学園長は幸運の絶頂――と言えば、少し大袈裟に過ぎるが、まあ、そこそこ幸福の中にいた。
金で素行の悪い教師達を取り込み、ちょっとした派閥を作り出し、良識ある教師達の発言を封じた。
そこそこの金は掛かったが、必要経費は黒鉄家から受け取っている。プラスマイナスゼロ。むしろ、報酬を貰っている分、プラスと言えるだろう。
それだけのことをして、学園長が行ったのは、黒鉄一輝の排斥だ。
黒鉄一輝は傲慢なことに、魔導騎士ランクFという才能に関わらず、我が名門校に入学してきた。
それは、学園長にとって許しがたいことだ。
黒鉄家もそれに賛成し了承してくれた。
故に、やることは一つだ。
学園長はまず、黒鉄一輝に反感を持っている生徒を探した……が、意外とすんなりと、しかもかなりの人数を見つけられた。
聞けば、黒鉄一輝はある女子と交流を持っているらしい。
――沖田ミツハ。それが、ある女子の名前だった。
黒鉄一輝は落ちこぼれの落第騎士のくせして、その女子に延々と付きまとい、迷惑を掛けているのだと、ある男子生徒は語った。
身の程知らずにも程があるだろう――学園長はそう呆れた。沖田ミツハは良家のお嬢様だ。更にその素性も隠されていて、腹立たしいことだが……学園長にも分からない。
そんな触れてはならない存在――それが沖田ミツハという少女だった。
だが、この場合は好都合だ。
学園長は黒鉄一輝に反感を持つ者を集め、罠を掛けることにした。
何でも良い、適当な理由で誰かが黒鉄一輝に決闘を仕掛ける。当然のことだが、黒鉄一輝は乗ってこないだろう。
――しかし、それで良い。
乗ってこなかったのなら、痛めつければ良いだけの話だ。抵抗するために武器を抜けば、それを理由に退学に出来る。
しかし今回は、黒鉄一輝はずっと無抵抗を維持していたため、退学には出来なかったが――なに、機会は幾らでもある。
これからも黒鉄一輝を虐げていけば、直に音を上げるだろう――学園長はそう考えていた。
繰り返すが、学園長は幸福の絶頂とまではいかないまでも、それでも十分幸福の中にいた。
だがしかし、その幸福がいつまでも続くなんて保証はどこにも無い。
世界は釣り合いが取れているものだ。
不幸になれば、次は幸福が待っていると言うように、幸福になれば、次は不幸が待っているのかもしれない。
故に、学園長の末路は決まっていた。
――ドバァアアアアアンッ!
そんな轟音と共に、ドアが吹き飛ばされた。
「……ヒッ! 」
思わず学園長は悲鳴を上げた。
ドアを吹き飛ばされた、がらんどうになった枠組みから入るのは、先ほどの惨状には相応しくない可憐な少女。
光の加減によって桃色にも見える白髪と、まるで透き通ったかのような繊細に整った顔立ちは、今やどこまでも冷徹で冷酷な無表情だ。
その少女の名は、沖田ミツハ。先ほど関わってはいけないと自分を戒めていた、アンタッチャブルな存在の少女だ。
沖田はまるでくノ一のような衣装に、袖口にダンダラ模様を白く染め抜いた浅葱色の羽織を纏っている。
そして、その右手には十六弁の菊紋を銘に入れた刀を手にしている。
しかし、学園長にそれを気にする余裕なんて無かった。
沖田がそれを許さなかったからだ。
空間の全てを侵食し、心臓に刺すような極大の殺気が、学園長に行動をすることを許さない。
気がつけば、学園長の歯がガタガタと震えた。体が極寒の凍土にいるかのように寒い。
気絶出来たら楽なのだろうが、彼女はそれさえ許さなかった。
「どうも学園長、お久しぶりです。元気にしていましたか? 辞世の句は済ましたでしょうか? 」
「……ぁ……ぁぁ」
恐怖で辛うじてしか声が出ない。むしろ、この状況で少しでも声を出せたことを称賛するべきだろう。
覇軍学園の学園長の面目躍如と言ったところか。まあ、何の意味も無いのだが……。
「……なんて、冗談ですよ、冗談。……駄目ですね、友達が傷つけられて、どうも思考が纏まらない。まあ、戦いには支障が無いので良しとしましょう」
沖田は一瞬、憤るように体を震わせたが、すぐに元の表情に戻った。
まあ、戻っても怖いことには変わりないが、まだ怒気を表すよりはマシだと言える。
「学園長、私はあなたにお願いがあって訪れました。聞いてくれますか? 」
「……ぅぁ」
「ああ、恐怖で声が出ないんですか。すいません、どうも抑えきるのが難しくて……すぐに抑えますから、許してください」
その言葉に嘘は無かった。
沖田から溢れる物理的なプレッシャーさえ伴う殺気が、緩やかに収まっていく。
そして、殺気が完全に抑えられて。
「……ぶはっ! ひゅー、ひゅー」
ようやく呼吸を開始した。
学園長はあまりのプレッシャーに、無意識に呼吸機能を停止してしまったのだ。
あと数秒遅ければ、呼吸困難で大事に至っていたかもしれなかった。
「さて、学園長も喋れるようになったようですし、答えを聞かせてくれますか? 」
「……き、君は、いきなりドアを壊して、い、一体どういうつもりかね⁉ たとえ良家のお嬢様と言えども、許されることでは無いぞ! 」
「……黙ってください」
「……っ‼ 」
沖田は学園長の首に、その刀を掛けた。
少し首に食い込んでいて、血が流れ出ている。
「貴様が話して良い内容は、私が許可したものだけですよ。分かったなら、そのふざけた口を閉じてください。怒りで思わず……斬ってしまいそうになる」
沖田から、膨大なプレッシャーの殺気が漏れた。
「……ひっ! ひぃいいいいっ‼ 」
学園長は、沖田の言葉に思わず悲鳴を上げた。彼女なら本当にすると、理性ではなく本能で理解してしまったからだ。
――こいつはやる。一度こうと決めたら、どれだけ公序良俗に背こうとも、絶対にやる……。
「分かったなら、私の頼みを聞いてくださいね」
「…………(コク)」
学園長の意思が完全に折れてしまった。
それは沖田から見ても、一目瞭然だった。こうなれば後は簡単だ。話を聞けば良い。
渋るようなら、拷問にでも掛けるつもりであったが、思った以上に学園長の意思は弱かった。
少し拍子抜けしたくらいだった。
「まずは、黒鉄さんへの暴行を行った者の、全員の名前を今ここで教えてください」
「……あ、あぁ。分かった」
学園長は実行者の名前を白状した。
それ以外にも、関係者全ての名前、更にはそれらの行動理由や、目的や裏に至るまで、全てを白状した。
それだけ学園長は、沖田のことを恐怖していたのだ。イチャモンなど付けられたくない、学園長に出来ることは、全てを白状して、慈悲に訴えかけることだけだった。
(……なるほど。これはある意味私の招いた状況なのだでしょう。……どうしよう? これでは黒鉄さんに顔向けが出来ません……)
そんな風に、内心自己嫌悪で混乱している彼女に、学園長は慈悲を訴えかけた。
「だ、だから、私だけでも許してくれ! 私が話せることはもう全部話した。だから、私だけでもっ! 」
内心苛立ったが、すぐに呑み込む。
「ええ、大丈夫です。あなたには何も暴力は使いません。安心してくれて良いですよ」
そう言って、沖田はニッコリと聖女のように笑う。
「……おぉ……! おぉぉ……! 」
その笑顔に、学園長は多大な安心感を受けた。
――もう大丈夫だ。この人の言う通りにすれば、私は殺されない。
そんな風に、学園長は堕ちてしまった。
それを見て、沖田は心の中で軽蔑する。
――まったく、この人間の何と醜いことか……。
愚か過ぎるまでに愚物ではあったが、別に殺しはしない。こんな愚物でも、まだ利用価値はある。
だから、殺さないし、傷つけない。けれど、それ以外のことはしよう。
それくらいしないと、怒りが収まらない。
「私はあなたに頼みたいことがあるんです」
「わ、分かった! 何でも言ってくれ! 」
「ありがとうございます。私があなたに頼みたいこと――それは、これから私が取る行動を公のものにしないで、この学園の中に留めて欲しいんですよ」
「あ、ああ! そんなことはお安い御用だ。任せてくれ! 」
「お願いしますよ」
沖田はニッコリと笑いながら、学園長室を後にする。そして、思い出したように後ろを振り返りながら――言った。
「あ、そうでした。ips再生槽を出来るだけ沢山用意しておいてください。不慮の事故というモノはどこにでもありますから」
そう言って沖田は、ニコリと――しかし次は悪魔のように嗤った。
ただの下準備の場面で、文字数を多く使い過ぎてしまいました。
続きは、分けて書こうと思います。