――ワープ。
もしくは瞬間移動、それとも高速移動。
それが何なのかと言うと――つまり、メチャクチャ速く動くことだ。
沖田の移動は、まさにそんなものだった。
いつの間にか消えていて、気がつけば、男達の目と鼻の先にいて、一人の男子がぶっ飛んでいた。
沖田を見ると、彼女は何かを殴ったように拳を前に突き出していて、ぶっ飛んでいった男子は、クラクラとお星さまを浮かべている。
明らかに不意討ちだった。これには、男達も狼狽する。
「「「――なっ⁉ 」」」
驚愕で思わず声が上がった。沖田の移動術に驚いたのもそうだが、いきなり何も言わずにぶん殴ったことにこそ驚いたのだ。
もう少し遠慮とかは無いのだろうか?
――流石汚い! 流石沖田汚い‼
「――戦いに合図があると思いましたか? ましてそれを私が待つと思いましたか? 大勢で霊装持ちなら負けないと――私が美少女だから、卑怯な真似をしないと思いましたか?
――甘いんですよ」
そう笑って沖田は、次は後ろ蹴りで近くにいる男を蹴飛ばす。
そうやって蹴飛ばされた男は、他の男子達も巻き込んで飛んでいった。
「そしてその甘さ――私は嫌いです。戦場では誰も待ってはくれないんですよ。当然ですが、私も待ちません。隙があれば、即座に狙いますよ。覚悟して貰いましょう」
沖田が放った言葉で、ようやく男達の覚悟が決まった。厳しい表情で、霊装を構えている。
そして、その中のリーダー的な存在、桐原が弓形の霊装を構え、その異能を発現させた。
瞬間、桐原の姿が消えてなくなった。そして同時に、深い森のようなフィールドが出現する。
どれだけ目を凝らそうとも、誰にも桐原の姿は見つけられない。
――これこそが、桐原の持つ《朧月》の能力だ。
その名も、《
この異能を発動した桐原は、通常の如何なる手段でも捕捉することは出来ない。
まさに、完全なるステルス能力。
その性質から広範囲攻撃を持つ者には弱いが、その手段を持たない相手なら完封出来るほどのピーキーな性能を持っている。
そして、それは広範囲攻撃どころか刀の届く範囲しか攻撃出来ない沖田には、相性抜群である。
ちなみに、出現した森は《狩人の森》とはなんら関係無いのであしからず。
「いや~、これは凄いですね。この私がまるで気配を感じられません。桐原さんが何処にいるのか、全く分からない」
思わず、沖田は一人言を呟いた。
桐原の異能は、クロスレンジで戦う剣士にとって、とても理不尽な能力だ。
どれだけ剣の腕を磨こうとも、その剣が届かなければ何の意味もない。
『なら降参するかい? 今なら恋人にさえなれば許してあげるよ? 』
まるで脳から響くように、桐原の声が聞こえた。しかし、そのせいで声が聞こえても、まるで桐原の居場所が分からない。
「……冗談は止めてください。私は誰であろうとも、人と付き合うつもりはありません。当然、あなたととも付き合いません。たとえ、死んでもです」
『…………』
沖田の死んでも嫌発言は、桐原にも、と言うか今立っている男子全員にクリーンヒットだったようだ。
崩れ落ちている男子までいる。そして、桐原もこの状況では気のきいた言葉は言えないようだった。
そんな中で一人の男子が――
「……う、うぉおおおおおおお‼ 」
――逝った。いや、行った。
男子の持つ霊装は、身の丈程ある巨大な斧だった。これは流石に直撃すると、沖田でもひとたまりもない。て言うか、これで傷つかない者がいるのだろうか?
巨大な斧を持つ男子は、その巨大な斧を持ちながらではあり得ない速さで沖田に切迫する。その理由は魔力放出だ。
魔力放出とは、体内にある魔力を指定方向に勢い良く放出することで、より大きな力を得る技術だ。
その技術で、名も知らない男子は斧という超重量物を持ちながらも、かなりの速さで移動することが出来る。
……だが、まあ、何の意味も無いのだが。
男子は沖田に向かって斧を振り下ろす。非殺傷設定で傷を負わせる心配も無いので、普通に全力だ。
轟音が響き渡り、小規模とは言えクレーターが出来上がる。……これって、非殺傷設定でも死なないか? そんな疑問に襲われるが、些細な事だろう。
土埃が舞う。
そんな不明瞭な景色の中、彼女は居た。それも無傷で、何の痛痒も無いと言わんばかりの表情だ。
更に沖田は男子が振り下ろした斧に立っていた。斧の刃先はロープにも満たない細さだ。
そんな不安定な足場の上で、沖田はまるで曲芸のように微動さもせずに立っている。
「――ッ‼ 」
男子は驚愕して、振り落とすために斧を上に振り上げた。
そんな行動に沖田は何ら驚くことなく、飛び上がりながら空中回転をして、斧の男子に踵を振り下ろした。
「あがっ‼ 」
斧の男子は不細工な悲鳴を上げて、後ろに倒れる。頭を打たれては、耐えることは出来なかったようだ。
それを見て沖田は一言。
「――まずは一人。どうしました? 来ないんですか?」
――なら、こちらから行きます!
沖田は男子達にある種の死刑宣告を言い渡して、またしてもワープのように瞬間移動する。
誰も沖田の姿を捕捉出来ない。桐原のようにステルス機能があるから――ではない。
あまりに速い、速過ぎる。
沖田に攻撃されたかと後ろを振り向けば、その姿は何処にもなく、武器を必死に振り回しても、まるで沖田に当たらない――虚しく空を切る。
だがしかし、この状況は当たり前と言える。
かなりの剣の腕を持つ一輝でも、試合が終わるその直前まで沖田に翻弄され続けたのだ。
有象無象――失礼。異能にばっかりかまけて戦闘技術を磨かなかった彼等では、沖田を捕捉することは不可能だろう。
まるでボウリングのピンのように蹴散らされる。この場合のボウルは沖田で、ピンが男子達だ。
攻撃し続ける者、攻撃され続ける者、そのような状況が既に出来上がりかけている。
それでも、彼等が瓦解しなかったのは彼――桐原のおかげだろう。
外れることは多々あるが、沖田が攻撃しようとした瞬間、その矢が襲いかかる。
当たる心配は殆ど無いが、それでも万に一つの可能性はある。
狩人のように何処にいるか分からない状態で射られるのは、沖田にとっても中々に鬱陶しいものだ。
いや、鬱陶しいってだけで済まして良いモノでは無いのだが……流石は沖田と言ったところか。
そして、あの高速移動中の沖田をかなりの確率で外れるとは言え、しっかり狙って射っているのだから、桐原も中々のものだ。自称天才も伊達ではないらしい。
おかげで、いつ瓦解してもおかしくないこの状況の中でも、瓦解せずに戦いと呼べるモノが続いてる。
そして、そんな中で沖田は、
「もうっ! 鬱陶しい! 」
とうとう堪忍袋の緒が切れたようだ。
この沖田、意外に短気なのだ。戦いの中でも日常でも結構簡単にキレる。
勿論、すぐに自粛するのだが……今回はタガが外れているらしい。
とにかく沖田は、戦いを一旦中断して、桐原を狙うことにしたようだ。
所々を適当に動き回っている。
それを桐原は無駄だと嘲嗤った。
桐原のソレは完全なステルスなのだ。戦闘機にあるレーダーには見つからないけど、実際に遭遇したら見えてしまうステルスとは、訳が違う。
しかし、桐原は弓を射なかった。何故か弓を構えた瞬間、悪寒が走ったからだ。
本来から桐原は勘なんて言う不確かなモノには頼らないのだが、今回はそれに頼った。
そして、その選択は正解だったと言える。もし桐原がその弓を射っていたなら、その方向から即座に捕捉して桐原を追い詰めていたであろうから。
……だがしかし。
「……そこですか」
大魔王からは逃げられない。そんな言葉があるらしいが、今の状況はまさしくそれであった。
痕跡も形跡も一切無かった筈なのに、何故か沖田は桐原の方向に向かってきている。
最大限の警報が桐原の頭の中を鳴らす。逃げなければ、即座にそう思った。
だけど、何でバレた……?
『お、お前! どうして僕のいる場所が分かった⁉』
思わずそう問うてしまった桐原を、責めることは出来ないだろう。
なんせ桐原は一切のミスも犯していなかったのだから。あの状況では、一輝にだって見つけることは叶わなかった筈だった。
しかし、どうやって沖田は……?
「――勘っ‼ 」
それに沖田は、自信満々に言い放った。心なしかドヤ顔をしている気がする。
いや、アンタ、勘って……。
『……そ、そんな馬鹿げた話があるかぁあああああああ‼ 」
いや、まさにごもっとも。
完全なるステルス能力を、勘なんてモノで突破されるなんて……桐原はおろか《朧月》でも想像しなかっただろう。
いや、しかし、一応理由付けて説明も出来ることには出来るのだ。
原作で黒鉄は、完全なるステルス状態だった桐原を、見えなくとも、その思考回路、根底に根ざす『アイデンティティ』を見抜くことで、桐原の居場所を把握した。
――沖田はそれと同じことをした。
黒鉄は心眼に達しつつあると誰かが言っていた。そして沖田は、それに似たようなモノを生まれつき持っていたのだ。
Fateの沖田総司は心眼スキル(偽)Aランクを保有している。
天性の才能による危険察知能力。又の名を虫の知らせとも言うそのスキルは、直感・第六感によって危険を回避することが出来る。
つまり今の沖田は、なんか危険そうと思える状況に直行しているだけなのだ。
まあ、それでも充分理解不能で、出鱈目な訳なのだが……。
桐原はギチギチと嫌な音が鳴るくらいに、思いっきり強く弓の玄を引く。
そしてそれを――上空に放った。
『《
桐原によって空中に射られた矢が、空中で弾けて大量に分裂し、驟雨のように降り注ぐ。
視界いっぱいに見える矢。防ぐことは不可能に思えるソレに沖田は何の躊躇もせずに飛び込む。
防ぐための武器も無く、必ず当たると思われる矢の雨を――沖田は全てを回避している。
ユラリユラリと掴みようのない雲のような足運びで、まるで雷光のように駆け抜ける。
夢幻華麗なるかなその姿を見ていると、彼女が本当に現実に存在しているのか疑問に思えてくる。
桐原は暫しの間、何も考えずに彼女に見惚れていた。
最初、桐原が彼女を見たとき、何故かとても心に残った――何かとても美しいモノを見たのだと直感した。
しかし、断じて芸術品ではない。美しく在れと作られたモノではなく、もっと自然に出来たモノの筈だ。
今までソレが何なのか分からなかったが、今なら分かる。
――コレだ!僕はコレに見惚れていたのだ、
あと少しで居場所を捕捉されると言うのに、そんな危機感さえ忘れて、桐原はずっと呆けていた。
そして、少女が前に立った。傷一つ無い涼しい表情であることに、少々理不尽に感じたが、正直どうでも良かった。
「――僕も」
無意識に口から言葉が漏れた。
「――頑張ればあなたのようになれるだろうか?」
もしくは願望とも言うのかもしれない。あの美しい彼女を見たとき、見惚れると同時にある感情が湧き上がった――彼女のようになりたいと言う願望。
その言葉に彼女は――
「え? 何ですか? この雰囲気、何故かとても殴りにくいんですけど……」
――空気が読めてなかった。
いや、一応どんな空気かは読めていたが、全く合わせる気が無かった。
「あなたが私にどのような願望を抱いたのかは分かりませんけど、そんなの知りませんよ」
沖田は先ほどの言葉と雰囲気で、大体の事情が分かった。
つまり――ハハンッ、こいつ私に憧れていますね。
という感じだ。
とは言え、憧れて実際にその人物の贋作のような存在になった者としては、思うモノがあったのかもしれない。
妙に神妙な顔になり――
「――取りあえず一言。沖田さんのようにはならない方が良いですよ。そんな良いモノじゃありませんから」
「え? それはどういう……? 」
「問答無用! 先ほどは妙な空気に流されてしまいましたが、サービスタイムはここで終了です! 」
「ちょ⁉ 待っ――! 」
「待ちません! ――悪・即・斬‼ 」
斬っていないじゃん、なんて――そんな批評は受けませんので、あしからず。
● ● ●
主戦力であった桐原を討ち取られ、彼等はもはや烏合の衆であった。
そんな相手に沖田が遅れを取る筈がなく、速やかに討伐されていったのだった。
そして今。
一人のババンッと偉そうに立つ少女と、その対面で所在なさげに地面に正座する男子達。
中には正座に慣れていない者が何とか楽になるようにモジモジしているが、沖田がそれをキッと強く睨み付け、阻止している。
何と言うか……非常にシュールな絵面であった。
「あー、皆さん。これで皆さんは傷つく辛さと傷つけられる痛みを知ったと思いますが――それで、皆さんは何か言いたいことはありますか? 」
今回の戦いで少しでもストレスを解消出来たのか、仏頂面の裏にスッキリした気分な沖田。
とは言え、それで怒りが晴れた訳ではない。これから男子達がある行動をしなければ、毎日の怒りの制裁が確定するだろう。
「すみませんでした‼ 」
「「「すみませんでした‼」」」
一人の男子が真っ先に謝罪し、それに追従するように頭を下げる男子達。
……言っては何だが、今の男子達は正座しているので、頭を下げると所謂アレに繋がる訳でして――シュールと言う絵面では済まないほど不条理な絵面だった。
「――うんうん、悪いことをしたら謝罪をすることは大切ですね。私も良く、悪いことをしたら土下座して場を濁してきました」
その言葉で――許してくれるのかと希望を見た男子達。
しかし――
「――でも、許しません」
天使のような笑顔で謝罪を拒否した。
全員が天国から地獄に堕ちたような表情だった。一輝も必ず同情するであろうほどに哀れな姿だった。
「そもそも、私ではなく謝るべき相手は他にいるでしょう」
その言葉にハッとする男子達。
だが……もう遅い。
「……まだ人の痛みが分からないんですか。これからも定期的に続けないといけませんね」
これは、ある種の死刑宣告だった。
彼等は地獄の下には更なる地獄が待っていたのか―と言う、もはや全てに絶望したかのような表情だった。
この状況を一輝が見たら、もう止めてあげて! 彼等のライフはもうゼロよ! とでも叫ぶかもしれない。
しかし、ここに一輝はいない。それを意味することはつまり――救いの女神はいないということだ。
「あ、そうだ! 私が皆さんを鍛えましょうか! その腐りかけた性根を根本から叩き直してあげましょう! 」
……オワタ。
いや、冗談抜きで彼等の未来は真っ黒だ。まあ、思い人の側にいられるのだから喜ぶのかもしれないが……ああ、駄目らしい。彼等は皆、誰も見たことの無い表情をしている。
それは、有り金全部を溶かした表情よりも――なお絶望していた。
「まずは黒鉄さんに謝罪してください。話はそれからです。あ、口先だけとかは駄目ですよ」
そう言った沖田さんの顔は、中々に良い表情だった。
今作の桐原さんは出来るだけ綺麗な桐原さんでいて欲しいと思います