全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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幕間1 安藤和真(Ⅲ)

――2023年3月3日 大阪府堺市 第七生活避難所 旧市立第二中学校――

 

「――よって我々は! 独自に日本防衛の任務を継続し! 日本の国土を日本国民の手に取り戻す事べく戦い続ける事を、ここに誓います!!」

 

 榊少将の宣言が声高々と響く。

 その言葉に、避難所には初めに困惑が起こる。

 EDF総司令部と日本臨時政府が放棄を決定して三日。

 既に人々は信じがたい日本放棄を現実として受け入れ、新たなる移住先へ思いを寄せていた。

 

 当然だ。

 比較的開放的に公開される戦況からは、絶望的な戦力差が伺える。

 確かに、被占領地域こそ未だ関東周辺で押さえてはいるが、フォーリナーは一日単位でその支配領域を広げていて、EDFはそれに比例して莫大な損害を連日被っている。

 加えて、敵大型種である四足歩行要塞や巨獣に関しては有効打が見込めず、同じ目に遭った国や地域が成すすべなく虐殺の対象になったのを日本国民は知っている。

 

 次は自分たちだ。

 そういう思いを誰しも抱えていた。

 

 一方で、自分たちがここから去れば、本土は核集中運用によって敵戦力の殲滅と引き換えに焦土になるのではないかという危機感もあった。

 日本臨時政府はこれに猛反発の意思を見せているが、旧政府首脳陣が軒並み無くなった政府の力は国際的に弱いと見て間違いない。

 

 紛れもなく、日本は滅亡の道を一直線に進んでいたのだ。

 

 そんな中でのこの徹底抗戦の声明。

 人々は困惑をよそに、ただ声を聴き続けた。

 

『ただし、これはEDF南極総司令部と日本国臨時政府の決定に、ひいては世界に逆らう行為に他ならないでしょう。

 日本は、只今から国際支援の殆どを絶たれ、江戸時代以来二度目の鎖国状態に突入します。

 そうした中、戦線を維持し、日本奪還を行うには我々EDFだけでは不可能です。

 食料、燃料、装備、電力など、あらゆるものを維持する日本国民の皆様の支えが不可欠なのです。

 しかし、これより日本は地獄の戦場と化すでしょう。

 奴らは、フォーリナーは民間・軍事関係なく破壊の限りを尽くす。

 後方地域にも常に命の脅威は存在し、我々にはその脅威から全てを守る事は残念ながら出来ない。

 予定通りならば、今皆さまの手元には、日本脱出後の居住地域の書いてあるチケットがあるはずです。

 日本人一人ひとりの命を守る為、避難する事を強く推奨します。

 避難した先で、来るべき日本の国力維持の為、日本人の紡いだ文化や精神を守って頂きたい。

 そうした人々が居るからこそ、我々EDFは命を賭して戦い意味を見出せるのです。

 その上で! 伏してお願いする! 自らの命を懸けて、EDFを支える勇気のあるものがいるならば、この苛烈なる戦場と化す日本に残って頂きたい! 

 我々は、貴方たちの命を守る事を確約できません。

 日本を必ず取り戻すと、誓う事は出来ません。

 しかし、どんなに絶望的な状況になろうと、我々は最後まで、この日本を護る為に戦い続けると誓います!

 どうか、勇気ある決断を!!』

 

 榊少将の演説が終わった。

 瞬間、避難所は沸いた。

 

「「うおおおぉぉぉぉぉーーー!! EDF!! EDF!!」」

 

 彼の演説が、日本国民、ないしこの演説を聞いた人間の心に火を灯した。

 日本陥落、そんな絶望的な字面を吹き飛ばした。

 

 異例の決断で、軍組織としては到底許されない独断専行だ。

 主権国家の意思を無視し、軍上級司令部の命令を無視し、あまつさえ国民を戦場に巻き込んで諸共砕け散ろうとしている。

 

 日本臨時政府にとっては重大な主権侵害であり、巨大な組織を巻き込んだ軍部の暴走と言うに他ならない。

 EDFとは国連直下の国際軍事組織であり、一国に肩入れして軍事力を行使する組織ではない。

 それが国家の決定を無視しての事なら猶のことだ。

 

 他の戦場で投入されるべき貴重な資源・兵士・装備・そしてノウハウをここで使い潰す事は、ひいては人類全体の損失に及び、人類滅亡に加担する最も愚かな行為であると世界中の人間は非難するだろう。

 

 ”まともな”感性を持った人間が、EDFコールを騒ぎ立てる”狂人”に正気を問いただす。

 

「待て待て、馬鹿げてる!! みんな正気か!? EDFはやられ続けてる上に日本は半分以上侵略されてるんだぞ!? 勝てる訳がない!」

 

「EDF総司令部も日本臨時政府も撤退する! ここに残っても未来は無いのよ!!」

 

「EDFは、国民全員を使って玉砕する気なのか……? かの世界大戦の愚を繰り返してなんだというんだ……!」

 

「しかも鎖国状態だって!? 正気じゃない! きっと全世界から凄い反感を買うぞ!? 分かってるのか!? ここに残ったら日本人は世界中の反逆者になるようなもんだぞ!!」

 

「今は人類全体が協力して滅亡の危機に対抗するべきなのに……、それでもEDFか!!」

 

「あぁ……、榊司令はついに気が狂われてしまったのか……。まるでかつての帝国を見ているかのようだ……」

 

「EDFめ……! どこまで横暴なんだ! 奴らは戦争に乗じて日本国の主権をかすめ取ろうとしている!! みんな騙されるな!! 日本を乗っ取られるぞ!!」

 

「EDF反対!! EDFの横暴を赦すな!!」

 

 後半に行くにつれ、行き過ぎた発言が目立つが、それ以外は概ね世界の常識に等しい。

 

 重ねて言うが、EDFの情報公開によって日本国民は今がどれほど絶望的な状況下は知っている。

 

 EDF兵士を含む日本国総人口一億七千万人のうち、開戦から今まで凡そ三割に相当する約4800万人という夥しい死者を出し、ここまでで既に約二千万人が既に国外退去を済ませている。

 

 尤も、死者に関してはマザーシップの初撃で1300万人近い死者を出したこと、首都圏を起点とする電撃的侵攻で大都市が次々に避難も間に合わず陥落した事、その他にもレイドアンカーの落下で全国で少なくない被害が出た事、世界有数の人口密度を誇り、国土の大半が険しい山である事など、彼我の戦力差を加味すると、死者に限って言えば少ない方だと言えるのが皮肉ではある。

 

 ただ、フォーリナーの侵略に歯止めが効かないので、この数は増え続ける一方ではある。

 その上、今日本国内には二つのインセクトハイヴと言われる巨大生物の巣、戦術核級の巨大プラズマ砲を速射する四足歩行要塞エレフォート、全長凡そ70mはあるとみられ、破滅的な雷撃で多くの都市を破壊し尽くした雷獣エルギヌスが国土を蹂躙し続け、EDFはその標的に有効な攻撃をしているとは言い難い。

 

 つまり、まともな見方をすればほぼ”打つ手なし”の状態だ。

 更に、一部の噂ではEDF総司令部は日本本土に核攻撃による敵殲滅を命令したという話もある。

 ここに留まれば、味方の核で焼かれないとは言い切れない。

 

 残るなど、まともな感性があるなら考えられない事だ。

 

「おい! このまま日本を捨てるのか!? EDFはまだ、戦うって言ってるのに!?」

 

「無理よ……! 勝てるわけがない……! このままみんな死ぬっていうの!?」

 

「俺達日本人だろ!? ここで立ち上がらないでどうして胸を張って生きて居られる!? 逃げる奴は、日本国民の誇りを忘れたのか!?」

 

「なんだと!? 日本政府は撤退を決定したんだ! 政府に従わない勝手で世界を乱し、日本を貶めるな! このEDFの犬め!!」

 

「何とでも言えよ……! 俺は残って戦うぞ! 難しい事は分からないが、家族の仇を討てるなら、なんだってやってやる!」

 

「どうせこのまま逃げたってフォーリナーの攻め込まれるだけだ。避難先の国家が安全だなんてどこに保証がある!? だったら、ここに残って少しでも持たせた方がマシだ!」

 

 日本を捨てたくない、この土地を離れたくないという者は水を得た魚の様に活気づいてEDFに賛同した。

 彼らも数刻前までは、EDFや政府に従い離れる意思を受け入れていた。

 どれほど日本が、この国が好きだろうと、戦う力が無ければ無駄死には免れない。

 フォーリナーの侵攻とは、それほど絶対的なものだ。

 

 だがEDFなら。

 EDFが残って力の限り戦うと言うなら、それを信じて支えられる。

 生涯の大半を過ごした老人達が、子を失った親が、親を失った子が、友人を、隣人を、日本を愛する国民が各々、ここに留まり戦う決意を胸に宿した。

 

「おいよせ! 全員が全員日本に残ればいいってもんじゃない! 後ろに下がる奴らを非難するな! あんたも残った奴らを煽るんじゃない!」

 

「別に責めるわけではありませんが、去りたい人は去るべきと思います。命を懸けられないのであれば、ここに残るべきではないかと……」

 

 日本に残る決意を早々に固め逃げるものを非難するもの、EDFを横暴と決めつけ残るものを売国奴や非国民などと脅すもの、それらの仲介に必死になるものが、徐々に落ち着きを見せ始めた。

 

 それこそ人間同士で敵意を向ける事が愚かであるなど、ここにいる全ての人間が自覚している事だ。

 納得は行かないまでも、怒鳴り合う声はなりを潜めた。

 

 そして、残る一部の人間は粛々と準備を進めていた。

 その多くは、直接戦場を目にし、避難してきた者たちだ。

 良くも悪くも肝が据わり、避難するにせよ残るにせよ、冷静な判断を下した。

 

「アタシ、残るよ。EDFが残るって事はダンナも残るって事だ。それなら、アタシがここを出て行く理由がないからね! 兵士や残るバカどもに、旨いメシを喰わせてやらんといけないしねぇ」

 

 和真たちの中で、真っ先に表明したのは、浦田直子だ。

 彼女の様に炊事に従事する人間は、一人でも多く欲しい筈だ。

 

「私も……ここに残ります。戦闘がある以上負傷者は出ますし、看護も必要ですからね。それに、私も直子さんと同じく家族が戦っています。なら姉として、命が脅かされようとここは離れる訳には行きません」

 

 新垣香織も続いて宣言する。

 柔らかい表情をしながらも、決して折れない決意のようなものを纏わせていた。

 

「んじゃ、一緒にメシと看護でEDFを支えるとしようか! 茉奈ちゃんはどうすんだい? 避難するとしても一人じゃキツいだろうから、誰か知り合いを当たってみようか?」

 

 元々遠い親戚という事で茉奈の保護者的立ち位置だった直子が意見を伺う。

 疎開先の国で、誰も知り合いがいないのは辛いだろう。

 

「うーん、わたしも残ろっかな。二人に釣られた訳じゃないけど、誠さんだってまだこっちで戦うだろうし、わたしも何かの役に立ちたいな。それに……。わたしの家族もみんなここで死んじゃってるし、ここがお墓みたいなものだからね。やっぱ離れるのはないかなー。直子さん、わたし今日から頑張って覚えるから、なにか仕事くださいな」

 

 独特の、まるで近所に出かけるかのような緩い口調で話す。

 

 その実、茉奈の意思は固く、子供ながらもその辺の大人よりしっかりした覚悟を持った発言な事は、この場にいる皆は分かっていた。

 

 それにとどまらず、自分にできる事として仕事をしようと行動する。

 むろん、避難所生活の間、まだ14歳とはいえ何もしていなかった訳ではない。

 

 今や家や家族を失った戦災難民の避難所は無数にあり、人手など全く足りないので、年齢にかかわらず各々が共同で避難所の維持に努め、成り立っていた。

 それでも、それは所詮自分たちの生活を支えるものでしかなく、日本防衛に貢献したとは言い難い。

 茉奈や皆も、戦災難民の立場に収まらず、EDFを支えるという意欲に満ちていた。

 

「オレは……っ。桂里奈は、どうしたい?」

 

 三人分の話と決意の顔を見て、和真は”自分も残って戦う”と言いかけて喉元で止める。

 自分は桂里奈を守らなくちゃならない。

 そうであれば、日本に残るのは妹を危険に晒すことになる。

 

 常識で考えれば、妹を安全にしたいなら国外脱出以外の選択はない。

 ただし、妹の考えは分かっている。

 

 きっと、自分と同じだ。

 

「あたしも、やっぱ残りたいよ。お父さんが最期まで働いて守ってたこの国を、お母さんがあたし達を育てたこの場所を捨てたくない。例えここで死ぬとしても、あたしは最期までこの国で一緒に戦いたい」

 

 桂里奈は和真の目を真っ直ぐ見て言った。

 それは、到底14歳の少女には映せないような決意の瞳だった。

 

「そっか……、……。おし、んじゃ一緒に残ろうぜ! お前がそう言うなら、オレはここで全力で桂里奈を守るよ」

 

 一瞬の迷いはあった。

 無理にでも国外に連れていくべきかと。

 だがそれは自分にとっても苦渋の決断ではあるし、何より桂里奈の強い意志を曲げなれないだろう。

 

 なら、この場所で全力で守っていくだけだ。

 

「ハッハァ! いい決断をしたなカズマァ! 一生懸命家族を守る。それこそ長男の甲斐性って奴だ! 所で、誰もオジサンの事は聞いてくれない訳ェ?」

 

「なんだいわざとらしい。どーせあんたも残るだろ? EDFが活動するなら、まだ工兵の出番もあるだろうしねぇ?」

 

 徳河のわざとらしい言葉に、直子が乗っかる。

 

「拾ってくれてアリガトよ直子ちゃん。まっ、そりゃそォだ。ここでお前らの帰る”家”を維持すンのもオジサンの仕事ってな。それと俺は工兵じゃねェっての」

 

 徳河が最後を持って行った事により、結局ここの全員は日本残留を決めたのだった。

 

「なんだ、結局ウチら全員残るのかよ。周りもだいぶ落ち着いてきたし、結構意見は割れたみたいだな……」

 

 和真が周りを見渡す。

 白熱した言い合いは乱闘に至ることなく一旦冷静さを取り戻し、各々自身の考えを纏めていた。

 

 しかし、時間はない。

 本日から、日本から脱出する航空機、船舶は稼働する。

 皆荷物は纏め終え、これから乗り込み……という矢先の演説だった。

 

 そして翌日。

 

 臨時政府の主導する国外脱出便の第一便に乗って多くの人間が日本を離れた。

 日本に残る事を決めた人々は纏めた荷物を荷ほどきし、広くなった避難所を使い始めた。

 

 やがて国内に残ったのは、兵士にせよ後方インフラ維持の民間人にせよ、命を賭して日本を護ると誓った覚悟ある者たちのみとなった。

 

――――

 

 それから約一か月後。

 和真と桂里奈は大阪・神戸をまたぐEDF極東第一工廠の労働者集合住宅に引っ越し、そこで勤め始めた。

 二人はコンバットフレーム製造ラインに配属され、和真はなんと最終調整を担当するパイロットとして活躍する事になった。

 

 徳河重治は西日本各地で簡易集合住宅の建設事業に参加し、おかげで日本の住居環境は僅かずつだが改善されていった。

 

 新垣香織は引き続き大阪のEDF軍病院に勤め、負傷兵の手当と看護を行っていた。

 彼ら彼女らが元居た避難所は解体され、今は軍用糧食を生産する簡易的な合成食品工場になっていて、浦田直子と村井茉奈は共にそこで働いていた。

 

 EDFを含めた、日本在住の人口は五千万人を下回り、その殆どが北海道か九州に住んでいた。

 

 北海道は大規模食品工場を始めとし、高性能ビニールハウスや農場での食料生産をほぼ一手に担っているが、樺太側と本州側からレイドシップの上陸が始まっており、更に防衛を担当するEDF第五軍団は本州への度重なる戦力抽出によって弱体化している為、自衛隊との共同戦線で何とか場を持たせている。

 

 九州では発電所を急ピッチで増設し、日本の人類生存圏の電力を一手に担っている他、大小さまざまな工業地帯を持ち生活必需品や軍用装備を含めた多くの物資を生産している。

 

 一方、EDF極東方面第11軍の残存勢力は西進するフォーリナー群に対し孤軍奮戦を行ったものの、この間にも戦況は悪化の一途を辿り、3月20日にはついに要衝と謳われた名古屋が陥落。

 フォーリナーは、大阪以西の生存圏に確実に迫りつつあった。

 

 そして、名古屋陥落の知らせから二日後、3月22日。

 

 

 ――新垣香織の元に弟、新垣巌が戦死したと知らせが入った。




ぜんぜん終わりませんね。
予定ではあと二話くらいかかりそうな感じ……。
自分としては書いてて楽しいですけどね!
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