沖田さん育成計画~   作:ニゲル兎

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沖田ですが、何か?

沖田さんの、て言うか俺の朝は四時から始まる。

前世では寝坊が当たり前だったのだが、この体は異様に寝起きが早くて、何時にでも起きられる。

まあ、その代わり夜は九時までしか起きてられないんだけど……小学生か!

運動用に胴着に着替え、部屋でストレッチをする。

怪我をしないように念入りに、体の節々を柔らかく解す。

 

ストレッチを終わり、庭に出る。

うちの庭はかなり立派で、大きな池を中心に、土地の起伏を生かしたり、庭木や草木を配する事で、どこかで見たような美しい景色を実現させている。

俺は、そんな景色には脇目も振らず、庭の中心に立った。

そして、大人びた凛とした声で、自分の相棒の名を呼んだ。

 

「乞食清光」

 

沖田さんが生前使っていたとされる刀。皆にとっては他のある刀の方が知名度は高いのだろうが、その刀は条件を満たさないと使えない。

俺は、その刀を鞘ごと手にする。

 

固有霊装。

伐刀者という異能者だけが持てる、自身の魂を顕現させた武器。

俺の固有霊装は珍しく、もう一つあるが、必要無いので呼び出さない。

あれは、命の掛かる戦いでなければ、出したくない。

 

俺は鞘から刀を抜く。

鈍く煌めく鉄の輝き、波のように揺らめく刃紋。

見る者の心を奪われるようなその姿は、まさに芸術品。

少し眺めてから俺は、静かにゆっくりと乞食清光を構えた。

 

目を閉じる。

自身の体を剣を振るうに最適な状態へと、ゆっくりと作り直す。

精神状態、呼吸、筋肉の動き、血の流れ――その全てを最適な状態へ……。

目を開く。

九年間毎日見た景色が迎えてくれた。

そして、俺は剣を振った。

――――。

音は出なかった。当たり前だ――そういう風に振ったのだから。

 

 

 

俺がこの世界に――沖田ミツハとして生を受けて、十五になる。

産まれた最初の頃は愕然とした物だ。だって、男じゃ無かったんだぞ。普通に泣くわ。前世では俺の相棒を使ってあげられなかったのだから……ショックで何日も寝込んでしまった。

 

だが、そのままでは何も変わらない。

何年も掛けて女として生きていく覚悟を決めた。

しかし、そんな覚悟を固めた俺――齢五歳で更に驚愕した。

どう見ても、鏡で見る自分の顔が――セイバー顔だったのだから……!

 

――セイバー顔。

それは、過去・現在・未来・正史・パラレル・外伝・東洋・西洋・人種サーヴァント・マスターの壁を超え、あらゆる場所、あらゆる時代に現れるヒロインの証となる顔である。

 

Fateの絵師さんが、本気で書いたヒロインは、何故か全て同じ顔になってしまうのだ。

例に漏れず、沖田さんもそうで、Fateのヒロインはその呪縛からは逃れられない。

 

いや、今はそんな事はどうでも良い。

大事なのは、俺の顔が沖田さんに瓜二つという事だ。幼い顔だが、成長すれば必ずあのセイバー顔になるであろうと、容易に想像出来た。

 

……最初は嬉しかった。だって沖田さんが現実に現れたのだから、あり得ないと理解していながらも、心の奥底ではいつも願っていた。

 

――沖田さんに会いたい、と。

だから嬉しかった。嬉し過ぎて小躍りしてしまって、親に残念な子を見る目で見られてしまったたくらいに嬉しかった。

しかし、冷静に考えてみる。

俺は沖田さんに現実で会うだけで十分なのか?

 

――そんな訳が無かった。

俺は沖田さんと仲良くなりたかった。一緒に沖田さん大好物の団子を食べたかった。馬鹿なことだと分かっていながら俺は、何度も主人公に嫉妬した。

そして、欲を言うなら、恋人になりたかった。

……だけど、それは叶わない。

 

何故なら、俺の体だから。自分で自分に恋をするなんて、どんなナルシストなんだよ、という話だ。幸か不幸か、俺にはその気は無かった。

しかし、俺はこのどうしようも無い現状で、一週間ほど寝込んでしまった。

なんせ、俺の夢は絶対に叶わなくなってしまったのだから……。

前世では、まだ夢を抱いていられた。しかし、駄目だ。

……女同士で恋は出来ない。

例外はあるが、沖田さんはその例外では無かった。

……あ、ヤバい。今でも泣きそう。

 

 

まあ、凹んでいてもしょうがないから、俺はもう一つの案を再現した。

題して『沖田さん育成計画~! 』――ドンドンパフパフ!

せっかく素材は良いのだから、磨ける所まで磨きたい。女としての技術も、剣士としての技術も磨きたい。

 

これは天命だ――ッ!

そうして、六歳で始まった計画は、意外にも上手くいった。

沖田さん大好物の団子も、店顔負けの旨さで作れるようになった。いつか沖田さんに食べさせてあげたい……俺だけど。

ゆくゆくは、オリジナル沖田さんを超えてみせる!

 

「お嬢、遅刻しますぜ」

「ひゃぁ! 」

 

至近距離からの野太い声に、思わず変な悲鳴を出して飛び退いてしまった。

いや、あれは流石に驚くだろう。

心臓の音をバクバク鳴らしながら、後ろの人物を見る。

薄い紫色の着物を格好良く着こなす三十代くらいの男性が立っていた。

 

「なんだ、竜さんじゃないですか。驚かさないでくださいよ」

 

五十嵐 竜。

俺の世話人で、幼い頃から世話になっていた。

 

「いやぁ、結構呼び掛けていましたぜ」

 

あれ? 全然気づかなかった。

まあ、良いか。

 

「時間は後どれくらいですか? 」

「風呂を入るくらいならギリギリありますな」

「じゃあ、入って来ます」

 

服が汗でベッタリ張り付いて、気持ち悪い。

俺はそのままお風呂に向かって直行した。

 

――足元には、葉脈を貫かれながらも、形が崩れていない葉っぱが無数に落ちていた。

 

 

 

 

 

破軍学園。

それは、魔導騎士を育成する為の学校で、かなりの実績を誇っている。

しかし、近年は低迷気味で、何かと黒い噂が漂っている……。

俺は破軍学園の一年一組に配属された。

担任の男性教師の紹介と共に、見知らぬ顔のクラスメイト達の紹介が始まった。

 

しかし……視線が鬱陶しい。

そりゃ、制服じゃなくて和服を来ている少女は珍しいかもしれないが、もう少し気を使うという事も考えて欲しい。見るだけならタダだろうけど、見られる方は意外と疲れるんだよ?

 

俺が辟易している最中に、隣の人の紹介が始まった。

この学校では、どうやら男女が隣に固定されているらしく、全員が異性を隣にしている。

勿論、俺もその例に漏れず、イケメン君が隣だ。

……爆発すれば良いのに。

まあ、どうでも良いか。どうせ関係なんて持たないんだし。

 

「初めまして。僕は黒鉄一輝です。今日から一年間よろしくお願いします」

 

……いきなり主人公と会ってしまったぜ。

ショックで吐血しそうだ。

どうりで凄い筋肉だと思っていたんだ。動作も雰囲気を感じるから、強いなとは思っていたけど……はあ。

まあ、良いか。あんまり覚えていないけど、原作ではかなりの好青年だったんだし、良い人オーラも出ているから、友達としては悪くはなさそうだ。

 

特にステラ一筋というのが良い――安心して友達を出来る。

うん、機会があれば話しかけてみよう……機会があればだけど。

自己紹介が終わった。

教師に解散して良いと言われたので、俺は――即座に帰る用意をした。

 

……いや、だってねぇ。

そろそろ視線が痛いんだよ。慣れているから意図的に無視しているけど、だからと言って気分の良い物では無い。

女子のグループ? みたいな物があるみたいだけど、正直面倒。腹の探り合いなんて楽しくないし――沖田さんのキャラじゃない。

男友達と遊んでいる方が気が楽だ。まあ、そのせいでイジメに近い物を受けた記憶はあるけど……まだ俺にとってはイジメの方が楽だ。

……気を使うのは疲れるからな。

 

帰る時に、チラリと横を盗み見ると、たまたまこちらを見ていたのか、彼と目があった。

こうなれば、無視するのは不可能だ。日本人の沖田さんは目が合ったのを無かった事にするような、肝の太い真似は出来ません。

 

「私は沖田ミツハです。あなたは――黒鉄一輝さん、ですよね? 」

 

一瞬固まって、彼は朗らかに笑って言った。

 

「うん、そうだよ。よろしくね沖田さん」

 

おー、第一印象に違わず良い人だ。

この人なら、俺お手製の団子を贈呈してあげても良いかもしれない。

ただの団子かよ――とか思った奴、舐めんなよ。俺の団子は世界を狙える。

 

「……失礼だけど、一つ聞きたい事があるんだ」

「聞きたい事、ですか? 」

 

何だろうか? まるで想像出来ない。

そんな真面目な顔で、何を聞くつもりなんだろうか?

 

「君は武術を学んでいるよね。しかも、かなりのレベルで」

 

疑問口調なのに、ほぼ断定している。

 

「良く分かりましたね。どうやって分かったんですか? 」

「体の動き一つの一つが、とても綺麗で効率的だったから」

「ほえー、そんなので分かるもんなんですね」

 

黒鉄さんの観察力は凄い高いな。

確か……そんな話があった気がする。えっと……完全掌握だったかな? 中二病感が凄いよね。

 

「けど、それがどうかしたんですか? 」

「大した事では無いんだけど、気が向いた時に模擬戦をしてくれたら嬉しいなと思って」

「あー、そんな事ですか。良いですよ」

 

今の黒鉄さんの強さを測れるし、主人公と戦えるのはオタク的に美味しい。

幸い、この世界の武器は幻想形態なんていう人を傷つけないで済むご都合主義があるのだし、俺にとっては損は無い。

 

「ホントかい⁉ ……嬉しいなぁ」

 

ホント嬉しそうに笑うなぁ。

自分が良い事をしたのだと勘違いしてしまいそうだ。

 

「じゃあ、何時が良いかな? 僕はいつでも良い――」

『おい見ろよ、もしかしてアレが例のFランクじゃ無ぇか? 』

 

多分男子生徒だろう――雑音や盛り上がる話し声から聞こえた。

瞬間、先程まで騒がしかったクラスが、まるでお通夜のように静まり返る。

視線がこちらに集中する。ちらほら侮蔑の視線が混じる。

 

『あの男か? ああ、確か魔力量が平均の十分の一しか無いらしい落第騎士か』

『マジかよ……俺だった辞めてるぜ。そんなクソみたいなステータスなら』

『噂じゃ、面接官に媚を売って合格したらしいぜ』

『どうりで、いけ好かねぇ顔をしてる訳だぜ』

 

……おい、最後のは嫉妬だろうが。

 

まあ、そんな事はどうでも良い。重要なのは、皆が黒鉄さんを見下し、侮蔑している事だ。

黒鉄さんの顔は下を向いていて、表情を伺い知る事は叶わない。

しかし……酷い。多くの人から軽蔑されるのは、人格形成もまだ出来ていない子供にはキツ過ぎる。しかし、黒鉄さん自身がその険しい道を進もうとしているのだが、ある意味自業自得と言える。

だから、同情なんてするつもりは無いし、黒鉄さんだってされたくないだろう。だけど、俺にとっても気分が悪い。

だから俺は――

 

「黒鉄さん、団子を食べに行きましょう」

「……え? 」

「私、団子を食べるのが好きなんですよ」

 

黒鉄さんの疑問に、俺は答えになっていない回答を返し、黒鉄さんの手を無理矢理引っ張り、人混みを駆ける。

俺と黒鉄さんでは、どうしても男と女として身体能力に差が出る。多分、身体能力は俺よりも黒鉄さんの方が高い。

 

だから、普通は黒鉄さんを無理に引っ張るのは無理だ。踏み止まられてしまう。

しかし、今なら可能だ。俺に思考を配っていない、今の黒鉄さんなら、意表を突くのは赤子の手を捻るより簡単だった。

そして、そのまま勢いをつければ、お人好しの黒鉄さんは止まれない!

フッフッフ、見よ! この完璧な策略を!

 

「お、沖田さん。僕、鞄を置いているんだけ

ど……! 」

「……明日取りに行きましょう! 」

 

……どんな完璧な策略にも不備は存在する。重要なのはどう取り戻すかだ。

だから、俺の策略は失敗ではない。ないったらないのだ!

それに、あんなジメジメした所に戻りたくない。

 

俺は団子を食べると決めたんだ!

 

 

● ● ●

 

 

沖田ミツハさんは変わった人だと思う。

美味しそうに団子を食べる彼女を見ながら、僕は思った。

突然だが、僕には悪い噂が纏わりついている。破軍学園に通う者なら、大体が知っている噂『落第騎士』。最初は僕の事を知らないのかと思っていたけど、僕が噂の主だと知っても、まるで態度が変わらない。

 

――どこまでも自然体だった。

いきなり団子を食べに行こう言われた時は、正直混乱していたが、あれが彼女なりの気の使い方だと理解した。

自分の好きな物なら、他の人も好きだと確信している。だから、団子を食べれば何とでもなると、そう彼女は思っているのかもしれない。

 

「ん? どうしたんですか? 」

 

沖田さんは、自分の視線に気づいたのか、疑問気味に首を傾げている。……可愛いと思ったのはここだけの話だ。

 

「……いや、何でもないよ」

「……もしかして団子は嫌いですか? 」

 

沖田さんはシュンと俯く。何故か、そのアホ毛まで垂れ下がっていた。

 

「い、いや団子は嫌いじゃないよ! ただ、今の状況に戸惑っているだけで……」

 

自分でも驚くほどに、慌てた声で必死に慰めている。

 

「……そうですか、それなら良かったと思います。まだまだ団子はありますから、遠慮しないで食べてください」

 

沖田さんは破顔して団子を進めて来た。

 

「ありがとう」

 

取らないのは悪いので、礼を言って一串団子を貰う。

 

「それにしても、ここは良い所だね」

 

和風の団子屋を見渡しながら、ポツリと言った。

 

「ですよね! 私のお気に入りなんですよ」

 

――団子屋は全て知っています! そんな事を言って胸を張る沖田さん。

その様子が面白くて、クスリと笑う。

 

……こんなにリラックスしたのはどれくらい前だろうか? いや、もしかしたらリラックスをしたことなんて無かったかもしれない。

 

家に居場所は無く、ただ強くなる事に、神経を注いでいた。心を休める場所なんて何処にも無かった。

だから、そんな場所を整えてくれた彼女に、ふと感謝の念が湧く。

 

「……沖田さん」

 

小さく、その名前を呼んだ。

 

「なんですか? 」

「……ありがとう」

 

呆気にとられた沖田さん。

しかし、直ぐに微笑ましげに笑って優しい声音で答えてくれた。

 

「……どういたしまして」

 

無言で空を見る僕たち二人。

どれだけ救われた気持ちになろうとも、何も変わらない。

戻れば、またあの状況に後戻りだ。今の状況も一時の夢でしか無い。

 

だけど――何故だか悪い気持ちはしなかった。

 

 

 

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