殺戮の凶王が竃を前に安らぐのは間違っているだろうか 作:くるりくる
風切り音が豪と鳴り響き、その甲高い音は途切れる事なく続いていく。狭く薄暗い洞窟の中であるために音は反響し拡大して不快な音をあたり一体に撒き散らすも音が途切れる事はなかった。
薄暗い洞窟、だが壁に生えるように何本も何本も顔を出す光る結晶によって完全な暗闇に包まれるという事はない。薄暗く、人が近寄りそうもない洞窟内だが石と砂の地面には大小の光る紫色の石が何個も何個も転がっていた。
硬い地面を踏みしめる音、それ以上に洞窟内に響き渡る甲高い音。そして、耳障りで、生理的嫌悪を催す音が、洞窟内に響く。風を切り裂く甲高い音は赤黒い槍が振るわれるたびに発生する音で、生物にとって生理的嫌悪を催す音は槍によって穿ち、潰された存在から湧き出た音。
赤黒い槍を持った、病的なまでに青白い肌の男がかつて生物であった残骸と紫色の石が撒き散らされた道を行く。壁に亀裂を起こし、その亀裂から湧き出て目の前の道行を邪魔する存在の悉くを男は打ち砕いた。
その行動に一切に慈悲はない。その瞳になんの感情も灯していない。ただ目の前に立ったから、己にとって邪魔だったからという理由で男は邪魔する存在全てを殺し、その血を浴びて突き進む。黒衣を身に纏い、体にルーンの刺青を刻み込んだ男の名前はクーフーリン。
ケルト神話において光の御子と呼ばれ、光神ルーの息子であるクーフーリン。しかしその名前を冠する男には神の子としての神聖さは陰り、その行動には下界の子を慈しむ心の動きなど全く感じさせなかった。
何故ならば、彼は陰の側面が強く浮き出た存在なのだから。
今日も今日とてダンジョンに行く。
この迷宮都市オラリオについて3年程だが、俺にとってダンジョンに赴き金を稼ぐという行為は飽きるほど繰り返してきた行動だ。もはや惰性にまでなってきた行動だが俺がそれを止める事はない。
俺は転生者だからだ。
徒に死んじまったとか、お詫びに転生だとか、チートをつけるからとかニヤニヤと笑いながらご機嫌を取った神とやらが俺をこの世界に転生させた。
冗談じゃない。俺は確かに人生半ばで死んじまったアンラッキーだったのかもしれない。それでも懸命に生きてきた。後悔を後に生まないように、必死こいて生きてきたっていうのに……死んじまってそれが神様のミスだと? ふざけるのも大概にしやがれと思ったよ。
だがあちらは俺の意見などどうでも良いのか何やら押し付けてそれではいさようならだ。そしてこの世界に生まれて、普通に生活して行く中で俺は過去の俺を思い出した。その日決めた。絶対にそいつを殺してやると。そもそも次また会えるのかさえ分からなかったが、それでも俺はあのふざけたクソ神を殺すと決めた。
このままじゃ上に怒られる? 早くしてくれ?
てめーの事情なんざ知るかクソ野郎。女だろうが男だろうがそもそも性別が無かろうがどうでも良い。とにかくぶっ殺す。
そう決めた俺だが、この世界とは相性が良かったのか、神が実在するとのことだった。そん時、俺は腹を抱えて人生一番で笑った。神が実在するなら何かしら知ってる奴がいるはずだと、俺はそう当たりをつけた。
迷宮都市オラリオ。
神とやらは大概そこに居るらしいとガキの頃に耳にした俺だが、無鉄砲に突撃することだけはし無かった。ガキの身分で一体何ができるって話だ。力も、金も、権力もねぇみすぼらしいボロを着た村人が、況してや人間のガキが神とやらに一矢報いることも出来ないだろう。だから俺は力をつける事にした。智をつける事にした。情報を集める事にした。
畑仕事を終わらせたら自分の背丈よりでかい木の枝ぶん回して筋力をつけた。村の知恵者の話を熱心に、何度も聞いた。月に1程度の間隔で訪れる行商人から聞き出せるだけの情報を聞き出した。
そして18になった頃、俺はオラリオに向かって今に至るって訳だ。ダンジョンでうじゃうじゃ湧き出るモンスターを殺し、魔石を売って金にして武器を鍛え、魔法のことが記してある本を読み漁ると共に情報屋から情報を買う。そんな生活を続けて三年経ったがクソ神に関する情報は一切無い。
最近はイライラを通り越して惰性で生きるような感覚が続いている。
だが、取り繕うようにヘラヘラとした笑みを浮かべたクソ神のことは1日たりとて忘れた事はない。
いつの日か訪れる復讐に牙を研ぎ澄ませている、それが俺だ。
もはや過去の名前を忘れ、クーフーリンというあやかり名だけが俺を示す唯一となった。
そんな俺だがふとした拍子に纏わりついてくるガキに目がいくようになった。
そいつは俺にとってただただ利用するためだけの存在だった。代わりに俺は金をそいつに提供するだけの関係だと俺は思っていた。だがどうやらそれは俺の勘違いだったようでそいつは事あるごとに俺に構ってくる。
見た目ちんちくりんのガキンチョのくせして妙に偉ぶった言動をとりやがるから最初は無視してたんだが、そいつも馬鹿じゃないのかこれ以上無視するなら神の恩恵の更新をしないと来た。強さを求める俺にとってそれは死活問題だった。一週間、そして一ヶ月を超えた時に俺の方から折れた。そいつは俺が反応した事に飛び跳ねて喜んでいやがったが俺には何がそんなに嬉しいのか全く訳がわからなかった。
神は人間たちに恩恵を施し、施された人間は力をふるって金を稼ぎ、神の力を誇示し、それらを神に捧げる。そういったギブアンドテイクの関係が人間と神の関係だ。余計な感情はいらない。俺はその時まで神を利用し、そして神は俺から搾取するだけ。
ある時俺は問いかけた。
『てめぇ、一体何が望みだ。金か、名誉か、それとも力か』
するとそいつは悲しそうに笑って、俺の体に抱きついて言った。
『僕は君と家族になりたいんだよクーフーリン』
ヘスティアにとって初めての家族、その子の名前はクーフーリン。親御さんは英雄譚が好きなのか、それとも別の要因があったのか分からないけどあの子にクーフーリンと名付けたのは彼の親だ。
クーフーリン。
ケルト神話における大英雄。
その名前に負けず、彼の力はまさしく英雄級と呼ぶに相応しいものだと僕は思う。一人で無茶無謀の冒険に出て行って、それでも絶対に帰って来てくれる存在。だけど彼はとても、とても悲しい子だと僕は思わずにはいられない。
力と智を貪欲に求め、来るべき殺したい相手の為だけに力を高める為だけに生きているという悲しい存在。一体どんな事をされたんだろうと僕は悩まずにはいられない。無愛想で、冷酷で、敵対者は全員息絶えるまで殺しつくすと巷で噂される彼だけど僕だけは知ってる。
ある日、彼の帰りが遅くてダンジョンの入り口であるバベルの塔の前で待っていた時、朝昼晩と食事抜きで突っ立ってたのが祟ったのか軽くめまいを起こして倒れそうになった時、いつの間にか側にいた彼は僕を支えてくれた。
そして初めて会って、拠点である教会の地下室で、僕は初めての眷属で嬉しくっていつも寝ていたベッドを彼に貸して僕自身はソファーで寝ようとしたけど、彼は僕の首根っこを掴むと言う荒々しいやり方だったけど僕をベッドに移動させてくれた。
他にも僕が好きな食事をいつもくれる。僕のわがままをブツクサ言いながらも聞いてくれる。彼は残酷で、冷淡で、敵対者には一切の慈悲を向けない殺戮者なのかもしれない。でも、それだけが彼を表す全てじゃない。
『お金なんて稼げなくてもいい。有名にならなくてもいい。ただ、怪我せず絶対に帰って来てくれよ。ましてや死ぬなんて以ての外だからね』
僕が彼に願った最初の言葉。
彼は覚えてねぇと言うけど、いつもいつも絶対に僕の所に戻って来てくれる。
神友であるヘファイストスやタケミカズチは口を揃えて彼と縁を切れと言うけど僕は絶対に彼を裏切らない。
だって彼は間違いなく英雄で、そして僕の大事な大事な家族なんだ。