全地球防衛戦争―EDF戦記―   作:スピオトフォズ

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長いけどもう気にしない事にするのです


幕間1 安藤和真(Ⅳ)

 2023年3月22日、三重県沿岸部で新垣香織の弟、新垣巌は戦死した。

 

 名古屋防衛戦が終わり、部隊の撤退中、巨大生物の集団に部隊が襲われ、その奮戦の最中、命を落としたようだ。

 

 遺体は無く、遺品だけが虚しく送られてきた。

 香織はその遺品を抱え、一晩中涙を流した。

 

 ――それから一週間後の3月29日。

 

 休暇を貰った安藤兄妹は、久しぶりに香織に会いに行った。

 

 香織の姿を一目見て、二人は何があったか察することが出来た。

 それほどまでに、日本では身内や知人の死が相次いでいた。

 

「香織さん……。大丈夫、ですか……?」

 

 なんて間抜けな事しか聞けないんだろうと和真は自分を恨む。

 少し会わないうちにやつれたような錯覚を漂わせる彼女は、どう見ても大丈夫ではない。

 彼女は弟、新垣巌が戦死し、遺品だけが届いた事を二人に打ち明けた。

 

 以前あんなにも楽しそうに話していたものだから、二人とも同情を禁じ得なかった。

 特に和真はもらい泣きまでしてしまう始末だ。

 

 それでも彼女は、最後にこう付け加える。

 

「……大丈夫よ。こうなる事は、覚悟していたもの」

 

 気丈に振る舞い平静を見せる事で、己自身も立ち直ろうとしていた。

 

「香織さん、無理しないでくださいね。あたし達がついてますから」

 

 桂里奈も精いっぱい寄り添う姿勢を見せた。

 もはやこの避難所にいて、家族を失う辛さを知らない者はいない。

 

「うん。正直ね、遺品が届いた時は本当に辛かった。絶対に生き残ってまた会えるって信じて居たかったから……。でもこれが現実。巌はもういないけど、私は生きてるから。私も前を向いて生きていかなくちゃ」

 

 EDFで戦死者が出る度、知る者がこの世から去る度、毎日のように訃報が訪れる。

 慣れてしまう者もいれば、一向に慣れず悲しみに暮れる者もいる。

 

 だが、それでも皆に共通している事は、誰一人として生きる事を諦めていない事だ。

 たとえ日本が滅びゆく運命だとしても、最後まで運命に抗う事を止めはしない。

 

 あの日、絶望の日本に残ると決意した者は、兵士のみならず、老若男女一人ひとりに至るまで皆同じだった。

 だから香織も、前を向いて歩き続けるつもりで弟に報いようと決めた。

 

「それで……。あの、ちょっと変な話になっちゃうっていうか、興味ないかもしれないし、ちょっと個人的な話になるんだけど……、聞いてくれる?」

 

 ところが、香織の様子はどうも変な感じだった。

 

「んん? 別にいいですけど、どうしました?」

 

「へぁっ!? あの、オレ席外しましょうか?」

 

 照れたような、もじもじとした恥じらいをして話出そうとしたものだから、和真は何か変な勘違いをして慌てる。

 

「えっ? あっ、違うの! ぜんぜんそういうのじゃないから安心して!」

 

「もう、馬鹿兄貴、ホントデリカシーないんだから……」

 

 かえって赤面する香織と、兄に呆れて顔を覆う桂里奈。

 

「んがっ! なんでだよ、頑張って空気読んだつもりなのに……」

 

 ショックを受ける和真だが、その空気にくすくすと香織が笑いだしてしまう。

 

「ああごめんなさい、私のせいなのに。相変わらず仲が良いみたいで安心しちゃって」

 

 言いながら、自分がとても久しぶりに笑った事を思い出した。

 思えばこの数日、忙しさと悲嘆に暮れて笑う事も無かった。

 

「それでね。ちょうどついさっきなんだけれど、EDFの兵士さんが私の所に来たの」

 

「? 遺品を届けにですか?」

 

 茉奈が疑問を浮かべる。

 だとしても、兵士が直接来るのは考えられない。

 そういうのは総務部や事務の軍人が行う事だ。

 

「いいえ。その人は弟と同じ部隊の人で、私に直接、弟の事を教えに来てくれたの」

 

「弟さんの……。わざわざここまで」

 

「……そうなの。大仕事の前の最後の休暇、そう言っていたわ」

 

「大仕事って、アイアンウォール作戦……」

 

「多分、そう」

 

 日本防衛の趨勢(すうせい)を決める最終地、京都防衛戦”アイアンウォール作戦”は、既に全国民に布告されている。

 その為京都の住人は一人に至るまで全て強制的に避難を命令した。

 

 平時ならば軍主導の決定は強い反発を生むが、皆の意思が一丸となった今、避難は驚くほどスムーズに行われた。

 彼らはその財産の殆どを手放し、効率を優先した輸送手段で九州方面各地に疎開し、九州重工業地帯、発電所、その他生産施設・インフラ維持施設で勤務する事となった。

 また避難時に多くがEDF入隊を希望し、各地の駐屯基地にて訓練を行っている。

 

 そして九州方面のEDF第六軍団、四国中国方面のEDF第四軍団の大半が京都に向け移動を開始した。

 総兵力23万6000人の大移動だ。

 それにより西日本の戦力の大半が京都に集中する事となり、これから国民が向かう地に十分な防衛戦力は無くなる。

 万が一そこにフォーリナーが上陸した場合、成す術はない最悪の事態に陥る。 

 

 しかしその膨大な援軍は、フォーリナー群の京都激突にはわずかに間に合わない試算だ。

 一見失策に見えるが、到着時期をずらすことで、フォーリナーの大規模破壊によって京都が壊滅した場合や、物量に押し負けて突破を許した場合の後詰めの役割を果たすよう計算されている。

 

 更に援軍の主目的は京都防衛ではなく、京都防衛を起点とする本土奪還作戦の主戦力として進軍している。

 

 第六軍団、第四軍団は今まで開戦時のレイドアンカー落下に始まるフォーリナー侵攻を経験しつつ、大きな被害を出していない為そこそこの対F戦闘経験を持った大きな戦力を保有している。

 ただ、最新型にアップデートされた対F兵器は、前線に優先的に配備されたため満足な装備を保有しているとは言い難いのが現状。

 

 その為、神戸・大阪をまたぐEDF極東第一工廠は日に日に工場を拡大し増産を図っている。

 それを可能にする資源は、備蓄を急速に消費し、近年開発の進んだ日本近海の海底油田・海底鉱山(EDFは、世界的な軍備増強による燃料・鉱物資源不足を危惧し、莫大な予算を投じ手つかずの油田・鉱山の再開発を行った。

 日本近海の資源発掘もその一環だ。

 

 複数発見された内のいくつかは、日本の領海内に存在しており、EDFはその採掘資源の八割を徴収した。

 自国内にある天然資源の強引な搾取に当然反発の声もあったが、再開発から採掘にかかる費用は全てEDFが賄っていた為日本政府としては二割貰えるだけでも儲けものと言えた。

 

 が、反EDF思想の根強い層からは地球資源の無意味な浪費や、自然環境の際限ない破壊、国内自然財産の強奪、などと猛抗議を受けていた)の採掘を以てしても、半年後には枯渇する試算だ。

 

 まさに世界の想像を絶する、総力戦がここ日本では行われていた。

 

「そして彼……、水原亮介くんと言うんだけど、その、私の事が好きだって言ったの」

 

 話を戻して、新垣香織は続ける。

 アイアンウォール作戦前の休暇を使って新垣巌の死を伝えたかと思えば、急に告白を受けたという。

 

「えぇ!?」

 

「ひ、一目惚れですか!? だって、その時初めて会ったんですよね!?」

 

 二人も驚愕する。

 が、確かに二人の目から見ても彼女は美しいし、人も良い。

 何もおかしな話ではない

 

「うんん。私も覚えてるんだけど、大阪の軍病院で配給の手伝いをした時に声を掛けられたのよ。私の苗字を見て巌の姉かもって思って声を掛けたみたい。それから、部隊での巌の事とか近況とか色々話はしたの。それで、次に会ったのが、今日。弟の事、細かく教えてもらったの」

 

 それから香織は、二人にも新垣巌の最期を話した。

 彼女は悲しみを堪えながら、それでも最期まで勇敢に戦った巌の事を誇らしく語った。

 

「それを聞いて私、やっぱり巌は最後まで優しいままだったなって思って泣いちゃって。落ち着いたときその人が突然、私の事好きだって言ったの。私、ちょっと突然で受け止めきれなくて。でも笑って返事は後でいいって言ってくれたの」

 

 当然だ。

 心の整理なんてできる筈もない。

 だがきっと、彼もそれは分かっていただろう。

 

「……でもね。その人、きっとその後アイアンウォール作戦に参加するんだわ。私、ちゃんと返事してあげられなかったから、申し訳なくて……。もう、その人に会えなくなるかも知れないのに……」

 

 決死の作戦を前に、はっきりした返事が出せなかった事を悔やむ香織。

 アイアンウォール作戦は日本存続を賭けた激戦だ。

 

 これが最後の別れになる可能性は、高いと言わざるを得ない。

 

「それは。多分、大丈夫っすよ」

 

 和真が落ち着いた様子で口を開いた。

 

「まだはっきりしてないって事は、また香織さんに会う為に必ず生きて答えを聞きに帰ってくると思います。根拠なんてありませんけど……」

 

 最後だけ自信なさげに呟いたが、元気づける為に出まかせを言った訳ではなく、思ったことをそのまま言った。

 小声で、お兄ちゃんにしては良い事言うじゃん、と桂里奈は少し感心した。

 

 彼はそう、返事なんてもらえないと。

 そう分かったうえで、きっと彼は戦場へ向かったのだ。

 地獄へ向かう前に、後顧の憂いを断ち切って、決死の覚悟で戦いに行ったのだ。

 だから彼は、彼女に置いた思いを残して死ぬことは無いと、そう思った。

 

 ……が、実のところこれは、そんな恰好の良い話ではない。

 そんな複雑な事を考える頭は水原には無かった。

 

 水原は仙崎の言葉を聞き、ただ愚直に思いを伝えに行っただけである。

 もちろん死んでしまっては何も出来ないから、生きているうちに思いを伝えようと思ったのはある。

 ただ、別に死ぬつもりも、彼女を胸に生き残ろうという決意の為に行ったわけではなく、純粋にただ好きだったから告白しに行っただけであった。

 

 だからこそ、彼女の前では”重くない”雰囲気の自然体で話せていたが、内心緊張して自分で言った”返事は後でいい”という言葉も香織の言葉の意味も完全に勘違いしている当たり、まぁ頭残念という他ない。

 

 しかしそれが功を成したのか、少し後の話になるが彼は重傷を負いつつも生き残った。

 

「……、そうね。私も、そう思う事にするわ。また会ってちゃんと話が出来ると信じる事にする。話聞いてくれてありがとう。随分楽になったわ」

 

 二人に向けて、彼女は安堵の微笑みを浮かべた。

 

 

――――

 

 そして翌日、3月30日正午。

 京都防衛戦”アイアンウォール作戦”は開始された。

 EDFは京都を主戦場として最大戦力を置きつつ、防衛目標である大阪府を囲うように、奈良市から国道24号線を経て和歌山市まで伸びる戦線を最終防衛線として、戦力を配置した。

 

 EDF極東本部の作戦通り、戦いは京都を中心に展開してゆき、敢えて誘い込んだフォーリナー群と激しい市街戦を繰り広げる。

 ヘクトルというフォーリナーの新型二足歩行陸戦兵器の登場や度重なる地中侵攻などEDF側は多大な損害と不測の事態を受けつつ、作戦は順調に推移した。

 

 やがて日は暮れ日付が変わる目前に、事態は急変する。

 

「班長~! 安藤兄妹、仮眠から戻りました!」

 

 二人はEDF極東第一工廠のコンバットフレーム製造ライン最終工程の班長に敬礼をした。

 最初は慣れなかった敬礼も、次第に立派になっていた。

 

 ここで働き始めてから早くも一か月になる。

 まだまだ新人という所だが、二人とも覚えが良く、それなりに活躍をしている。

 

 桂里奈はコンバットフレームの配線の仕上げ確認の補佐を担当し、和真はコンバットフレームに搭乗して最終動作確認を任されていた。

 

 と、製造ラインにやたらいい匂いが漂っているのに気づき、二人で腹の音が鳴る。

 

「おぉ~、和真と桂里奈じゃないか! 久しぶりだねぇ、元気でやってたかい?」

 

「二人ともひさしぶりー」

 

 外から声をかけたのは、浦田直子と村井茉奈だった。

 

「直子さんと茉奈ちゃん!? 大阪の食料工場で働いてるんじゃ……!」

 

 驚く和真だが、見ると野外に炊き出しの設備があった。

 手を止めて何人かが並んでいる。

 

「ほら! あんたらもこっち来て喰いな! どうせ近頃碌なモン喰ってないんだろ?」

 

「うわぁ、ありがとうございます! いただきます!」

 

「あっ、こら桂里奈! ったく……、オレも貰ってイイっすか?」

 

 真っ先に駆け出す桂里奈に少し呆れながら、追う和真。

 

「あれ~? 和真さん、ちょっと見ない間になんか落ち着いてきた?」

 

 茉奈がからかうような視線を向けながら、おにぎりと味噌汁を渡す。

 簡素だが、しばらく固形食品やビスケットしか口にしていなかったので、二人やコンバットフレーム製造ラインの皆はとても嬉しがっていた。

 

「なんだよ前のオレが落ち着いてなかったみたいな。ま、まぁ、ここに来てから班長にさんざん扱かれたけどさ……」

 

 ちらと班長の方を見ると、彼はもう食べ終わって仕事に戻っている。

 一か月ぶりに二人に会って、色々と話したい事はあったが、あんまりのんびりしていると班長から怒号が飛んでくるだろう。

 

 それに、自分たちの作業次第で前線に送られるコンバットフレームの数が変わる。

 少なくとも今は、それがどんなに人命にかかわるかが分かっている。

 

 和真と茉奈は普通に腹が減っていたのもあって一瞬で食べ終わると、二人に感謝を告げて作業に戻る。

 

「和真こっちに来い、早速だがコイツだ! 武装が無くてレッドシャドウにリボルバーカノンを取り付けた! 重心位置の調整はしてあるが、なにぶん重量制限ギリギリだ。不具合が無いか確認してくれ! あんまり無茶な動きはするなよ?」

 

 小走りの班長に付いていく和真。

 同時に簡単な仕様書とチェック項目が載ったテスト報告書を渡されて軽く目を通す。

 

「分かりました! って、コレを五分でやるんですか!?」

 

「当たり前だ! とにかく前線には一機でも多くのコンバットフレームが必要だからな! 武装を運搬するとしても換装の時間が惜しい! 直接本体を送った方が早いのさ!」

 

 現在、コンバットフレーム製造ラインは通常かかる工程の時間の三分の一を短縮して量産されていた。

 それゆえ、通常より多い確率で戦闘に支障が出るレベルの不良品が発生している。

 

 そのロスを含めて考えても、通常以上の効率でコンバットフレームを前線に送り出せているので戦闘が終結するまではこの方法で量産体制を進めていた。

 

 むろん、工場作業者は軒並み倒れる寸前で、班長やそのほかの人間はかなりの長時間労働を行っていた。

 戦闘が始まってから、約12時間ほどだが、ここ極東第一工廠は、それより遥か前から限界を超えた稼働率を維持している。

 ともすれば、前線で戦う兵士以上に過酷な労働環境である。

 

 その彼らの努力があってこそ、EDFは満足に装備を整えられている。

 

「でもパイロットがいないでしょう!」

 

「そりゃそうだが人間だけはどうしようもねぇからな! それともお前が――」

 

 班長が言いかけた途端、辺り一帯にサイレンが鳴り響いた。

 フォーリナー来襲を示す、非常警戒警報だ。

 

「な!? なんだ!?」

 

「クソ、ついにここにも表れやがったのか!? おい! 動かせる奴は全員コンバットフレームに乗り込め!!」

 

「「了解!!」」

 

 工場人員が慌ただしく動き始め、和真も急いでコンバットフレーム・ニクスに乗り込む。

 

「ああクソ、桂里奈! 大丈夫か!? 直子さんたちは!?」

 

 外部スピーカーで声を上げる。

 不安と緊張で動悸が鳴る。

 何が来ようと、桂里奈を守って見せるという意思だけを強固に持つ。

 

 和真は桂里奈のいる建物の入り口を背にニクスを配置する。

 

「あたしは大丈夫! 工場や他の人もいるから」

 

 コンバットフレーム製造ラインの建屋は巨大で強固だ。

 とはいえフォーリナーの襲撃を受ければひとたまりもない。

 

 和真は無意識にトリガーに指を掛ける。

 このまま戦場に移送する予定なので、実弾は十分に装填されている。

 

 体感にして数十分にも感じる警報の後、EDFからの放送が街に響き渡る。

 

《第一級防空警報発令! 第一級防空警報発令!! 現在大阪・神戸を含む日本全域に多数のレイドアンカー降下が確認されました! 国民の皆様は至急屋内に退避してください! EDFは全力で迎撃を試みますが、破片の落下を含む不測の事態が予想され、非常に危険です! 繰り返します――》

 

 EDFの放送によって、脅威が判明した。

 フォーリナー陸上戦力の侵入ではなかったが、それに並ぶ脅威が街に降り注いでいた。

 

「ちっ……、アレかよ……!」

 

 和真はニクスのカメラを望遠にして、視界を空に寄せる。

 遠方上空、隕石のような赤い光の筋が数本見える。

 

 それを発見した直後、同じ本数の光の筋が地上から伸びた。

 光同士は空中で接触し、ひと際大きい光を放つ。

 

 そしてそこから分裂した無数の小さい閃光が地上へ向かって落下してくる。

 

「クッソォまずい!! 桂里奈ぁぁ!!」

 

 和真は急いで操縦席を出る。

 破片のいくつかはここに落下してくる軌道を取っていた。

 

「えっ、お兄ちゃん!?」

 

 工場に入って駆け出す和真を見て驚く。

 

「桂里奈こっちだ! みんな逃げろ!! 破片が降って――」

 

 轟音、衝撃。

 工場は停電し闇に包まれたが、やがて何か弾けるような音と火災が起こり、辺りが照らされる。

 

「桂里奈……、怪我、ねーか?」

 

「あたしは――って、お兄ちゃん!?」

 

 覆いかぶさるように倒れた和真は、瓦礫を受けて頭から血を流していた。

 

「二人とも! 立てるか!?」

 

 班長が駆け寄ってきた。

 彼も右腕を押さえていた。

 

「なんとか……!」

 

「あたしも、無事です!」

 

「すぐに避難するぞ! 奥の予備電源をやられた! 自動消火は作動してるが、万が一もある! 急げ!」

 

 奥では、スプリンクラーが作動し、消火を行っていた。

 

「和真さん! 怪我してる……大丈夫!?」

 

「和真!? 頭を切ったのかい! これを使いな!」

 

 外では直子と茉奈が避難していた。

 二人に怪我はないようだ。

 直子は持っていたタオルを止血用に渡す。

 

「ああ、だいじょう、ぶ――」

 

「お兄ちゃん!?」

 

 和真はタオルを受け取って頭に当てた瞬間、倒れてしまった。

 

「ちっ、和真を休憩室に運ぶぞ! ったく無茶しやがってよ!」

 

「手伝います!」

 

 班長が直子と協力して和真を休憩室に運んだ。

 

 ――1時間後。

 

 炎上した製造ラインの予備発電設備は消火が終わり、工場は問題なく稼働し始めた。

 今も京都では激戦が繰り広げられているし、今後も長く戦いは続く。

 資源が尽きない限り、生産を止める訳にはいかない。

 

 和真を含む怪我人は13人、そして破片の直撃で一人が亡くなった。

 

 修理と怪我人の看護の為、各地から人手が集まった。

 その中には、重機免許を持つ徳河や、看護師の香織もいた。

 

 外ではアンカーが数十分にわたって降り注ぎ、迎撃は間に合ったものの地上では混乱が続いた。

 破片による被害も無視できない。

 

 が、ここに残ったのは既に命の覚悟が決まった者たち。

 この程度の事で、狼狽えたりはしない。

 

 そして一時間がたった今、ようやく和真が目を覚ました。

 

「……か、桂里奈ぁッ!!」

 

 魘されていたようで、和真は突然跳ね起きた。

 

「あ、和真くん! 気が付いたのね?」

 

 近くにいた香織が反応する。

 

「桂里奈は、桂里奈は無事ですか!?」

 

 和真にとって、自分の体よりも気がかりな事だ。

 

「ええ、彼女に怪我はないわ、安心して。貴方の怪我も――」

 

「カズマ!! ちょうど目ぇ覚めてたか! たった今お前宛にエアレイダーから通信が入った! 意味は分かるな!? とにかく緊急事態と聞いてる! 悪いがすぐに来い!!」

 

 休憩室のドアを乱暴に開けた班長が、入って来るや否や無線機を和真に投げ渡した。

 

「わっ! とっ、と!」

 

 投げ渡された無線機を落としそうになり、なんとか受け取る。

 ここ一か月、班長は全てものを投げ渡すので、最初に比べたらキャッチが上手くなった和真だった。

 それはともかく、心当たりのあるエアレイダーなど、一人しかいない。

 

「あー、新垣看護師! コイツ連れていくが、怪我の処置に問題はないか?」

 

「あ、はい! 本当はもっとゆっくり休ませたいのですが……」

 

「いや、大丈夫です香織さん。オレ、行ってきます!!」

 

 覚悟を決めた目で、和真は答える。

 

「……、そう、ね。分かったわ。必ず……。必ず無事に戻って来るのよ! 私みたいに、桂里奈ちゃんに悲しい思いをさせないでね!」

 

 和真の目を見て、香織も察して見送る。

 彼女は、これで三人目だ。

 一人目の弟、巌は既に帰らぬ人となった。

 二人目の水原に答えを言えず送り出し、今三人目の和真も見送る事となった。

 

「……はい! 必ず!!」

 

 内心では、いつかこうなる事は分かっていた。

 もし自分に優れた操縦技術があるとすれば、後方で工場勤務などしてる余裕は――今の人類には、日本にはない。

 ただ、”妹を一人にしたくない”という個人的な理由で、それに気づかないフリをしていた。

 

 自惚れる訳ではないが、自分が戦う事によって助かった命もあったかもしれない。

 もちろん、コンバットフレームを製造する事で助かった命もあるだろうから一概には言えないが、それでも必要とされるべき場所から逃げていた自覚もあった。

 

 だから、時が来たのだと、ただそれだけを思う。

 

『あ~~、安藤和真クン? おひさ~』

 

 しかし、無線の主は和真の決意をぶち壊すような緩さで応答した。

 背後の悲鳴や爆撃音とは対照的な声、間違いなく保坂誠也に他ならない。

 

「んがっ! なんすか久々に電話してきた友達みたいな!!」

 

 思わず無線の相手につっこんでしまう。

 言いながら、班長の先導で和真はコンバットフレームの試験場に向かう。

 そこにはまだ、出荷前のコンバットフレームが残っている筈だ。

 

『あっはっは! 相変わらず元気そうだねぇ~。でもうん、前みたいな余裕のない声とは大違いだ。成長したね』

 

 突然優し気な声色で、自信を肯定されたような安心感を得る和真。

 思わず頼ってしまいそうになり、しかしそれでは駄目だと自分を律する。

 

「っ……。それで、一体何の用ですか?」

 

 試験場に到着した。

 コンピュータと書類を見合わせて、機体チェックを行う桂里奈と目が合う。

 

 一瞬だけ安堵の表情を浮かべるが、手に取っている無線機と、和真の表情を見て、桂里奈も何かを悟る。

 

『色々ヤバいから、手短に話すよ。さっきねぇ、バカでかい蜘蛛が京都はずれの山に現れて、それを倒しにバカでかい戦車が向かったんだよ。で、そのバカでかい戦車が抜けたせいでっこっちは地獄絵図って訳! さっきそっちにも塔が落ちて来ただろう? それ、コッチにも降って突き刺さったから敵が出てきてもうヤバいのなんの! ホントは君の自由意思に任せようと思ったんだけどねぇ~……、このままだとマジで京都突破されて大阪まで危ないから泣きついたって訳!! ま、もちろん君には断る権利がある。どうする?』

 

 落ち着いた口調だが、いつもより少し早口で話す。

 和真が保坂と言葉を交わしたのはまだ二度目で、しかも前回は和真の方があまり正気ではなかった為何とも言えないが、それなりに焦ってはいるようである。

 

 和真としても、京都が突破されて敵が大阪まで進撃すれば自分も桂里奈も無事では済まない。

 選択の余地はない。

 

「(けど、オレは桂里奈を、また一人に……)」

 

 最後の最後で、迷いが生じた。

 これは本当に妹を守る戦いになるのか?

 傍にいてやることが兄の責務ではないのか?

 万が一にも死んでしまえば、妹に一生の孤独を与えることになってしまうのではないか?

 

 そんな思いが和真の心を占める。

 

 先の保坂の言葉が本当なら、向かう先は生半可ではない戦場のはずだ。

 生きて帰れる保証は……ない。

 

 脳裏に、弟を失って憔悴する香織の姿が思い浮かぶ。

 どれほどの喪失感と深い悲しみを味わったのだろうか。

 

 自分は、妹にそれを味合わせるつもりなのか……?

 

「……お兄ちゃん。行って来なよ」

 

 歩み寄り、滅多に見せない優しい笑顔で肩を叩く。

 

「桂里奈……」

 

「お兄ちゃん、ずっと悩んでたでしょ? 無理してるのバレバレなんだから。あたしは、もう大丈夫。今は直子さんも茉奈ちゃんも、香織さんも徳河さんもここにはいるから。あと班長もね。あたしは、もう一人じゃないよ」

 

 皆の為になる事がしたかった。日本を護る為に戦いたかった。両親の仇を討ちたかった。無力な

自分を変えたかった。妹の安全を脅かす、憎き侵略者を打ち倒したかった。それと……やっぱり少しコンバットフレームに乗って敵と戦いたかった。

 

 いろいろな思いを封じ込め、和真はここで妹と過ごしていた。

 もちろん、それはそれで掛け替えのない時間であったが、心のどこかで、「こんな事をしていて良いのか、もっとやるべきことがあるんじゃないか」という焦燥感があった。

 

 特に、連日敗走を重ねるEDFを見て、一層不安になっていた。

 そんな兄の心情は、妹にはお見通しだった。

 

 それを今まで指摘しなかったのは、それも妹の甘えと兄への僅かな執着だったのだが、桂里奈は自分で気付かないフリをする。

 

「それに、日本に残るって決めた時から、あたしもお兄ちゃんも、命を懸ける覚悟はしてきたでしょ?」

 

 その言葉にハッとする。

 その通りだ。

 この国に残ると決めた時、一切の命の保証は無くなった。

 ここは既に、戦場と同義なのだ。

 

 であれば、何を今更躊躇う必要があったのか。

 

「そう……だな。オレも桂里奈も、あっさり死ぬかもしれない。でも、それを承知で、それでもこの国を離れたくなくて、オレ達は残ったんだもんな。それに、オレのおかげで桂里奈も、たくさん友達出来たしな!」

 

 真面目が続かなくて、少しからかう和真。

 

「……もう、茉奈ちゃんはあたしから話しかけに行ったんだよ? いつまでも人付き合い苦手じゃないんだから」

 

「そうだったか? ま、そういう事なら、安心して戦いに行けるぜ。……うっし!! ちょっくら行ってくるわ! 帰りは、ちょっと遅くなるかも知れないけど、必ず帰って来るからな! ちゃんといい子にして待ってろよ!」

 

 自分の頬を叩いて切り替える和真。

 この瞬間、和真は真の意味で覚悟が決まった。

 

 若者特有の軽そうなノリは拭えないが、自分なりの決意を新たにする。

 

「……うん。待ってるよ。いってらっしゃい」

 

 手を振って、別れを済ませる桂里奈。

 もしかしたら、これが今生の別れかも知れない。

 そんな思いを、互いに胸に秘めながら。

 

『保坂さん、オレ、行きます!! どこに向かえばいいっすか!?』

 

 こうして、和真は戦場に向かう事になった。

 これを機に、彼は最年少ながらも、正式にEDF兵士として戦場に赴くこととなった。

 

 自らの命と、唯一の肉親の安寧を懸けて――。

 




いやぁ~、安藤和真の事もそうなんだけど、
何気によく描写しきれてなかった細かい設定や戦況の推移など考えてしまったので文量が相変わらず多いですね!

で、ここで終わってもいいんだけど……タイタンが去った後の戦場と、そこに安藤和真のコンバットフレームが来るシーンを書きたくてな……。

なので多分、幕間1 安藤和真 は次でやっと終わります!
マジでこんな長くなる予定無かったのでビビってます!
では~~
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