殺戮の凶王が竃を前に安らぐのは間違っているだろうか   作:くるりくる

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IF:殺戮の凶王が剣姫と共に戦うのは間違っているだろうか? その2

 

 響く人間の声。それは己の勝利を信じ己を鼓舞する祈りである。

 吠え立てる怪物の声。それは目の前の侵入者たちを血祭りに上げんとする本能の叫びである。

 

 世界に空いた深淵の穴、ダンジョン。人々は欲望を胸にそのダンジョンに赴き、己の抱いた野望を叶えるためにダンジョンで戦い、ある者は道半ばで朽ち果て、ある者は凱旋と共に地上へと帰還する。

 

 そのダンジョンの奥深く、誰の手も届かない天然の空洞が広がる荒野にて人間とモンスターの怒号が入り混じっていた。ダンジョンの49階層、大荒野(モイトラ)と呼ばれる一際広い空間で人間とモンスターのに陣営が雌雄を決するべく矛を交えていた。

 

 人間は剣と鎧という装備を片手に知恵と勇気を振り絞り、片やモンスターは最強の武器たる己の強靭な肉体を本能のままに振るう。

 

 モンスターの名前はフォモール。

 3メドルを越す巨躯に全身を覆う筋肉の鎧。全身を毛で覆われ、その硬い針金のような毛の鎧も生半可な武器を通さない。頭蓋から伸びる二本のねじ曲がった角が人間種とはかけ離れた存在であることを雄弁に語っている。そしてその目は真っ赤に染まり、殺戮しか頭にない本能で動く獣である何よりの証拠。

 

 数えればキリがない何十匹というフォモールが陣形を保つ人間たちを轢き潰さんと咆哮を上げ、強靭な巨躯を活かして突進する。その突撃はただの人間など容易く挽き肉にしてしまう破壊力を秘めた一撃。

 

 だがこの場にいる人間たちはただの人間ではない。神の恩恵を授かった超人、ダンジョンを攻略せんとその胸に各々の野望と夢を秘めた冒険者であるのだから。

 

「至急左翼支援! ティオナ、ティオネ、急げッ!」

「了解です団長!」

「ほいほ〜い! とは言っても倒しても倒してもキリがないよ〜!」

「うっさいッ、ティオナ! つべこべ言わずに……さっさと、倒す!」

 

 陣形の最前線に立ち両手の槍を振るうのは小さき体に勇気を秘めた小人族。彼の声は鋭く、その声はモンスターの怒号の中でも良く通り陣形の左翼が崩壊の危機にあると即座に察するや否や、その崩壊を防ぐべく最小で最大の効率を発揮できる人員に指示を出した。

 

 その指示を受け取ったアマゾネスの双子姉妹。ティオナ・ヒリュテとティオネ・ヒリュテ。レベル5という冒険者の中でもトップクラスの身体能力を誇る二人は指示を正確に聞き取り、岩肌のむき出しの荒野の地面を踏みしめ一陣の風となって駆け出した。

 

 ティオナは大剣を二つ、柄尻で合わせた武器を扱い、それを重さを感じさせない軽々とした動きで振るってフォモールの体をバッタバッタと両断していく。その豪快な戦闘技法は彼女の性格とアマゾネスの豪快さが合わさった彼女だけのスタイル。

 

 対してティオネは両手に持ったククリナイフでフォモールの急所を的確に斬り裂き、貫き、その生命を終わらせる。力を兼ね備えタフなモンスターを相手にするにはこう言った小技の方が人間らしいと言えるのだが彼女がアマゾネスということを鑑みると疑問が浮かんでくる。しかし、今、この状況では彼女は非常に頼りになる存在であった。

 

 二人の支援によって左翼は持ち直した。だがそれではじきに飲み込まれるだけ。フォモールの群れはその総数を保っている。

 

「【間もなく、焔は放たれる】」

 

 しかし、人間たちには確かな希望がある。何十体というフォモールの群れを一撃で殲滅することができる魔法を放てる人物を知っている。

 

 緑髪の絶世の美貌を持つハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 後衛の中、何人もの仲間の冒険者に守られた彼女は杖を手に持ち、目をつぶって己の中の魔力を言葉に添わせて形取ろうと呪文を紡ぐ。

 

「【忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

 

 呪文が紡がれリヴェリアの周りに活性化し、可視化した高密度の魔力の本流が立ち上った。その魔力の本流は間欠泉のように天に向かって上昇し、さらにその勢いを増していく。

 

 次第に形を成していく破滅の戦火に仲間たちはここが踏ん張りどころだと歯を食いしばり、盾や武器を構えリヴェリアが呪文詠唱に集中できるようにその体を張った。その甲斐あってモンスターの大進行を食い止め、そしてさらにリヴェリアの魔力は活性化していく。

 

 だがモンスターもタダでは終わらない。

 巨躯のフォモールの中でも一際大きな巨体のフォモールが、その巨体さを活かしたチャージングで前衛の一角を打ち崩し、その亀裂を見逃さないとばかりにフォモールが殺到した。

 

「ベート! 穴を埋めろ! 急げ!」

 

 ここに集った冒険者の中でも俊足を誇る狼人のベート・ローガが悪態をつきながら、しかし焦った表情で陣形が崩れた場所に急行する。だが彼がいたのは反対側の右翼。俊足を誇るベートであってもその距離を踏破するには数秒かかる。

 

 吹き飛ばされた前衛数人が急いで陣形を立て直すも巨大なフォモールはその穴を抜け、近場にいた魔法師のエルフに向かってその豪腕を振り上げた。

 

 間に合わない、誰もがそう思った。

 

 しかし、エルフを襲いかけたフォモールの巨体に閃光が走る。迸った煌めきを冒険者たちが視認した次の瞬間、フォモールの体は消失する。迸った煌めきは剣筋の煌めき。そしてそれを成せる超級の剣技を誇る冒険者はオラリオの中でも彼女一人だけ。

 

 助けられたエルフ——レフィーヤ・ウィリディスは歓喜の声で彼女の名前を呼んだ。

 

「アイズさん!!」

「大丈夫、レフィーヤ?」

「え、は——」

「レフィーヤ! 遊んでる場合じゃないぞ!」

 

 小人族の首領、フィン・ディムナの鋭い叱責にレフィーヤはすぐさま魔法の詠唱を開始し戦線復帰するも、その側に彼女を救ったアイズの姿はない。彼女は何処へと行ったのか。

 

「フィン〜! アイズが一人でフォモールの群れの中に飛び込んじゃった! どうする!?」

「まったく……手の掛かる子だよ!」

「フィン! 俺が行く!」

「ベート……いや、クーフーリン!」

 

 フォモールを切り刻み、独断専行を続けるアイズに頭が痛いと顔を顰めかけたフィンであったが、そんな彼女の支援に行くと立候補したのはベート。確かにベートの実力は比類無きものでありアイズと二人であればフォモールの群れを凌げるだろう。だがそれでは足りないと、フィンはその名を呼んだ。

 

 その名前は敵味方問わずに畏怖を抱かせるもの。

 味方はその名前に目を見開き、フォモールは知能がないにも関わらず、その名前が誰を指し示すのか分かったようにその視線を一斉に右翼へと向けた。

 

 たった一人で右翼の戦線を維持する黒衣を纏った刺々しい凶悪な鎧を着込む屈強な男。凶悪な赤黒い槍を一度振るえばフォモールの体に風穴が開く。分厚い筋肉で覆われたフォモールを紙のように容易く引き千切り肉の塊に変える戦士。

 

「オーダーは」

 

 クーフーリンはフィンに問うた。敵も味方も腹の底から底冷えするような冷淡な声を耳にした。

 

「リヴェリアの魔法がもうすぐ完成する。それまでにアイズを連れ戻せ!」

「了解」

 

 クーフーリンは短く頷くと、悠然と歩き出す。たったそれだけの動きで右翼に攻め込んでいたフォモールが後ずさりを始める。フォモールも本能的に分かっているのだ。この戦士に、自分たちでは絶対に敵わない事に。 

 

「ベート、ティオナ、ティオネはクーフーリンの穴を埋めるために右翼配備! 全員ここが踏ん張りどころだ!」

「はい、団長!」

「りょ〜かい! さぁ頑張るよ〜!」

「チッ……クソがァッ!」

 

 三者三様。一人は従順に、一人は快活に、一人は怒り、右翼へと向かいクーフーリンの抜けた穴を埋めるべく、群がるフォモールたちを各々の方法で殺していく。真っ二つに、喉を貫き、蹴り殺し、瞬きの間に何体ものモンスターの屍を築き上げるがまだまだ数は残っている。

 

 フィンの指示によって奮起する冒険者たち。少し離れた場所でフォモール相手に孤軍奮闘していたアイズだが、近づいてくる圧倒的な気配に視線を後ろへと向けた。その気配は遠く離れていても殺伐としていて、その気配に当てられたフォモールが尻込みしてしまうほど強烈だ。

 

 目の前に迫っていたフォモールの脇を抜けて、すれ違いざまにその喉を刺突で絶命させ、返す刃で己に手を伸ばしていた別のフォモールの急所である魔石が埋め込まれているであろう場所を刺し貫いたアイズ。

 

「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

「戻るぞ。あの女の魔法が完成する」

「……分かった」

『ォォオオオ!!』

 

 しかし、フォモールは逃さないとばかりに殺到して二人に手を伸ばしてきた。すでに自分たちが絶体絶命であることを悟ったのか、ならばお前たちも道連れだと、その血走った赤い目を光らせて手を伸ばす。

 

「邪魔だ」

 

 呟き、槍を一閃するクーフーリン。それだけで数体のフォモールが魔石を一斉に砕かれ絶命した。圧倒的な武技、膂力を間近で見る事になったアイズが思わず息を呑んで立ち尽くすもクーフーリンにとっては知ったことではない。

 

 彼に下されたオーダーはアイズを連れ戻す事。

 

 無防備なアイズの体を、ぶっきらぼうに、だが彼女の体が傷つかないように抱きとめたクーフーリンは地を蹴り、陣形へと帰還する。数十メドルの距離をたった一回の跳躍で踏破したクーフーリンの力量は彼ら、ロキ・ファミリアにとって絶大な信頼を寄せるに相応しいものであった。

 

「【焼き尽くせ、スルトの剣———我が名はアールヴ】!」

 

 彼女は告げる。振り下ろす烈火の剣の名を。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 焔が数十体のフォモールを飲み込んだ。絶叫の不協和音。夥しいほどの死と叫びが焔の中から叫ばれる。焼却の焔がフォモールたちを飲み込み、そしてその生命に終わりを告げた。

 

 リヴェリアは静かに息を吐き、己が成した結果を見つめる。荒野に香る焼けた肉の匂いを感じたロキ・ファミリアの遠征組は戦闘が終わった事で鬨の声をあげ、側にいる仲間が死んでいない事を喜んだ。

 

「さぁみんな、次の階層に行こう。僕たちを未踏逹階層が待っているよ」

 

 

 

 

 50階層、モンスターが生まれることがないダンジョンのエアスポットでロキ・ファミリア遠征組は腰をおろし、拠点を作って先ほどの激戦での休息を取っていた。多くの者が総出となって動いている中、集団から外れた場所でクーフーリンは独り武器の手入れをしていた。

 

 何本もの凶悪な棘が生えている赤黒い槍。己の槍の手入れを行うクーフーリンの下に近づく人影。彼はそれに気づいていたが反応することはない。彼にとって重要なのは戦いであり、その果てにある己の強化。他人の事など知った事ではないし、他人がどんな事情を抱えていても彼は首を突っ込む事はない。

 

「クーフーリン……」

「なんだ」

 

 ただ、彼にも例外はいた。

 アイズ・ヴァレンシュタインに限り彼は関与する。

 

「用が無いならてめぇの武器の確認でもしてろ。不壊属性(デュランダル)の武器とは言え手入れを怠れば切れ味は落ちる。戦士の端くれなら自分の武器の手入れくらい出来るようになれ」

「……私には無理。だからやって」

「……見せろ」

 

 最初からその言葉を待っていたのか、アイズは愛用の武器であるデスペレートをクーフーリンに手渡した。クーフーリンはそれを受け取るとしげしげと眺め、表や裏と返して刀身を確認する。その間アイズはクーフーリンの隣に腰かけて武器を確認するクーフーリンの横顔をじっと眺めていた。

 

「【風】を纏わせ過ぎだ。刀身に負荷が掛かってやがる。これ以上無駄に負荷をかけるならなまくら以下の三流武器の斬れ味になる。地上に戻ったら武器の手入れに出しておけ」

「……そんなに?」

「いくらてめぇの【風】が武器と相性が良かろうが少なからず負荷が掛かる。その上てめぇは武器の手入れをしねぇし暇がありゃダンジョンに潜る。不壊属性(デュランダル)でなけりゃ三日も保たずに折れて終わりだ」

「そんなに言わなくても……」

 

 むくれたアイズだがクーフーリンが何事かを呟き、デスペレートの刀身に指を這わせるのを見た。指が這っていくごとに刀身を淡い光が包み込み、その光が浸透していく。そこには銀色に鋭く光るデスペレートの刀身があった。

 

「ルーン魔術をかけた。これでこの遠征の間は保つ。だが酷使すれば元通りだ。戻ったら武器の手入れに出しておけ」

 

 そう言ってクーフーリンは別の場所に行こうと立ち上がった。

 

「あ、ありがとう……クーフーリン」

「礼を言うくらいならてめぇでやれ、アイズ」

 


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