就寝後。

 狭い布団の中で、か弱く啜り泣く声が聞こえ、和真は目を覚ます。

 

 声は彼女だけのものではない。

 狭いパーテーションで区切られているとはいえ、夜になると至る所から啜り泣きが聞こえる。

 此処にいる皆は、2月6日に端を発するフォーリナーの大侵攻で、住む家や大切な人など、多くを失った人々だ。

 

 大侵攻開始から三日目の夜。

 まだ傷は癒えず、それどころか侵攻は留まるところを知らず、死傷者は今も増え続けていく一方だった。

 EDFは奮戦するも防戦一方で被害は拡大し、日本臨時政府は対処能力を超えた事態に、国土放棄を本気で検討する始末だ。

 

 日本が滅亡する。

 この絶望の現実が、本気で迫っていた。

 

 喪失感に加え、先の見えない絶望感に、皆心を蝕まれていた。

 

「……ごめんな。気付いてやれなくて」

 

 和真が優しく語り掛ける。

 

 桂里奈は今日までたった一人で、両親を失い兄とはぐれ生死も分からぬ日々を過ごしてきた。

 泣き喚く間もなく避難所での生活に飲まれ、叫びたい衝動を理性で必死に押さえつけてきた。

 だが毎夜、理論武装した鎧が剥がれ無防備な心に喪失感と絶望が差し込む。

 

 そんな無理に無理を重ねた心に気付けず、あまつさえ寄りかかってしまった和真は己を恥じる。

 

「……大丈夫だ」

 

 しかし、おかげで和真は絶望から立ちあがった。

 たった今、運命に立ち向かう意思を和真は決意する。

 

 布団の中にいる桂里奈を抱き寄せると、桂里奈は和真の胸の中で涙を流す。

 

 再会したとき、妹は兄を不安にさせない為にどれほど無理をして平静を装っていたのだろうと思う。

 まだ14になったばかりの少女が、平静な筈がないのに、どれほどの不安と悲しみの中一人で耐えていたのだろうと、無遠慮に寄りかかった自分が許せない。

 

「お兄ちゃん……、怖いよ……」

 

 だから、今度は自分の番だ。

 和真は自らに言い聞かせる。

 

 弱い所は見せた。

 だからこそ、今度は自分が支える番だ。

 

「大丈夫だ、桂里奈。オレが、守るから。もう、お前を一人になんかしない……!」

 

「お兄、ちゃん……」

 

 声をかけ抱きしめると、妹は安堵したように寝息を立てた。

 

 和真は、決断する。

 

 

――――

 

 

「昨日? 泣いてた? さぁ、寝てたから知らない」

 

 一夜明け、昨日の事を和真が聞くと、案の定とぼけられた。

 昨日桂里奈が起きていたのか、それとも(うな)されていただけだったのか、真実は分からない。

 ただ、桂里奈の頬に、涙の痕が残っている事から、和真の夢ではない事だけは確かだ。

 

「あのさ、オレ――」

 

「――そういえば、まだ見せてなかったね。はいこれ」

 

 渡されたのは、避難所の過ごし方について書かれた冊子だ。

 

「食事の配給時間とか、お風呂の時間とか決められてるから、ちゃんと守らなきゃだめだよ? あとトイレは共用。ここからは結構遠いから面倒よね」

 

 和真たちが今いる場所は体育館を間仕切りで区切った避難所だが、この体育館にはトイレが無いらしく、校庭の隅か、校舎の中までいかないと入れない。

 

 しかも、トイレの数は避難所の人数と比較して圧倒的に足りないので、かなり不便を強いられる。

 

「お食事も、わたしは少食だからなんとか足りるけど、お兄ちゃんみたいに育ち盛りだと足りないかもね」

 

「うう、そうか……。昨日香織さんがメシ置いて行ってくれなかったら死んでたな……」

 

 新垣香織は、三日ぶりに目覚めて何も口にしていない和真の為に、こっそり食料を置いて行ってくれた。

 本来であれば、軍病院で手続きした後、EDF基地へ移動し、そこで一泊し食事をとる予定だったそうだ。

 

 それを、新垣香織が機転を利かせて食料を持ってきてくれたのだ。

 本当に彼女には世話になりっぱなしである。

 とはいえ、軍病院や避難所にいる人々の面倒を見る。それが看護師である彼女の仕事でもある。

 

 それが彼女に出来る日本を、そして弟を助ける方法。

 なら、安藤和真に出来る事は――

 

「桂里奈! 言う事がある。オレは! ――EDFには、行かない。このまま、お前と一緒にここにいるよ」

 

 意を決して妹に話す。

 正直、迷いはあった。

 保坂の手引きでEDFに入り、コンバットフレームを駆ってフォーリナーを撃退する事が、妹を守る行動につながるのではと、桂里奈の無理を悟るまではそう考えもした。

 

 でも、不安で今にも潰れそうな妹を一人残して、ここを離れる事は絶対に出来ない。

 

 桂里奈にとっては突然の話だったが、昨日の、やたらと真剣な面持ちで、EDFにいる香織の弟の話を聞いた事で、桂里奈にも察しは付いていた。

 それに、民間人が初めて乗ったコンバットフレームを操り、多数の敵を撃破するという大戦果を上げて、EDFから目を付けられない筈がないと考えていた。

 

 それどころか再会する前は、会う事の出来ないまま兄はEDFとして戦い、そしてそのまま死んでしまうのではと、そこまで考えていた。

 だから、無事兄と再会したときは本当に嬉しかったし、EDFで戦う新垣弟の話を聞いたときは行ってしまうのではないかととても不安になった。

 

「……そっ、か。わざわざそんな事言うなんて、やっぱりあたしの考えてること、分かった?」

 

「まぁな、兄妹だし。オレがEDFに行くんじゃないかって不安に思ってるだろうなぁってな。少し悪い気はしたよ」

 

 自分が、EDFにいる新垣弟の事について真剣な面持ちで聞いた事で、妹が不安に思ったのではないかとは和真も気付いていた。

 ただ、和真の思った以上に桂里奈が不安や孤独を抱えていた事に気付けなかったので、兄としてまだまだだと改めて思う。

 

「……でもそれは、だめだよ。お兄ちゃんはコンバットフレームを操縦できる腕があるんだから、それは皆の為に役立てないと。怖がってないで行きなよ馬鹿兄貴」

 

「怖がってんのはどっちだよ。いやま、オレもそりゃその話乗ったら戦場に行く訳だし怖いけどよ。行くとしても今じゃないだろ。しっかり者のフリして案外寂しがり屋だもんな、お前」

 

 調子の戻った和真は、容赦なく妹の弱点をあっけらかんと暴いてゆく。

 

「はぁ? べ、別にそんな事ないもん。こっちで友達作れば寂しくないもんね」

 

 強がって、ぷいと背を向ける桂里奈。

 

「はは、お前友達作るの苦手だろ。察しが良すぎるのも考えもんだよな」

 

 一人でいると、”この人とは仲良くなれない””この人と仲良くするには自分は足りていない”と勝手に線引きをしてしまって無邪気に人と話すのが難しく思っていた。

 仲の良かった地元の同級生とも離れ離れで生死も確認できず、今ここでは孤独だった。

 

「馬鹿にしないでよ」

 

「褒めてんだよ。……大丈夫。今度は、一人にしないから」

 

 優しい声が、和真の内面を表していた。

 

「……うん」

 

 こうして安藤和真は、規格外の操縦技術を持ちながら、間接的な保坂少佐の誘いを断り、妹と二人で避難所で暮らしていく事になった。

 避難所での生活は窮屈で、そして日を追うごとに収容人数は増え、過酷さは増していった。

 

 だが、妹との生活は悪くなく、徐々に避難所での知り合いも増え、和真の陽気さに惹かれるように友好関係は広がっていった。

 

 ここでの生活も悪くない。

 そう和真も思い始めた。

 

――――

 

 それから二週間と三日後、2月28日。

 日本国京都臨時政府は、EDF極東方面第11軍全軍撤退勧告を受け、国土の完全放棄を決定。

 事実上の日本国土陥落となった。

 

 その決定は日本国民を震撼させ、彼らを例外なく絶望に叩き落した。

 当日から、政府関係者や富裕層の退去が始まり、一般国民やEDF兵士たちは日本に取り残される焦燥感を覚える。

 

 臨時政府はマレーシアに亡命政権を立てるが、日本国民全員を収容するキャパシティはマレーシアには無く、国民は難民受け入れを行っている各国に散り散りとなって順次移住する。

 

 民間人には、自動的に振り分けられた移住先の国のチケットが配布された。

 

「インドネシアか……。臨時政府が近いから、声は届きやすそうだがね。アンタらは?」

 

 食料の配給を指揮する、浦田直子という避難所職員が二人に声をかける。

 二人はいろいろと避難所に慣れてから、この人の下で食料配給を手伝っていた。

 二人以外にも、避難所の人がボランティアとして働くのは珍しくない。

 

 そもそも浦田直子という女性も、元々学校給食センターの職員で紆余曲折あって避難所の食料調理・配給係となっていはいるが給料などあってないようなものであるし、ここにいる殆どが今はボランティアみたいなものだ。

 

「桂里奈は? そっか、さすがに一緒か! ウチらは……ボツワナ? どこ、これ……」

 

「ボツワナはアフリカの内陸国だね」

 

 直子がサラリと答える。

 

「アフリカ!? と、遠いっすね……」

 

 聞いた事のない国名に、和真は頭がクラクラする錯覚を覚える。

 さすがに家族を分断するような事は無いらしく、桂里奈と離れる心配はないが、せっかく仲良くなった避難所の人達とバラバラになるのは悲しい。

 

「私はタイね。前線が近いけれど大丈夫かしら……」

 

「わあ、じゃあわたしと同じだ。向こうでもよろしくね、香織さん」

 

 新垣香織と、村井茉奈は同じ避難場所らしい。

 

 あれから三週間程度。

 安藤和真は持ち前の行動力と陽気さで、多くの知り合いを作っていた。

 

 そのうちの一人が、浦田直子という食料配給員。

 和真は当然知らない事だが、レンジャー2の浦田和彦伍長の妻である。

 夫が居ながら夫公認の男漁りが趣味という変わりすぎている女性だが、避難所にはちょうどいい年齢の男が居なくて退屈している。

 

 そしてもう一人、村井茉奈。

 仙崎が横浜で助けて以来、極東本部の避難所にいたが、歩行要塞のプラズマ砲撃によって基地機能・地下シェルター機能を失ってからは、避難所を転々として、今はここにいる。

 

 14歳の彼女は、安藤桂里奈と同い年の上、共に両親を失っている為何かと気が合うようだ。

 

「へぇー、茉奈と直子さんはいっしょかぁ、いいなぁ~」

 

「オレ達だけクソ遠くないか? 誰か近くに……」

 

「へへっ、どうやらオジサンと同じみたいだぜェ? よかったなァボウズ!」

 

 酒と煙草で潰された喉から出る、濁声が和真に応える。

 

「ゲ!! 徳河のおっちゃんかよ!! ツイてねぇ……」

 

 和真はヒゲ面の白髪頭を見て心底残念そうにする。

 

「ハッハァ! ツイてないとはひでぇ野郎だ! 一緒にユンボ動かして楽しそうにはしゃいでたの忘れたのかァ?」

 

 彼の名は徳河重治。

 御年59歳の男性だが、年齢に似合わない童心と力強さを持っていて、今の仕事は主にユンボと呼称される油圧ショベル類の重機を使用して、EDF工兵隊と共に避難所の拡張・整備工事を行ったり、その他設備の点検・修理・拡張を行ういわゆる”工事のおっちゃん”だ。

 

 酒の飲みすぎで体を壊しており、EDF工兵隊としての任務には耐えられない事からこのように避難所の維持に尽力している。

 

 昔から重機操縦士一筋で食って来ており、更に元バルガパイロットでもある。

 バルガは安全性やコスト運用で問題を抱えており、更に2020年の桜獄山噴火災害救助事故での決定的なスキャンダルもあり、実際の工事現場で運用される事無く終わったが、メインパイロットの一人に選ばれた彼の訓練風景は、ベテラン重機パイロットらしい精錬されたものだった。

 

「あれは……まぁ楽しかったけどな! やっぱああやって何の気負いも無くただ動かせるってのは楽しいよな~!」

 

「だろう!! 重機の操縦は男のロマンだよなァ!! 向こうに行っても整地は必要だろォし、いずれボウズにもやってもらうぜ! 特にお前は、スジがいいからよォ」

 

 ロマンという言葉で繋がってテンションを上げる二人。

 和真としてもコンバットフレームには及ばないが、操縦席に座って二本の操縦稈とペダルで操作する感覚は割と近いものがある。

 

 そういう方向に進むのもアリか、と和真もだんだん思えてくるくらいには、重機や徳河にも親しみを覚えていた。

 

「……本当に、日本から離れるんだね。わたしたち」

 

 一通り行先の確認が終わった所でテンションも維持できなくなって、茉奈がつぶやいた。

 

「……そうだねぇ。アタシも、夫と多分離れ離れになっちまうだろうし、他のみんなともこれきりかねぇ。酷い時代に生まれたもんだ」

 

 浦田直子も普段の快活な様子がなりを潜め、消沈している。

 今までも日本が陥落するという可能性は皆自覚していたが、いざ直面すると埋めようのない大きな喪失感が皆の胸に重く圧し掛かっていた。

 

「まァそう落ち込むモンでもあるめェよ。EDFがなンとか活気を取り戻して、奴らを日本から追い出せば済む話じゃァねェかよ。アイツらだってただやられるだけじゃねェのは皆分かってる筈だ。なに、それまでちょいと長い海外旅行と洒落込むだけて考えりゃァ、そンなに悪ィ話でもねェだろ。なァカズマ!」

 

 徳河は彼らしく気楽に構えているのか、もしくは皆を元気づけようと振る舞っているのか判断できなかったが、和真はそれに乗る事にした。

 落ち込んでいるのは、やはり性に合わない。

 

「そうそう! それにしてもボツワナってどんなところだろうな。逆に楽しみじゃね? わはは……」

 

「お兄ちゃん分かりやすすぎるよ……」

 

 ただ、彼の場合は無理やりテンション上げようとしてるのが分かりやすすぎた。

 それほど突き詰めたポジティブ思考でもないらしいと、今初めて彼は自覚した。

 やはり普通に皆と別れて日本を離れるのは悲しい。

 

「た、大変だ!!」

 

 避難所の管理運営を行っている一人の男性が、慌てて飛び込んできた。

 

「EDF極東司令部が、日本からの撤退を拒否したぞ!! 今会見やってる! テレビを点けるんだぁーー!!」

 

 慌てて、避難所に付いている大画面のテレビを点ける。

 そこには、簡易な設備で会見を行う榊玄一少将の姿があった。

 

『――よって、我々EDF極東方面第11軍司令部は協議の結果、現有戦力での日本防衛は可能、ないし不可能と判断するには時期尚早だという結論に達しました。よって我々は! 独自に日本防衛の任務を継続し! 日本の国土を日本国民の手に取り戻す事べく戦い続ける事を、ここに誓います!!』

 

 声高々と、榊少将は誓いを掲げる。

 国民にとっては本当に寝耳に水の驚きだった。

 




安藤和真の話終わりませんね……。
しかしまァ文量の割に全然話が進まないんだなこれが!
結構地の文クドいかも知れない。

まさかこんなボリュームになるとは。
早く話進めろよ、って思われてそうw

で、終わったらどんぐらいの長さになるか分かりませんが世界情勢の話とか北米戦線の話とかを軽く書きたいと思ってたんで、

まだまだ先には進まないんですよねぇーー!
でもちゃんと書きたいんだ……!

という訳で人物紹介行きます!

安藤桂里奈(あんどう かりな)(14)
 安藤和真の三つ離れた大人びた雰囲気の妹。
 兄と違って学業の成績は良く、理数系が得意。
 余り感情を表に出さず、冷静かつ客観的に物事を見る。
 それゆえ人付き合いが苦手で、友達は多くなかった。
 大人びて見えるが、無理をして強がっている事も多々あり、そんな時ばかり無駄に察しの良い兄に見破られてしまう。
 兄は兄で、出来の良い妹が大好きだが時々頼ってしまうので、互いに頼り頼られる関係でいる。


浦田直子(うらた なおこ)(28)
 サバサバした派手めな女性。
 浦田和彦の妻で、二歳年上。
 元学校給食センターの職員で、紆余曲折あって避難所での炊事ボランティアを受け持っている。
 料理と男遊びが趣味で、一夜限りの関係と思ったが彼と意気投合し、そのまま結婚に至った。
 二人ともノリが軽いものの愛情は本物。
 ただし飽くまで各々の趣味として異性と遊び歩いたりするのを許可し合っている。
 結婚したとき、浦田和彦は既にEDF隊員であり多忙であった為、またお互い踏ん切りがつかなかった為子供は作っていない。
 が、今はお互い密かに、戦争が終わって平和になったら子供を作りたいと思っている。
 
徳河重治(とくがわ しげはる)(59)
 髭を蓄えた白髪頭の豪快な男性。
 土木・建築工事や設備の点検・整備など広く行う避難所の工事全般作業者。
 若いころから重機操縦士として働き、元バルガパイロットでもある。
 だが酒の飲みすぎで体を壊し、薬を定期的に飲まなければいけない。
 建設重機に興味を持った和真を可愛がっており、その操縦センスに舌を巻いている。
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