コツコツ、と彼女は音を立てて歩く。
袖口にダンダラ模様を白く染め抜いた浅葱色の羽織を纏った彼女は、もはや血に濡れていない箇所が見当たらないほどに、全身血塗れだった。
しかし、その体に傷は見当たらない。
この体に濡れた血は全て、敵の返り血だった……。
そして一人、刈り取るべき敵の生き残りを見つけた。
「……そこに、いましたか」
まったく、手間を掛けさせてくれる。
心の中でそう毒づきながら彼女は、鞘から、その刀身を引き抜いた。
「……ひっ! ひぃいいいい‼ 」
大の大人が、少女相手に、まるで自分の命を刈り取る死神に遭ったかのように、恐怖で絶叫する。
それは、とても情けない図であったが、それ故にかなりの同情を煽られる図でもあった。
しかし、彼女はそれを見ても、何も表情を変えない。その冷徹な人斬りの表情のままだ。
「き、貴様……! わ、分かっているのか! 我等解放軍(リベリオン)の崇高なる使命を邪魔すると言うことは、我等を敵に回すと同じ事だぞ‼ 」
その言葉を聞いて、彼女は今日戦場に立って初めて口を開く。
「……困るんですよね。斬り会いの場に、そんな大層な主義を持ち込まれても。ぶっちゃけ、私から見たら、あなた方は、その有り余る力を発散する場を得ようとしているのを、大義を盾に言い訳している、鬼畜ド外道にしか見えません……」
そんな言葉に、目の前の男は顔を紅潮させて、怒り狂う。それは、先ほどの恐怖さえ忘れさせるような激しい憤怒の怒りだった。
「我等が使命を馬鹿にするかっ‼ 貴様のようなただの人斬り風情に、我等の使命を馬鹿にする権利など無いわっ‼ 」
「否定はしませんよ。私はただの人斬りです。ですが、あなたのような自らの手を血に染めた輩に、使命だ大義だと言われましても、こちらとしては、はぁ? と疑問を持たざるを得ないんですよ」
彼女――沖田ミツハは思う。
自らの手を血に染めた輩に、綺麗な理想を語る権利があるのか、と。
人を斬った者の理想は、同じく人を斬らないと果たせない。何故なら、彼等はその方法しか知らないから。
そのような輩に、本当に理想を語って良いものか……彼女は常々そう思っていた。
「どちらにせよ、貴様はもう終わりだ。じきに、我等の援軍が此方にやって来る。我等の理想が嘘偽りのモノであるか、思い知るが良い! 」
そうだ。
この男は、ずっと会話で時間を稼いでいた。女がこの話に乗ってくるかどうかが、懸念ではあったが――賭けには勝った。
じきに、援軍がやって来る。そうなれば、この女はもう終わりだ。援軍がやって来るまでに、この命は刈り取られるだろうが、しかしこの危険な女を排除出来るのなら、無念など無い――そう思っていた。
だが――
「ああ、あの危ない武装を持った人達ですか。あれが、あなたの援軍だと言うのなら――」
――もう排除しました、
その言葉を聞いて、男は固まる。理解不能な現実に、脳が情報を受け取ることを拒否したのだ。
そして、男にとっては長い時間、実際には短い時間の硬直から抜け出してから、叫ぶ。
「……ふざけたことを言うな! 貴様のような輩に、我等の精強なる軍が、負けるものかっ‼ 」
「そんなことを言われましても……」
沖田は、少し困り顔になる。
戦場にいる時の沖田さんにしては、中々珍しい表情だ。
しかし、そんなことを男が分かる筈もない。
「ハッタリを利かせようとしても、そうはいかんぞ。俺は決して騙されん! 」
それは、端から見れば、支離滅裂な言動であった。何故なら、沖田に彼を騙す理由が無い。
そんな暇があれば、もうその首を刈り取っている。そして、援軍が迫っているのならば、そんな余裕そうな表情は作らない。とっくに逃げ出している。
「私が敵を残していたとするなら、あなたのような雑魚とペチャクチャ雑談などしていません」
まあ、そもそもするつもりは無かったのだが、彼の言葉に少し疑問に思って、口を開いたのだ。
何も意味など無かったが……。
「……俺が雑魚、だと……! ふざけたことを……! 」
「だって、そうでしょう。あなたは私を自ら殺そうとしていない、さっきからずっと他人頼りじゃないですか」
「……な、な、な、貴様っ! もう許さんぞ! 楽に死ねると思うなよっ‼ 」
「……まったく、時間の無駄でした。彼女であれば、そんな無駄なことはしないんでしょうね。私もまだまだ甘い……」
彼女は小さく一人言を呟いた。
「俺が死んでも、我が友が俺の志を受け継ぎ、必ず貴様を殺すだろう! その時が貴様の最後
だっ‼ 」
「……知りませんよ、そんなこと」
一閃が走る。
しかし、何も起こらなかった。
沖田は鞘に刀を仕舞い、男はそれに安心する。
だが――
「……あ」
ずるり――と首が胴体から斜めにズレた。そして、そのズレはどんどん大きくなり、恐怖に震えた顔が一つ、ぼとりと地面に落ちたのだった。
それを見届けて、沖田は呟く。
「……ここまで、理想に殉じれるのなら、もう少しマシな道を歩めたでしょうに……」
同情はしない。
当たり前だ――自分が殺したのだから。
だが、もう少し道はあったのではないかと、殺し殺される道ではなく、日の当たる道を彼は歩めたのではないかと、そんなありもしないifを思い浮かべた。
「……しかしまあ、私が言えることではありませんよね」
――こんな人斬りの道を歩む私なんかに……。
続きは明日書くことにします。
……今日は、ちょっと気が乗らなくて……。