殺戮の凶王が竃を前に安らぐのは間違っているだろうか   作:くるりくる

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IF:殺戮の凶王が剣姫と共に戦うのは間違っているだろうか?

 これは彼の前に現れた道によって紡がれる、もしかしたらありえる可能性の話。

 

 

 不規則な塔が何本もそびえ立つ歪な形の館の前に何十人も多種多様な種族が集まりガヤガヤと話し合っている集団から、数メドル離れた場所に腰掛けて俯いている男がいた。黒衣を身に纏いその屈強な体を露わにする男の醸し出す殺伐とした空気に恐れをなしたのか、多くの種族が男から離れてヒソヒソと話しているが館から出て来た数人を前にしてその視線は男から離れていく。

 

 館から出て来たのは数人。先頭に立つのは小さく小柄な金髪の小人族。小人族は数ある種族の中でも非力という事で侮られがちだがここに集まった者たちは誰も彼——『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナのことを侮ったりはしない。

 

 フィンは笑みを浮かべ、館の周辺に集まった入団希望者の顔を見渡す。迷宮都市オラリオでも名高い冒険者であり、一ファミリアの団長である彼を前にすれば私語を口にするものは誰一人としていなかった。何十人と集まった入団希望者にフィンは苦笑いを浮かべるも、己が所属するファミリアが有名になってきている事に満足感を覚える。

 

 それが彼の野望とも言える夢を叶える事につながりつつあるからだ。

 

「おーおー。ぎょうさん集まったなぁ。これみ〜んなウチの入団希望者かいな」

「どうやらそのようだ。今期はいつも以上に多い」

「よっしゃ! それなら美少女や美女はぜんい——」

「ロキ、ふざけたことを言うなら時間をかけて話し合う必要があるな」

「ちょっ!? 冗談やからリヴェリア! 堪忍してや!」

 

 あまりにも美しい緑の髪のエルフの女性が糸目の女をたしなめる。その糸目の女はオーバーリアクションで話し合いを拒否し、値踏みするように入団希望者たちへと視線を向けた。

 

 緑の髪の美しいエルフ『九魔姫(ナイン・ヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴはため息をついて己が所属するファミリアの主神—糸目の女—ロキへと視線を向けた。

 

 天界きってのトリックスター、ロキを主神とする彼らは現在、オラリオにおいてフレイヤ・ファミリアと合わせて二大巨頭と称されるほど力を秘めている。その強大な力を誇るロキ・ファミリアだが集まった入団希望者を全員囲い込めるほどの財力も、ましてやそのような暴挙を行う気もない。

 

「しかしロキの言う通り本当によく集まったもんじゃわい! このヒヨッコどもを一体どうやって鍛え上げようかのう!」

「はん! どいつもこいつも雑魚じゃねぇか。使いもんになる奴なんざいねぇだろ」

「ハッハッハ! 相変わらず手厳しいなベート! そうじゃな……ドワーフの火酒の飲み比べをワシとして勝ったら入団というのはどうだ!」

「そりゃアンタが得するだけだろ……チッ……それにしてもウジャウジャと、数だけは居やがる」

 

 第一級冒険者である幹部たちが入団希望者を見定め、見込みがあると判断されたものだけが入団を許可される狭き門。今期もその狭き門に挑戦しようとする者たちが集まったが幹部陣もこの数は予測していなかったのか辟易している様子。

 

 豪快に笑うのはドワーフの男『重傑(エルガレム)』ガレス・ランドロック。そして彼の後ろで不機嫌そうに入団希望者を睨みつける鋭い目つきの獣人の狼人の名前は『凶狼(ヴァナルガンド)』ベート・ローガ。戦闘衣だけを着た彼らだがその実力はたった一人で数十人の入団希望者を蹴散らせる力を秘めた超人である。

 

「すご〜い! これ全員入団希望者? アマゾネスの子もいたりするかなティオネ!」

「まぁこれだけいるんなら一人や二人居るんじゃないかしら? 私は団長に近づく女がいなきゃそれでいいんだけどね」

 

 褐色肌のアマゾネスの双子。妹の『大切断(アマゾン)』ティオナ・ヒリュテは入団希望者を前にしてその数にはしゃぎ、姉である『怒蛇(ヨルムンガンド)』ティオネ・ヒリュテは冷静に入団希望者を観察する。対照的な二人であるが彼女たちは紛れもなく双子の姉妹であり、そして細く柔らかな体にモンスターをくびり殺せる膂力を秘めた第一級冒険者。

 

「さて……どうやって選別しようか。ここまで多いと顔を確認するのも一苦労だ」

 

 フィンはそう言って頭を掻きもう一度入団希望者たちの顔を見渡し、そして自分たちのファミリアの仲間である少女がじっと一点を見つめて動かない事に気づいた。振り返りその事を確認したフィンはその少女に話しかける。

 

 何か気になる人物がいるのかと。

 

「アイズ。何か気になる人物がいたのかい?」

「……うん」

 

 フィンの問いかけに、美しくも人形のように無表情の少女が頷いた。少女『剣姫(けんき)』アイズ・ヴァレンシュタインが誰かに興味を示すなど珍しく、幹部陣の誰もがアイズの視線の先にいる人物へと向き直った。

 

 その視線の先には、黒衣を纏った人物が一人。

 集団に交じることはなく殺伐とした空気を隠すこともなく。

 

「アイズたんが興味持つなんて! もしかしてあーゆう奴が好みなんか!?」

「な!? まじかアイズ!」

 

 ロキとベートが食ってかかるもアイズは反応することはなく、ただ惹きつけられるようにその人物の方に向かってゆく。何十人という入団希望者がアイズの神秘的な容姿と『剣姫』の実力と名声に緊張して、もしかしたら自分に声がかけられるかもと期待するもアイズはその期待を難なく裏切ってその横を過ぎ去り、集団から外れた場所に座っている男に声をかけた。

 

「えっと……こんにちは」

 

 まずコミュニュケーションの基本は挨拶と、挨拶を口にしたアイズ。しかしその男は何も反応せず、黙って俯くだけであった。ムッとしたアイズだが意地になり、男が反応するのを待つ。男を前にしゃがみ込みじっと見つめる時間がしばらく過ぎた。

 

 その構図は傍目から見れば、ロキ・ファミリアの幹部であるアイズに気に入られたというものに見える。入団希望の試験前であるというのに、それに不満を持つ者が出て来てもおかしくなく、そしてアイズに良いところを見せて入団しやすくなるようにという打算を考える者も出てもおかしくない。

 

「おいお前! ロキ・ファミリアの幹部であるアイズさんが話しかけてくださるってのに無視たぁいい度胸じゃねえか! あぁ!?」

 

 大柄な体のヒューマンが拳を鳴らしてアイズと黒衣の男に近づいてくる。厳しい顔つきで近づく男を見て、別に私は偉くないしと疑問符を浮かべたアイズであったが男の行動は止まらない。

 

「アイズさん、俺がこいつを今シメてやりますから!」

「いや、あの——」

「おら、立ちやがれこの野郎!」

 

 そう言って大男がアイズの意見を無視して、自分の行動が正しいと思い込んで黒衣の男を立ちあがらせようと手を伸ばす。

 

 

 

「うるせえぞデクが」

 

 

 

 この場にいる全員が冷酷無比で寒気がするような言葉を耳にした時、大男が腹を抑えてうずくまる姿を見る事になった。そして次の瞬間数メドル宙を舞った大男だが、重力に従って地面に叩きつけられる。衝撃によって体内の空気を全て吐き出してしまいゴホゴホと咳き込み痛みをこらえるように体を丸め込んだ。

 

 多くの者が呆気にとられていた中、ロキ・ファミリアの幹部陣は鋭い視線を黒衣の男に向ける。あの状況で大男を殴りつけたのは黒衣の男であることは明白だからだ。そして驚くべきことに、第一級冒険者であるはずの彼らであってもその動きは正確に捉える事が出来なかったのだ。

 

 黒衣の男は立ち上がり、そばにいるアイズを無視して己に拳を振り上げた大男に追撃を入れた。うずくまる大男を踏みつけ、さらなる痛みを与えるべく体重と力をかけていく。ミシミシと耳障りな音が不特定多数に聞こえた。

 

「イデデデデッ!? 降参だ! もうやめてくれ!」

「あぁ? 俺に手ぇあげたのはてめぇからだろうが。だったら……殺されようが何されようが文句はねえ筈だ」

 

 ミシリと大きく音が鳴り、さらに力を入れて踏みつけようとした黒衣の男を、フィン、リヴェリア、ガレスの三人が止めた。黒衣の男の筋肉質な腕をガレスが掴み、その首元に杖と槍を突きつけたリヴェリアとフィン。

 

「もういいだろう。彼は戦闘の意思を失っている。もう君を害することはない。君も、無益なことをして面倒に絡まれるのは嫌だろう?」

「減らず口の上手い小僧だな」

 

 そう言って黒衣の男は大男から足を退けて、最後とばかりにもう一度蹴りを入れた。石畳の地面を吹き飛ぶ大男。その男の仲間の数人が駆け寄って介抱に努めるも男は咳き込むばかりで痛みに堪えている。

 

「君、既に充分と言えるほど腕が立つようだね。一体何を望んでこのロキ・ファミリアに来たのかな? ぜひ僕たちに教えてくれるかい?」

 

 フィンは両手を広げて、まるで新たな仲間を歓迎するように言葉を発した。だが彼の瞳は油断なく黒衣の男を観察する。有用であれど、制御できなければいらない。そう言った計算高さが伺える将としての瞳。

 

「俺の名前はクーフーリン」

 

 黒衣の男はそれがわかっているのか、犬歯をむき出しにし凄惨な笑みを浮かべて告げる。ここが彼の分岐点である。殺戮の凶王が竃の女神の側で安らぐのではなく、笑う道化の神の下で剣姫と背中を合わせて戦う復讐譚。

 

「クソッタレな神を殺すためにここに来た」

 


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