もう、調べる量がハンパなく多くて……楽しい!
いや疲れるけどね!?でも楽しい
あ、史実と違う所全然あるのでそれだけ注意!
12月25日、『サンクトペテルブルク攻防戦』開始。
主戦力は、戦力の温存を続けていたEDF極北方面軍がついに参戦。
都市での防衛は、縦横無尽に走破する巨大生物の前では、不利と言わざるを得ない。
敵が無数の物量を持っている事から、いずれ呑み込まれる事は必至と言えるため、一拠点を護るより、後退しつつ迎撃するのが最も効率がいい漸減方法だとも言える。
しかしながら、そこに戦力を大量投入する事で(その意図は不明だが)周辺の巨大生物を一点に誘引することが出来る。
そして都市は喰い尽くされるが、逆に言えば喰らう間は巨大生物を足止めしていると考える事も出来る。
サンクトペテルブルクの軍司令部機能・政府機能は既に移転され、白海を代表する北極圏港湾都市『アルハンゲリスク』、北極圏最大の都市であり、周辺都市に北方艦隊司令基地のある軍港を持つ『ムルマンスク』の北極圏二都市の他数個都市に人員・機材は慌てて散開した。
ロシア西部軍管区は戦力の大半をつぎ込んでいた西部・ニジニ戦線より大規模な戦力引き抜きを行い、サンクトペテルブルク防衛の戦力に充てた。
しかしそれは無用な混乱を招き、サンクトペテルブルクに引き抜き師団が到着した頃には、既に市街が戦火に包まれていた。
だが結果的にそれは功を成し、組織的な抵抗力を保ったまま1月18日を迎えた。
その日は、EDF極東第一工廠(大阪・神戸)が開発した航空機搭載型装甲貫通弾”フーリガン・ブラスター”によるレイドシップ撃墜作戦”オペレーション・スチールレイン”が行われ、成功すれば全世界でレイドシップ撃墜の光明が見える筈だった。
作戦は失敗し、全世界が再び絶望の淵に立たされると思われたが、しかしEDF歩兵四兵科の突撃作戦によって、約半年に渡り無謀だと思われてきたレイドシップの下部開口部攻撃が成功し、世界初の撃墜作戦成功例を生み出した。
ここで鍵となったのは、敵殲滅を考えない無謀ともいえる敵中突撃と、EDF歩兵の持つ歩兵にあるまじき走攻守性能、そして高度な連携である。
1月24日。
これを分析・現地で再現した結果、多大な犠牲を出しながらも、EDF西露方面軍の一部隊がサンクトペテルブルクでレイドシップ撃墜に成功した。
要領を掴んだEDF西露方面軍は、新たに『諸兵科連合小隊』を編成し、
このおかげで絶望的と思われた侵略前線が世界各地で止まり、反撃の兆しが見えるようになる。
北欧戦線も同様で、サンクトペテルブルクは陥落直前で巻き返し、一時は市街の九割を占領されていたが2月までに三割近くまで奪還に成功した。
レイドシップ撃墜が比較的容易になったとは言えまだ犠牲を伴う困難な戦術である事は変わらず、物量による脅威も健在だ。
それでも人類の死に物狂いの努力と、縋るような希望を信じ少しずつ前線を押していった。
だが、フォーリナーは次なる手を打つ。
2月10日。
世界中で新型・新種が出現し、戦況の悪化を聞く中、北極圏ロシアに最悪の敵が上陸した。
2月6日、日本・厚木市に投下されたのと同型と思われる四足歩行要塞エレフォートである。
北極圏都市『ムルマンスク』より北方45km地点。
バレンツ海沿岸・岩礁地帯に歩行要塞はレイドシップ数隻を伴って上陸した。
直後、そこから南24km地点の軍事閉鎖都市・ロシア北方艦隊『ポリャールヌイ基地』を砲撃した。
歩行要塞上部のプラズマ砲から放たれた荷電粒子エネルギーは、30秒足らずの発射間隔で次々と放たれ、その一撃一撃が戦術核クラスのエネルギーで『ムルマンスク州ポリャールヌイ』を艦隊基地ごと徹底的に破壊、ポリャールヌイはクレーターと焦土に覆われた。
更に歩行要塞とレイドシップは、下部ハッチから『浮遊戦闘機ガンシップ』『多脚歩行戦車ダロガ』『侵略性巨大外来生物β』を新たに投下。
四足歩行要塞は巨大とは言え、明らかに胴体内質量以上の物量を投下している事から、レイドシップと同じように転送装置を搭載している事が判明した。
この事実は、北欧戦線を震撼させた。
2月11日。
ポリャールヌイ基地の壊滅を受け、ロシア海軍北方艦隊及び、ロシア北方軍管区陸軍・空軍、そしてEDF極北方面軍-第三空軍-第一攻撃航空団と、第22海軍の誇る主力艦隊、EDF北極圏艦隊は四足歩行要塞エレフォートの撃破に総力を挙げる。
ロシア北方艦隊旗艦『ソヴィエツキー・ソユーズ級原子力戦艦』を始めとし、『キーロフ級原子力ミサイル巡洋艦』『アドミラル・クズネツォフ級重航空巡洋艦』の他、戦略攻撃の基幹を担う『アクーラ級戦略任務重原子力潜水巡洋艦』などが集結し通常砲弾・ミサイルによる一斉攻撃を敢行するべく、続々と集結した。
EDFからも『リヴァイアサン級弩級戦艦』『ポセイドン級戦艦』『トリトン級重巡洋艦』『テティス級巡洋艦』『オケアノス級空母』など一般的な編成の艦隊が出航し、バレンツ海域に集結した。
2月12日。
ロシア北方艦隊、四足歩行要塞エレフォートへの第一次全力砲撃を敢行。
『ソヴィエツキー・ソユーズ級原子力戦艦』からは40.6cm三連装ロケットアシスト砲弾と、VLS発射式各種対艦・巡航ミサイルが、
『キーロフ級原子力ミサイル巡洋艦』は100mm単装速射砲やグラニート艦対艦ミサイルが、
『アクーラ級戦略任務重原子力潜水巡洋艦』はカリブル巡航ミサイルが、
そしてその他ロシア海軍・EDF海軍艦艇からも大量の砲弾・対艦ミサイルが発射され、それが全て、鈍足な四つ足の胴体に着弾した。
また対フォーリナー装甲目標用に非核通常炸薬を増加させた戦術・戦略弾道ミサイルが、ロシア戦略ロケット軍指揮下の各軍事拠点のサイロ・自走発射装置から発射された。
それをまともに喰らった歩行要塞は、壊滅したポリャールヌイからコラ湾を挟んで僅か15km程しか離れていないムルマンスクへの進撃を止め、上部の巨大なプラズマ砲の砲身を艦隊へ向けた。
歩行要塞から、長射程高出力プラズマ砲が放たれた。
僅かな時間差の後、反応しきれなかったキーロフ級三番艦『カリーニン』に着弾。
戦術核級の膨大な熱量が一瞬で爆発的に放たれ、船体は大爆発を伴って一撃で爆散・轟沈した。
キノコ雲の巨大な爆炎が上がり、水面は波状に揺れた。
そしてその衝撃から30秒足らず、第二射が北方艦隊を襲う。
北方艦隊は退避もままならず、次々と艦艇を轟沈させられながらも砲撃の応酬を行った。
だが、歩行要塞はその行動を止はしない。
その上、下部ハッチが開き、大量の浮遊艦載機ガンシップが歩行要塞より発艦した。
ガンシップはプラズマ砲撃に晒される北方艦隊更に追い打ちをかけるように群れで襲い掛かる。
それを受け、『アドミラル・クズネツォフ級重航空巡洋艦』から艦載機Su-33(Su-27戦闘機の艦載機型)、MiG-29K(艦載型マルチロール機)、YaK-41M(超音速垂直離着機)が次々に飛び立ち、迎撃した。
EDF海軍『オケアノス級空母』数隻からも、今まで出番のなかった海軍艦載機EJ-24C『シリウス』が発艦し、ガンシップへの迎撃に当たった。
また強力な対空装備『ソミュイズ艦隊広域防御システム』を持つ『ソヴィエツキー・ソユーズ級原子力戦艦』は持ち前の高出力原子力機関をフル稼働させ機動しながら広域防御機関砲、対空迎撃ミサイルを放ち、海上からガンシップへの迎撃を行った。
ガンシップの予測不能な機動と短射程ながら非常に強力なレーザー照射により、航空部隊は壊滅的な打撃を受けるが、戦艦群からの対空迎撃は非常に有効で、戦艦も損害を受けつつ、重装甲で耐え抜き多数のガンシップを撃破した。
2月13日。
ついにEDF北極圏連合艦隊の旗艦『ゼウス級弩級戦艦』が到着し、EDF北極圏艦隊とロシア北方艦隊の第二次全力砲撃が開始された。
しかしここでも戦果を上げる事は出来ず、逆に歩行要塞のプラズマキャノンによって多くの艦が轟沈した。
大型の図体を持ちながら、原子力機関の高出力を以ってプラズマキャノンを回避していた『ソヴィエツキー・ソユーズ級原子力戦艦』も、この日艦体に被弾してしまうが、大部分の機能を損壊しつつ、撃沈を免れ、黒煙を吹き上がらせながら戦闘を継続した。
しかし戦艦の広域対空防御を失った艦隊は、徐々にガンシップによる被害も無視できなくなっていく。
ここで活躍したのが空母から飛び立った海軍航空隊だ。
1日でEDF・ロシア双方の海軍航空隊は、壊滅的打撃を被ったが、生き残ったベテランパイロットが、少数ながらも獅子奮迅の活躍を見せた。
2月14日。
第二次全力砲撃と、EDF海軍・ロシア海軍の多くの艦艇の喪失を受け、EDF南極総司令部は核兵器の使用を決定。
その根拠は、EDF地上観測隊スカウトチームの報告で、歩行要塞のプラズマ砲及び表面装甲部に僅かな損害が観測された事による。
2月6日に日本で歩行要塞が上陸し、砲台損傷・暴発により転倒したとの報告も上がっており、巨大ではあるが現人類戦力で撃破可能と考えられていた。
しかし歩行要塞のプラズマ砲は損傷し、砲撃頻度と精度は大幅に下がりはしたが、その砲身は大都市ムルマンスクへ向き、既に数度のプラズマ砲撃を行っていた。
そのうちの一つがムルマンスクより僅か15km程の村、メジュドゥレチエに直撃し、500人余りが一瞬で蒸発した他、ムルマンスクにもその爆風が襲い、建物の倒壊などで3万7千人の死傷者を出した。
更に数日間、爆発で巻き上げられた粉塵により、都市機能が麻痺するほどの被害を受ける。
またロシア北方艦隊司令部のある閉鎖都市『セヴェロモルスク』近郊にもプラズマキャノンが着弾し、設備・修理中の艦艇の一部に損害を出し、そして少なくない兵士達を失った。
四足歩行要塞の撃破を急がねば、北極圏の拠点が全て壊滅しかねず、一体は既にクレーターだらけになろうとしていた。
ロシア海軍が頭を悩ませる中、EDFはロシア海軍に核攻撃を強く要請した。
一部が残っているムルマンスクのロシア連邦軍参謀本部は、分散した各地の参謀本部と協議し、航空部隊によるプラズマ砲台へのピンポイント爆撃の成否を以てより実行するとして、14日深夜に核攻撃を承認した。
2月15日。
EDF空軍・ロシア空軍による歩行要塞プラズマ砲台への決死のピンポイント爆撃作戦が開始された。
航空攻撃の他、陸軍・戦略ロケット軍による弾道ミサイル攻撃も再び行われた。
だが、結果は失敗に終わった。
ガンシップによる、歩行要塞周辺の対空防御が厚く、また運よく近づいた航空機も、巨大プラズマ砲の拡散放射を受け、侵入方向の戦闘機・爆撃機は一機残らず叩き落された。
EDF極東方面軍のやり方が巧だったのか、フォーリナーがそれを受け学習したのか、はたまた運がよかっただけなのか。
とにかくピンポイント爆撃による砲台の破壊は失敗に終わり、
2月16日未明、『アクーラ級戦略任務重原子力潜水巡洋艦』数隻による集中核攻撃が行われた。
30秒ごとに襲い、水面で幾多もの水上艦艇を失わせた戦術核級のプラズマ爆発の仕返しをするように、四足歩行要塞は多重核爆発をその身に受けた。
ロシアにとっては二度目の集中核攻撃になる。
いくら北方の地とは言え、そこは大都市ムルマンスクの目と鼻の先。
出来れば二度と使いたくない手ではあったが、せめて今度は効果が出ている事をロシア人皆が願った。
2月17日。
衛星レーダー、偵察班の映像では歩行要塞は確認できなかった。
そして偵察機により、四足歩行要塞沈黙の報告を受けると、EDF・ロシア軍共に歓声を上げた。
人類は、この地にて初めて、四足歩行要塞エレフォートを撃破したのである。
それは現人類戦力で歩行要塞が撃破可能であることの証明であると同時に、核兵器の投入が正しかった事にもつながった。
このことは、EDF南極総司令部が、EDF極東方面第11軍に対して、戦局の打開のための核攻撃を執拗に命令する事にも繋がっている。
一方で通常兵器で撃破出来る可能性を見出した極東方面11軍司令部は、この命令を無視して徹底抗戦を続ける。
歩行要塞は撃破された。
このことは確かに希望であり、ロシア軍に活力を与えたが、しかし多脚歩行戦車ダロガ、浮遊艦載機ガンシップ、そして侵略性巨大外来生物βの出現によって、戦局は悪化の一途を辿る事になる。
なお、後日放射線防護装備を身に着けた残骸回収班が四足歩行要塞の残骸回収を試みたが、その結果多重核爆発と同時に巨大プラズマ砲台のプラズマエネルギー暴発による内部爆発も起こしているらしきことが判明し、残骸は可能な限り回収したものの、分析不可能なまでに損壊していた。
2月20日、北極圏の対歩行要塞戦に隠れて激戦を繰り広げていたサンクトペテルブルクが、遂に陥落した。
最後までサンクトペテルブルクに司令部を置いていた『ロシア第66諸兵科連合軍』は奮戦の後司令部ごと敵に突撃して玉砕した。
12月25日より始まった『サンクトペテルブルク攻防戦』は、約二か月間の熾烈な地上戦に幕を下ろした。
敗残兵は巨大生物の餌食になり、ダロガは残る戦闘車両をしらみつぶしに砲撃して止めを刺す。
この二か月間の戦いでロシア連邦軍西部軍管区北欧戦線の部隊は割り当てられた総戦力の六割を喪失し、正面戦力はほぼ枯渇した。
残る戦力は、北極圏都市ムルマンスク近郊の軍事閉鎖都市『セヴェロモルスク』駐屯し、先日侵攻した歩行要塞の残党として残されたレイドシップやダロガの襲撃を受け、『セヴェロモルスク』での迎撃戦に移っていた。
『セヴェロモルスク』はロシア北方艦隊の艦隊司令部もあり、ポリャールヌイ基地が消滅した今、北方艦隊の再起に必須であり、なんとしても防衛しなければならない。
こちらの陸軍、特に北方艦隊も大きな打撃を受けているが、歩行要塞無き今目立った敵が居ない為、引き続きバレンツ海沿岸より大規模火力投射を行い、セヴェロモルスクでの戦いを援護していた。
3月に入ると、遂にセヴェロモルスク内に敵の侵入を許し、市内・基地内での戦闘が起こった。
施設や兵器・兵士の被害を出しつつ、自らの母港を惜しみない火力投射で援護したロシア北方艦隊の活躍により、戦闘は終結を迎え、局地的ではあるがフォーリナー群に対しての数少ない明確な人類側の勝利を収めた。
北方艦隊は備蓄砲弾を殆ど使い切り、以降の大規模作戦行動は望めないまで弱体化したが、艦隊基地はほぼ無事であり、艦隊は直ちに入港し整備と補給を行った。
一方サンクトペテルブルクが陥落してからの北欧方面は悲惨で、こちらもバルト海艦隊の海上からの火力投射・支援砲撃が頻繁に行われたが、敵の物量に対し圧倒的に不足であり、更に海上に侵入したレイドシップから発艦したガンシップにより、艦隊の一部が損害を喰らう。
更に沿岸部に侵入したダロガの砲撃で、複数のフリゲート艦が撃沈されてしまう。
ロシア側の北欧戦線戦力はほぼ壊滅。EDF西露方面軍や、主力を務めたEDF極北方面第一軍も大部分が壊滅し、主戦力はロシア派遣部隊であったスウェーデン・フィンランド連合軍と、EDF北欧方面第二軍に移っていった。
またサンクトペテルブルクの陥落、ムルマンスクの疲弊により首都機能中枢は北極圏都市アルハンゲリスクに移ったが、今やアルハンゲリスクですら前線になりつつある状況に、臨時政府は憔悴を隠せなかった。
2月26日にはサンクトペテルブルクより北西120kmにある、レニングラード州の都市『ヴィボルグ』での戦闘が発生。
『ヴィボルグ』は、フィンランド国境より38kmと近くかつ、フィンランド最大の湖『サイマー湖』から流れる『サイマー運河』のフィンランド湾側出入口の港湾都市でもあり、フィンランドにとっても重要拠点の一つだ。
ロシアにとっても、かつての対フィンランドを見据えた最前線拠点であり、EDFにとっても北欧側から敵の進撃が発生した場合、ロシア第二の都市サンクトペテルブルクを守る壁となる重要拠点だった。
その為、早くからロシア軍・EDFによって城塞化されており、都市として小規模ながら、商工業の輸送拠点として栄えていた。
しかし、ロシア・EDFの戦力はサンクトペテルブルク攻防戦によって既に枯渇しており、またフィンランド・スウェーデン連合軍・EDF北欧方面第二軍のロシア派遣軍残存戦力も、『ヴィボルグ』で抗戦出来るほど戦力が残されておらず、少数の市民と共に静かに脱出するにとどまった。
その頃フィンランド国防軍は既に本土決戦の覚悟を固めており、ロシア=フィンランド国境より30km余りの湖畔都市『ラッペーンランタ』に戦力を集結させていた。
更にラッペーンランタに隣接するフィンランド最大の湖『サイマー湖』へ、フィンランド海軍の『ヘルシンキ級ミサイル艇』『ハミナ級ミサイル艇』、EDF海軍北極圏艦隊沿岸戦隊の『ガルム級ミサイル艇』などの小型艦艇が多数集結し、支援を行う準備は整った。
そして2月28日。
ついにフォーリナー軍前線が、フィンランド国境を越え、国境沿いの都市ラッペーンランタ近郊での戦闘が始まった。
最初に攻撃を始めたのはEDF北欧方面第二軍・第23航空軍団の爆撃機編隊と、フィンランド国防海軍・EDF海軍北極圏艦隊沿岸戦隊の砲爆撃及び、EDF工兵隊がサンクトペテルブルク攻防戦の最中に敷設したC型地雷原・セントリーガン陣地だ。
ラッペーンランタに至るまでの田畑と森、農家の民家が、黒い津波で覆われる。
上空にはサンクトペテルブルクを蹂躙した後の無数のガンシップ、レイドシップ、そしてダロガの揚陸艇が悠々と飛び、フィンランドの大地を侵している。
それをEDF戦略爆撃機『EB-32F フォボス』の絨毯爆撃、EDF戦術爆撃機『EB-22K カロン』のクラスター爆撃が周囲の豊かな大地ごと火の海に変える。
即座に反応したフォーリナー揚陸艇はダロガを投下し、ダロガの上面対空レーザーの照射を受けた爆撃機が次々と散ってゆく。
空に幾重もの光条が立ち上った所に、そのダロガを狙った『ガルム級ミサイル艇』の『N5巡航ミサイル』や『ヘルシンキ級ミサイル艇』などのフィンランド海軍艦対地ミサイル『RBS-21』が次々飛来し、爆炎を上げる。
エアレイダーなどの誘導がない為、サイマー湖からでは満足な命中精度を出せないが、それを数で補うようにとにかく斉射した。
爆撃によって散った巨大生物に対しては、爆撃想定地域より離れたC型地雷原を段階的に発動させ散る巨大生物を一網打尽にした。
見晴らしのいい小高い丘は、EDF工兵の設置したセントリーガン『ZE-GUN』によって弾薬とバッテリー、そして物理的耐久が続く限り全自動で近づく敵を迎撃・撃破し続けた。
3月2日。
敵の漸減と足止めに成功しつつ、迎撃も限界に達し、遂に敵先頭集団の巨大生物群がラッペーンランタに到達、遂に『ラッペーンランタ市街戦』が発生した。
六号ハイウェイ『キュートスティー』沿いに並ぶのは、第三機甲旅団の『レオパルト2A4』。
それらが砲身を東に向け、迫る巨大生物――侵略性巨大外来生物α亜種に向けて、一斉に120mm滑腔砲が火を噴き、120mm対戦車徹甲弾がα型亜種の分厚い甲殻を射貫する。
都市の中央部では更に守りを厚くするかの如く、EDFの主力戦車『ギガンテス』が120mm徹甲榴弾を放つ。
α型亜種を中心とする巨大生物群は次第に中央の突破力を失うが、反対に周辺から覆いかぶさるように包囲を続ける。
そして巨大生物群中央が薄くなると同時に、ダロガの砲撃が始まった。
ダロガの粒子砲弾に対する防御力は、レオパルト2A4はおろか、EDF製ギガンテス戦車ですら十分とは言えず、六号ハイウェイ『キュートスティー』に布陣した戦車部隊は後退を余儀なくされた。
ラッペーンランタ最終防衛線ともいえる『キュートスティー』が崩壊したことにより、戦場はいよいよラッペーンランタ市街地へ移行した。
EDF・フィンランド国防軍双方の歩兵・戦車・歩兵戦闘車・攻撃ヘリなどがフォーリナー軍と近距離でぶつかり合い、それを海軍・空軍が援護した。
戦闘ではEDFの空爆誘導兵エアレイダーがEDFのみならずフィンランド国防海軍・空軍に対しても指示・或いは命令を下し、非常に複雑な戦場でありながらも効果的な支援を可能にした。
フィンランド国防海軍・EDF海軍の各種ミサイル艇から繰り出される単装砲での砲撃やミサイル、EDF空軍・DE-202大型対地攻撃機『ホエール』、EA-20A制圧攻撃機『アルテミス』の近接航空支援が効果を発揮したのは、エアレイダーの恩恵によるものが大きい。
だが、空軍は空軍で激戦の最中に遭った。
地上からのダロガのレーザー照射に加え、レイドシップから次々と発艦するガンシップの攻撃にさらされていたのだ。
特に航空機とは思えぬ重装甲と引き換えに機動性を失ったDE-202『ホエール』は、当然自機防空能力も備えているが、数に押し負け、既に二機が撃墜の危機を悟っていた。
それを救ったのは、護衛として参戦を強く希望したフィンランド国防空軍のF-18C戦闘機『ホーネット』で構成される第二防空飛行団だ。
彼らはそれまでの戦闘で既に半数を失っていながら、何度も補給と出撃を繰り返し、獅子奮迅の働きでDE-202を護っていた。
戦域のEDF空軍の比にならない程少数・旧式装備でありながらその活躍は、まさにフィンランド空軍の標語『Qualitas Potentia Nostra(質こそが我が強み)』をその身で示したと言えよう。
フィンランド空軍の活躍によって、EDF空軍のDE-202は護られ、EDF/フィンランド両陸軍は最後まで航空支援を受けられたという。
一方同時期に、フィンランドの首都ヘルシンキでも大規模な戦闘が発生していた。
12月17日のプスコフ陥落から、エストニア・ラトビア侵攻が始まり、それから3月2日時点で、既にエストニア共和国は陥落していた。
ヘルシンキとフィンランド湾を挟んで真南に位置するエストニア共和国首都タリンも激戦の末陥落し、多くの国民・戦力がフィンランド湾を渡ってヘルシンキに避難・撤退した。
しかしそのルートを追うように、レイドシップ・ダロガ揚陸艇の艦隊がフィンランド湾を北上、ヘルシンキに向かっていたのだ。
フィンランド海軍は、迎撃の為国内三隻しかないイルマリネン級戦艦のうち二隻を投入し、全力で海上迎撃戦を行った。
レイドシップに対しては、真下への攻撃以外受け付けない為撃沈は非常に難しかったが、それでも高速ミサイル艇や駆逐艦のVLS直上発射により数隻撃沈の戦果を上げた。
フィンランド海軍の虎の子、イルマリネン級戦艦は装甲の薄い揚陸艇を砲撃し、多数を空中撃破し、ダロガ諸共海の底に沈めた。
しかしダロガまで撃破しきれていなかった可能性があり、のちに海底を歩いてヘルシンキや、周辺の海岸に上陸する事になる。
そして当然ながらレイドシップが艦載機と言えるガンシップを発艦させ、軍艦・戦闘機との大規模海戦である『フィンランド湾海戦』が勃発する。
しかし、レイドシップの装甲を貫けない問題により、海戦の軍配はフォーリナー側に上がり、やがて敵戦力は七割を保ったままヘルシンキに近づいた。
首都ヘルシンキ防衛の指揮は、400年程の歴史を誇るフィンランド海軍の沿岸防備戦力『ウーシマー旅団』に任された。
ウーシマー旅団は直ちに敵揚陸艇の迎撃を行った。
ヘルシンキ岸壁に設置された沿岸砲や、沿岸砲兵が一斉に火を噴き、投下する前のダロガ揚陸艇を迎撃する。
だが、レイドシップは無傷でヘルシンキ岸壁上空に侵入し、岸壁に巨大生物を投下した。
2022年10月6日に行われた『ノルマンディー上陸阻止作戦』にも似た様相だったが、今回は更にダロガやガンシップも存在する。
レイドシップやダロガ揚陸艇を始め、そこから投下された巨大生物α型、α型亜種、β型、そしてダロガとガンシップが、ヘルシンキに上陸・侵攻を開始した。
3月3日、『ヘルシンキ攻防戦』が幕を開けたのだ。
そして同時に、『ヘルシンキ攻防戦』が始まったこの日、2023年3月3日より『フィンランド本土決戦』がフィンランド国防軍参謀本部及びフィンランド国防省より発令された。
それに伴って先んじてフィンランド政府中枢機能は、前線より500km余り離れたフィンランド中部の港湾工業都市『オウル』に移転した。
ここには、EDF欧州第五工廠もあり、ヘルシンキが戦場となった今では、拠点とするに相応しい都市だった。
フィンランド国防軍参謀本部、フィンランド国防省も当然こちらに移動した。
また『フィンランド本土決戦』発令に際し、兵役義務を終えた民間人も多く軍属に戻り、最前線に身を投じた。
そしてEDF北欧方面軍も北欧中から戦力を集め集中的に投入するなど、本土決戦と呼ぶにふさわしい戦力が集まった。
沿岸防備部隊『ウーシマー旅団』は全戦力を投入、更に近衛猟兵連隊、機甲旅団も多数投入された。
元々戦力の少ないフィンランド国防軍にとって、ヘルシンキとラッペーンランタでの二正面戦闘は、まさに総力戦に等しかった。
しかしフィンランド国防軍、及び国民も全て、この戦いが本土決戦の幕開けであると覚悟を決めていた。
しかしフォーリナー群はロシア方面でも激しい進撃を続け、3月7日にはフィンランドと国境を広く接するロシア・カレリア共和国やムルマンスク州に侵入した。
この時点でロシア西部軍管区やEDF西露方面軍はほぼ戦力を使い果たしており、特にムルマンスク州は先の歩行要塞上陸の際に大打撃を受けており、フィンランド国境に向かうフォーリナーを止める事は出来なかった。
3月10日、遂にカレリア・ムルマンスク方面よりフォーリナーの大部隊がフィンランド国境に迫る。
フィンランド国境警備隊、カレリア猟兵旅団や機甲旅団などが国境防衛の為迎撃に出た。
また北極圏で国境を接するノルウェー軍、共にロシアへ派兵したスウェーデン軍も大規模派兵を行い、フィンランド北部から中部にかけての戦力充足に繋がった。
それから3月末までの間、フィンランド軍は根強い抵抗を続け、国土を維持していた。
ラッペーンランタは3月17日に陥落し、サイマー湖は入水した巨大生物によって湖底が黒く見えるほど埋め尽くされた。
主力戦車『レオパルト2A4』を多く配備されたフィンランド第三機甲旅団は既に壊滅し、予備役に配備されている旧式のT-55や旧ソ連のBMP-2歩兵戦闘車を用いて抵抗を続けていたが、それもほぼ全滅に至った。
残存戦力は西80kmの都市コウボラ方面と、北東88kmの都市パリッカラ方面に分散して撤退したが、どちらも進撃していた敵の挟撃に遭い、厳しい状況に陥る。
カレリア方面での戦いも、戦線が長大になり、ところどころ防衛線を突破され浸透・挟撃・奇襲の劣勢に陥っている。
にも拘わらず、国境付近の拠点の多くは未だ健在で、フィンランド国土を維持していた。
特にフィンランドの国境警備隊やカレリア猟兵旅団の狙撃兵達の活躍は凄まじいと噂だった。
部隊の壊滅を受け、たった一人で行動する兵士も少なくない中、EDFの武器を拾い、一人で迫りくる巨大生物群を次々狙撃するフィンランド兵の話が後を絶たなかった。
その姿は、かつての冬戦争・継続戦争でとんでもない戦果を叩き上げた英霊に似たものであり、実話か実話に尾ひれがついたものか定かではないが、少なくとも一人で20体以上の巨大生物を仕留めた猛者は少なくない数が実在したという。
一方ヘルシンキでの戦いは、本土決戦一番の激戦となっており、一時はヘルシンキ市内の八割を占領され、オウルの参謀本部から放棄・撤退の命令が出る寸前まで行った。
市街地はもはや炎上する建物すら少なく、ダロガの苛烈な砲撃によって瓦礫の廃墟と化していた。
しかし撤退命令の下る寸前、『ウーシマー旅団』がEDF先進歩兵四兵科と共同でヘルシンキ沿岸に強襲上陸を敢行し、ヘルシンキ郊外に追いやられたEDF陸軍・フィンランド陸軍主力との疑似的な二重包囲状態を作り出し、市内の一部を奪還するという大戦果を上げていた。
これにはフィンランド国防省も驚き、追加で補給物資と援軍を送るまでに至った。
しかし4月1日。
エストニアから上陸軍第二波とも呼べる規模のフォーリナー艦隊が、フィンランド湾に面する各都市に広範囲に上陸したことを受けて、戦況が劇的に悪化。
それでもヘルシンキは、ウーシマー旅団の威信をかけて最後まで抵抗をつづけたが、4月12日を以ってついにフィンランド国防省からの正式な撤退命令、並びにEDF北欧方面軍司令部より撤退せよとの勧告を受け、同日全部隊で撤退を行った。
4月15日。
フィンランドは首都ヘルシンキ、フィンランド海軍本部トゥルク、サイマー湖沿岸都市ラッペーンランタを含むフィンランド湾に面する全ての地域を失い、更にロシア国境付近のE75、E63ハイウェイ、6号幹線道路以東の地域をほぼ全て失った。
しかしフィンランド国防軍は総戦力の半数以上を失いながら未だ健在であり、EDF、スウェーデン軍、ノルウェー軍も防衛戦闘・支援を継続して行っている。
一般市民ですら、戦意喪失する者はおらず、地球外の侵略者に対して徹底抗戦の姿勢を一切弱める事は無かった。
『ウーシマー旅団』及びヘルシンキ攻防戦に参加した部隊は、補給と再編成の為参謀本部のある都市オウルまで下がり、代わりに前線司令部を内陸部最大の都市タンペレに設置し、そこをに新たな戦力、及び訓練を終えた新たな兵士たちを送り出した。
『フィンランド本土決戦』は、未だ激戦の只中にあった。
あぁ~~、これでやっと北欧戦線は終わり。
次は東欧戦線か……。
そこまでやったらようやくロシア方面ひと段落するけど、次は中国戦線ですかね……?
先は長いですが、付き合っていただけたらと思います!