殺戮の凶王が竃を前に安らぐのは間違っているだろうか   作:くるりくる

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白兎と凶王

 

「クーフーリン! 僕たちの新しい家族だよ! さぁベルくん、自己紹介して!」

「ベっ、ベル・クラネルです! よろしくお願いしますっ……!」

 

 ヘスティアを伴ったクーフーリン、彼が朽ち果てた教会の地下室への扉を開けると見慣れぬ少年の姿を見た。ビクビクと身を震わせながら右往左往と首を回している姿は、泥棒にしてはあまりに無警戒で、そして滑稽でクーフーリンは一瞬どうしようか迷ったがヘスティアがその脇を通り抜けて少年とクーフーリンの間に入り、少年に向かって自己紹介するように促した。

 

 少年はヘスティアの姿を見ると明らかにホッとしたように胸をなで下ろすも、クーフーリンの姿を見て過剰なほどに身を震わせる。おっかなびっくりの姿は肉食獣を前にした小動物を連想させるがクーフーリンは別に彼を食おうと思っていない。そもそも何の価値も抱いていなかった。

 

「クーフーリン。好きに呼べ」

「は、はい! クーフーリンさん!」

 

 上ずった声でベルが返事をするも、クーフーリンは興味が無かったのか彼が座っていたソファーの横を通り過ぎて部屋の奥に存在する卓の上に乗った魔石の中に秘められた魔力を燃料にして光を放つ魔石灯に近づき、手に持っていた皮袋の中から手頃な大きさの魔石を取り出すとそれと、既にはめられて輝きを失っていた魔石を交換した。

 

「こらクーフーリン! ベルくんは新しい家族になるんだからもうちょっと愛想良くしなきゃダメだよ。君だって気まずい空気は感じたくないだろう?」

「どうでも良い。そのガキが死のうが生きようが俺には関係がない」

「おいおいそんな言い方はないだろう! ベルくんはここに来てまだ日が浅いんだから少しは親身になってあげるとか——て僕の話はまだ終わってないぞう! どこに行くんだい?」

「上に居る。何か用があったら言えヘスティア」

 

 クーフーリンはそう言ってベルに一瞥することなく来た道を戻り始めた。ベルはポカンと、口を開けて間抜けな顔を晒しているが一瞥すらくれないクーフーリンが気づくことはあり得ない。地下室から朽ち果てた教会への唯一の道である階段を昇る姿をヘスティアとベル。

 

 バタンと、ドアが閉められた。

 

「……ベルくん、こんな事を言うのはあれだけど、その……彼のことを嫌いにならないであげて欲しいんだ。彼は……実は凄く悲しい子なんだよ」

「えっと……何か、事情があるんですか?」

「ベルくん、君は、人の子は神に嘘をつけないって事知ってるかい?」

「そ、そうなんですか?」

 

 ベルの素っ頓狂な声。ベルの純粋さが垣間見えるものでありヘスティアは微笑ましくなって笑顔お浮かべるも、すぐに脳裏に浮かぶのは『凶王(ジェノサイダー)』と呼ばれ誰からも恐れ避けられる黒衣のクーフーリンの後ろ姿。

 

 ヘスティアは知っている。

 クーフーリンは自身が授かった神の恩恵だけではなく、一歩間違えば死ぬような死地を何度も掻い潜って、地獄のような修練を何年も耐え忍んで、その果てに善悪を超越した強大な力を手に入れた事を。それは酷く悲しい物語。

 

「彼は……僕に嘘をついていると分かっていても嘘をつき続ける。何度も何度も、僕が彼と出会った今までの三年間ずっと。こう言っちゃなんだけど彼は他の子に無頓着だ。でも、何でか嘘をつき続けてる。きっと誰にも話したくない事情があるから……ああなってしまったんだ。だから……仲良くは無理かもしれないけど……せめて嫌いにならないであげてくれ」

「神さま……はい、わかりました!」

 

 そう言って笑うベルの心優しさと純粋さにヘスティアは感謝するも、その心優しさを利用するような真似をする自分に自己嫌悪を覚えたのはここだけの話だ。ヘスティアはその自己嫌悪を決して忘れないように、胸の内に留まらせておき、それでもなお彼らの拠り所で存れるために、帰るべき場所で在るために笑顔を浮かべた。

 

「さぁ、ご飯にしよう! 今日はバイト先でもらったジャガ丸くん祭りだぞぅ!」

 

 

 

「クーフーリ〜ン! このままじゃベルくんが何処かに行っちゃうよ〜!」

「改宗か。好きにさせろ」

「ってそんな大げさな話じゃないけど!? それに改宗するには一年以上の期間をおかないとダメなのは君も知ってるだろう!」

 

 ベル・クラネルが迷宮都市オラリオに来て七日ほど経ったある日、ヘスティア・ファミリアが拠点とする朽ち果てた教会の地下室に珍しく身を置いて槍の手入れを行なっていたクーフーリンの元にヘスティアが涙を浮かべて抱きついて来た。クーフーリンの元まで一直線に地下室へのドアを開け放ち勢いよく駆け寄って来たヘスティア。

 

 クーフーリンはヘスティアの方を全く向かないが槍を壁に立てかけてヘスティアが傷つかないようにした。だが涙目のヘスティアはそんなことには気付かず、一も二もなくクーフーリンの胴体に抱きつくと顔をグリグリと押し付ける。なすがままとなっていたクーフーリンだが流石にうっとおしく思ったのか、ヘスティアの首根っこを掴んでベッドの上に放り投げた。

 

「あのガキがどうかしたのか」

「ベルくんが……女の子のところに行っちゃうぅぅ!」

「それがどうした。好きにさせろ。結果としてあのガキが死のうが生きようが俺には関係ねぇ」

「そんなこと言わないで〜、僕の話を聞いておくれよ〜」

 

 ベッドに放り投げられてもなおクーフーリンに構ってくるヘスティア。これではどちらが子で、敬うべき親なのかわからないと言うもの。泣きつくヘスティアだがクーフーリンはうっとおしそうにするだけで、それ以上は特に何もしない。

 

 『凶王(ジェノサイダー)』とオラリオ中から恐れられるクーフーリンだが、ヘスティア相手にはこういった一面が見て取れる。ヘスティアはそれを知っているからこそ、クーフーリンは『凶王(ジェノサイダー)』ではないと彼女は確信を持って神友であるヘファイストスやタケミカヅチに自信を持って言えるのだ。とは言っても二柱の反応は芳しくない。

 

「ベルくんみたいに素直でいい子、きっと向こう100年経っても見つからないよ! それにベルくんはヘスティア・ファミリアの家族なんだから! そんなベルくんがどこぞの馬の骨とも分からない女の子に誑かされるなんて我慢できないよ〜」

「めんどくせぇな。だったら首輪でも付けておけ」

 

 そう言ってクーフーリンは立ちあがると壁に立てかけていた槍を掴み、ヘスティアに背を向けた。ぶー垂れていたヘスティアはキョトンとした顔で彼の背中を見つめ、慌ててベッドの上から降りて外へと向かうクーフーリンを追いかける。

 

「どこに行くのさ! 僕の愚痴はまだ終わってないぞぅ!」

「あのガキを引っ張ってくる。それだけだ」

 

 

 

 

 

 

「雑魚じゃアイズ・ヴァレンシュタインには釣りあわねぇ!」

 

 酒場であり食事を提供する店である『豊穣の女主人』

 店内に響くその声に全くその通りだと、ベルは思った。

 自分自身への落胆と悔しさのあまり涙を流し、それでも強くなりたいと思い立って席から立ち上がり、駆け出した。

 

 強くなりたい。

 なら戦うしかない。自分自身を鍛え、強くなるしかない。

 心も体も強くなって、憧れの人に近づくために!

 

「ベルさん!?」

 

 彼の名前を呼ぶ声がする。だが彼の意識はすでにダンジョンに向かっており、彼を呼ぶ声や彼に集まった視線に構う余裕など存在していない。木の押し開くドアを体ごとぶつけて開け放って外に駆け出したベルだが、何かに当たって跳ね返され、店内に戻されてしまった。

 

 普段は礼儀正しく、下手に出るベルだが今だけは、目の前に立つ人物を睨みつけ——られなかった。

 

「ガキ、何処に行く気だ」

 

 豊穣の女主人は夜ということもあり多くの客で賑わっていた。客の全員が冒険者で今日の成果に一喜一憂して酒を喰らい、酔って気分を良くしていたと言うのにその平坦で冷酷な声によって、強制的に酔いを覚まされた。

 

 その声の主を、オラリオに住む冒険者が知らない訳が無い。

 黒衣に身を包み、凶悪な棘だらけの赤黒い槍を手に持っている冷酷な殺戮者。噂では迷宮都市オラリオ最強の冒険者であるオッタルと同等の力を持つと言われる最強の一角。

 

 『凶王』クーフーリン、彼が豊穣の女主人に姿を現した。

 

 先ほどの喧騒が嘘のようにしんと静まった店だがクーフーリンには関係ない。クーフーリンはベルの首を左手で掴み、その小さな体を店の外に放り投げた。ベルに対して全く気遣いのないその動きは、彼の小さな体を少しばかりの時間宙に浮かせて、呆気なく石で舗装された路面に叩きつけられた。

 

「アンタ、ウチで食い逃げは許さないよ」

「……」

 

 木造造りのカウンターの向かいでクーフーリンを睨む恰幅の良い女主人。この店の主人であるミア・グラントの言葉にクーフーリンは面倒臭そうに顔をしかめ、小さな皮袋に入った手持ちの金をミアに無造作に放り投げて受け渡す。これで文句は無いだろうとクーフーリンはこの店に背を向けて去ろうとするがミアから声が掛けられた。

 

「で、アンタは何しにきたわけ? 荒事なら御免だよ」

「てめぇに関係はねぇ。あのガキを連れ帰りにきただけだ」

「! じゃああの子、本当にヘスティア・ファミリアに……」

 

 ミアの言葉が、そこに込められた意味が店内に広まってゆく。クーフーリンが所属するヘスティア・ファミリアに入団した存在。それだけでこの場にいる彼らの好奇心を刺激するには十分なものであったが、クーフーリンに関わるべきでは無いと言う警鐘が彼らにこれ以上踏み込ませるのを躊躇わせた。

 

 だが、強き者たちは例外だ。

 

 店の一角で遠征での疲れを癒す宴会と洒落込んでいたロキ・ファミリアの遠征組。思わず立ち上がってクーフーリンに詰め寄ろうとする者が現れる。

 

「アイズ!?」

「アイズさん! 危ないですよ!」

 

 人形のように美しく無表情の金髪の少女。ロキ・ファミリアの中から彼女を制止する声が上がるもアイズ・ヴァレンシュタインは止まらない。今度こそ店の外に出ようとするクーフーリンの数歩前まで近づき立ち止まった。

 

「あの……すいません」

「あ?」

「さっきの子、が……店を飛び出た理由……私が原因だか——」

「女、てめぇの事などどうでもいい」

 

 バッサリとアイズの言葉を切り捨てたクーフーリン。彼にとって理由があろうがなんだろうがどうでも良かった。そんな事は関係がない。

 

 アイズがごくりと息を呑んで、恐る恐る顔を上げた彼女の視界に映ったのは、アイズのことを何とも意識していない空虚な瞳。それがアイズの心を強く締め付ける。そんな目で見られたくないとアイズは思った。

 

 

 

「ベルくん!? 大丈夫かい!」

「ゴホッ……ケホッ! あ……かみ、さま……?」

 

 舗装された石レンガの地面に叩きつけられたベル。その衝撃で肺の中にあった空気は全て吐き出され、背中を丸め、咳き込みながら必死になって呼吸をするベルのそばに駆け寄って介抱するのは彼の主神であるヘスティア。ここまでクーフーリンについて来ていた彼女であったがまさかクーフーリンが同じファミリアの人間に手をあげるとは思っても見なかったのである。

 

「大丈夫? 怪我はない?」

「は、はい……大丈夫、です」

「そうか良かったよ! って何処に行く気だいベルくん!」

「僕、強くならなきゃ……このままじゃいけないんです……」

 

 うわ言のように呟くベルはヘスティアのと介抱を制止を振り切ろうと体を動かし、立ちがるも、再び彼の体は地面に引き倒された。地面を引こずり、服が汚れ、砂が舞い、ベルの小さく細い体が傷ついた。

 

「クーフーリン!? ちょっと! ベルくんに一体何するんだ!」

「ガキ、てめぇはそのまま大人しくしてればいい。上層でちまちま身の丈に合った狩りでもしてろ」

 

 ヘスティアの言葉を無視してそう言ったクーフーリンは、再び立ち上がろうとするベルの背中を踏みつけた。獣のように鋭い棘の付いた黒の甲冑に踏まれたベルの体はたやすく地面と接触する。ベルがどんなに腕に力を入れて立ちあがろうとしても、微塵もクーフーリンの足は動かない。

 

「それか牧場にでも行くか畑仕事でもしてろ。てめぇの価値は、ただヘスティアの元に生きて帰って、ヘスティアを満たすだけしか価値がねぇと理解しろ」

 

 ヘスティア・ファミリアがクーフーリンの力によって有名になるに従って、これまで多くの存在が入団しようと、その富を掠め取ろうとして来たがその全てを痛めつけ追い払って来た。何故なら、己の私欲だけで動く存在ではヘスティアを満たせないと分かっていたからだ。ヘスティアが満たされればクーフーリンが求められることは無くなる。そうなったらクーフーリンはただただ己の強さだけを求めれば良い。その果てに、己の生と死を弄んだクソッタレの神を殺す。

 

 ある意味ではベルはクーフーリンのお眼鏡にかなっているが、これではただの飼い殺しのペット。

 

 クーフーリンは踏みつけるのをやめて、ベルの腹部を軽く蹴り飛ばした。だがクーフーリンの筋力は想像を絶する域に到達しつつある。手加減されているとはいえ、ベルの軽く小さな体は勢いよく、人通りの少なくなったメインストリートを一直線に吹き飛んだ。

 

「クーフーリン! もうやめてくれよ! 僕は君が乱暴をする所なんて見たくないんだ! これじゃ本当に君は『凶王(ジェノサイダー)』になっちゃうよ!」

 

 ヘスティアがクーフーリンの前に両手を広げて彼を止めようとする。このままでは君は誰にも理解されず、誰からも恐れられて避けられる存在になってしまうと。

 

「それがどうした。俺が何と言われようがどうだっていいことだ」

 

 しかし、クーフーリンはただ力を求める存在。己がどのようなところに行き着こうが、その果てに目的を、クソッタレな神を殺せればいいと。

 

「そ、そんな……君はそれだけじゃないはずだよ! 優しい所があるのを僕は知ってる! すっごく、すっっごく分かりにくいけど君は僕に優しくしてくれるじゃないか!」

「ヘスティア、それはてめぇの勘違いだ。都合よく捉えてるだけだ。俺にとっちゃ、神の恩恵を与えるってんなら俺を玩具と思おうがそれで一向に構わねぇ。神にとっちゃ人間なんざ……ただの玩具でしかねえんだからな」

 

 愕然とするヘスティアから視線を外し、クーフーリンはベルを連れ帰ろうと吹き飛んで行った方に視線を向けて不快げに眉を僅かに寄せた。

 

 確かに手加減した。その神の恩恵を授かったばかりの貧弱なベルの体が砕けないように手を抜いたが自力で立ち上がれるほど加減したわけではない。

 

「ゲホゲホッ! ぁぁ……ゴホッ!」

「ベルくん!? 大丈夫かい!?」

「ぁ……はい……ゴホッ……! 神さま……すごく、痛いです、けど……」

 

 ベルに駆け寄ってその小さな体でふらふらと足元のおぼつかないベルの体を支えるヘスティア。彼女に肩をかされたベルは不甲斐ないとばかりに落ち込むもそれは一瞬だけ、己の主神を心配させないように笑顔を浮かべるも苦痛によって咳き込んでしまった。

 

「クーフーリンさん……僕は……強く、なりたいんです」

「あぁ?」

「僕は……強く、なりたいんですっ……!」

「寝言は寝て言えガキ。ただ空を見て、手を伸ばそうと足掻こうともしなかったガキが今更何が出来る」

 

 クーフーリンの言葉はベルの的を射ていた。ただただダンジョンに、オラリオに勝手に夢を見て、願いが叶うと浮ついてふらついていただけのちっぽけな存在。クーフーリンを最初に見たとき、きっと才能が溢れる人なんだと勝手に思って憧れて、そして自分から届かないと諦めたベル。

 

 だけど今日、気づいた事があった。

 

 その行動は、正気の沙汰ではない。

 勇敢でも蛮勇でもなく、ただ無謀なだけ。

 

 ベルは自分の武器であるナイフを手に持って、フラフラの体でオラリオ最強の一角と噂されるクーフーリンに向き直ったのだ。

 

「僕は……僕は……っ! 強くなるんだ!」

「…………心意気だけは買ってやる、ガキ。だが、俺の前に立つ意味を教えてやる」

 

 ベルは駆け出した。強くなるために。

 憧れであるアイズ・ヴァレンシュタインに、クーフーリンに少しでも近づき、その隣にたちたいがために。

 

 クーフーリンは駆け出した。強くなるために。

 目の前に立つ一切合切を屍にして、果てなき屍の山の先にいると信ずる殺すべき相手を殺すために。

 


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